「来なさいっ! 出来れば来ないで欲しいけど、来なさーいっ!」
再び遺跡の地下を進んで行き、何事も無く結界の前に到着した。
「二人とも準備は良い?」
「うん、大丈夫ー!」
セシルは相変わらず余裕たっぷりだけど、
「ま、任せてください。何かあれば全部一気に投げつけます」
「ダメだってば。囲まれたり、数が多い時にアーニャの出番だからね? ホーリー・インセンスの方が数が少ないからさ」
「だ、大丈夫です……きっと」
既にアーニャがテンパリかけていて……前回は腕にしがみ付かれ、動きにくくなってしまった。
だったら今回は先に俺から手を握っておけばどうだろうか。
しがみ付かれるより動き易いし、いざとなれば手を離せば良いし。
有無を言わさずアーニャの右手を握ると、
「ずるいっ! ボクもっ!」
セシルが反対の手を握ろうとしてきた。
「いや、両手を塞がれると困るんだけど」
「じゃあ、おんぶっ! おーんーぶーっ!」
そう言って、セシルが問答無用で俺の背中へ飛び付いてきたけど、落ちちゃうよ!
仕方なくアーニャの手を離し、セシルの太ももを支えると、
「イヤっ! リュージさん、一人にしないでっ!」
一人に……って、すぐ隣に居るよね?
結局アーニャが俺の左腕にしがみつき……前回よりも酷い気がするんだけど?
「リュージ殿! 頼みましたぞぉぉぉっ!」
ヴィックに応援されながら、セシルをおんぶして、アーニャを引っ張り……重い足取りで結界の中へ入る。
暫くは何事も無かったけど、昨日と同じ場所で、カツカツと足音が聞こえてきた。
「二人とも、スケルトンが来るよっ!」
「お兄さん、頑張ってねー」
「リュージさん! 任せましたっ!」
セシルは俺の背中から降りる気が無いし、アーニャはグイグイと俺を前に押し出す。
いや、主戦力は俺だって自分で言ったんだけど、色々思っていたのと違う気がしつつ、倉魔法でクリア・ポーション(B)を取り出した。
ビンの蓋を開け、
「とりゃっ!」
タイミングを見計らって、中身を掛ける! ……が、ビンの口が小さいからか、少ししか掛かられない。
失敗か!? と思ったら、ポーションが三分の一程度しか減っていないのに、スケルトンが消滅した。
凄いな。この量で倒せるのなら、クリア・ポーションを作り過ぎてしまったかも。
「お兄さん凄ーい!」
「リュージさん、凄いですっ! キャー! ステキー!」
アーニャが心底嬉しそうに喜んでいると、何故かセシルが俺の首に回す腕に力を込める。
セシル。それ以上やると俺が死ぬからね?
その後も進む度にスケルトンが現れるが、群れる習性が無いのか、常に単体なので、俺がクリア・ポーションを掛けるだけでサクサクと倒せ、暫く歩くと少し開けた所に辿り着いた。
一定間隔で朽ちた木がが刺さっているので、おそらくここが、ヴィックの言っていた墓地なのだろう。
残っている木にも何も書かれて居ないので、埋葬というより、ただ捨てられただけというヴィックの説明にも合う。
そんな中で、端の方に一つだけ他とは異なる石碑があった。
何て書いてあるのかは分からないが、石に文字が刻まれており、如何にもお墓といった感じだ。
「ロザリー=モレルって書いてあるね。これが、ヴィックの恋人のお墓じゃないかなー?」
「セシル、読めるの?」
「うん。これ、古代語だよー」
古代語なんてのがあるのか。
本を沢山読んで居るだけあって、セシルは博識だな。
セシルに感心しつつ、その石の周辺を見てみると、地面から古い金属片のような物が見え……掘り出してみると、物凄く古い腕輪の様にも見える。
「これ、ロザリーさんのかな?」
「きっとそうですよ。ヴィックさんの依頼は達した訳ですし、早く帰りましょう!」
アーニャが早く帰ろうと催促してくるので、一先ずこれをヴィックに確認してもらおうと思った所で、
「お兄さん! 何か……来るっ!」
緊張した様子のセシルが鋭く声を上げた。
唸るような風の音が洞窟に響き、何事かと思った直後、目の前に大きな白い塊が浮かんで居た。
始めはただの白い球だったそれは、少しずつ姿を変えて行き、髪の長い女性の姿へと形を変える。
その形相は怒り狂って歪んでおり、目と口が黒い空洞になっていた。
「お兄さん! レイスだよっ!」
セシルが再び叫んで突風を起こすが、激しい風が吹くものの、吹き飛ぶ事すらしない。
レイスと言えば、ゲームでゴーストとかの上位種になっているやつだと気付き、ててクリア・ポーションをかけるが、何も変化が無い。
スケルトンみたいに溶ける訳でもなく、元々歪んだ表情なので、全く効果が無いのか、少しはダメージを与えているのかすら不明だ。
「カ、エ、セ……」
虚ろな空洞の様な口から、暗い声が発せられる。
返せ……って、腕輪の事か!?
そう考える間も無く、白い女性から長い腕が伸びて来た。
「いやぁぁぁっ!」
アーニャが手にしていたホーリー・インセンスを、電光石火の早さで着火させ、レイスに投げつける。
一つ、二つ、三つ……
「って、アーニャ! 投げ過ぎっ!」
「それより早く逃げなきゃ! レイスには絶対に勝ち目がありませんっ!」
「そうなの!?」
「そうなんですっ! 幽霊の最上位ですよっ!? 遭遇したら確実に死ぬって言われているんですからっ!」
煙で真っ白になった洞窟を、アーニャを先頭に戻って行くと、
「カ、エ、セ……」
「追ってきた! しかも増えてる!?」
人型ですらない半透明の白い塊が十体程レイスの周りを囲んで居て、アーニャが着火したホーリー・インセンスを投げつけると、
――ヲォォォ
半透明の白い塊数体が一気に消え去った。
ホーリー・インセンスに効果がある事は分かったが、煙の壁に白い塊が触れた所へ穴が開き、そこからレイスが進んで来る。
しかも、煙の壁を越えた後、再び半透明の白い塊が生み出された。
クリア・ポーションは効果が薄く、ホーリー・インセンスを使えば足止め出来るものの、数秒だけ。
しかも、ホーリー・インセンスは残り十個程度しかない。
「小さいのになら、ボクの魔法が効くかもっ!」
「セシルっ! ダメだっ!」
セシルが突風を起こし、半透明のゴーストみたいなのが後ろへ吹き飛んで行くが、肝心のレイスは関係無しに進んで来る。
しかも今の突風で、新たにアーニャが投げたホーリー・インセンス二つ分の煙が消えてしまった。
「カ、エ、セ……」
レイスの腕が、突き出た岩をすり抜けて迫ってくる。
ヴィックと同じ霊体だからか、障害物など関係無いらしい。
……という事は、ヴィックと同じで俺たちに触れる事が出来ないんじゃない?
そもそも逃げる必要も無い気がしてきた。
「二人とも、先に行って!」
「お兄さん!? 何をするのっ!?」
「さっきはBランクのクリア・ポーションだったけど、今度はAランクのを使ってみる。数が少ないから、確実に当てるんだ」
「そんな事より逃げないきゃっ!」
足を止めてレイスと対峙する俺に驚き、セシルが慌てているが、冷静に考えれば大丈夫だ。
霊体のレイスには何も出来ないから。
クリア・ポーションの蓋を開け、レイスの身体が近づくのを待っていると、白い腕が迫って来た。
腕を無視して構えていると、
「ぐ……」
突然激しい疲労に襲われる。
何だ!? 苦しくて立って居られない!
「お兄さんっ!」
「リュージさんっ!」
セシルが倒れた俺に近づき、アーニャがホーリー・インセンスを投げつける。
そこで意識を失い、気付いた時には辺り一面が煙に包まれ、目の前にセシルの顔があった。
「お兄さん! さっき猫のお姉さんが言っていたよね? レイスに遭ったら死ぬって。無謀だよっ!」
「何が起こったんだ?」
「お兄さんがレイスのカース・タッチを受けたんだよ。で、猫のお姉さんがありったけの煙を使って時間を稼いでくれたんだ」
「カース・タッチ?」
「その名の通り、触れた相手に死の呪いを与えるんだ。お兄さんにポーションを飲ませて呪いは解けたみたいだけど……立てる? 早く逃げなきゃ」
セシルとアーニャに手を借りて起き上がる。
疲労感は未だ残っているが、倉魔法でバイタル・ポーションを出して飲み、再び歩き始める。
しかし、障害物はすり抜けるのに、触れた相手に呪いを与えるってズルくない!?
文句を言っても仕方ないので、とにかく逃げる。
ヴィックが越えられないと言っていた結界まで……って、クリア・ポーションが全く効かないレイス相手に、あの結界も大丈夫だと言えるのか?
少し不安に駆られた所で、
「急いで! 来たよっ!」
全てのホーリー・インセンスを注ぎ込んだ煙幕を、レイスが突破してきた。
「あの結界まで頑張ろう! レイスは結界から外に出られないはずだ!」
何の根拠も無いが、二人と自らを鼓舞するために、結界まで逃げようと口にする。
だが足止めが出来たホーリー・インセンスはもう無いので、とにかく走るだけだ。
少し後ろを見てみると、半透明の奴が一気に間を詰めていた。
こっちの奴には風の魔法が効くけど、後方の煙幕まで飛ばしてしまうで使う事が出来ない。
待てよ。セシルの魔法が効くなら、クリア・ポーションも効くのでは? ……と、振り向き様にかけると、音も無く消滅した。
「効いた! レイスの手下はポーションで倒せる! 俺は最後尾でこいつらを倒すから、二人は先に行って!」
迫り来る半透明の奴にクリア・ポーションを掛けながら、俺も二人の後を追う。
「リュージさん! 結界が見えました!」
あそこまで行けば逃げ切れる!
アーニャの言葉で内心安堵したが、
「お兄さん! 後ろにカース・タッチが来るっ!」
白い腕が伸びてきたので、クリア・ポーションをかけ……効かないっ!
すぐそこが結界なのにっ!
何とかならないかと必死で考えた結果、手にしていたクリア・ポーションを走りながら口に含む。
直後に白い腕が伸びてきたので、俺に触れた瞬間……口に含んでいた薬を飲み込んだ。
「……よし、効いて無い! 白い腕は俺が防ぐから、二人とも走って!」
「お兄さん!? レイスのカース・タッチを無効化って、一体どうやったの!?」
「そんなのは後! とにかく走れっ!」
二本目を口に含んで再び走り、白い腕が俺に触れた瞬間に、再び飲み込む。
呪いを受けた瞬間に治す……お腹がタポタポになりそうだけど、そんな事に構っていられない。
五本目を飲んだ所で、全員結界の外へ。
予想通り白い腕は結界を越える事が出来ず、こちら側には出てこない。
「リュージ殿。近くにハニーの存在を感じますぞっ! 何かハニーの形見を持って来て下さったんですな!?」
「あぁ。でも悪いけどその話は後だ。後ろから、レイスが来ている。どういう訳か俺たちをずっと追ってきて、あのポーションも効かないし、走って逃げて来たんだ」
気付けば、離れた所でアーニャがへたり込んでいて、セシルはずっと俺の腰に抱きついて居る。
必死で逃げたけど、かなり危ない状況だった。
「ヴィック。レイスの腕は結界を通れないみたいだけど、本体も通れないよね?」
「おそらく。少なくとも俺は通れないし、触れただけで痛みを伴うが……とりあえず、ここから逃げた方が良いのでは?」
「そうすると、レイスが街に出てしまわない!?」
「けど勝てずに、ここまで逃げて来たんだろ? あの結界がダメなら、どうしようもないだろ」
ヴィックの言う通り、ここに残った所でレイスに対して何が出来る訳でもない。
でも……
「お兄さん! レイスが来たよっ!」
答えが出る前に時間切れとなってしまった。
レイスが結界を越えようとして、身体を押し付けている。
だがレイスも結界を越える事は出来ないらしい。
結界に触れた箇所が紅く染まっているし、おそらくヴィックと同様にダメージを受けているのだろう。
クリア・ポーションでダメージを与える事すら出来なかったレイスを止めているのだから、相当強力な結界だと思うのだが、
「カ・エ・セ」
レイスは未だに結界を越えようとしている。
「お兄さん。あのレイス……何だか可哀そうな気がしてきた」
「そうだね……」
セシルの言葉に何とも言えず、ヴィックに目をやると……何故かポロポロと涙を流していた。
「その声、姿、何よりその存在感……ロザリーだろ? なぁ、ロザリーだよなっ!」
「ヴィック……!?」
「ロザリーッ!」
ヴィックが結界に飛び込み、身体が紅く染まっていく。
「ロザリー。俺を待って居たのか? 悪かったな。俺に結界を越える術が無くてさ。だけど……良かった。またお前に会えた」
「ヴィック!」
「お前も俺も、今が潮時だろ。二人同時に天へ召されれば、来世で一緒に成れるかもしれねぇ。このままの姿で居るよりも、来世でちゃんと結婚しよう!」
「はい」
レイス――いや、ロザリーとヴィックが結界越しに掌を重ね、互いに頷き合った後、
「リュージ殿! 本当は形見の品を貰った時点で成仏するつもりだったんだ。けど、期待していた以上だった! まさかロザリーと再会出来るとは思ってなかったぜ!」
「ヴィック……」
「そのロザリーの形見は、リュージ殿の好きにしてくれ。ありがとよっ! 俺はロザリーと一緒に、噂に聞く異世界転生に賭ける。次の人生で、絶対にロザリーを幸せにするぜっ!」
ヴィックが大声で礼を言い……再びロザリーに向き合うと、二人同時に白い光となって消えていった。
「良かった……よな?」
ヴィックとロザリーが消えた場所を見つめながらポツリと呟くと、
「うん! 今度こそ、あの二人は幸せになれると思うよ」
セシルが気遣うように応えてくれた。
そう……だよな。ヴィックも感謝してくれていたし……って、それで思い出したけど、ロザリーさんの形見の品はどうしよう。
「ところで、この腕輪はどうしようか。レイスは出ないと思うから、元の場所へ戻そうか?」
「ま、待ってください。ヴィックさんが好きにして良いって言っていたじゃないですか。ですから捨て……じゃなくて、お店に売……も違って、や、屋根裏部屋に置いておきましょう」
「そう言えば増築された屋根裏の事をすっかり忘れてたね。とりあえず、地上へ戻ろうか」
未だにアーニャの顔色が優れないので、一先ず入口に向かって歩いていると、
「そういえば、どうしてお兄さんはカースタッチを受けたのに平気だったの?」
「そうですよっ! 最初は完全に意識を失われて、大変だったんですよ!?」
先程と同じ質問が飛んできた。
「実はクリア・ポーションを口に含んでおいて、カース・タッチを受けた瞬間に中のポーションを飲み込んでいたんだ。そうすると、呪いを受けてもすぐに治るだろ」
「そんな事をしていたの?」
「あぁ。皆無事で良かったよ」
そんな話をしている内に、地上へ辿り着く。
出来れば今すぐ寝転びたいけど、何とか街の外まで歩き、城魔法で家を出す。
全員三階まで上がる気力もなく、そのまま診察室のベッドで眠りに就こうとした所で、
「ちょっと待って。お兄さんは診察スキルがあったよね。一応、自分の状態を診ておいてよ。カース・タッチを何度も受けたし、何かあったら困るもん」
セシルが真剣な顔で詰め寄って来た。
物凄く眠たいけど、セシルを安心させる為、自分に診察スキルを使用する。
『診察Lv2
状態:呪い無効化(二十四時間)』
「呪い無効化? ……あ! Aランクのクリア・ポーションを飲んだから、その効果か!」
「そういう事だったんだね。変だと思ったんだよー。カース・タッチを受けてからポーションを飲むなんて行為が、何度も成功するとは思えないもん」
「という事は、俺がお腹をタプタプにさせたのは、全く無意味だったのか」
「あはは、残念。でも、お兄さんが健康だって分かって良かったよ」
俺の作戦が無駄だったと判明したのは悲しいが、セシルに笑顔が戻ったので良しとた所でアーニャがやってきた。
「あの、今のスキルで変な状態になっていないか分かるんですよね? でしたら、私も診てください! お化けがいっぱい居たし、何かに憑りつかれていたらイヤですし」
あー、アーニャはゴーストが苦手みたいだし、気持ちは良く分かる。
分かるんだけど、それはそれで問題があるんだが。
「アーニャ。診察スキルを発動させるには条件があって……」
「胸を触らないといけないんですよね? 仕方な……くはないですが、仕方ないです。それでも良いので、早く診てくださいっ!」
「……いいの?」
「何度も言わせないでくださいよっ!」
そう言って、アーニャが恥ずかしそうに顔を赤らめながら服を脱いでいく。
だが、途中で何かが吹っ切れたのか、突然大胆に上半身を露わにした。
「恥ずかしいから早く済ませてください」
これはあくまで医療行為だ。
アーニャも患者さんの一人に過ぎないんだ。
俺は医者。俺は医者……
「……診察!」
出来るだけ心を無にして診察スキルを発動させた。
『診察Lv2
状態:健康』
「良かった。アーニャは健康で、何も問題ないよ」
「良かった。リュージさん、ありがとうございます」
これで今度こそ眠る事が出来る。
そう思った所で、
「ボクもっ! お兄さん、ボクも診察してっ!」
何故かセシルが頬を膨らませ、診察スキルを要求してきた。
「セシルに診察は要らないと思うよ?」
「いいのー! ボクも診察してもらうのー!」
セシルが頬を膨らませながら、診察スキルをねだってくる。
なるほど。口では平気だと言っていたけど、内心は不安だったんだな。
セシルがいつの間にか服を脱いでいたので、早速診察スキルを使用する。
『診察Lv2
状態:健康』
「セシルも健康だぞ。良かったな」
「どうして? どうして猫のお姉さんには恥ずかしそうだったのに、ボクの時は普通なの? 一切躊躇ってないよね!?」
「いや、アーニャの時と一緒だって。それより、早く寝ようよ」
セシルの要望通り診察スキルを使用したのに、何故かセシルが不機嫌だ。
一体何が悪かったのだろうと考えていると、セシルがアーニャに耳打ちされ、
「そういう事なんだ。お兄さん、さぁ早く寝よー!」
いつもの笑顔に戻る。
いや、むしろ普段よりも上機嫌な気がする。
セシルが俺の腕を引っ張って上の階へ行こうとする中で、ふとアーニャに目をやると、満面の笑みで親指を立てられた。
どういう意味なんだと思いつつも、心底疲れ切っていたのでセシルと共にベッドへ。
ようやく就寝だけど、普段より少しセシルとの距離が近い様な……と思っているうちに、夢の世界へ。
翌朝になると、
「お兄さん、おはよっ!」
「セシルが俺より先に起きるなんて珍しいな」
「そ、そうかな? それより早くご飯に行こうよー!」
「アーニャが準備してくれているなら、先に行って良いよ?」
「やだー。お兄さんと一緒に行くのー!」
何故かセシルが甘えてくる。
そんなセシルと共に朝食を済ませた所で、コトンと金属の腕輪が落ちた。
「そうだ。屋根裏部屋に置いておくんだっけ」
アーニャがロザリーさんの形見の腕輪を怖がるので、未だ見ぬ屋根裏部屋へ仕舞う事になったのを思い出し、三階の廊下に現れていた梯子を登ってみる。
六畳程の狭い場所だけど、屋根が大きな天窓となっていて、サンサンと朝日が差し込んでいる。
もちろん元の実家に屋根裏部屋も無ければ天窓も無いのだが……深く考えるのはやめておこう。
一先ず、その辺にあった木箱に腕輪を入れ、置いておく事にした。
「お兄さん。それ、ロザリーさんの形見?」
「あぁ。とりあえず、陽の当たらない隅の方へ置いておくよ」
気付けば、いつの間にか背後にセシルが居て、しゃがみ込んだ俺の背中におぶさるようにして箱の中を覗いていた。
「ところで、ここが新しく出来た屋根裏部屋だよね。倉庫として使うの?」
「今の所はそうかな。何か他に案が浮かんだら、活用したいけど」
「ん-、太陽の光が沢山差し込んでいるから、薬草を育てられないかな? 鉢植えみたいな感じで。ボクが魔法で水を出せば、下から運ばなくても良いし」
いつも自然に生えている物を採取しているけど、必要な薬草が安定して得られるのは良いな。
「いいね。そうと決まれば、必要な物を買いそろえよう」
「うんっ! じゃあ、お買い物だね!」
セシルと意気投合し、アーニャを誘って街へ。
露店を回って、薬草の栽培に使えそうな物を物色していると、
「もしかして、貴方が聖者様かい!?」
「え? 違います」
「そうかい。ごめんよ。夢で見た姿にそっくりだったから」
店のオバちゃんが意味不明な事を言ってきた。
見ず知らずの人を聖者と呼び、しかも夢で見た姿って何なんだ?
ちょっと変な人かと思って、別の露店へ移動すると、
「あの……貴方が聖者リュージ様でしょうか?」
ここでも店員さんが……って、今度は名前まで知っているの!?
「あの、聖者ではありませんが、リュージという名前ですが……」
「やはり貴方が聖者リュージ様だったのですね! ありがとうございます!」
「何の話ですか?」
「この街に住む者は、昔から数日置きに『助けてくれ……』と夢の中で中年幽霊に繰り返し呟かれるという、悪夢に困っていたんです」
「……はい?」
「ですが二日前の事です。『今まですまなかった。聖者リュージ殿により成仏出来そうだ』という夢を、街中の人が見たんです。そして私の知る限り、昨日悪夢を見た人は居ないので、本当だ……という話になっていまして」
中年幽霊っていうのはヴィックの事だろうけど、どうして俺の名前を街中に言って回ったのだろう。
「あーっ! あの言葉の意味って、これの事かぁぁぁっ!」
昨日ヴィックが言った、『ロザリーの形見を見つけてくだされば、リュージ殿は一躍ヒーロー』という言葉は、俺が街の人を悪夢から救った事にするって意味か!
いや、いらないからっ!
お姉さんとの会話が周囲の露店にも伝わり、聖者コールが起こってしまったので、急いで街を発つ事にした。
「兄ちゃん。聖者って何の事なんだい?」
乗合馬車の御者さんが、俺に向けられる聖者コールを聞いて、不思議そうに尋ねてくる。
おそらくこの人は違う街に住んでいて、ただの興味本位で聞いているだけなのだろう。
だけど、恥ずかしさが増すのでそっとしておいて欲しい。
「さぁ……それより出発は未だですか?」
「いや、兄ちゃんたちを加えても、あと三席空いているからな。その席が埋まったら出発だよ」
「では追加で三席分買いますから、早く出発してください」
「そういう事なら構わないぜ。じゃあ、出発だ」
何人かの観光客と俺たち三人を乗せた乗合馬車が、次の街へ向かって出発した。
聖者なんて呼び方は恥ずかしいので、本当に勘弁して欲しい。
――アヴェンチェスの町の悩みを解決した事により、貢献ポイントが付与されました――
乗合馬車が出発してから少しすると、あの声が頭に響く。
また実家が増築されるのかと思っていると、
――貢献ポイントが一定値を超えるとボーナスが付与されます――
アナウンスで終わってしまった。
どうやら今回の付与では、ポイントが一定値を超えなかったらしい。
まぁ屋根裏部屋が出来たばかりだしね。
それにまだ全然活用出来ていないし。
一先ず、乗合馬車で行ける街まで行って食糧や植木鉢を購入し、ついでに周辺に生えている植物を採取して実家で一泊する事になった。
ちなみに、乗合馬車の停留所で見た案内板によると、この街から商人ギルドの本部があるヂニーヴァの街へ行けるそうだ。
商人ギルドの本部ともなれば、沢山情報が集まり、きっとアーニャの家族の情報が得られるはずだから、明日は忙しい日になるだろう。
そのためにもしっかり休息を……と、いつも通り就寝して目覚めると、
「お、お兄さ……ん」
セシルの様子がおかしく、毛布の中で俺に抱きつき、何やらモゾモゾしていた。
だがこれは、前にも見たアレに違いない!
確信と共に倉魔法から暗視目薬を取り出すと、すぐさま使用して毛布を捲り上げ……予想通り小さな妖精が居た。
「やっぱりガーネット……って、どうしてセシルは服を脱いでいるの!?」
「お、お兄さん! 服の中に何か虫みたいなのが入って……」
「誰が虫なのよーっ! 二人とも起きないから、いろいろ試していただけなのにー」
あ、俺にもやってたんだ。
でもガーネットの力だと、弱過ぎて気付かないからな。
「ガーネット。今日は何の用事なの?」
「えっとねー。一つは前に作って貰ったフェイス・ローションが欲しいのと、それから別のお願いがあってやって来たんだー」
「ローションはすぐ作れるけど、別のお願いって?」
「女王様から顔のケア以外にも何か綺麗になる物が欲しいって言われてねー。今、必死に探しているんだけど、何か良い物は無いかなー?」
良い物は無いかと聞かれても、俺は女性の美容に詳しくないんだが。
「セシル……ちょっと起きて」
「お兄さん。取って……服の中に入った虫を取ってよぉ」
「いや、虫とか居ないから。というか寝ぼけてないで、起きてくれよ」
寝ぼけたままのセシルが俺に抱きつき、それを絶妙なタイミングで起こしに来たアーニャに見られ……と、ある意味いつもの日常を過ごした後、朝食を食べながら改めて聞いてみる。
「という訳で、妖精の女王様が新しい美容品が欲しいそうなんだ」
「待ってください。リュージさん、今の話だと既に何らかの美容品を渡しているのですか?」
「言ってなかったっけ? フェイス・ローションっていう物があるんだけど」
「聞いてないです! それ、私にもくれませんか? お肌が綺麗になるんですよね!?」
「いや、アーニャには必要無いと思うよ。そんなの使わなくても綺麗だし」
こういう事を言うと、妖精の女王は肌が綺麗じゃないのか? と思ってしまうけど、会った事も見た事も無いから何とも言えないんだよね。
「お兄さん。ボクは? ボクはどうなの?」
「セシルも必要無いよ。綺麗だもん」
「えへへー。お兄さん、ありがとー」
わざわざ言わなくてもセシルの肌は綺麗なのに、どうして聞いてきたのだろうか。
「二人ともイチャイチャしてないで、何か美容に良さそうな物を考えてよー! ちゃんとお礼はするからさー!」
イチャイチャはしていないのだが、ガーネットに催促されてしまった。
「美容に良さそうな物って何だろ?」
ガーネットに頼まれ、皆で美容について話すが、これと言った物が出てこない。
そんな中、ガーネットがセシルとアーニャの顔をまじまじと見つめだす。
「それにしても……こっちのエルフさんも、そっちの猫ちゃんも、二人とも肌が綺麗だよねー」
「まぁ二人とも若いしね」
「若い? まぁ猫ちゃんはわかるけど……いや、エルフさんも寿命から考えれば若いかー。うーん、女王様は結構……げふんげふん」
ん? アーニャと俺はちゃん付けなのにセシルだけさん付け?
見た目は十代前半だけどセシルの実年齢って……いや、考えないでおこう。
「セシルとアーニャは、美容の為に何かしてる?」
「ボクは何もしてないよー」
「私も特には」
だよねー。
普段、二人が美容に気遣って何かしている様子は無さそうだしね。
毎日お風呂には入っているけど、それは清潔を保つ為だし。
「二人とも何もしていないって割に、髪の毛が綺麗だよねー」
「でも本当に、何もしてないよー?」
「そうですね。普通にお風呂で髪の毛を洗っているだけですし……あ、シャンプーを使わせてもらっているから?」
二人の言葉を聞き、
「シャンプー……って何?」
ガーネットが不思議そうに首を傾げたので、シャンプーの説明をして、お風呂へ連れて行き、実際に使って貰う。
「凄い! あわあわだーっ!」
ガーネットは文化や風習が違うのか、服を脱がずに髪を洗っているけど……それはさておき、全員が泡に包まれる。
一先ずこれで解決しそうなので、ガーネットが持ってきた花粉をフェイス・ローションにして、調剤室にある金香樹からシャンプーも作る。
「ありがとー! 本当に助かるよー。あ! ちょっと待ってて……」
何かを閃いたらしいガーネットが、ローションやシャンプーを入れた小瓶をそのままに、窓から外へと出て行ってしまった。
この状態で家を出て実家を消す訳にもいかないので、それぞれ好きな本を持ってリビングで寛いでいると、
「お待たせー! って、何これ! 本が沢山!」
「ガーネット。この人たち、本当に私たちの事が見えているの?」
ガーネットが別の妖精を連れて来た。
髪の毛が黄色で、ガーネットよりも少し背丈が大きい妖精だ。
「ガーネット。そちらの妖精さんは?」
「紹介するねー! この子はトパーズ。私のお友達なんだー」
「は、はじめまして。トパーズです。女王様のローションを作っていただいた方だと聞いています。その件については、本当にありがとうございます」
宙に浮かぶトパーズから深々と頭を下げられた。
同じ妖精でも、ガーネットとは随分と性格が違うらしい。
「でね、このリューちゃんが今度は髪の毛を綺麗にするアイテムを作ってくれたの。それで、お礼がしたいからトパーズの加護をあげて欲しいんだー」
「私の? ガーネットが自分であげれば良いのでは?」
「私はもう、ローションを作って貰った時にあげちゃったんだー」
「なるほど。あの、リューチャンさん。何か修得したいスキルなどはありますか?」
ガーネットのせいで俺の名前がおかしな事になっているが、スキルが貰えるのはありがたい。
前に貰った倉魔法は便利なのだが、俺が本当に欲しかったのは黒魔法だ。
トパーズはガーネットよりも真面目そうだし、間違えたりはしないだろうが、念のため黒魔法とは違うものをお願いしてみよう。
「じゃあ、何か攻撃系の魔法をお願いします」
「攻撃系の……わかりました。では、リューチャンさんに虹魔法が使えるようにしましょう」
虹魔法? 何だろう。聞いた事が無いんだけど。
「では、そのままお待ちください」
前回と同様に動くなと言われ、直立不動で立って居ると、頬に何かが触れる。
「これでリューチャンさんには私の――エインセルの加護により、新たなスキルが備わりました。えっと、シャンプー……ですかね。ありがとうございます」
「リューちゃん、ありがとー! またよろしくねー!」
ガーネットのピクシーに対して、トパーズはエインセル。妖精にも種族があるらしい。
二人の妖精がそれぞれ小瓶を手にして窓から飛び去って行き、
――新たなスキルを修得しましたので、二次魔法「トレース」が使用可能になりました――
いつもの声が響いた。
……で、毎度ながら二次魔法って何なのさ。
虹魔法っていうのは、どこへ行ったんだー!
「セシル。虹魔法って知ってる?」
トパーズが使えるようにしてくれるはずだった、虹魔法とやらが何なのかと聞いてみたけど、
「ごめんね。聞いた事もないよ」
セシルでも知らない魔法らしい。
一応アーニャにも尋ねてみたが、やはり知らないと。
とはいえ、使えない虹魔法が何かよりも、使えるようになった二次魔法とやらの方が重要だ。
出掛ける準備を済ませて皆で外へ出ると、周囲に何も無い事を確認し、
「トレース!」
早速二次魔法を使ってみた……が、何も起こらない。
「これは倉魔法と同じパターンか?」
倉魔法「ストレージ」を使用した時も、最初は何も起こっていないように見えた。
実際は魔力の塊が生み出されていて、そこから空間収納を使う事が出来たんだけど、セシルとアーニャにも周囲を調べて貰ったものの、何も無い。
そもそも、セシルに言わせると魔力が放出された気配がないそうだ。
魔力について、俺はよく分からないけど、セシルが言うのだから間違いないのだろう。
「どうやら二次魔法は、ハズレスキルっぽいな」
「ボクとしては、妖精さんに貰ったスキルだから、そんな事はないと思うんだけど」
「何か発動条件があるんじゃないですか? に、二時になったら使えるとか」
アーニャの例はさておき、発動条件というのはあるかもしれない。
お医者さんごっこスキルの「診察」だって、相手の胸を触らないと発動しないしね。
「二次魔法の事は一旦置いといて、次の街へ行こうか。いよいよ商人ギルドの本部がある街だ。きっとアーニャの家族の情報だってあるはずだ」
「はいっ! お願いしますっ!」
ヂニーヴァの街行きの乗合馬車へ乗り、再び馬車の荷台で揺られながら道を進む。
大きな街への街道という事もあって、魔物も現れないし、山賊なんかも出て来ない。
かなり揺られて、茜色の日に照らされ始めた頃、遠くに大きな壁が見えてきた。
「ヂニーヴァの街だよ。この馬車はここが終点だから、全員降りてくれ」
乗合馬車の停留所へ着く頃には、日がすっかり落ちてしまったので、先ずはいつも通りに街の外で一泊しようと思ったのだが、
「あのっ! 先ずはギルドで家族の情報が無いか聞いても良いですかっ!?」
今までずっと我慢してきたのだろう。
アーニャが抑えきれないといった表情でギルドへ行きたいと言ってきた。
ギルドまでの道も分からないけど、アーニャの気持ちは痛いほど良く理解出来る。
セシルに視線を送ってみると、大きく頷いたので、先にギルドへ行く事に。
日が落ち、魔法による灯りで照らされた道を三人で歩いているのだが、
「この街……ちょっと広過ぎない?」
「そうだね。ボクもそう思うよ」
「むー。せっかく辿り着いたのにー」
商人ギルドの建物が一向に見当たらない。
街を歩く人も少なくなっているし、女の子二人を連れて出歩くような時間ではなくなってしまった。
「アーニャ。完全に日が落ちているし、今日は街の中で宿を取って、明日ギルドを探そう」
「わかりました」
アーニャも納得してくれたので、ギルド探しから一転して今度は宿探しへ。
街の外なら城魔法を使って無料で泊まれるけど、また同じ道を戻るのは辛い。
最悪、広めの場所があったら、街の中でも城魔法で家を出そうかと考えていると、
「おっと、こんな夜更けに女の子が出歩くなんて……悪い子だなぁ。オジさんが家まで送ってあげよう。さぁついて来なさい」
「ちょっと! やめてくださいっ!」
アーニャが酔っ払いらしきオッサンに絡まれてしまった。
「失礼ですが、彼女は俺の連れです。離してもらえませんか」
「んぁ? なんだ、てめぇは!? 俺は、こっちの女の子と喋ってるんだよ。若造は引っ込んでろ!」
アーニャを庇うようにして割り込んだ俺に、突然オッサンが殴りかかってきた。
とはいえ、酔っ払いの拳だ。しっかりガードすれば大丈夫だろうと思っていると、
「うひぃぃぃーっ!」
突然オッサンが変な声と共に目の前から消える。
「お兄さんに危害を加えようとする人は、許さないんだからっ!」
どうやらセシルが突風を起こして真横に吹き飛ばしたらしく、路地に向かってオッサンがゴロゴロと転がって行った。
セシルが竜巻で上空に吹き飛ばさなくて良かったよ。
一先ず、再び三人で宿探しを再会するんだけど……何か変だ。
何かモヤモヤするというか、身体の中に名状しがたい変な違和感がある。
「お兄さん? さっきから様子が変だけど、どうかしたの?」
「何て言えば良いのかわからないんだけど、さっきセシルがオッサンを吹き飛ばした後から、身体が変なんだ」
「変? どんな風に?」
「上手く言えないんだけど、身体の中に何かが入ってきたような、身体がそれをどうすれば良いのか困っているというか、自分でも良く分からない状態なんだ」
セシルが見かねて声を掛けてくれたけど、俺の顔を覗き込んだ後、助けを求めるようにアーニャへ顔を向け、結局二人して困った表情を浮かべる事になる。
「俺の事はともかく、あの建物って宿っぽくないか?」
「確かにそんな感じがするけど、お兄さんは本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だって。きっと寝たら治るさ。さぁ行こう」
暗闇に浮かぶ看板の下へ移動し、異世界で初めて実家以外に宿泊する事となった。
「なんだろうなー」
宿で朝食を済ませ、ギルド本部へ出発……となったけど、昨日のモヤモヤがまだ晴れない。
この違和感は一体何なのだろうか。
「お兄さん、どうかしたのー?」
「いや、昨日の違和感が未だとれなくて」
「ん-、お兄さんは自分で自分を診察出来ないの?」
「そっか。診察すれば良いんだ。でもあれは、クリニックでしか使えないから、先にギルドへ行ってしまおう。俺の事は後で良いよ」
宿をチェックアウトするついでに商人ギルドの場所を聞いて、今度こそ出発した。
人が多いので、逸れないようにセシルとアーニャと手を繋ぎ、教えてもらった通りに進むと、大きな建物の前に辿り着く。
「これが、商人ギルドの本部か」
「それなりに大きいねー」
「あの、早く! 早く中へ入りましょう!」
アーニャに引っ張られるようにして中へ入り、ギルドの職員や、他の街から来たと言う行商人などに話を聞いてみたが、有益な情報は出て来なかった。
しょんぼりしているアーニャを連れ、ギルドから少し離れた場所にあるカフェで、これからどうしようかと話をしていると、
「よう。アンタたち、獣人族を探しているんだってな」
ガラの悪い五人程の男たちが話しかけてきた。
見た目は明らかに胡散臭い、いわゆるゴロツキと呼ばれるような風貌なのだが、
「は、はい! 何か、御存知なのですか!? 些細な事でも構いませんので、教えてください!」
アーニャがキラキラと目を輝かせて話に喰いつく。
「いやー、俺たちもちょいと耳にした程度だから詳しくは知らないんだがよ。あっちに見たって奴が居るんだよ。話だけでも聞きに行くかい?」
「はいっ! お願いします!」
あからさまに怪しいのだが、アーニャが居ても立っても居られない様子で立ち上がってしまった。
仕方が無い。嫌な予感しかしないが、行くしかないか。
アーニャと一緒に行こうと俺が立ち上がると、
「あー、そっちの兄ちゃんはここで待っていてくれ。見たって奴が極度の人見知りでよ。出来るだけ少ない人数にしてやりてーんだわ」
もっともらしい言い分で、アーニャを一人にしようとする。
そのくせ、
「でも、そっちのお嬢ちゃんなら来ても良いぜ。人見知りする奴だけど、一人くらいなら増えても大丈夫だろ」
などと言ってくる。
いやいや、だったら俺が一緒でも良いだろう。
確実に黒だと決めつけて、セシルに目をやると、俺と同じ考えだったようで、無言のまま小さく頷いた。
しかし、
「すみません。ではリュージさん、セシルさん。少しだけ待っていてください。ちょっと話を聞いてきます」
俺が止める間も無く、アーニャが走り出す。
「アーニャ、待つんだ! これは、怪し過ぎる! 止まるんだっ!」
「おっと、兄ちゃん。どこへ行くつもりなんだ? 座ってな!」
だが俺の声はアーニャに届かず、三人の男が行く手を阻む。
「邪魔を、するなっ!」
ゴロツキたちにタックルを仕掛けて、強硬突破しようとした所で、
「フッ――この世に悪の栄えた試しなし! 愛と勇気と希望の名の元に、ホーリープリンセス参上っ!」
変な奴が現れた。