金属の羽がブブブッと音を立てて動きだす。
 ハチドリが宙へ飛びあがった!

「飛んだ! こども、できたね! すごい!? こどもすごい!?」
「ああ、すごいもんだ」

 こどもは無邪気に頬を赤く染め、飛びまわるハチドリと一緒に踊りだす。

「こども、大きくなったら、魔女になるよ」
「魔女なんてつまらないモンだよ」
「つまらなくない。こども、いっぱいたくさん“失せもの”を直す」

「失くしものを修理するのは、私が好きでやっているだけだ。魔女の仕事は、ここにいればいいだけさ。おまえだって今からでも、すぐに魔女になれる」
「どうすればいいのっ?」
 こどもは魔女の膝にとびついた。

「『魔女になる』と言うだけさ。その時からおまえは、失せものの河の守り主だ」
「それだけ?」
 ぱちくり瞬く大きな瞳が、こぼれて落ちてしまいそうだ。
「それだけだ」
 魔女は笑って、丸い額を指ではじく。

 こどもは肩にとまったハチドリと目を交わす。
「じゃあっ。こどもは魔女に――、」

「おやめ」

 大きな手で口をふさがれた。
「やっぱりヤメだ。魔女は一人きり。私の仕事を横どりするんじゃないよ」

 腹に響く、低い声。
 男の姿に変わった魔女が、目を光らせてこどもを見下ろす。

「……じゃあ、魔女が魔女にあきたら、つぎはこどもの順番ね」
「飽きるものか」
 魔女は三日月の笑みを浮かべてデッキへ出ていく。
 こどもも数歩遅れて彼女を追い、外の空気を吸った。


 霧の森。
 たゆたう黒い河のおもて。

「鳥。迷子にならないで、おかえりね」

 ハチドリはこどもの肩から飛びたった。
 白い霧をキャンバスに、黄緑の体で絵を描くように飛びまわる。

 しかしまた、こどもの頭上へもどってきて、高い音でさえずった。
 まるで、遊ぼうと誘っているようだ。

「なんだ。あなた、かえらない?」
「ときおり居ついてしまう子がいるんだ。おまえみたいにね」
「なら、鳥も家族になる? 魔女、いい?」
「おまえが世話をするならね」

 こどもはきゃっきゃと笑い、ハチドリと追いかけあう。
 魔女は揺り椅子に腰を下ろした。
 口がほのかに笑っている。

「ワッ!?」

 唐突なこどもの悲鳴に、魔女は眉をひそめた。

 舞い踊るハチドリを、誰かが両手で捕まえたらしい。
 こどもが血相を変えて相手につめ寄っている。

「なにするの! はなして! また壊れちゃう!」
「こいつは僕のだ!」

 キンと響く少年の声。
 半ズボンに長靴下の身なりの良い少年だ。

「よかった、とうとう見つかった。こいつはなぁ、獣とチョウのキメラなんだ。大発見だぞ」
「ちがう! このコはこどもの家族になった鳥!」

 こどもは無理やり少年の腕を下ろさせて、手をこじ開ける。
 逃れたハチドリは、慌てたようすで魔女のところまで逃げていく。

「あれっ。あいつじゃなかった……?」
「こどもの鳥だよ! こどもが直した!」
「ホントだ。ごめん」
 すなおに頭をさげた少年に、こどもはむくれた頬でそっぽを向く。

「おまえの、そのキメラっていうのは、これかい」

 魔女はローブの袖から、木の標本箱を取りだした。
 手のひらに収まる小さなの箱には、奇妙な生きものがピンで留められている。

 目にまぶしい黄緑色の毛が生えた、まるまるとした胴体。
 切り絵のような黒い輪郭で象られた、透明の羽。
 たしかに、獣とチョウのキメラのようだ。

「蛾の仲間だね。ここいらじゃなかなか見ない」
 その貴重な蛾は、ハチドリと大きさも色も、よく似ている。

「ママが気持ち悪いって、逃がしちゃったんだ」
「きもちわるくない。きれいだよ」
「だろ? ママっていっつもそうなんだ。僕、見つかるまで家に帰るもんかって、追っかけてきた」

 でもさ……、と少年は箱のガラスをなでた。
「飛んでるのが好きだったのに」
 魔女は片方の眉を上げる。
「生きて動くモノは、それだけで美しい。けれどこの蛾は、命を失くして、なお美しい。おまえは素晴らしいものを見つけた」

「……うん。これ、僕がもらっていい?」
「おまえの“失せもの”だ。好きにおし」

 少年はくちびるを噛んで、うなずいた。

「僕はエリン。ええと、君たちは?」
「こどもは、こども」
「僕も子どもだよ。ちがくて、君の名前をきいてる」

 こどもはうろたえて魔女を見上げた。

「こどもは、こどもだよ。だって、魔女は魔女だ」
「へんなこと言うヤツだなぁ」

 少年は標本を大事に胸に抱えて、森へ入っていった。
 さようならと手をふって、彼を見送る。

「ハチドリ。あの子はもう、道は分かるだろうが。獣にあわないよう、気をつけておあげ」

 魔女にたのまれたハチドリは、機械仕掛けの片翼をはためかせ、少年の後を追う。




イラスト:西荻仁さま