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 実家にパジャマの萩上を連れていくわけにはいかなかった。
 彼女は、「ピンクが入っていればなんでもいい」と言ったが、さすがに、女用の服を男の僕が買うのは気が引けたので、彼女に懇願してジャージに着替えてもらい、二人で近くのブティックに買いに行った。
 僕を顎で使う時と同じように、萩上は、アルバイトの若い男の店員に向かって、「私に似合う服を選んで」と頼んでいた。美人からのお願いということもあり、男の店員は張り切って店を走り回り、彼女の服を選んだ。
 萩上のイメージカラーが黒なので、店員が持ってきたのは黒基調のものばっかりだった。それを見た萩上はむすっとして、「黒は嫌い」と言った。
 店員はまた店をかけずり回り、白基調の服を選んで持ってきた。ワンピースとか、フリルのスカートとか、花の装飾が入ったカットソーとか。しかし、萩上は「動きにくそうだからやだ」と断った。
 その後も、店員は萩上のわがままに振り回されて、店の中をマラソンするかのように走り回ったのだった。
 自動ドアを潜って店の外に出た時、萩上はVネックのTシャツに、伸縮性の高いジーパンを着ていた。
「それ、二時間も悩む必要あった?」
「普段、外に出ないから、わからないの」
 結局、無難な物を選んだらしい。
 だが、バイクに乗っての移動なので、こういう身軽な格好の方がありがたかった。
「似合っているよ」
「お世辞?」
「うん」
 殴られた。
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 電車で移動することも提案したのだが、人混みが嫌いな萩上は断固としてそれを拒否した。人混みは嫌いらしい。
 仕方なく、僕はアパートの下の駐輪場に放置していたバイクを整備し、ガソリンを入れ、タイヤの空気圧を測った。
 準備が出来次第、最低限の荷物だけを持ち、ホームセンターで買ったヘルメットをかぶった萩上を後ろに乗せて出発した。
 最初はびくびくとしながら走ったが、前に一度明日香を乗せて町中をかけずり回ったことがあったので、二人乗りの感覚はすぐに戻った。法定速度を護って、快調に道路を駆け抜ける。
 実家には、予定よりも三十分ほど早く到着した。
 裏の駐車場に回る。
「ここが僕の実家」
 邪魔にならないスペースにバイクを停車させ、ヘルメットを脱いでから言う。
 田舎なら何処にもある、築三十年の平屋だ。半年前の法事で帰ったきりだったが、前よりも廃れたような気がする。外塀には、野生の朝顔の蔦が絡みつき、外壁は雨風にさらされて黒ずんでいた。見上げれば、屋根瓦がところどころ崩れて落ちている。いつ、小学校から「子供の通学路なので修理してください」と文句が入ってもおかしくない状態だった。
「あまり暴れないでくれよ」
 そう先に釘を刺そうとすると、萩上は脱いだヘルメットを僕に投げつけて、くるりと踵を返して歩き始めた。
「おい、そっちじゃないぞ?」
「夕方になれば帰るから」
「え…」
 萩上は細い路地を歩いていく。途中、ぴたっと立ち止まり、振り返った。
「口実が欲しかったのよ。地元に帰る口実が」
 そう言い残すと、路地の先に消えてしまった。
 そうか、この地域は僕の地元でもあり、彼女の地元でもあったな。
 僕は萩上の好きにさせることにして、実家の扉を叩いた。