トラブルは突然やってきた。
 なんだこんな若造を寄越してバカにしてるのか。話にならない。上司を呼んでこい上司を。
 あまりにテンプレートなコンプレインを浴びせかけられ、渉(わたる)の頭は凍りついた。

 渉が初めて単独契約にこぎつけた取引先の社長さんが「今期黒字だったから設備投資を考えているらしい」と紹介してくれた企業だった。
 まずは電話をして丁寧にアポイントを取り、今日訪問したわけなのだが。

 渉の父親よりもずっと年配らしい社長は、渉が差し出した名刺を放り投げて吐き捨てた。もっと話のわかる奴を寄越せ。
 肝心の話はまださせてもらっていないのに。しどろもどろな頭の中でマニュアルを開き、どうにかこうにか対応する。
 三和鉄工の社長様からご紹介いただいたのは私ですので、まずは私にお話をさせてください。そのうえでご要望など、帰社後に上司に伝えさせていただきます。

 しかし目の前のガタイのいい年配者は、若造の話なんか聞いても無駄だ、とにかく上司を呼べ、の一点張りだ。
 渉はすごすご係長に助けを求めざるを得なかった。驚いたことに駆けつけてきてくれたのは係長ではなく営業部トップの部長だった。

 いやいや別に高山さんが悪いわけじゃないんだよ、彼はまったく悪くない。もちろん担当は彼でかまわないよ。優秀そうな人だもの。
 渉にはまったく心当たりのない「部下の非礼」を部長が詫びると、社長はころりと態度を変えた。渉にはわけがわからなかった。

「役職のついた人間に頭を下げさせたかったんだろ。よくあるコンプレだ。おまえは何も悪くない」
 会社に戻ると、居室にいた先輩営業マンたちが口々に声をかけてくれた。もう皆知っていたのだ。
「事故だよ、事故。気にするな」
 川村にバンバン背中を叩かれて渉は力なく頷く。
「部長は何か言ってたか?」
「何も」
「だろ。おまえのせいじゃないんだから気にするな」

「高山はコンプレもらうの初めてだもんな」
 清水が眉を寄せながら渉の顔を覗き込む。
「そうだっけ? オレなんか何件あったやら」
「おまえのは正真正銘のクレームだろうが! 気ぃつけろや」
「最近めっきり減ったじゃないっすか」
 能天気な遠藤のぼやきを聞いているといくらか気分は落ち着いたが。

 日報に経緯を記して係長に提出すると、担当を続けるかと問われた。もちろんここで誰かに代わってもらいたいだなんて弱音は許されないだろう。渉はやりますと答えた。前向きな気持ちでだった。