「セシル。虹魔法って知ってる?」

 トパーズが使えるようにしてくれるはずだった、虹魔法とやらが何なのかと聞いてみたけど、

「ごめんね。聞いた事もないよ」

 セシルでも知らない魔法らしい。
 一応アーニャにも尋ねてみたが、やはり知らないと。
 とはいえ、使えない虹魔法が何かよりも、使えるようになった二次魔法とやらの方が重要だ。
 出掛ける準備を済ませて皆で外へ出ると、周囲に何も無い事を確認し、

「トレース!」

 早速二次魔法を使ってみた……が、何も起こらない。

「これは倉魔法と同じパターンか?」

 倉魔法「ストレージ」を使用した時も、最初は何も起こっていないように見えた。
 実際は魔力の塊が生み出されていて、そこから空間収納を使う事が出来たんだけど、セシルとアーニャにも周囲を調べて貰ったものの、何も無い。
 そもそも、セシルに言わせると魔力が放出された気配がないそうだ。
 魔力について、俺はよく分からないけど、セシルが言うのだから間違いないのだろう。

「どうやら二次魔法は、ハズレスキルっぽいな」
「ボクとしては、妖精さんに貰ったスキルだから、そんな事はないと思うんだけど」
「何か発動条件があるんじゃないですか? に、二時になったら使えるとか」

 アーニャの例はさておき、発動条件というのはあるかもしれない。
 お医者さんごっこスキルの「診察」だって、相手の胸を触らないと発動しないしね。

「二次魔法の事は一旦置いといて、次の街へ行こうか。いよいよ商人ギルドの本部がある街だ。きっとアーニャの家族の情報だってあるはずだ」
「はいっ! お願いしますっ!」

 ヂニーヴァの街行きの乗合馬車へ乗り、再び馬車の荷台で揺られながら道を進む。
 大きな街への街道という事もあって、魔物も現れないし、山賊なんかも出て来ない。
 かなり揺られて、茜色の日に照らされ始めた頃、遠くに大きな壁が見えてきた。

「ヂニーヴァの街だよ。この馬車はここが終点だから、全員降りてくれ」

 乗合馬車の停留所へ着く頃には、日がすっかり落ちてしまったので、先ずはいつも通りに街の外で一泊しようと思ったのだが、

「あのっ! 先ずはギルドで家族の情報が無いか聞いても良いですかっ!?」

 今までずっと我慢してきたのだろう。
 アーニャが抑えきれないといった表情でギルドへ行きたいと言ってきた。
 ギルドまでの道も分からないけど、アーニャの気持ちは痛いほど良く理解出来る。
 セシルに視線を送ってみると、大きく頷いたので、先にギルドへ行く事に。
 日が落ち、魔法による灯りで照らされた道を三人で歩いているのだが、

「この街……ちょっと広過ぎない?」
「そうだね。ボクもそう思うよ」
「むー。せっかく辿り着いたのにー」

 商人ギルドの建物が一向に見当たらない。
 街を歩く人も少なくなっているし、女の子二人を連れて出歩くような時間ではなくなってしまった。

「アーニャ。完全に日が落ちているし、今日は街の中で宿を取って、明日ギルドを探そう」
「わかりました」

 アーニャも納得してくれたので、ギルド探しから一転して今度は宿探しへ。
 街の外なら城魔法を使って無料で泊まれるけど、また同じ道を戻るのは辛い。
 最悪、広めの場所があったら、街の中でも城魔法で家を出そうかと考えていると、

「おっと、こんな夜更けに女の子が出歩くなんて……悪い子だなぁ。オジさんが家まで送ってあげよう。さぁついて来なさい」
「ちょっと! やめてくださいっ!」

 アーニャが酔っ払いらしきオッサンに絡まれてしまった。

「失礼ですが、彼女は俺の連れです。離してもらえませんか」
「んぁ? なんだ、てめぇは!? 俺は、こっちの女の子と喋ってるんだよ。若造は引っ込んでろ!」

 アーニャを庇うようにして割り込んだ俺に、突然オッサンが殴りかかってきた。
 とはいえ、酔っ払いの拳だ。しっかりガードすれば大丈夫だろうと思っていると、

「うひぃぃぃーっ!」

 突然オッサンが変な声と共に目の前から消える。

「お兄さんに危害を加えようとする人は、許さないんだからっ!」

 どうやらセシルが突風を起こして真横に吹き飛ばしたらしく、路地に向かってオッサンがゴロゴロと転がって行った。
 セシルが竜巻で上空に吹き飛ばさなくて良かったよ。
 一先ず、再び三人で宿探しを再会するんだけど……何か変だ。
 何かモヤモヤするというか、身体の中に名状しがたい変な違和感がある。

「お兄さん? さっきから様子が変だけど、どうかしたの?」
「何て言えば良いのかわからないんだけど、さっきセシルがオッサンを吹き飛ばした後から、身体が変なんだ」
「変? どんな風に?」
「上手く言えないんだけど、身体の中に何かが入ってきたような、身体がそれをどうすれば良いのか困っているというか、自分でも良く分からない状態なんだ」

 セシルが見かねて声を掛けてくれたけど、俺の顔を覗き込んだ後、助けを求めるようにアーニャへ顔を向け、結局二人して困った表情を浮かべる事になる。

「俺の事はともかく、あの建物って宿っぽくないか?」
「確かにそんな感じがするけど、お兄さんは本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だって。きっと寝たら治るさ。さぁ行こう」

 暗闇に浮かぶ看板の下へ移動し、異世界で初めて実家以外に宿泊する事となった。