「お兄さーん。お風呂終わったから身体を拭いてー」

 お風呂へ入っても自分で身体を洗った事が無いセシルなので、凄い早さで入浴が終わる。
 どうしよう。昨日の俺は何も知らずにセシルの身体を拭いて、更に服の着替えまで行ってしまったが、もう無理だ。
 セシルがエルフの貴族令嬢だと知ってしまったので、裸を見る訳にはいかないだろう。

「アーニャ、頼む。俺の代わりにセシルの着替えを手伝ってあげてくれないか」
「それくらい構わないですが、セシルさんはご自分で着替えられないんですか?」
「うん。本人からは何も聞いていないけれど、十中八九貴族なんだよ」
「なるほど。それなら全部メイドさんがやりそうですもんね。分かりました。では、少し待っていてください」

 アーニャが脱衣所へ入り、暫くして二人が出てきた。
 ちなみに、意図して隠しているのか偶然なのか、セシルの髪の毛が耳を覆い、先程チラッと見えた長い耳――エルフの耳は今も見えない。
 けど、おそらくセシルがエルフだと言うアーニャの意見がきっと正しいのだろう。
 俺はセシルが女の子だって事にすら気付けなかったしね。

「お兄さん。どうして一緒にお風呂へ入るのを急に止めちゃったの?」
「え? まぁその、いろいろあったんだ。とりあえず、これからは一人で入れるように練習していこうな」
「お兄さんと一緒に?」
「えーっと、アーニャにお願いしようか。悪いけど、アーニャお願い出来る? 代わりに掃除だとか、洗い物くらいは俺がやるからさ」

 突然話を振られて驚いていたけれど、一先ず了承してくれた。
 少し前まで妹の世話をしていたらしいし、俺がやるよりはるかに良いだろう。
 というか、俺がやる訳にはいかないからね。

「じゃあ、ボクは本を読んでるから」

 お風呂を終え、セシルが再びラノベの世界へと浸る為にリビングへ行った後、アーニャが目を大きく開き、パクパクと声にならない声を上げる。

「あ、あの、本があるんですか?」
「ん? あるよ。いっぱいあるからアーニャも何か読む?」
「よ、読んで良いんですかっ!?」
「もちろん良いよ。三階にあるから案内するよ」

 アーニャを連れて俺の部屋へ行くと、

「ほ、本がこんなに!? 調味料といい、この本といい、やっぱりリュージさんも貴族なんですか?」
「いやいや、俺は違うって。それより、アーニャはどんなのが好みなの? ちなみに、セシルはラブコメを読んでいるよ」
「ら、ラブコメ? あの、私は一応文字を読み書き出来るのですが、あまり得意ではないので、字が少なめの方が嬉しいです」
「字が少ない方が良いのなら、ラノベじゃなくて漫画にしようか。冒険ものとか、バトルものとか……でも、女の子だから恋愛ものの方が良いよね」

 本棚に収納された本を見て、俺まで貴族扱いされてしまった。
 このリアクションで本が貴重な世界なんだと分かったけれど、一方でセシルは全く気にしていなかったので、やはり貴族なのだと確信してしまう。
 セシルは、貴重だという本をいっぱい読んできたって言っていたしね。

「一先ずこれなんて良いんじゃないかな。分からない所があったら、聞いてくれれば教えるから」

 恋愛ものの漫画を俺は持っていないので、芽衣の部屋の本棚にあった、アニメ化されている有名な少女漫画をアーニャに渡して、一緒にリビングへ。

「じゃあ、ここで寛いでいて。次は俺がお風呂へ行ってくるから」

 身体を洗い、湯船に浸かりながらボーッと考える。
 ラノベなんかに出てくるエルフは長寿で、実年齢と見た目が合っていないって事が多いけど、セシルは何歳なんだろう。
 中学生にしか見えないアーニャが二十歳って言っていたし、もしかしてセシルも二十歳くらいだったりするのだろうか。
 まだまだ異世界どころか、一緒に旅をしている二人の事も全然知らないんだなと改めて感じ、もっと互いの事を知る方法は無いだろうかと考え……残念ながら出てこない。
 とりあえずお風呂をアーニャと代わった後、夕食を済ませてそろそろ寝ようかという話になった時、

「じゃあ、お兄さん。一緒に寝よー」
「え? ど、どうして?」
「どうしてって、今朝ボクと一緒に寝てくれるって言ったよね。お兄さん」

 満面の笑みで、セシルが近寄って来た。