「つまり、この像は、致命的にバランスが狂ってるって事だ。いくら細部のできが良くたって、これじゃあ台無しだな」

「なかなか厳しい事言いますねえ……あ、もしかして、この像を作る時にモデルになった子が、実際にこういう体型だったという可能性もあるんじゃ……」

「こんなたくましい肩幅の子どもがいてたまるか」

「えー、いるかもしれないのに……」

 口を尖らせながら不満げな星乃。

「蓮上先輩は、この像の事が気に入らないんですか? さっきから貶してばっかりですけど」

「ああ、気に入らない。こんな出来損ないみたいなものが、いっぱしの作品として扱われて、ここに置かれてるって事が。他にまともなものがいくらでもあったはずだ。よりによって、なんでこれなのかって」

 言いながら、苛立ちが表に出てしまった事に気付く。それを誤魔化すように、軽く咳払いした後で星乃に水を向ける。

「それにしても、こう言ったらなんだが、君は本当に美術部員なのか? この像の致命的な狂いにも気づかないのに?」

「そう言われましても……バランスがおかしいとしても、私はこの像の事を綺麗だと思ったんです。そういう事ってありませんか? ほら、ミケランジェロの作った女性像だって、なぜか男性みたいにたくましい体つきなのに、世間では評価されてるし。人体に忠実かどうかっていうのはたいした問題じゃないと思うんですよ。うんうん」

 さすがに俺でもミケランジェロくらいは知っている。ダビデ像やピエタなんかを制作した超有名芸術家だ。
 まさかこいつ、巨匠の作品を引き合いに出して、自身の見る目のなさを誤魔化すつもりなんじゃないだろうな……?
 疑いの眼差しを向けると、何を勘違いしたのか星乃は照れたように「えへへ」と頭を掻いた。褒めてないぞ。

「それで、蓮上先輩は私にこの像を見せてどうしようと思ったんですか? 感想を聞きたかっただけ?」

「実は、知りたい事があって……」

「知りたい事? なになに? 聞きたいです。教えてぷりーず」

「……この像は最初からこの場所に設置されるって決まってた。それは学校側も作者もお互い了承済みだったはずなんだ。けど、実際に像がここに置かれると、作者は『位置が違う』って言った。ここに置かれるはずじゃなかったって。変な話だと思わないか?」

「ほほう。たしかに不思議ですね。ふしぎふしぎ。自身の作品が風雨に晒されて傷むのが嫌だったとか? 最近は酸性雨の影響なんかも心配ですしね。でも、それなら最初の時点で了承しないだろうし……うーん、わかりません。それで、その作者の言葉って、結局どういう意味だったんですか?」

 俺は肩をすくめる。

「それがわからないから美術部員に助言を貰おうと思ったんだ。『位置が違う』。それなら正しい『位置』とはどこなのか。美術に詳しい人物なら何かわかるんじゃないかって」

「だったら私なんかに聞くよりも、作者に直接真意を尋ねたほうが早いような」

「尋ねたくても無理なんだ」

「どうしてですか?」

「この像の作者は、もうとっくにこの世にいない」