私、加賀谷桃は、かわいい。
自分でそんなこと言うのはどうなのかと自分でも思うが、本当にかわいいのだ。
小さい時から、かわいいかわいい言われて育ってきたし、欲しいものはなんでも買ってもらえたし。これで気がつかない方がおかしいほどだった。
学校に通うようになってからは、さらにその、『かわいい』が故の特別扱いはエスカレートしていくようになった。
しかし、学校生活における特別扱いが良い方向に働くことはほとんどない。
名前も知らない人の好きな人をとったとかどうとかで嫌われて、いじめられた。好きでもない男に囲まれて、それが嫌で堪らなくて、なのに誰も気づいてくれなくて、エコ贔屓だのぶりっこだの。
もう、そんな生活には疲れたのだ。限界だった。だから私は、かわいいを受け入れて利用することにした。
服に気をつけて、メイクにも気をつけて、精一杯のかわいいを纏う。性格も容姿みたいな甘ったるいものを装って、何かあったら困った顔をして周りに頼る。そしたら、何も出来なくても何でも手に入るようになった。
そして、気がついてしまった。自分が、かわいいだけで生きていけることに。
それと同時に、つきつけられてしまった。
心を許せる友達、いない。
何にもやりたいこと、ない。
本当に欲しいもの、ない。
え、私、何のために生きてるんだろう。本当の私はもっと、本当に、すっごく虚無で空っぽなのに、と。みんなの思っているような、こんな子じゃないのに、と。
それが怖くて、手に入るものならなんでも欲しくなった。学年一カッコいい彼氏。みんなが持ってないようなブランドのコスメ。目に見えた特別扱い。みんなみんな私のもので、きっとみんな、私のことが羨ましい。
でも、それでもまだ、足りなくて。
それならいっそ一人になってみようかと、屋上へ続く階段でご飯を食べようと思った。屋上には鍵がかかっているから、わざわざこんな学校の端っこまで来る人はいない。あそこなら一人になれるだろう、と。
そう思った私が階段に座ってご飯を食べていると、後ろからガチャ、という音が聞こえてきて。その音に驚いて振り返ってみると屋上から出てきた先輩がいて、屋上の鍵を持っていた理由を問い詰めてみたのだ。
すると、前に先生から掃除のためにと屋上の鍵を渡されたが、返却しそびれて有効活用しているだけであって、盗んではいないのだと弁明された。それはそれでどうなのだろう。普通は返す。少し、人間性を疑った。
しかし、冷たくて硬い階段に座って食べるなら、私も屋上で食べたい。そのため、そのことを口止め料にして、私も屋上でご飯を食べる許可をもぎ取ったわけである。
その日から、屋上の鍵は屋上の手前の階段に置いてある荷物の中に隠されるようになり、共同所有となったのだ。
「せーんぱい。私のこと知ってます??」
「……いや知らんけど。あ、何? もしかして芸能人とか?」
「あは。違いますよ。なら、先輩もここにいていいや。これからは私とご飯、一緒に食べましょ!」
「嫌だよ。そもそも俺の場所で、後から来たのは君じゃん」
めんどくさそうに、先輩は言った。
その瞬間、好きだと思った。でもそれは恋とかじゃなくて、なんていうの。
人として、好き。
どうでもいい扱いなんて、久しぶりにされたから初めて気がついた。無関心って、こんなに、こんなに心地良かったんだ。
だって、私が何をしてもこの人は幻滅しない。イメージの中の私を見ない。
多分、私をかわいいと思っていない。
────だから、この人は私のことを好きにならない。