白魔法が使えない回復術士は要らないと言われたので、実家を召喚出来る城魔法を使って、異世界スローライフ


 一先ずこれから俺たちがどうするかを決める事にしたんだけど、目的はアーニャの家族を探す事だ。
 だが、……どこへ行けば良いかというアテが無い。

「情報収集なら人が多い場所が良いと思うんだけど、どうだろう?」
「そうだね。貿易が盛んな街だと、人の出入りが多いから、いろんな国の事が分かるんじゃないかなー?」
「おぉー、流石セシル。なるほどねー。じゃあ、この近くで貿易が盛んな街はどこだろ? やっぱり王都?」
「詳しくは知らないけど、王都は違う気がするよー。なんでも王都に商品を持ち込むと、税金が高いとか何とかで、貿易はそんなに盛んじゃないって聞いた事があるから」

 セシルは凄いな。貴族の息子――って、俺がそう思っているだけだが――ならではの情報だ。

「あのっ。貿易なら港町が盛んではないでしょうか?」
「じゃあアーニャの言う通り、海を目指してみよう」
「そうですね……って、私、どっちに海があるか分からないんですけどね」

 うん。俺も分からないよ。
 こういう時はセシルに聞いてみるのが一番だと思うんだけど、何故か当のセシルが不思議そうな表情を浮かべている。

「セシル、どうかしたのか?」
「えっと、二人とも普通に話していたけど、港町とか海って何?」
「そうか、セシルは海を知らないの!?」
「うん。話からすると、貿易が盛んになる要素があるんだよね?」
「あぁ。だが、セシルが海を知らないって事は、この辺りに海が無いって事なんだろうな」
「お兄さん。だから、その海って何なのさー」

 思わずアーニャと顔を合わせ、二人がかりでセシルに海と港町について説明していくが、

「二人が言っている海や港町っていうのは何となく分かったけど、この国は元より、近くに海なんて無いと思うよ?」

 悲しい答えが帰って来てしまった。

「うーん……あ! 商人ギルドは? そこなら、貿易みたいな事もやっているんじゃないかな」
「良いんじゃないかな。けど、この村の規模だと貿易なんて大きな取引は望めないから、商人ギルドの本部に行ってみようよ。ただ、ボクも本部の場所までは知らないから、商人ギルドへ聞きに行こう」

 アーニャも連れて商人ギルドへ行くと、受付の女性が俺たちを見た途端に奥へと引っ込み、ギルドマスターであるトーマスさんが現れた。
 今日はセシルが俺の後ろに隠れていなかったからなんだろうけど、本当にセシルはどういう立場なのだろうか。

「セシル様、サイトウ様。本日は当ギルドへどのような御用件でしょうか」
「すみません。そんな大した用事では無いんですけど、商人ギルドの本部がどこにあるのか教えて欲しいんですよ」
「本部でございますか? 私も一度か二度程しか行った事がないのですが、ヂニーヴァの街にございます」
「ヂニーヴァ……って、近いですか?」
「いえ、遠いですね。ここから南西の方角にあるのですが、通常でも馬車で十日程掛かるかと」

 馬車で十日って、それメチャクチャ遠いよね。
 王都からこの村までの半日でさえ、する事がなくて結構苦痛だったのに。

「ん? 通常でも……って、今は通常ではない何かがあるんですか?」
「えぇ。二日前に起きた大きな地震で、西へ繋がる街道が崩れてしまったのです。そのため、それを知らずに出発していた馬車も軒並み戻ってきておりまして」

 大きな地震があったのか。
 地震は怖いからな……って、二日前? あれ? それって……

「あぁ、あの地震は凄かったね。とてつもなく大きな魔力が働いたのを感じたよ」
「なんと、魔力ですか! セシル様が仰るのであれば、お間違いないでしょう。何か良からぬ事が起こらなければ良いのですが」

 セシルが魔力がどうとか言っているけど、もしかしてその地震って、俺を異世界召喚した時に起きたんじゃないかな?
 異世界召喚って、きっと凄い魔法なんだよね? まぁ俺は間違って、勝手に呼ばれた側なんだけどさ。

「ここから直接行けないのであれば、一度王都へ戻った方が良いんですか?」
「そうですね。王都からですと南周りの街道がありますが……かなり遠回りになるため、おそらく二十日以上かかるのではないかと」
「二十日以上!? 流石にそれは厳しいかな」

 十日でもどうかと言うのに、その倍以上掛かるのは勘弁願いたい。
 けど、歩いて行けばもっと時間がかかるだろうし、自分で馬を調達して……って、馬なんて乗った事ないよ。
 どうしたものかと考えていると、

「そうだ。お兄さん、一先ず南西に行ければ良いんだよね?」
「あぁ。その崩れた街道さえ抜けられれば、次の街で馬車があるだろうし」
「じゃあ大丈夫。きっと何とかなるよ」

 セシルがニコニコと微笑みかけてきた。

「なるほど。セシル様なら森が使えますね」
「うん。そういう事だよ」

 トーマスさんとセシルがよく分からない話をした後、ギルドを出る。

「遠回りするよりかは早く目的地へ着けるけど、二人共少し歩いても大丈夫?」
「あぁ。疲れたら家を出して休めるしね」
「私は獣人族なので、平気です」

 アーニャは体力に自信があるみたいだけど、俺は日本でデスクワークばっかりだったし、趣味もゲームやラノベだからあまり体力は無い。
 後で時間があったら、体力が上がるポーションが作れないか試してみよう。

「じゃあ、二人とも大丈夫って事だけど、念の為、食料を買っておこうよ」
「念のため……って、セシル。どういう方法で次の街へ行くんだ? どうやら歩いて行くようだけど、街道は通れないぞ?」
「簡単に説明すると、この先の大きな森を迂回するように街道が作られているから、森の中を突っ切るんだ」
「なるほど。街道を通らないから道が塞がれて居ても関係ないし、おまけに最短距離で移動出来るという訳か」

 悪くはない策だ……森の中を迷わずに通り抜けられるなら。

「セシル。森の中を通るって、大丈夫なのか?」
「うん! 絶対に大丈夫」

 セシルが自信満々だけど、この辺りを通った事があるか?
 もしかしてセシルの家の領地とか?
 だったら、商人ギルドの対応も分からないでもない。
 自分の村を治める領主の息子が来たら、それなりの対応をするだろう。

「じゃあ食料を買い込んだら出発だ」

 アーニャに選んでもらって七日間分の食料を購入すると、街の外で城魔法を使って食材を冷蔵庫へ入れ、ついでにお昼ご飯を作ってもらう。

「おぉ、美味しい!」
「ありがとうございます。料理は良く作っていたので」

 女の子の手料理って良いな……と、昼食に満足した後は、後片付と食休みを経て、出発する。
 街道を三人で歩いて行き、途中で薬草を見つけたら程々に摘んで、疲れたら家を出して小休憩をする。
 休憩中はしっかり休めるし、徒歩の旅だけど思っていた程辛くは無く、日が傾いてきた頃に大きな森が見えて来た。

「お兄さん。あれが例の森だよ。ここから街道が大きく右に曲がるけど、ボクたちは真っすぐ行こう」

 街道の先に目を向けると、かなり大きく迂回しているように見える。
 確かに真っ直ぐ行けば時間短縮になるし、途中で通れなくなっているという箇所もすっ飛ばせるだろう……迷わなければ。

「セシル。日も落ちてきたし、今日はここで一泊しないか? 夜の森ってちょっと危なそうだし」
「別に夜でも昼でも森は危なくないんだけど、お兄さんがそう言うなら……」

 森の手前で家を出すと、アーニャが夕食を作り始めたので、俺はセシルと風呂へ入る事にした。

「セシル。いっぱい歩いたし、早めにお風呂へ入ろうか」
「はーい。あ! じゃあ、猫のお姉さんも呼んで、三人で一緒に入ろうよ」
「いや、それはダメだって」
「どうしてダメなの?」

 どうしって……って、それを聞いちゃうの?
 貴族の息子とはいえ、セシルは十二歳くらいだと思う。
 日本であれば男女の違いが分かっていると思うけど、異世界だからか、貴族だからか。回答に困る質問をしてきた。

「アーニャは女の子だから、一緒に入るのは、あんまり良く無いかな」
「そうなの? でもボク、家に居た時は女の子と一緒にお風呂へ入って居たよ? 身体を洗って貰わないといけないし」
「マジで!? 羨ま……いや、何でも無い」

 き、貴族ぅぅぅっ!
 女の子と一緒にお風呂へ入って、身体を洗って貰う!?
 それって所謂ハーレムだよね?
 セシルは自分で身体を拭けなかったり、着替えが出来なかったりだけど、お風呂まで女の子――おそらくメイドさん――に頼っていたとは。
 人肌が恋しいから俺と一緒に寝るって事になったけど、むしろ俺より人肌に触れているのでは!?
 正直、羨ましさしかないけど、これから一緒に旅をするならお風呂くらい一人で入って貰わないと困る。
 一先ず身体の洗い方を教えおうかと思っていると、アーニャがやってきた。

「今日はもうお風呂へ入られるんですか?」
「うん。汗もいっぱいかいたしね。ほら、セシル。行くよ」
「えぇっ!? セシルさんとリュージさんは、一緒にお風呂へ入るんですか!?」
「あぁ。ちょっと行ってくるよ」

 アーニャが物凄く困惑しているけれど、その気持ちも分かる。
 もう少しセシルが幼ければまだしも、既に親と一緒にお風呂へ入る年齢ではないからね。
 何か言いたげなアーニャの視線を余所に、セシルを連れて脱衣所へと移動した。

 脱衣所で早速セシルの服を脱がそうと手を掛け、途中で止める。

「あれ? お兄さん。どうして止めちゃうの?」
「いや、せっかくだから、服を脱ぐ所から自分でやってもらおうかと思って」
「えぇーっ! ボク、昨日一人でお風呂へ入ってって言われて、物凄く苦労したんだけど」
「だからこその練習だよ。ほら、やり方を教えながら俺も一緒に着替えるからさ」

 口を尖らせるセシルを前に、先ずは俺がTシャツを脱ぎ捨てる。
 セシルも同じように頭から被るタイプの服なので、先ずは両手で裾を握らせる。

「そう、その一番下の部分を持って、そのまま真上に持ち上げるんだ」
「……お、お兄さーん! 服が、服がぁー」

 裾を持ったまま腕を上げ、首まで上がった所でセシルがあたふたと助けを求める。
 シャツで顔が隠れ、胸から下が出てるって、子供かよ……いや、子供なんだけどさ。
 仕方がないので上からシャツを引っ張り上げると、ようやくセシルの顔が出て来たのだが、普段は金色の髪の毛で隠れている耳がチラリと見えた。
 ……一瞬、耳の形がちょっと変な気がしたけれど、あまりそういう事には触れない方が良いだろう。

「じゃあ、次はズボンだな。といっても短いズボンだし、これは頑張ってみよう」
「ちょ、ちょっと待っててね」

 一応お手本? として先にズボンを脱いで見せたけど、セシルは短パンを脱ぐのに、座り込んじゃったよ。
 今まで一人で着替えた事が無いとはいえ、この年齢で幼稚園児みたいな着替え方は見ている方もちょっと辛い。
 ここは心を鬼にして一切手伝わずに自力で脱いでもらおう。

「お、お兄さーん」
「シャツよりは簡単だから、頑張って」

 半泣きのセシルが膝くらいまで短パンをずらしたので、白いパンツが丸見えになっているのだが、前に可愛らしいリボンが付いていて、思わず噴き出しそうになってしまった。
 ……うん。俺が芽衣のパンツを履かせたんだから、ここで笑うのはおかしい。
 今更だけど、村に居る間にセシルの服も買っておくべきだったな。
 改めてセシルに申し訳ないと心の中で謝るが、童顔で身体や手足が細く、女物のパンツを履いているから、今の姿が女の子に見えてくる。
 まぁ胸が全く無いから、ちゃんと男だとは分かっているのだが……っと、ようやくズボンを脱ぎ終えたな。

「じゃあ、最後はパンツだね」
「うん。これならさっきのズボンよりは簡単そ……」

 って、何故かセシルが俺の方を見ながら固まってしまった。
 俺が先に全裸になったからか?
 先に一緒にお風呂へ入ろうって言ったのはセシルなのに、裸の付き合いを恥ずかしがられても困るのだが。

「ほら、セシル。手が止まっているよ」
「え? あ、うん……ぬ、脱ぐね」

 流石に少年の全裸を見る趣味は無いので、背を向けて待って居ると、恐る恐ると言った感じでセシルが声を掛けてきた。

「お、お兄さん。ぜ、全部脱げた……よ?」
「次は身体の洗い方だね。じゃあ、浴室へ……ぇぇぇっ!?」

 視界の隅にチラっと映ったセシルの身体を見て、思わず二度見してしまった。
 ……いや、二度も見ちゃいけないんだろうけど、でも自分の目を疑ってしまい、しっかりと確認して、絞りだすようにして声を出す。

「セ、セシルって……その、お、女の子だったのか?」
「え? うん。そうなんだけど……お兄さん。それって、何なの? いつも一緒にお風呂へ入って居た女の子にも、ボクにもそんなの無いよ?」

 それ……ね。
 全てを察した俺は、先ずはセシルに深々と頭を下る。

「セシル、ごめん。今日は、やっぱり一人でお風呂に入って」
「え? でも、お風呂の入り方を教えてくれるって……」
「うん。本当にごめん。心の底から悪いと思っているんだ。だけど、今日は少し事情が変わったんだ」
「えぇー。じゃあ、明日は?」
「……ちょっとアーニャと相談するよ」
「……アーニャと? まぁいっか。じゃあ、行ってくるねー」

 セシルが浴室へ入ったので、その扉を閉めると、大急ぎで着替えて脱衣所を出た。

「やらかしたぁぁぁっ!」

 よく考えたら、筋肉が少ないとか、小食だとか、身体が細い割にお尻が膨らんで居たとか、気付けるポイントは幾つかあったのに。
 まさかセシルが貴族の息子ではなく、貴族令嬢だったなんて!
 これ、日本だったら即捕まってるよ! 事案になってるやつだよっ!
 廊下で頭を抱えていると、どうしたんですか? と、アーニャがやってきた。

「あ、あのさ。アーニャはセシルって男の子か女の子かって、どっちだと思う?」
「え? どこからどう見ても女の子ですけど」
「マジか。そうなのかぁぁぁっ!」
「……まさか、男の子だと思っていたんですか!?」
「うん。出会ってから、ずーっと男の子だと思ってた」
「えぇー。あんなに可愛いのに」

 アーニャが呆れたようにジト目で俺を見てくる。
 そんな事言われたって、髪の毛が首元までしかないし、胸も無いし、分からないよっ!
 せめてスカートだったら、俺だって女の子だって気付いたのにっ!

「まぁでも、仕方ないですね。種族が違うと、そういう事も分かり辛いかもしれませんし」
「種族が違うって?」
「え? だってリュージさんは人族ですよね?」
「う、うん。もちろん」
「セシルさんはエルフですよ? ……って、まさかそこからですか!?」

 セシルがエルフで女の子だって!?
 どうやら俺は、とことん異世界の事が分かっていなかったみたいだ。
「お兄さーん。お風呂終わったから身体を拭いてー」

 お風呂へ入っても自分で身体を洗った事が無いセシルなので、凄い早さで入浴が終わる。
 どうしよう。昨日の俺は何も知らずにセシルの身体を拭いて、更に服の着替えまで行ってしまったが、もう無理だ。
 セシルがエルフの貴族令嬢だと知ってしまったので、裸を見る訳にはいかないだろう。

「アーニャ、頼む。俺の代わりにセシルの着替えを手伝ってあげてくれないか」
「それくらい構わないですが、セシルさんはご自分で着替えられないんですか?」
「うん。本人からは何も聞いていないけれど、十中八九貴族なんだよ」
「なるほど。それなら全部メイドさんがやりそうですもんね。分かりました。では、少し待っていてください」

 アーニャが脱衣所へ入り、暫くして二人が出てきた。
 ちなみに、意図して隠しているのか偶然なのか、セシルの髪の毛が耳を覆い、先程チラッと見えた長い耳――エルフの耳は今も見えない。
 けど、おそらくセシルがエルフだと言うアーニャの意見がきっと正しいのだろう。
 俺はセシルが女の子だって事にすら気付けなかったしね。

「お兄さん。どうして一緒にお風呂へ入るのを急に止めちゃったの?」
「え? まぁその、いろいろあったんだ。とりあえず、これからは一人で入れるように練習していこうな」
「お兄さんと一緒に?」
「えーっと、アーニャにお願いしようか。悪いけど、アーニャお願い出来る? 代わりに掃除だとか、洗い物くらいは俺がやるからさ」

 突然話を振られて驚いていたけれど、一先ず了承してくれた。
 少し前まで妹の世話をしていたらしいし、俺がやるよりはるかに良いだろう。
 というか、俺がやる訳にはいかないからね。

「じゃあ、ボクは本を読んでるから」

 お風呂を終え、セシルが再びラノベの世界へと浸る為にリビングへ行った後、アーニャが目を大きく開き、パクパクと声にならない声を上げる。

「あ、あの、本があるんですか?」
「ん? あるよ。いっぱいあるからアーニャも何か読む?」
「よ、読んで良いんですかっ!?」
「もちろん良いよ。三階にあるから案内するよ」

 アーニャを連れて俺の部屋へ行くと、

「ほ、本がこんなに!? 調味料といい、この本といい、やっぱりリュージさんも貴族なんですか?」
「いやいや、俺は違うって。それより、アーニャはどんなのが好みなの? ちなみに、セシルはラブコメを読んでいるよ」
「ら、ラブコメ? あの、私は一応文字を読み書き出来るのですが、あまり得意ではないので、字が少なめの方が嬉しいです」
「字が少ない方が良いのなら、ラノベじゃなくて漫画にしようか。冒険ものとか、バトルものとか……でも、女の子だから恋愛ものの方が良いよね」

 本棚に収納された本を見て、俺まで貴族扱いされてしまった。
 このリアクションで本が貴重な世界なんだと分かったけれど、一方でセシルは全く気にしていなかったので、やはり貴族なのだと確信してしまう。
 セシルは、貴重だという本をいっぱい読んできたって言っていたしね。

「一先ずこれなんて良いんじゃないかな。分からない所があったら、聞いてくれれば教えるから」

 恋愛ものの漫画を俺は持っていないので、芽衣の部屋の本棚にあった、アニメ化されている有名な少女漫画をアーニャに渡して、一緒にリビングへ。

「じゃあ、ここで寛いでいて。次は俺がお風呂へ行ってくるから」

 身体を洗い、湯船に浸かりながらボーッと考える。
 ラノベなんかに出てくるエルフは長寿で、実年齢と見た目が合っていないって事が多いけど、セシルは何歳なんだろう。
 中学生にしか見えないアーニャが二十歳って言っていたし、もしかしてセシルも二十歳くらいだったりするのだろうか。
 まだまだ異世界どころか、一緒に旅をしている二人の事も全然知らないんだなと改めて感じ、もっと互いの事を知る方法は無いだろうかと考え……残念ながら出てこない。
 とりあえずお風呂をアーニャと代わった後、夕食を済ませてそろそろ寝ようかという話になった時、

「じゃあ、お兄さん。一緒に寝よー」
「え? ど、どうして?」
「どうしてって、今朝ボクと一緒に寝てくれるって言ったよね。お兄さん」

 満面の笑みで、セシルが近寄って来た。

 ニコニコと屈託の無い笑みを浮かべるセシルが、すぐ傍で俺を見上げている。
 ほんの数時間前の俺なら、約束通りセシルと一緒に寝ていただろう。
 だが、成人男性である俺と同じベッドで一晩を過ごして……って、待てよ。良く考えたら、何も問題ないのか。
 セシルは一人で寝るのが寂しくて、誰かと一緒に眠りたいだけ。そこに変な意味合いは一切ない。
 俺はロリコンじゃないから、セシルに何かしようとは思わない。
 そう、何も起こらないなら、何も問題が無いんだ。

「わかった。約束だし、一緒に寝ようか」
「うんっ! やったぁ」

 嬉しそうに喜ぶセシルの顔を見て、その笑顔が初めて会った時から変わって居ない事に気付く。
 そうだ。俺が勝手にセシルを少年だと思っていて、そして勝手に少女だったと知っただけで、セシルは最初からずっと今のセシルのままなんだよ。

「猫のお姉さんはどうするの? 三人で一緒に寝る?」
「で、出来れば別の方が嬉しいです」
「そっか……」

 アーニャがいろいろと言いたげな表情で俺を見てくる。
 分かってる。アーニャが言いたい事は分かっているんだ。
 けど約束だったし、俺は何もしないし、何も起こらないから目を瞑って欲しい。

「アーニャの寝室は、こっちの部屋にしよう。この部屋はアーニャが自由に使ってくれて良いから」
「わ、わかりました」

 セシルを俺の部屋で待たせ、芽衣の部屋をアーニャにあてがったついでに、俺とセシルが一緒に寝る事になった経緯を簡単に説明しておいた。
 とはいえ、全て俺の推測に過ぎないし、あまりプライベートな事を言いふらす物でも無いだろうと思って、ごくごく簡単にだけど。

「私がお二人に何かを言う立場ではないですけど、セシルさんを泣かせるような事はやめてあげた方が良いかと……」
「だから、そういうのじゃないってば」

 ……経緯の説明を簡単にし過ぎたからだろうか。
 俺の意図が全て伝わって居ないけど、あまりセシルを待たせ過ぎるのもどうかと思って、一先ず自分の部屋へと戻る。
 するとセシルがベッドに入ってラノベを読んで居て、

「あ、お兄さん。もう猫のお姉さんに説明は終わった? じゃあ、早く寝ようよー」

 俺に気付いたセシルが本を閉じた。
 どハマりしているラノベよりも睡眠を優先するのなら、早く寝た方が良いか。
 部屋の照明を消してセシルの横へそっと入ると、

「おやすみ、セシル」
「うん。おやすみ、お兄さん」

 俺も今までずっと忘れていた、優しい温もりに触れながら眠りに就く。

……

 翌朝。
 セシルと同じベッドで寝たけれど、当然何事も無く起床したのだが、何故か身体が重い。
 まるで身体の上に何かが乗っているような……って、乗ってたよ。
 掛け布団を剥がすと、俺の胸に顔を埋めるようにしてセシルが眠っている。
 一応、言い訳をしておくが、寝るときはちゃんと横並びで眠っていたんだ。

 それなのに……どうしてこうなった。

 まぁでも、セシルに女の子らしい膨らみは無いし、この状況から俺が変な気持ちになる事はないから、これ以上は何も起こらないけどね。

――コンコン

「おはようございます。朝ごはんの支度が出来たので、そろそろ起きて……」

 突然扉がノックされ、アーニャが部屋に入った来たかと思うと、ベッドに目をやった途端に固まる。

「違う! 違うんだっ! これは、決して変な意味は無いんだっ! セシル、セシルッ! 起きて! 起きてフォローしてっ!」

 俺を見つめるアーニャのジト目に耐え切れず、セシルを起こそうと身体を揺すると、

「……ん、んん……お兄さん。激しいよぉ」
「いや、どんな夢を見ているんだよっ! というか、間が悪すぎるよっ!」

 とんでもないタイミングで出た寝言により、ますます気まずい雰囲気になってしまった。
 セシルを無理矢理起こし、アーニャに身の潔白を証明して三人で朝食をとる。
 相変わらずアーニャの作ってくれる食事は美味しいのだが、変な汗が出るのは何故だろうか。
 何も後ろめたい事は無いはずなんだけど、無意識にいろいろと考えてしまっているのかもしれない。

「ごちそうさまっ! さぁ、お兄さん。いよいよ森だね。楽しみだね」
「お、おぅ。そうだねっ! 森の中は自然がいっぱいで良いよね」

 何とか気分を変えようと、セシルの言葉に便乗すると、

「リュージさんは、あまり森の中へ入りたがっていないような感じがしたのですが」
「ち、違うよ? 夜の森はどうかなって思っただけで、そんな事は全くないよ? いやー、森林浴って良いよね。さぁ張り切って行こう!」

 アーニャが訝しげな表情を向けてきたけれど、何とか勢いで乗り切った。……乗り切ったと思う。
 別にアーニャが何か言ってきた訳ではないんだけど、「俺は変態じゃないんだ。朝起きたら、セシルが俺の胸で寝ていただけで、無実なんだ」と心の中で言い訳をしてしまう。
 一方で、当のセシルは早く行こうよーと、俺の腕に抱きついてくる。
 無邪気に喜んでいるだけなんだけど、女の子なので、もう少しボディタッチを減らしてくれた方が良さそうなのだが。
 一先ず朝食の後片付けを手伝い、出発準備が整ったので、セシルを先頭に森の中へと入って行く。

 大きな森だとは思っていたけれど、広さだけではなく、樹木の一本一本も太く、背が高い。
 上の方で葉が生い茂り、陽の光が殆ど届かないのだが、

「二人とも、次はこっちだよ」
「そこに窪みがあるから足元に気を付けてね」
「お兄さん。そこに生えている草は薬草だよ。少し摘んでいこうよ」

 セシルは夜目が効くのか、薄暗い森の中でも普段と変わらぬ歩みを見せる。

「ふぅー、お兄さん。やっぱり森の中を歩くのは楽しいねー」
「そ、そうだね」
「うん。だけど楽しさのせいで、つい歩き過ぎちゃって、休憩を忘れちゃうけどね」

 確かに、随分と歩いた。
 二時間くらい歩きっぱなしだったのではないだろうか。
 正直、俺は脚がメチャクチャ痛いし、物凄く疲れているのだけれど、それでもセシルはまだまだ余裕がありそうだ。

「……って、しまった。結構歩いたけど、アーニャは大丈夫?」
「私ですか? この程度でしたら全然大丈夫ですが」

 あー、そういえばアーニャは獣人族だから体力はあるって言っていたね。

「お兄さん。結構歩いたし、一度休憩にする? その先に、少し開けた場所があるんだ」

 アーニャへの気遣いのつもりだったけど、逆に俺が気を遣われてしまい……だが、少し疲れているので、城魔法を使って家を出す。
 一先ず、この森の中で薬草を沢山拾ったし、疲労回復と体力向上のポーションが作れないか挑戦してみよう。
 セシルやアーニャが一休みしている中、俺は調剤室へ移動し、並べられた薬草や薬を鑑定していく。
 暫く鑑定を使っていると、滋養強壮や持久力、夜盲症に効くという複数の薬草を見つけたので、とりあえずそれぞれを調合してみる事にした。

「お、それっぽい効果の薬草を調合したら出来たな。出来たのは……ナリッシュメント・ポーション? 何だこれ?」

 だが、名前から効果が想像出来ないので、すぐさま鑑定してみる。

『鑑定Lv2
 ナリッシュメント・ポーション
 Bランク
 滋養強壮効果がある』

 要は栄養ドリンクだって事だよね?
 とりあえず、かなり歩いて疲れているし、早速飲んでみよう。

「……あ、熱い!? 身体の中から力が湧いてくるみたいだけど、大丈夫なのか?」

 実際の効果は分からないけれど、効いている感じはする。
 いざという時にあれば便利そうだし、材料も豊富にあるので十本分くらい作っておいた。

「よし、どんどん作るぞ」

 気合が入った所で、持久力の効果があるタレハ草という薬草を調合すると、エンデュランス・ポーションというBランクのポーションが出来た。
 これも鑑定してみると、元の薬草と説明が同じなのが残念だけど、効果は上がっているのだろう。
 先に飲んだ滋養強壮効果があるので、こっちは飲まずに、ストック用として十本作っておいた。
 次は、夜盲症に効くというサエグサの花を調合してみると、暗視目薬(A)というアイテムが出来た。

「目薬か……初めてポーション以外のアイテムが出来たな。とりあえず、使ってみるか」

 とりあえず使って窓から外を覗いて見ると、薄暗かった森の中が照明が点いているかのように明るく見える。
 これは、夜に活動する事があれば役立ちそうだなと、一気に二十本くらい作った所で、

「お兄さーん。そろそろ出発しても良いー?」

 休憩が終わり、移動を再開する事になった。
 休憩を終え、再び森の中を歩いているのだが、ポーションの効果のおかげで疲労感が全く無い。
 更に目薬の効果で、薄暗いはずの森の中が、街道を歩いていた時の様にはっきりと見えるので、変な所で躓いたり、謎の物音に怯える必要が無くなった。
 ポーションを作って正解だったな。

「お兄さん。休憩が良かったのかな? 何だか、随分と足取りが軽いね」
「あはは、まぁね。セシルの言う通り、休憩が良かったんだと思うよ」

 本当は思いっきりポーションの力に頼っているんだけど、それはさて置き、エルフのセシルと獣人族のアーニャに負けず劣らずのペースで歩いていると、何やら変わった生き物を見つけた。
 その生き物は、掌大の小さな人形みたいな女の子の姿をしていて、背中から蝶々を思わせる羽が生えている。
 所謂ファンタジーの定番とも言える妖精で、森の中に生えている青白い花を飛び回り、何かを集めているみたいだ……と、ここだけ見れば、凄くメルヘンチックな雰囲気なのだが、残念な事に、その妖精の顔に悲壮感が漂っている。

「セシル。あそこに妖精みたいなのが居るんだけど、あの娘、大丈夫かな?」
「えっ!? 妖精!? お、お兄さん。どこに居るの?」
「どこ……って、すぐそこの茂みにいるよね? ほら、今も隣の花へ移動したし」
「えぇっ!? すぐそこの茂み……って、何も居ないよ?」

 あ、あれ? セシルには妖精の姿が見えないのか?
 目と鼻の先に居るんだけど。

「アーニャは、そこの花に顔を突っ込んでいる妖精が見える?」
「……すみません。ちょっと何を言っているか分からないです」
「じゃあ、この丈の短いワンピースを着ている、人形みたいな赤毛の女の子は幻覚なの?」
「リュージさん。さっき、森の中でポーションの材料になるからって、セシルさんと一緒にキノコを採っていましたけど、まさかそれを食べたんですか!?」
「食べてないよっ! というか、アーニャが美味しいご飯を作ってくれるのに、拾い食いなんてしないってば」

 マジで俺にしか見えてないの?
 掌程の大きさだけど、幻とは思えない程の存在感なんだけど。
 何やら一生懸命に花の中へ手を突っ込んで居る妖精に、静かに指を伸ばすと、

――ムニン

 ほら、ワンピースからスラリと伸びる太ももが、柔らかくもハリがある弾力を返してきた。

「――ッ!?」

 そう思った瞬間、妖精がビクッと後ろへ下がり、顔面蒼白になりながら俺の顔を見上げて来る。

「ご、ごめん。集めていた黄色いのが落ちちゃったね。驚かせるつもりはなかったんだ」
「……?」
「ただ、君の事が見えないって言われたから、本当に居るのかどうか触って確認したくなちゃって。本当にごめんね。はい、これ」

 落ちた黄色の何かを指で摘まみ、渡そうとすると、小さな手が恐る恐る伸びてきて、受け取ってくれた。

「お、お兄さん? 一人で何をしているの?」
「一人じゃないって。ここに妖精みたいな可愛い女の子が居るんだよ」

 セシルが大丈夫? とでも言いたげに俺の顔を覗き込んで来る。
 いや、違うんだ。本当に、妖精が居るんだって。

「……か、可愛いって、私の事?」
「え? うん、そうだよ。可愛い妖精さん」

 ほらほら、ついに喋ってくれたよ。
 というか、言葉がちゃんと通じているんだね。

「お、お兄さん!? 今の声は何!? 随分と高い、女の子みたいな声だったけど、誰の声なの!?」
「……まぁ、普通はこっちのエルフさんみたいになるよね。ねぇ、そこの人間さん。どうして私の事が見えるの?」
「どうしてって聞かれても普通に見えるから……あっ! もしかして、あの目薬のせいかな? Aランクだったし、凄い効力があったのかも」

 混乱するセシルの前で、妖精と俺が話をし始めたからか、アーニャと共に目を白黒させている。
 あの目薬……暗い場所が見えるようになるだけじゃなくて、本来見えない物まで見えるようになっていたって事か?

「お兄さん。そういえば、さっきの休憩中にお薬の部屋に籠ってたよね。何かポーションを作ったの?」
「うん。暗くて歩きにくかったから、暗視効果がある目薬を作ったんだけど……見えすぎちゃったみたいだ」

 本当は滋養強壮なんかのポーションも作って飲んだんだけど、体力が無いと思われるのはちょっと嫌なので黙っておこう。

「待って! 人間さんは薬が作れるの? しかも、隠蔽魔法を使っている私の姿が見える程の強い効果がある薬が」
「え? まぁ、一応は」
「じゃあ、私が集めていた、この『玉章の花粉』に肌を綺麗にする効果があるんだけど、これをもっと強い効果に出来ないかしら?」
「多分出来ると思うけど、もう少し広い場所じゃないと、薬が作れないんだ」
「広い場所があれば作ってくれるの!? じゃあ、こっちこっち。ついて来て」

 突然現れた妖精さんに薬を作ってくれとお願いされ、セシルとアーニャを連れてついて行く事にした。

「ここはどう?」

 妖精さんに案内された先は、森の中にあるちょっとした隙間のような空間だったので、城魔法で家を出すと、皆で中へ。

「リュージさん。丁度お昼時なんで、食事にしませんか?」
「いいね。じゃあ、アーニャは昼食の準備をお願い。俺は妖精さんに頼まれた薬を作ってくるよ」

 アーニャがキッチンへ向かったので、いつものようにセシルがリビングでラノベを読むのかと思ったら、

「お兄さん。ボクにも妖精さんが見える薬をくれないかな。ボクも妖精さんを見てみたいんだ」
「いいよ。少し多めに作ったからストックもあるし、調剤室へ来てよ」

 調剤室にある暗視目薬(A)をセシルが使い、

「……うわ。ホントに居た!」

 俺と同じく妖精さんが見えるようになったらしい。

「初めまして、エルフさん。妖精を見るのは初めて?」
「ううん、二回目だよ。小さい頃に一度会った事があるんだけど、その妖精さんは緑色の髪の毛だったんだ。それに、顔や姿も違うと思う」
「そうだね。妖精にも種族が幾つかあるし、髪型や服装、髪の色だって、それぞれだからねー」
「そうなんだ。うーん、ボクが会った妖精さんは何て名前だったかなー?」

 セシルの小さい頃……って、本当に何歳なのさ。
 俺からすれば、今のセシルも十分に幼いからね?
 セシルと妖精さんが話をしている間に、サクッと薬が出来た。
 念のため、求められている効能があるかどうか鑑定を行ってみると、

『鑑定Lv2
 フェイス・ローション
 Bランク
 植物性化粧水』

 効果の説明が、化粧水ってどうなんだ?
 この世界に化粧水があるなら通じるだろうけど、俺に化粧水の説明をしろって言われても困るんだけど。

「出来たよ。ビンに入れれば良いかな?」
「うん、お願い。ところで、この液体はどうやって使うの?」
「……朝起きた時と、夜の寝る前かな。顔を洗った後に顔へ付ける事で、肌に潤いを与えるんだ」

 とりあえず、化粧水の使い方を何となく喋ってみた。
 使った事が無い俺からすれば、頑張ったと思うのだが……合って居るかどうか、若干不安だな。

「なるほどねー。肌に潤い……私も使ってみても良いかしら?」
「構わないけど、君は十分可愛いし、肌も綺麗だから要らないんじゃない?」
「あはは。人間さん、お上手ね。でも女性は。より綺麗さを求めたい生き物だからねー」

 そう言いながら、妖精さんがペチペチと化粧水――もとい、フェイス・ローションを顔に付ける。

「これ……凄いわ! 上手く言い表せないけど、凄くしっとりしてる」

 そんなにすぐ効果があるのか?
 Bランクだからか?
 良く分からないけど、妖精さんが気に入っているみたいだから、良しとしよう。

「人間さん、ありがとう。今は何も無いけれど、後で必ずお礼をしに来るから……えっと、お名前は?」
「俺はサイトウ=リュージっていうんだ」
「リュージさんね。私は妖精の中でもピクシーっていう種族で、ガーネットっていう名前なの」

 そう言って、ガーネットがフェイス・ローションを入れた小瓶を抱きしめる。

「リュージさん、本当にありがとう。実は私を含めて、沢山の妖精が大量の玉章の花粉を集めさせられていたんだけど、これで当分集めなくても良さそうよ」
「そういえば、最初は凄く悲壮な顔をしていたけれど、何があったの?」
「何があったというか、私たちのノルマなのよ。妖精の女王が肌荒れを気にしていて、大量の玉章の花粉を集めろって言われててねー」
「何だか大変そうだね」
「それはもう。とにかく人使いが荒くて、自分は指示を出すだけで、王宮から一歩も動かないんだから」

 あー、分かる。
 俺が日本でサラリーマンをしていた時も居たよ。
 口だけ出して、自分では何も出来ない上司とかね。

「女王様が最後に外出したのは何年前かしら? 確かエルフの子供に加護を……」
「あ、思い出したー! そう、加護だよ」

 ガーネットが更なる愚痴を言いかけた時、セシルが突然大きな声を上げる。

「セシル、加護って?」
「うん。ボクが小さい頃に、ティターニアっていう妖精さんが来て、妖精の加護っていうのをくれたんだー」
「そうなんだ。ガーネット、ティターニアっていう妖精は知り合い?」

 セシルが口にした妖精の名をガーネットに尋ねると、

「あ、あはは。貴方があの時の……じゃ、じゃあ、そういう事で! リュージさん、お薬本当にありがとう!」
「え? 妖精さん? どうして突然帰っちゃうの? お兄さん、何があったの!?」

 ガーネットが慌てた様子で帰って行った。
 たぶん、セシルが小さい頃に会ったというティターニアが、妖精の女王なんだろうな。
 ……ところで、妖精の加護ってなんだろう。
 そう思った所で、リビングから昼食が出来たというアーニャの声が聞こえてきた。
「結局、リュージさんが見たっていう妖精は何だったんですか?」
「詳しい事は分からないんだけど、妖精の女王様に花粉を集めさせられていたらしくて、それを薬にして効能を上げたら凄く喜んでたよ」
「妖精の女王……ですか」

 美味しい昼食に舌鼓を打ち、再び出発しようかという所で、アーニャが事の顛末を聞いてきた。

「そうだねー。お兄さんの作った薬で凄く喜んでいたね」
「セシルさんも妖精を見たんですね?」
「うん、見たよー。お兄さんが作った目薬を使うと、隠蔽魔法で隠された物まで見える様になるみたいなんだ」
「そういう事ですか。良かった……妖精の女王とか言い出すので、症状が悪化したのかと思っちゃいました」

 症状が悪化……って、あれ? アーニャには、危ない幻覚が見えていると思われていたの!?
 今度、お礼をしに来てくれるって言っていたので、その時にはアーニャにも目薬を使ってもらって、妖精を見てもらわなくては。
 固い決意の後に、後片付けを済ませ、再び森の中へ。
 滋養強壮効果のあるポーションも飲んで居るし、何事も無く順調に進んで行って、夜を迎える。

 夕食を済ませた後、セシルはラノベ、アーニャは漫画を読みながらリビングで寛ぐ。
 そんな中、俺は日中に摘んだ薬草を調剤室でひたすら調合していく。
 というのも、セシルの見立てでは、明日の夕方頃には森を抜けるという話だったので、次の町へ着いた時に売るポーションを用意しておくためだ。
 資金稼ぎになるし、ついでに商人ギルドで話も聞けるしね。
 とはいえ、暗視目薬は売る訳にはいかないけれど。
 隠蔽魔法を打ち破る効果があるって事は、この世界のセキュリティ的なものを崩壊させる恐れがあるし、セシルも一度しか見た事が無いっていう妖精を、大勢の人が目撃する事になってもダメだろうし。
 という訳で、売った実績もあるマジック・ポーションなどを中心に作っていく。
 しかし、バイタル・ポーションのAランクとかが出来てしまったんだけど、この前の商人ギルドのリアクションを考えると、Aランクは出さない方が良いかもしれない。
 そんな事を考えながら、初めて見るポーションなどを含めて纏めていると、

「お兄さん。そろそろお風呂へ入ろうよー」
「分かっ……じゃなくて、セシルはアーニャと入ろうか。その代わり、夜はちゃんと一緒に寝るからさ」

 セシルがお風呂へ呼びに来た。
 唇を尖らせるセシルをなだめつつ、アーニャにお願いした後、昨日同様にベッドへ。

……

 翌朝。薬もいっぱい作ったし、街へ着いたら二人の服を買ってあげないとね。
 そんな事を考えながら歩き通し、陽が落ち始めた頃に森を抜け、茜色に染まった草原へ出た。
 出た……のだが、突然ファンタジー世界の洗礼を受ける事になる。

「セ、セシルッ! 危ない! こっちへ!」
「大丈夫だよ、お兄さん」
「いや、大丈夫じゃないって! アーニャも何とか言ってよ」

 周囲に街道や建物もなく、隠れる物が何一つない草原の真ん中で、大きな野犬? の群れに囲まれてしまった。
 それなりに距離はあるものの、後ろへ下がれば森があるので、木に登れば犬は襲ってこないと思う。
 だが、十数匹は居そうな野犬の包囲網を突破しなければならないが。

「リュージさん。落ち着いてください。セシルさんが大丈夫だと言っていますから、大丈夫でしょう」
「いやいやいや、むしろ、どうしてアーニャもそんなに冷静なのさっ! こんなに沢山の野犬に囲まれて居るんだよ!?」
「そうですが、まぁ所詮犬ですし」

 所詮犬……って、俺たちを取り囲んでいるのは、大きな牙のあるドーベルマンみたいな犬だ。
 狼だって言われても信じられるくらいの犬に囲まれて居るのに……そうだ! 城魔法だっ! 突然大きな家が現れたら、この野犬たちが驚いて逃げるかもしれない!
 それに、家の中に入って閉じこもってしまえば、諦めて逃げて行くだろう。
 初めての状況でパニックとなってしまい、ようやく城魔法を使うという発想に至った所で、先頭に居たリーダー格らしき野犬がセシルに飛びかかる!

「セシルッ!」

 間に合うか!? とにかくセシルを守らないと!
 勇気を振り絞り、セシルに向かって駆け出した所で、周囲に居た野犬たちが回転しながら上空へと吸い込まれていき、あっという間に居なくなってしまった。

「何がどうなっているんだ?」
「え? 襲いかかって来たから、竜巻を発生させて遠くへ飛んで行ってもらったんだけど……お兄さん、どうかしたの?」
「竜巻!?」
「ん? ボクが使った風の魔法だけど?」

 そっか。セシルはエルフなんだっけ。
 俺が城魔法を使えるように、セシルだって魔法が使えるのか。
 アーニャを見てみれば、この結果が分かっていたかのように、いつも通りの笑顔で、俺と目が合うと不思議そうに小首を傾げていた。