気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!


「じゃあミハイルさん、ゲームでもしますか?」
「え? ゲーム……なんだそれ?」
 まさかとは思うが、ミハイルの家はそこまで貧しいのか?
 それとも余程の上級家庭なのか……想像に値しない。

「古賀、お前ゲームしたことないのか……」
「鬼ごっことか?」
 マジなのか……。
 ミハイルさん家、かわいそすぎ。

「なんてことですの!? つまりはミハイルさん『バミコン』や『ブレステ』すら触れたことがないということですか?」
 ならぬ……触れてはならぬぞ、かなでよ。
「うん☆ オレんち、ねーちゃんが『外で遊べ』っていうタイプだからさ」
 あー、クラスでたまにいるよな……。
 そっち系ね。

「つーかさ、かなでちゃん……その『ミハイルさん』ってやめてくんねーかな? 年もあんまかわんないし……」
 なにやら歯切れが悪いぞ、ミハイル。
 そんなに巨乳のJCに緊張しているのか?

「では、わたくしめはなんとお呼びすれば……」
「じゃ、じゃあ……ダチからは『ミーシャ』って呼ばれてっからさ……」
「ではミーシャちゃんで構いませんね」
 え? なんでちゃん付け?
「う、うん、タクトの妹だから、いい……よ?」
 ミハイルさん、ひょっとしてこのクソきもい巨乳JCにときめいてます?
 もらえるなら、もらってやってください。
 兄の切なる願いくさ。

「ではミーシャちゃん、一緒に遊びましょ♪」
「うん☆ ……ただ! タクトは『ミーシャ』って呼ぶなよ!」
「む? なぜだ?」
 なにこれ? いじめってやつを体験しているんですかね。
「そ、それは……かなでちゃんが……女の子だからだ!」
「は?」
 意味がさっぱりわからん……しかし、ミハイルさんよ。
 こいつは女の子というカテゴリ化するには故障しすぎているぞ?

「よくわからんが俺は今まで通り、古賀と呼べばいいのか?」
「いやだ!」
 ダダっ子だな……わがままはいけません!
「つまりどうすれば、お前の承認欲求は満たされる?」
「オレのことは……下の名前で……」
 つまり男同士は『ミハイル』。女からは『ミーシャ』で通しているわけか。
 なるほど、府におちた。

「認識した、改めよう。では、ミハイル」
「う、うん! なんだよ、タクト……急に……」
 なぜそんなに顔を真っ赤かにしている?
 かなで、喜べ。腐ったお前にようやくモテ期がきたぞ、知らんけど。

「じゃあ、かなで。お前が提案者なんだからゲームソフトは自分で選択しろ」
「もちろんですわ。おにーさま」
 そういうと誰でもお気軽に遊べる大人気パズルゲーム『ぶよぶよ』を持ってきたかなで。
「さすがだな、かなでよ。これならゲームのいろはを知らないミハイルでも余裕だろ」
「デヘ♪ ですわ」
 キンモ! ウインクすな。

 かなでが『ボレステ4』にディスクを挿入……。
 この時、妹のかなではデヘデヘと笑う。
 ソフトを自動でゲーム機が吸い込む動作がたまらないそうだ。
 我が妹にして最大の変態である。


「さあていっちょやるか! ですわ♪」
「うん☆ じゃあ、最初はオレとかなでちゃんでいいか?」
「構わんぞ。どうせ優勝はこの天才だからな」
 鼻で笑う俺氏。
「んだと!? かなでちゃん、タクトって強いのか?」
「強いですわ……この御方は……」
 顔を歪ませて拳をつくるかなで。
「フッ、せいぜい足掻いてみろ、ミハイル」

 もうすでに、対戦は始まっている。
 かなでは、連鎖まちというやあつである。
 いっぽうのミハイルは、ガチャガチャと乱暴に扱う。
 これは稀に幼少期に見られる子供と同様の行動に近い。
 ビギナーというやつだ。
 だが、なぜかそのプレイでも連鎖がかなで以上に優勢になりつつあった。

「うわぁ! 負けましたわ」
「やったぜ☆」
 すまん、今の言い回しだと『別のこと』を考えてしまうのは俺だけだろうか?

 すかさず、俺がコントローラーをうけとる。
「真打の登場だ」
「よおし☆ 負けないぞ、タクト」

 数分後……。

「なん……だと!」
「やりぃ!」
「この天才、琢人が負けただと……」
「どうだ? タクト?」
 ない胸をはるな!
 いちいち、おタッチしたくなるだろ。

 そうして夕暮れになると、ノックの音もなく扉が開く。
「晩ご飯できたわよぉ!」
「か、母さん……いつもノックをお願いしているだろ?」
「なに? オナってたの?」
「ちゃうわ!」
 我が母親ながら琴音さんは今日もブッ飛ばしすぎなのである。

「ミハイルくんもいっしょに食べていきなさい」
「う、うっす」
「わーい、パーティですわ♪」
 これってなんの罰ゲーム?
 明日、仕事(新聞配達)があるんですけど?

 なんだかんだあって、俺のクラスメイト……。
 古賀 ミハイルは、初見のお友達の家に図々しくも晩御飯まで食べることとなった。
 まあこの件については我が母である新宮(しんぐう) 琴音(ことね)さんと妹のかなでの陰謀といえよう。


 4角形のテーブルには、母さんお手製の野菜ギョウザ、からあげ、トマトがふんだんに使われたスライスサラダ。
 俺とミハイルは仲良く隣りに座る。
 反対側に、母さんとかなでがニコニコと笑いながら、俺たちを見つめている。
 何やら嬉しそうだ。
 確かに、俺がこの家に知人や友人を連れてきたことは、あまり経験のないことであった。

「じゃあ、ミーシャちゃんとおにーさまの出会いに、かんぱーい♪」
 かなでがオレンジジュースを手にグラスをかかげる。
 と、同時にキモイおっぱいがプルプル震えて、かっぺムカつく。
「フッフ~ フッフ~ ミーシャちゃんも一緒に!」
 母さん、あんたまでちゃん付けかよ……。
 ちな、母さんはハイボール。

「あ、あの、かんぱい!」
 釣られるようにミハイルもグラスでご挨拶。
 ミハイルが選んだ飲み物は、アイスココア。

「タクト? どうした?」
 10センチほどの至近距離で俺を見つめるな!
 お前のエメラルドグリーンさんが、キラキラと輝いて、チューしたくなるんだよ(怒)
「んん……なにが?」
 平静を装う。
 俺が選んだのは『いつもの』アイスコーヒーだ。
 真島商店街の馴染みの喫茶店から購入している逸品だ。

「タクトもかんぱいしろよ☆」
 え? ここミハイルさんのおうちでしたっけ?
「ああ……かんぱーい(やるきゼロ)」

「「「かんぱーい」」」

「美味しいですわ~♪」
 といつつ、ゲップを豪快にするかなで。
「くわぁ~! このためのBLよねぇ」
 いや、母さんはいつもボーイズでラブラブしているじゃないですか。
「フゥ、おいし……」
 ミハイルさんたら、男のくせしてグラスを大事そうに両手で持っちゃったりして……。
 これって、ほぼほぼ女の子のしぐさなんすけど?

「しかし、古賀……お前、親御さんに連絡しなくていいのか?」
「オレ……父ちゃんと母ちゃんは死んでっからさ……」
 あ、これは地雷を踏んでしまったな。
 謝罪せねば。

「すまない、古賀……他意はない。謝罪する」
 律儀に頭を下げると、ミハイルが両手を振って慌てだす。
「な、なんでタクトがあやまんだよ! も、もう昔の話だからさ……」
 俺はこの時、一瞬にして思い出した。
 一ツ橋高校の宗像先生にクレームに行った際のこと。

『お前みたいな親御さんが二人そろって健在なのが当たり前……ってのが恵まれているんだ』

 こういうことか……ヤンキーにもヤンキーなりの事情があったのか。


「うう……ミーシャちゃん、かわいそうです!」
 泣きじゃくるかなで。
「私のこと『ママ』って呼んでいいのよ?」
 泣いてなくない? あんたのママってさ、BLのだろ?

「あ、あの、3人とも、ほんとーに気をつかわないで……オレはまだねーちゃんがいっからさ☆」
 健気にも笑顔でその場をおさめようとするミハイルに、俺は胸が痛む。
「ミハイル。お姉さんがお前を育てているのか?」
「ああ、ねーちゃんはすっげーんだぞ。オレより12歳年上でちょーかっこいいんだ」
 ちょーアホそうな姉上と認識できました。
「なるほど……つまり親代わりということか」
 ミハイルはこう見えて、苦労人というわけだ。

「かなで。そのお姉さまとお会いしたいですわ♪」
 まったく何を言いだすのやら。
「そうねぇ、タクくん。あなた今度ミーシャちゃん家にお母さんのお菓子を持っていてちょうだい」
 目を細くして笑う母さん。
 こういうときの琴音さんときたら『いかなったらBL書かせるぞ、オラァ』の意思表示である。
 そんな創作活動まっぴらごめんだ。

「了解したよ……」
「なっ! タクト……オレん家に、遊びに来たいの……?」
 おい、今度はテーブルというか『琴音さんのからあげ』がお友達になっているぞ。
「まあ興味はあるな」
「そ、そうか! やくそくな!」
 小学生かよ。

「ところでタクトのとーちゃんってまだ帰ってこないのか?」

「「「……」」」

「ん? どうしたんだ? みんな」
 首をかしげるミハイル。

 忘れていたあの男のことを……。
 新宮 六弦(しんぐう ろくげん)。これが俺の最悪のはじまりである。
 
「あいつか……死んだよ」
「そ、そうなの!? ……わりぃ、タクトん家もそっか……」
 泣いてはる。泣いてはるよ、ミハイルさんったら。
 あんな男のために。

「ちょっと、タクくん? 六さんはまだ生きてますよ?」
 微笑みが怖い。これは『オラァ! BLじゃボケェ!』と言いたいのである。
「そうです! おっ父様はかなでのヒーローですよ? 絶対におっ父様は死にません! おにーさまが一番知っているくせに……」
 いつになく寂しげな顔をするかなで。
「すまん、悪のりがすぎた。ミハイル、六弦とかいう父は生きているぞ」
 どこかでな。
「そ、そっかぁ……よかったぁ」
 胸を抑えて安堵している。
 え? ミハイルのとーちゃんだったの?

「つーかさ、ヒーローってどういうこと?」
 くっ! かなでの馬鹿者が!
 あんなやつを英雄と呼称するのは間違っているのに。

「それはですね……お父様、新宮 六弦は私を助けてくれたからですわ!」
 説明になってないぞ、かなで。
「どーいうこと?」
 ミハイルは脳内が8ビットぐらいしか処理能力がない。
 かわいそうだ。

「つまりはだな、ミハイル……実は、かなでという妹はな。六弦がよそから拾ってきた『もらい子』だ」
 俺のその一言に今までにみたいことのない表情。
 目を見開いて、大口を開けている。

「じゃ、じゃあ……かなでちゃんは他人の子なのか!?」
 なぜか俺の両肩をつかみ、激しく揺さぶる。
 そんなに揺さぶらないでぇ、俺はまだ首が座ってないの~
「そうだ、かなでは震災で孤児になり、そこを六弦とかいうバカが助けにはいったんだ」
「じゃ、じゃあ、タクトとかなでちゃんは血が通ってないのか!?」
 襟元をつかむミハイル。
 なにこれ、ほぼほぼ恫喝じゃないですか。

「そういうことですわ♪ だから私とおにーさまはイケナイ関係もアリということですね♪」
 サラッとキモイことをぬかしやがって。
「タクト……おまえ。かなでちゃんと何べん、風呂はいった!?」
 顔真っ赤にしてるぅ~ しかめっ面だし。こ、怖すぎ。
「し、知らん」
「ウソだっ!」
「いやですわ……この前も入ったじゃないですか~ おにーさま♪」
「……」
 沈黙するミハイル。

「ち、違うぞ? ミハイル。あの日もあいつが勝手に入ってきたんだ……お、俺にやましい気持ちは一切ないぞ」
「許さない!」
 え? 絶対に?

「まあまあ、ミーシャちゃん。なんなら今日は泊まっていけばどうかしら? お風呂も沸かすから、おっとこのこ同士仲良く入りなさい」
「か、母さん!?」
「許す☆」
 めっさ笑顔ですやん、白い歯が芸能人みたい。
「かなでも入っていいですか!?」

「「絶対にダメ!」」

 この時ばかりは、俺とミハイルの息がピッタリでした。

「あ、あの……ねーちゃん? オレ……うん、あのさ。今日ダチん家に……」
 食事を終えたミハイルは、スマホで誰かと話している。
 きっと、ねーちゃんとかいう12歳も年上のお姉さまなのだろうな。

「うん、わかったよ☆ ありがと、ねーちゃん☆」
 え? なんでねーちゃんにはそんな神対応なのミハイルさん?

「問題ないか? ミハイル」
「うん☆ 泊まってもいいって! オレ、ダチん家に泊まるのはじめてなんだ☆」
「なに? お前は花鶴(はなづる)千鳥(ちどり)の家には泊まったことないのか?」
 あれだけ、仲のいい3人なのだ。泊まるぐらい、わけないだろうに。

「あいつらは近所に住んでっから泊まる距離じゃないよ☆」
 なにをそんなに嬉しそうに笑う?
 こちとら、明日の朝刊配達が午前3時に控えているんだ!
 今すでに午後9時だぞ? いつもなら就寝時間だというのに……。

 二人して洗面所……おされに変換すると『脱衣所』に向かう。
 すんげー狭いからな。
 しかし、こいつの裸を見ると思うと、なんだかドキドキしてきた。
 琢人よ、認識を改めよ! ヤツは男だ! 女じゃない!


「ミーシャちゃん、パジャマはかなでのがサイズ的にいいわね」

 脱衣所の前で、母さんがピンク色の女物のパジャマを差し出す。
 なにそれ……フリルとレースまみれのピンクのルームウェア……。
 しかもショーパン。
 母さん、なにか企んでません?

「あ、あざーす」
 受け取るんかい!
「はい、タクくんはいつものね♪」
 渡されたのはタケノブルーのパジャマ。
 全身タケちゃんの『キマネチ』ロゴが入ったおされーなものである。

「感謝する」
「じゃあミーシャちゃん、ごゆっくり~」
 そう言うと母さんはなぜか、去り際に拳を天井に高々とあげていた。
 母さんUCじゃん。

 俺が脱衣所で上着を脱ぎだすと……。

「タクト! なにしてんだよ!」
 激昂するミハイル。

「なにがだ?」
 ズボンまで手をかけると、ミハイルの怒鳴り声が再び響き渡る。
「なにがじゃない! ふ、ふくは身体を隠しながら脱がないとダメなんだぞ!」
 え? なにを言っているんだ、こいつは……。

「ミハイル、お前の言いたいことがさっぱりわからん」
「ガッコウでもそうじゃん? ちゃんとタオルで隠せって、ねーちゃんが言ってたゾ!」
 あーもう、オタクのお姉さんうるさいわね!

「了解した。では俺が先に脱いで入る。タオルで股間を隠せば問題ないな?」
「う、うん……」
 なぜ顔を赤らめる? そして床ちゃんの再登場か。
 ミハイルは脱衣所から一旦出て、廊下に背中を合わせているようだ。

「ふむ、なぜ恥じらう必要があるのか……」
 いいながらしっかり彼の言う通り、真っ裸になるとタオルを腰にまいた。
 ババンバ、バンバンバン♪

 お先に浴室に入ると、いつものルーティンでシャンプーを手にして、頭から洗い出す。
 タケちゃんの『中洲(なかす)キッド』を鼻歌しながら洗うのが俺の日課だ。
 泡でいっぱいになり、目元までシャンプーがかかる。
 慌てて、シャワーを手で探す……目にしみるので。
 手で探っていると、『ぷにゅ』とした柔らかいものを手に取った。
 ふむ、シャワーにしては太いな……。

「お、おい! タクトどこさわってんだよ!」
「ん? ミハイルか? どこに触れているんだ?」
「オレの太もも!」
「すまない……が、シャワーを貸してくれ」
 なんだ、『アレ』かと思ったぜ。

「任せろ、オレが泡を流してやるよ☆」
「頼む」
 ミハイルはやさーしい水圧で、俺の髪をとかしながら、洗い流してくれた。
 なにこれ……美容師の母さんより、うまい。

「どうだ? 気持ちいいだろ?」
 すごく……いいです。
「ミハイル、この技術、誰から習った?」
「ん? ねーちゃんかな?」
 またお姉さまかよ。

「ほい、できあがり」

 瞼を開けると、そこにはバスタオルを胸元からまいたミハイルがいた。
 浴室の灯りで照らされた金髪がより一層輝く。
 いつも首元で結っているのに、風呂場では下ろしていた。
 本当に女の子みたいだ……。
 ミハイルがもし……いや、この気持ちはグレーゾーンだ。
 
「なに、ヒトの顔をじっと見つめているんだ?」
 ミハイルが俺の眼をのぞき込む。
 いやーちけーから!

「な、なんでもない……」
「そっか☆ じゃあ今度は背中洗ってやんよ」
「すまない」
 そう言うと、腰を屈める。
 ボディシャンプーを取ってくれたのだ。

 首元から流れる美しい髪。
 そして、タオルで隠れているとはいえ、ミハイルのヒップは男のものとは思えないくらい丸みがあり、女性寄りの体形と再確認できた。
 いかんいかん!
 目をそらす。

「じゃあ、かゆいとこあったら、言ってくれよな☆」
 え? オタクが美容師だったんですか?
 じゃあ……股間! とか言ってもいいですか。

「よぉし、いっくぞぉ」
 これまた、やさーしく背中を洗ってくれる。
 くすぐったいぐらいの優しさだ。ゆっくりと丁寧に洗ってくれる。
 癒される……なんか眠たくなってきた。

「なあミハイル……お前が一ツ橋高校に入った動機はなんだ?」
「オレ? ねーちゃんに言われたから」
「……」
 またねーちゃんかよ!

「なぜそうまでお姉さんにこだわる? 他になにか理由はなかったのか?」
「ん~ べつに?」
 ウッソよね~

「じゃあ今度はタクトの番だな!」
 む、そうきたか。
「俺は……取材だ」
「え!?」
 驚くのに無理はない。
 俺の本業は、ライトノベル作家。
 常に取材をしないと、作品を書けない傾向がある。
 今度の作品は初めてのラブコメだ。
 よって『ロリババア』ことクソ編集によって、「取材にいってください」と言われたにすぎないのだ。

「どういうこと? 取材って……タクトって新聞記者とか目指してんのか?」
「フッ、俺はこうみえて小説家なんだよ」
「す、すごいな!」

 ミハイルが感動してくれたところで、俺の身体はピカピカになっていた。
 俺は浴槽につかり、ミハイルに交代する。
 ミハイルは長い髪を洗い出した。

 彼は目をつぶりながら、口にした。

「なあ、タクトの本ってどこに売っているんだ?」
「フッ、俺のはそんじょそこらの本屋では販売していないぞ」
 事実である。
「じゃあ、どこの本屋?」
 クッ! 痛いところをつきやがる!

「ふ、古本屋とか……」
「そっかぁ……」
 なにを察したのか、言葉を失うミハイル。

 そう、俺はブームが去ったライトノベル作家なのだ。

 風呂上がり、いつものルーティンでリビングに向かう。
 冷蔵庫のキンキンに冷えたコーヒーをとるためだ。
 もちろん、背後にはミハイルもいる。
 きゃわゆ~い女物のフリルとレースのピンクパジャマ(ショーパン)

 俺は「本当に『それ』でよかったのか?」と一度訊ねたがミハイルは「ん? なにが?」とキョトンとしていた。
 意味がわからん。
 自分なら罰ゲームとして屈辱を噛みしめるが……。

「ミハイル、お前はなにを飲む?」
「んと……」
 冷蔵庫の中を二人してのぞき込む。
 ミハイルの髪からほのかに甘い香りを感じた。
 頬もくっつきそうなぐらい近距離で、ミハイルは飲み物を物色する。
 こいつ……女だったら最強だったろうな……いろんな意味で。

「じゃあ、オレはこれ☆」
 手に取ったのはいちごミルク。
 これまたカワイイご趣味で。

「いただきまーす☆」
「ああ」
「うぐっ……ごくっ……」
 なんだ? いやらしい音に聞こえるのは俺だけか?
「プッ、ハァハァ……おいし☆」
 よかったね、満面の笑みが見られて、嬉しいです。


「ミーシャちゃん! あとでパジャマパーティーですわよ!」

 と現れた妹のかなで。
 その姿はブラジャーとパンティーのみ。
 キモい巨乳がブルンブルンと上下に揺れて、身震いが起きそうだ。
 まあ見慣れた格好ではあるのだが。(うちの女性陣は基本裸族)

「か、かなでちゃん!?」
 顔を真っ赤にするミハイル。
 フッ、お前も童貞なんだろうな。

「タクト! 見るな!」
 眼前がブラックアウト……。
 どういうことだってばよ?

 ミハイルが赤面していたのは、恥じらっていたからではない。
 どうやら、怒っていたようだ。

「かなでちゃん! 早くお風呂場にいって!」
「なんでですの? これはおにーさまへの今晩のおかず提供ですが?」
「おかず? さっき食べたじゃん!」
 会話になってない。

 俺は視界を塞がれたまま口を動かす。
「かなで。お前の裸なんぞ、俺の脳内では生ごみに分類されている」
「ひどい~! ですわ~」
 ドタバタとやかましい足音が響く。
 どうやら、その場をさったようだ。
 だが、依然と俺の視界はブラック企業なんだが?

「なあミハイル? もうかなでがいないなら、手を放してくれ」
「あっ……ご、ごめん……」
 視界がしばらくボヤけていた。
 目をこすると、俺の前には一人の可愛らしい少女がいた。
 ……だったらよかったのに!

 ミハイルは頬を赤らめてこちらをチラチラと見つめている。
 どうやら俺の顔に触れていたのが、恥ずかしかったようだ。


「さ、ミハイル。そろそろ寝るぞ」
 アイスコーヒーを一気に飲み干すと、自室へとミハイルを連れていく。
「え? もう寝るの?」
「ああ、俺は明朝に仕事がある」
「タクトって小説家以外にも仕事してんの!?」
 そげんビックリせんでも……。

「新聞配達を朝刊、夕刊としているが……」
「それって朝は何時から?」
「明日は午前3時だ」
「わかった!」
 ん? 何がわかったんけ?


 自室に入るとスマホのランプが点灯していることに気がついた。

『一通のメッセージ』

 スマホのアドレス帳といえば、母さん、かなで、それか死んだことになっている六弦(ろくげん)とかいう男。
 それ以外は『毎々(まいまい)新聞』の店長、一ツ橋高校。
 あとは……。

 スワイプすれば、ゆるキャラのアイコンだ。
 間違いない、ヤツだ。

『先生、はじめてのスクリーングどうでしたか? そろそろ好きな子とかできませんでした?』
 
 できるか! ボケェ!
 怒りで手が震える。
 こんの『クソ編集』の思いつきで、俺は一ツ橋高校に通うことになったんだ。
 好きな子だと……。

「タクト? 誰からメールなんだ?」
 怪訝な顔つきで俺をのぞき込む、美少女……。
 じゃなかった古賀 ミハイル。

「ああ、コイツか? クソきもいババア」
「ば、ばばあ?」
「そうだ、『もう1つの仕事』の相手だ」
「もーひとつ? ん……あ! 小説のほうだな☆」
「そういうことだ」
「すげーんだな、タクトって☆ 1つも仕事こなして」
 そんな羨望の眼差しせんでも、よかろうもん。

「でも……どうして、タクトの年で仕事してんだ?」
 よくぞ聞いてくれた。
「さっき夕飯のときにも触れたが、六弦とかいう父親が関係している。我が家はほぼ俺の収入で暮らしている」
「え!?」
「というのもだ……母さんの美容室は人を選ぶし、(BLなだけに)一日に10人も集客できない」
「そうなんだ……でも、六弦さん? とーちゃんが働いているんだろ?」
「うむ、残念だが六弦は無職だ」
「……え?」
 その反応が通常だ。

「ヤツのことをかなでが『ヒーロー』と呼称していただろ? まんまだ」
「ど、どういうことだ?」
「六弦はその名の通り、自称『スーパーヒーロー』というボランティア活動をいきがいとしている。だが、その実は無職であり、俺から毎月3万円も無心してくるクズ中のクズだ」

 新宮 六弦。36歳にして無職。ボランティア活動を生きがいとし、震災や災害時には現地にかけつける伝説の男。
 助けられた人々からすれば、ヒーロー扱いなのだが、家族の方からすればさっさと「ハローワークいけや!」が第一声なのだが、母さんが許しているのだ。


「オレ……知らなかった……」
 拳をつくりプルプルと震えるミハイル。
 そうか、お前も怒ってくれるか。

「か……カッコイイ!」

「え?」
「タクトのとーちゃんって超かっけーのな☆」
 ファッ!

「な、なにを言っているんだ? 息子を働かせる父親だぞ?」
「でも……見返りを求めないで、こまっているひとたちを助けているんだろ!?」
 それって美化しすぎてません?
「確かにそうだが……」
「オレ、タクトのとーちゃんに会ってみたい☆」
 そんなに目をキラキラさせんでも。

「だがそれは無理だ。ヤツは日本各地を飛び回っていて、冠婚葬祭をのぞいたら年に3回ぐらいしか帰ってこんぞ? 電話もなかなか出ない」
「そっか……」
 ミハイルが肩を落とす。
 ふと、視線を壁に向ける。
 時計の針は、深夜の0時を指そうとしていた。
 いかん! 睡眠時間が大幅に削られていく。

「すまんがミハイル。俺は寝るぞ」
「え!? さびし……。な、なんでもない!」
 驚いたり怒ったり忙しいヤツだ。
「でも、かなでちゃんとパジャマパーティーするから安心だゾ☆」
 なにが?

「じゃあ、おやすみな」
「うん、タクト……今日はありがとう☆」
 はにかむミハイル。
「どうした? 急に改まって」
「なんでもない☆ おやすみ☆」

 俺は二段ベッドの梯子をのぼり、布団に潜った。
 その日は初めてのスクリーングもあってか、五秒で寝落ちした。

 スマホのアラームで目が覚める。

 瞼を開いた瞬間、俺の目の前にはブロンドの少女が一人……と思いたかったが。
 古賀 ミハイルだ。
 寝息をすぅすぅと立てて、枕元にいる。
 
 元々、シングル用のベッドだ。
 もう少しで唇と唇が重なりそう。
 それぐらい俺に安心しきっている。信頼の証とも言える。
 こいつが本当に女だったら、俺は今頃……。

「あっ、おはよ☆」
「お、おはよう……」

 目と目が合う。
 やましい気持ちがあっただけに、気まずい思いが宙を舞う。
 だが、それよりも『この時間』に浸っていたい。
 俺は息を呑んだ。
 このまま、こいつの唇に触れたら、きっと。

「タクト? 大丈夫か……仕事遅れるよ?」
「あっ! そうだった!」
 ミハイルの言葉がなかったら俺は陽が昇るまで、彼を見つめていたかもしれない。
「すまん、ミハイル。悪いが行ってくる!」

 俺の言葉にミハイルは腰をあげた。
 下におりるので、どいてくれたにすぎないが。

 かなでを起さないように、静かに二段ベッドからおりる。
 タンスで簡単に着替えをすます。
 腕時計と自転車の鍵を手に取り、階段をおりていく。

 一階は当然、閉店している美容室なので、裏口から外へと出る。
 家の壁際に立てかけている自転車のサドルに腰をかけると、誰かが俺を呼びとめた。

「タクト……」

 振り返れば、ルームウェア姿のミハイル。
 春とはいえ、午前3時だ。冷えるだろうに。(ショーパンなだけに)

「どうした?」
「あの……い、いってらっしゃい!」
「お、おう……。いってきます」

 ペダルをこぎ出すと、別れ際のミハイルの顔を思い出す。
 彼は微笑んではいたが、寂しげな表情だった……。
 なぜだ?
 そして、俺自身は早く仕事を片づけて、自宅に帰りたいという欲求にかられる。


 いつもより早く『毎々(まいまい)新聞』真島(まじま)店に着く。
 このことから焦りを感じる。
 店長が驚いた顔をしていた。

「どうしたんだい? 琢人くん……元気ないの?」
「え? 俺がですか?」
「うん。なんか大事なものでも落としたような顔しているよ? いつもの、ひねくれた顔じゃないな」
「大事なもの……」

 脳裏に浮かんだのはミハイルの顔。

「ち、違いますよ!」
「そんな、怒らなくても……ひょっとして好きな子でもできた?」

 微笑む店長。
 この人は小学校のときから俺を知っている。
 六弦(ろくげん)とかいう父親よりも、接している時間が長い。
 そのため、母さん以上に俺の心情を見分けるのがうまい……というか鋭い人だ。

「好きな子なんて……いるわけ……」
 言葉に詰まる。
「その顔、図星みたいだね。曲がったことが大嫌いな琢人くんを射止めた子。僕もあってみたいな」
 会わせられるか!
 相手は男ぞ?
 店長、ドン引きでしょうが、絶対!

「僕は応援しているよ、琢人くんの恋」
 なにそれ? なんか前もそんなプレッシャーかけられなかった?
「ま、まあいってきます……」
「気をつけてね!」

 バイクに乗ってから、記憶が飛んでいた。
 ミハイルのことばかり考え、正直どの家に配達したかも、ろくに覚えていなかった。
 気がつけば、自転車に乗って帰路につく。


 いつもより急いで帰っていた。
 帰り道、コンビニで暖かいコーヒーを2つ買う。
 1つはブラックの無糖。
 だが、残りはミルクたっぷりの甘いカフェオレだ。

 それらを買いそろえると、自宅に急ぐ。
 真島商店街の門構えが見えたころ、人影を感じた。
 一人の少年がこちらを向いて、立っている。


「ま、まさか……」
「おかえり☆」

 ミハイルは身体をブルブルと振るわせて、腕を組んでいる。
 その姿を見るなり、俺は自転車から腰を下ろした。
 手で自転車を押しながら、ミハイルとの距離をつめる。

「ミハイル……ずっとそこで待っていたのか!?」
「うん☆ 商店街見てたりした」

「バカ野郎!」
 思わず、自転車を道端に投げ捨てた。
 ガシャンという音が静かな商店街に響き渡り、ミハイルはビクッとする。

「タクト……?」
「夜中は変なヤツがいっぱいうろついているんだ! 危ないだろが!」
 俺は興奮気味に叫んでいた。
 怒鳴っているという表現のほうがあっている。

「ミハイル……お前みたいな……カワイイ子がいたら」
「カ、カ、カワイイ?」
 いいかけて気がついた。
 あ、男の子のだから心配ないか!
 俺は一体なにを危惧していたんだ?

「すまん……忘れてくれ」
「う、ううん。オレこそごめん……」
 ミハイルは顔を赤くしている。
 寒いのだろうか? いや、そんな表情には感じない。

「なあ、冷えただろ? 飲むか?」
 カフェオレを差し出す。
「あっ☆ これって、オレが大好きなやつなんだ☆ ありがと、タクト☆」
 その笑顔で、疲れも怒りもすっ飛びました。

「じゃ、乾杯☆」
「コーヒー同士で乾杯か」
「いいじゃん☆」
「まあ……な」

 俺とミハイルはコーヒーを飲みながら、日の出を楽しんだ。
 仕事あがりの一杯てのが、こんなに美味いなんてな……。

 俺とミハイルは二人仲良く『朝帰り』した。
 自転車を壁に立てかけて、裏口から自宅に足を踏み入れれば、そびえたつ2つの影。

「なにしてたの~ お兄様? ミーシャちゃん?」
 不敵な笑みを浮かべるかなで。
「ホント~ 二人で夜中にナニをしていたのかしら?」
 BL本を片手になにをいっているんだ、琴音母さん。
「な、なんでもないぞ!」

「「え~ ないわ~」」

 かなでと母さんは、お互いの顔で『ねぇ』とうなづきあう。

「おばちゃん、かなでちゃん! オレがタクトを待っていただけだよ……仕事から」
「仕事ねぇ~」
「お外で待つ必要ありますか? ミーシャちゃん♪」
「そ、それは……」
 もう勘弁してやってくれよ、変態母娘どもが。


「ミーシャちゃん。せっかくだから、朝ご飯食べていきなさい」
 母さんは痛いBLエプロンをかけると、二階にあがった。
 追うように妹のかなでも階段へと足を運ばせる。
 しかし、なぜか俺たちへ笑顔で親指を立てている。
 意味不明ないいねボタン。

「さあ朝飯でも食うか、ミハイル」
「う、うん」
 なんか事後のような、ぎこちなさだな……。
 ただコーヒーを飲んだだけなんだが?

「ところでミハイル」
 靴を脱ぎ、階段前の『玄関』で訊ねる。
「なんだ? タクト」
 ミハイルも二階へとあがる。
「その……かなでと『パジャマパーティー』なるものはしたのか?」
「うん、ちょー楽しかったぞ☆」
 普通の妹のパジャマパーティなら、安心なのだが……。

「一体なにをしていたんだ?」
 リビングのテーブルに腰をかける。
「んとっ……なんか女の格好した男の子がいて……」
 ミハイルは口に人差し指をあて、視線は天井。
 なにかを思い出しているようだ。

「ちょっと待て……それって『かなでのゲーム』か?」
「そうだよ? なんか女みたいな男の子がヒロインのラブストーリーだった」
「……」
 なんてことをしてくれたんだ、妹よ!

「すまない……ミハイル。妹に代わって兄の俺が謝る」
 深々と頭を垂れる。テーブルにゴツンとあたるほどだ。
「な、なんで謝るんだよ? けっこうその……エッチなシーンがたくさんだったけど、かなでちゃんの趣味だもんな。オレはいいと思うぞ☆」
 か、神だ……JCがエロゲをやっている時点で、人生積んでいるのに……。
 なんて心広い御方なんじゃ……。

「クッ……ミハイル。礼を言うぞ」
「ど、どういうこと?」
「あれも一応女なのでな……」
 なんかちょっと泣けてきた。


「ミーシャちゃん!!!」
 張本人がキタコレ。
「かなで。お前『パジャマパーティ』したそうだな?」
「ええ、しましたけど」
「初めて家にあがる友人に、貴様はなんてことをしてくれたんだ?」
「なんのことです? かなではただ自分の趣味をミーシャちゃんと分かち合いたいだけですわ」
 分かち合っちゃダメなの!

「さあ、朝ご飯の登場よ!」
 今日の朝ご飯は母さんお手製のホットサンドだ。

「召し上がれ♪」

「「「いただきまーす」」」

 俺、ミハイル、かなでの三人はそろって手をあわせる。
 ホットサンドはレタス、厚切りベーコン、きゅうり、薄焼き卵と具だくさんだ。
 パンをギュッと潰すように、握って頬張る。
 かじった反対側からケチャップとマヨネーズが、皿の上にポタポタと零れ落ちた。

 ミハイルに目をやると、小さな口でリスがどんぐりをかじるように食べている。
 顎も細いため、食べづらそうだ。

「はむっ……うぐっ、うぐっ、んん…」
 なんで、この人の租借音はこんなにもいやらしく聞こえるんですかね?


 食事を終えると、母さんが「ミーシャちゃんを駅まで送りなさい」と命令。
 ま、命令されなくても、俺も送るつもりだったが。

 真島商店街を抜け、すぐに真島駅が見えてくる。

 とぼとぼと二人して歩く。
 心なしか、ミハイルは元気がなさそうだ。

「なあタクト」
「ん? どうした?」
「タクトのL●NE……教えて」
「すまん、俺はL●NEはやらないんだ」
「そ、そっか……」
 肩を落とすミハイル。
 既に俺たちは駅の改札口の前だ。

「じゃ、じゃあ電話番号かメルアドは?」
「それなら構わんぞ?」
「じゃあ、交換しよ!」
 すぐさまスマホを差し出すミハイル。
「そんなに焦らんでも、俺のアドレス帳が増えることはないぞ? 家族と職場以外は誰も登録してないしな」
 事実である。

「オレがはじめてなんだな!?」
 妙に食い気味だな。
「まあそうなるな」
「そ、そっか……」
 なぜ笑う?
 お前のアドレス帳も家族だけか?

 俺は人生で初めて友達とかいう生き物、存在と連絡先を交換した。

「じゃあ、帰ったらすぐ電話すっからな!」
「え……」
「あとでな☆」

 ミハイルは満面の笑みで、駅のホームへと去っていく。
 途中、何度も振り返っては、俺に手を振っている。
 しかし、俺も彼が電車に乗るまで見守っていた。
 胸に穴があいたような感覚だ。

 これは……さびしいのか……。

 ミハイルをおくったあと、昨晩から今朝にかけてのことを思い出していた。
 
 あんなにも騒がしい日は生まれてこの方なかった……。
 その騒がしささえ心地よく、それに……今思うと、俺は『それ』がなくなったことを寂しくさえ思っていた。

 なぜなんだ。
 ミハイルは俺から言わせれば、リア充、ヤンキーの一派にすぎない。
 そんな非リア充の俺とは、対極な存在の彼と一緒に過ごすことが、こんなにも胸が踊るのか?
 まったくもって解せん……。

 自宅に戻ると、朝刊配達の疲れから仮眠に入った。
 眠りに入る途中……ひょっとしてミハイルの方から連絡がかかってくるかもしれない、と期待していた。

  ※

 スマホのベルで目が覚める。

 すぐさま、電話にでると女の子の声だった。
 寝ぼけていた俺はミハイルかと思った……が。

『センセイ? 寝てました?』
白金(しろがね)か……」
『ワタシじゃ悪いことでもあります?』
「べつに……」

 ミハイルだと思った自分がバカだった。
 しかも相手は女の子とはいえない……三十路手前の成人した女だ。
 
 俺のもう1つの仕事。
 ライトノベル作家。
 白金は俺の担当編集である。

「なんのようだ?」
 ミハイルじゃなかったので、めっさイライラしていた。
『そんなに怒らなくても……打合せしましょ!』
「おまえな……俺の予定に配慮しろよ」
『だって、夕刊まで時間あるっしょ! じゃあお昼に編集部で。プロット用意しといてくださいよ』
 一方的に電話を切られた。


 スマホの時刻を見れば、『10:45』
 仮眠をとって、頭がスッキリした。
 ミハイルからの連絡は、どうやらまだらしい。
 あいつもきっと睡眠が少なかったから、今頃お昼寝でもしているのだろう、知らんけど。

 学習デスクの引き出しから、ノートパソコンを取り出す。
 起動すると編集の白金に言われた通り、次作の小説の構成に取り掛かった。

「よし、これでいいだろう」

 5分で書き終わった。
 そもそも、俺の小説は人を選ぶ。
 売上なんていうほどない。

 なので、担当の白金は、俺を作家としてもっと有名にさせたいみたいだが、そうはいかん。
 俺は読者の求めるものなど書かん。
 『やりたいことを優先』が俺のモットーだ。

 ちなみに、今回のテーマはラブコメだ。
 しっかり書けたぞ。
 ノートパソコンをリュックサックにしまうと、身支度をすませて、福岡の繁華街、『天神(てんじん)』へと向かった。


 福岡県福岡市における繁華街、中心部とも言える天神。
 天神なぞコミュ力、十九の俺には無縁の地だ。

 あそこはあれだ、JK達がこぞって。
「ねぇ、今からどこいく?」
「天神じゃね?」
 とか言う軽いノリで行くところだ。
 そして、タピオカとかいう芋の茶を飲み、ウインドウショッピングしてプリクラ撮って……しょーもな。

 まあ確かに、最近は天神もオタク文化を受け入れ、アニメやマンガ、メイド喫茶など非リア充向けに発展はしているが……。
 俺からしたら、リア充どものスケベな街だよ。
「夜景がキレイだね……もうキッスするしかない!」
 そんなところだぞ?

 この俺も仕事のためとはいえ、3年間もの間、天神という街に通っている。

「この街は相変わらず、人で溢れかえっているな」

 そうつぶやくと、天神のメインストリートともいえる、『渡辺(わたなべ)通り』を歩き出す。

 この天神という街は狂っている、地下街では北も南も掴みづらいし、通り名もわけがわからん。
 明治だの昭和だの……めんどくさいから一番とか二番とかに改名しろ、お偉いさんよ。
 
 天神はたくさんのビルで連なっているが、『そのビル』は一際目立つ。
 ビルの壁一面が銀色に塗装されており、鏡のように日光が反射し、下にいる俺はそれを直で食らっている。
 出版業界ではトップの売り上げを誇る『博多(はかた)社』だ。

「悪魔城……」
 そう呟くと、自動ドアが開く。

 すぐに目に入ったのは、白い半円形の机とデスク上に花瓶。
 その後ろは、これまた白い制服をきた受付のお姉さんがいる。

「あら、久しぶりね、琢人くん」
倉石(くらいし)さん、お久しぶりです」
 彼女の名は倉石さん。
 博多社の受付嬢。(年はアラサーなので嬢といえる年なのだろうか?)

「今日も打ち合わせ?」
「はい、『アホ』を呼んでください」
「アホ……ああ、白金さんね♪」
 アホで通るのが我が担当編集なのだ。
 倉石さんは手元にあった電話を使い、連絡をとる。

 数分後、エントランスに現れたのは、一人の少女。

「おっ待たせしました~」

 と、ピンク地に白いドッド柄のワンピースを着た、ツインテールのロリッ娘ぽいおばさんが立っている。
 何回見ても気持ち悪いアラサーだ。
 成人しているくせに、身長は120センチほどだ。
 小じわさえ見つけなければ、近所の小学校に不法侵入できそうなババア。

「白金、急な呼び出しはやめろ」
「嫌だな~ センセイったら。さあさあ、編集部にいきまちょ♪」
 なあにが、『いきまちょ』だ。
 死んで転生してこい。
 
 エントランスからエレベーターと移動する。

「センセイ、一ツ橋高校でいい取材できたでしょ?」
「あ? できるわけないだろ、クソみたいな高校を紹介しやがって」
「え~ あそこは私の出身校ですよ。悪いとこじゃないし、(らん)ちゃんだっているから……」
 蘭って誰? ああ、宗像先生か。

 低身長の白金の代わりに、俺がエレベーターのボタンを押してやる。

「宗像先生か……思い出したくもない」
「あっ! ひょっとして蘭ちゃんに一目ぼれしました? おかずにしてます?」
 いやらしい顔で笑うJS……じゃなかったロリババア。

「お前な……宗像先生の中身は、アル中のおっさんだぞ? どうやって美味しく食べるんだ? アラサーだぞ」
「私も同い年なんですけど!」
「股間に草も生えない、お前がか?」
「なっ! またそういうセクハラ発言するんですか」
 この第二次性徴期の確認は、3年間もやりとりしている。

 エレベーターが5階でストップする。

「フン! じゃあ、こっち来てください」
 アホがキレながら悪魔城の最深部へといざなう。
 そう、この『ゲゲゲ文庫 編集部』こそ、俺がなりたくもなかったライトノベル作家になった魔王の住処である。

 ゲゲゲ文庫……その界隈では、群を抜いた売り上げを誇る。
 ちなみに俺はライトノベルをあまり読まん。
 なので、凄さがよくわからんのだ。

「センセイ、なにか飲みます?」
 立ち止まって指をさす白金。
 指先は編集部の前にある自動販売機。
 白金はカエルの形をしたガマ口財布を取りだす。
 今時みない……やっぱババアだな。
「じゃあ“ビッグボス”(アイスコーヒー)で」
「やっぱ男の子ですね♪」
 いや意味がわからん。女も飲むだろ。

「うんしょ……」
 小銭を持って、硬貨投入口に手を持ち運ぶ。
 だがビッグボスの決定ボタンは一番上だ。白金の低身長が邪魔をしている。

「おい、早くしろ。待たせるな。こちとら、喉が渇いた10代なんだぞ」
「いま……やってますよぉ」
「使えんやつだな」
 そう言って俺がボタンを押し、販売機から出てきたビッグボスを手に取る。
「お前はどうする?」
「私ですか? イチゴミルクでお願いします♪」
「フン、きもいセンスだ」
 彼女の開いたガマ口財布から、無断で小銭を取ると、ボタンを押してやった。

「ほれ、礼はいらんぞ」
 イチゴミルクを投げると、彼女は見事にキャッチした。
「あ、ありがとうございま……って、私のお金で買ったんだから、お礼なんていらないでしょ!」
「ガキだから騙される」
「フン! あっかんべー!」
 あっかんべーか……ビッグボス飲んで早く帰ろっと。

 編集部内では忙しそうに、大人の社員たちがお仕事をしていらっしゃる。
 白金が「こっちですよ」と通されたのは薄い仕切りで覆われた小さな区画で、机が1つ、対面式にイスが4つ。

 ここで数年間もの間、俺は担当編集のロリババアこと白金(しろがね) 日葵(ひまり)にダメ出しばかりを食らっていたトラウマの場所だ。

「さあセンセイ、さっそく新作のプロットを♪」

 ため息まじりでイスに腰を下ろすと、リュックサックからノートPCを取り出す。
 起動させると、五分で書いたテキストを表示させる。
 一息ついた俺は、ビッグボスで喉を潤わせた。
 白金もイチゴミルク飲みながら、俺のテキストに視線をやる。

「えっと、タイトルは……シャ、『シャブ中が転校したら5秒で合体』」
「フッ、タイトルからして書籍化決定だろ」
「センセイ……私をクビにする気ですか?」
 あれ? まだ春だというのに冷房がきき過ぎてません?
 さ、さむぅ~

 タイトル『シャブ中が転校したら5秒で合体』
 俺が初めて手をだしたジャンル、ラブコメ。
 素晴らしいタイトルだ。
 だが担当編集の白金の反応は……目を見開いて身震いしている。

「……」
「どうだ? なかなかの作品だろ?」
 俺は胸を張って笑みを浮かべる。

「チッ、クソみえてぇだな……」
 小学生にしか見えない童顔が歪む。しわが多くてマジでババアだな。
「は? なんだと!?」
「クソですよ、単純にどこもかしこもクソだらけ……誰が便所の話を描けと言ったんですか?」
 俺は机を激しく叩き、怒りを露わにする。
「貴様! この天才のプロットだけで、なぜそうも言い切れる?」
 白金はため息交じりに答える。
「私が今回、出したテーマってなんでしたっけ?」
 説明すんの、だりぃーってな顔だな。
 それから、人前で鼻をほじるな!

「ふっ、この天才が忘れるものか。ラブコメで学園ものだろ?」
「……」
「なんだその沈黙は?」

「このクソウンコ小説家!」
 いや、ウンコ2回言ってるぞ、バカなの?
「私は、王道の学園ラブコメを描けって、いったんですよ!」
 王道の学園ラブコメ、なにそれ、おいしいの?
 今まで俺は映画でしか、情報を吸収してない。それも暴力映画やホラー映画などばかり。
 他の作家のライトノベルなんて、1ページも読むはずがない。
 ここは白金の選択が、間違っていたということだろう。

「俺は、お前に指示された通り、しっかりと学園ラブコメに仕上げてきたぞ!」
「どこがです!」
 白金は俺の小説に欠かせないノートPCを乱暴に叩く。
「全部……だろ?」
「はぁ、これだから中二病は」
 人の大事なノートPCをぶっ叩くような、言い訳になっていないぞ。聞き捨てならん。
「おい、待て。俺は既に中学校を卒業しているぞ」
「はぁ!? 卒業式もブッチしたくせ? そのコミュ障、治してないからクソみたいな小説しか書けないんですよ」
「う……」
 確かに俺は「第二ボタンください!」という、下級生から絶対言われないであろうイベントが気まずくて、卒業式ですら欠席した。

「じゃあなんて言うんですかね。童貞だからじゃないですか?」
「童貞の何が悪い! むしろ結婚するまで取っておいた方が女の子も喜ぶだろ!」
「センセイのを? 誰が喜ぶんすかね~」
「くっ!」
「別に童貞が悪くはないですけど~ このクソストーリーを今から私が整理してみますね」
「おうよ!」
 白金は咳払いすると俺の原稿を、まるで幼い子供が「私のおとうさん」みたいなキモい喋り方で読み始めた。



『シャブ中が転校したら5秒で合体』

 僕の名前は薬中の竜二(りゅうじ)! 今日からこの極道都市に転校してきた十七歳だ。
 可愛い女の子とかいるかな、楽しみだな~

「いっけね! 初日から遅刻だなんて……」
 焦る僕はがむしゃらに走る。途中、曲がり角で誰かとぶつかった。
 グサッ!
 痛みと共に腹から血が滲む。
 目の前にはM字開脚したJKが倒れていた。

「いってぇ! なに、ひとのどてっぱらにドス刺してんだよ!」
「あんたこそ、私のスカートの中をぞいてんじゃないわよ!」
「はぁ? タトゥーの入った『アワビ』なんて興味ねーよ!」
 JKの股間は紫の大きなアゲハ蝶を飼っている。
「言ったわね、もう1回ドスを刺してあげましょうか?」
 どこからか、チャイムの音が鳴り響く。

「やべっ、遅刻しそうだ! お前の顔、覚えたからな!」
「フン! こっちこそ、こんどはあんたの十二指腸を引っ張りだしてあげるわよ!」
 急いでいる僕は近くに捨ててあった新聞紙を腹に巻いて止血し、先を急いだ。
 タトゥーアワビ女は気にはなるけど、初日から遅刻はあんまりだ。


「え~今日は転校生を紹介します」
 傷だらけのスキンヘッド。プリティフェイスの女教師、鉄砲玉の強盗先生が僕を招く。
「どうも、はじめまして。今日から皆さんと同じクラスメイトになる薬中の竜二です!」
「あ~、あんたは!」

 そう言って立ち上がったのは、先ほどのノーパンシャブシャブだ。
 転校した初日からちょっとしたアクシデントはあったけど、この高校はなにかと退屈に困ることはなさそうだ。
 ノーパン女はドスを刺したから、絶対いつかシャブ中にしてやりたいけど、どこか憎めない。
 黙ってれば顔は可愛いのに……アイツ。
 アイツのことを思い出すだけで、腹の傷が出血しそうだ。
 この大量出血って……初恋ってやつ?

  了


 読み終えると、白金はため息をつく。
「はぁ……」
「素晴らしいラブコメだ、さすがは俺だな」
「バカですか? これのどこが学園ラブコメなんですか?」
「は? 俺はちゃんと王道にしたぞ? ちゃんと曲がり角でヒロインとぶつからせて、パンチラもさせたし、主人公が教師に紹介されてからのヒロインと再会、その後ちゃんとヒロインを意識しているではないか?」
 白金がうるさいから、俺はわざわざ王道とかいうラブコメマンガを資料として購入したのだ。
 もちろん経費で落とす。


「こんの……アホぉぉぉぉぉ!」

 キンキン声が窓ガラスを激しく震わせる。
 思わず俺は耳を塞ぐ。編集部の社員たちも同様だ。

「うるさいぞ、貴様!」
「どこの高校生が薬中になるんですか? しかもぶつかった時にドス刺されるって一体どこのスラム街ですか? あとパンチラじゃなくて、そもそもがパンツ履いてないでしょ、この女。とんだビッチでしょうが! 女先生もスキンヘッドだし、最後の『この大量出血って……初恋ってやつ?』って、どこがときめくんですか! 早く救急車呼べよって話ですよ!」
「主人公が感じた恋のはじまりだ。王道だろ?」
「邪道!」

「「……」」

 ぜいぜいと肩で息をすると、互いに冷静さを取り戻す。
 かれこれ、こんなやりとりを3年間もやっているから、俺は白金が大嫌いだ。

「テコ入れするか?」
「いえ、この原稿はテコ入れどころか、根本的に間違いだらけなので、書き直してもらいます」
「は? 天才の俺に、書き直しを要求する気か?」
「当たり前でしょ! こんなもんがうちから出版された時にゃ私はクビです!」
「じゃあどうする? ジャンル変更するか?」
「ジャンルは、このままでいきましょう……センセイにはまだ取材がたりません」
「お前……まだあきらめてないのか、例の案件」
「そうです! センセイには『LOVE』の取材をしてもらいます!」


 俺は小説を書く際、取材をしないと白紙にインクを垂らすことができない、今時珍しいアナログタイプなのだ。
 だから、恋愛なぞ経験したことのない俺はラブコメ、つまり学園ものとなれば、自ずと『取材』というかたちになる。
 そう、俺は取材として、一ツ橋高校の門を叩いたのだ。

「で、好きな子できました?」
 白金の目つきが鋭くなる。こういう時は大人ぽい。
「う……それは」
 俺が言葉に詰まっていると、スマホのベルがなる。
 名前は『ミハイル』
 バッドタイミング!

「センセイ? 電話鳴ってますよ?」
「あ、いや……これは妹だ……その、あのな」
 自分でもなぜこんなに焦っているのかがわからん。
「はぁ? センセイ、暑いんですか? 汗がすごいですよ」
「う、うむ。と、とりあえず、ラブコメのプロットは書き直してくるから!」
 そう言い残すと、俺はノートパソコンを白金から取り上げて、リュックサックを背負い、その場から逃げ出すように立ち去った。

「え!? センセイ!」

 すまん! 俺は早くこの場から去らないと、なんか色々とヤバそうな気がするのだ。

 俺は、担当編集兼、ロリババア兼、アホの白金(しろがね) 日葵(ひまり)から一目散で逃げてきた。

「あの女のことだ……絶対にミハイルのことを知れば、きっと……」

 こういうのだ。

『取材に使えるじゃないですか!!!』

 そんなのは、まっぴらごめんだ。
 この天才でライトノベル作家である新宮 琢人の初ジャンル、ラブコメ作品において、まさかヒロインが男の子なんて……。
 母さんや妹のかなでが、絶対にホモォォォォォ光線を浴びせてくるに違いない。

 博多社から出て、天神の渡辺通りを急いで歩く。

 あてもなく、近くのファッションビル『博多マルコ』に入った。
 地下一階に入り、喫茶店でアイスコーヒーを頼む。
 キンキンに冷えたグラスを受け取ると、おひとり様専用の席につく。

 慌ててズボンのポケットからスマホを取り出す。
 不在着信の通知がたかが数分というのに31件……。
 ストーカーかよ。
 しかも全部ミハイル。

 ブルルル……。

 恐怖を覚えるのも束の間、すぐに次の着信がなった。

「もしもし……」
『おっせーぞ、タクト!』
 めっさキレてはるよ……。
「すまん……仕事でアホな女と話していた」
 ちな、白金のことである。
『お、おんなぁ!?』
 そんなに驚かなくても……なんか涙出そう。俺にとって、レアイベントなのでしょうか?

「ああ、言っただろ? 俺は作家だ。ただの編集部の人間。しかもババアだ」
『そっか……おばあちゃんなのか☆』
 アラサーを高齢者扱いしちゃいけません!

「ところで要件はなんだ? ミハイル」
『あ、あのさ……今日の夜、真島駅で会えない?』
「ん? 夕刊配達が18時ごろに終わる。それからなら構わんが」
 そんなに巨乳JC、かなでが気になるのかな?
 お年頃だし、きっと今まで妹のかなでで、自家発電していたのかもしれん……。
 かなでよ、喜べ。変態なお前にも、ついにモテ期が来たぞ!

『そっか☆ じゃあよるの7時に真島駅で待ち合わせな!』
「了解した」

 アイスコーヒーをガブ飲みすると、ため息をもらす。
 俺はなぜ、こんなにもミハイルの存在を隠し通すのか……。

 しかし、普段着信履歴なんて、買い物とかで母さんやかなでからあるぐらいだ。
 不在着信31件は恐怖を覚えはしたが、なぜか嬉しかった。
 それがミハイルだからなのか……それはわからない。
 ただ、胸の高鳴りが抑えられなかった。
 今も同様だ。

 俺は博多マルコの地下から天神地下街に降り、地下街で見かけたパン屋に入ると、メロンパンとクロワッサンを買った。
 電車に乗って、先ほど購入したパンを頬張りながら、地元の真島駅へと向かう。

 自宅に着くと、すぐに夕刊配達に向かった。
 ここまでの体感時間、5分もない。
 それぐらい急いでいた。いや、待ち遠しかったのだ。
 ミハイルに会える喜びを。

 帰宅すると汗臭くなった身体をシャワーで洗い流し、『タケノブルー』のTシャツとジーンズを着用した。
 スマホに目をやると時刻は『18:50』
 俺は走って家を出る。

 商店街を走り抜けることで、せっかく流した汗がもう滲み出る。

 真島駅につくと、駅前のコンビニ『真島マート』の前で、一人の少年が立っていた。

 その子は、金髪で色白で寂しそうに地面を見つめている。
 服装はヘソだしのチビTと、ダメージデニムのショーパン。
 裾が破れている加工のためか、もう少しで彼のおパンティーが見えそうだ。
 と、いかんいかん。
 あいつは男であり、名は古賀 ミハイル。

「あっ、タクト! おーい☆」
 俺を見つけるやいなや、右手を大きく振るミハイル。
 そんなにぼっちがさびしかったのか! クッ、俺がぼっちの楽しみを教えてやるぜ!

「はぁはぁ……すまない。待たせか? ミハイル」
「ううん、全然! たった一時間ぐらい☆」
 えええ! やめてぇ~ サラッと怖いこといわないで!
「そ、そんなに待たせたか……すまん」
「気にすんなよ! 暇だから早くついただけだし☆」
 そんなに暇なら勉強しろよ!

「そうか。で、要件ってなんだ?」
「えっと……ここじゃ人が多いから、どっか静かなところがいいな……」
 なぜ顔を赤らめる! そしてまたコンビニ前の『ゆか』ちゃんがお友達に追加されたぞ。
 しかも静かなところって……ラブホ!?
 なわけないか。


「なら、近くに真島公園がある。そこでいいか?」
「うん☆ 公園大好き!」
 おんめーはガキか!

 真島公園、幼い頃から俺はここでよく遊んでいた。
 大きくて長い滑り台、ブランコ、シーソー、たいがいの遊具はここにくれば、間に合う。
 だが……、俺は小学高学年の時ぐらいから、足を運ぶのを止めた。
 なぜならば、ぼっちだったし、いじめられて不登校になったのでな。


 夕陽で薄く赤く染まった公園は、どこかロマンティックだ。
 公園の中央に大きなため池があり、鯉やカモなどが生息している。
 池の前のベンチにミハイルを座らせた。
 俺も隣りに腰を下ろす。

「で、要件ってのは?」
「あ、あのさ……タクトってさ……」
 なにをモジモジしている? 聖水か?
 臭くて汚くて虫がいっぱい集まるトイレなら、公園の奥にあるぞ?

「俺がどうした?」
「タクトって……カノジョとかいるのか!?」
 ファッ! それを俺に聞く?
 なにこれ? いじめなの?
 かっぺムカつく。

「それが要件か?」
 俺は少し苛立ちを覚えていた。
 声のトーンが上がるのが、自分でもわかる。
「お、怒らなくてもいいじゃん……ただ、知りたくて」
 そんなにオタクやぼっちの生態が知りたいのか?
 興味本位で近づくと、お前もぼっちの仲間入りだぞ。

「はぁ……いいか、ミハイル。俺は生まれてこの方、恋人なんていたことない」
「そ、そっか! そうだよな! タクトにカノジョなんているわけないもんな☆」
 ミハイルさん、人の不幸がそんなにおもしろいですか?
 あなたが女みたいな顔してなければ、腹パンしたい。

「じゃあ、かなでちゃんとかは……好きじゃないの?」
「ハァ!? ミハイル、あいつを女として見たことなんて一度もないぞ?」
「そ、そっか……良かったぁ……。なあ、タクト」
 瞳を揺らしながら、顔を寄せるミハイル。
 夕陽のせいか、ミハイルのほおは赤く染まる。
 
「オレのお願い……聞いてくれるか?」
 きた。きっとアレだ。

『おまえの妹に告白していいか?』
 だろ……。
 フッ、かなで。お前に拒否権はない。
 俺が代わりに受諾しておいてやる。

「構わんぞ?」
 なぜかニヤニヤが止まらない俺。

「オレの……一生のお願いだ! 真剣に聞いてくれ! タクト!」
 妙にマジな顔つきだ。
「わ、わかった。しかと聞くぞ」
 ミハイルは深く息を吸い込む。
 一瞬瞼を閉じて、覚悟を決めたようだった。
 パッと目を見開くと、小さな唇が動く。

「あのな……オレと付き合ってくれ」
 聞き間違えか? 誰と誰が付き合うんだ……。
「ん? 妹のかなでとだろ?」
「違う!!!」
 めっさキレてはる。

「じゃあミハイルは、誰と付き合いたいんだ?」
「タクトに決まってるだろ!」


「……」
 パニックパニック! 俺が大パニック!
「ミハイル、お前……俺を茶化してないか?」
 一応、確認をとる。
「ちゃかしてなんかない! 俺はタクトが世界で一番だいすきなんだよ!!!」
 
 
 新宮 琢人、生まれて早17年……まさか初めてのラブイベントが男の子とか……。
 いや、ないわ~

 俺は曲がったことが大嫌いだ。
 物事を白黒ハッキリさせないと、気が済まない。
 確かに古賀 ミハイルは、俺が見てきたどの『女の子』よりも可愛いし、美人の部類だ。
 だが、彼女じゃなくて彼だ。
 限りなく、グレーゾーンに近い。
 俺はそんな存在を、受け止められることはできない。
 性格が故に。

「ミハイル……すまない。それは無理な願いだ」
「そ、そんな!?」
 涙がすっと落ちる。
 それを見て、俺は胸に何千本ものナイフが、胸に刺さるような激痛を感じた。

「なんでだよ! オレのこと……『カワイイ』って言ってくれたじゃん!」
 ボカボカと俺の胸を拳で叩くミハイル。
「確かにそれは事実だ」
「なら……いいじゃん……」
 崩れ落ちるように泣きじゃくる。

「悪い、俺は物事を白黒ハッキリさせないとダメな存在なんだ。だから……男のお前とは恋愛関係にはなれない」
「ひどいよ! オレの気持ち、ちゃんと伝えたのに……」
 ミハイルは力なく立ち上がる。

「おい、どこにいく。ミハイル?」
「帰る……」
 肩を落としながら、その場を去ろうとする。
「待て。送るぞ」
「いらない! でも……最後にもう1つだけ、聞いていい?」
 振り返るミハイルの顔は、涙でいっぱいだったが、その姿さえも美しく、絵になる。

「どうした? なんでも言ってみろ」
 それが精いっぱいの罪滅ぼしだと感じた。

「オレが女だったら……付き合ってた?」
 反応に困った。だが仮定の話だし、確かに彼が女だったらなにも問題はない。
 俺の性格がすでに正解を出している。

「ああ、ミハイルが女だったのなら、絶対に付き合っている」
「そっか……じゃあ生まれ変わったら、付き合ってくれよな☆」
 一瞬、泣き顔が笑顔に変わった。
 だが、すぐに顔をしわくちゃにして、泣きながら走り去っていく。

「ミハイル……」
 本当にこれでよかったのか? 俺とミハイルとの関係は今日で終わりなのか?
 なんでこんなにも胸が痛いんだ。

 俺は深夜まで、公園のベンチで彼の着信を期待していたが、ベルは一度もならなかった。