「お前ら2人ともうっとおしいんだよ!」


怒鳴り声と同時にあたしの横にあったボール入れのカゴを思いっきり蹴られて、ガンッという大きな音が、体育館倉庫内に響いた。


あたしは大きな音にビクリと身を縮め、隣で小さく丸くうずくまっている右近美緒(ウコン ミオ)の体を抱きしめた。


元々小さな美緒の体は小刻みに震えていて、更に小さくなってしまったかのように感じられた。


倉庫と隣接している体育館からは誰の声も聞こえてこなくて、今日はすべての部活動が休みの日なのだと思い出した。


今体育館倉庫の中でどれだけ声を上げても誰にも気がつれないということだ。


あたしと美緒の前の前にいる3人組は、そのことを重々理解した上で今日あたしたちを体育館倉庫へ呼び出したのだ。


そう理解すると同時にスッと血の気が引いていくのを感じた。


いつも人にバレることを懸念している山家咲(ヤマイエ サキ)が容赦なくて音を立てているのを見て、これから起こる出来事が今まででもっとも最低なものになる予感が
した。


「黙ってないでなんとか言えよ」


一歩近づいて、凄みのある声で言ったのが咲だ。


咲はサラサラのショートカットで整った顔立ちをしている。


誰がどう見ても美少女だが、目はつりあがって表情はとても冷たい。


顔が整っているから、余計に恐怖心を掻き立てられる。
「ご、ごめんなさい」


なにも言えずに咲を見つめていたあたしに、美緒が言った。


咲たちの視線が一斉に美緒へ向かう。


咲以外にここにいるのは三枝真里菜(ミエ マリナ)と二岡光(ニオカ ヒカル)の2人だった。


2人とも同じ2年A組のクラスメートで、咲の腰ぎんちゃくだった。


「真里菜」


咲に名前を呼ばれて、真里菜が一歩前に出た。


そしてポケットの中からカッターナイフを取り出す。


それを見た瞬間あたしと美緒はかすかに震えた。


真里菜がカチカチとわざとらしく音を立てながらカッターの刃を出していく。


カチカチカチッと倉庫内に響く音に、あたしは咄嗟に美緒の手を掴んでいた。


小さくて柔らかな美緒の手は震えている。


カッターを握り締めた真里菜があたしたちの前に腰をかがめた。


そして品定めをするようにあたしと美緒を交互に見つめる。


それはまるで、これからどちらにカッターを突き立てるか思案しているように見えて、あたしは咄嗟に視線をそらせた。


その瞬間、真里菜のスカートに視線が行った。


この学校の制服で間違いないが、真里菜のスカートのすそあたりには紺色のラインが一本入っている。


スカートの地の色も紺色だからよく見ないとわからないけれど、それはひとつ前のデザインの制服だった。
そのことが気になってそっと視線をあげてみると、上着もあたしたちが着ているのと少し違うことがわかった。


たとえば胸ポケットに入っているラインの数とか。


ブラウスの襟の形とか。


真里菜が身に着けているそれらはすべて、古いデザインのものなのだ。


どうしてなのだろうと疑問を感じたとき、真里菜と視線がぶつかった。


真里菜は顔を真っ赤にしてあたしを睨みつけている。


その表情に驚き、あたしは今度は地面に視線を向けた。


そのやりかたが不自然になってしまい、真里菜がチッと舌打ちするのが聞こえてきた。


心臓が早鐘を打ち始めて、背中に汗が流れていく。


真里菜の手にはしっかりとカッターナイフが握り締められていて、絶体絶命の状態だ。


でもまさか本当に刃物で攻撃してくることはないだろうと考えて、あたしは咲と光へ視線を向けた。


咲はおもしろいものを見つけたときの子供のような視線をこちらへ向けている。


次に真里菜がなにをするのか、ワクワクしながら待っているようだ。


光は手鏡を取り出して自分の顔を気にしていた。


またニキビが増えたと、今日の休憩時間に愚痴っていたことを思い出した。


光はあたしや美緒よりも、自分の顔のニキビに関心があるのだ。
だけど、2人ともあたしたちを助ける気はさらさらなさそうだ。


「どこ見てんだよ!」


真里菜の怒号にビクリと体を震わせた。


視線を戻すと、真里菜はすでにカッターナイフを振り上げている状態だった。


「このクズ女が!!」


真里菜が叫んでこちらへ向けてカッターを振り下ろす。


蛍光灯の光で刃がギラギラときらめいて、それはあたしの終わりを告げているように思えた。


咄嗟に体を転がして横によける。


しかしここは体育館倉庫の中だ。


少しよけただけで積み上げられている運動用マットとぶつかってしまった。


他にもボール入れのカゴや跳び箱などがあたしの行く手をさえぎっている。


どうしよう。


これじゃ逃げられない。


万が一真里菜が本気で襲ってきたら逃げられない!


背中にマットの存在を感じながらジリジリと迫ってくる真里菜を凝視する。


とにかく、真里菜から視線を離しちゃいけない。


真里菜が攻撃をしかけてきた瞬間に逃げないといけないんだから。


あたしはゴクリと唾を飲み込んで真里菜を見つめた。


真里菜の目はカッターの刃と同じようにギラギラ輝き、獲物を追い詰めているように見えた。
「やれ!!」


咲が叫んだ瞬間、真里菜が頭上にカッターをかかげた。


そして間髪いれずに振り下ろす。


逃げようと視線を移動した先にいたのは、咲だ。


咲はニヤついた笑みを浮かべてあたしの逃げ道に立ちふさがった。


逃げられない!


恐怖から大きく息を吸い込んで、咄嗟に身をかがめていた。


今のあたしにできることはそれくらいのことだった。


身をかがめ、頭をガードして息を殺す。


「あああああ!!」


真里菜の叫び声が聞こえてくる。


「あははははっ!」


咲の笑い声も聞こえてくる。


あたしはギュッときつく目を閉じて痛みを待つしかなかった。


そして……ザクッ!


カッターの刃がどこかを切り付ける音が聞こえてきた。


それは肌を切り裂くとても不快な音。


しかし、いつまで待っても痛みは襲ってこなかった。


あれ……?
疑問を感じて恐る恐る目を開けると、そこにはあたしをかばうように立ちふさがる美緒の姿があったのだ。


美緒は体を曲げて震えている。


「美緒!?」


あたしは咄嗟に声を上げて美緒の体を後ろから抱きしめた。


確認してみると、美緒の制服の上着が切り裂かれているのがわかった。


美緒は真っ青になっていて、今にも倒れてしまいそうだ。


「なんだよお前。なんで邪魔するんだよ!」


真里菜は叫び、ブンブンとカッターナイフを振り回す。


あたしと美緒はそれから逃げるように身をかがめ、出口へと向かった。


だけど、もちろんここの鍵はしっかりとかけられている。


通常のカギなら内側、外側の両方から開閉できるようになっている。


しかし、咲たちが内側に南京錠をかけてしまっている状態なのだ。


南京錠のカギは、もちろん咲が持っている。


どうしてそんなものを持っていたのか、聞かなくてもわかった。


全部、あたしたちをイジメるために用意したのだ。