既に時刻は夜の九時を回っていた。

子どもを呼び出すには遅い時間だが、今頼れるのはアレンしかいなかった。

すぐにヘッドライトを光らせた車が門を出ていくのが見えた。

アレンがホテルにいてくれれば十分程で戻ってくるだろう。森に帰っている場合は朝になるかもしれなかった。

「大丈夫さ。きっと何とかなる」

グレンはそう言ってサラに笑顔を向けた。

「正直、エレインを助けたことに驚いたよ。君の両親はエレインから逃げていたんだろう?」

サラはそう問われても上手く答えることができなかった。

「最初はバルクロ……父のことを疑っていました。地下で吸血鬼を見た時にはあなたのことも疑ってしまったの。ごめんなさい」

サラは肩をすぼめるようにして顔を伏せた。簡単に疑ってしまったことを恥ずかしいと感じた。それでも思ったことを正直に話しておきたいと、考えながら言葉をつないだ。

「全てエレインのやったことだとしても、話も聞かずに悪だと決めつけることはできないと思ったんです」

グレンは黙ってサラの言葉に耳を傾けている。

「あなたを信じられなくなった瞬間、全てが反転して見えたの。とても怖くて、自分自身さえ信じられなかった……」

グレンは驚いたように目を上げてサラを見つめると、そっとその頬に手を伸ばした。

「君は俺を信じてくれているよ。俺も君のことを信じている」

ゆっくりと言い聞かせるような声に、サラは胸が暖かくなるのを感じた。

その声に励まされるように言葉を続けた。

「あんなにも血を流しながらやめようとしないエレインを見ていたら、もしかしたら、私の見えていない場所から違う景色を見ているんじゃないかと思ったんです」

「違う景色?」

「私も怖かったんだと思います。人じゃない者たちの存在が。私の中にも魔女の血が流れています。でも私は自分のことをごく普通の人間だと思っていたから、本物の魔女がもしここにいたらやっぱり怖い」

「魔法を使う存在には敵わないと思うから?」

「それもありますが、……価値観が違うと思うから。人間には命はひとつしかなくて、生きられる時間も限られている。でも彼らはそうじゃない」

「価値観の違う相手とは話が通じないと思うんだね」

サラはこくりと頷いた。剣を持って戦った時代ははるか昔のこと。今の世の中ではほとんどのことは話し合いで解決できる。

「分かり合えなければ戦うしかなくなる。戦うことは恐ろしい、か」

「でも初めから分かり合えないと決めつけていた事に気付いたんです」

「エレインに歩み寄ろうと思ったんだね。そうすれば戦わずに済むかもしれないと」

グレンは抽象的なサラの話も真摯に理解しようと努めてくれている。そう感じてサラは胸の中に溢れる幸福感に満たされた。

「彼らを助けてください。アレンとリリアのようにこの街で暮らせるように」

サラの願いにグレンは力強く頷いた。今こそ領主としての務めを果たすべき時だった。