高校を卒業した私は、春から女子大生になる。
実家を出るのは少し不安だけど、一人暮らしが始まってしまう。
契約したアパートから大学に通うので、家族と離れるのもちょっと寂しい。
見た目は古いけど、愛着のある家を出るのも気が引ける。
物心が付いた頃から住んでいるので、後ろ髪を引かれる思いだ。
思い入れのある二階建ての中古住宅を、改築する予定だと聞かされる。
私が家を出ることになって、大々的にリフォームをする話が両親の間で浮上したらしい。
築30年の自宅は一度も改修されてないので、どこもボロボロの状態。
業者さんに見てもらい修繕の見積もりをお願いしたところ、膨大な金額になってしまうことが判明。
悩む両親は、思い切って判断する。
古い家だけを解体して、同じ土地に新築を立て直すことに決めたみたい。
私の荷物は大学のある新しい土地に配送して、これから住むアパートへ全て移してある。
大学の授業が始まるまで時間があるので、地元に残って家の片づけを手伝うことにした。
廃棄する家具や電化製品、衣類や雑貨など両親と一緒に選別していく。
家に置いてあった私物は最低限だけ残して、後は思い切って処分することに決めたので収納されたダンボールの数も少ない。
父と母の荷物を、一時的に保管してもらえる場所へ移動するため纏めておく必要があった。
大きなタンスは、引っ越し業者にお願いする。
後は、私たち三人家族で共有してる思い出の物が残っていた。
いくつかのダンボール箱に整理されていたので、母と中身を確認しながら振り分けていく。
私が確認したダンボール箱の中から、アルバムや写真がたくさん出てきた。
作業の手を止めて、母と私は思わず見入ってしまう。
父はあまり興味がないようで、車庫の片づけをすると言って外へ出ていった。
アルバムの写真を見ると、私が高校生だった最近のものや小学生の子供らしい姿、幼稚園児の時期など色々あって懐かしい気分。
だけど、いつも疑問に思うことがある。
私が幼稚園に入園する前の写真が、どこにも見あたらない……
疑問に思いながら私はアルバムを整理する。
古くなったダンボール箱は今にも底が抜けそう。
新しいプラスチックケースに重くて厚みのあるアルバムを移し替えていく。
母は懐かしそうに、結婚前の写真が納められたアルバムに見入って作業の手が止まってる。
父は外で車庫の中を片づけてるので、私が一人でやるしかない。
思い出の風景や家族で旅行に行った写真は、処分なんてできないから全て保管しようと決めた。
娘の私に任せて両親は知らん顔。
勝手な判断で整理したって、後になってから怒らないでほしいわ。
文句や苦情は聞き入れませんから。
ちょっと不機嫌な表情の私は、ダンボール箱の中にある重くて厚みのあるアルバムを上から順番に少しずつ取り出していく。
中身を見たら、また作業の手が止まってしまうので我慢しよう。
一つ目の箱は移し替えが終了した。
私は大きな溜息をついて、額の汗を拭う。
もう一つで終わりだけど、二つ目のダンボール箱は未開封。
なぜか、黒い油性ペンで開封禁止と書かれていた。
すごく怪しい……
勝手な事をしたら怒られてしまう。
確認をとるため、私は顔を横に向ける。
背を向けたままの母は、若い頃に撮った自分の写真に夢中だ。
私が横目で睨みながら、軽く咳払いをしても母は無反応。
古びて破れかかったダンボール箱のままでは、移動の時に底が抜けて大惨事になってしまう。
私の勝手な判断で、プラスチックケースへ入れ替えることにする。
ダンボール箱の蓋を開くと、少しカビ臭くて不快に思ってしまう。
中にアルバムが一冊だけ、しまい込まれてからどれだけの月日がたってるのか想像できない。
たぶん、一度も日の目を見ないまま、今日まで箱の中に収納されていたのだろう。
母を横目に、こっそりアルバムを見てしまう。
そこには、若い頃の父と見知らぬ女性の写真があった。
ちょっと、嫌な予感がする……
そして、大きな茶封筒も箱の中に一つだけ入ってた。
手に取った茶封筒の中を覗き見ると、古い写真がたくさんある。
私は恐る恐る手でつかみ、茶封筒から静かに取り出して見つめた。
ベッドの上で寝てる赤ちゃんと、すぐ横に立つ女の子
その子もベッドの手すりにつかまって、やっと立ってる印象。
知らない女の人と、赤ちゃんと、女の子の写真。
三枚目の写真には、知らない女の人と赤ちゃんと女の子。
そして、若い頃の父の姿があった。
「これって……」
小声で呟く私の胸が、ぎゅっと締め付けられる……
――その時、母の怒鳴り声が部屋の中に響いた。
「アンタ、見たのね!」
私は無言で母の顔を見つめる。
母は見ていたアルバムを投げ捨てて立ち上がり、放心状態。
大きな怒鳴り声を耳にした父も、慌てて家の中に飛び込んできた。
立ったまま体を震わせる母を見た父が、私に向かって「何があったんだ!」と叫ぶ。
でも、状況を見て理解したのか、すぐに口を閉ざしてしまう。
「すべて、正直に話すしかないようね……」
母は父に向かって小声で呟いた。
父も「そうだな……」とだけ言って、天井を見上げる。
家具や電化製品、椅子など日用品のない部屋の中で私はすべてを知った。
父は、不倫相手だった今の母と再婚。
私が二歳の時だったみたい。
離婚した前妻との間に、二人の子供を授かったと父は話した。
姉と弟、二人の子供を一緒に育てられないと言う本当の母親の訴えで、父は姉の私だけを引き取り、不倫相手だった今の母と再婚して自分たちの子供のように今まで育ててくれたみたい。
真実を聞いた私は、心が動揺して言葉が出てこないよ……
幼少の記憶なんてまったくないし、今の母が血縁者だって信じて疑いもしなかった。
幼稚園に入る前の写真や、思い出話が無いのは気になっていたけど。
まさか、本当の母親が他にいるなんて……
両親は、このまま黙ってる事はできないから、いつか真実を話そうと努力はしてたみたい。
幸い、今の母と父の間に子供ができなくて、大切に私を育ててくれたのには感謝してる。
でも、血の繋がった本当のお母さんがいるなんて。
しかも、一歳年下の弟がこの世に存在してると聞いて、私は……
今まで一人っ子だと思って寂しい思いをしてたのに……
胸がぎゅっと締め付けられて、私の目から涙があふれ出てくる。
嬉しさと悲しさと寂しさが入り交じって、心の制御ができないよ。
手の甲で何度ぬぐい取っても、涙が止まらない。
目尻から頬を伝って床にポトポト落ちる涙を、両親は見つめてるだけ。
家族とたくさんの思い出が詰まった大好きな家の中で、私は泣き続ける。
父と本当の母親、私と弟の姿がある古い写真を手に持ったまま……
私は実家を離れ新しい土地で生活しながら大学に通ってる。
アパートを借りて一人暮らしの生活が、すでに始まっていた。
真実を聞いた私は、心が沈んで気持ちが落ち込んでる状態。
でも、思い悩むのはやめる事にした。
今の母親は、物心が付いた時からずっと大好きなお母さんで、父もおとなしくて悪い印象は無い。
親の離婚や不倫のことは、娘の私が悩んでもしかたない。
過去はどう頑張っても変えられないよね。
長く暮らした愛着のある古い家は取り壊され、立て替えが始まってる。
悲しみで泣き続けた解体直前の家も、今はもう無い。
新築の家に私の思い出はないけど、
父と母には、これからも仲良く手を取り合って過ごしてほしいな……