鬼退治協会は、その活動を終了してしまった。
現在は残された公式の刀が使用されているだけで、新たに生産されることはない。
警察に返納する人も後を絶たなくて、それを手に入れたいと思うなら、譲り受けるより方法はない。
やっぱりいっちーの近くには、刀を持っている人がいる。
いっちーはそれを、欲しいと思ったことはなかったのかな。
翌日の放課後になるのを待って、あたしは彼女を演武場に呼び出した。
鬼退治サークルを作りたいと、前々から学校申請して生徒会に臨時使用許可をもらっていた。
どれくらい待っただろう。
もう来てくれないのかと思い始めた頃に、ようやく門は開いた。
「私があんたに付き合うのは、これが最後だから。いい加減あきらめて」
「一緒に鬼退治しよう」
しつこいとか言われても、気にしてる場合じゃない。
「色々と教えて欲しい」
「鬼退治の師範なんてどこにでもいるし。私は刀を持ってないよ」
「いっちーがいいの」
「もっと強くていい人いっぱいいるよ」
「いやだ」
「なんで?」
「どうしても」
「あんた、私に負けたじゃん」
彼女を見上げる。
あたしは真剣で、彼女も負けずに真剣だった。
いっちーは続ける。
「私より弱いのに、なんで鬼退治なんて出来ると思った? 私ですら勝てない相手に、勝てるわけないし」
「どういうこと?」
「見たでしょ、昨日の」
いっちーはその髪と同じ色をした淡い茶色い目を、あたしからそらした。
「昨日のあの三人はさ、うちらと同い年なんだよね。鬼退治を始めて、あっという間に帯刀者になっちゃった。私は小さい頃から父さんの道場で習ってたのに、一度もこん棒を握らせてもらったことがなくて……」
彼女の視線は、あたしの前に置かれた二本のこん棒を捉える。
「どんなに頑張ったって、どうせ勝てないじゃない。あいつら、めっちゃ強いよ。人にはそれぞれ役割ってもんがあって、やれる人間がやれることやった方が……」
「いっちーは誰と戦ってるの?」
用意していたこん棒の一本を、彼女の前に投げる。
鬼退治用の「こん棒」と呼ばれるその木刀は、床を滑りいっちーの目の前でピタリと止まった。
「いっちーは、何と戦ってるの?」
「……。私はこれを持つことすら、許されたことは一度もない」
「自分がやりたいんなら、やればいい。出来ないなんて誰が決めたの」
あたしは自分の持つこん棒をくるりと一回転させた。
それを左右に振ってから正眼に構える。
「いっちー。あたしたちが戦っているのは周りにいる『誰か』じゃなくて『鬼』だよ。相手を間違えてる。人間の男だって敵わない『鬼』と戦うんだ。あたしには自分たちなりのやり方があるって思ってる」
「本当の『強さ』ってのを知らないから、そんなことが言えるのよ」
いっちーはこん棒に目もくれず、両腕で手刀を構えた。
「やりたいって、欲しいって、自分で言ったことある?」
「どんだけあんたがバカなのか、教えてあげる」
いっちーの足が空を斬る。
だけど、安全領域を理解したあたしには届かない。
着地させた足からの回し蹴りがこん棒を打ち付ける。
不意に詰められた距離に手元はふらついた。
腹に彼女の拳が入りそうなのを、なんとか避ける。
これでは近すぎて逆にこん棒が邪魔だ。
あたしは肘打ちで迎え撃つ。
互いに一歩も譲らない攻防は続いた。
一瞬の間合いを取る。
あたしもいっちーも息が上がり始めた。
「どう? 素人にしては上出来じゃない?」
そんなセリフで時間を稼いでみる。
流れる汗を拭いこん棒を握りなおした。
これ以上の接近戦は避けたい。
いっちーは身構えたまま、静かに呼吸を整えている。
今度はあたしから間合いを詰めた。
こん棒の距離を生かしての打ち合い。
いっちーの動きが鈍い。
あたしは一瞬の隙をつき、その切っ先を彼女の左肩に押しつける。
現在は残された公式の刀が使用されているだけで、新たに生産されることはない。
警察に返納する人も後を絶たなくて、それを手に入れたいと思うなら、譲り受けるより方法はない。
やっぱりいっちーの近くには、刀を持っている人がいる。
いっちーはそれを、欲しいと思ったことはなかったのかな。
翌日の放課後になるのを待って、あたしは彼女を演武場に呼び出した。
鬼退治サークルを作りたいと、前々から学校申請して生徒会に臨時使用許可をもらっていた。
どれくらい待っただろう。
もう来てくれないのかと思い始めた頃に、ようやく門は開いた。
「私があんたに付き合うのは、これが最後だから。いい加減あきらめて」
「一緒に鬼退治しよう」
しつこいとか言われても、気にしてる場合じゃない。
「色々と教えて欲しい」
「鬼退治の師範なんてどこにでもいるし。私は刀を持ってないよ」
「いっちーがいいの」
「もっと強くていい人いっぱいいるよ」
「いやだ」
「なんで?」
「どうしても」
「あんた、私に負けたじゃん」
彼女を見上げる。
あたしは真剣で、彼女も負けずに真剣だった。
いっちーは続ける。
「私より弱いのに、なんで鬼退治なんて出来ると思った? 私ですら勝てない相手に、勝てるわけないし」
「どういうこと?」
「見たでしょ、昨日の」
いっちーはその髪と同じ色をした淡い茶色い目を、あたしからそらした。
「昨日のあの三人はさ、うちらと同い年なんだよね。鬼退治を始めて、あっという間に帯刀者になっちゃった。私は小さい頃から父さんの道場で習ってたのに、一度もこん棒を握らせてもらったことがなくて……」
彼女の視線は、あたしの前に置かれた二本のこん棒を捉える。
「どんなに頑張ったって、どうせ勝てないじゃない。あいつら、めっちゃ強いよ。人にはそれぞれ役割ってもんがあって、やれる人間がやれることやった方が……」
「いっちーは誰と戦ってるの?」
用意していたこん棒の一本を、彼女の前に投げる。
鬼退治用の「こん棒」と呼ばれるその木刀は、床を滑りいっちーの目の前でピタリと止まった。
「いっちーは、何と戦ってるの?」
「……。私はこれを持つことすら、許されたことは一度もない」
「自分がやりたいんなら、やればいい。出来ないなんて誰が決めたの」
あたしは自分の持つこん棒をくるりと一回転させた。
それを左右に振ってから正眼に構える。
「いっちー。あたしたちが戦っているのは周りにいる『誰か』じゃなくて『鬼』だよ。相手を間違えてる。人間の男だって敵わない『鬼』と戦うんだ。あたしには自分たちなりのやり方があるって思ってる」
「本当の『強さ』ってのを知らないから、そんなことが言えるのよ」
いっちーはこん棒に目もくれず、両腕で手刀を構えた。
「やりたいって、欲しいって、自分で言ったことある?」
「どんだけあんたがバカなのか、教えてあげる」
いっちーの足が空を斬る。
だけど、安全領域を理解したあたしには届かない。
着地させた足からの回し蹴りがこん棒を打ち付ける。
不意に詰められた距離に手元はふらついた。
腹に彼女の拳が入りそうなのを、なんとか避ける。
これでは近すぎて逆にこん棒が邪魔だ。
あたしは肘打ちで迎え撃つ。
互いに一歩も譲らない攻防は続いた。
一瞬の間合いを取る。
あたしもいっちーも息が上がり始めた。
「どう? 素人にしては上出来じゃない?」
そんなセリフで時間を稼いでみる。
流れる汗を拭いこん棒を握りなおした。
これ以上の接近戦は避けたい。
いっちーは身構えたまま、静かに呼吸を整えている。
今度はあたしから間合いを詰めた。
こん棒の距離を生かしての打ち合い。
いっちーの動きが鈍い。
あたしは一瞬の隙をつき、その切っ先を彼女の左肩に押しつける。