「ヴェルヌイユ姫殿下! 御到着ッ!」
見張り塔の騎士が声を張り上げた途端、俄に城砦が慌ただしさを増した。
リュカとヴァレリィが慌てて城門へと駆けつければ、開いたままの門扉の向こうに、こちらへ向かって街道を進んで来る一軍の騎馬の姿が見える。
はためく王家の旗。
黒地に赤の派手な甲冑を纏った二十騎ばかりの騎馬。
それに囲まれた、豪奢に飾り立てられた馬車が見える。
「全員整列せよ! 急げ! 急ぐのだ!」
ヴァレリィが振り返って声を張り上げると、騎士たちが慌ただしく門前の広場へと駆け出してきた。
彼らは正面にリュカとヴァレリィを残して左右に分かれ、姫殿下一行の到着を、息を呑んで待ち受ける。
やがて姫殿下の一行、その先頭の女騎士が騎乗したまま門をくぐり終えると、ぐるりと周囲を見回して大声を張り上げた。
「ヴェルヌイユ姫殿下の御来臨である! 皆の者、控えよ!」
ヴァレリィを始めとする騎士たちはその場に跪き、女騎士に続いて入城してきた二名の騎士がそれぞれ手にした旗を振りかざす。
そしてその後に、姫殿下を乗せていると思われる馬車が門をくぐって入ってきた。
金細工に飾り立てられた豪奢な馬車。
通常よりも二回りほども大きな馬車である。
その後について、おそらく侍女たちを乗せていると思われる馬車がもう一両、それに後衛の騎士たちが入城し終えると、城門近くの者たちが門へと駆け寄って重い扉を閉じた。
馬車が停車すると、辺りはしんと静まり返る。姫殿下付きの騎士たちが振りかざす旗の、風を切る音だけが響いている。
リュカの耳に、「ごくり」とヴァレリィが喉を鳴らす音が聞こえてきた。どうやら緊張しているらしい。
それがなんとなくおかしくて、リュカが思わず「ふっ」と笑い声を漏らすと、静かにしろとばかりにヴァレリィの肘が脇腹を突いた。
それとほぼ同時に馬車の扉が開いて、一人のメイドが降り立つ。長い銀髪に透けるような白い肌、やけに無表情な年若いメイドである。
彼女はまるで何かの儀式みたいな足取りでしずしずと馬車の後部に回ると、両開きの扉を開いて何か大きな物を引っ張り出す。
分厚い背もたれに大きなひじ掛け。
出てきたのは豪奢なソファー。
それは一人掛けのソファーの両脇に車輪をくっつけたかのような代物だった。
(なんだ、あれ?)
恐らく、その場にいた騎士たちの誰もがそう思ったことだろう。皆、一様に怪訝そうな顔をしている。
引っ張り出されたそのけったいなソファーの上には、一人の女性が深くもたれ掛かるように腰を下ろしていた。
高く編み上げた金色の髪に、細めた蒼い瞳。
どうにも年齢の想像はつかないが、あれが噂に聞く処女姫殿下なのだとしたら、既に四十を越えているはずだ。
だが纏っている雰囲気は、魔性の色香とでもいうべき物。二十代か、下手をすれば十代のようにすら見える。
思わずぽーっと鼻の下を伸ばす騎士たちを眺めて、彼女は嫣然と微笑みながら手を掲げた。
「うむ、皆の者。出迎え大儀である。苦しゅうない、面を上げるが良い」
彼女のその言葉に、リュカを始めとする騎士たちは一斉に戸惑うような顔をした。
なんというか、あまりにも意味不明な登場の仕方をされてしまったせいで、既に全員顔を上げてしまっていたのだ。
不敬極まりない話ではあるが、いち早く我に返ったヴァレリィが取り繕うように声を張り上げた。
「こ、此度のご来臨、心より厚く御礼申し上げます! 姫殿下に栄光あれ!」
「「「「姫殿下に栄光あれ!」」」」
ヴァレリィに続いて、騎士たちが大声で唱和すると、姫殿下は「うん、うん」と満足げに頷いた。
「手間を掛けさせて悪いがの、しばらく厄介になるのじゃ」
「ははっ! もったいなきお言葉!」
恐縮するヴァレリィの隣で、リュカはそっと姫殿下の様子を観察する。
見れば、足に添え木を当てて、その上から包帯を幾重にも巻いている。どうやら足を痛めているらしい。
それでこの車椅子、いや、車ソファーかと納得する。
だがあの車ソファーとそれを乗せる馬車は、どうみても途中で調達できるような代物ではない。
ここへ来る途中で負傷したという訳ではなく、負傷しているにも関わらず、わざわざ出向いてきたということなのだろう。なんともはや迷惑な話である。
「ところでこの城砦の兵は、これで全部かえ?」
「はっ! 本陣は既に進軍を開始しており……」
ヴァレリィが姫殿下の問いかけに応じているうちに、リュカは頭の中でここからの段取りを確認する。
(えーと、エルネストとユーディンにお付きの騎士たちを部屋へ案内させて、団長と俺は姫殿下を貴賓室に案内、他の連中には馬と馬車を預からせて……)
そうしているうちに、先ほど先頭に立って入城してきた女騎士が、ヴァレリィの方へと歩み寄りながら兜を脱いだ。
年の頃は十八、九。
黒髪のショートボブ。斜めに角度のついた前髪が個性的な女性である。
色白な肌に切れ長の目は鋭く、美人ではあるが、どこか冷たげな印象を受ける。
彼女は背後からヴァレリィに歩み寄ると、静かに口を開いた。
「久しぶりだな、ヴァレリィ」
振り返ったヴァレリィは、驚きに目を見開いた後、彼女らしからぬはしゃぎ声を上げた。
「オリガ! オリガではないか!」
「うむ、健勝そうでなによりだ。貴卿と見えることを、楽しみにしておったぞ」
「ああ、そうか! いかん、いかんな。王族直属の騎士団長殿を気軽に呼び捨てにしては部下たちに示しがつかん。失礼した。これからは、イーニェ卿と呼ばねばなるまい」
ヴァレリィがそう口にすると、オリガは苦笑しながら、ふるふると首を振った。
「よせ。戦乙女にへりくだられては敵わん。貴卿と私の仲ではないか。これからも私のことは呼び捨てで構わんよ」
「あの、団長、こちらの方は?」
リュカが恐る恐る問いかけると、
「ん? ああ、彼女は、幼年学校からの友で……」
答えかけたヴァレリィの背後から、オリガがジトっとした目つきで彼を見据えた。
「ヴァレリィ……なんだ、この下品な顔をした男は? もう少し部下は選んだ方が良いと思うぞ」
「いや、実はだな……その、なんというか……」
思わず口ごもるヴァレリィにオリガが「ん?」と首を傾げた、その瞬間――
「わー! ぼんぼんや! ヒラリィ! ぼんぼんがおるで!」
「うわっ! ホンマや! あはは! ぼんぼーん!」
唐突に少女たちの姦しい声が響き渡った。
南方訛りの発音。
その声が聞こえた方に目を向けると、侍女と思わしき一団から、跳ねるように飛び出してくる二人の女の子の姿がある。
黒髪を頭の左右でくくった幼げな双子、全く同じ顔をした二人の少女である。
南方の血の入った褐色の肌、やけに丈の短いメイド服を纏った少女二人が、真っ直ぐにリュカの方へと飛びついてきた。
「うげぇ!? お、お前ら! な、な、なんでこんなところに!?」
彼女たちは盛大に顔を引き攣らせて逃げ出そうとするリュカに、勢いよく飛びついたかと思うと、左右から蝉のようにしがみついて、すかさず両足で彼の腿を挟み込んだ。
「逃がさへんでぇ! こんなところで出会うなんて、もうこんなん運命やん!」
「せや、せや、こらもう、しゃーないわ。お妾さん待ったなしやで!」
「ヒラリィ! ちょ、変なとこ握るな! ミリィ、頬ずりはやめろ! 放せ! 放せぇえええ!」
子犬のようにじゃれつく二人の少女から逃れようと必死にもがくリュカ。
それを目の当たりにして、ヴァレリィは驚愕の表情を浮かべた。
「ま、まさか、旦那さま……そ、それは浮気か、浮気なのか!?」
ふらりとよろめきながら彼女がそう口走ると、リュカがこめかみに青筋を立てて吠えた。
「どこをどう見たら、そう見えるんですか!」
「そうとしか見えんわ!」
あ……うん。まあ、そうかもしれない。それはリュカ自身も納得するところではあるのだが。
「いいから、助けてくださいって! こいつらはウチのメイドなんです! 双子の変態で、空気を読まねぇとんでもないヤツらなんですってば!」
必死に救いを求めるリュカに、メイドの片割れがぷうと頬を膨らませる。
「変態は酷いでー。なあなあ、ぼんぼん。ウチ、ええお妾さんになるで。養ってやー、養ってやー」
「うるせぇ! ヒラリィ! ミリィはともかくお前だけはありえねぇんだよ!」
「なんでやー! 同じ顔やないか!」
ヴァレリィが周囲を見回すと騎士たちは皆、顔を引き攣らせてドン引きしている。
なんでこんなところに子爵家のメイドがいるのかはわからないが、彼女は嫌がるリュカの様子に、なんとなく浮気ではないことを理解する。
そんな彼女に、今度はオリガが詰め寄ってきた。
「ヴァレリィ……一つ聞くが、浮気とはどういうことだ?」
「あ、ああ。あの男は私の伴侶なのだ」
「なんだ、伴侶か…………ん?」
途端にオリガの目が点になる。そして次の瞬間――
「はぁあぁああああっ!?」
素っ頓狂な声を上げたかと思うと、彼女はヴァレリィの胸倉を捩じり上げた。
「き、貴様ァア! 貴様だけは仲間だと思っていたのに! 男になど興味がないと言っていたのはウソか! さては私のことを行かず後家と笑いものにするつもりだったのだな! このメギツネめ!」
「お、落ち着け! オリガ!」
「待って! 待ってくださいって! 剣はダメですって!」
剣の柄に指を掛けるオリガをリュカが双子を引きずりながら、慌てて羽交い絞めにしたその瞬間――
「やかましい――――わっ!!」
広場に、女の甲高いブチギレ声が響き渡った。
思わず目を見開いて硬直する一同。皆が一斉に、その場で動きを止めた。
「お主ら! いつまで妾をほったらかしにする気じゃ! いい加減にせねば泣くぞ! 妾が!」
怒声の上がった方に目を向ければヴェルヌイユ姫殿下、齢四十歳が頬を膨らませて手をジタバタさせている。
先ほどまでの魔性の色香はどこへやら。
銀髪のメイドが感情の無い顔で、その頭を「よしよし」と宥めるように撫でていた。
見張り塔の騎士が声を張り上げた途端、俄に城砦が慌ただしさを増した。
リュカとヴァレリィが慌てて城門へと駆けつければ、開いたままの門扉の向こうに、こちらへ向かって街道を進んで来る一軍の騎馬の姿が見える。
はためく王家の旗。
黒地に赤の派手な甲冑を纏った二十騎ばかりの騎馬。
それに囲まれた、豪奢に飾り立てられた馬車が見える。
「全員整列せよ! 急げ! 急ぐのだ!」
ヴァレリィが振り返って声を張り上げると、騎士たちが慌ただしく門前の広場へと駆け出してきた。
彼らは正面にリュカとヴァレリィを残して左右に分かれ、姫殿下一行の到着を、息を呑んで待ち受ける。
やがて姫殿下の一行、その先頭の女騎士が騎乗したまま門をくぐり終えると、ぐるりと周囲を見回して大声を張り上げた。
「ヴェルヌイユ姫殿下の御来臨である! 皆の者、控えよ!」
ヴァレリィを始めとする騎士たちはその場に跪き、女騎士に続いて入城してきた二名の騎士がそれぞれ手にした旗を振りかざす。
そしてその後に、姫殿下を乗せていると思われる馬車が門をくぐって入ってきた。
金細工に飾り立てられた豪奢な馬車。
通常よりも二回りほども大きな馬車である。
その後について、おそらく侍女たちを乗せていると思われる馬車がもう一両、それに後衛の騎士たちが入城し終えると、城門近くの者たちが門へと駆け寄って重い扉を閉じた。
馬車が停車すると、辺りはしんと静まり返る。姫殿下付きの騎士たちが振りかざす旗の、風を切る音だけが響いている。
リュカの耳に、「ごくり」とヴァレリィが喉を鳴らす音が聞こえてきた。どうやら緊張しているらしい。
それがなんとなくおかしくて、リュカが思わず「ふっ」と笑い声を漏らすと、静かにしろとばかりにヴァレリィの肘が脇腹を突いた。
それとほぼ同時に馬車の扉が開いて、一人のメイドが降り立つ。長い銀髪に透けるような白い肌、やけに無表情な年若いメイドである。
彼女はまるで何かの儀式みたいな足取りでしずしずと馬車の後部に回ると、両開きの扉を開いて何か大きな物を引っ張り出す。
分厚い背もたれに大きなひじ掛け。
出てきたのは豪奢なソファー。
それは一人掛けのソファーの両脇に車輪をくっつけたかのような代物だった。
(なんだ、あれ?)
恐らく、その場にいた騎士たちの誰もがそう思ったことだろう。皆、一様に怪訝そうな顔をしている。
引っ張り出されたそのけったいなソファーの上には、一人の女性が深くもたれ掛かるように腰を下ろしていた。
高く編み上げた金色の髪に、細めた蒼い瞳。
どうにも年齢の想像はつかないが、あれが噂に聞く処女姫殿下なのだとしたら、既に四十を越えているはずだ。
だが纏っている雰囲気は、魔性の色香とでもいうべき物。二十代か、下手をすれば十代のようにすら見える。
思わずぽーっと鼻の下を伸ばす騎士たちを眺めて、彼女は嫣然と微笑みながら手を掲げた。
「うむ、皆の者。出迎え大儀である。苦しゅうない、面を上げるが良い」
彼女のその言葉に、リュカを始めとする騎士たちは一斉に戸惑うような顔をした。
なんというか、あまりにも意味不明な登場の仕方をされてしまったせいで、既に全員顔を上げてしまっていたのだ。
不敬極まりない話ではあるが、いち早く我に返ったヴァレリィが取り繕うように声を張り上げた。
「こ、此度のご来臨、心より厚く御礼申し上げます! 姫殿下に栄光あれ!」
「「「「姫殿下に栄光あれ!」」」」
ヴァレリィに続いて、騎士たちが大声で唱和すると、姫殿下は「うん、うん」と満足げに頷いた。
「手間を掛けさせて悪いがの、しばらく厄介になるのじゃ」
「ははっ! もったいなきお言葉!」
恐縮するヴァレリィの隣で、リュカはそっと姫殿下の様子を観察する。
見れば、足に添え木を当てて、その上から包帯を幾重にも巻いている。どうやら足を痛めているらしい。
それでこの車椅子、いや、車ソファーかと納得する。
だがあの車ソファーとそれを乗せる馬車は、どうみても途中で調達できるような代物ではない。
ここへ来る途中で負傷したという訳ではなく、負傷しているにも関わらず、わざわざ出向いてきたということなのだろう。なんともはや迷惑な話である。
「ところでこの城砦の兵は、これで全部かえ?」
「はっ! 本陣は既に進軍を開始しており……」
ヴァレリィが姫殿下の問いかけに応じているうちに、リュカは頭の中でここからの段取りを確認する。
(えーと、エルネストとユーディンにお付きの騎士たちを部屋へ案内させて、団長と俺は姫殿下を貴賓室に案内、他の連中には馬と馬車を預からせて……)
そうしているうちに、先ほど先頭に立って入城してきた女騎士が、ヴァレリィの方へと歩み寄りながら兜を脱いだ。
年の頃は十八、九。
黒髪のショートボブ。斜めに角度のついた前髪が個性的な女性である。
色白な肌に切れ長の目は鋭く、美人ではあるが、どこか冷たげな印象を受ける。
彼女は背後からヴァレリィに歩み寄ると、静かに口を開いた。
「久しぶりだな、ヴァレリィ」
振り返ったヴァレリィは、驚きに目を見開いた後、彼女らしからぬはしゃぎ声を上げた。
「オリガ! オリガではないか!」
「うむ、健勝そうでなによりだ。貴卿と見えることを、楽しみにしておったぞ」
「ああ、そうか! いかん、いかんな。王族直属の騎士団長殿を気軽に呼び捨てにしては部下たちに示しがつかん。失礼した。これからは、イーニェ卿と呼ばねばなるまい」
ヴァレリィがそう口にすると、オリガは苦笑しながら、ふるふると首を振った。
「よせ。戦乙女にへりくだられては敵わん。貴卿と私の仲ではないか。これからも私のことは呼び捨てで構わんよ」
「あの、団長、こちらの方は?」
リュカが恐る恐る問いかけると、
「ん? ああ、彼女は、幼年学校からの友で……」
答えかけたヴァレリィの背後から、オリガがジトっとした目つきで彼を見据えた。
「ヴァレリィ……なんだ、この下品な顔をした男は? もう少し部下は選んだ方が良いと思うぞ」
「いや、実はだな……その、なんというか……」
思わず口ごもるヴァレリィにオリガが「ん?」と首を傾げた、その瞬間――
「わー! ぼんぼんや! ヒラリィ! ぼんぼんがおるで!」
「うわっ! ホンマや! あはは! ぼんぼーん!」
唐突に少女たちの姦しい声が響き渡った。
南方訛りの発音。
その声が聞こえた方に目を向けると、侍女と思わしき一団から、跳ねるように飛び出してくる二人の女の子の姿がある。
黒髪を頭の左右でくくった幼げな双子、全く同じ顔をした二人の少女である。
南方の血の入った褐色の肌、やけに丈の短いメイド服を纏った少女二人が、真っ直ぐにリュカの方へと飛びついてきた。
「うげぇ!? お、お前ら! な、な、なんでこんなところに!?」
彼女たちは盛大に顔を引き攣らせて逃げ出そうとするリュカに、勢いよく飛びついたかと思うと、左右から蝉のようにしがみついて、すかさず両足で彼の腿を挟み込んだ。
「逃がさへんでぇ! こんなところで出会うなんて、もうこんなん運命やん!」
「せや、せや、こらもう、しゃーないわ。お妾さん待ったなしやで!」
「ヒラリィ! ちょ、変なとこ握るな! ミリィ、頬ずりはやめろ! 放せ! 放せぇえええ!」
子犬のようにじゃれつく二人の少女から逃れようと必死にもがくリュカ。
それを目の当たりにして、ヴァレリィは驚愕の表情を浮かべた。
「ま、まさか、旦那さま……そ、それは浮気か、浮気なのか!?」
ふらりとよろめきながら彼女がそう口走ると、リュカがこめかみに青筋を立てて吠えた。
「どこをどう見たら、そう見えるんですか!」
「そうとしか見えんわ!」
あ……うん。まあ、そうかもしれない。それはリュカ自身も納得するところではあるのだが。
「いいから、助けてくださいって! こいつらはウチのメイドなんです! 双子の変態で、空気を読まねぇとんでもないヤツらなんですってば!」
必死に救いを求めるリュカに、メイドの片割れがぷうと頬を膨らませる。
「変態は酷いでー。なあなあ、ぼんぼん。ウチ、ええお妾さんになるで。養ってやー、養ってやー」
「うるせぇ! ヒラリィ! ミリィはともかくお前だけはありえねぇんだよ!」
「なんでやー! 同じ顔やないか!」
ヴァレリィが周囲を見回すと騎士たちは皆、顔を引き攣らせてドン引きしている。
なんでこんなところに子爵家のメイドがいるのかはわからないが、彼女は嫌がるリュカの様子に、なんとなく浮気ではないことを理解する。
そんな彼女に、今度はオリガが詰め寄ってきた。
「ヴァレリィ……一つ聞くが、浮気とはどういうことだ?」
「あ、ああ。あの男は私の伴侶なのだ」
「なんだ、伴侶か…………ん?」
途端にオリガの目が点になる。そして次の瞬間――
「はぁあぁああああっ!?」
素っ頓狂な声を上げたかと思うと、彼女はヴァレリィの胸倉を捩じり上げた。
「き、貴様ァア! 貴様だけは仲間だと思っていたのに! 男になど興味がないと言っていたのはウソか! さては私のことを行かず後家と笑いものにするつもりだったのだな! このメギツネめ!」
「お、落ち着け! オリガ!」
「待って! 待ってくださいって! 剣はダメですって!」
剣の柄に指を掛けるオリガをリュカが双子を引きずりながら、慌てて羽交い絞めにしたその瞬間――
「やかましい――――わっ!!」
広場に、女の甲高いブチギレ声が響き渡った。
思わず目を見開いて硬直する一同。皆が一斉に、その場で動きを止めた。
「お主ら! いつまで妾をほったらかしにする気じゃ! いい加減にせねば泣くぞ! 妾が!」
怒声の上がった方に目を向ければヴェルヌイユ姫殿下、齢四十歳が頬を膨らませて手をジタバタさせている。
先ほどまでの魔性の色香はどこへやら。
銀髪のメイドが感情の無い顔で、その頭を「よしよし」と宥めるように撫でていた。