「ふっふっふっ・・・、我をここまで手こずらせた相手は、貴様が初めてだぞ。学芸院凰雅。」
「くっ、なんて強さだ。魔造寺狂獄丸。」
一見その体の大きさから重さを感じ、動きが遅そうに見えてしまう狂獄丸。
だが、その凄まじい筋肉が生み出すパワー、そのパワーから繰り出されるスピードは常人のそれを遥かに超えていた。
筋トレを趣味にしている凰雅は他の誰よりも狂獄丸の筋肉の優秀さにいち早く気が付いていた。戦いはより多くの優れた筋肉を搭載している者が勝つ。
これは火を見るより明らかな事実。
しかし、魔造寺狂獄丸の強さはそれだけではなかった。


「俺の攻撃が、奴には全く効いていないというのか・・・。」
魔造寺狂獄丸の強さにおいて、最も特筆すべきは鋼よりも強靭な筋肉による異様な程のタフネスだろう。
「ふっ。確かに貴様は強い。だが我は生まれてこの方、痛みというものを知らん。それは今までン一度たりとも敵の攻撃をまともに受けたことがないからだ。貴様が勝つには我の攻撃をかいくぐり、我の回避を上回り、その上でこの筋肉の壁を突破しなければならん。そんなことは夢のまた夢であろうとも・・・不可能なのだっ!」
「くっ!確かにそんなことは絵空事なのかもしれん。だがっ!俺の筋肉はまだ敗北を認めていないっ!」
相手がいかに強かろうと学芸院凰雅の心が折れることはない。
何度でも立ち上がり、立ち向かっていく。
能丸はそんな友の雄姿を、早くトイレットペーパーの特売に行かなくていいのか、と思いながら見守っていた。


「くっ!」
もう幾度目かもわからぬ程の激突を経て、凰雅は倒れこんだ。
「無駄だ。さあ、早く負けを認めろ。」
「な、なぜだ・・・。」
「ん?」
「お前はなぜこれほどまでに強い。これほどの力を持ちながら、なぜこんな暴力に訴えるようなことをするんだ。」
「なぜ強いか、なぜ闘うのか、か。・・・貴様の健闘を称え、特別に教えてやろう。それは・・・愛ゆえにだっ!」
「な、なにぃ・・・。あ、愛、だと!?」
「貴様は何のために戦っている?何のために強くなった。」
「お、俺が強くなったのは、趣味の筋トレをしているからで・・・戦う理由は・・・ない。そもそも俺は普通の高校生だ、争うことは嫌いだし、戦うことに理由なんて・・・ない。」
「そうであろうな。貴様、恋をしたことがあるまい。貴様の拳には愛を感じぬのだ。そして、愛無き者に我は倒せん。諦めろ。」
「あ、愛無き者・・・だと!?」

凰雅は言い返すことができなかった。凰雅は友達を、妹を大事に思っている。
だがそれは狂獄丸の言う愛とは根本から違うことを直感で理解したのだ。
凰雅は今まで恋をいうものをしたことがなかったのだ。

「確かに、俺は世間一般の言う愛というものがわからん・・・。愛とは、そして恋とは一体何なんだ。」
凰雅ほどの漢は当然モテる。告白されたことも何度もあった。
だがその時ちょうど強風が吹いたり電車が通ったり打ち上げ花火が上がったりして聞き取れなかった。
変な誤解や勘違いが有ったり無かったりしたこともあった。
嫉妬深い妹がもみ消したこともあっただろう。
そんなこんなで凰雅は愛や恋というものを知らなかったのだ。

「恋を知らぬとは哀れな男よ。それで普通の高校生を名乗ろうなど片腹痛い。」
狂獄丸の放ったその言葉は平均的な一般高校生を自負する凰雅にとって、唯一自覚している高校生らしからぬ部分であった。
「こ、恋・・・。お、俺は・・・普通の、何の変哲もない高校生で・・・俺は、俺はぁ・・・。」
「これ程の男も、心は案外脆いものだな。・・・学芸院凰雅・・・破れたりっっ!!」


自我が傷つけられ、戦意をなくして地に伏してしまった学芸院凰雅。
すぐ近くで拡声器でも使っているのかというくらいの大声を出して笑っている魔造寺狂極丸。
果たして凰雅はこの最強の敵に勝つことができるのだろうか。
そしてトイレットペーパーの特売には間に合うのか。
そもそも魔造寺狂獄丸は何をしに来たのか。
数多くの謎を残しながら、他の生徒達は既に裏門から下校していたのだった。