十年目の結婚記念日

というわけで、手紙をしたためることにした。

本棚の奥深くに眠っていた、いつ買ったかわからない便箋を引っ張り出してくる。
一枚取り出して右手にボールペンを持つ。

ちょっと待って。
いきなり清書は危険だ。
まずは裏紙に下書きをしよう。

私は十年間の結婚生活を振り返る。
楽しいこと辛いこと、感謝することむかつくこと、たくさんあった。
今こそ物申したいこともある。

だけどその中で一番伝えたいこと。
それを文章にすることにした。
便箋に丁寧に清書して封筒に入れた。

さて、これをどう渡すかだ。
結婚記念日は平日でお互い仕事。

「これ、読んでね」
「いつもありがとう。手紙書いたんだ」
「お納めください」

いろいろなパターンをシミュレーションしてみる。
さりげなく渡そう。
こう、自然に、はいって。

そんなことを考えつつ渡す機会を伺っていたのだが、家事と育児に終われてあっという間に夜になってしまった。

よし、子供達が寝て二人きりになったら、その時に渡そう。

手紙は今か今かとその時を待つかのように、キッチンの食器棚の中で待機している。
なのに。

「疲れたから寝るね~」

今日に限って早々に寝る夫。
私のソワソワした気持ちだけが置いていかれてしまった。

子供達も寝て、一人ぽつんと残った私はやり場のない気持ちを持て余している。

いや、でも待てよ。

目の前で読まれる方が恥ずかしいし、これは夫のカバンに忍ばせてサプライズといこうじゃないか。

私はソファーの上に乱雑に置かれた夫のカバンに、そっと手を伸ばす。

埋もれてしまっては困るし、かといって堂々と出してあるのもサプライズとしてはインパクトが薄い。家では気づかないけど、出先で財布とか出した時に「え、何これ?」って気づくような絶妙な位置に手紙を差し込んだ。

ふふふ、夫よ、驚くがいい。

自分の計画に満足した私は、遅れて布団に入ったのだった。
朝出勤する時間は早い。
渋滞緩和のために早く家を出るのだ。
子供達は寝ているし、妻も寝ていることが多い。

俺は出かける準備万端、寝室に入って子供達の頭を撫でる。寝顔にいってきますと告げ、最後に妻を軽く揺り動かすと寝ぼけ眼で「いってらっしゃ~い」と滑舌の悪い返事が返ってくる。それをいつも可愛らしいなと思いながら軽くキスをして出かけるのが日課だ。

その日もそんないつもと変わらない日常で、助手席にカバンを雑に置いて出勤した。
コンビニでコーヒーを買って駐車場で飲みながらスマホでニュースを読む。これも出勤時の日課なのだが、財布を出した時にカバンの側面にピンク色の封筒が見えた。

「なんだこれ?」

運転席に座り直して改めてカバンから封筒を出す。どう考えても妻の字で、“恥ずかしいから一人で読んでね”と書かれていた。

「え、手紙?俺に?」

俺なにかしたっけ?と一瞬震えたが、“恥ずかしいから”と書いてあるから悪い内容ではないはずだ。

妻から手紙をもらうなんて何年ぶりだろうか?俺は恐る恐る封を開けた。
***

夫くんへ

今日で結婚して十年が経ちました。
出会ってから数えるともう何年目だろう?

ずっと一緒にいたいと願ったあの日から、あっという間に十年という月日が流れました。可愛い子供達にも恵まれてとても幸せです。

だけどたくさんケンカもしました。

大好きで一緒にいたいと心から願っているのに、本当にきっかけは些細なことからケンカになり、何度も私は投げ出そうとしました。でもその度に、夫くんは私をしっかりと繋ぎ止めてくれました。全然素直じゃない私は、夫くんの優しさにいつも助けられてここまできました。

夫くんは私の事をいっぱい褒めてくれて、子供達にも「お母さんのおかげでお父さんは~」って言うけれど、本当は違う。私の方が何倍も、夫くんから教えられ学んでいるのです。

完璧な人間なんて存在しないとわかっているのに、夫婦になるとお互い理想を求めて過ぎて、その結果不満やイライラを抱えることも時にはあるでしょう?それでも、寛大な心で受け止めてくれてありがとう。

仕事をしてくれてありがとう。
家事をしてくれてありがとう。
育児をしてくれてありがとう。
優しさをありがとう。
私の事を愛してくれてありがとう。
結婚してくれてありがとう。

あなたがいてくれること、それが私の幸せです。

毎日怒涛のように過ぎていく日々は、幸せだからこそあっという間に過ぎ行くのだと思います。
そんな調子で、また次の十年を迎えられたら嬉しいです。

これからもどうぞよろしくお願いします。

***
缶コーヒーを飲むのも忘れて、何度も読み返した。何か熱いものが込み上げてくる感覚さえある。

そうだった。
昨日は十年目の結婚記念日だった。
特別なことは何もしないし、お互いあっさりしたものだと思っていたけど、それは自分の感覚だけだった。何とも浅はかだった。
妻はいろいろ考えてくれていたんだと思うと愛しさが込み上げる。

今から出勤なのに今すぐにでも妻に会いたい気分だ。でもとんぼ返りするときっと妻は「仕事してこい」って怒る。

わかってる、君の性格は。
真面目に働いて、でも今日は早く帰るから待っててくれ。

俺に返せるものは何もないけど、これからも君を愛して守っていくと一人心に誓った。


【END】

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