余命一年、愛する人へ〜私に勇気をください〜

「凛、遅くにごめん、明日店に来てくれるかな、カラーやってあげるから」

「わかりました、何時に行けばいいですか」

「二時ごろどう?」

「大丈夫です」

「終わったらメシ食おうよ、何食べたいか考えといて」

えっ、断らないと駄目だよ、凛。

「あのう、ちょっと予定が」

「そうなんだ、何時に店出ればいいのかな」

「六時に待ち合わせしてるので……」

ああ、うそ言っちゃった、約束なんてないのに、でも断る理由は一番いいかも。

「待ち合わせの相手は男性?」

「えっ、そ、そうです」

「彼?」

「そうです」

彼は黙ったまま、何も言わなかった。

「カラー、別の日にしましょうか」

「いや、ちゃんと約束の時間までに仕上げるよ、凛に俺が会いたいんだ」

心臓の鼓動がドクンと音を立てた、俺が会いたいんだなんてどう言うつもり?

「わかりました、じゃあ、二時で大丈夫ですか」

「ああ、大丈夫」

「それでは明日、おやすみなさい」

「おやすみ」

ああ、嘘言っちゃった、彼なんて何年前の話?どうしよう。
とりあえずカラーやって貰ったらすぐ帰ろう。
私に会いたいなんて大和さんの考えは理解出来ないよ。
私みたいなおばさん相手にして、何が楽しいの?

火曜日、私は一睡も出来ずに朝を迎えた。
ドキドキする、また、キスされたら、まさかね、彼がいるって言ったんだから大丈夫だよね。
でも、ちょっと期待している自分がいる事に気づいた。

店に到着した。
また営業している様子が無い、火曜日は美容院休みなんだ、とんとご無沙汰の私は全く気づかなかった。

「いらっしゃい」

彼が出迎えてくれた。

「よろしくお願いします」

「ここに座って」

「無料だと気合入らないですね」

ちょっと憎まれ口を言って見た。

「いや、凛だから気合入りまくりだよ」

なんて返せばいいか戸惑った。

「結婚するの?」

「えっ?」

「彼と」

あっ、そうだ、私、彼がいる事になってるんだっけ。
まさかそんな質問くるとは想定外だった、答え用意してないよ。

「えっと、します」

「プロポーズされたの?」

「あのう、その話はもう終わりにしましょう」

「なんで、聞きたいな」

私はこれ以上突っ込まれるとボロが出ちゃうと思った。

「まだですけど、でも結婚します」

「そうなんだ、さて、カラー始めようか」

「はい」

私は良かったと胸を撫でおろした。

「この色がいいと思うんだけど、ちょっと暗めだけどピンク入ってるから地味にはならないよ」

「お任せします」

そして染まる間、彼は席を外した。
しばらくして染まり具合を確認すると、

「じゃあ、シャンプー台に移ってくれる?」

えっ?シャンプー台?どうしよう。
私はシャンプー台に移り、どうか、何も起こりませんようにと祈った。
そして、背もたれが倒され彼の顔が急接近した。

「今日は目を閉じないの?」

「だって大和さんキスするから」

「もしかして期待してる?」

「してません」

次の瞬間、彼の顔が近づいてきた、私は反射的に目を閉じてしまった。
彼の唇が私の唇に触れた、そして彼の舌が入り込んできた、嘘!
呼吸出来ない、彼の手が腰に回された、嫌じゃないから抵抗出来ない。
また、彼のキスを受け入れてしまった。

「凛、この後ご飯行こう」

「でも約束が……」

「断ればいいじゃん」

この時私は彼の誘いを断ることが出来なかった、既に彼にハートを射抜かれていた。

カラーが仕上がり、チェックしていると、

「彼に断りの連絡しなくていいの?」

「だ、大丈夫です」

「ならいいけど……」

彼はまるで私の嘘を見抜いているかのような不適な笑みを浮かべた。

「はい、完了、我ながら最高の出来だな、どう?」

「私じゃ無いみたいです」

彼は後ろから腕を回し、私を抱きしめた。
そして鏡越しにじっと見つめた。
彼は私の首筋にキスをした。
心臓がドクンドクンと音をたてて高鳴った。

「凛、やっぱり可愛いな」

「からかわないでください」

顔が真っ赤になり、ドキドキが止まらない。

「だから、からかってないよ、凛が好きなんだ」

私の全機能が停止したように固まった。
ぽかんとした顔していると、「なんて顔してるの?」と私の座っているイスをくるっと回し、
自分の方へ向け、唇にチュッとキスをした。
私は彼を魅入ってしまい身動き出来ずにいた。

「ご飯食べに行こうか」

「あ、はい」

そして彼とご飯を食べに行った。

そうだ、祐くんの事が急に気になり尋ねた。

「祐くんはお母さまの所でしたよね、お仕事休みの日位一緒にいてあげなくていいんですか?」

「大丈夫だ、お袋って言ったって元かみさんの母親だからな、俺はよそ者だから」

「でも、祐くんとは血の繋がりあるわけだし、祐くんもパパと一緒に居たいんじゃないですか」

「何?凛は俺と二人の食事嫌なの?」

「そうは言ってません」

彼は明らかに不機嫌な表情を見せ、そして暫く沈黙になった。
そして、意を決したように語り始めた。

「祐とは血の繋がりはないんだ」

「えっ?」

衝撃の事実が告げられた、まさかは当たってしまった。

「祐は元かみさんの浮気相手の子供、すっかり騙された、祐が産まれて俺の息子として届けを出した後に発覚した」

私は黙って彼の話に耳を傾けていた。

「親子鑑定の結果祐は俺の子供ではなかった、でも俺の息子として守って行くって誓ったんだ、だから、俺が引き取った、元かみさんは浮気相手を選んだからな」

「祐くんには何処まで話したんですか」

「俺と血の繋がりがない事は話していない、元かみさんの事は俺より好きな人が出来て、その人がママを守る事になったと話した、俺には誰もいないから側にいてくれって言ったら、僕がパパを守ってあげるねって言ってくれたよ」

私は心に熱いものを感じて涙が止まらなかった。
彼は私の涙を拭って、頬にキスをしてくれた。

「今日は凛と二人で時間を過ごしたい、たまにはわがまま言っても許してくれるよ、祐は……だから二人で食事行こう」

なんで私に?戸惑ってどうしていいかわからず、彼に聞いてみた。

「なんでそんな大事な事を私に話してくれたんですか?」

彼は私を引き寄せて、じっと見つめた。

「前にも言ったけど、俺は凛と結婚したいんだ、だから、祐の事は話しておかないとって思ったんだ」

そして私を抱きしめた。
私は思わず、彼から離れて後ずさりしていた。

「無理です」

「即答?俺もうふられたの?」

「祐くんは大好きですけど……」

「俺は嫌い?」

私は慌てて否定した。

「そうじゃなくて、大和さんの奥さんは私には務まりません」

「なんで?」

なんでって、そんな事、私が大和さんと釣り合う訳ないし、それに結婚って、まだ付き合ってもいないのに、なんで急に結婚になるかなあ、それに私はもう四十歳で、大和さんといくつ離れていると思ってるの?言葉に出来ない気持ちを心の中で彼にぶつけた。

「凛、俺の奥さんになるってそんなに難しくないだろ?」

私はぽかんとして、固まった。私にとっては最高の難易度なんですけど……

「私にとっては凄く難しいです」

彼は理解不能の表情を見せた。

「俺の事好きになってくれればいいんだけど……」

えっ?それだけじゃないでしょ?大和さん、あなたはイケメンカリスマ美容師で、あなたを狙っている女性は数知れず、しかもあんな接客されてあなたを好きにならない人なんていないでしょ?


「問題ありすぎです」

彼はアラフォーの私にとって、この状況は絶対に避けなければならないと言う事を理解していない、まず、本来ならあり得ない事だけど……
だから戸惑っている訳で大和さんが私の何処を好きになってくれたのか、しかもこの短時間で信じろって言う方が無理だよ。

「何が問題なのかわからない、祐の事?俺と血の繋がりが無い子供の母親になるのが問題なの?」

「違います、祐くんは何の問題も無いです」

「じゃあ、俺か」

彼は俯いてちょっとしょんぼりした感じだった。
もうずるいよ、そんな態度取られたら何も言えない。

駄目、駄目、ここで流されたら私の人生はどうなってしまうのか。
でもこのままでも危機的状況は変わらないのではないか?
私にプロポーズしてくれる殿方は現れない、一人寂しく一人で生きていくの?

それより、祐くんの母親として、大和さんの奥さんとして残りの人生を過ごした方が絶対にいいに決まってる。
あっ、私は何て事を考えてるの?バカ、バカ、凛のバカ。

「俺、これでも一途だよ、凛だけ見るから」

「五年経ったら二十代の可愛い女の子の方が良くなります」

「そんな事ないよ、凛は可愛いよ」

私は顔が真っ赤になるのを感じて俯いた。
そんな事言われた事ないから恥ずかしい。

「お腹空いたな、飯食いに行こう?」

ああ、ご飯食べにいく事になっちゃった、菜々美に怒られる。

「凛は何が好き?」

「好き嫌いは無いです」

やだ、私何答えちゃってるのよ。意志の弱さに自己嫌悪だあ。

「じゃあ、イタリアンでいい?」

私は黙って頷いた。

「そんなに俺と食事嫌なの?」

「えっ?あっ、そんな事ありません、ありませんけど……」

「ありませんけど何?」

私はどう答えていいかわからなかった。
それから、イタリアンレストランで食事をした、彼は仕事の事、祐くんのエピソードなど色々話してくれた。

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