「あの子とは5年間付き合ってた……そう思ってたんだけど、今思えばずーーっとアタシの片思いだったのかも……」
和華乃さんは語り始める。
「高校まではさ、アタシも人並みの恋愛して人並みに結婚するんだと思ってた。でも男の子と何回か付き合って……アタシはそういうんじゃないって、わかっちゃったんだよね」
その人と出会ったのは、僕がバイトを始める1年前だったらしい。ほぼ同時期に入店した同士ですぐに仲良くなり、友情を一気に飛び越えてそれ以上の関係となったそうだ。
「男の子とは付き合えない。けど、だからといって女の子相手なんて考えたこともなかった。それなのにあの子が現れて……広がっちゃったんだよね、世界が」
和華乃さんは照れくさそうに笑う。見たことのない表情だった。それを見て、僕の心臓はぎりぎりと締め付けられる思いだった。でも、話してと言ったのは僕だ。僕は今日、和華乃さんに救ってもらった。だから、せめて話だけでも聞かないといけない。
その女性は僕が入店する直前に辞めたそうだ。理由は、店内で噂が広まり始めたから。その噂が悪い方へ転がらないうちに、予防策をとった。そしてその後、僕は和華乃さんと出会った……。
「でも思い返すとさ……舞い上がっちゃてたのはアタシ一人だったんだよ。"女同士"っていう非日常感にやられちゃったのかな? あの子にとってアタシは……」
目に薄っすらと涙が浮かんでいた。
「アタシはたくさんいる"彼女"の一人でしか無かったんだ」
語尾が震えていた。僕は黙って、彼女のグラスに赤い液体を注ぎ入れる。昼間のソムリエとは段違いに手際の悪い注ぎ方。さっきまでそんな僕をからかっていた和華乃さんは、今は黙ってグラスを見つめていた。
その人は恋愛に関してとても奔放だったらしい。和華乃さんは真摯に彼女だけを想い続けたが、彼女はそうではなかった。働く場所が変わり、和華乃さんの目が届きづらくなった事で、その傾向は一気に加速したという。
「そんなみじめな自分を認められなくて……あの子の一番になりたくて、5年間頑張ってきたつもり。それなのに……それなのにさ」
グラスを掴む手はそこから1ミリも持ち上がらず、赤い水面がかすかに揺らぐだけだった。
「あの子は、別の子と……アタシじゃない、特別な人と……あっちにいっちゃった……」
そう言い切った瞬間、和華乃さんの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。西日は赤色を増し始める。ついさっきまで黄金色だった光は、朱色に近づいていく。
和華乃さんはしゃくりあげながらも続ける。彼女たちの旅立ちが、自らの意思によるものか、何か不幸な要因があったからなのか、それはわからない。はっきりしているのは、和華乃さんが自らの想いを向ける相手を、永遠に失ったことだけだ。
「実は、お別れも……出来てないんだ。実家の住所は知ってたから行こうと思ったんだけど……どうしても怖くなっちゃって。だってそうじゃん? 娘さんに片思いしてた女です、お焼香させて下さい、なんてご両親に言える?」
それで、式場がある甲府へ向かうことができず、あの駅で降りてしまった。その後、たまたま僕が衝動的に乗り、衝動的の降りた電車がやってきた。そういう事らしい。
「ごめんなさい。今日一日……いや5年前からずっと、駿吾の気持ちを知っておきながら利用してた。本当にサイテーな事してると思う……」
男と付き合うのは無理だった。初めて心から焦がれた女は思いに応えてくれなかった。だから自分を好いてくれる男を上手く使った。和華乃さんの中で、僕との5年間はそんなストーリーになってしまったらしい。
けど……それは違うだろ?
和華乃さんは語り始める。
「高校まではさ、アタシも人並みの恋愛して人並みに結婚するんだと思ってた。でも男の子と何回か付き合って……アタシはそういうんじゃないって、わかっちゃったんだよね」
その人と出会ったのは、僕がバイトを始める1年前だったらしい。ほぼ同時期に入店した同士ですぐに仲良くなり、友情を一気に飛び越えてそれ以上の関係となったそうだ。
「男の子とは付き合えない。けど、だからといって女の子相手なんて考えたこともなかった。それなのにあの子が現れて……広がっちゃったんだよね、世界が」
和華乃さんは照れくさそうに笑う。見たことのない表情だった。それを見て、僕の心臓はぎりぎりと締め付けられる思いだった。でも、話してと言ったのは僕だ。僕は今日、和華乃さんに救ってもらった。だから、せめて話だけでも聞かないといけない。
その女性は僕が入店する直前に辞めたそうだ。理由は、店内で噂が広まり始めたから。その噂が悪い方へ転がらないうちに、予防策をとった。そしてその後、僕は和華乃さんと出会った……。
「でも思い返すとさ……舞い上がっちゃてたのはアタシ一人だったんだよ。"女同士"っていう非日常感にやられちゃったのかな? あの子にとってアタシは……」
目に薄っすらと涙が浮かんでいた。
「アタシはたくさんいる"彼女"の一人でしか無かったんだ」
語尾が震えていた。僕は黙って、彼女のグラスに赤い液体を注ぎ入れる。昼間のソムリエとは段違いに手際の悪い注ぎ方。さっきまでそんな僕をからかっていた和華乃さんは、今は黙ってグラスを見つめていた。
その人は恋愛に関してとても奔放だったらしい。和華乃さんは真摯に彼女だけを想い続けたが、彼女はそうではなかった。働く場所が変わり、和華乃さんの目が届きづらくなった事で、その傾向は一気に加速したという。
「そんなみじめな自分を認められなくて……あの子の一番になりたくて、5年間頑張ってきたつもり。それなのに……それなのにさ」
グラスを掴む手はそこから1ミリも持ち上がらず、赤い水面がかすかに揺らぐだけだった。
「あの子は、別の子と……アタシじゃない、特別な人と……あっちにいっちゃった……」
そう言い切った瞬間、和華乃さんの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。西日は赤色を増し始める。ついさっきまで黄金色だった光は、朱色に近づいていく。
和華乃さんはしゃくりあげながらも続ける。彼女たちの旅立ちが、自らの意思によるものか、何か不幸な要因があったからなのか、それはわからない。はっきりしているのは、和華乃さんが自らの想いを向ける相手を、永遠に失ったことだけだ。
「実は、お別れも……出来てないんだ。実家の住所は知ってたから行こうと思ったんだけど……どうしても怖くなっちゃって。だってそうじゃん? 娘さんに片思いしてた女です、お焼香させて下さい、なんてご両親に言える?」
それで、式場がある甲府へ向かうことができず、あの駅で降りてしまった。その後、たまたま僕が衝動的に乗り、衝動的の降りた電車がやってきた。そういう事らしい。
「ごめんなさい。今日一日……いや5年前からずっと、駿吾の気持ちを知っておきながら利用してた。本当にサイテーな事してると思う……」
男と付き合うのは無理だった。初めて心から焦がれた女は思いに応えてくれなかった。だから自分を好いてくれる男を上手く使った。和華乃さんの中で、僕との5年間はそんなストーリーになってしまったらしい。
けど……それは違うだろ?