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 萩上千鶴の存在を最初に認知したのは、中学校の入学式だった。
 僕の通っていた中学校には、近隣にある四つの小学校から子供たちが進学してくる。
 生徒会の人間に案内されて、入学式が執り行われる体育館に入った時、僕は小学校の時とは比べ物にならない生徒の多さに圧倒されていた。単純に、クラスの四分の三が知らない人間なのだ。
 そんな、上手く混ざり合わない絵の具のような空気の中、萩上千鶴は壇上に立って、新入生代表挨拶をしてみせた。内容はよく覚えていないが、確か、「中学生に上がったので、自覚ある行動を」とか、「部活に勤しみ」とか、無難ながらも完成しきっていた代表挨拶だったと思う。
 その頃はまだ、僕は萩上千鶴に対して、一ミリほどの興味しか抱いていなかった。「代表挨拶を言う人間って、どうやって決めているんだろうな?」と、くだらない舞台裏のことばかり考えていた。
 一学年で二百三人と、田舎の学校にしては珍しく多くの生徒が入学した年だった。三年間過ごしたところで、全員と一緒のクラスになれるわけではないことを理解していた僕は、「友達百人できるかな?」なんてくだらない理想は抱かず、無難に過ごしてやろうと思っていた。
 勉強はほどほどに。
 友達付き合いもほどほどに。
 なるべく問題は起こさないように。
 ほどほどに相手を気遣い、相手からはほどほどの親切を受けて、風のない湖のように、おだやかな中学校生活を目標とした。
 それからの三年間、僕はふとした拍子に、「萩上千鶴」の名前を耳にすることになった。