「簡単なことだよ。最初十九っていう数字が見えたんだけどそれが給料の額だとしたら一万九千円てことはあり得ないだろ? だとしたら十九万てことだろうと思って」

「そういう事なんだな、僕だって今まで日本人も僕らと同じくらいの給料しかもらってないものだと信じ切っていた。だから僕はなぜ日本人と同じ仕事をしているのにこんなに給料の額がそんなに違うのか聞いたんだ」

「そしたらなんだって?」

ソムチャイが興味深げに尋ねる。

「本田の奴言ったんだ。僕たち外国人と日本人の給料が違うのは当然だって、日本人の方が偉いとまで言っていた。それだけじゃない、外国人のくせに身の程を知れとまで言ったんだ!」

「なんだよそれ! 同じ仕事をしているのに日本人と外国人の間に偉いも何もないだろ。それに身の程をしれだと? 日本人というだけでそんなに偉いのかよ!」

エリックの怒りの声が飛んで来るとマイクは更に続ける。

「そこへ工場長が来たから今度は工場長に聞いたんだ、どうして同じ仕事をいているのに給料がこんなに違うのかって。そしたらあいつ日本人と僕ら外国人とじゃ日本人の方が優秀なのは決まっているって、能力の劣る外国人に高い給料払えないのは当然だって言ったんだ」

今度はアインが怒りの声をあげた。
「何言っているんだ、あいつほとんど現場に来ないくせに、現場の事わからないのによく言えたものだな? 外国人の方が能力が低いって誰が決めた」

マイクは更に続ける。

「それでもまだ抗議していたら住む寮も与えてもらって何の文句があるって、嫌ならやめても良いって言われてしまった」

「住む寮って言ったってこんな狭い部屋に四人も押し込んで何が与えているだよ、だいたい嫌ならやめてもいいって言うけどやめられないようにパスポートを取り上げたのはどいつだ!」

そう吐き捨てたのはソムチャイであり彼は更に続ける。

「なあマイク、この事他のみんなにも知らせた方がよくねえか?」

「そうだな、他のみんなも呼んでこよう」

マイクとエリックは他の二部屋に行きともに働く仲間たちを呼びに行く。

みんながマイクたちの部屋に集まると各々狭い床の上やベッドの上など思い思いに腰を下ろした。
全員がマイクたちの部屋に入ったのを確認するとパキスタンを母国にするアリがいったい何事かと尋ねる。

「どうしたの突然皆を呼んで」

疑問の声で尋ねるアリの問いかけに対し口を開くマイク。

「みんなを呼んだのは僕たちの給料の事なんだ。この部屋のみんなの給料は七万から八万円くらいだけどやっぱりみんなもそのくらいか?」

怒りをにじませながら言うマイクの質問にアリが応える。

「僕もそのくらいだけどみんなはどうだ、同じくらいだよな?」

するとほかのみんなも一様に頷いた。

「それが何なんだよ」

アリの問いかけに続けるマイク。

「今日給料日だったろ? 会社で本田が給料明細を落としたのを拾ったんだ」

「給料明細? なんだそれ」

マイク同様給料明細というものをもらったことがなく、もちろんその存在を知らなかったアリが不思議そうに尋ねるとそれに呼応するようにほかの部屋から来たメンバーたちも不思議そうな表情をしていた。
「僕もたった今エリックから初めて聞いたんだが、給料明細というのは普通給料をもらうと必ずついてくるものらしいんだ」

「そうなのか? でも俺たちそんなものもらってないぞ」

「やっぱりアリたちももらってないか、実は僕たちもなんだ」

「それでその給料明細とはどんなものなんだ?」

アリの問いかけに今度はエリックが説明をする。

「それは俺の方から説明するよ。普通は給料をもらうときに一緒に給料明細という紙をもらうはずなんだけど、その給料明細というのには給料の額はもちろん働いた日数とか働いた時間など給料の計算に係わる様々なことが書いてあるんだ」

「そうなんだな、俺はそんな紙もらったことないよ。エリックは何故給料明細というものがあるのを知っていたんだ?」

アリの問いかけにエリックの代わりにマイクが応える。

「それは僕の方から応えるよ。エリックはこの会社に来る前にほかの会社でアルバイトとして働いていたそうなんだ。その会社では給料明細もきちんともらっていたそうだ、だから給料明細のことも知っていたんだよ」
「だけどこんな会社に入ったためにやめるにやめられなくなったということか?」

問いかけたアリに対し応えるマイク。

「そうだな、パスポートも取り上げられているしな」

「それでその給料明細を拾ってどうしたんだよ」

アリのそんな呟きに説明を続けるマイク。

「そうだったな話を戻そう。本田の給料明細を拾ったときに偶然給料の金額がみえて、そこには細かい金額までは分からなかったけど十九万て書いてあるのが見えたんだ。僕たちの倍以上だ。僕は今まで日本人の給料と僕たちの給料は同じくらいだと思っていた、だからどうしてこんなに違うのか聞いたんだ。そしたら日本人と僕たち外国人では外国人の給料の方が少なくて当然だって言ったんだよ! それどころか日本人の方が偉いとまで言いやがった」

その話を聞いているうちにアリの心には怒りがふつふつとわいてきた。

「なんだよそれ、僕達だって日本人と同じだけ働いているのに日本人でないというだけでどうしてこんな目に合うんだよ」

アリの怒りの声を聞きつつ更に続けるマイク。
「そこへ工場長が来たから問い詰めたんだ。そしたらあいつ日本人と外国人を比べたら外国人の方が能力が劣るのは当然なんだから給料が安いのは当たり前だって言って、住む寮まで与えてもらって何の文句があるとまで言われた、嫌ならやめてもらってもいいと。だけどパスポートは会社で預かっているからずっとあの会社で働く以外ないと言われたんだ」

「なんだよそれ! 日本人はいつもさぼってばかりなのに奴らの方が能力が上はないだろ、それに前から思っていたけど会社がパスポートを取り上げるなんておかしいだろ」

もともと怒りっぽいアリの怒りは頂点に達していた。

エリックが仲間たちに対し尋ねる。

「どうする、みんなでボイコットでもするか?」

この提案にソムチャイが反対の言葉を口にした。

「そんな事したって無駄だよ、たぶん全員クビになって寮も追い出される。もし僕たちが辞めたら新しい外国人を入れればいいだけだ。それに取り上げられたパスポートだって戻って来るか分からない」

「でもさすがにやめる時にはパスポートは返してもらえるんじゃねえか? じゃなかったら犯罪になりかねないだろ!」

アインが言うがマイクはそうは思わなかった。

「分からないぞ、この会社じゃやるかもしれない。それに会社を辞めたところですぐに次の働き口が見つかるかわからないし、会社に変な噂を立てられでもしたら面倒だ!」

「じゃあどうしたら良いんだよ」

そう嘆きの言葉を口にしたのはエリックでありそれにマイクが続く。

「とにかく今日はもう遅いからまた今度にしよう、明日は僕が日本語学校だからそれが終わってからかな?」
翌日日本語学校の授業に出席したマイクであったがあまり身が入らない様子であり、それに気付いた女性講師の森宮陽向(もりみやひなた)が授業後何かあったのかと尋ねる。

「マイクさんちょっと待って」

「ひなた先生、何か用ですか?」

「用ですかじゃないわよ、取り合えずここ座って」

森宮が指し示した先のロビーの隅には白くて丸いテーブルと椅子が設置してあり、その椅子に座るよう促す。

二人がテーブルに着くと森宮はさっそく事情を尋ねた。

「あなた今日勉強に身が入ってないようだったけど何かあったの?」

その声にマイクは思わず謝罪の言葉を口にする。

「ごめんなさい」

「別に謝らなくても良いけど、何か悩んでいるなら言ってみて」

マイクは思い切って会社の件を相談してみることにした。

「ひなた先生、僕どうしたら良いのかわからなくて」

「だからどうしたの?」

「僕が働いている会社の事なんですけど、僕たち外国人の給料は七万円から八万円しかもらっていませんでした」

「なによそれしかもらってないの?」

あまりの安月給に思わず驚きの声をあげる森宮。
「今まではそれが普通で他の日本人の社員も同じくらいの給料しかもらっていないものだと思っていました」

「そんな事ないわ、大体それじゃ時給に換算したらいくらになるのよ! 今どき高校生のアルバイトだってもっともらっているわ」

「やっぱりそうなんですね、日本人の社員は僕たちの倍以上もらっているのが分かって、だからその社員に聞いたんです。そしたら日本人の方が偉いんだから当然だって言われて、外国人のくせに身の程を知れって言われました」

「その社員はそんな事言ったの?」

「はい、その後来た工場長にもどうしてなのか聞いたんです。そしたら日本人と外国人では外国人の方が能力が低いのは当たり前なんだから、だから給料が安いって言われて。それでも抗議していたら嫌ならやめても良いって言われてしまったんです! やめてもどこにも行くとこないだろって言われてしまった僕はパスポートを取り上げられていることもあり諦めるしかありませんでした」

マイクから告げられた外国人に対するあまりにもひどい扱いに、森宮の心の中にはメラメラと怒りが込み上げてきた。
「なんなのよそれひどすぎるわ、それってあきらかに外国人差別じゃない! だいたいパスポートを取り上げるって何なのよ、それって動きを封じておいて飼い殺しにしようって事なの? それにもしものことがあったらどうするつもりなの? 外国人となると職質を受けてパスポートを求められることもあるだろうに」

森宮の突然の怒りの声に周りにいた人物がびくりと驚くと、一斉に振り返りマイクたちを見ていた。

ところがこの話にはまだ続きがあった。

「もっと許せないのは日本人はいつもさぼっていて僕達ばかりに仕事をさせる事です」

「それほんとなの?」

「はいほんとです。工場長はあまり現場に来ないのでこの事を知りません」

「分かったわ、少し時間をくれる? 知り合いの弁護士がマイクさん達の様に不利益を被っている外国人労働者の支援をしているの。その人に相談してみるわ」

わずかに希望が見えた気がしたマイクの表情はわずかながら晴れやかなものになっていく。

「ほんとですかひなた先生」

「任せて、じゃあ今日はもう遅いから帰りましょうか」

「はい、よろしくお願いします」

笑顔でそう言ったマイクはわずかな希望を胸に寮へと帰っていく。