「暖炉? それが暖炉なんですか?」
「そうじゃ。こっちの大陸ではこういったのはないようじゃの。わしが元々住んでおった大陸では、ストーブと言っておった」

 盗賊退治のアルバイトをした翌日、改めてダンダさんと買い物に出かけ、彼は鍛冶工房で何かの注文をしていた。
 その注文品をさっき受け取りに行ったのだけれども──。

 鉄製だろうか。四角いそれには扉があって、耐火性の高いガラスが嵌められている。
 小さな暖炉と言われれば、確かにそれっぽい。
 だた上には鉄の筒が付いていて、どうやらこれが煙突になるらしい。

「壁に穴を開けて、この煙突を外に出すんじゃ。そうすれば室内に煙が充満せんからの」
「あ、やっぱり煙突なんですね、これ」
「赤ん坊が生まれるんじゃ。暖かくしてやらねばならんじゃろう」

 そりゃそうだ。

 ダンダさんが壁に穴を開け、煙突を差し込んであっさり完成だ。
 ストーブの上には鍋なんかを置くスペースもあって、料理も出来るそうだ。

「鋳物だからの。熱くなるから直接触らんように。うっかり触らんよう、こいつでガードしておくといい。少し部屋が狭くなるがの」

 こいつというのは、ダンダさんお手製の木の柵だ。これがあればストーブに触れることは無いだろう。
 
「もう一つの家用に、これより一回り大きいのを注文しておる」
「暖炉を作らなかったのは、ストーブの為なんですか」
「暖炉は煙突の掃除が大変じゃからの。ストーブなら他の部屋にも熱を送ることもできるんでな」
「へぇ、どうやるんです?」

 そう言うとダンダさんは木片を持って来て、炭で絵を描き始めた。

 まずは四角い枠を三つ並べ、そこに……ストーブの絵? じゃあ四角い枠が部屋ってことか。
 ストーブから伸びた煙突は家の外にではなく、それぞれの部屋を通って外に出る。

「薪を燃やせばその煙が煙突を伝って外に出るじゃろう? 当然煙突は熱くなっておる」
「あぁなるほど。煙突の中を通る熱で、部屋の空気も温めるってことですか」
「その通りじゃ。ストーブのある部屋程ではないが、ほんのり暖かくはなる」

 暖炉の煙突を、各部屋に通すなんてことはできないもんな。
 なるほど、確かにこれは便利だ。

「さて、もう一つのストーブが完成する前に、こっちの家も完成させねーとな」
「そうですね」

 二軒目の家──俺たちが住むことになるこの家は、もうほぼほぼ出来上がっている。
 あとはそれぞれの部屋を仕切る壁と、ロフトが出来れば完成だ。

 王都にある魔術師養成施設には、俺が個人的に所有していた本がたくさんあった。
 その本を全部、空間収納袋に入れてあるので、家が完成じたら是非本棚に飾りたい。
 その為に一部屋まるまる書斎を用意して貰って、床から天井まである本棚をダンダさんにたくさん作って貰うんだ。

 本に関しては、俺自身が読みたい──というのもあるけれど、実はリキュリアとオグマさんに読んで欲しいというのもあった。
 リキュリアは姿隠しの魔法を習得してから、それをよく使っている。今はまだ一分程度しか姿を隠せないが、練習すればもっと長い時間、効果を持続させられるだろう。
 その他の魔法にも興味があるらしく、時々俺に魔法のことを尋ねてきた。
 そうなるとオグマさんも興味を持ち始め、彼は付与魔法を覚えたいとのことだ。

「魔法の力が宿った武器は強力で、一度は手にしたいと思っている。だがあまりにも高額過ぎて手が出ない」
「そうですね。あれは作るのが大変ですし、作れる人もそう多くはありません」

 マジックアイテムを作るのはかなり難しい。
 素材もミスリルやオリハルコンと希少鉱石が使われ、ちょっとでも不純物が混ざっていると魔法を封じる作業の過程で壊れてしまう。
 魔法の封じ込めも呪文を唱えればそれで済むわけじゃない。
 何時間もずーっと詠唱し続けなければならないんだ。
 それでちゃんと魔法の封じ込めに成功するのは、約二割程度。
 そりゃ高額にもなるさ。

「でも付与魔法は、それはそれで欠点もあるんですよね」
「欠点? そんなものがあったのか?」

 作業をしながらオグマさんとそんな話をしていた。
 今作っているのはロフトで、俺の寝室だ。

 ティーとリキュリアが隣りあわせの部屋で、その向かいには書斎となる部屋がある。
 本の冊数を考えると二部屋分の広さが欲しかった。だから俺は廊下の上にロフトを作ってそこで寝ることに。
 三角屋根の高くなっている部分なので、天井高もそこそこある。寝るだけなら十分だ。

「えぇ、欠点はあるんです。どの装備にも耐久度があるでしょう? 使い込めばそれだけ刃こぼれはするし、折れることもあるでしょう」
「それはまぁ、当たり前だが」
「付与《エンチャント》魔法は、その耐久度をゴリゴリ削るんですよ」
「け、削る!?」

 付与魔法の負荷はそこそこある。
 安物のナイフなんかだと、数回付与しただけでポキっといくときもあるほど。

「だからまぁ、魔法との相性のいいミスリル武器なんかが好ましいんですけど」
「高い。ミスリルは高い!」
「ですよねー。そうなると予備の武器を常に用意したほうがいいですが」

 と、下で作業をしているダンダさんを見た。オグマさんも一緒に。

「わしは出来んぞ。鍛冶は苦手じゃ。マリンローに行け。あそこなら鍛冶職人のドワーフもおる。なんなら山積みにしておる素材を持って行けば、いい具合に加工してくれるだろう」
「あぁ、素材かぁ。素材ねぇ」

 今だ山積みにしてある、倒したモンスターから剥ぎ取った素材。
 あれがあるからモンスターが恐れて襲ってこないんじゃないか? なんて話もでているぐらいにある。

 加工して武具にしないまでも、あれを売ればそれなりのものが買えるだろう。一つとは言わず、いくつかね。

 そんな話をしている時だった。

「ラルー。魚人族の客来たぞぉ」
「魚人族? マリンローからかな」

 梯子を下りて外に出ると、二人の魚人族が待っていた。
 ひとりはウーロウさん。見知った魚人族だ。残り二人は知らない。

「初めましてラルさま。ワタクシ、ギョッズと申しまして。商人をしております」
「はじめましてギョッズさん。その商人さんがここに来たということは……何か商談……でしょうか?」

 こちらがそう尋ねると、ギョッズさんは目を輝かせた。

「はい! はい! その通りです! いやぁ、話が早くて助かります。実はワタクシ、つい先日まで東の大陸に行ってまして」
「海外交易もなさっておいでで?」
「そうです! それでですね、半年ぶりに戻ってみたら、我が古郷がとんでもないことになっているじゃありあせんか!」

 マリンローの復興もだいぶん進んでいる。
 ただ船着き場近辺には大きな煉瓦造りの倉庫が何棟も建っていたが、あのあたりは結構壊されたりして元通りになるには、それこそ半年以上かかるだろうって言われていた。

「まぁそれは横に置いといて」

 え、置くの?
 となりでウーロウさんが不満げな顔になってる。

「ギョッズさん、さっさと要件を伝えてください。ラル殿だって暇じゃないんだから。すみません、ラル殿。ここで見たその……」
「素材です! 魔物の素材!! 知っていますかラルさま。この草原やあの深淵の森では、ここにしか生息しないモンスターがいることを」
「はぁ、知っていますが」
「その素材を! ワタクシに売って! いただきたいのです!」

 うっ……なんかこの人、物凄く……物凄く距離感近すぎいぃー!