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 中学入学した僕が、次に彼女の名前を聞いたのは、六月に入って最初に行われた全校集会だった。
 ジメジメとした湿気が肌に張り付くようで不快な全校集会。
 全校集会が開かれた時は決まって、先生からの所連絡とか、委員会の発表。あと、表彰が長々と行われる。萩上千鶴は、とある企業が主催した作文コンクールで優秀賞を獲得したので、名が呼ばれたのだ。
 名前を呼ばれて壇上に上がる彼女を見て、僕は「またか」と思っていた。またあいつだ。入学式の時に、壇上で物怖じせずにあいさつしたあの女だ。
 彼女が優秀賞を獲得したその作文コンクールは、強制的に書かされるものではなく、廊下の掲示板の隅に募集要項がひっそりと貼られた、つまり、「やってもやらなくてもいい」ものだった。やってもやらなくてもいい。別に、成績への影響だって微々たるものだろうに、わざわざ原稿用紙を使って書く気が僕には知れなかった。
 萩上は、大きな表彰状を校長先生から受け取り、スカートを翻して僕たちの方を振り返り、そして、まとまりのある髪の毛を揺らして一礼する。
 彼女が見ている景色を想像したら、胸がすっと寒くなるような気がした。
 僕には無理だな。こんな六百人近い生徒の前に立つ度胸なんて持ち合わせいない。
 ふと、周りを見渡すと、校長の話の時は、眠そうに下を向いていたやつらが、一斉に首を上げて壇上の萩上を見上げていた。ぼそぼそと、「あの子、可愛いよな」と言い合う男子の声が聞こえた。
 確かに、萩上は可愛い。僕も素直に認めた。一緒のクラスじゃないからわからないが、頭だっていいに決まっている。中間テストの順位は気にしたことが無いが、きっと彼女は上位に入っているのだろう。だけど、「天は二物を与える」という言葉を肯定しているみたいで、少しだけ、食道の辺りがむずむずした。
 それからも、萩上は全校集会の表彰の度に、その名前を呼ばれて壇上に立った。受賞の内容はいつも違う。作文コンクールであったり、ピアノコンクールであったり、絵画コンクールだったり、あと、俳句コンテストでも彼女は優秀賞を獲得した。芸術的な分野に優れていたのかもしれない。
 しゃべったこともない。顔を突き合せたこともない僕だったが、教頭先生のしわがれた声から呼ばれる「一年二組、萩上千鶴」という言葉が、鮮明に耳に焼け突くようになった。
 表彰式で彼女の名前が呼ばれないと、給食の牛乳が出なかった時のような、物足りなさがあった。