「なんだろうなー」
宿で朝食を済ませ、ギルド本部へ出発……となったけど、昨日のモヤモヤがまだ晴れない。
この違和感は一体何なのだろうか。
「お兄さん、どうかしたのー?」
「いや、昨日の違和感が未だとれなくて」
「ん-、お兄さんは自分で自分を診察出来ないの?」
「そっか。診察すれば良いんだ。でもあれは、クリニックでしか使えないから、先にギルドへ行ってしまおう。俺の事は後で良いよ」
宿をチェックアウトするついでに商人ギルドの場所を聞いて、今度こそ出発した。
人が多いので、逸れないようにセシルとアーニャと手を繋ぎ、教えてもらった通りに進むと、大きな建物の前に辿り着く。
「これが、商人ギルドの本部か」
「それなりに大きいねー」
「あの、早く! 早く中へ入りましょう!」
アーニャに引っ張られるようにして中へ入り、ギルドの職員や、他の街から来たと言う行商人などに話を聞いてみたが、有益な情報は出て来なかった。
しょんぼりしているアーニャを連れ、ギルドから少し離れた場所にあるカフェで、これからどうしようかと話をしていると、
「よう。アンタたち、獣人族を探しているんだってな」
ガラの悪い五人程の男たちが話しかけてきた。
見た目は明らかに胡散臭い、いわゆるゴロツキと呼ばれるような風貌なのだが、
「は、はい! 何か、御存知なのですか!? 些細な事でも構いませんので、教えてください!」
アーニャがキラキラと目を輝かせて話に喰いつく。
「いやー、俺たちもちょいと耳にした程度だから詳しくは知らないんだがよ。あっちに見たって奴が居るんだよ。話だけでも聞きに行くかい?」
「はいっ! お願いします!」
あからさまに怪しいのだが、アーニャが居ても立っても居られない様子で立ち上がってしまった。
仕方が無い。嫌な予感しかしないが、行くしかないか。
アーニャと一緒に行こうと俺が立ち上がると、
「あー、そっちの兄ちゃんはここで待っていてくれ。見たって奴が極度の人見知りでよ。出来るだけ少ない人数にしてやりてーんだわ」
もっともらしい言い分で、アーニャを一人にしようとする。
そのくせ、
「でも、そっちのお嬢ちゃんなら来ても良いぜ。人見知りする奴だけど、一人くらいなら増えても大丈夫だろ」
などと言ってくる。
いやいや、だったら俺が一緒でも良いだろう。
確実に黒だと決めつけて、セシルに目をやると、俺と同じ考えだったようで、無言のまま小さく頷いた。
しかし、
「すみません。ではリュージさん、セシルさん。少しだけ待っていてください。ちょっと話を聞いてきます」
俺が止める間も無く、アーニャが走り出す。
「アーニャ、待つんだ! これは、怪し過ぎる! 止まるんだっ!」
「おっと、兄ちゃん。どこへ行くつもりなんだ? 座ってな!」
だが俺の声はアーニャに届かず、三人の男が行く手を阻む。
「邪魔を、するなっ!」
ゴロツキたちにタックルを仕掛けて、強硬突破しようとした所で、
「フッ――この世に悪の栄えた試しなし! 愛と勇気と希望の名の元に、ホーリープリンセス参上っ!」
変な奴が現れた。
「悪よ、滅びなさい! セイント・ボム!」
ホーリープリンセスと名乗る赤いマントをなびかせた変な奴が爆発を起こし、ゴロツキたちだけを綺麗に吹き飛ばした。
どこから現れたのかは分からないが、アーニャを助けてくれたので悪い奴ではない……いや、街中で爆弾みたいな物を投げるのはどうだろうか。
「そこの貴女、気を付けなさい。さっきの男は悪人よ」
「でも、私の家族を見たって……」
「アレは嘘ね。私のカンがそう告げているわ」
カンなのか。
いや、あのゴロツキたちが嘘を吐いている事には同意するけどさ。
「ぐはっ!」「ぐぇっ!」
一先ずアーニャが攫われなくて良かったと思っていると、俺の邪魔をしていた二人が突然その場に崩れ落ちる。
「ミア様。いくら相手がゴロツキといえども、一人で先行しないでください」
「はっはっは。まぁそう固い事を言わなくても良いではないか。姫さんなら大丈夫じゃろうて。まったく、剣聖ともあろう者が、柔軟性が無さ過ぎじゃぞ」
「賢者殿が緩すぎるのです。ミア様に万一の事があってからでは遅いのです」
いつの間に現れたのか、気付けば金髪のイケメン剣士と魔法使い風の老人が立って居た。
しかし、若いイケメン剣士はともかく、老人が素早く動けるものなのだろうか。
「そちらのお兄さんが居れば、この人はもう大丈夫かしら。レオン、ダニエル、私たちは行きましょう。更なる悪を倒すのよっ!」
ミアと呼ばれた変な少女が二人に声を掛け、俺たちの前から立ち去ろうとした所で、
「あれ? もしかしてミアって……ミア=ガリアルディ!?」
「ん……あ! セシルッ! どうして貴方がこんな街中に!?」
セシルが少女を呼び止め、一方の少女もセシルの名を呼ぶ。
「セシル。知り合いなの?」
「うん。というか、ミアはこの国の王女だよ」
「えっ!? 王女!? この変な……コホン! この華麗な女性が!?」
「華麗……へぇー。お兄さんはミアみたいな女の子が好みなんだ。ふーん」
「いや、そういう訳じゃないけど、王女って魔王討伐の旅に出たっていう、あの王女様なの!?」
何故か頬を膨らませるセシルを宥めつつ、王女――ミアさんの顔を見る。
最初は夢だと思っていたけど、俺を呼び出した二人が、魔王討伐とか王女とかって話をしていたからね。
「あれ? セシル。この人は何なの? どうして、この人は私が魔王討伐に出た事を知っているの?」
「お兄さんは……何て説明すれば良いんだろ。薬師でお医者さん? 聖者様って呼ばれる事もあったよね」
「セシル、聖者はやめてってば。そんな柄じゃないし、とりあえず旅の薬師が一番しっくりくるけど……王女様の事を知っているのは、まぁ色々あってさ」
ただ異世界で観光しようとしか思っていない俺が、たまたま人を助けて聖者と呼ばれた事があったけど、世界の平和のために魔王を倒そうとしている人たちを前に、その呼び名はどうかと思う。
なので、なんちゃって聖者の事は黙っていたかったのだが、
「えっ!? 聖者って呼ばれている旅の薬師……もしかして、この人が噂のリュージさん?」
何故かミアさんが俺の事を知って居た。
しかも、それに追い打ちをかけるようにして、
「ふむ。この方が聖者殿ですか。思っていた以上にお若いですね。しかもセシル様と一緒に居るという事は、エルフが認める程の実力という事」
「ほっほっほ。噂通りの者ならば、是非ワシらと共に来て欲しいくらいじゃの。なんせ、こちらには治癒能力を持つ者が姫様だけじゃからの」
ミアさんのお供の二人が俺の事を値踏みするように見てくる。
「ダメだからねっ! お兄さんはボクと一緒に居るんだからっ! あげないよっ!」
「ふぁっふぁっふぁ。いや、あくまで希望じゃよ。もちろん、エルフの王女様を護る騎士様を取ろうなんて思っとりゃせんよ」
「もぉっ!」
ダニエルと呼ばれていた魔法使い風の老人にからかわれ、セシルがちょっと涙目になりながら俺に抱きついてきたけど、まぁ俺が魔王退治に参加する事は無いよ。
参加したいとも思わないし、出来るとも思わない。何より俺が望むのは、異世界でのまったりとした観光な訳だしね。
不機嫌そうなセシルの頭を撫でていると、
「うーん。ダニエルの話じゃないけど、割と本気でヒーラー不在なのが困って居るのよね。とりあえずセシルと久々にあった事だし、少しだけお茶しない? というか、私たちも相席させてもらって良いかしら」
どういう訳か、一国の王女様とその御一行と共にお茶を飲む事になってしまった。
「その聖者さんは疫病に冒された街を丸ごと救ったのよね?」
「どうして、そんな事を知って居るんですか?」
「私の国の事だもの。当然知っているわよ」
どういう情報網があるのかは知らないが、ミアさんに俺の事が知られていた。
本当にどうなっているのだろうか。
「そういえば、どうしてミアの所にはヒーラーが居ないの? 魔王討伐なんて、ヒーラーは必須じゃないの?」
「それがねー。教会が異世界から最高のクレリックを召喚するって言って居たのに、失敗したらしくてねー」
えーっと、その誤って召喚されたのが俺です……言えないけど。
そんな事を思いながら、適当に暫く話を聞いて居ると、
「ところで、さっきの話だけど、どうして聖者さんがうちの国の機密事項――私が魔王退治の旅に出た事を知っているの?」
ミアさんが曖昧に終わった話題を掘り返す。
どうしよう。異世界召喚されたと正直に言うべきか。
ミアさんたち一行には俺が異世界から来た事が知られても構わないが、セシルとアーニャが知った時、どう思うだろうか。
何と答えるべきか迷っていると、
「ミア。機密事項って言うけど、その話はボクも知ってたよ? ミアが魔王退治の旅に出たって聞いて、面白そうだと思ったから、ボクも真似して王国を飛び出して……お兄さんと出会ったんだ」
「なるほど。セシルからかー。流石にエルフの国には筒抜けだよねー」
セシルがフォローしてくれたおかげで、異世界召喚の話はしなくて良さそうだ。
それから、アーニャと行動を共にしている理由に話がおよび、不思議な力によって飛ばされて来た事や、家族を探す為に商人ギルドの本部まで来たけど、情報が得られなかった……という事を話すと、
「じゃあ、私から城に問い合わせの手紙を出しておくわ。商人ギルドよりも、詳しく情報を得られるでしょう」
「ありがとうございます!」
ミアさんが王女の力を使って調べてくれるらしい。
「ちなみに、貴方が飛ばされた不思議な力に心当たりは?」
「私自身には全く無いですが、父が魔王討伐の最前線に居るからかも……」
ミアさんの問いにアーニャが答えると、イケメン剣士レオンが何かに気付いたらしく、口を開く。
「魔王討伐の最前線の猫耳族か。もしや貴方の父上は、ミハイル=スヴォロフという名前では?」
「はい、そうです! 父を御存知なんですか!?」
「えぇ。僕が魔王城の前線に居た時、少し話した事もあるので。顔見知りなので、もしもミハイルに会ったら、娘さんが探していたと伝えておきましょう」
「よろしくお願いしますっ!」
商人ギルドはハズレだったけど、アーニャのお父さんの話が出てきた。
やはり大きな都市へ行って、大勢の人から情報収集すべきだろうか。
「そうだ! これをあげる」
ミアさんがおもむろに腰のポシェットを漁り、セシルに小さな何かを渡した。
「これは?」
「魔法の手紙っていうマジックアイテムよ。この封筒に手紙を入れて魔力を込めると、一瞬で私の所へ届くの。何か困った事があったら力になるから知らせて」
「わかった! ありがとっ!」
封筒は全部で三つ。
三回くらい助けを求められそうだ。
「では、お礼っていうには早いですが、これをどうぞ」
「えっ!? ちょっと待って。この純度は、まさかAランクポーション!?」
「はい。俺の力ではAかBランクしか作れないので、Sランクとかは持ってないんですけど」
「いえAどころかB、いえCランクを作れるだけでも一流の薬師なのに、Aランクが何本も……って、ちょっと待って。このポーションってどこから出したの?」
「倉魔法というか、空間収納ですけど?」
「えぇぇぇっ!? 何その魔法!? ダニエル知ってる!?」
Aランクのバイタル・ポーションを六本出したら、ミアさんのテンションが再び上がり、凄い魔道士が空間収納は知らないと首を振る。
あ、これ、やっちゃった!?
「リュージさん。改めて、私たちと一緒に……」
「ダメっ! お兄さんは絶対にボクと一緒なんだからっ!」
収まりかけていたスカウトが、再び再開されてしまい、それを阻止しようとするセシルに抱きつかれてしまった。
スカウト攻撃をセシルが妨げ、ミアさんたちとの話が終了した。
一先ず城魔法で休むため、街の外へ。
実家を出し、昼食の準備をしていくれているアーニャの横で、今後の家族探しについて再検討を行う。
「商業ギルドがダメなら、冒険者ギルドはどうかな?」
「それも一つの手だけど、冒険者ギルドの本部はまた別の街のはずだよ」
「そっか。ミアさんが城に聞いてくれているし、その回答を聞いてから本部のある街へ移動しようか」
「そうだねー。ミアは三日もあれば連絡が来るはずだって言っていたしねー」
一先ず三日間この街に滞在する事となったので、周辺の薬草から薬を作って売る事に。
それから昼食を済ませ、診察室へ移動し、自分自身に診察スキルを使用してみる。
「診察!」
『診察Lv2
状態:健康
二次魔法トレース状態』
いつもの銀色の枠に二次魔法トレース状態という見慣れない言葉が書かれていた。
二次魔法トレース状態とは、どういう意味だろうか。
トレースは、何かをなぞるとか、写すって意味だった気がする。
……って、待てよ。トレースで、二次魔法って、まさか!
スキルの効果が分かって居ない二次魔法について、思い当たる事があるので、慌てて外へ出ると、
「トレース!」
何も無い草原に向かって二次魔法を使用してみた。
――ゴゥッ
すると、突風が発生し、目の前に広がる草を激しく揺らしていく。
予想通りだ!
これと同時に、身体にあったモヤモヤがスッと消える。
これは……
「トレース!」
ある可能性に気付き、もう一度二次魔法を使うと、今度は何も起こらなかった。
「なるほど。二次魔法ってそういう事か! ……セシルーっ!」
仕組みを理解したので、その裏付けを得るため、リビングでラノベを読もうとしていたセシルを連れて来て、
「セシル。悪いんだけど、何でも良いから、その辺に適当な攻撃魔法を放ってくれないか?」
「え? 別に構わないけど……」
不思議そうにしているセシルに、竜巻を起こしてもらう。
その竜巻を見ると、先程まで治まっていたモヤモヤが再び生まれたが……これで良い。俺の考えが正しければ、
「トレース!」
二次魔法を使用すると、先程セシルが起こしたものよりも、少し小さな竜巻が発生し、再びモヤモヤが綺麗に消える。
「お兄さん。今の、魔法だよね?」
「あぁ。どうやら二次魔法は、見た魔法の劣化版を一度だけ使えるみたいだ」
二次とトレース。ネーミングはどうかと思うけど、スキルの効果は非常に素晴らしい。
実情はともかく、魔法が使えるようになったみたいで嬉しくて、セシルに魔法を連発してもらい、俺も二次魔法を使いまくる。
「トレース!」
「トレース!」
「トレース!」
……とはいえ、セシルがマジック・ポーションを飲まなければならない程に魔法を使ってもらったのは、やり過ぎだったかもしれない。
だがそのおかげで、
――スキルのレベルが上がりました。二次魔法「トレース」がレベル2になりました――
早くもスキルのレベルが上がってしまった。
その結果、
――スキルの修得条件を満たしましたので、二次魔法「アーカイブ」が使用可能になりました――
新たなスキルを修得する事に。
アーカイブというスキルにはどういう効果があるのだろうか。
「お兄さん、どうかしたの? 魔法の使い過ぎで疲れちゃった?」
「そうではないんだけど……いいや。とにかく使ってみよう。……アーカイブ!」
スキル名から効果を考えていたけど、使ってみれば分かるだろうとスキル名を叫ぶと、いつも見ている銀色の枠が現れる。
だが、その中身が大きく異なっていた。
『サモン・コール
ステータス
ハイディング
トルネード
バースト・ウィンド
ポイズン・ミスト
カース・タッチ
セイント・ボム』
銀色の枠を覗いてみると、見慣れない言葉が沢山羅列されている。
何だろうかと思いながら、一番下のセイント・ボムに触れてみると、轟音と共に前方が爆発した。
「わっ! お兄さん。今の爆発は?」
「えーっと、二次魔法のレベルが上がって得た、新しいスキルを使ったら、こうなったんだ」
「そうなんだ。でも、今の爆発で生じた魔力って、どこかで感じた気がするんだけど」
「あー、さっきミアさんが使っていたセイント・ボムを選んだよ」
表示された名前と、それによって起こった結果。それにセシルの言葉から察すると、おそらく俺が今まで見た事のある魔法を再現するスキルなのだろう。
今度は上にあるステータスをタッチしてみると、
『サイトウ=リュージ
三十二歳 男
属性適性:土
保有スキル:城魔法、倉魔法、二次魔法、お医者さんごっこ、お店屋さんごっこ』
俺の情報が詳しく表示された。
これで新しいスキル、アーカイブの効果は思った通りで間違いなさそうだけど、ポイズン・ミストやカース・タッチって、魔物が使ってきた攻撃だよね?
流石に使うのは抵抗があるんだけど。
「どうやら、今まで俺が見たスキルを使う事が出来るスキルみたいだ」
「お兄さん。それって、かなり凄いんじゃない? いろんな人の戦いを見ているだけで、それが使えるようになっちゃんうんでしょ? 例えば、今ボクが使える一番強力な魔法を使ったら、お兄さんもそれが使えるようになるんだから」
「そうなのかな?」
「きっとそうだよー。ちょっとやって見ようよー」
そう言うと、セシルが俺から少し離れ、何も無い草むらに向かって魔法を放つ。
「アース・スパイク!」
その直後、激しい揺れと共に地面から大きな槍のように尖った岩が幾つも突き出て、暫くすると元の状態へと戻っていく。
「セシル……凄いな」
「うん。でも、土の精霊の力が強い場所でしか使えないから、この前みたいな川では使えないし、ちょっと不便なんだけどね。それよりお兄さん。今のが使えるようになっているの?」
「ちょっと待って……アーカイブ」
再び銀色の枠が表示されると、セイント・ボムの下にアース・スパイクが追加されていたので、早速タッチすると、先程セシルがやったように、地面から大きな岩が飛び出してくる。
「お兄さん、凄いよっ! じゃあ、次はー……」
「先程から凄い音ですが、何があったんですか?」
セシルが次の魔法を考えていると、クリニックから出てきたアーニャが、恐る恐る近づいてきた。
「ごめんね。新しいスキルを得たから、いろいろ試していたんだよ」
「そうなんですね。どんなスキルなんですか?」
「それが、今まで俺が見たスキルを使用出来るみたいでさ。実際にやってみせるよ」
魔法が使えるようになったみたいなので、ちょっと得意げにアーカイブを使用し、今度はどれを使おうかと考えていると、ある言葉に目が留まる。
「サモン・コールって何だろう」
サモンは俺の実家を呼び出す城魔法だし、何かを呼び出すのだろうか。
一先ずサモン・コールをタッチすると、
『誰を召喚しますか? 召喚する相手の名前を言いながら、再度選択してください』
銀色の枠にエラーメッセージのような言葉が表示されてしまった。
「……待てよ。アーニャ。探している家族――例えばお父さんの名前って何だっけ?」
「私の父ですか? ミハイル=スヴォロフですけど?」
「了解。ちょっと待ってね……サモン・コール。ミハイル=スヴォロフ!」
メッセージに表示された通り、名前を呼びながらタッチすると、目の前に魔方陣が描かれ、
「お……お父さんっ!」
「え? あ、アーニャ!? アーニャなのかっ!?」
アーニャのお父さんが現れた。
猫耳の中年男性がアーニャの名前を叫びながら抱きしめる。
アーニャもお父さんと呼んでいるから、間違いないだろう。
「アーニャ、ここはどこなんだ?」
「えっと……」
アーニャが困った様子で俺を見てきたので、これまでの経緯を説明する。
「つまり、アーニャがこの国へ飛ばされ、リュージさんに助けてもらったと」
「うん。で、リュージさんが召喚魔法で、お父さんを呼んでくれたの」
俺が最初に異世界へ呼ばれた召喚魔法――サモン・コールを使って、アーニャの父親が召喚出来てしまった。
つまり、家族の名前を聞けば……
「サモン・コール。フェオドラ=スヴォロフ!」
「サモン・コール。ナターリヤ=スヴォロフ!」
アーニャのお母さんと妹が現れた。
だが、どちらも顔色が悪く、地面に倒れている。
「皆、手伝って! 急いで二人をクリニックの中へ!」
二人を急いでベッドへ寝かせると、
「診察!」
家族の前で申し訳ないけれど、お母さんと妹さんの胸元に手を入れ、スキルを発動させた。
『診察Lv2
状態:七日呪い(弱)』
『診察Lv2
状態:瀕死。七日呪い(抵抗)』
お母さんも妹さんもアーニャと同じ呪いに掛かっている上に、妹さんは瀕死って!
急いで倉魔法からクリア・ポーションを出して二人に飲ませるが、お母さんは少しずつ飲んでくれているものの、妹さんはダメだ。薬を飲む力も無いらしい。
「アーニャ! この薬をお母さんに飲ませておいて!」
「はいっ! あの、ナターリヤは……?」
「俺が何とかするっ!」
一刻一秒を争う状況なので、クリア・ポーションを口に含むと、無理矢理口移しで妹さんに押し込む。
少しすると小さく喉が動き、暫くすると、妹さんが自ら舌を俺の口に入れて薬を求めてくるようになった。
これなら、後は普通に飲んでくれるだろう。
命の危機だからと咄嗟に動いたけれど、冷静になって考えてみると、今の状況は結構恥ずかしい。
口移しで薬を飲ませた上に、今はその薬を求めるが故に、口の中で互いの舌が絡め合うようになってしまっている。
早く離れなければと顔を離そうとしたのだが……何故か顔が動かない! 誰かが俺の頭を抑えつけている!?
「んーっ!」
「ナターリヤ! リュージさんが困っているでしょ!」
「そうだよっ! 元気になったのなら、お兄さんを離してよっ!」
叫びにならない声をあげていると、アーニャとセシルの声が聞こえ、ようやく頭が動くようになった。
改めて妹さんを見てみると、すっかり顔色が良くなっている。
お母さんも顔色が良くなっているので、一先ず確認だけさせてもらおう。
「お二人とも申し訳ないのですが、少しだけ触りますね。あ、医療行為なんです! その、俺は一応医者というか薬師なので」
「リュージさんは、沢山患者さんを救ってきた人なの。私も手伝ってきたし、これは本当よ」
アーニャのフォローもあって、再び胸に触れさせてもらい、
『診察Lv2
状態:病み上がり。呪い無効化(二十四時間)』
二人共、状態が病み上がりに代わっていた。
「良かった。二人とも、呪いは解除されました」
「呪い……ですか? 私は病気だって言われて、入院していたんですが」
「なるほど。お母さんの方は、呪いが少し弱まっていました。入院していたのも無意味では無かったのではないかと」
一先ず、お母さんに推測を伝えると、突然背中から誰かに抱きつかれる。
「さっきのキスでお兄ちゃんが治してくれたんだねっ! 本当にありがとうっ!」
「君は本当に危ない状態だったんだ。間に合って良かったよ」
「ウチは病院に行って、一応薬は飲まされていたけど、もう手の施しようが無いって言われてて……」
「でも、その薬のおかげで、こうして間に合って、君を助ける事が出来たんだ」
「うんっ! あ、ナターリヤ……ウチの事は名前で呼んでねっ! お兄ちゃんっ!」
その直後、一旦背中から離れたナターリヤが、俺の正面で背伸びをして、
「大好きっ!」
「あぁっ! お兄さんにっ!」
「な、ナターリヤっ! 父さんの目の前でぇぇぇ」
今度は医療行為ではないキスをされてしまった。
「ふふっ。ウチの騎士様、みーつけたっ! 格好良いし、ウチより少し年上で、命の恩人で……ウチ、お兄ちゃんと結婚する!」
再びナターリヤが俺に抱きつき、キスしてきた。
女の子特有の柔らかさが俺を包み込み、優しい香りが鼻をくすぐってくる……って、この子はアーニャの妹だし、何歳差だと思っているんだ。
「ナターリヤ。そういうのはまだ早いだろ」
「まぁ、貴方。ナターリヤはもう十八歳なんです。恋愛くらいして当然です!」
「お、お前まで……だが、せめて父さんの居ない所でしてくれないか?」
ご両親が――特にお父さんが困惑する中、当のナターリヤは、
「ムリムリ。恋する乙女は誰にも止められないもん!」
そう言って、再び俺の胸に顔を埋めてくる。
しかし、ナターリヤは見た目が中学生だけど、十八歳なのか。
そういえば、アーニャも見た目に反して二十歳だっけ。
「ちょっと待ってっ! お兄さんは……お兄さんは、ボクのお兄さんなんだもんっ!」
「セシル!? 何を!?」
「やだっ! お兄さんはボクと一緒に居るの!」
ナターリヤに対抗するようにして、何故かセシルまで俺に抱きついてきた。
もう本当に訳が分からないんだけど。
お父さん――ミハイルさんもオロオロしているし……
「って、ミハイルさん。今、召喚しちゃって大丈夫でした!? 仲間と一緒に戦闘中とかではありませんか!?」
「それは大丈夫だ。魔王城付近の森で休憩していた所だからな。だが、突然俺が居なくなった事で、混乱はしていそうだが」
一先ず、今すぐ危険な事は無いと聞いて安堵する。
ナターリヤとセシルへ真面目な話をすると説明し、一旦離れてもらって皆でリビングへ。
「ミハイルさん。先程、奥さん――フェオドラさんとナターリヤさんを……」
「お兄ちゃん。ナターリヤって呼んで」
「……ナターリヤを召喚した後、二人が苦しんで居た理由に心当たりはありませんか? 二人……いえ、アーニャを含めて三人とも強力な呪いが掛けられていたんです」
真面目なトーンだからか、ナターリヤが甘えるようにして呼び方だけを訂正するに留まってくれた。
いや、本来は呼び方も、どうでも良いと思うんだけどさ。
「呪い……ですか。可能性があるとすれば、私たちが魔王の側近を倒したからですかね?」
「魔王の側近?」
「えぇ。魔将軍とか呼ばれてたかな?」
「そんなのを倒すなんて、本当に凄い……あれ? という事は、ミハイルさんの家族だけでなく、一緒に魔将軍を倒した仲間の家族も同じ呪いに掛かっているのでは!?」
「何だって!?」
それに気付いてからは、とにかくスピード勝負だった。
ミハイルさんの二人の仲間の名前を聞いて召喚し、混乱する二人に事情を説明して、また家族の名前を聞いて召喚して……薬を沢山用意しておいて本当に良かったよ。
呪いを受けていた人たちは、やはりアーニャの様に知らない場所へ飛ばされ、呪いによって苦しんで居たらしい。
全員助ける事が出来たて良かったものの、大所帯になってどうしたものかと思っていると、不意にいつもの声が頭に響く。
――英雄たちの家族を救った事により、貢献ポイントが百ポイント付与されました。貢献ポイントが一定値を超えたので、城魔法の改修及び増築が行えます。リストから一つ選んでください――
それから銀色の枠が現れ、実家の増改築リストが表示された。
『城魔法、改修及び増築リスト。
拡大又は機能UP:診察室・調剤室・待合室・リビング・キッチン・お風呂・屋根裏
部屋数追加 :三階』
以前に表示されたリストと、ほぼ同じ内容が表示された。
現在、俺、セシル、アーニャの三人に加えて、アーニャの家族三人と、ミハイルさんの仲間が二人、その人たちの家族が四人で、合計十二名という大所帯になっているので、三階の部屋数追加を選択する。
――城魔法の増築を行いました。三階に部屋が追加されました――
特に音もしなかったし、振動すらなかったけど、増築が完了したらしい。
皆を連れて三階へ上がると、
「あれ? お兄さん。三階が広くなってない?」
「貢献ポイントが溜まったから、三階の部屋を増やしたんだ」
部屋の扉が六つに増えていた。
二階よりも三階の方が広い気がするけど、魔法的な力でどうにかなっているのだろう。
全員でリビングに居るのも大変だし、それぞれの部屋に各家族を割り当て、自由に使ってもらう事にした。
「じゃあ、ボクはお兄さんの部屋に行こーっと」
「ウチもお兄ちゃんの部屋へ行くー」
「ナターリヤ……ナターリヤァァァッ!」
セシルはいつも通りなんだけど、ナターリヤが俺の部屋に入ろうとして、廊下にお父さんの悲しい叫び声が響く。
お父さんの気持ちは良く分かるので、ナターリヤには家族水入らずで過ごしてもらうようにお願いしておいた。
「そうだ。セシル、ミアさんに貰った魔法の手紙を一つ使っても良い?」
「良いけど、ミアに何を伝えるのー?」
「アーニャの家族が見つかったっていう話と、他の家族も含めて、元の国へ帰れるようにしてあげられないかと思って」
「そっか。ミアがアーニャの家族を探してくれているもんね。じゃあ、ボクが書いて送っておくよー」
ミアさんへの連絡をセシルに任せ、今日の所は皆で楽しく食事をしようと思い、
「そうだ! BBQだっ!」
良いアイディアが閃いた。
日本では実現出来なかったけど、複数の家族が集まって、庭でBBQをするのって夢があると思わない?
ある意味、そこら中全てが庭という環境の中で、ミハイルさんの仲間の魔法使いが無駄に大きな炎を起こしてくれたので、直火で肉や野菜を焼いて食べ、皆で楽しむ。
そう、俺は休日にこういう事がしたかったんだよな。
ブラック企業に就職してしまったし、そもそも休日が無かったから、出来なかったけどさ。
人生初の家の前でのBBQを満喫した後は、割り当てたそれぞれの部屋hw。
「セシル、おやすみ」
「お兄さん、おやすみ」
BBQではしゃぎ過ぎ、すぐに睡魔に襲われると、ナターリヤと二回もキスをしたからか、夢の中でセシルと濃厚なキスをしている。
恥ずかしそうに頬を赤らめたセシルからの、遠慮がちなキスから始まり、大胆になったセシルが舌を……って、なんて夢を見ているんだっ!
流石にこれは起こり得ないだろうと、自分の夢にツッコミながら目覚めると、何故かすぐ傍にセシルの顔があって、思いっきり目が合ってしまった。
何故、セシルの顔が俺の顔のすぐ横に?
状況が理解出来ずに居ると、いつの間にかセシルの顔が消え、毛布の中でセシルが小さくなっていた。
俺が寝ぼけていただけだと思うんだけど、起きてからセシルが目を合わせてくれないのは何故だろうか。
「リュージさん。ついに、セシルさんと……」
「アーニャ、何の話っ!?」
何故かアーニャに生温かい目で見られながら朝食を済ませた所で、ミアさんが現れた。
「セシル。アーニャさんの家族が見つかったの?」
「うん。正しく言うと、お兄さんが魔法で呼び出したんだけどね」
「魔法で呼び出した? どういう事?」
ミアさんたちが顔を見合わせているので、一先ず俺が魔法を使えるようになった経緯を説明してみた。
「凄いわね。召喚魔法まで使えるなんて。というか、召喚魔法って名前を知っていれば強制的に呼べちゃうのね」
そうなんですよ。俺なんて拒否権もなく、強制的に異世界へ呼ばれたんです! ……って、言いたいけど言えないのが辛いところだ。
……ん? 待てよ。アーニャの家族や、ミハイルさんの仲間や家族も、確かに名前だけで呼べてしまったな。
「あの、どなたか魔王の名前を知っている人って居ませんか?」
「魔王の名前なら、俺たちじゃ無くても誰でも知ってるぜ。魔王アブラアム=レガツォーニ……魔法を使って、全世界に宣戦布告してきたからな」
「なるほど。ミアさん、今からありったけの戦力を集められませんか?」
俺の意図が分からず、キョトンとしながら首を傾げるミアさんに、召喚魔法の特性――名前さえ分かれば、強制的に呼べてしまう事と、俺が思い付いたアイディアを話してみる。
「つまり、予め最高戦力を招集しておいて、そこへ魔王を召喚。皆で総攻撃するって事?」
「はい。街からはもう少し離れた方が良いかもしれませんし、もしかしたら魔王は召喚魔法をブロック出来るかもしれませんが」
「いえ、やってみる価値はあると思うわ。予め準備出来る所が最高で、これなら国の騎士隊を遠くの魔王城まで派遣する必要もないし、最悪ブロックされても謝って済むレベルですもの。やってみましょう!」
ミアさんから、アーニャの家族を元の国へ戻す件について、国レベルでサポートするという事と、昼過ぎに南東の平原で集合という話があって一旦解散に。
「セシル、アーニャ。午後から魔王と戦う事になっちゃったから、皆は城魔法の家の中で待ってて」
「お兄さん! ボクも戦うよー! 魔法なら得意だし、遠くからでも攻撃出来るからね」
「そっか。でも、決して無理しないでね」
「もちろん! お兄さんの傍に居るよ」
そう言って、セシルが抱きついてくる。
「私は後方支援で……」
「ありがとう。じゃあ今から時間ギリギリまでポーションを作るから、アーニャは怪我をした人が居たら、そのポーションを渡してあげて欲しいんだ。もちろん、後方でね」
皆で南東へ移動すると共に、全員で薬草摘みを始め、待ち合わせ場所に着くと、大量の薬草をひたすらポーションにする。
暫くすると、遠くから地鳴りのような大きな音が聞こえてきて、
「お待たせー! この国と周辺国も巻き込んで、一万の騎士と宮廷魔術師を連れて来たわよー!」
ミアさんが数え切れない程の人を連れてやってきた。
それから、陣形と戦術の確認、そして準備。
召喚予定の場所を騎士やミハイルさんたちが取り囲み、その周囲を弓兵。さらにその周りを大勢の魔術師やセシルが取り囲む。
手筈としては、先ず俺が召喚魔法を使い、魔王を直接見た事があるというミハイルさんたちが、本物の魔王かどうかを確認する。
俺の時みたく、万が一間違いだったら洒落にならないからね。
で、魔王だった場合は、それまでに魔力を練っておいた魔術師たちが一斉に魔法を放ち、次いで弓兵たちが矢を。状況見合いで前衛の騎士たちが突撃するという手筈だ。
これに加えて、
「Aランクポーションを配るだとっ!? き、貴重な高ランクポーションをっ!?」
前衛には生命力や防御力がアップするポーションを飲んでもらい、後衛には魔力がアップするポーションを飲んでもらう。
当然、俺もAランクのマジック・ポーションを飲み、
「では……サモン・コール。魔王アブラアム=レガツォーニ!」
召喚魔法を使用する。
その直後、俺の倍くらいの背丈がある仰々しい化け物が現れ、
「間違いない! 魔王だ! 魔王アブラアムだっ!」
「魔法部隊! 一斉攻撃っ!」
指揮をとるミアさんの声が響き渡った。