「つかまれた腕が今も時々痛む。その痛みを……いっちーも知ってるんじゃないかと思って」

「……。それがなに?」

 ようやく振り返ってくれた。

「鬼と戦ったことのない女の子なんていないでしょ。みんな誰かしら遭遇したことあるし、それなりに応戦してる。別に珍しいことでもなんでもないし、普通に騒いだりしてないだけでしょ」

「そうだよ。それは分かってるよ。だけどあたしは……」

「仲良しの、他の友達に頼めばいいじゃん」

 いっちーの目は、あたしの目を見ようとしていない。

「その方が楽しくやれるでしょ」

「いっちーなら、本気で戦ってくれそうな気がした」

 手に持つこん棒を握りしめる。

あたしはそれを正面に構えた。

「共感してくれる友達なら沢山いる。あたしがほしいのは、一緒に戦ってくれる人。あたしと勝負して、負けたら空手教えて」

「素手の私を相手に木刀まがいのもの振り上げて、なに言ってんの?」

「勝負!」

「……やんない」

 いっちーは再びあたしに背を向ける。

「じゃ、いっちーの負け。あたしの勝ち。教えて」

 彼女の膝がわずか曲がった。

その低い姿勢からの不意打ちの回し蹴り。

こん棒でなんとか防いだものの、それはあたしの手から弾き飛ばされた。

「わーお。カッコイイ」

「勝ったから教えない」

「あたしが負けたんじゃん。負けたから空手教えて」

 拳が飛んで来た。

それを避けたのに、続けての繰り出される足蹴り。

だけど、さっきの攻撃でいっちーの足の長さは分かったから大丈夫。

パッと脇へ避ける。

左からの突きを肘で受け止め、素早くそれをつかんだ。

「いっちーはさ、鬼、知ってるでしょ」

 すぐに振り払われる。

後ろに飛び退いた。

靴先が鼻をかすめる。

「だからみんな会ったことくらいあるって!」

 止まらない連続攻撃を受け止める衝撃で、手首から下の骨がビリビリと響く。

防戦一方では本当にこのまま押し切られそう。

間合いを見計らって距離を取る。

「ちょっと待った!」

 そう叫んでおいて、あたしは素早く制服のブレザーを脱ぐと床に投げ捨てた。

ブラウスの袖ボタンを外す。

「何? 本気でやんの?」

 身構えるいっちーの前で、その袖をめくった。

剥き出しになった腕を見た瞬間、彼女の動きはピタリと凍り付く。

「このアザがどういう意味か、分かるよね」

 左の二の腕は、あたしが昔鬼につかまれたところ。

その気配を感じると赤黒く浮かび上がる。

いまでも時折うずく痛みに、あたしは目を閉じた。

「鬼に会ったことがある人は沢山いても、このアザが浮かび上がる人は、そんなに多くはないんじゃない? あたしは同じ傷を持つ仲間を探してる」

 あたしはいっちーの目を見つめた。

「ねぇ、やっぱあたしと鬼退治に行かない?」

「そんなもん見せられたって、どうしようもないでしょう!」

 語気を強めそう吐き捨てる彼女は、また背を向けた。

「同情はするしかわいそうだとは思うけど、そんなもんで私を脅さないで」

「脅してない」

「私には出来ないの!」

 そう叫ぶ彼女はうつむいた。

窓からの夕陽が差し込む。

廊下の床に長い影が伸びていた。

「その傷のことは誰にも言わない。そんな卑怯なことはしないから安心して」

 いっちーは歩き出す。

「ねぇちょっと待ってよ、いっちーてばさ!」

 追いかけようとしたら、彼女は走り出した。

いっちーのくせにあたしより足が速い。

「待って! いっちーは何がダメなの?」

 階段を飛び降り、廊下を駆け巡る。

あちこちを探してみたけど、もう明るいミルクティー色の髪は見当たらなかった。

「くっそ……」

 絶対に彼女は仲間になってくれる。

てゆうか仲間になってもらう。

どうしてなのか分からないけど、あたしはそう感じているし、そうだと信じられる。

なのになぜかふと、教室でいつも独りでいる彼女の横顔を思い出す。

いっちーを悪く言う奴なんて、ここにはいない。

本当に心からいい子だって、みんな知ってる。

それなのにどうして、彼女は独りでいることを望むのだろう。