赤、黄、だいだい色の葉に鮮やかに染まる山神神社の参道に、縄張りのすべてのあやかしたちが詰めかけて、手を繋ぎ本殿に立つのぞみと紅を祝福している。
 のぞみはそれを潤んだ瞳で見つめていた。
 夫婦になる時に特別な儀式はしないというあやかしたちは皆、初めて見る婚礼の儀式に興味津々のようだった。
 真新しい衣装に身を包む長夫婦を眩しそうに見つめている。
 そしてその彼らもそれぞれが婚礼にふさわしいと思う衣装をこの日のために新調し身につけていた。
 河童の一族は真新しいスクール水着に身を包み、赤舐めという掃除が得意なあやかしたちはノリの効いた作業着だ。
 こづえとかの子はお揃いのピンクのパーティードレスを着ている。
 中身は九十九歳でも見た目は小学生のこづえとかの子親子は、双子みたいに可愛らしい。
 えんを抱いたサケ子と藤吉夫婦は、キチンとしたスーツ姿だった。
 さながら和製ハロウィンパーティーとでもいうような光景だった。
 実をいうと先ほど本殿で行われた婚礼自体は、神主役の伊織が祈りの言葉を捧げるたびに、新郎がはいはいと応えるというちょっとヘンテコりんなものだった。
 普通の婚礼とはかけ離れていたような気もしたが、夫婦になりましたということを皆に報告することに婚礼の意味があるとすれば、これでいいのだとのぞみは思う。
 のぞみが今感謝の気持ちを伝えたい人たちは皆目の前にいるのだから。
 こづえとサケ子が涙を流して抱き合っている。
 そのふたりに目を留めて、のぞみの目からついに涙が溢れ出した。
 ふたりはのぞみの門出を自分のことのように祝ってくれている。
 それがただありがたかった。
 頬の涙を紅が人差し指でそっとすくう。そしてのぞみの耳に囁いた。
「のぞみ、この光景をよく覚えておくんだよ。これがのぞみの力なのだから」
「……力?」
 少し意外なその言葉にのぞみが首を傾げて呟くと、紅がゆっくりと頷いた。
「あやかしは普段は互いにあまり関わらないで生きている。こんな風に集まること自体がそうあることじゃないんだよ。……こんな風に集まるようになったのは、のぞみがここに来てからだ」
 紅の言葉を聞きながらのぞみは彼らの嬉しそうな笑顔を見つめていた。
「保育園はあったけれど、皆それぞれに連れてきてバラバラに帰るだけだったから、縄張りに自分以外の誰がいるのかさえも知らなかったんじゃないかな」
 彼の話は、のぞみにとっては少し信じられない話だった。
 のぞみが知る限り、最近のあやかし園に送り迎え来る親たちは、互いに挨拶をして取るに足らない世話話をしている。
 子を預けていないあやかしたちも時折あやかし園に立ち寄って、子どもたちのためのおやつを置いていってくれることもある。
 紅が思い出すように少しだけ目を細めた。
「この前だってそうだった。私たちの約束を大神に証言するために、たくさんのあやかしたちが山神神社に集まってくれた」
 その時のことを思い出しのぞみはこくんと頷いた。
 皆怯えて震えていた。それでも意を決して来てくれた。
「確かにのぞみは人間だから、あやかしとしての能力はない。でもこうやってあやかしとあやかしを結びつける不思議な力があるんだよ。私も縄張りのあやかしたちをこれほどまでに大切に思うようになったのは、のぞみが来てからのことなんだ。……もはやのぞみはこの縄張りに、なくてはならない存在だ」
 そう言って紅は優しい眼差しをのぞみに向けた。
「私はのぞみがのぞみである限り妻にしたい。でももし、長にふさわしい妻というものがあるとすれば、それは紛れもなくのぞみだと私は思う」
 銀色の髪が夕日に透けて輝いて、赤い瞳がのぞみだけを見つめている。
 心が燃えるように熱かった。
 強く美しい、この地の長である天狗、紅。
 彼の隣に立つのは、自分以外他にいない。
 今この瞬間にのぞみはそう確信した。
 この場所が、彼の隣が自分が存在する場所なのだ。
 繋いだ手に力を込めて、のぞみは力強く頷いた。
「はい、紅さま。私、ずっとずっと、紅さまのそばいます。紅さまもずっと、私の隣にいてください」
 のぞみの言葉に、紅はしっかりと頷いた。
「のぞみの隣は、いつもどんな時も私は誰にも譲らない」
 夫婦になると決めてから随分と回り道をした。
 たくさんの誤解と苦悩を乗り越えた。
 でもその分、ふたりの絆は強まった。
 彼への愛、彼からの愛、皆への感謝の気持ちで、のぞみの胸がいっぱいになる。
 なんの力もなくたって、この思いさえあれば、なんだってやれないことはない。
 そう、なんだって……。
 でもその時。