一方のマゼンタたちはバン爺を先頭に旅を続けていた。懸賞金のかかっているシアンを連れての旅だったので、先を急ぎたかったものの、異変を感じたマゼンタがバン爺を引きとめる。

「……どうしたんじゃ?」
「シアンくんの様子が……。」
「……なに?」

 後方からついてくるシアンの足取りがおぼつかなかった。その足跡は左右でたらめについていて、まるで泥酔(でいすい)した酔っ払いのもののようだった。

「こりゃいかん、ちと休むか」

 一行は、道ばたの木陰で休憩を取ることにした。

「……シアンくん、水飲む?」

 マゼンタがうなだれて木の根元に腰かけているシアンに水筒(すいとう)を手渡す。シアンは小さくうなずいてそれを受け取った。

「ふぅむ、どうやらお前さん、あまり遠出をしたことがないと見た。無理は禁物じゃったか……。」
「これから辛かったらすぐに言ってね。きちんと休みを取るから」
「……ごめんなさい」
「あやまらなくていいんだって」

 ふたりはちょっとした疲労だと思っていた。しかし、真昼になり日が昇りきった時間になっても、シアンは一向に回復しなかった。それどころか呼吸を荒くして、額からはうっすらとした汗が絶え間なく流れていた。

 シアンから距離を取ったところで、バン爺はマゼンタに相談する。
「……どうやら、ただの疲労じゃないようじゃ。連日(れんじつ)の野宿だと坊やの容態(ようだい)が悪化しかねん。どこか、近くに村なんぞがあれば」

 バン爺は地図を確認する。しかし、地図にはめぼしい村は載っていなかった。バン爺は小さくため息をつく。

 マゼンタが口を開く。
「……あるには、あるんだけど」
「……ほ?」

 マゼンタは遠くに見える山間を見つめると、そこに向かって歩き始めた。
 マゼンタについていきながら、バン爺は地図を確認する。その方向には村はないはずだった。
 しかし陽が傾きかけた頃、マゼンタたちは山間(やまあい)にある村に到着した。

「……こんなところに村が」

 バン爺はマゼンタを見る。マゼンタの表情は硬かった。

「お~、マゼンタじゃないか……。」
 村の住人が遠慮がちにあいさつをした。マゼンタも遠慮がちに手を振った。

 彼だけではなかった。その村の住人がマゼンタを見ると、ぎこちなく声をかけるか、彼女を見ても無視をするかだった。バン爺とシアンを見た村人にいたっては、家の中に逃げる者もいた。

「……どこに行くんじゃ?」
 バン爺が訊ねた。
「……あたしの家」
「……ふむ」

 バン爺は村を見渡す。(さび)れた村だった。そして、そこに住まう住人の顔つきや服装を見て思った。

──棄民(きみん)の村か。

 今から60年以上前、大陸間で大規模な戦争が起こった。魔術戦争と呼ばれる国家間の総力戦、発達した魔術が用いられたその戦争では、多くの魔術師や兵士、さらに民間人が命を落とした。その際に国々の地図は大きく書きかえられ、一部の少数民族は分断され、また一部の部族は故郷を奪われた。結果、彼らは存在しない民として人々から忘れ去られてしまった。しかし、外部から忘れ去られても死に絶えたわけではない。彼らは独自にコミュニティを形づくり、命を、生活をつないでいた。

 マゼンタたちはとある一軒家に到着した。その家の前では妙齢(みょうれい)の女が野良仕事をしていた。女はマゼンタたちに気づくと、仕事を中断してこちらに小走りで近づいてきた。

「……マゼンタっ」

 その女は、近づいてくるとマゼンタに目鼻立ちがよく似ていることが分かった。

「……ひさしぶり、姉さん」
 女はマゼンタの後ろにいるバン爺たちに目を遣った。
「……どうしたの、突然?」
「……うん、近くまで寄ったから」
 マゼンタは青ざめた顔をしているシアンを見た。
「それと……一緒に旅をしてる連れの様子が悪くて……。」
 事情を察したマゼンタの姉が言う。
「……分かった。父さんに聞いてみる」
「あたしの問題だから、あたしが直接言う」
「……そう」

 そうして、マゼンタとマゼンタの姉は家に入っていった。
 しばらくすると怒鳴り声が聞こえ、マゼンタが戻ってきた。マゼンタの左の頬は()れていた。

「大丈夫だよ、入って」

 あまり大丈夫そうに見えないマゼンタの様子を見て、バン爺とシアンは顔を見合わせる。
 バン爺たちが家に入ると、部屋の真ん中のテーブルの前には不機嫌そうな中年の男が座っていた。おそらくマゼンタの父親なのだろうその男は、バン爺とシアンを見て、より不機嫌な顔になった。

「……蒼の民と茶の民か」
 マゼンタの父は言った。
「……そうですじゃ」
「……老人には申し訳ないが、大したもてなしはできないぞ」
「……結構じゃよ、屋根を貸していただけるだけで(おん)の字じゃ。それと……もし、この村に医者がいたら紹介してほしいのじゃが……。」
 マゼンタの父親は笑った。
「いると思うか?」
「……いや、すまんかった」
「ふんっ、久しぶりに顔を見せた娘の頼みじゃあなかったら、犬小屋だって貸しはせん」
「ちょっと、お父さん」と、マゼンタの姉が(いさ)めた。

 マゼンタは「こっちだよ」と言って、バン爺たちを外の納屋(なや)に案内した。そこには(わら)を束ねた上にシーツを被せた、簡易(かんい)のベッドが用意されていた。

「……ごめんね、ほんとはもっときちんとしたところで休ませたかったんだけど」
「ええわい。野宿に比べりゃあ、これだけでも豪勢なもんじゃ」
「……ここの人たちはよそ者が嫌いでさ」
「……そうみたいじゃの」

 よそ者が嫌いという程度ではないだろう、とバン爺は思った。
 彼ら棄民は戦争で利益を得た支配民族を、嫌いどころか憎んでいる。特に、シアンのような蒼の民と呼ばれる貴族階級は戦争をおこし、バン爺のような茶色の民は戦争で大きな利益を得た。彼らに土地を奪われただけではなく、同胞(どうほう)を殺された者も少なくない。あまり長居もひかえた方が良いだろう。
 ベッドに寝かせると、すぐにシアンは寝入ったが、それでもうなされているように汗をかいていた。マゼンタは手ぬぐいでシアンの額をぬぐった。

「……病気なのかな?」
「……貴族のお坊ちゃんじゃから、慣れんこと続きでヘタってしまったのかもしれん。それとも……。」
「それとも?」
 バン爺はシアンの手首を握った。
「おとといは、はりきっておったからのぅ……。」

 目をつむり、バン爺は手首を握る手の力を緩めては強める。やがてバン爺とシアンの呼吸が重なり、ふたりの体は一体化しているかのように上下し始めた。

 しばらくシアンと呼吸を合わせた後に、バン爺は目を開いた。
「……むぅ、妙じゃ」
「……妙って?」
「いや、術式を使用しすぎて体内のオドを消耗(しょうもう)しとるのかと思ったが……しかし、オドの方はいたって充実……それどころか、この子の体内に満ち満ちとる。……いったいどういう事じゃ?」

 そう言われても、マゼンタにはピンとこなかった。

「普通に、風邪ひいちゃったとかじゃ?」
「ううむ」
 マゼンタはシアンの額に手を置いた。
「熱はないみたいだね」
「……まるで、この子の体の中にもうひとりの存在があるような、妙なオドじゃ……。」
「そんなこと言われても分かんないよ。ねぇ、明日もこのままだったら、お父さんにロバを借りて、大きな町まで行ってみようよ」
「ええんか?」
「まかせて」
 そう言って、マゼンタは納屋から出ていった。

 家の方から怒鳴り声が聞こえ、そして戻ってくるとマゼンタの右の頬が腫れていた。バン爺はドン引きする。

「ロバ借りても大丈夫だってさ」
「……お前さんが大丈夫かね」
「家にいた頃はしょっちゅうだったよ」
 バン爺はシアンのために濡らしておいた手拭いを、「ほれ」とマゼンタに渡した。
「ん、ありがと」

 マゼンタはその手拭いを頬にあてる。
 バン爺はシアンの手を握りつつもマゼンタを気にしていた。

「その……家を出たのは、そういうことかね?」
 マゼンタは笑って首を振る。
「違うって、そんなに重く考えないでよ。ここいらの子供なんて、だいたい父親にぶん殴られてしつけられてるんだから」
「ふ……ふむ」
 マゼンタはシアンの(そば)に体育座りで座り、両膝(りょうひざ)の間に頭を乗せる。
「……あたしはこの村が嫌いだったの。窮屈(きゅうくつ)なのに、ここにいる限り息苦しいって分かってるのに、それでもここから出ようとしない皆が。誰かが外の世界に行こうとしても、自分たちには住むところがないとか、さっきみたいに外の人間は敵ばかりだからって、引きとめようとする空気があるんだ」
「……まぁ、ワシが物心ついた頃には終わりかけとった戦争じゃが、しかし、ここの人々の言い分も分からんでもないぞ。実際に、ワシらや貴族たちが彼らの土地をひっかきまわしたんじゃからな。元いた土地から追い出されて、こんな辺境の地で王国の庇護(ひご)にもあずかれんのじゃ」
「それ何十年前の話? 戦争の事なんて、お父さんだってお爺ちゃんから話で聞かされてるだけだし、そのお爺ちゃんだってバン爺と同い年くらいだったんだよ。戦争が終わった時は子供だったんだ。その後からいくらでもやりなおしはできたんだよ、それなのに自分たちからその道を捨てたんじゃない」
「むぅ……。」
「あたしはここで終わりたくなかった。家族の事は好きだけど、あたしは自分の人生を生きたかったの」
 バン爺はシアンを見る。
「……お前さんがこの子に同情するのは、そういうことがあったからかね?」
 マゼンタもシアンを見る。
「めっちゃ可愛いから」
「あそ」
「この寝顔を見てると(たま)らん気持ちになっちゃう」
「やめんか」

 マゼンタは笑い、バン爺は首をふった。