「「「「(空気を読めよ!!)」」」」

 その場にいたほぼ全員が心の中でそうつっこんだ。
 ここは接戦の末斎が負ける、という流れがどちらにとっても良い筋書きであろうに――。斎はこうと決めたらどこまでも一途で、それゆえ融通がきかない。
 これには帝も思わず苦笑いが漏れてしまう。

「なんとまあ、お前はそんなに私の妻になるのが嫌なのかい?」
「えっ!? いえそんな、めっそうもない! 斎はただ、この一矢に全身全霊を込めただけにございますれば……!?」

 せっかく会心の一矢を放ったのに、周囲からは歓声のひとつもない。場の空気がどんよりと重くなったことにさすがの斎も気付いたらしい。
 事態が呑み込めずにあわてふためく様を見て、帝はもう一度小さく笑った。

「いいさ。それでこそ私の妻にふさわしい。――弓を」

 帝はゆっくりと床几(しょうぎ)から立ち上がると、左手を差し出した。脇に控えていた蔵人が、その手に弓を持たせる。

「さて、仏門を捨てた私に天は味方するかな」

 ゆるりと競技線の上に進み出て、帝は瞑目した。次に深く息を吐いた。弦を一度、強く打ち鳴らす。
 邪気を払う。神気を吸い込む。まなじりを強くして天を仰いだ。
 弓を構える。(かぶら)を取って番え、引き絞る。弓手が定まる。静止する。――そして。

 ずがぁぁあん、と落雷のような轟音がした。寝殿造りの屋根に止まっていた鳥達が、驚きに一斉に羽ばたいた。思わず空を見た観衆達が視線を戻すと、的が地面に倒れている。控えていた武官達があわてて駆け寄り、ふたりがかりで立てて起こした。そこではじめて帝の矢のゆくえを目にして――その場の全員が言葉を失った。

 帝の矢は、斎の射た矢ごと貫いてまっすぐ的の真中に突き刺さっていた。斎の矢柄は竹を割ったようにきれいに左右に割れて、玉砂利の地面に落ちている。

「こ、これは……」

 近付いて的を確認した頭弁も唖然とする。
 競射の近寄せで同着など、本来はありえない。確実に勝敗を付けるために三番目に弓競べを選んだはずだ。だがこれを同着――つまりは引き分け――とせずして、なんと判ずれば良いのか。帝は寸分違わず、斎とそっくり同じ場所に矢を射てみせたのだ。

「三番勝負、弓競べは――。……引き分け……?」
「ええっ!?」

 当惑する頭弁の言葉に、斎もぎょっとする。蔵人に弓を預けて下がらせた帝だけは、ふふふと楽しそうに笑った。

「歌はお前の勝ち。剣は私の勝ち、弓は引き分け。となると勝敗は一勝一敗一分……つまり、三番勝負は引き分けだね」

 からりと晴れやかに宣言する。途端に観衆がざわつきだした。

「えーっ!? そ、それではこの三番勝負は一体なんのために……」
「ふむ。では(セイ)、こういうのはどうだい?」