白魔法が使えない回復術士は要らないと言われたので、実家を召喚出来る城魔法を使って、異世界スローライフ


 猫耳の中年男性がアーニャの名前を叫びながら抱きしめる。
 アーニャもお父さんと呼んでいるから、間違いないだろう。

「アーニャ、ここはどこなんだ?」
「えっと……」

 アーニャが困った様子で俺を見てきたので、これまでの経緯を説明する。

「つまり、アーニャがこの国へ飛ばされ、リュージさんに助けてもらったと」
「うん。で、リュージさんが召喚魔法で、お父さんを呼んでくれたの」

 俺が最初に異世界へ呼ばれた召喚魔法――サモン・コールを使って、アーニャの父親が召喚出来てしまった。
 つまり、家族の名前を聞けば……

「サモン・コール。フェオドラ=スヴォロフ!」
「サモン・コール。ナターリヤ=スヴォロフ!」

 アーニャのお母さんと妹が現れた。
 だが、どちらも顔色が悪く、地面に倒れている。

「皆、手伝って! 急いで二人をクリニックの中へ!」

 二人を急いでベッドへ寝かせると、

「診察!」

 家族の前で申し訳ないけれど、お母さんと妹さんの胸元に手を入れ、スキルを発動させた。

『診察Lv2
 状態:七日呪い(弱)』

『診察Lv2
 状態:瀕死。七日呪い(抵抗)』

 お母さんも妹さんもアーニャと同じ呪いに掛かっている上に、妹さんは瀕死って!
 急いで倉魔法からクリア・ポーションを出して二人に飲ませるが、お母さんは少しずつ飲んでくれているものの、妹さんはダメだ。薬を飲む力も無いらしい。

「アーニャ! この薬をお母さんに飲ませておいて!」
「はいっ! あの、ナターリヤは……?」
「俺が何とかするっ!」

 一刻一秒を争う状況なので、クリア・ポーションを口に含むと、無理矢理口移しで妹さんに押し込む。
 少しすると小さく喉が動き、暫くすると、妹さんが自ら舌を俺の口に入れて薬を求めてくるようになった。
 これなら、後は普通に飲んでくれるだろう。
 命の危機だからと咄嗟に動いたけれど、冷静になって考えてみると、今の状況は結構恥ずかしい。
 口移しで薬を飲ませた上に、今はその薬を求めるが故に、口の中で互いの舌が絡め合うようになってしまっている。
 早く離れなければと顔を離そうとしたのだが……何故か顔が動かない! 誰かが俺の頭を抑えつけている!?

「んーっ!」
「ナターリヤ! リュージさんが困っているでしょ!」
「そうだよっ! 元気になったのなら、お兄さんを離してよっ!」

 叫びにならない声をあげていると、アーニャとセシルの声が聞こえ、ようやく頭が動くようになった。
 改めて妹さんを見てみると、すっかり顔色が良くなっている。
 お母さんも顔色が良くなっているので、一先ず確認だけさせてもらおう。

「お二人とも申し訳ないのですが、少しだけ触りますね。あ、医療行為なんです! その、俺は一応医者というか薬師なので」
「リュージさんは、沢山患者さんを救ってきた人なの。私も手伝ってきたし、これは本当よ」

 アーニャのフォローもあって、再び胸に触れさせてもらい、

『診察Lv2
 状態:病み上がり。呪い無効化(二十四時間)』

 二人共、状態が病み上がりに代わっていた。

「良かった。二人とも、呪いは解除されました」
「呪い……ですか? 私は病気だって言われて、入院していたんですが」
「なるほど。お母さんの方は、呪いが少し弱まっていました。入院していたのも無意味では無かったのではないかと」

 一先ず、お母さんに推測を伝えると、突然背中から誰かに抱きつかれる。

「さっきのキスでお兄ちゃんが治してくれたんだねっ! 本当にありがとうっ!」
「君は本当に危ない状態だったんだ。間に合って良かったよ」
「ウチは病院に行って、一応薬は飲まされていたけど、もう手の施しようが無いって言われてて……」
「でも、その薬のおかげで、こうして間に合って、君を助ける事が出来たんだ」
「うんっ! あ、ナターリヤ……ウチの事は名前で呼んでねっ! お兄ちゃんっ!」

 その直後、一旦背中から離れたナターリヤが、俺の正面で背伸びをして、

「大好きっ!」
「あぁっ! お兄さんにっ!」
「な、ナターリヤっ! 父さんの目の前でぇぇぇ」

 今度は医療行為ではないキスをされてしまった。

「ふふっ。ウチの騎士様、みーつけたっ! 格好良いし、ウチより少し年上で、命の恩人で……ウチ、お兄ちゃんと結婚する!」

 再びナターリヤが俺に抱きつき、キスしてきた。
 女の子特有の柔らかさが俺を包み込み、優しい香りが鼻をくすぐってくる……って、この子はアーニャの妹だし、何歳差だと思っているんだ。

「ナターリヤ。そういうのはまだ早いだろ」
「まぁ、貴方。ナターリヤはもう十八歳なんです。恋愛くらいして当然です!」
「お、お前まで……だが、せめて父さんの居ない所でしてくれないか?」

 ご両親が――特にお父さんが困惑する中、当のナターリヤは、

「ムリムリ。恋する乙女は誰にも止められないもん!」

 そう言って、再び俺の胸に顔を埋めてくる。
 しかし、ナターリヤは見た目が中学生だけど、十八歳なのか。
 そういえば、アーニャも見た目に反して二十歳だっけ。

「ちょっと待ってっ! お兄さんは……お兄さんは、ボクのお兄さんなんだもんっ!」
「セシル!? 何を!?」
「やだっ! お兄さんはボクと一緒に居るの!」

 ナターリヤに対抗するようにして、何故かセシルまで俺に抱きついてきた。
 もう本当に訳が分からないんだけど。
 お父さん――ミハイルさんもオロオロしているし……

「って、ミハイルさん。今、召喚しちゃって大丈夫でした!? 仲間と一緒に戦闘中とかではありませんか!?」
「それは大丈夫だ。魔王城付近の森で休憩していた所だからな。だが、突然俺が居なくなった事で、混乱はしていそうだが」

 一先ず、今すぐ危険な事は無いと聞いて安堵する。
 ナターリヤとセシルへ真面目な話をすると説明し、一旦離れてもらって皆でリビングへ。

「ミハイルさん。先程、奥さん――フェオドラさんとナターリヤさんを……」
「お兄ちゃん。ナターリヤって呼んで」
「……ナターリヤを召喚した後、二人が苦しんで居た理由に心当たりはありませんか? 二人……いえ、アーニャを含めて三人とも強力な呪いが掛けられていたんです」

 真面目なトーンだからか、ナターリヤが甘えるようにして呼び方だけを訂正するに留まってくれた。
 いや、本来は呼び方も、どうでも良いと思うんだけどさ。

「呪い……ですか。可能性があるとすれば、私たちが魔王の側近を倒したからですかね?」
「魔王の側近?」
「えぇ。魔将軍とか呼ばれてたかな?」
「そんなのを倒すなんて、本当に凄い……あれ? という事は、ミハイルさんの家族だけでなく、一緒に魔将軍を倒した仲間の家族も同じ呪いに掛かっているのでは!?」
「何だって!?」

 それに気付いてからは、とにかくスピード勝負だった。
 ミハイルさんの二人の仲間の名前を聞いて召喚し、混乱する二人に事情を説明して、また家族の名前を聞いて召喚して……薬を沢山用意しておいて本当に良かったよ。
 呪いを受けていた人たちは、やはりアーニャの様に知らない場所へ飛ばされ、呪いによって苦しんで居たらしい。
 全員助ける事が出来たて良かったものの、大所帯になってどうしたものかと思っていると、不意にいつもの声が頭に響く。

――英雄たちの家族を救った事により、貢献ポイントが百ポイント付与されました。貢献ポイントが一定値を超えたので、城魔法の改修及び増築が行えます。リストから一つ選んでください――

 それから銀色の枠が現れ、実家の増改築リストが表示された。

『城魔法、改修及び増築リスト。
 拡大又は機能UP:診察室・調剤室・待合室・リビング・キッチン・お風呂・屋根裏
 部屋数追加   :三階』

 以前に表示されたリストと、ほぼ同じ内容が表示された。
 現在、俺、セシル、アーニャの三人に加えて、アーニャの家族三人と、ミハイルさんの仲間が二人、その人たちの家族が四人で、合計十二名という大所帯になっているので、三階の部屋数追加を選択する。

――城魔法の増築を行いました。三階に部屋が追加されました――

 特に音もしなかったし、振動すらなかったけど、増築が完了したらしい。
 皆を連れて三階へ上がると、

「あれ? お兄さん。三階が広くなってない?」
「貢献ポイントが溜まったから、三階の部屋を増やしたんだ」

 部屋の扉が六つに増えていた。
 二階よりも三階の方が広い気がするけど、魔法的な力でどうにかなっているのだろう。
 全員でリビングに居るのも大変だし、それぞれの部屋に各家族を割り当て、自由に使ってもらう事にした。

「じゃあ、ボクはお兄さんの部屋に行こーっと」
「ウチもお兄ちゃんの部屋へ行くー」
「ナターリヤ……ナターリヤァァァッ!」

 セシルはいつも通りなんだけど、ナターリヤが俺の部屋に入ろうとして、廊下にお父さんの悲しい叫び声が響く。
 お父さんの気持ちは良く分かるので、ナターリヤには家族水入らずで過ごしてもらうようにお願いしておいた。

「そうだ。セシル、ミアさんに貰った魔法の手紙を一つ使っても良い?」
「良いけど、ミアに何を伝えるのー?」
「アーニャの家族が見つかったっていう話と、他の家族も含めて、元の国へ帰れるようにしてあげられないかと思って」
「そっか。ミアがアーニャの家族を探してくれているもんね。じゃあ、ボクが書いて送っておくよー」

 ミアさんへの連絡をセシルに任せ、今日の所は皆で楽しく食事をしようと思い、

「そうだ! BBQだっ!」

 良いアイディアが閃いた。
 日本では実現出来なかったけど、複数の家族が集まって、庭でBBQをするのって夢があると思わない?
 ある意味、そこら中全てが庭という環境の中で、ミハイルさんの仲間の魔法使いが無駄に大きな炎を起こしてくれたので、直火で肉や野菜を焼いて食べ、皆で楽しむ。
 そう、俺は休日にこういう事がしたかったんだよな。
 ブラック企業に就職してしまったし、そもそも休日が無かったから、出来なかったけどさ。
 人生初の家の前でのBBQを満喫した後は、割り当てたそれぞれの部屋hw。

「セシル、おやすみ」
「お兄さん、おやすみ」

 BBQではしゃぎ過ぎ、すぐに睡魔に襲われると、ナターリヤと二回もキスをしたからか、夢の中でセシルと濃厚なキスをしている。
 恥ずかしそうに頬を赤らめたセシルからの、遠慮がちなキスから始まり、大胆になったセシルが舌を……って、なんて夢を見ているんだっ!
 流石にこれは起こり得ないだろうと、自分の夢にツッコミながら目覚めると、何故かすぐ傍にセシルの顔があって、思いっきり目が合ってしまった。
 何故、セシルの顔が俺の顔のすぐ横に?
 状況が理解出来ずに居ると、いつの間にかセシルの顔が消え、毛布の中でセシルが小さくなっていた。
 俺が寝ぼけていただけだと思うんだけど、起きてからセシルが目を合わせてくれないのは何故だろうか。

「リュージさん。ついに、セシルさんと……」
「アーニャ、何の話っ!?」

 何故かアーニャに生温かい目で見られながら朝食を済ませた所で、ミアさんが現れた。
「セシル。アーニャさんの家族が見つかったの?」
「うん。正しく言うと、お兄さんが魔法で呼び出したんだけどね」
「魔法で呼び出した? どういう事?」

 ミアさんたちが顔を見合わせているので、一先ず俺が魔法を使えるようになった経緯を説明してみた。

「凄いわね。召喚魔法まで使えるなんて。というか、召喚魔法って名前を知っていれば強制的に呼べちゃうのね」

 そうなんですよ。俺なんて拒否権もなく、強制的に異世界へ呼ばれたんです! ……って、言いたいけど言えないのが辛いところだ。
 ……ん? 待てよ。アーニャの家族や、ミハイルさんの仲間や家族も、確かに名前だけで呼べてしまったな。

「あの、どなたか魔王の名前を知っている人って居ませんか?」
「魔王の名前なら、俺たちじゃ無くても誰でも知ってるぜ。魔王アブラアム=レガツォーニ……魔法を使って、全世界に宣戦布告してきたからな」
「なるほど。ミアさん、今からありったけの戦力を集められませんか?」

 俺の意図が分からず、キョトンとしながら首を傾げるミアさんに、召喚魔法の特性――名前さえ分かれば、強制的に呼べてしまう事と、俺が思い付いたアイディアを話してみる。

「つまり、予め最高戦力を招集しておいて、そこへ魔王を召喚。皆で総攻撃するって事?」
「はい。街からはもう少し離れた方が良いかもしれませんし、もしかしたら魔王は召喚魔法をブロック出来るかもしれませんが」
「いえ、やってみる価値はあると思うわ。予め準備出来る所が最高で、これなら国の騎士隊を遠くの魔王城まで派遣する必要もないし、最悪ブロックされても謝って済むレベルですもの。やってみましょう!」

 ミアさんから、アーニャの家族を元の国へ戻す件について、国レベルでサポートするという事と、昼過ぎに南東の平原で集合という話があって一旦解散に。

「セシル、アーニャ。午後から魔王と戦う事になっちゃったから、皆は城魔法の家の中で待ってて」
「お兄さん! ボクも戦うよー! 魔法なら得意だし、遠くからでも攻撃出来るからね」
「そっか。でも、決して無理しないでね」
「もちろん! お兄さんの傍に居るよ」

 そう言って、セシルが抱きついてくる。

「私は後方支援で……」
「ありがとう。じゃあ今から時間ギリギリまでポーションを作るから、アーニャは怪我をした人が居たら、そのポーションを渡してあげて欲しいんだ。もちろん、後方でね」

 皆で南東へ移動すると共に、全員で薬草摘みを始め、待ち合わせ場所に着くと、大量の薬草をひたすらポーションにする。
 暫くすると、遠くから地鳴りのような大きな音が聞こえてきて、

「お待たせー! この国と周辺国も巻き込んで、一万の騎士と宮廷魔術師を連れて来たわよー!」

 ミアさんが数え切れない程の人を連れてやってきた。
 それから、陣形と戦術の確認、そして準備。
 召喚予定の場所を騎士やミハイルさんたちが取り囲み、その周囲を弓兵。さらにその周りを大勢の魔術師やセシルが取り囲む。
 手筈としては、先ず俺が召喚魔法を使い、魔王を直接見た事があるというミハイルさんたちが、本物の魔王かどうかを確認する。
 俺の時みたく、万が一間違いだったら洒落にならないからね。
 で、魔王だった場合は、それまでに魔力を練っておいた魔術師たちが一斉に魔法を放ち、次いで弓兵たちが矢を。状況見合いで前衛の騎士たちが突撃するという手筈だ。
 これに加えて、

「Aランクポーションを配るだとっ!? き、貴重な高ランクポーションをっ!?」

 前衛には生命力や防御力がアップするポーションを飲んでもらい、後衛には魔力がアップするポーションを飲んでもらう。
 当然、俺もAランクのマジック・ポーションを飲み、

「では……サモン・コール。魔王アブラアム=レガツォーニ!」

 召喚魔法を使用する。
 その直後、俺の倍くらいの背丈がある仰々しい化け物が現れ、

「間違いない! 魔王だ! 魔王アブラアムだっ!」
「魔法部隊! 一斉攻撃っ!」

 指揮をとるミアさんの声が響き渡った。

 魔法で伝達されたミアさんの指示で、魔力を練っていた八千人を越える魔術師たちが一斉に魔法攻撃を放つ。
 巨大な炎と風の魔法が混ざり、炎の嵐が魔王を包み込む中に、巨大な雷が落ちる。
 少しして嵐が収まると、

「弓兵、一斉射撃っ!」

 千本近い矢が一斉に放たれた。
 突然召喚され、いきなり強力な魔法攻撃を受けた所へ多数の矢が放たれ、魔王の身体に突きささる。

「前衛! 第一部隊、突撃っ!」

 最前列の騎士たちが槍を構えて突撃した所で、ようやく魔王が動き出す。
 というか、これ程の攻撃を受けて生きているのが不思議なんだけど、今度は魔術師たちの半数が防御魔法を使って皆を護り、突撃した騎士たちが一旦下がった所で残りの半分の魔術師たちが再び攻撃魔法を放つ。
 流石にこれだけの攻撃は堪えたのか、魔王が逃げるようにして宙に浮いた所で、

「グラビティ・プレス」

 伝説級の黒魔道士ダニエルさんの声が響き渡り、魔王の身体が地面に叩き付けられ、

「アース・スパイク」

 セシルの魔法で地面から尖った岩が突き出て来た。
 マジックポーションを飲んで居るからか、昨日見た物よりも、より鋭利に、より大きな岩となっているのだが、魔王の身体が硬いのか、尖った岩で突かれるだけで致命傷には至っていない。
 だが、

「グラビティ・プレス」

 俺が二次魔法でダニエルの地面に落とす魔法を使うと、尖った岩が魔王の身体を突き破り……動かなくなった。

「倒し……たのか!?」
「倒したんだよなっ!」
「魔王を倒したぞっ!」

 一万人の人々が歓喜の声を上げる中、ダニエルが近づいてくる。

「見た魔法を使えると言葉では聞いていたが、まさかワシのとっておきまで使えるとはのぉ」
「あ、勝手にすみません。使わせてもらいました」
「いや、良いのじゃ。しかし、お主は平気なのかの? あの魔法は、重力を操作する魔法。対象に掛かる重力を十倍にするが、大量の魔力を要するのじゃが」
「この二次魔法は魔力を消費しないみたいで、連続で何度でも使えるんですよ」
「なんと。ワシでも魔力を練りに練らなければ使えぬ魔法だというのに、凄いのぉ」

 ダニエルに感心されていると、アーニャが近づいてきて、くいくいと俺の服を引っ張る。

「どうしたんだ?」
「リュージさん。あの魔王……本当に死んでますよね?」
「そうだと思うけど? どうかした?」
「いえ、少し動いたような気がして」

 アーニャは相変わらず怖がりだなと思いつつ、念のため亡骸を観察し……動いた!?

「皆、離れてっ! 魔王はまだ死んでないっ!」

 だが俺の叫び声が、騒いでいる一万人の軍勢に届くハズがなく、

――ゴゥンッ

 魔王の周辺に黒い炎が巻き起こり、近くに居た騎士たちが巻き込まれる。

「ふはは……人間どもよ。まさか召喚魔法で呼び出すとは思っていなかったぞ。だが、甘いな。我は不死の身体。この程度の攻撃であれば……」
「グラビティ・プレス!」
「ぐっ……」

 ダニエルさん曰く、重力を十倍にする魔法で再び魔王を黙らせたが、まだ余裕があるらしく、不敵な笑みを浮かべている。

「人間にしては、なかなかの使い手だが、人間の魔力は乏しい。この魔法は一回使うのがやっと……」
「グラビティ・プレス!」
「――ッ」

 四回目となる重力を十倍にする魔法を使い、魔王に掛かる重力は合計一万倍となった。

「グラビティ・プレス!」
「グラビティ・プレス!」
「グラビティ・プレス!」

 魔王が何か言いかけていたけれど、生憎俺はこの魔法を何度でも使用出来るから、

「グラビティ・プレス!」
「グラビティ・プレス!」

 ……

「グラビティ・プレス!」

 十の何乗になったか分からないくらいの重力を掛けられ、魔王の身体が大地にめり込み、凄い勢いで地中深くへと埋まっていく。

「セシル! 何か土系の魔法で魔王を埋めて!」
「了解っ! ストーン・シャワー!」

 かなり地中深くへ埋もれた魔王に繋がる穴に、セシルが大量の岩を落として行く。

「アーニャ! 騎士たちにポーションを!」
「はいっ!」
「頼むよ……ストーン・シャワー!」

 アーニャに騎士たちの治療を任せ、俺も二次魔法で埋める作業に加勢し、

――魔王を倒した事により、貢献ポイントが付与されました――

 いつもの声が頭に響いた。

「魔王……倒しちゃった」

 あの声が聞こえたのは、きっとそういう事で、今度こそ大丈夫だと安堵していると、

「リュージさん。Aランクポーションのおかげで、皆さん無事です」

 戻ってきたアーニャが笑みを浮かべて報告してくれた。

「お兄さん! 凄ーい!」
「いや、これは皆が協力したからだし、ダニエルさんが凄い魔法を使ってくれたからだって」
「そうかもだけど、お兄さんがこの案を出していなければ実現出来なかった訳で……」

 セシルが興奮した様子で喋っていると、突然後ろから何か柔らかい物がぶつかってきた。

「リュージさん、凄いよっ! 召喚魔法だけじゃなく、あの凄い魔法を連続で使うなんてっ! 魔王を倒した英雄として、国中に広めないとっ!」
「ミア! どうしてお兄さんに抱きつくのっ!? 離れてよーっ!」
「あっはっは。いいじゃない! こんなにめでたいんだよ? 誰一人命を落とす事無く世界が平和になって、皆が家族の元へ帰れるんだ! 騎士を指揮する者として、これ以上嬉しい事はないよっ!」

 セシルの言葉でようやく理解したけれど、どうやらミアさんに抱きつかれているらしい。
 ミアさんは着痩せするのか、意外に大きな膨らみが……じゃなくて、ミアさんがお姫様なのに魔王討伐の旅に出たのは、自国の騎士たちを犠牲にしないためだったのか。
 少数精鋭で魔王を倒せば、犠牲は少ない。
 だけど今回みたいな戦い方だと、大勢を集める事でよりリスクを減らせるもんね。

「そうだ。家族の元へ帰るといえば、アーニャたちを元の国へ帰してあげなきゃ」
「うん。お昼前にも言ったけど、それについては全力でサポートさせてもらうよ。こちらで馬車を手配するし、到着するまでの旅費も全て国で負担しよう。魔王を倒してくれた褒美としては少ないくらいだから、他にも何か希望があれば聞くよ?」

 ミアさんがアーニャたちの帰還について話していると、セシルが何やら言いづらそうに口を開く。

「あ、あのさ……じゃあボクから一つお願いがあるんだけど」

……

「お兄さん、見てー! 綺麗なお花畑だよー!」
「本当だ。あっちは風車かな? 珍しいね」
「じゃあ、ちょっとだけ寄っていこうよー!」

 セシルの提案で馬車を停めてもらい、花畑へ歩いていくと、俺の右腕に柔らかい膨らみが触れる。

「お兄ちゃん。綺麗なお花畑だねー!」
「あぁぁぁっ! ナターリヤ、そういうのはズルいよっ!」
「でも、セシルは馬車の中でお兄ちゃんのすぐ隣に座っているじゃない。外に出た時くらい、ウチが隣でも良いでしょ」
「うぅぅぅ……ナターリヤを国へ送ってから観光旅行にすれば良かったー!」

 魔王を倒した褒美としてセシルが希望したのは、アーニャたちの国までの移動費用の代わりに、大勢が乗れるサイズの馬車だった。
 というのも、エルフの国を抜け出して自由に旅をしていたから、このまま続けたいと。
 目的地はアーニャたちの国にするとしても、自分たちのペースで観光しながら、まったり行きたいと言うものだ。
 ちなみに、魔王を倒した大量の貢献ポイントで、リビングとキッチンとお風呂を拡大したら、居心地が良過ぎて暫くゆっくりしたいと歓迎されてしまった。
 俺も気心の知れた仲間たちと、まったり旅行が出来るので、全く文句は無い。
 ただ、

「リュージさん。セシルさんとナターリヤ、どっちにするんですか? お礼と言う事で、時々私でも良いんですよ?」

 セシルやナターリヤが居ない所でアーニャにからかわれるのが困りものだけど。

「うぅ。ナターリヤだけでなくアーニャまで。けど魔王を倒した英雄だし……ぁぁぁ、でも父さんはどうすればっ!」
「あなた。うるさいですよ? いっそ、一夫多妻制の国に行ってもらいますか?」
「そういう悩みじゃないんだぁぁぁっ!」

 時々ミハイルさんが頭を抱えながら転げまわっては、フェオドラさんに止められている。
 何の話をしているかは分からないけど、賑やかだから良しとしよう。

「お兄さん。次は、どこへ行こうか?」
「お兄ちゃん。次はどこへ行く?」

 魔王が居なくなって平和になった世界だというのに、まったりではない気がするけど、俺は暫く念願の観光旅行を続ける事になったのだった。

 了

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