そういえば、田中くんの話を聞いている刑事さんが、袴田くんと岸谷くんがお世話になった片桐さんだと聞いて、二人が驚いた顔をしていた。すぐに満足そうに笑う袴田くんの隣で、岸谷くんが「あの人、優しいけど怖いから。マジで」と神妙な顔をして言っていたのが忘れらない。ある意味、心配無用と考えていいのかもしれない。
　こうしてバスジャック事件が落ち着きつつある中、腑に落ちないことがあるとするならば、袴田くんの存在だ。
　私の身体に取り憑いていたから、走行中のバスの中で突然現れたことを、乗客や犯人の田中くんはしっかりと目撃していた。
　しかし、なぜか新聞や乗客の記憶、警察の取り調べでは最初からいたことになっており、岸谷くんが同一人物として取り扱われているらしい。
　すでに亡くなっている袴田くんの存在が公になれば大問題だが、どうやってここまで記憶を捻じ曲げたのか。袴田くんに聞いても首を捻るだけでわからず仕舞いだ。片桐さんの協力もあるかもしれないけど、さすがに袴田くんが記憶操作できると話が変わってしまう。
　何はともあれ、世間的には後味の悪さが引き立つこともなく曖昧にして終わらせた今、袴田くんがここに居続ける理由が無くなったのだ。心残りが解消され、成仏することができたら今度こそお別れになる。
　これから彼がどうするのか、事件から二日経った今でも聞けずにいた。