「こんにちは」
よろず屋に入ると、スライムさんがカウンターの上に現れた。
「いらっしゃいませ!」
スライムさんはにこにこしていた。
「こんにちは……」
「げんきがないですね、せいむさん」
「エイムだよ。今日はすごく惜しいね」
「えいむさん、どうかしましたか」
「このお店って、お酒は売ってる?」
「いけませんよえいむさん。おさけはもっとおとなになってからです」
スライムさんが口をへの字にした。
「私が飲むんじゃないよ。お父さんだよ」
「えいむさんのおとうさんは、おさけがおすきですか?」
「うん……」
「それがいやなんですか?」
「そうなの。お父さんはお酒を飲むと、人が変わっちゃって」
「まさか、ぼうりょくをふるうんですか?」
スライムさんはぴょんぴょんはねた。
「ええと、そうじゃなくて」
「ゆるせませんね!」
スライムさんはカウンターから飛び降りた。
下でごそごそやっていたが、木の棒をくわえてカウンターの上にもどってきた。
スライムさんは、水が流れるようになみだを流していた。
「そんなことをするのなら、この、なげきのつえで、いっしょうなみだをながしつづけるようにします!」
「スライムさんが泣いてるよ!」
「このつえをさわっていると、なみだがとまらなくなるのです!」
「誰がそんなものを……」
私にはまったく使い道がわからなかった。
「とにかくそれは置いて。暴力を振るわれたりしてないから」
「そうなんですか」
スライムさんは杖を置いた。なみだを流したせいか、すこしスライムさんが小さくなったように見える。
「お父さんは、お酒を飲むとはだかで踊るの。いつもは全然そんなことしないのに。他にも、しゃべりかたが変になるし、目つきもだらしなくなるから嫌なの」
「おとこは、そとでないて、いえでそれをみせないものですよ。いいおとうさんです」
スライムさんは、どこか遠くを見ていた。
「それはよくわからないけど、だから、もし酔っ払わないお酒があったらほしいの」
「よっぱらわないおさけ、ですか」
「よろず屋ってなんでも売ってるんでしょ?」
「そうですね! えいむさんのかていをまもるため、さがしてきましょう!」
スライムさんはカウンターから降りて、店の奥に続くドアに入っていった。
なかなかもどってこない。
このお店の全体の大きさからすると、ドアの向こうもそんなに広くはないはずだ。私の部屋くらいしかないにちがいない。
しばらくすると、スライムさんがもどってきた。
しかしいつもと様子がちがっていた。
「エイムさん、やっぱり酔っ払わないお酒というのはなさそうですね」
スライムさんは頭の上にビンをのせて、キビキビと歩いてきた。
ビンの中身は液体で、茶色っぽく見える透明な液体だ。
「スライムさん?」
「こちらは比較的酔いにくいとされているお酒ですが、やはりお酒はお酒です。これはちょっとした豆知識なのですが、よろしいですか?」
スライムさんは言う。
私はなにも言えず、うなずいた。
「ふだんの様子からすっかり変わってしまうほど酔われた方には、お酒を水で薄めてさしあげるのがよろしいかと思われます。場合によっては、水を出してもあまりわからないということもあるでしょう。それならもう水だけお出ししておけばよろしいのです。ですが、お酒を完全に絶たせるというのは、良し悪しです。自分を見失ってしまうほどのお酒はいけません。それにお酒に頼ってはいけませんが、日々の楽しみとして、お酒は大切ですからね」
「は、はあ」
私はスライムさんの頭にのっているビンを見た。
中身は半分くらい減っている。
「お酒を飲まれない方にはわからないかもしれませんが、味以外に、酔いにいたる流れとでもいいますか。これは独特なものがあります。眠りに落ちる前よりもはっきりしていますが、ある意味では、恋に落ちるかのような。ははは」
スライムさんが笑う。
「ちょっと待ってて」
私は外に出て、桶に水をくんできてスライムさんその中に入れた。
「わっぷ!」
中でかき混ぜるようにしてから、スライムさんを外に出す。ちょっと大きくなっていた。
「えいむさん、いきなりなにをするんですか!」
「もどった」
「はい?」
「水はお酒に効果的だね」
「なんです?」
「自分を見失うお酒はだめだよ」
「はあ」
スライムさんは、目をぱちぱちさせた。
「あれ?」
よろず屋の手前の角で、青くて透き通った、ぷよぷよした生き物が姿を見せた。建物の塀から、片目だけこちらに見せている。
スライムだ。
「スライムさん? どうしたの」
お店の外にいるなんてめずらしい。
私が話しかけても、スライムはこっちを見ているだけだった。なにか見えないように持っていて、私をおどろかせようとしているんだろうか。
「スライムさん?」
私が近づいていくと、ひゅっ、とスライムは顔をひっこめた。
「よーし」
私は、誘いにのってみようと、角に向かって走っていった。
そしてそのまま、ぱっ! と顔を出してみた。
すると、角の近くにいたスライムはびっくりしたのか、ぴょんっ、ととびあがると、ぴょん、ぴょん、ぴょん、と三回、私から離れるようにはねた。
私は首をかしげる。
「スライムさん? どうしたの」
スライムは私を見てから、するすると地面の上を進んでいって、止まる。
振り返って私を見る。
「ついてこいってこと?」
私が歩いていくと、スライムはちょっと離れる。
「言葉が離せなくなっちゃったの?」
私は自分で言って、なんだか胸が重くなった。それから背中がすっ、と寒いような気持ちになった。
スライムさんと話したり変なことをしたりできなくなるというのは、私が思っているよりも大きなことなのかもしれない。
「どうすればいい?」
私は言ってスライムに近づく。
スライムは離れる。
よろず屋が見えてきた。
元通りになるための方法があるのかもしれない。
スライムは私から離れるようにしながら、よろず屋に入っていった。
私も入る。
すると、カウンターの上を見て息が止まりそうだった。
スライムが二匹いた。
「あ、こんにちはさりーさん」
スライムさんは言った。
「え、え、どういうこと?」
まちがっている名前を訂正するどころではなかった。
もう一匹のスライムは黙っている。
「これはやせいのすらいむですね」
スライムさんは言った。
「野生?」
「あぶないですよ」
スライムさんは言った。
「ちょっと、まちのそとにだしてきますから、まっててください」
スライムさんは言って、言葉を話さないスライムに、軽く体当たりをし、お店の外に押し出していった。
よろず屋の中で待っていると、外で大声を出している人がいた。スライムが逃げたから、女性や子どもは外に出ないように、ということだった。もうひとりやってきてその人と話しているのを聞いていると、どうやら、町の中にスライムを連れてきた人がいるらしいとわかった。町中で戦いの練習をするため、そのようにしたらしいが、魔物を町に入れるのは禁止されている。厳重に、檻に入れるなどして管理している場合だけが許される。
自分の都合で勝手なことをするな、という怒りがあった。それとともに、外で、野生のスライムはかみついたり体当たりをする、という注意の声が聞こえてくるたび、私は、なにも考えずスライムに近づいていたことが、いまになってちょっと怖くなった。
はっとした。
スライムさんがかんちがいされて、殺されてしまったら。
私が出ようとすると、スライムさんが帰ってきた。
「やあ! あぶなかったですね!」
私はそんなスライムさんにしがみついた。
「ど、どうしましたか?」
「……なんでもない」
私はすぐスライムさんから離れた。あったかくなるのはスライムさんの体によくないかもしれない。
「スライムさんはだいじょうぶだった?」
「ぼくはだいじょうぶですよ! すごいすらいむですから! せっとくすることができますので!」
「よかった」
スライムさんはカウンターの上に乗った。
「さて、きょうはどんなごようですか!」
いつものようにそう言った。
「こんにちは」
私がよろず屋に入っていくと、スライムさんがぴょん、とカウンターの上に乗った。
そのスライムさんの頭でなにかがキラリと光る。
「なにそれ」
「これは、すごくおもしろいんですよ!」
スライムさんは、おじぎをするようにして、カウンターにその光ったものを置いた。
10ゴールド硬貨だった。
銀色の金属でできている。
「これがどうしたの」
「このこいんを、100ごーるどでかってきました!」
スライムさんは、えっへん、とでも言いたげな様子だった。
「ええ?」
私はカウンターの上にある10ゴールド硬貨をよく見た。10ゴールドを100ゴールドで買うというのはどういうことだろう。
スライムさんがそんな単純なこともわからないとは思えない。とすると、なにかだまされてしまったのだろうか。
「うらをみてください。おもしろいですよ」
「さわっていいの?」
「はい! すごくおもしろいですから!」
おもしろいとしても、あまり見る前からおもしろいを連呼すると心の準備ができすぎてしまってよくないよ、と思いながら私は10ゴールド硬貨を手に取った。
ひっくり返してみる。
「わ」
裏がつるつるだった。
表は他のものと変わらないのに、裏がまったくへこみがなくて、光を反射している。
「どうですか! おもしろいでしょう!」
「うん」
裏がなにもないのを見せられてしまうと、元々はどんな模様だったか思い出せなくなりそうだ。私はなんとか、葉っぱの模様を記憶から引き出した。
「これが100ゴールド?」
「はい! おかいどくです!」
「そっか」
私にはどんな価値なのかわからないけれども、スライムさんがいいならいいだろう。
「これって、裏はなにもないってことは、ちょっと重いんだよね?」
模様の分の金属が削られていないのだから、そうだろう。
「そうですね!」
「私もおもしろいこと思い出したよ」
そう言うと、スライムさんが目を大きく開いた。
「なんですか?」
「ええとね、八枚のコインがあって、その中でひとつだけ重いコインが入っていたとするでしょ?」
「はい」
「それで、見分けがつかないとするでしょ?」
「はい」
「でも、秤があったら比べられるから、どっちが重いかはわかるよね? 何回使えば、重いコインを見つけられると思う?」
スライムさんは、ぴょこぴょこと頭を左右に動かした。
「ええと、ええと……。よんかい、つかえば、ばっちりです!」
スライムさんはぴょんぴょんと四回はねた。
「実は、二回でできるんだよ」
「ええー!」
スライムさんはぴたっ、と止まった。
「うんがいいばあい、ということですね?」
スライムさんがおそるおそる言う。
「運が悪くてもできるよ」
「そんなばかな!」
「教えてほしい?」
「ぜひ!」
スライムさんがうなずくように体を折る。
「じゃあ、秤ってある?」
「はかりですか? ええと、だったら、ぼくにのせてください」
「スライムさんに?」
「はい。おもさのくべつはまかせてください」
「じゃあ、試していい?」
「はい!」
本当にわかるのかな。
私は、持っていた10ゴールド硬貨三枚を二つにわけて、二枚ずつ、すこし離してスライムさんの上に置いてみた。
「こっちです」
スライムさんは右側をちょっと上げた。
見ると、そちらに裏が平らなコインがあった。
「すごい!」
私は念のため、感触でわからないよう、平らな面はスライムさんに触れないようみんな表がスライムさんにふれるように置いたのに。
「じゃあもう一回」
やってみても、二回やってみてもスライムさんはぴったり当ててみせた。
「すごい!」
「そうですか?」
スライムさんはうれしそうだった。
「ではこんどは、はかりをつかって、にかいでわかるほうほうを、おしえてもらえますか?」
「え? えーっと……」
「わすれちゃったんですか?」
「えっとね……」
私はスライムさんにあと四枚用意してもらっていろいろ試した。スライムさんが秤になるのがおもしろくて、三枚ずつに分けてから秤にかけて、釣り合ったら残った二枚を秤にかけて重くなった方、釣り合わなかったら重くなった方のうち三枚の、二枚を秤にかけて、釣り合ったら残りのひとつ、釣り合わなければ重くなった方、というやり方を思い出してからも、思い出してないフリをして何度かスライムさんを秤にして遊んでしまった。
「こんにちは」
私は今日もよろず屋にやってきた。でも、めずらしく知らない男の人がいてびっくりしてしまった。
カウンターの前にいるその人は私を見た。お店の中はせまいので、私と男の人はほとんどならんでいるみたいになってしまう。
「こんにちは」
男の人はにっこり笑った。清潔で、きれいな顔をしている。服装や体つきから男の人だとわかったけれども、顔だけだと女の人にも見えてしまうようなところがある。
腰には剣を差していた。
「ここのスライムさんは、危なくない魔物ですよ」
私が言うと、男の人はうなずいた。
「うん、よくわかってるよ」
「そうですか」
「おまたせしました!」
スライムさんが外からやってきた。
「あ、めいるさんもいらっしゃいませ!」
「こんにちは」
私は、他の人の前でいつものように名前を訂正するのがなんだか恥ずかしくて、そのままにしておいた。
スライムさんはカウンターの横の木戸から中に入っていった。
「君はメイルちゃん?」
「あ、あの、ええと」
「もしかして、またスライムさんは人の名前まちがってるのかな」
男の人は笑っていた。
「まちがえられたこと、あるんですか?」
「いつもだよ」
「どうぞ!」
スライムさんがカウンターの上に石を置いた。キラキラ光る石だった。ただ光っているのではなく、虹が動いているかのような、いろいろな光り方をしていた。
「ちょっと試していいかな」
「どうぞ!」
スライムさんが言う。
「あ、剣を抜くからちょっと離れて」
「こっちにきていいですよ」
スライムさんが言ったので、私はカウンターの中に入らせてもらった。
そして男の人が剣を抜いた。
「わあ」
私は思わず声が出た。
男の人の剣は、スライムさんの石のように、キラキラと光っていた。でもこちらは単調な光り方だった。
男の人は、カウンターに置かれた石を刃にあてて、そっとなでるように動かした。
きい、きい、とこすれる音が聞こえる。
「あれ?」
刃が虹のように光った気がした。
それは見まちがいではなく、石でこすった部分が虹のように光る。
どんどん広がっていって、石を離しても剣の刃はその光のままだった。
「うん。いいね、ありがとう」
男の人は言った。
そして、腰から出した巾着袋をカウンターに置いた。がちゃ、という音が聞こえた。
「お代はこれで」
「はいどうも」
スライムさんは言った。
「ちゃんと確認してよ」
男の人は巾着袋の中を開けて見せた。
たくさんの金貨が入っている。
「はいどうも」
スライムさんが言うと、男の人は苦笑した。
「ちゃんと全部確認してほしいんだけどな」
「だいじょうぶですよ」
「また来るから、もし足りなかったら言ってよ」
「はい!」
「じゃあね」
男の人は言って、私にちょっと手を振って帰っていった。
「ありがとうございました!」
スライムさんが体を振って見送った。
「お客さんなんてめずらしいね」
「たまにはきてますよ! ちゃんときてるんですから!」
スライムさんがぴょんぴょんはねた。
「いまの人は?」
「ええと……、あれるさんです!」
ということは、アレルではないということなんだろう。
「あれるさんのけんは、とくべつなちからがひつようなので、そのけんのちからをたまに、あのいしであたえないといけないんです。そのいしです」
「へえ。すごい剣なの?」
「はい。ゆうめいですよ! せいけん、へくすさりばーです!」
「ヘクスサリバー?」
「はい!」
聖剣ヘクスサリバー。スライムさん元気に言ったのできっと有名な剣なんだろう。
まちがって言ってるんだろうけど。
今日は、母のいいつけで届けものをした帰り道、スライムさんのよろず屋に寄っていくところだった。
「あれ?」
私はいつもと反対側の道から来ていたので、木や草の間からよろず屋の裏手が見えていた。そこから誰か出てきたのだ。
頭から足まで黒ばかりの服を着ている人で、手には包みを持っていた。走り出すとものすごく速くて、動きがまっすぐではなく思わぬ方向に進むので、すぐに私は見失ってしまった。
私は胸さわぎを覚えていた。あのようにすばやく、そして姿を隠そうとしている服装をしている人は、なにか悪事を働こうとしていることが多いからだ。
私はよろず屋にかけこんだ。
「スライムさん!」
「おや、きょうはとてもげんきがいいですねえ!」
スライムさんがカウンターの上に飛び乗った。
いつもと変わらない様子に、私はなんだか気が抜けてしまった。
「スライムさん、だいじょうぶ?」
「なにがですか」
スライムさんはきょとんとしている。
私は店内を見わたした。いつもと同じように、カウンターの中、外を問わず、いろいろなものが置いてある。きれいにならんでいるとはいえないものの、誰かが荒らした、というほど乱れているわけでもない。
「おなかでもすいたんですか? よかったら、どらごんのしっぽというものがありますので、たべますか?」
「いらない」
「ふふふ。これをたべると、にんげんでもしっぽがはえるといわれています。さーびすですので、おかねはいりませんよ!」
スライムさんが得意げにする。
いつもと変わらない様子だ。
「ねえスライムさん、なにか変わったこと、なかった?」
「かわったことですか?」
「さっき、このお店の裏から、黒ずくめの人が出てきたように見えたんだけど」
「ん!」
そう言うと、スライムさんはカウンターから降りて、奥でごそごそと商品をいじり始めた。
「やられました!」
「どうしたの?」
「とうぞくです! しょうひんをもっていかれてしまいました!」
「ええ!」
私はカウンターの横の小さな木戸を開けて、スライムさんのところまで行った。
スライムさんの前には、細長い空箱があった。
「ここには、へれんほろんのつめ、が入っていたんです」
「へれんほろんのつめ」
たぶん、また名前はちがっているんだろう。
「とうぞくめー!」
スライムさんは、どこか遠くを見ながら体をブルブル震えさせていた。
「ん?」
よく見ると、細長い空箱のはしっこに、金色のものがあった。
手にとってみる。金貨だ。五枚もある。
「これは?」
「それは、へれんほろんのつめの、だいきんです!」
スライムさんは言った。
「代金? どういうこと?」
「とうぞくは、かってにおみせのものをもっていって、かってにおかねをおいてにげるんです。ひきょうものです!」
スライムさんはまた体を震わせた。
「ええと、そのお金はすくないの?」
「たりてます!」
「じゃあ、その人に売りたくなかったの?」
「へれんほろんのつめは、とうぞくさんのために、にゅうかしたものです!」
スライムさんは言うと、金貨の下にあった紙切れを私に見せた。
『次は狼の骨を三つください』
「狼の骨?」
「そういうものがあるんです! またにゅうかしないと!」
「ええと……、その人盗賊なの?」
お客さんが希望の商品を指定して、スライムさんが入荷して、買いに来て、というのはお店としてふつうのことのように思える。しかもこれまで何度もやりとりをしているようなのだ。
「だめです!」
スライムさんは言った。
「どうして?」
「とうぞくさんのやってることをみとめたら、どのおきゃくさんも、おかねさえはらえば、かってにおみせにはいって、かってにもっていっていいことになってしまいますよ!」
「……たしかに」
スライムさんの言うことはもっともだった。
「スライムさんの言うとおりだね」
「でしょう! そもそもどうしてぼくがおみせをやっているのか、しってますか?」
「知らない。どうして?」
「いまはいそがしいので、かんけいないはなしはしません!」
スライムさんはよっぽどあわてているのか、いつも以上によくわからないことを言いながらバタバタ動いていた。行ったり来たりしているだけで、特になにをしているというわけでもなさそうだ。
「ねえスライムさん」
「なんですか!」
「スライムさんは、その盗賊さんに、ちゃんと表から入ってきてって言ったことあるの?」
「ちゃんとはなしたことはありません!」
「だったら、スライムさんも、商品のところに手紙を置いておいたら、読んでくれて、わかってくれるかもしれないよ」
スライムさんが止まった。
「……なるほど! すぐかきます!」
スライムさんはカウンターの上に、紙とインクとペンをならべた。
そしてぷよぷよしている部分でなんとかペンをはさんだけれども、そこで止まった。
「スライムさん、どうしたの?」
「ぼく、てがみはかけません」
そういえば、表の看板もふらつきながらやっと書いたような字だった。あの大きさでぎりぎりなのかもしれない。
「じゃあ私が書こうか?」
「いいんですか!」
「うん。なんて書くか決めた?」
「はい!」
「なんて書くの?」
「ええと、『とうぞくさんへ』」
「盗賊なのかな」
「とうぞくです!」
私は、スライムさんと相談しながら一緒に手紙を書いた。
お昼。
母が、用事をすませてからお昼ごはんを用意するからちょっと遅くなるよ、といって近所まで出かけていった。
テーブルには、これでも食べておいて、とパンが入っているバスケットを置いていってくれた。でもバスケットの上にかかっていた布を取ったら、なにも入っていなかった。母はこういう、うっかりしたところがある。
待っていたけれど、食べられないと思ったらよけいにお腹がすいてきたので、私は近所まで出かけることにした。
スライムさんのよろず屋だ。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ!」
スライムさんがカウンターの上に現れた。
「きょうはなにをおもとめですか!」
スライムさんがいつもにも増してやる気に満ちた目をしていたので、ちょっとうしろめたくなった。
「あ、ええと、ちょっとひまつぶしに来たんだけど……」
「ひまつぶしですか……」
スライムさんのピンと張っていた体が、ちょっと力が抜けるようにやわらかくなった。
「ごめんね、だめなら」
「いいでしょう!」
スライムさんが大きくうなずいた。
「ごめんね。ついでになにか買えるといいんだけど、おこづかいもあんまりなくて」
「いいですよ! ぼくとてれーさんは、しらないなかでは、ないのですから!」
「ありがとう。あとエイムです」
そのとき私のお腹が鳴った。
ちょうど会話の間が空いていたので、はっきりとした音がした。
「いまのおとはなんですか?」
「……えっと、聞こえた?」
私は笑ってみたけれど、スライムさんが妙に真剣な顔をしていたので私も笑顔を保てなくなっていった。
「いまのはなんですか?」
スライムさんがもう一回言った。
「ええと、お腹の音」
私はこのまま帰ろうかどうか迷いつつ、結局言った。
「お腹がすいていると、音がするんですか?」
「うん」
「どうしてですか」
スライムさんは言った。
そうか、スライムさんにはそういう経験がないのか。
それと、言われてみるとたしかにふしぎだった。
お腹がすいたらお腹が鳴る?
どういうことだろう。
体が、音で私に空腹を知らせてくれている?
でも音が鳴らなくたってお腹がすいているかどうかくらいはわかる。お腹がすいているときだけ教えてくれるというの変だ。眠いときのあくびみたいに、そっ、と教えてくれればいいのに。
「おとがするものは、おなかがすいてるんですか?」
スライムさんは言った。
「おとがするもの?」
「がっきです! ふえはおとがします!」
「笛かあ。笛が鳴るのは、空気が通るから」
「では、えいむさんのおなかにも、くうきがとおってたんですね!」
「えっと」
そういうことなんだろうか。
声を出すときはたしかにのどを空気を通っているのを感じる。
もしそうだとして、さっきお腹が鳴ったとき、口は閉じていたような。
でも、鼻もあるし、耳もあるし、どこかから空気がもれていたのかもしれない。もしかして、穴をふさぐと鳴らなくなるのだろうか。
そう思って、右腕で右耳をふさぎながら手で鼻と口をおさえて、左手で左耳をおさえてみる。
もしこれが正しいとしたら大発見だ。
お腹がすいても、誰にも気づかれないのだ。
誰かがいたとしても、お腹すき放題だ!
「なにをしてるんですか?」
スライムさんは言った。
受付のカウンターのガラスはちょっと斜めになっているので、私が口や鼻や耳をおさえている様子が、うっすらと反射していた。
変な格好だった。
お腹が鳴るよりよっぽど。
そう思っていたら、お腹が鳴った。
耳と鼻と口をふさいでも、全然関係なかった。
「えいむさん? どうしたんですか? かおがあかいですよ。みみもまっかです。えいむさん、えいむさん?」
「おなかがすいているというのは、おなかのなかに、くうどうがあるということなんですね」
スライムさんは言った。
まだスライムさんは、お腹がすく、ということに興味津々だった。
「そうだね」
「なるほど。わかりました! まっててください」
スライムさんはぴょん、とカウンターからおりると、私から見えないところで、ゴソゴソという音だけが聞こえてくる。
「なにしてるの?」
「ごくん。……おなかをすかせてるんです」
「ふうん?」
「ちょっとまっててください」
そう言われたら、待ってるしかない。
スライムさんの姿が見えないまま、しばらくカウンターの前に立っていた。
ふと、なにか視界の端を動いたような気がした。
そちらを見ると、特になにもない。カウンターの端に、植物の、つるがあるだけだった。
「ん?」
つるなんてあったっけ?
すると、つるはするするとのびて、つるの先がカウンターの上からゆっくりと床に近づいていく。私の前で、成長をしていた。
「スライムさん、なんだか変な植物があるよ」
「……」
声のような、風が通り抜ける音のようなものが聞こえた。
「スライムさん?」
返事がない。
そうしている間にも、するするとのびていくつる。
私は気味が悪かったので、つるにさわらないようにカウンターの横から入って、スライムさんに呼びかける。
「スライムさん? そこにいるの?」
荷物がたくさんあってよくわからない。
そこで気になったのは、つるも、カウンターの奥から出ていたことだ。
「スライムさん……?」
私は気になって、つるがどこから出てきているのか、追いかけてみた。
荷物の間を、一歩、一歩と進んでいく。
そして柱のかげをのぞいたときだった。
「わ」
スライムさんがいた。
スライムさんの体から、つるが生えていたのだ。
「……えいむさん……」
と言ったような、言っていないような小さな声だった。
「スライムさん、どうしたの」
私はしゃがんで顔を近づけた。
なんだかさっきより小さくなっている気がする。
「おなかが……」
「お腹?」
「おなかが、すいたら、どういうきもちかとおもって……、たねを、のんだら、きがはえて……、おなかが、すく……」
「え? なに言ってるの?」
「みずが、なくなって、おなかが、すく……」
私はスライムさんが言っていることを頭の中で整理した。
スライムさんはお腹がすいた気持ちになってみたい。
お腹がすくとはどういうことか。スライムさんにとっては、水分が減ることだ。
だったら、植物の種を飲み込んだら、おなかの中の水分が減って、おなかがすいた気持ちになれるのではないか。
「ってこと?」
私が考えたことを説明すると、スライムさんは小さな声で、そうです、と言った。
「そんなことしてどうするの! スライムさん、小さくなっちゃってるよ!」
「おなかが、すくと、きれいなおとがでて、がっき、みたいなんですよね……?」
「それはスライムさんが勝手に言ってただけで、変な音がするだけだよ」
「え……?」
「それにお腹がすいても苦しいだけで、いいことなんてないよ」
「ええ……??」
スライムさんが目を見開いた。
「きいてないです……、くにに、だまされた……」
「国に騙されたってなに!」
「たしかに、つらいです……」
「もうお腹がすいてるのとは別のやつだよ!」
植物のつるに乗っ取られてしまって、ますます縮んでいるように見える。
「スライムさん、どうしたらいいのこれ!」
「みず、みずを……」
「水をあげればいい?」
私はスライムさんを持って、つるを引きずって外に出た。
お店の裏手にある水場でバケツに水をくんで、その中にスライムさんを入れる。
ちょっと乱暴に入れてしまったので水がはねた。
縮んでいたスライムさんがみるみる大きくなった。
「やった!」
「えいむさん!」
「なに!」
「このたねは、みずをたくさんあげると、そだちすぎてあぶないです!」
「ええ!?」
スライムさんの大きさがもどったけれども、つるがどんどん水分を吸っていく。
バケツの中の水が足りなくなるとまたスライムさんが縮み始めたので、私は急いで水を足す。
減る。足す。
減る。足す。
元気になるのはつるだけ。
どんどんつるがのびていって、よろず屋に巻きついて、つるがのぼりはじめた。
「おみせが、つるに、しはいされてしまいます!」
「切ればいいの!?」
「すぐはえてきます!」
「どうすればいいの!」
「みずをあげるのをやめればいいです!」
「でもそれじゃ、スライムさんの水分がなくなっちゃうよ!」
「なくなってもだいじょうぶですよ!」
「え?」
「まえに、だいじょうぶでしたよね?」
言われてみればそうだった。
乾きの石だったか。
乾いて、スライムさんの水分がすっかりなくなってからも、水につけたら元通りだった。
「でも、スライムさん死んじゃったりしない?」
「いきるか、しぬかのたたかいが、おとこをかがやかせるんですよ!」
「なに言ってるかわかんないよ!」
「やってください!」
「……できない!」
この前は無事だったけれども、今回も無事だとは限らない。
「スライムさんが死んじゃうかもしれないくらいだったら、ここで水をあげてたほうがいい!」
「えいむさん……、すっかりおとなになって……」
「スライムさんはもっと真剣に考えてよ!」
「でも、おとこには、やらなきゃいけないことと、やらなくてもいいことと、どっちでもないことがあるんです!」
「どれなの!」
そんなことを言っていて、ふと、バケツの中の種に目が向いた。
スライムさんの体から、種が落ちて出ていて、そこからつるがのびている。
もうスライムさんの中にない。
「スライムさん、それ」
私が指さすと、スライムさんもぱちぱちまばたきをして、種を見た。
「そうそう、ぼくは、みずがたくさんあると、さかいめが、あいまいになるんです」
「あ」
思い出した。
雨の日、私はスライムさんの中に入れて、そこで遊んでいた。
だったら、種を出せば……。
つるの種を空っぽのバケツの中においておいたら、つるはすぐにしぼんでいって、細くなって茶色く枯れてしまった。
「いやあ、おなかがすくってたいへんなんですね。ぼくはもう、おなかがすかないようにします!」
「うん……」
私はすっかり疲れてしまって、あんまり聞いてなかった。
昨日の夜からずっと雨が降っていた。
雨の音はうるさいくらいで、このまま雨がやまなかったら、このあたりの道は川になってしまうのだろうか。そういう心配をしてしまうくらいの量だった。
夕方になってもまだ降っていて、私は部屋の窓から外を見ていたけれど、ふとスライムさんのことを思い出した。雨の日は水分補給をすると言っていた。
もしこの雨で外に出ていたとしたら。
いてもたってもいられなくなって、私はレインコートを着て外に出た。
こういう日こそ、スライムさんは外で雨を浴びて大変なことになっている気がする。
レインコートのフードを雨が強くたたいてくる。耳元がさわがしい。
道は川みたいにはなっておらず、でも水たまりだらけだった。私はわざと長靴で水たまりの中に入ったりしながら先に進んだ。
よろず屋が見えてきたとき、ちょっとほっとした。
いつもと同じ。背後に巨大なものがあったりはしない。
もしかしたら、大量に雨を浴びたスライムさんが、よろず屋をつぶしてしまうほど巨大になってしまっているのではないかと思っていたのだ。
入り口の戸が閉まっているけれども、看板は、よろずや、と書いてあるほうが表になっていたので営業中だ。
私はひさしの下に入って私はレインコートを脱いだ。頭のすぐ上で鳴っていた雨の音がやんで、屋根を打つ雨音に変わる。
レインコートは雨を払ったけれど、まだ水滴がぽたりぽたりと落ちている。
近くにちょうどいい木の出っ張りがあったので、引っかけておいた。お店の中がぬれてしまってはいけない。
「こんにちは、うわっ」
私は思わず一歩さがった。
最初はなんだかわからなかった。
カウンターの後ろに、青みがかった透明なものが天井にのびていた。
なんというか、水でできた柱のようだった。
天井を支えている柱のように、堂々と立っていた。
上の方を見ていくと、閉じている目のようなもの、口のようなものが見える。
もしかして。
「スライムさん?」
話しかけると、目のようなものがぱちぱちと開いたり閉じたりした。
そして私を見る。
「あ、こんくりーとさん、こんにちは」
「どうもエイムです」
コンクリートとはなんだろう。
「えいむさん、ちょっとみないあいだに、ずいぶんちいさくなりましたね!」
「スライムさんが大きくなったんだよ」
これは大きくなった、でいいんだろうか。
「む? む? む?」
スライムさんが体を動かそうとする。
すると、上で引っかかっていた部分が外れて、縦に長いスライムさんがカウンターの上に倒れてきた。
「わ!」
カウンターが壊れてしまう、と思ったら、カウンターの形に従うように倒れた。
やわらかいとても長い太い棒をカウンターの上に置いた、ような形。
「ああ、えいむさん」
先端にある顔が言った。
「スライムさん、どうなってるの?」
「それは、ぼくのせりふですよ!」
「私のだよ!」
どっちのセリフでもいいけれど。
「あれ?」
なにかが落ちてきた?
私はカウンターの反対側に行ってみる。
カウンターの裏、柱スライムさんが最初いたあたりに、水がポタポタ落ちてきていた。
見ているとどんどん落ちてくる。
「雨もりだ」
「あまもりですか?」
スライムさんが、こう、ヘビが顔をゆっくり持ち上げるように、カウンターの反対側から顔を見せた。
「うん。もしかしてスライムさん、ここで寝てた?」
「ねるこはそだつ!」
「スライムさんが寝てるところに、雨もりがきて、スライムさんが上のようにのびていった……?」
寒い日のつららができる原理の逆のように、寝ていたスライムさんが上の方に長くなっていった、のだろうか。
それで縦にのびきったおかげで、スライムさんの体で穴がふさがった……?
やわらかい体だけど、寝ていたことが関係しているのだろうか。
「それはありえますねえ」
スライムさんが、ヘビみたいな体で大きくうなずく。
「ありえるの?」
「くわしくはいえませんがね」
なんだかえらそうな言い方だったけれども、知っているかどうかあやしい。
「ま、とにかく雨もり、ふさがないと」
「てんじょう、とどきますか?」
「いまのスライムさんなら届くでしょ?」
「なるほど、そうですね!」
「私も手伝うからやっちゃおうよ」
「ええ、そうですね……」
スライムさんはゆっくりとよろず屋の外を見る。
「スライムさん?」
「ちょっと」
そう言うと、スライムさんはヘビのように体をうねらせながら、外へと動き出す。
「スライムさん? まさか外で遊ぶんじゃないでしょうね」
「ちがいますよ」
スライムさんが外に動いていく。
「じゃあなに?」
私はスライムさんの、しっぽみたいになってるところをつかんだ。
「えいむさん、つかまないでくださいよ」
「スライムさん! まず雨もり直さないと!」
「そうですねえ」
他人事みたいに言う。
「スライムさん!」
大雨に気づいてなかっただけで、やっぱりスライムさんは外で遊ぶ気満々だった。
私はスライムさんを店内引っ張り込んで、雨もりの修理をさせつつ、ここまでの大雨は危ないからやめたほうがいいよ、と何度も言った。スライムさんは、何度もうんうん言っていた。返事だけは良かった。
一日中強く降っていた雨がやんだ。
朝になると、雨がウソのように青空がまぶしくて、おだやかな天気になっていた。
ほっとして外に出た。あちこちに大きな水たまりがある。
長靴は、今日は干しているのではいていない。
私は、水たまりに足を入れたい気持ちをおさえながら、よろず屋への道を歩いた。
雨水が残っている木々が太陽の光でキラキラ光っていた。
「あれ?」
おかしいな、と思ったのは、よろず屋が見えてきたときだ。
最初は建物の色をペンキかなにかで変えたのかと思った。よろず屋が、なんだか変な形に見えたからだ。
しかも白っぽい。
近づいていくとわかった。
どうやら、よろず屋は凍っている。
壁も、屋根も白っぽくなっている。
おまけに、雨が降っている最中に凍ったのか、屋根の上や壁に氷の層ができていた。
なにが起きたんだろう。
入り口は開いていた。
入ってみる。
「わ」
店内の空気は、すごくひんやりとしていた。
季節が変わってしまったみたいだ。
「……こんにちは」
呼びかける声が小声になってしまった。
カウンターの上にスライムさんが現れない。
「こんにちは。こんにちはー!」
ちょっと大きめの声で呼びかけた。
けれども、返事はなかった。
「スライムさん?」
いないのだろうか。
お店を開けっぱなしで出かけた? スライムさんはそういう人ではない……、と思うけど。
店内を見まわす。お店の中も、外と同じように凍っていて、壁や、商品の表面が白っぽく見える。凍っていていいのかな、と思うようなものもあって……。
「うわっ!」
びっくりした。
壁に沿って立っていた、透明なもの。
柱にも見えるけれどもそんなところに柱はなかったな、とぼんやり見ていて気づいた。
青みがかった細長い柱の上の方に、目と口が。
これはスライムさんだ。
昨日、太いヘビのような形になったスライムさんが、凍ったまま立っていた。
「……スライムさん……?」
返事はない。
表面が白っぽくなっていて、すっかり凍ってしまっているようだ。
いったい、なにが起きているのだろう。
よく見ると、スライムさんは口になにかくわえていた。
正方形で作られた立体物のようだった。
透明で、見ていると、表面がキラキラと光っていた。じっと見ると、表面のキラキラはゆっくり動いているように見えた。
これが原因なのだろうか。
私は壁にあった長い棒を持って、先を、スライムさんの口元に近づけていった。
つん、つん、と四角いものをつっつく。
五回くらい棒の先があたったとき、四角いそれがスライムさんの口から落ちた。
床に落ちた。割れたり、弾んだりすることなく、べた、と床に落ちて止まった。
落ちてつぶれた泥だんごのようだ、と思ったけれど、四角い形はすみずみまで保たれていて、どこもつぶれていない。
すると、落ちた床のまわりがだんだん白く、凍りついていく。
これがよろず屋とスライムさんを凍らせたらしい。
なら、これを外に出せばいいんだろうか。
外が凍ってしまうんだろうか。
「わ」
足が上がらない。
力を入れると、やっと動いた。靴の裏が凍ってきていた。
私は立ち止まらないよう、足ぶみをしながら考える。
「……おや?」
見上げると、スライムさんが目をぱちぱちさせていた。
体の下の方はまだ凍っているけれども、上の、顔のあたりはぷよぷよのやわらかさを取りもどしたのだろうか。
「スライムさん!」
「おや? これは……」
スライムさんは目だけ動かしてこっちを見る。
「スライムさん、なにがあったの? この氷はなに?」
「ああ、へこらさん。こんにちは」
この際名前まちがいはどうでもいい。
「これ、どうしたの!」
私はさっきの棒で、落ちた四角い氷のようなものをつっついた。
「それはあまもりをしゅうりするのにつかったんですよ!」
スライムさんによれば、あまもりの修理は、私がいるときには一度うまくいったものの、形が変わった体で、はしゃいでいたら、また別のところから雨もりがあったのだという。
そのとき、氷の魔石、というものを使って修理することを考えた。雨なら、凍ればもう通らなくなる。
その結果、スライムさんも一緒に凍ってしまったという。
「めいあんだったんですけど」
「大失敗だよ!」
「でも、ひのませき、よういしてますよ!」
「火の魔石?」
「ここにあります!」
スライムさんが口に白い宝石をくわえていた。ほんのすこし、赤く光っている。
「それは?」
「これはひのませきです! こおりのませきといっしょにもっていれば、どちらもこうかをださなくてあんしんになります!」
「でも凍ってたんでしょ?」
「ふっふっふ。とうぜんです! こおりのませきのほうが、おおきかったので!」
「大失敗だよ! なんで同じ大きさじゃないの!」
「おなじおおきさだったら、こおらせられないので!」
「その結果が大変なことに!」
とにかく、スライムさんに、氷の魔石と同じ大きさの火の魔石を用意してもらえばいいらしい。
「あちち、あちち」
スライムさんが上の方で言っている。
どうやら、火の魔石のおかげで溶け始めたけど、もてあましているみたいだ。
でもまだスライムさんの長い体はほとんど凍っている。
「あ」
スライムさんが、上の方だけでバタバタしていたら、ぐらっ、と。
柱のようになったスライムさんが、傾いて。
「スライムさん!」
どうすることもできず、倒れてしまった。
走っていくと、凍っていない部分と、凍っている部分の境目が割れていた。
ちょうど、いつものサイズのスライムさんになっていた。
「スライムさん! 割れちゃったよ!」
「だいじょうぶです」
「だいじょうぶじゃないでしょ!」
「すらいむというのは、ほとんど、すいぶんでできているので、へってもへいきですよ」
まあたしかに言われてみれば、折れてなくなったのはそもそも水で増えた部分だ。
「だいたい、にんげんもおなじです」
「え?」
「にんげんのだいぶぶんは、なにでできているかしっていますか?」
「なに?」
「そんなはなしより、はやく、こおりのませきをかたづけないと!」
氷の魔石がどんどんまわりを凍らせていた。
「スライムさんが始めた話でしょ!」
私たちは大急ぎで、スライムさんが持ってきた特別な箱に、氷の魔石と、すこし小さな火の魔石をいくつか入れてフタをした。
だんだんによろず屋の氷も溶けていった。