「インドカレーもおいしいけど、やっぱり日本のカレーも食べたくなるんだよね。あとシチューとハッシュドビーフも。あと単純に誰かが作ってくれた料理って最高」

 そんなわけでカレーパーティと相成った。
 三人で食卓に着き、各自カレーを盛って食べ始める。

 ダニエルはまだ帰宅していない。彼は忙しいそうで、帰り時間もまちまちなよう。あと、同僚とパブに寄ってくることもあるのだとか。さすがはイギリスだ。わたしも今度パブに行きたい。

 カレーは結構な量が出来たため、今日ダニエルがまっすぐ帰宅すれば食べてくれるだろうか。色々とお世話になっているのでお礼がしたい。

「そういえばダニエルもカレーは好きなの?」
「あ、彼もカレーは好きだよ。日本のルーで作るクリームシチューは駄目みたい」

 なんでもヨーロッパのシチュー的なスープと違う代物らしく、先入観があるから駄目とのこと。

「二人とも日本語で話してる。駄目だよ、共用部分での日本語は禁止。サーヤも英語を話さないと上達しないよ」

 リリーと日本語で話をしていたらエリックから注意を受けてしまった。
 その後、リリーが語学学校での様子を英語で質問してきたので、わたしも頑張って英語で話した。

 会話の授業についていけないと答えるとエミールが「俺が先生になってあげるよ」とウィンクをしてリリーが「サーヤにはボーイフレンドがいるんだから」と目を尖らせる一幕もあった。

 団欒のはずの夕食の時間が即席英会話教室になってしまった。エミールが主導する形で、わたしに質問をしてくる。ロンドンで行った場所を答えるとそれに対して再び質問が繰り出され、気が付けば会話のキャッチボールが成立している。

 なんでもいいから声に出してと、エミール先生にも指摘を受け、わたしはとにかくしゃべりまくった。
 英会話教室は食後の片付けの間も続行で、これを続けていれば確かに上達しそうだと感じるほど。

 ダイニングテーブルを上を付近で拭いていると、スマホが震えた。
 着信相手の名前がディスプレイに浮き上がっているのを見て、わたしの心臓が飛び上がる。
 わたしはドキドキしながらスマホをタップした。

「も、もしもし?」
『ハロー沙綾。一週間ぶり』

 耳元に、低いけれど懐かしい声が届いた。なんだか泣きそうになって慌てて背筋を伸ばした。

 電話越しに聞こえる駿人さんの声。スペインで別れてからまともに連絡を寄越さなかったのに、一体どうしたのだろうと思う反面、心の奥から湧き上がる嬉しさを止めることができなかった。

「え、ええと。久しぶり。仕事復帰ちゃんとできた?」

 平静に、と心に言い聞かせて口を開けば存外に素っ気ない口調になってしまう。

『先週一週間は休みボケで大変だった。それよりも、沙綾いま家?』
「そうだけど」
『表、出てこれない?』
「どうして?」
『さあ、どうしてだと思う?』

 どこか面白がった返答に、まさかと思って慌てて自分の考えを否定する。なにしろここはロンドンで駿人さんの住まいはフランクフルト。

 とはいえ、表に出て来いと言うには何か理由があるはず。わたしは逸る心に待ったをかけて玄関に向かう。

「あれー、サーヤ、出かけるの? 相手誰?」

 凛々衣に見咎められたが「んー、ちょっと」と言葉を濁してわたしは玄関扉を開けてフラットの内階段を下りていく。
 表玄関の扉を開くと、目の前の道にはスーツ姿の駿人さんの姿があった。

「え、うそ!」

 わたしが叫ぶと、駿人さんはいたずらが成功したような顔、要するに笑顔になって「驚いた?」と返事をした。

「え、ちょっと待って。どういうこと?」
「今日からロンドン出張。週末までの予定」
「うそ!」
「前から決まっていたことだし」
「聞いてない」
「言わなかったから」

 駿人は笑顔のまましてやったりというふうに胸を反らす。
 だったら最初から教えてくれればいいのに。また会えることも知らずに彼のことでもやもやを抱えていたことを思い返して、自然と眉根を寄せてしまう。

「ていうか、どうしてこの場所分かったの?」
「幸子さんから聞いた」

 なるほど、わたしの母経由というわけか。一応、ロンドンでの滞在先は教えておいたわけだし。家族ぐるみで付き合いがあると、色々なことが筒抜けというわけだ。

「あー、駿人だ。うわ。どうしてここにいるのよ。さてはサーヤのストーカー?」

 と、背後から日本語が聞こえた。リリーの声だ。

「人聞きが悪いな。俺はサーヤの……、なんていうか親しい間柄だ。会いに来たら悪いか」
 駿人さんが答えた。

 ふうん……婚約者って言わないんだ。
 どうしてだろう、彼の言葉に過敏に反応してしまう自分がいる。白い絹のハンカチに飛んでしまったインクのように、彼の言葉はわたしの心の中に落胆という名の雫を落とした。

 * * *