松峰先生が図書室から出て行った後、私と梶君は、あらためて向き合った。
(文化祭用の冊子の短編を書くなんて、大変なことになっちゃった)
「蒼井さん。今書いている恋愛小説は、少しの間、お休みしてくれる? これからしばらくの間は、文化祭用の短編に取りかかろう」
「何を書けばいいんだろう」
縋るように梶君に尋ねると、
「蒼井さんの書きたいこと、何でもいいけど、迷うなら、一緒に考えようか?」
梶君から心強い提案を受け、
「うん! よろしくお願いします! 先生」
と、頷いた。
「先生って……」
梶君は恥ずかしそうに頬をかいた後、
「じゃあ、蒼井さん、ノート出してみて」
と言って、黄色い付箋と筆記用具をカバンから取り出した。付箋は簡単なメモ書きができるほどの大きさのものだ。私は言われた通りノートを準備すると、自分の前に置いた。
「蒼井さん、今、興味のあることって何かある? あったら、ノートに書いてみて」
梶君はまず、そう尋ねてきた。
「興味かぁ……」
私はシャープペンシルのノック部分を口にあてて、考え込んだ。
「さっき話題が出たから、文化祭のことかな」
「文化祭のどんなことに興味がある?」
「ええと……どんな屋台が出るんだろう、とか、他の部活はどんなことするんだろう、とか。ああ、あと、クラスでも展示をすることになってるよね。お化け屋敷」
「それ、ノートに書いておいて。簡単なメモ書きでいいから」
「うん、分かった」
私は箇条書きで「文化祭」「屋台」「ステージ発表」「クラス展示のお化け屋敷」と書いた。
「じゃあ、今度は、そこから何か物語が派生するか考えてみて」
「物語?」
「例えば……お化け屋敷。青春物にするなら、クラスで一致団結して展示を完成させていく中で起こる友情とか、恋愛物にするなら、お互いに気になっている間柄の男子と女子が一緒にお化け屋敷に入ってドキドキする展開とか、ホラー物にするなら、お化け屋敷を作ることによって本物の霊を呼び寄せてしまい、事件が起こる……とか」
梶君の口から、すらすらと例が出てくる。私は感心して、
「梶君、よくそんなにすぐに色々思いつくね」
と目を丸くした。
「いや、これぐらい、誰でも思いつくんじゃ……」
梶君が大したことではないという顔をしたので、私は「ううん」と首を横に振った。
「私、何にも思いつかなかった。ホラーとか、面白そうだね」
「そう? じゃあ、仮にホラーにしようか。また、メモしてくれる?」
「うん」
私は「クラス展示のお化け屋敷」の横に、今、梶君が提案してくれたホラー物のアイデアを書き込んだ。
「なぜ、本物の霊が現れたのか?」
梶君の問いかけに、
「学校内で死んでしまった子がいて、その子の霊が現れた……とか?」
と答える。
「なぜ死んでしまったんだろう」
「階段から落ちて頭を打った、とか」
「続きを考えてみて」
「階段から落ちたのは突き落とされたから……とか。なんでだろう? 恨みをかっていて、殺されたのかな。霊になって出て来たのは、自分を殺した犯人を見つけて欲しいから。クラスに関係者がいる……?」
「ミステリー要素が出て来たな。それなら、探偵役が必要だ」
梶君が面白そうに笑った。
「どんな人物だと思う?」
「探偵はクラス委員長。しっかり者で頭のいい女子で、みんなに一目置かれてるの」
「助手がいてもいいかも」
「じゃあ、ちょっとお調子者の男子とか」
「対照的でいいね。二人の関係性は? 仲はいいのかな?」
「男子はクラスのお調子者で、いつもふざけているから、クラス委員長にガミガミ言われているの。でも、いざという時は頼りになって、クラス委員長を助けてくれる。だから、委員長は実はその男子のことが好きなんだよ。それで、二人で謎を解いていくうちに、仲良くなって……」
「全部、書いて。キャラクターの特徴や性格、台詞なんかも、浮かんで来たら、それもメモして」
私は思いついたアイデアを全部ノートに書き出した。
白紙だったページが、黒く埋め尽くされていく。
「なんか、ぐちゃぐちゃになってきたよ。ちゃんと読めない」
「じゃあ、ここで、これの出番」
梶君は付箋を一枚めくり、残りを私に差し出すと、
「今、ノートに書き出したアイデアで、採用できそうなものを書いていってよ。例えばこんな風に」
と言って、手元の付箋に「文化祭の当日、教室に本物の霊が出ると騒ぎになる」と書き込んだ。
「分かった」
私が物語の展開や、キャラクターの設定、台詞などを付箋に書き出していくと、梶君は、パズルを組むようにその付箋を、机の上に並べて貼っていった。
「ええと、霊の正体が分かるのは、委員長が男子に告白をした後の方がいいのかな。キレた霊が委員長に襲いかかり、男子は委員長が大切な人だということに気が付いて、とっさに庇う……いや、それとも、霊に襲われ、庇った後に、真相解明、事件解決の後に告白の方が自然……?」
梶君は筋道が通るよう、付箋を何度も貼り変えて、物語を練っている。
(梶君って、お話を考えるのが本当に好きなんだな)
夢中になっている梶君を微笑ましい気持ちで見つめていたら、私の視線に気が付いたのか、梶君が顔を上げて、
「……どうかした?」
と不思議そうな顔をした。
「なんだか、梶君、楽しそうだなって思って」
楽しそうな梶君を見ていると、私も嬉しい。笑いかけると、梶君は、
「……っ」
腕を上げて顔を隠すしぐさをした。頬が少し赤くなっている。
「……蒼井さんが書く話を考えてるんだから、俺ばかり考えてたらダメだろ」
「そうだったね。ごめん」
(すっかり、梶君にお任せしちゃってた)
付箋は、梶君から見た方向に貼られているので、私は椅子から立ち上がって、梶君の隣へと歩いて行った。隣の椅子に腰をかけて、机の上に身を乗り出す。
「私は、梶君が最初に言った、委員長が告白をしている最中に霊が現れて、危険が迫り、男子が自分の気持ちに気付くっていう展開がいいなぁ」
梶君の横から腕を伸ばし、付箋を元通りに貼り替えようとしたら、軽く肩と肩が当たってしまった。
「……!」
「ごめん、ぶつかっちゃった……」
びっくりしてこちらを向いた梶君と、間近で目と目が合い、私は途中で言葉を飲み込んだ。心臓が跳ね、急に体が熱くなった。
(近っ……)
慌てて体を離し、
「ご、ごめんね」
と謝る。
「別に……」
梶君はぶっきらぼうに言うと、私から椅子を離した。その行動に、少し寂しくなる。
「付箋、貼り替えるよ」
「うん……」
梶君の細く長い指が、黄色い付箋を剥がし、組み替えていく。付箋はいくらでも貼り直しができる。この物語の行く末は、まだ分からない。
(私たちの物語は、どこに繋がって行くのかな)
梶君の整った横顔を見つめながら、私は「素敵な未来に繋がればいいのに」と心の中で願っていた。
(文化祭用の冊子の短編を書くなんて、大変なことになっちゃった)
「蒼井さん。今書いている恋愛小説は、少しの間、お休みしてくれる? これからしばらくの間は、文化祭用の短編に取りかかろう」
「何を書けばいいんだろう」
縋るように梶君に尋ねると、
「蒼井さんの書きたいこと、何でもいいけど、迷うなら、一緒に考えようか?」
梶君から心強い提案を受け、
「うん! よろしくお願いします! 先生」
と、頷いた。
「先生って……」
梶君は恥ずかしそうに頬をかいた後、
「じゃあ、蒼井さん、ノート出してみて」
と言って、黄色い付箋と筆記用具をカバンから取り出した。付箋は簡単なメモ書きができるほどの大きさのものだ。私は言われた通りノートを準備すると、自分の前に置いた。
「蒼井さん、今、興味のあることって何かある? あったら、ノートに書いてみて」
梶君はまず、そう尋ねてきた。
「興味かぁ……」
私はシャープペンシルのノック部分を口にあてて、考え込んだ。
「さっき話題が出たから、文化祭のことかな」
「文化祭のどんなことに興味がある?」
「ええと……どんな屋台が出るんだろう、とか、他の部活はどんなことするんだろう、とか。ああ、あと、クラスでも展示をすることになってるよね。お化け屋敷」
「それ、ノートに書いておいて。簡単なメモ書きでいいから」
「うん、分かった」
私は箇条書きで「文化祭」「屋台」「ステージ発表」「クラス展示のお化け屋敷」と書いた。
「じゃあ、今度は、そこから何か物語が派生するか考えてみて」
「物語?」
「例えば……お化け屋敷。青春物にするなら、クラスで一致団結して展示を完成させていく中で起こる友情とか、恋愛物にするなら、お互いに気になっている間柄の男子と女子が一緒にお化け屋敷に入ってドキドキする展開とか、ホラー物にするなら、お化け屋敷を作ることによって本物の霊を呼び寄せてしまい、事件が起こる……とか」
梶君の口から、すらすらと例が出てくる。私は感心して、
「梶君、よくそんなにすぐに色々思いつくね」
と目を丸くした。
「いや、これぐらい、誰でも思いつくんじゃ……」
梶君が大したことではないという顔をしたので、私は「ううん」と首を横に振った。
「私、何にも思いつかなかった。ホラーとか、面白そうだね」
「そう? じゃあ、仮にホラーにしようか。また、メモしてくれる?」
「うん」
私は「クラス展示のお化け屋敷」の横に、今、梶君が提案してくれたホラー物のアイデアを書き込んだ。
「なぜ、本物の霊が現れたのか?」
梶君の問いかけに、
「学校内で死んでしまった子がいて、その子の霊が現れた……とか?」
と答える。
「なぜ死んでしまったんだろう」
「階段から落ちて頭を打った、とか」
「続きを考えてみて」
「階段から落ちたのは突き落とされたから……とか。なんでだろう? 恨みをかっていて、殺されたのかな。霊になって出て来たのは、自分を殺した犯人を見つけて欲しいから。クラスに関係者がいる……?」
「ミステリー要素が出て来たな。それなら、探偵役が必要だ」
梶君が面白そうに笑った。
「どんな人物だと思う?」
「探偵はクラス委員長。しっかり者で頭のいい女子で、みんなに一目置かれてるの」
「助手がいてもいいかも」
「じゃあ、ちょっとお調子者の男子とか」
「対照的でいいね。二人の関係性は? 仲はいいのかな?」
「男子はクラスのお調子者で、いつもふざけているから、クラス委員長にガミガミ言われているの。でも、いざという時は頼りになって、クラス委員長を助けてくれる。だから、委員長は実はその男子のことが好きなんだよ。それで、二人で謎を解いていくうちに、仲良くなって……」
「全部、書いて。キャラクターの特徴や性格、台詞なんかも、浮かんで来たら、それもメモして」
私は思いついたアイデアを全部ノートに書き出した。
白紙だったページが、黒く埋め尽くされていく。
「なんか、ぐちゃぐちゃになってきたよ。ちゃんと読めない」
「じゃあ、ここで、これの出番」
梶君は付箋を一枚めくり、残りを私に差し出すと、
「今、ノートに書き出したアイデアで、採用できそうなものを書いていってよ。例えばこんな風に」
と言って、手元の付箋に「文化祭の当日、教室に本物の霊が出ると騒ぎになる」と書き込んだ。
「分かった」
私が物語の展開や、キャラクターの設定、台詞などを付箋に書き出していくと、梶君は、パズルを組むようにその付箋を、机の上に並べて貼っていった。
「ええと、霊の正体が分かるのは、委員長が男子に告白をした後の方がいいのかな。キレた霊が委員長に襲いかかり、男子は委員長が大切な人だということに気が付いて、とっさに庇う……いや、それとも、霊に襲われ、庇った後に、真相解明、事件解決の後に告白の方が自然……?」
梶君は筋道が通るよう、付箋を何度も貼り変えて、物語を練っている。
(梶君って、お話を考えるのが本当に好きなんだな)
夢中になっている梶君を微笑ましい気持ちで見つめていたら、私の視線に気が付いたのか、梶君が顔を上げて、
「……どうかした?」
と不思議そうな顔をした。
「なんだか、梶君、楽しそうだなって思って」
楽しそうな梶君を見ていると、私も嬉しい。笑いかけると、梶君は、
「……っ」
腕を上げて顔を隠すしぐさをした。頬が少し赤くなっている。
「……蒼井さんが書く話を考えてるんだから、俺ばかり考えてたらダメだろ」
「そうだったね。ごめん」
(すっかり、梶君にお任せしちゃってた)
付箋は、梶君から見た方向に貼られているので、私は椅子から立ち上がって、梶君の隣へと歩いて行った。隣の椅子に腰をかけて、机の上に身を乗り出す。
「私は、梶君が最初に言った、委員長が告白をしている最中に霊が現れて、危険が迫り、男子が自分の気持ちに気付くっていう展開がいいなぁ」
梶君の横から腕を伸ばし、付箋を元通りに貼り替えようとしたら、軽く肩と肩が当たってしまった。
「……!」
「ごめん、ぶつかっちゃった……」
びっくりしてこちらを向いた梶君と、間近で目と目が合い、私は途中で言葉を飲み込んだ。心臓が跳ね、急に体が熱くなった。
(近っ……)
慌てて体を離し、
「ご、ごめんね」
と謝る。
「別に……」
梶君はぶっきらぼうに言うと、私から椅子を離した。その行動に、少し寂しくなる。
「付箋、貼り替えるよ」
「うん……」
梶君の細く長い指が、黄色い付箋を剥がし、組み替えていく。付箋はいくらでも貼り直しができる。この物語の行く末は、まだ分からない。
(私たちの物語は、どこに繋がって行くのかな)
梶君の整った横顔を見つめながら、私は「素敵な未来に繋がればいいのに」と心の中で願っていた。