「もう、俊(しゅん)くん。高山さんは会社の人。お世話になってるんだからそんな口の利き方しないで」
「すごく仕事ができてステキだって話してたヤツ?」
「や、その人とは違うけど」
 心なしか慌てた様子で茅子は青年から離れ、渉(わたる)に向かって頭を下げる。

「ごめんなさい。弟が生意気な口利いて」
「弟、さん……」
 茅子の生い立ちを聞いて、そうなのだろうなと当たりをつけてはいた。高校生だそうだが、大人びていて二十歳はすぎているように見える。
 茅子に背中を叩かれて俊は気持ちだけ渉に向かって頭を下げた。

 これまたいつものように通路を連れ立って歩きだしたものの、茅子を挟んで反対側から俊はずっと渉を睨み続けている。
「あの。本当にありがとうございました。お疲れさまでした」
「うん、お疲れ。また明日」
「はい。また明日」
 渉が乗る私鉄線の改札前でいつものように挨拶する。

 にっこり笑顔の茅子の頭越しに鋭い目線を渉に向けつつ、俊は姉の肘を引いた。
「早くいこ」
「はいはい」
 遠ざかっていく姉弟の背中を見送り、渉は大きく息を吐き出した。なんなんだ、この緊張感。

 へなへなと腰を落としそうになっていたまさにそのとき、膝カックンをされて渉は崩れ落ちそうになった。
「おかえり? お兄ちゃん」
 背後から見上げてくるのは妹の真美だ。高校のジャージのズボンにTシャツ姿でスポーツバッグを肩から下げている格好は、茅子と同じだ。

「今日も部活か」
「うん。バスケ部が勝ち進んじゃって。それよりさ」
 渉と並んで、通路の先に顔を向けながら真美はくりっとした目を更に丸くした。
「あれ、増田先輩でしょ」
「先輩?」
「うちの三年生。生徒会メンバーで、SDGs達成のための推進活動とかバリバリやっててすごいんだよ」
「へえ」
 改めて渉が目を向けた頃には、茅子と俊の姿は見えなくなっていた。

「お兄ちゃん、先輩と知り合いなの? 一緒に歩いてたの、うちの高校の子?」
「違うって。俺の職場の人」
 お姉さんなんだって、と言おうとして渉は思い留まる。俊は里子だというし、やたらと話していいことなのか。

「ああ、増田先輩って〈ひまわり〉出身なんだよね。そっち関係ってこと」
「知ってるのか」
「有名だよー。里親の名前は星野さん、だったかな。僕がこうして勉学に励めるのも里親制度と星野のお父さんお母さんのおかげです、みたいな発表してたもん」
「そうか……」
 なんというか、たくましい。