その翌日、ビーバートンという昔ビーバーが生息したらしいという街でガソリンを補給した後、ジェナの提案でルート99ウエストに乗り、ここから南西の『マックミンヴィル』へ行くことになった。

 そこには、実在した大富豪ハワード・ヒューズの若き頃を描いた映画「アビエーター」にでも出てきた、有名な飛行機があるそうだ。

 それは映画で使われたものじゃなく、ハワード・ヒューズが実際に制作した世界最大の木造飛行機の事である。

 映画は観た事があったので、ちょっと好奇心が疼いた。

「あの飛行機の名前、なんだっけ」

 信号が赤になり、ブレーキを踏みながら、俺は思い出そうとしていた。

「ハーキューリーズ」

 ジェナが教えてくれたが、なんかピンとこない。

 英語ではそう発音するけど、日本語だとヘラクレスになる。

「でも、ニックネームはなんたらグースとか」

「スプルース・グース」

「そうそう、それ!」

「あっ、青だよ、ジャック」

 考え込んでたので、信号が青に変わった事に気づかず、後ろからクラクションを鳴らされて、慌ててアクセルを踏んだ。

 そうだった、スプルース・グースだ。

 スプルースは木の種類の名前で、クリスマスツリーやギターの素材になったりする木だ。

 グースはガチョウ。

「映画ではスプルース・グースって呼ぶと、レオナルド・ディカプリオが演じたハワードは怒ってたから、それからハーキュリーズって呼ばなくっちゃって思った」

 ジェナはもしかしたら映画に影響されやすいのかな。

 そんな事も訊けないまま、俺は車を走らす。

 ハイウェイの時と違って、街の中を抜ける道路だから信号が多くて、絶えず引っかかってしまう。

 街並みも、大型ショッピングセンターがたまにあって、小さなローカルな店が並んで、あまり都会ではない。

 かといって、緑が広がる田舎でもない。

 ポートランドばかりに観光地が濃縮されて、こっちは何もなさそうだ。

 ジェナにそれを言うと、首を横に振られた。

「こっちはワイナリーで有名だよ。ブドウ畑が広がって、ワインテイストができるところが多数ある。ワイン好きにはたまらないと思う。オレゴンは特に、ピノ・ノワールで有名。約北緯45度だから、フランスと同じくらいでブドウの育ちがいいんだって」

「へぇ、ジェナはワインにも詳しいんだ」

「両親が好きだから。ジャックはワイン好き?」

「俺はあまり飲まないから、味の良さがわからない」

 ビールの時と同じだ。

 オレゴンはお酒好きにならないとわからない部分がある。

 逆に、ビール、ワインが好きだと魅力ある州なのだろう。

「私は甘い白ワインが大好き」

「リースリングかな。あれ? でもまだ未成年だよね」

「あっ、ちょっとだけ、親が買ったワインを味見しちゃったんだ。ほんとに舐めた程度だよ」

「別にいいよ。警察にいう訳じゃないし」

「でも、親が子供にお酒を飲ませると、ばれると捕まっちゃうんだ。だから、私の両親のためにも内緒にしててね」

「わかった。わかった」

 お酒ぐらい、俺だって味見程度に未成年の時に飲んだ事がある。

 梅酒だってお酒だけど、家で梅酒を作った時、日本人は水で薄めて子供にも飲ませてないだろうか。

 甘くておいしいから、アルコール入ってても飲めちゃうんだよな。

 お正月の御とそだって、子供でも縁起物だからってお酒のまされたりする。

 そのことをジェナに教えたら「羨ましい」って笑いながら返ってきた。

「ほんのちょっとなら問題ないさ。昔はもっとひどくて、お酒とたばこの自動販売機があって、誰でも買えるようになってたんだ」

「ほんと?」 

「今はそれはできなくなった。それでも子供って好奇心からあの手この手で手に入れてるから、日本はあまり厳しくないかも」

「子供はついついお酒やたばこに手を出したくなっちゃうんだろうね。だけど、オレゴンはそこにマリファナが入っちゃう」

「カリフォルニアもそうだけど、合法になったね」

「うん、オレゴンなんて自分で育てられるんだよ。3株まで栽培許されてるんだから」

「ホームメイド?」

「うん。目立たないところだったら、家に植えてもいいの。今マリファナが合法になる州が増えてるけど、自分で育てられるのはオレゴンだけ」

「うわぁ」

「ジャックは吸った事ある?」

「ええ、ない、ないない」

「折角のチャンスなのに」

「何がチャンスだよ。日本人は、アメリカで合法でもマリファナを所有したことがばれると、日本で捕まっちゃうんだ」

「そうなの。でもばれなきゃいいんでしょ」

「それはそうだろうけど、でも、いいや、俺、煙草吸わないし」

「ジャックって真面目なんだ」

 ワインから何の話をしてるんだろう。

 そうしているうちに、ニューバーグという街の近くまでやってきた。

 俺たちが行こうとしているマックミンヴィルの街の少し手前だ。