本田の当然と言わんばかりの言葉にマイクは驚いてしまい、それは彼の表情にも表れていた。
「ほんとですかそれ、やっていることは同じなのにどうしてそんなに給料が違うんですか?」
「そんなの当り前じゃねえか、俺たちは日本人でお前らは外国人だからに決まっているだろ! どう考えたって日本人の方が偉いんだよ」
(どうして日本人の方が偉いなんて事がありえるんだ、やっていることは同じなのに。それどころか僕らの方が日本人より働いているじゃないか!)
「そんなのおかしい! どうして同じ仕事をしているのに外国人というだけで給料が半分にも満たないんだ」
「なんだお前、日本で働かせてもらって給料まで出してもらっているのにまだ不満だっていうのか!」
「僕だって日本人と同じだけの給料をもらっているなら文句は言いません。でもそうじゃないですか、日本人はいつもさぼってばかりで僕らばかりが働いているのに、それなのに僕らの給料が日本人の半分にも満たないなんて納得いきません」
「お前らが納得しようとしまいと外国人の給料なんてそれでいいんだよ、外国人ふぜいが生意気言うな!」
「何ですかそれ、外国人だからってバカにしすぎじゃないですか、僕らはその少ない給料の中から国に仕送りをしているんです!」
二人の言い争いに気付いてやって来たのは工場長の小林だった。
「どうした、何もめているんだ?」
「工場長、マイクの奴がどうして同じ仕事をしているのに自分たちは給料が少ないんだって言いだして」
マイクは小林に対しても詰め寄っていく。
「僕たちは日本人のみんなと同じ仕事をしています。それなのにどうして僕たちの給料は日本人の半分にもならないんですか? それどころか日本人はさぼってばかりで僕たちばかりに働かせているじゃないですか」
「本田君給料話したの? この事は彼等には黙っているようにって言ったじゃない、どうしてしゃべったの」
小林のあきれたように話す言葉に言い訳をする本田。
「すみません。僕がうっかり落とした給料明細を彼が拾ってしまってその時に見られてしまいました」
「わざわざ中身を見たのか?」
勘違いをしてしまった小林に対しマイクが訂正する。
「そうじゃありません! 本田さんが落とした紙を拾ってあげたときに偶然見えてしまっただけです」
「そう言う事か、まったくこんなところで見るから……」
仕方ないとばかりに小林はマイクに対し説明するが、マイクにとってその言葉は説明になっておらず到底納得できるものではなかった。
「当たり前だろマイク。良いかよく聞け、お前ら外国人よりも俺たちの方が優秀なのは決まっているんだ。能力の劣るお前らに高い給料払えないだろ! 分かり切った事を聞くな」
それでも引き下がらないマイク。
「日本人よりも外国人の方が能力が劣るって誰が決めたんです! 仮にそうだとしても日本人の半分も給料がもらえないなんておかしいじゃないですか」
「外国人の分際で何言っている。住む寮まで与えてもらって何の文句があるんだ、嫌なら辞めてもらったって良いんだよ。だからと言って行くとこないでしょ、パスポートは俺達が預かっているんだ、お前らはここで働く以外ないんだよ」
日本語があまり得意でないマイクは小林の言葉に太刀打ちできなくなってしまった。
(確かにパスポートも取り上げられているしここを辞めたら寮も出なければいけない、そうなったらホームレスになる以外行くとこが無くなってしまう)
悔しさを噛みしめながらも引き下がるしかなくなってしまったマイク。
その夜寮に戻ったマイクに同室でベトナム人のアインが尋ねてきた。
お互い言語の違う彼らは母国での日本語学校や来日してから入学した日本語学校で覚えた日本語で会話をする。
「マイク今日工場長達と何もめていたんだ?」
彼らの話を同じく同室でタイ人のソムチャイとフィリピン人のエリックの二人も聞いている。
彼らの部屋は本来二人部屋にもかかわらず狭い部屋に四人も押し込められており、そこに二段ベッドが二組もあるものだからただでさえ狭い部屋が余計に狭く感じる。そしてそれは他の外国人労働者の部屋も同様であった。
「お前ら給料いくらもらっている?」
「なんだよ突然」
怪訝な表情で尋ねるエリックに再び問いかけるマイク。
「良いから教えてくれ!」
マイクの問いかけにエリックが不思議そうに応える。
「月によって違うけどだいたい七万から八万くらいかな、それがどうしたんだ?」
「そうだろ? 僕もそのくらいだ。でも日本人はその倍以上もらっているらしいんだ」
「どういう事だそれ! 僕らの給料よりずっと多いじゃねえか、どうしてそんな事が分かったんだよ」
アインが驚きの声で尋ねると更に続けるマイク。
「今日給料日だっただろ?」
「そうだな、それがどうした?」
尋ねるアインに対しマイクは更に続ける。
「本田が何か紙を落としてそれを僕が拾ったんだけど、その紙に給料の金額が書いてあったらしいんだ」
マイクの言葉にその紙が何なのかすぐにピンときたエリック。
「知っているぞそれ、もしかして給料明細じゃないか?」
すぐにその紙が給料明細だと分かったエリックにマイクは驚いていた。
「給料明細? なんだそれエリック」
「給料明細っていうのは普通給料をもらうと必ずついてくるものなんだ。その紙に給料の額はもちろん出勤日数とか給料の計算に係わるいろんなことが書いてあるんだ」
「エリックはどうしてそれを知っているんだよ」
「この会社に来る前他でアルバイトしていたんだけど、そこではちゃんと給料明細をくれたのにこの会社で働くようになってからはくれなくなったからどうしてなのか不思議に思っていたんだ! それに給料もすごく減ってしまったから気になっていた。すぐにこの会社を辞めたくなったけどパスポートを取られてしまったからやめるにやめられなくなってしまったんだ。まさかパスポートまで取られるとは思わなかった」
「そうなんだ、その給料明細ってものは普通はくれるものなのなんだな、ほかの二人はもらった事あるか?」
マイクが尋ねるがアインもソムチャイももらったことはなかった。
「そうか、やっぱり二人とももらった事はないんだな?」
マイクがぽつりと呟くとそれに続くようにエリックが話を元に戻す。
「それで給料明細を拾ってマイクはどうしたんだよ」
「それをたまたま僕が拾ったんだ。そしたらその紙に数字が書いてあったんだけど最初その数字が何かわからなかった。その後本田に紙を返した時に給料見たかと聞かれてその時初めてその数字が給料の額だと言うことに気付いたんだけどその金額いくらだったと思う?」
「いくらだったんだよ」
アインが尋ねると、マイクの放った金額は同室の三人にとって驚きの金額だった。
「十九万だぞ! あいつ僕より会社入ったの遅くて歳だって僕より若いのに僕の倍以上もらっているんだ」
「ほんとなのかよそれ! でもそれがよくすぐに十九万て分かったな?」
驚きの言葉を放つとともに尋ねたのはエリックでありマイクがそれにこたえる。
「簡単なことだよ。最初十九っていう数字が見えたんだけどそれが給料の額だとしたら一万九千円てことはあり得ないだろ? だとしたら十九万てことだろうと思って」
「そういう事なんだな、僕だって今まで日本人も僕らと同じくらいの給料しかもらってないものだと信じ切っていた。だから僕はなぜ日本人と同じ仕事をしているのにこんなに給料の額がそんなに違うのか聞いたんだ」
「そしたらなんだって?」
ソムチャイが興味深げに尋ねる。
「本田の奴言ったんだ。僕たち外国人と日本人の給料が違うのは当然だって、日本人の方が偉いとまで言っていた。それだけじゃない、外国人のくせに身の程を知れとまで言ったんだ!」
「なんだよそれ! 同じ仕事をしているのに日本人と外国人の間に偉いも何もないだろ。それに身の程をしれだと? 日本人というだけでそんなに偉いのかよ!」
エリックの怒りの声が飛んで来るとマイクは更に続ける。
「そこへ工場長が来たから今度は工場長に聞いたんだ、どうして同じ仕事をいているのに給料がこんなに違うのかって。そしたらあいつ日本人と僕ら外国人とじゃ日本人の方が優秀なのは決まっているって、能力の劣る外国人に高い給料払えないのは当然だって言ったんだ」
今度はアインが怒りの声をあげた。
「何言っているんだ、あいつほとんど現場に来ないくせに、現場の事わからないのによく言えたものだな? 外国人の方が能力が低いって誰が決めた」
マイクは更に続ける。
「それでもまだ抗議していたら住む寮も与えてもらって何の文句があるって、嫌ならやめても良いって言われてしまった」
「住む寮って言ったってこんな狭い部屋に四人も押し込んで何が与えているだよ、だいたい嫌ならやめてもいいって言うけどやめられないようにパスポートを取り上げたのはどいつだ!」
そう吐き捨てたのはソムチャイであり彼は更に続ける。
「なあマイク、この事他のみんなにも知らせた方がよくねえか?」
「そうだな、他のみんなも呼んでこよう」
マイクとエリックは他の二部屋に行きともに働く仲間たちを呼びに行く。
みんながマイクたちの部屋に集まると各々狭い床の上やベッドの上など思い思いに腰を下ろした。
全員がマイクたちの部屋に入ったのを確認するとパキスタンを母国にするアリがいったい何事かと尋ねる。
「どうしたの突然皆を呼んで」
疑問の声で尋ねるアリの問いかけに対し口を開くマイク。
「みんなを呼んだのは僕たちの給料の事なんだ。この部屋のみんなの給料は七万から八万円くらいだけどやっぱりみんなもそのくらいか?」
怒りをにじませながら言うマイクの質問にアリが応える。
「僕もそのくらいだけどみんなはどうだ、同じくらいだよな?」
するとほかのみんなも一様に頷いた。
「それが何なんだよ」
アリの問いかけに続けるマイク。
「今日給料日だったろ? 会社で本田が給料明細を落としたのを拾ったんだ」
「給料明細? なんだそれ」
マイク同様給料明細というものをもらったことがなく、もちろんその存在を知らなかったアリが不思議そうに尋ねるとそれに呼応するようにほかの部屋から来たメンバーたちも不思議そうな表情をしていた。