水と混ぜ合わせた膠灰を、昨日、雑草を毟った場所に流し込む。
 草むしりの際にクイが土を掘り起こし、それを再び踏み固めているので周囲よりほんの少し地面が低くなっている。そこに流し込むのだ。

 朝食後から始めたこの作業は、昼を少し過ぎた所で終了。

「いやぁ、汚れたなぁ。しかもパリパリに固まって、ちくちくするよ」
「ご飯先? 水浴び先?」
「オレは腹減ったで!」
「そうだな。俺も腹が空いたよ」
「じゃあボク、ご飯作る!」

 ティーは今朝、少し多めにナンを焼いていたな。
 そこに生野菜と、魚の燻製を油で揚げたものを乗せ、手持ちの調味料で何かタレのようなものを作って掛けていた。

「か、簡単なものだけど、美味しいぞ?」
「へぇ、美味そうだ」

 手軽だし、簡単に済ませたいときにはよさそうなメニューだな。
 食べてみるとこれまた美味い!
 タレが決めてなんだろうな。
 それに、油で揚げた魚も表面がパリっとして食感も楽しめる。

「はぁ~。ティーは料理が得意なんだね。俺も料理が出来ない訳じゃないけど、食べられたらそれでいいやって感じだもんあぁ」
「ラル兄ぃの飯は、不味くはないけど美味くもないもんなぁ」
「ほっとけ」

 魔王討伐の旅では、マリアンナやリリアンが料理を担当してくれていた。
 レイは大雑把で大味だったし、アレスに至っては料理なんて次元じゃない。どうやったらあんなクソマズなものが出来るのか……。
 それを考えれば、俺はまともな方だとは思うけれど。
 要は普通ってこと。ただただ普通。可もなく不可もなく。

「これからはボクが美味しいご飯をずっと作るから、安心しろ!」
「はは、ありがとうティー」
「やったぜ!」





「固まってないな」

 食事を終えたあと、ティーはそう言って流し込んだ膠灰を見つめていた。

「気温や天候にもよるけれど、二、三日は掛かるだろうなぁ」
「えぇー!? じゃあ固まるまで何もできないのか?」
「そうなる。だけど他にも作らなきゃならないものはあるんだ。例えば竈とか、風呂小屋とかね。、あ。それは後で話すよ。先に水浴びをしてしまおう。服も洗わなきゃな」

 パリパリになった膠灰は、肌についたものは擦ればすぐに取れる。だけど服についたものは……洗い落とせるかなぁ。
 そう思ったら、王都の大工さんたちの服は……かなり汚れていた気がする。洗っても落ちないのかもしれない。
 それならそれで、今着ている服は作業用にしよう。
 問題はティーだ。
 そもそも急遽ここに残ることになったのだし、着替えなんてものはない。

 俺の身長は178センチで、彼女の頭のてっぺんは俺の顎の下にある。
 ってことは、155センチ……ぐらいかな?
 サイズは絶対合わないだろう。まぁ大きい分には、なんとかなるだろうけど。

 ひとまず俺の着替えを一着貸すか。

「じゃあ俺とクイが周囲を警戒するから、ティーは先に体を洗って」
「え? ラ、ラルは近くにいないのか?」
「近くにはいるよ。でも君から見えない場所でね。あっちの茂みにいるから、安心して」

 覗いたりなんかしないよという意思表示なのだが、ティーは不安げに眉尻を下げて俺を見つめる。

「い、一緒に……入ろ?」

 と、そんなことを言い出した。

「い、一緒に!? いや、それはダメだ。君は女の子だし、俺は男なんだぞ?」
「ダメ、なのか?」
「ダメに決まっているでしょ!」

 なななななな、なにを言い出すんだ、このこは。
 豹人は男女関係なく、一緒に水浴びしたりするのか?
 いや、子供ならいいよ。でも俺は子供じゃないし、彼女だって年頃の少女だ。普通は恥ずかしがるもんじゃないのか?
 少なくともマリアンナやリリアンはそうだったし、覗きに行ったレイなんかは半殺しにされていたぞ。

「お、男と女が一緒に水浴びなんてのは、小さい子でもないとやっちゃいけないんだよ。人間の社会ではね」
「そ、そう……なのか? 夫婦は?」
「めおと!? ま、まぁ夫婦なら、いい……のかな」
「そうか! じゃあボクとラルが正式に夫婦になったら一緒に入ろうね!」

 そう言って、ティーは嬉しそうに駆けて行った。

 ……。

 …………。

 はい?

 いやいやいやいや、今なんて言った?
 サラっとなんか凄いこと言っていなかったか?

 アーゼもとんでもないことを口走っていたし。
 まさか異種族に助けられたら、娘を嫁に出すなんてしきたりがあるんじゃ……。
 
 ま、まさかなぁ。
 はは、ははははは。

「──ル」
「兄ぃ、呼んどるで?」
「は? え? あ、ああぁ、なんだいクイ」

 呼ばれて我に返ると、クイは俺を見上げていた。
 どうしたのかと尋ねると、クイは首を振る。

「オレやなくて、あっちや」
「あっち? ──はぐっ!?」

 クイが指さす方向に視線を向けると、そこには濡れた服を胸元に抱えたティーが立っていた。

「着替えない。だからここで乾かす」
「き、着替え!? ああ、ああぁあぁ、そうだった。渡すの忘れていたっ」

 慌てて背を向け空間収納袋からタオルとローブコートを取り出し、目を閉じたまま彼女に差し出した。

「こ、これを着てっ」
「これ? い、いいのか?」
「いいっ。そのままでいられるほうが困るからっ」

 いろいろと目のやり場に困るっ。
 服を受け取る感触が伝わり、そのまま暫く目を閉じて待っていると──

「着た!」

 という声が聞こえて安心して振り向く。
 が、

「違う!」
「え? ち、違うか?」

 振り向いたそこには、タオルを胸に巻き、ローブコートの袖をベルト代りにして腰に巻いた彼女が立っていた。