その三日後亨が陽菜の病室の前に行くとその扉には面会謝絶の札がかけてあった。
「陽菜どうしたんだろう」
一言呟くと心配な面持ちですぐさまナースセンターに向かう亨。
するとそこには幸運にも矢嶋の姿が確認され亨の存在に気付いてくれた。
「翔さんじゃないですか、何か用ですか、もしかして陽菜ちゃんの事?」
「はい、今あいつの病室の前に行って来たんですけど面会謝絶の札がかかっていたので心配になってしまって。何かあったんですか、陽菜の具合そんなに悪いんですか?」
その言葉通り心配な表情を浮かべながら訊ねる亨。
「ちょっと夕べ発作を起こしてしまってね、別にたいしたほどじゃなかったんだけど念のため」
「そうだったんですか、それで今は大丈夫なんですか?」
「まあ大丈夫は大丈夫なんだけど、今日は会うの控えてくれる?」
「分かりました。そう言う事情では仕方ないですね、今日の所は帰ります」
「ごめんなさいね」
「どうして千夏ちゃんが謝るんです? 病気なんだから仕方ないじゃないですか。千夏ちゃんが謝る事でもありません!」
「確かにそうかもしれないけど、せっかく来てくれたのに申し訳ないと思って……」
「良いんですよ別に、では僕はもう帰りますね、陽菜の事をよろしくお願いします」
亨の願いに矢嶋は笑顔で応える。
「はいお任せください」
こうして陽菜に会う事が出来なかった亨はがっくりと肩を落としつつ自分の病室に帰っていった。
その後亨は自分の病室に帰ったものの、陽菜の様子が心配でたまらなくなってしまいその晩は食事ものどを通らず、そして夜も心配でなかなか寝付けなかった。
翌朝の食事もほとんど残してしまった亨は食べ終わるとすぐさま陽菜の下に向かった。
はやる気持ちを抑えつつ車椅子を走らせる亨。ようやく陽菜の病室の前にたどり着いた亨であったが、依然面会謝絶の札はかかったままであった。
亨が陽菜の病室の前に佇んでいると、この時突然病室のドアが開いた。
「亨君じゃない、どうしたのこんなに早く。そう言えば車椅子乗れるようになったんだってね、おめでとう」
「おばさんおはようございます。はいついこの間乗れるようになりました。それで陽菜の様子はどうかなと思って、実は昨日も来たんですけど面会謝絶の札がかかってあって会えなかったもので」
心配な面持ちで尋ねる亨に俯いてしまった陽子は申し訳なさそうに応える。
「そうだったの、ごめんなさいねせっかく来てくれたのに、とりあえず談話室に行こうか」
「そうですね」
するとゆっくりと亨の車いすを押し始める陽子。
「ありがとうございます」
「いいのよ別に」
その後談話室につくとテーブルに向かい椅子に座り、陽子は再び謝罪する。
「ほんとにごめんなさいね何度も足を運んでもらって」
「そんな事は良いんです。こういう事情では仕方ないじゃないですか、だから謝らないでください。それで昨日看護師さんに聞いたんですが発作を起こしてしまったそうじゃないですか、具合の方は大丈夫なんですか?」
「心配させてしまってごめんなさい、それとありがとね。でも大丈夫心配いらないのよ、たまにこう言うことが起きるの」
「そうだったんですか、それなら少しは安心できました。と言ってもまだ心配なのは変わりありませんが、この前も短期間に二回も熱が出たと言っていたので心配になってしまって」
少しでも亨に心配かけまいとする陽子。
「熱が出たのは心配しなくて良いわ。あの子あなたに久しぶりに再会できてはしゃぎすぎただけなのよ」
これにより熱が出た件については少し安心する事が出来た亨であったが、それでも今回の発作については未だ心配の種が亨の中に残されていた。
「そうだったんですね。それでこの病院で再会した時に聞いたんですが陽菜の病気は移植するしか治る方法がないって本当なんでしょうか?」
「そうねぇ、今のところそれしか方法がないみたい。でもあの子手術が怖いらしいのよ。そりゃそうよね、心臓を取り換えるんだもの怖くない方がおかしいわ。でも勇気を出して移植に踏み切らないと治らないのよね、今度ドナーが現れたらその時は何としてでも説得しなくちゃ」
「そうですね。おばさん俺にも何かできる事あったら言ってください」
「亨君はそんな事考えなくて良いのよ」
そう言った陽子であったが、一呼吸置いた陽子は再び口を開いた。
「ひとつだけあるとすればあの子とこれからも仲良くしてあげてほしいの。それだけしてくれれば充分よ」
「そんな事当然ですよ」
この時亨の頭の中に一つの疑問が浮かんだ。
「ところでおばさん、おじさんの姿を一度も見てないですけど今どうしているんですか?確かに仕事で忙しいでしょうけど話題にも載らないのでどうしたのかなと思って、元気にしています?」
「おじさんね、今海外なの。単身赴任でずっと帰って来られないのよ」
(陽菜がこんな状況の時によりによって単身赴任か、それも海外に。おじさんも会えなくて心配でたまらないだろうな? でも仕方ないよな仕事なんだから……)
「そうだったんですか。じゃあ陽菜もさびしいでしょうね、ただでさえずっと病院暮らしで心細いだろうに。おじさんも心配で仕方ないだろうな?」
「そうね、陽菜がこんな状態だから最初は断ろうとも考えたけど業務命令だから仕方ないって、それに働かないと陽菜の入院費どころか生活費だって稼げないでしょ?」
「そうですね。おばさんも大変じゃないですか?」
「あたしは良いのよ、なんとか頑張っていけるわ」
「俺も退院してからも出来るだけ来られるようにしますね」
「ありがとう亨君。でも無理しなくて良いからね、あなた大スターなんだから復帰したら忙しくなるんじゃないの?」
「大丈夫です。ただツアーに出たりなどどうしてもこられない日が続くこともあるかもしれません、その時は勘弁してください」
「そんなの良いのよ、来て頂けるだけでありがたいんだから」
「とにかく邪魔になってもいけないですから今日の所は帰りますね。また明日来ます」
「邪魔だなんてとんでもない。でもありがとう待っているわね。だけどほんと無理しなくていいのよ」
「大丈夫です。俺も陽菜の事が心配なのでまた明日来させてください」
「ありがとう亨君」
その後立ち去ろうとする亨に対して何か思い出したように声をかける陽子。
「あっ待って、亨君今ケータイ電話持っているかな?」
その問いかけに踵を返しつつ応える亨。
「今手元にはないですけど持っていますよ、それが何ですか?」
「じゃあダメかしら、もしもの時のためにケータイ電話の番号を聞いておこうと思ったんだけど」
「そうですか、そう言うことなら分かりました。大丈夫ですよ番号覚えていますから。ただ一つお願いがあるのですが」
「何お願いって」
「お願いだからもしもの時なんて事言わないでください! それでは陽菜が死んでしまうみたいじゃないですか」
「そうね、言葉には気を付けるわ。あたしもダメね、そんなつもりは全然なかったんだけど」
「僕の方こそごめんなさい。少し言い方がきつくなってしまったかもしれません」
「とんでもない全然そんな事ないわ。それに陽菜のことを思ってのことでしょ? 怒ってなんかないから安心して。とにかく悪いけど登録してくれるかしら、あたしこういうの疎くて」
そう言うと自分のケータイ電話を差し出す陽子。
「分かりました」
そう言ってケータイ電話を受け取ると、あれこれと操作し自分のケータイ番号を登録する亨。
「出来ました」
亨は自分の番号を登録したケータイ電話を陽子に返す。
「ありがとう」
「一度ワンギリでいいのでその番号に電話をかけてみてください、そしたら僕のスマホにも登録しておきますので」
「分かったわ、ちょうどこのスペースはケータイが使えるのでかけてみますね」
そういうと一度その番号に電話をかけた陽子はすぐに電話を切った。
「これでいいのね」
「はい大丈夫です。ありがとうございます」
ここで亨はもっとも気がかりな事を陽子に尋ねる。
「ところでおばさん、陽菜の状態ってそんなに悪いんですか?」
「そうねぇ、あまり良いとは言えないわ、やっぱり移植しないと。だけどドナーが見つからないの、アメリカに行って移植を待つ事も考えたけどどのくらい待たなければいけないかも分からなかったし、高額な費用の問題もあって断念せざるをえなかったのよ」
「そうなんですか、出来る事なら僕が経済的に支援できればいいんですけど……」
「良いのよ亨君はそんなこと考えなくて、これはうちの問題なんだから」
「そうですか?」
「そうよ、ただでさえ亨君には良くしてもらったのにこれ以上迷惑かけられないわ」
「迷惑だなんて思わないでください」
「ありがとう、その気持ちだけで嬉しいわ。でもほんと気にしなくていいの」
「分かりました、とにかく今日の所は帰ります。明日また来ますね」
再びその場を後にしようと考えた亨であったが、肝心な事を思い出してもう一度車椅子を止めた。
「そう言えば大事な事を言い忘れていました。マネージャーに頼んでパソコンを持ってきてもらったので今度時間の空いた時にでも取りに来て頂けますか? すみません遅くなってしまって」
「なによすみませんだなんて、頂くのはこっちなんだからそんなの良いのに。でもほんとに頂いてしまって良いの?」
「良いんですって、言ったじゃないですか、どうせ余っているものだから遠慮しなくていいんですよ」
「そうだったわね。ありがとう亨君、近いうちに頂きにあがるわ」
「では待っていますので」
そうして亨は談話室を後にした。