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 それからは、試行錯誤の毎日だった。オレ毎日あの村に通い、その日手が空いてる転生者もそれに同行した。村の方は流石に不審に思ったのようだ。これまで週に一回程度、山の幸を物々交換しに来ていた連中が、突然毎日現れるようになったのだから無理もない。
 例の門番2人は明らかにオレを警戒していたし、川で遊んでいた子どもたちも、大人に言いつけなのか村の外に顔を出さなくなってしまった。代わりに畑に農作業に出てくる者たち、用水路を掘る者たち、そんな彼らに昼になると弁当を届ける家族たち……村の外に出てくる人間全員にオレたちは声をかけ続けた。

「ジンラータ コックル!!」

 最初はそう言われた。声色からして、歓迎されてないことは確かだった。

 そこで力を発揮したのが、みんなのスキルだ。マコトのスキル〈敵意制御〉は、動物の警戒心を刺激して、闘牛士のようにその行動を操ることができる。また、アマネのスキル〈足跡顕化〉は、標的の足跡を発光させ、後をたどることができる。この2人のおかげで、令和日本に生きていた一般人でも熟練の狩人のような狩猟が可能になった。
 シランはスキルによって初歩的な攻撃魔法が使える。獲った野鳥や獣に火炎魔法をかければバーベキューの出来上がりだ。ハルマの一風変わったスキルも良かった。〈即成醸造〉は、木の実や穀物を一晩で酒に変える。村で交換した麦と、ホップ代わりの野生ハーブにこのスキルを使ってビールを作る。そして村で麦と再交換する。これがはぐれ転生者たちのメインの商取引だったらしいが、異世界語ラーニング作戦でも大きな意味を持った。

 オレたちは昼時と夕方を狙って村を訪れた。昼は山で獲ったキジ(によく似た鳥)を火炎魔法で焼いて、村人たちの弁当に添えてやり、夕方はこの鳥の丸焼きとビールやペペット酒を振る舞う。腹がふくれれば、あるいはほろ酔いになれば、気分が良くなる。どの世界の人間も同じだ。オレたちのプレゼントに気を良くした村人は、その時間だけはオレたちの「ラノ ヤ?」に答えてくれた。キジのようなこの鳥は『キーン』、ペペットの酒は『ペルシュム』、ビールは『バーハ』だ。

 里へ戻ると、オレは辞書に加筆をしていく。〈n回連続攻撃〉のスキルは思ったとおり、筆記作業に転用できた。炭化した薪を細くして作ったペンを「武器」と、ノート代わりの板を「敵」と認識し、攻撃(筆記)を行う。最初は苦戦したが、コツを掴んでからは早かった。文字の1画を攻撃1回と扱う。1文字を書くのに3~10回程度の連続攻撃。さらにそこから、連続して繰り出せる攻撃回数を増やしていき、1単語を1回のスキル発動で、さらには1行を1回で……。少しずつだが確実に筆は速くなっていた。
 一回のスキル発動で書ける文字数が増えると、その分オレの身体に掛かる負担も増える。けど、それはアツシの〈治癒力増幅〉スキルが癒やしてくれる。アツシはマコトやアマネたちのスキル疲れも癒す。最年少13歳の少年は、ある意味このチームの要だった。そしてオレが休んでいる間にリョウが〈叡智投影〉で仲間たちにその日の成果をフィードバックした。

 行動の名前…つまりは動詞の学習も重要だ。「持つ」は『ベチィ』、話すは『ガーシュ』、「耕す」は『コーロー』……。
 オレたちが、それぞれの動作をジェスチャーで表すと、ほろ酔いの村人たちはそれぞれの名前を教える。そして、名詞と動詞が組み合わされば、初歩的な「文章」になる。文章に対して文章で答えれば「会話」が成立する。 最初に村人に言われた『ジンラータ』は「お前たち」、『コックル』は「邪魔する」だということも、ジェスチャーを通して知った。

「コックル スミマセン」

 オレたちは神妙な顔で頭を下げると、それは『カシュナスム』だと教えられた。

邪魔をして(コックル) すみません(カシュナスム)

 そう言いながら改めて頭を下げると、返ってきたのはペルシュムの入ったコップだった。オレはそれをありがたく頂戴し、それを一気に飲み干した。転生前の年齢? ここはもう日本じゃない。この世界では10代中頃から誰もがお酒を楽しんでいるらしい。(とはいえ13歳のアツシは流石に村人のコップを遠慮していた)
 ほんの少しでも確実に前進している。その1杯は、地道な作業の輝かしい「成果」だった。

 そんな事を繰り返すうちに、オレたち会話してくれる村人は一人また一人と増えていく。3ヶ月が経つ頃には、オレたちと村人との間には、日常会話程度なら出来るくらいの関係が結ばれていた。
 事件が起きたのはそんなときだった。