俺、萩原翔は高校一年生だ。クラスでは、どの部活に入るかという話が上がる。俺の学校には様々な部活が存在している。
だが、漫画に描かれているようないわゆる「部員の取り合い」のような光景はないし、朝礼の時に行われた部活紹介もいたって
簡素なものだ。
なので、小さい頃からやっているスポーツがある人はその部活に入るだろうし、高校から新しいことに取り組みたいと思う人は
新しい部活に入る。そんなものだろう。
では、俺はどうか。
中学の時は、俺は部活に所属していなかった。なぜかと言われたら、やりたいと思えることがなかったと言うのが一番の理由だ。
高校になっても変わらないかと言われると、違う。
中学の時の俺は、家に帰っても暇だったので漫画を読みふけっていた。その中で、バスケットに興味が湧いた。こんなことが
きっかけだなんて言うと馬鹿にされるかもしれないが、きっかけはあくまでもきっかけだ。実際に俺がバスケ部に入るか
どうかは俺が決めるのだから、どんな理由だって構わないだろう。
部活の見学に行くだけなら誰でもできる。そう思い、俺は放課後に体育館へ向かった。バスケット部なのだから体育館だろう。
俺が体育館に入ると、不意に後ろから声をかけられた。
「君、一年生かな?どうしたの?もしかして、見学?」
振り向くと、一人の女生徒がいた。誰だろうか。
「私は、バスケ部のマネージャーなんだけど」
聞く前に勝手に自己紹介をしてくれた。
「ああ、そうだったんですね。一年生で、見学です。部活、見させてもらっていいでしょうか」
「うん、そういうことなら大歓迎だよ。もう少しで部員が来ると思うから待っててね」
そう言われたので、俺は体育館の端っこで座っていた。少しすると、何人か入ってきた。
「お、見学の一年生かな?よろしくね!」
遠くから声をかけられる。先ほどのマネージャーもそうだが、なぜ俺が一年生だとわかるのだろうか。そんなに幼い顔をしている
だろうか。
そう思っていると、体育館にまた一人入ってきた。その男を見て、先ほど俺に声をかけた人が言った。
「お、君も見学の一年生かな?見学者は端っこで見てて!ボールがぶつからないように気を付けてね!」
「そうですけど、なんで一年生ってわかったんですか?」
先ほど入ってきた男は、俺が気になっていたことを聞いてくれた。
「あれ?一年生じゃなかった?」
「いえ、一年生なのは合ってるんですけど、なんでわかったのかなって思いまして」
「それは簡単だよ!4月の放課後に、今まで一度も見たことのない生徒が体育館にいるなんて状況、見学以外の何かを考えるなんて
できないだろう?」
要は勘だったようだ、当たっているから何も言えないが。
そんな些細なことよりも、問題とすべきは部活の内容だろう。そう思い、練習が始まるまでじっとしていた。すると、先ほど先輩に
俺が気になっていたことを質問した男が話しかけてきた。
「君も、部活の見学?よろしくね」
「ああ」
俺は、最小限の返事をした。また部に入ると決めたわけではないのだから仲良くなる理由はないし、別に同じ部に所属しているから
といって仲良くしなきゃいけないなんて義理もない。
「俺はね、1年7組の吉田陸っていうんだ、改めてよろしくね。君は?」
「1年3組、萩原翔」
「あ、3組っていうと俺の友達と同じだね。拓也って言うんだけど、わかるかな?」
俺がこれだけ冷たく接しているのにも関わらず、吉田君はぐいぐいと話を振ってくる。無視を決め込んでもいいが仲が悪くなりたい
わけではない。仕方ないから適当に返事をしておくか、と思うと遠くから声が聞こえた。
「よし、練習を始めるぞ!見学者も含めて、集まってくれ!」
先ほど吉田君の質問に答えた人が言った。
「あ、呼ばれたよ。翔君、行こう」
いきなり下の名前で呼ばれたことに少し戸惑いを覚えたが些細なことだ。そう思い、吉田君と一緒に部員らしき人たちが
集まっている場所へ行く。
「まずは、見学者の二人にようこそと言っておく。普通なら見学はせずに部に入る人も多いんだけど、わざわざ見学に来てくれた
ことは嬉しいと思ってる。俺がこのバスケ部の部長の中原だ、よろしくな」
先ほど吉田君の質問に答えたのは部長だったようだ。
「はい!よろしくお願いします!」
そう言って、吉田君は頭を下げた。そうされると俺も頭を下げないわけにはいかないので、一緒に下げた。
「見学者が来てるからって特別なことはしないよ。というか、いつも通りの練習を見せないと君たちも来た意味がないもんな。
後で軽いゲーム、ゲームと言っても試合じゃないぞ、に参加してもらうからよろしくね。じゃあ、下がっててくれるかな」
そう言われたので、俺と吉田君は下がった。
そこから、練習が始まった。
練習の内容はいたって普通だった。部活なんて漫画でしか読んだことがないのだが、いわゆる漫画に載っているようなことを本当に
やっていた。走り込みからストレッチ、決まったフォーメーションの練習などが淡々と行われていく。練習が始まるまでは随分と
お喋りだった吉田君はというと、練習風景をまじまじと見ていた。さて、どうするか。部に入ること自体は大した問題ではない。
体を動かしすこと自体は好きだし、もしも辛ければ辞めればいい。だが、一つ懸念している点があった。
それは、バスケと言うスポーツについてだ。運動神経は悪い方ではないし、体育でならバスケの経験はある。だが、これまで
バスケをしていて楽しいと思えたことがないのだ。もちろん、シュートが決まって嬉しいという気持ちや、勝って嬉しいという
気持ちはある。だがそれは別にバスケに限った話ではない。サッカーだってゴールが決まれば嬉しいし、野球でホームランを打てば
嬉しいに決まっている。俺は、バスケ特有の楽しさというものをまだ感じたことがないのだ。そんな状態で三年間も続けることが
できるだろうか。そう思いながらも見学は続いていく。そしていい時間になったタイミングで、俺と吉田君が呼ばれた。
「翔君、部長が呼んでるから行こう」
俺は、別に吉田君のことが嫌いではない。ではなぜ冷たい態度を取ったかというと、仲良くなる必要がないと思っていたからだ。
それこそ俺が中学の時に夢中になって読んでいたバスケの漫画ではやれチームワークだとか、協力だとかということを言っていた。
だがそれはあくまでも漫画の話であって、実際にチームメイトと仲良くなる必要はない。ましてや吉田君はまだチームメイトで
すらない。更には違うクラスなのだから、あえて仲良くなる必要もないだろう。そんなことを思いながら部長の前に行くと、部長が
話し出した。
「最初に言ったけど、少しゲームに参加してもらおうかと思ってね。と言っても、君たちがバスケをどれくらいできるか
わからない。それなのにいきなり試合形式なんて無茶だろうから、今日はフリースロー対決はどうかな」
フリースローか。これなら初心者でも十分に勝ち目はあるだろう。そう思っていると吉田君が俺に話しかけてきた。
「フリースロー対決だって。翔君はバスケの経験あるの?」
「いや、俺は体育でやったくらいだけど」
「そっか、じゃあ俺と同じだね。お手柔らかにね」
どうやら、吉田君もバスケの経験者ではないようだ。確かによく考えてみれば、バスケの経験者がバスケをしたかったら、
わざわざ見学になんて来ないよな。そう思いながらも、フリースロー対決が始まった。ルールは簡単で、10本中どちらが多く
シュートを決められるか、だ。まずは吉田君だ。先輩たちと話をしながら、吉田君はどんどんシュートを打っていく。結果は、
10本中4本だった。これが凄いのか凄くないのかもよくわからない。そんなことを思っていると部長が俺にボールを渡してきた。
「さ、次は萩原君の番だよ」
さて、フリースローか。バスケは体育でやったっきりだが、どんなフォームで打てばいいとかっていうような基本情報は漫画で
身についているはずだ。そう思い、シュートを打つ。一本目は外れた。まあこんなものだろうと思い打っていく。が、二本目、
三本目とシュートを打っても入らない。そしてついに五本連続で外してしまった。次を入れないと、吉田君には負けてしまう。
別に負けることが悔しいわけではないが、負けたくはない。だがどうすればいいのだろうか。そんなことを思っていると、俺の
シュートを見ていた先輩部員の一人が言った。
「萩原君、もしかしてだけど、『シュート』って漫画を読んだことがあるかな?」
『シュート』は俺が中学の時に敬愛していた漫画である。俺が頷くと先輩が話し出した。
「やっぱりね。萩原君のシュートの仕方って、『シュート』の真似だよね?その再現能力はすごいと思うんだけど、あの漫画は
回転をかけないシュートの説明をしててね。もちろんそういうシュートを打つこともあるんだけど、まずは普通に打ってみると
いいと思うな。吉田君には悪いけど、少しだけアドバイスさせてね」
そう言いながら、その部員がボールを持ってゴールを向いた。
「萩原君の漫画ですら真似をする能力があれば、俺の真似もできると思うから、こうやって打ってみて」
そう言って、先輩がシュートを打った。シュートは入った。俺はそれを見て、先ほどまでと全然違うことがわかった。一番の違いは
手首だ。先輩のシュートは、手首をうまく使っていた。それこそ鞭のように柔らかく手首を使い打っていた。よし、せっかく教えて
くれたし、どうせ今のままじゃ入らないのだからやってみよう。そう思い、先輩の真似をしてシュートを打った。シュートは、
入った。
「すごいな!本当に教えた通りにシュートが打てるんだね!この調子でやってみよう!」
このシュートが入った瞬間を、恐らく俺は忘れないだろう。それからというもの、どんどんとシュートを打っていった。シュートは
四球連続で入り、ついに最後の一投になった。これが入ると、吉田君に勝てる。吉田君は悔しい思いをしているかな、と思い
吉田君を見ると、凄く嬉しそうな顔をしている。自分が負けるのが嬉しいのか?と思いながらシュートを打つ、シュートは、
外れてしまった。
「あー、最後は惜しかったね!シュートを打つ直前に、ゴールから目線を外したでしょ?ゴールをしっかりと見て打たないと、
どれだけフォームが綺麗でもシュートは入らないよ。それでも四本連続は凄いね!そんなに入れられる人はあんまりいないよ!」
そうなのか?漫画ではフリースローが外れることなんてほとんどなかったが、と思ったがすぐにそれは漫画の世界だから
当たり前か、と思った。いくらフリースローとはいえ、100%でシュートが入る人なんていたら試合にならないだろう。
「これで、今日の練習はおしまいだよ!部に入ってきてくれるかはゆっくり考えてね!俺たちは、歓迎するからね!」
部長がそう言って、練習が終わった。

その日の帰り道、俺は手に残る感触を思い返していた。それは、シュートを決めた感触だ。もちろん、今まで体育などでバスケを
やって、一度もシュートが入らなかったわけではない。今までだって、普通にシュートを決めることはあった。だが今回は先輩の
指示のもとでのシュートだった。それは、言われたことをただこなしただけだということではない。うまく説明はできないが、
教えを守った結果うまくいった、ということが嬉しかったのだ。あのゴールの感覚がまた味わえるのなら、バスケ部に入るのも
悪くはないかもしれない。そんなことを考えながら歩いていると、後ろから呼び止められた。
「おーい、翔君」
吉田君だ。俺が待っていると、小走りで近寄ってきた。
「先に帰るなんてひどいじゃないか。駅まではどうせ一緒なんだから、一緒に帰ろうよ」
そんなことを言いながら、俺の隣を歩き出した。今日会ったばかりの吉田君を待っていてやる義理はないんだが、なんて
思いながらもさすがにこの場で先に帰れなんて話をするのもおかしいので一緒に歩いた。
「今日の部活、どうだった?俺は、先輩たちの練習はすごく楽しそうだし、バスケ部に入ろうかなって思ってるけど」
「ああ、うん。俺も良いかなって少し思ったよ」
「本当?やった!」
そう言って、吉田君がガッツポーズをした。
「おいおい、そんなに嬉しいのか?」
「当たり前じゃん!わかんない?」
わかんないか、と聞かれてもわからない。俺が不思議そうな顔をしていると吉田君が話し出した。
「俺ね、実はなんだけど・・・バスケ部の見学に行くの、すごく勇気を振り絞って行ったんだ。だって、俺は素人だからさ。
周りからいい顔はされないかもしれないし、大丈夫かなってすごく心配になった」
「ん?それじゃ、自分と同じくらい下手な俺が入って安心ってこと?」
「俺がそんなことを考える人だと思ってたの?心外だな。そうじゃなくて、一緒に頑張れる仲間がいてくれることが嬉しいって
ことだよ。それに、今日のフリースローの結果を見る限りだと翔君のが全然うまいじゃん」
「そうかな?決まった本数は同じだったけど」
「本数は、ね。でも俺は正直に言うけど先輩が翔君に教えていたのを見て何もわからなかった。だけど、翔君はそこから4連続で
シュートを決めた。それって、凄いことじゃない?」
「そう・・・なのかな?」
「あ、やっと笑った」
そう言われてふと自分の口に手を当てると、にやけていた。褒められて、嬉しくなってしまったのだ。
そんな話をしているうちに駅に着いた。そこで吉田君と別れてから、今日のことを考えた。まずはバスケ部についてだ。
正直、俺の中では入部はほぼ決まっていた。今日の体験はすごく楽しいものだったので、もう一度味わいたい。次に、吉田君だ。
俺がどんなに冷たい態度を取っても、優しく接してくれた。帰り道での話も納得のできるものだったし、何より俺を褒めてくれた。
そんなことを考えていると、今日の自分の行いを少し恥じた。仲良くなる必要がないと思ったからと言って、冷たい態度を取って
いいわけはない。それなのにも関わらず吉田君は俺に優しく接してくれた。吉田君が施してくれた友情に無償の友情で答える。
これこそがまさに漫画で言っていた『チームワーク』のようなものなのかもしれない。そんなことを思った。他に、差し当たっての
問題はない。明日はもう少し吉田君に優しくしよう、なんて思いながら家に着いた。家で夕飯を食べてからは泥のように眠った。
翌日、俺が学校に着くとクラスに吉田君がいた。
「翔君、おはよう!」
「ああ、おはよう」
昨日話していた拓也とやらに会いにでも来たのだろうか。
「バスケ部、入るかどうか、決めた?」
この質問をされて、今の考えを恥じた。
「昨日も入るって言っただろ。これからよろしくな、陸」
「やったー!うん、よろしくね!って、陸?俺の名前?」
「ん?なんだ?お前は初対面で人のことを君付けで呼んだのに、二日目の俺が呼び捨てするのは早いってか?」
「いやいや!そんなことじゃなくて!だって、昨日・・・」
「昨日は冷たい態度で悪かったな。まだ陸のことがどんな人かわからなかったから、警戒してたんだ。許してくれよ?」
「許すに決まって・・・ないよ!俺の言うこと一つ聞いてもらうからね!」
「なんだよ・・・好きな子に告白とかは勘弁な?」
「俺も呼び捨てで呼んでいいかな?翔!」
「こりゃ、告白なんかよりも大ごとだ」
そう言って、二人で笑い合った。
そしてその日の放課後、俺と陸は二人で先生の元へ行き、バスケ部への入部届を出した。いよいよ、バスケ部員だ。ここで俺は
ふと思ったことがあった。漫画の世界では、やれインターハイに出るだの全国制覇だのと言って、全員が全力を出している。
現実の世界で、そんなことが必要なのだろうか。目標を持ってプレイをすることはいいことだとは思うが、そんなに堅苦しい
状況におかれてもこちらが困る。さらに漫画を読んでいてもう一つ思ったのは、『なぜ次の年では駄目なのか』だった。漫画の
主人公が三年生で、最後の大会だと言うのであればわかるのだが、そうでないケースもかなりある。それなのにも関わらず、
試合に負けたら立ち直れない、というような描かれ方をしていることが多いのだ。俺は、それが不思議でしょうがなかった。
例えばだがもしも一年生なら、同じ規模の大会が最低で二回あるわけだ。それなら一度負けたって次頑張ればいい。そんなことを
考えながら、部活へ向かった。すると、部長がいた。
「あれ、二人とも、もう練習に来てくれるの?」
部長の質問の意味がわからずに俺と陸は不思議そうな顔をした。
「あ、もしかして二人とも、部活に入るのは初めてかな?入部届を出したら即日って考えはあんまりなくてね、大体来週くらいから
みんな来ることになってるんだ。その辺りの話は先生がしているはずだけど・・・聞いてなかったね?」
俺は聞いていなかった。
「おい陸、そういう話は先に教えておいてくれよ」
「何言ってるんだよ、翔。こっちのセリフだよ」
どうやら、陸も聞いていなかったようだ。だからといってここでおめおめと帰るわけにはいかない。
「いや、聞いてたんですよ?でもほら、俺達素人なんで、やる気を出そうかと思いまして!」
「わかったわかった、そういうことにしておいてあげるよ。まだこっちも初心者向けの練習については準備中だったんだけどな」
「あ・・・すみません」
「って、そんなわけないだろ?うちの部活には今まで一度も初心者が入ったことがないわけじゃないんだから。とりあえず、
練習を始めようか」
そう言って、練習が始まった。練習の内容は昨日見た通りだ。だが俺と陸はいわゆるフォーメーションの練習には参加させて
もらえなかった。それもそのはずでまだまだ俺達は素人だ。バスケットのルールを学んで、それを体に覚えさせるところから
スタートだ。そんなことをしているうちに、あっという間に一日が終わった。
そんな日々が何日か続いたあと、部活へ向かうと見知らぬ人たちがいた。
「あ、お前が先に練習に参加してたってやつか?」
俺が頷くと見知らぬ人たちのうちの一人が話し出した。
「俺たちは今日から部活に参加するんだ、よろしくな。お前ともう一人が先に数日前から先に練習してるって話を聞いたからさ」
なるほど、ここにいる面々がきちんと先生の話を聞いていた奴らか。
「ああ、俺ともう一人いるよ。多分もうすぐ来ると思う。俺とそのもう一人は先に練習に参加させてもらってたけど、
素人だからさ。先に参加してずるいとか言わないでくれよ」
「そんなこと思うわけないだろ・・・って、あれがもう一人かな?おーい」
俺が後ろを振り向くと、陸がいた。陸は近づいてきて、俺に向かって「この人たちは?」と言った。
「俺達も今日から練習に参加させてもらうからな!よろしくな!」
その言葉を聞いた陸は持ち前の人懐っこさで他のメンバーたちと和気あいあいと話し出した。俺も陸の時に冷たく接して陸に
良い思いをさせなかっただろうという思いからできる限り最初から砕けた感じで話してはみたが、陸には敵わない。
「この部の練習については二人が先輩だから、よろしく頼むよ」
そんなことを言われながら、俺たちは練習の準備をした。そして練習が始まったが、やはり経験者と素人では差が出る。
いわゆる一般的な走り込みに差はないし、シュートの成功率だって大きな差があるわけではない。だが、ディフェンスをする際の
構え一つを取ってみても、俺や陸とは全然違った。
「やっぱり経験者は全然違うな」
同じことを思ったのか、陸が話しかけてきた。俺が頷くと陸が続けた。
「でも、俺達もああいう風になるぞっていう目標になってくれるからやる気が出るな!バスケは5人しか試合に出られないんだから、
選ばれるように頑張らないとな!」
陸の持ち前のポジティブさに助けられながら練習を続けた。そしてその日の練習が終わるタイミングで、部長が話し出した。
「新入部員の皆、入ってきてくれてありがとう。今日一日練習をしてみてどうだったかな?練習方法以外での辛いことがあれば
好きな先輩に気軽に相談してくれ。練習方法が辛いと言うのであれば、そこに関しては頑張ってくれとしか言えない」
それはそうだろう。練習が辛い時の対策で練習を軽くする、では本末転倒なのだから。
「やっぱりだけど、初心者と経験者だと少し差があるかな?と言って普段の練習を初心者に合わせるわけにもいかないから、もしも
その辺りが辛かったら初心者組は俺に言ってくれ。普段の練習の時間を別の練習に当てるように調整するから」
そう言われた時、俺は裏を考えてしまった。親切を装って言ってくれてはいるが、普段の練習に俺達初心者は邪魔だ、と言うことを
暗に言っているのではないか、と思った。さて、どうしたものか。
「いえ、初心者向けの練習と言わず、みなさんと同じ練習をさせてください!」
俺が答えを考えているうちに陸が先に言ってしまった。そのことを咎めるつもりはないし、そもそも悪いことではない。
「そうか、萩原君はどうする?」
「みなさんのお邪魔にならないのであれば、俺もみなさんと同じ練習がしたいです」
自分の思いを正直に言ってしまった。俺の言葉を聞くと、部長が笑い出した。
「ああ、もしかしてだけど周りに迷惑をかけるんじゃ、とかそういうことを思ってた?これは俺の言い方が悪かったな、ごめんね。
俺達としては、もちろん君たちにも通常の練習に参加してもらえた方が有難いんだ。だけど、そんな風に言ったらプレッシャーに
なるかなって思って選択権を君たちに委ねたんだけど・・・難しいね」
部長は、俺の想像の一つ先を行く気遣いをしてくれていたようだ。そのことに恥じると同時に、今まで通りの練習をと口だけで
言っても仕方がないので、今まで以上に頑張るようにした。すると、意識をしたせいなのか今までできていなかったようなことが
段々とできるようになっていった。それから数ヶ月が経ったある日のことだ。
「そろそろ、インターハイが始まるぞ。インターハイの前に、そもそもだけどベンチ入りのメンバーを決めなければならない。
といって、うちの部は人数が多くないので、ほぼ全ての人にベンチ入りしてもらうのだが」
いよいよ大会か。正直に言うと、俺としては大会に出ることはどうでも良かった。出ろと言われれば出るし、出るなと言われれば
出ない、くらいの気持ちだった。それに、先ほど部長が『ほぼ全ての』と言っていた。となると、俺や陸がベンチに入ることは
ないだろう。それにもしベンチ入りしたとしても試合に出場できるとも思わない。そんなことを考えていると、部長が言った。
「今週の最後に、ベンチ入りメンバーを発表する!みんな、ベンチ入りできるように頑張ってくれ!」
そして普段通りの練習が始まった。俺は特に頑張ろうと思うこともなく、日々の練習を淡々とこなした。そして、週末になった。
「ベンチ入りのメンバーを発表するぞ!…というか、まずはスタメンの発表だな!」
そういって、先輩たちの名前が呼ばれ始めた。人選は納得のできるものだった。
「続いて、ベンチ入りメンバーを発表する!」
どうせ最後まで呼ばれることはないだろうと思い俺は他人事のように聞いていた。
「そして最後に!吉田!萩原!」
「へぇ?」
俺は思わず、大きな奇声を上げてしまった。まさか自分が呼ばれるとは思っていなかったからだ。俺の奇声に周囲は笑っている。
「どうした?萩原」
部長が言う。
「いや、陸・・・吉田はともかくなんで俺がベンチに入れるんですか?」
そう言うと、吉田が俺から言葉を奪うようにして続けた。
「そうです、萩原はともかくなんで俺がベンチメンバーに選ばれたんですか」
俺と陸は二人で顔を見合った。すると部長が笑いながら言った。
「細かく理由が知りたいってことか?それについては・・・後で教えるからこの後少し残ってくれるか」
なぜ今言ってくれないのだろうかと思いながらもベンチ入りメンバーの発表は終わった。そして周囲の人間が帰り支度をしている
タイミングで、陸が俺に近寄ってきた。
「おい、なんで俺たちがベンチに入れたのか、部長に聞きに行こうぜ」
そう言われて、二人で部長の元へと向かった。
「おお、お前たちか。なんで俺たちがベンチに選ばれたのか、みたいなことを聞きたいのかな?」
そう言われたので、二人で頷いた。すると、部長が話し出した。
「さっきあの場で話さなかったのはな、選ばれなかった人への配慮だ。ベンチ入りのメンバーを聞いていたか?一年で選ばれたのは
お前らだけだったんだぞ。それに対してこういう理由だから、なんて話すのはどうかなっていう配慮だったんだ」
「それは良いんですけど、なんで俺達なんですか?俺も萩原も、初心者ですよ?」
「なんだ、初心者はベンチ入りしちゃいけないのか?」
「いや、そうではなくて・・・」
「わかってるよ、なんで初心者の自分たちが選ばれたのかってことだよね?」
俺と陸はまた頷いた。
「よし、じゃあちょっと長くなるけど聞いてくれ。まずね、バスケって試合に出れるのが5人なわけだから、ひとりひとりが担う
重圧は大きいんだ。そこでなんだけど、同じ能力の選手がたくさんいても困るんだよ。例えばそうだな、足が速い選手が一人
いたとして、控えも全員足が速い選手にしておくかと言われたらそうじゃない。なぜなら、足が速い選手は一人いるんだから。
もしもそいつが怪我をした場合とかに備えて似たような能力の選手を入れておくことはあるけど、それは一人でいい。だから、
スタメン5人の代わりになれるような人が5人必要だったわけだ、ここまではわかるかな?」
部長が言わんとしていることはなんとなくだがわかった。それは陸も同じようだ。
「でだ、じゃあ残りの5人はどうするか、なんだけどチームとしては色んな事ができるようにしておきたいんだ。一つの戦い方しか
ないチームだったら、もしそれが通じなかったらどうするんだ?そこで、お前らが選ばれたんだよ」
ここで俺も陸も引っかかった。どういうことだ?俺達に何か特殊な能力でもあるのか?
「俺達に何か特殊な能力でもあるんですか?」
俺が思ったことを陸がそのまま聞いてくれた。部長が頷きながら、喋り出した。
「まず、吉田。お前はディフェンスの能力としてはまだまだだけど、実はチーム内で一番スティールの数が多いって
気づいてたか?」
スティールとは相手のボールを奪うことだ。そんなことでガードに選ばれるのだろうか。
「パスが主体のチームに当たった時、もしかしたら出番があるかも、ということでお前を選出したんだ、よろしく頼むぞ」
そう言われて、陸は頷いていた。というか、頷くしかできないと言った感じだった。
「そして、萩原。お前のインパクトは見学の時だな。フリースローを4本連続で決めたことが選出の決め手になった」
そう言われて俺は驚いた。4本連続でフリースローを決めるくらい誰でもできるんじゃないか?そもそも、全体で見ればシュートの
成功率は4割だぞ?なんて思っていると部長が続けた。
「全体で見れば、シュートの成功率は4割だ。だけど、お前は一回指導されてからのシュートの成功率は8割だ。この成功率は
NBAと比較しても凄いと言えるレベルなんだ、知らなかったのか?」
知るはずもなかった。今までバスケなんて漫画の世界でしか知らなかった俺からすると、NBAのフリースロー成功率なんて
知るわけもない。ましてや漫画の世界では、フリースローが描かれることはないし、描かれた場合は外れることが稀だった。
「だからってな、フリースローだけで選出したわけじゃない。そもそも、フリースローがもらえるのは試合でシュートの時に
ファウルをされた時だけなんだから。お前はフリースロー以外でのシュート成功率もかなり高いんだ。だから、外からの攻撃も
あるぞ、と相手に警戒させる為の人員として、選出させてもらった」
シュートの成功率が高い?そうなのだろうか。どうしても、自分だけで考えると比べる対象が漫画になってしまうし、だからと
いって誰かとシュート勝負をしようと言うのも気が引ける。
「もしも、ベンチ入りが不服だと言うならこの場で断ってくれて構わないよ。そのことに対して罰を与えたりってこともしない」
部長はそう言ってくれたが、そもそもベンチ入りをすることを悪いことだと思うわけがない。俺と陸は二人で首を横に振り、
「「そんなことはありません」」
と同時に言った。部長は笑いながら
「ベンチに入ったからって試合に出る機会があるとは限らない。とはいえ、ベンチにいなければ試合に出そうと考えることすら
できないんだから、よろしく頼むぞ」
と言って、俺と陸の肩を叩いた。
さて、入部して数ヶ月で重要な役を与えられてしまった。重要な役だと思っているのは自分だけで、実際には大したことでは
ないのかもしれないが。大会が始まるまでに、何かできることはないだろうか。そう考えていると、陸が話し出した。
「俺達、ベンチ入りしちゃったな。インターハイ前に、何かできることはないかな?」
同じことを考えていたようだ。真っ先に思うのはやはり練習だ。と言っても普段の練習をサボるわけにはいかないので、部活が
終わった後に個人的に練習をして今よりもできることを増やしていければいいのではないだろうか。だが、俺も陸も初心者なので
練習方法がわからない。どうしたものか。
「とりあえずさ、部長が言ってくれたことの期待には応えられるようにしようよ。俺はスティールを褒められたし、翔はシュートの
成功率を褒められたんだよな。だから、どっちもそれらを鍛え上げていけばいいんじゃないかな。俺は部活後に、個人的に
練習しようと思ってるんだけど、翔はどうする?」
「うん、俺もやるよ」
そんなことを話しながら、いつも通りの練習をこなした。そして、部活が終わった。
「今日から俺が片づけをしておくので、みなさんは先に帰って大丈夫ですよ」
そんなことを言っている陸の声が聞こえた。さすがに、練習するために残るというのは恥ずかしかったようだ。そして俺と陸以外の
部員が帰った時点で、練習を始めた。まず俺は、シュートの練習だ。シュートの成功率を上げることで貢献できると言うので
あれば、シュートをたくさん打つしかないと思った。たくさん打って、良かったものを覚えていけばシュートの成功率は上がる
だろう。そして、陸だ。陸の方は正直、練習法が思いつかなかった。スティールの技術は、一人で身につけられるものではないし、
二人だって無理だ。例えば俺がドリブルをしているところをスティールすることで多少は意味があるかもしれないが、俺は素人に
毛が生えた程度のものなのだからスティールができるのは当たり前だし、それではパスを奪うことには繋がらない。
「とりあえず、反射神経を良くして行けばいいような気はするから、不意に壁に向かってパスしてくれないかな。それを俺が
スティールできれば普段のパスでもスティールできる確率は上がるかもしれないから」
陸が言った。そんな練習に意味はあるのだろうか、と思いながらも他に方法がないので試してみた。そして、30分ほどやった時点で
外から声が聞こえた。
「お前ら、何やってるの?」
そこには、部長ともう一人の先輩、内藤さんの姿があった。勝手なことをしていたことを怒られる。そう思い俺と陸は黙り込んだ。
「もしかして、秘密の練習ってやつ?」
部長が言ってきた。頷く、俺と陸。

「よし、部長の俺と内藤が練習を見てやろう」
そう言いながら、近づいてきた。部長や先輩の内藤さんに練習を見てもらえることは嬉しい。だがそこまで迷惑をかけていいの
だろうか。そんなことを考えていると、陸が言った。
「いえ、そんな、ご迷惑をおかけするわけにはいきません」
その言葉を聞いて、部長と内藤さんは顔を見合わせて笑い出した。どうしたんだ?と思っていると部長が話し出した。
「二人は、うまくなるために練習をしているんだろう?その練習を部長と先輩が見ることのどこが迷惑なんだ?それって、すごく
普通のことじゃないか?」
「そこだけ切り取ったら普通に聞こえますけど、もう部活の時間は終わってるんですよ?それに付き合わせるのは迷惑じゃ
ないですか」
「そうだね、そこだけ切り取ったら迷惑に聞こえるかもね。でも、俺達からしたら君達二人が試合でミスをすることがある方が
迷惑なんだ、この気持ちはわかってくれるかな?」
それはそうだろう。いざ試合に出させてもらって、その場でミスをしたら取り返しのつかないことになる。
「屁理屈のように聞こえるかもしれないけど、君達のレベルアップはチームのレベルアップになるんだ。チームをレベルアップ
させることに部長と三年の内藤が頑張ることは全然おかしなことじゃないだろう?それとも、先輩には秘密の練習だから見せたく
なかったのかな?」
そんなことがあるはずはないので俺と陸は首を横に振った。
「それじゃ、練習を見てあげようじゃないか。あ、こんな言い方だと偉そうだって?じゃあ頭を下げればいいかな?」
そう言って、部長が頭を下げようとしたので俺と陸は必死で止めて、
「そんなことしないでください!ぜひ、練習を見てください!お願いします!」
と言いながら深々と頭を下げた。
「うん、じゃあ今までどんな練習をしていたか、教えてくれるかな」
ここで俺と陸の練習方法を説明した。説明を聞き終えた上で、部長が話し出した。
「二人とも、長所を伸ばそうという姿勢はいいと思う。できないことをできるようになるには時間がかかるから、今できることの
精度を上げていこうっていう考え方は合ってるよ。でも、練習の仕方が合ってないな。まず、吉田君。正直に言って、君にできる
ことはあまりない。スティールの成功率なんて、いかに反射神経が優れているか、やその状況で変わってくる。状況を作ることは
可能かもしれないけど、反射神経なんてそれこそ一朝一夕でどうにかなる問題じゃないよ」
確かに、部長の言う通りだ。反射神経を鍛えよう!と思って鍛えられるのであれば誰だって鍛えている。
「そして、萩原君。君のもあんまり良くはないな。シュートを打てば成功率は上がってくるかもしれない。でもそれは何万本も
打った後に自然についてくるものなんだ。だから、闇雲にシュートを打ったからってどうにかなるものでもないかな」
確かにそうだ。部活の練習後の時間なんてせいぜい1,2時間なわけで、そこで何万本ものシュートを打てるわけがない。
こうなってくるとどうしたら良いのだろうか。そう考えていると、内藤先輩が口を開いた。
「高橋…あ、部長は結構きついこと言ってたけどさ。じゃあどうするんだよって心の中で思ったよな?」
それはそうだが、ここで頷くのは部長に失礼な気もする。そんなことを考えていると内藤先輩が続けた。
「今さ、この場に四人いるんだから、二対二で対決しようぜ。試合の感覚は、試合でしか得られない。で、君達二人にはその試合の
経験が圧倒的に足りないだろ?二対二の感覚に慣れちゃうのもまずいことではあるけど、何もしないでいるよりかは良いと
思うよ?」
練習後の1,2時間で大した経験が詰めるとは思えないが、先輩の言っていることの方が正しいように思えた。大した経験が
詰めないと言うのであればシュートの練習もスティールの練習も同じだ。ここは初心者の自分たちが考えた練習方法より、先輩の
考えた練習方法に従うべきだろうと思いそれからは二対二の試合を行った。もちろん、試合の結果では先輩たちに勝てるわけは
ない。たまに俺と部長で組んだり、俺と内藤先輩で組んだりすることもあったので、勝つこともあるが俺と陸が組んだ時は正直に
言って手も足もでないという状況だ。だが練習後に二対二での試合をして思った。やはりバスケは楽しい。シュートの練習も
楽しいし、部活でやるようなパスの練習なんかももちろん楽しいが、やはり試合には勝てない。