状況としてはやっぱり気になってしまうので、卓人の背中から覗こうと思ったが、卓人に腕を掴まれ阻止される。
チラリと振り返った卓人は唇に人差し指を添えて見せた。
静かにしていろってことなのだろう。
状況を楽しんで周りが見えていないと思っていたが違ったのだ。そのことに少し安堵する。私を庇う余裕と優しさはあるみたいだ。
仕方なく、おとなしく後ろに居ることにした。
「な、なんのことだ?」
卓人の呼び掛けに相手が答えた。
男の声だと分かる。かなり狼狽えているようだ。
「あれ、おかしいね、とぼける気?僕にはもう分かってるけどね。君がやったんじゃないの?ガソリンの臭いがあたりからしているじゃないか」
「な、何のことかさっぱり分からんなっ…俺は…何も知らんっ…偶然ここを歩いていただけだっ」
まくし立てる声に狼狽えと、怯えが混じる。
まさか、卓人くん?
「そうかな?…けど、言い訳しても意味の無い状況なんだよねぇ…いま、何時か言ってみなよ。君なんでしょ?あと、臭いよ。服からも滲み出てるみたいだ」
やっぱりだ。完全に相手を煽ってる…。そんなことしたら逆上して何されるか分かったもんじゃない。無意識に足が後ろに下がる。
卓人はすぐに私の行動に気づき、私の腕を再度掴んだ。
「さっきからお前ぇ…俺じゃねぇって言ってんだろっ!!!」
男は叫んだ。
静かな夜の住宅地に男の声だけが響いた。
絶対、敏感な人は起きてしまったはず…。
どうか、誰も見ないで。
気づけば、男が何かを振り上げたのが見えた。
「里未さんっ!!」
卓人は掴んでいた私の腕を引っ張り、思いっ切り突き飛ばされた。
飛ばされた私は当然、道路に叩きつけられた。
「いたっ!」
とっさのことで驚いたけど、助かった、のかな。
全身が痛くて、すぐに起き上がれることが出来ないけど。
私は頭だけ上げて、卓人の方をみる。
何も持っていなかったはずの、手に刃物が握られていた。
あれはきっと、相手の男が振り上げていたものを奪い取ったに違いない。証拠に相手の男の手には刃物が無い。
さらに卓人は男の顔面に靴底を押しつけ、刃物を男の喉のギリギリの場所で止めてあった。
私はさっきの一瞬に起きた逆転劇に驚くと同時に冷や汗が背を流れる。
いつの間に!!
「た…卓人くんっ!だめだよ!殺さないで!」
私はとっさに声を上げていた。