前田教諭から、妹さんの詳しい状態を聞いた。
確かに、ミドル・ポーションなら快癒も可能だろう。準備が出来るのなら、ハイ・ポーションを用意しよう。
しかし、もう一つの可能性を考えて、該当するスキルを持っている者からの協力を取り付けたい。万全を期したい。
治療などと大きなことを言うつもりはないが、頼まれて、承諾したからには、しっかりと対処を行うつもりだ。ポーションを渡して終わりにはしたくない。せっかくの駒になりそうな人物だ。しっかりと恩を売っておきたい。
学校では、他に大きなイベントが起きなかった。
憎しみが込められた視線は感じるが、脅威とは思えない。
バイト先では違う視線を感じる。
尾行しているのか?
複数の気配がある。バイクで帰宅すると、家の近くに見慣れない車が停まっている。俺がカバンから、スマホを取り出すと、逃げるように動き出した所を見ると、後ろめたい職業の人か、身バレを気にしなければならない人なのだろう。
警察だとは思えないから、マスコミが有力なのだろう。
あとで、記憶を映像にして、今川さんに問い合わせを行おう。
些細なイベントではなく、襲撃のようなイベントを期待しているのだけど、相手も慎重になっているのか?
それとも、”俺”だと解って、手の出し方を考えているのか?
尾行やらイベントやらも気になるが、今は頼まれているポーションと治療に専念しよう。
アインスたちの様子を確認してからレナートに移動しよう。
「ユウキ!急にどうした?忘れ物か?」
転移した場所に、サトシが居た。
この場所は、サトシが来るような場所ではない。
マイかセシリアを怒らせて逃げているのか?
「フェリアとニコレッタは?」
廊下を気にしている様子なので、やはり”何か”をして、逃げているのだろう。
少しだけ・・・。本当に、少しだけ、こいつに”王位”を渡して大丈夫なのか心配になってくる。
しかし、サトシに”べたぼれ”しているマイとセシリアが居れば大丈夫だろう。
「さぁ」
相変わらずだ。
雰囲気からは、何かを知っているのは解る。
嘘が苦手なのは、こいつの憎めない所だ。
「わかった。わかった。マイは?」
「マイなら、国王と話をしているはず」
怒らせたのは、マイではないな。セシリアか?
本来なら、”お前がしなければならない話をマイがしているだけだろう”とは言っても無駄だと解っている。
レナートの王城にある執務室に入ると資料が山積みにされていた。
俺が関係する資料ではないようだ。サトシが処理しなければならない書類のようだ。
俺が部屋に入ったのを感じたのか、メイドが部屋にやってきて、何か用事がないか聞いてきた。
マイの用事が終わったら、”俺が探していた”と伝えてもらった。
同時に、俺の状況と新しい協力者が得られそうだと伝える。前田教諭に関する解っていることと、妹さんの状況をまとめた資料を持っていってもらう。
メイドが部屋を出て行ったのを確認して、書類を眺めている。
問題になりそうな書類はなさそうだ。マイとセシリアがサトシに重要な書類を回すとは思えない。無視されても問題にならない書類か、最終の処理が残されている書類だけだろう。
書類を整理して待っていると、マイがフェリアとニコレッタを連れて部屋に入ってきた。
「話が早くて助かる」
マイが連れてきたのは、妹さんを”治す”のに必要になるスキルを持っている二人だ。
「協力は大丈夫だよ」
フェリアが大丈夫だと言えば、ニコレッタが頷いている。
「そうだ。ユウキ。ロレッタは、時間は大丈夫?」
「解らないけど、大丈夫だと思うぞ?今は、何も無かったと思う」
「それなら、ロレッタと一緒に行動をして」
「ん?あぁ」
フェリアもニコレッタも、美女。美少女だ。日本に居れば目立ってしまうのは間違いない。
ロレッタが居れば、認識をずらすことができる。
俺のスキルに近い事ができるはずだ。
それに、ロレッタとフェリアとニコレッタは仲が良かった。
静岡の街中なら多少は目立つけど、散策を行って、買い物を楽しんでも大丈夫だろう。言葉の問題がないから、3人が帰るというまで放置でいいだろう。ロレッタはスマホを持っている。いろいろ大丈夫だろう。
「わかった。フェリアとニコレッタ。頼む。マイ。あと、ハイ・ポーションの材料が欲しい。在庫は大丈夫か?」
「大丈夫よ?ハイ・ポーションを持っていかないの?」
「そうだな。いいや。今回は、向こうで作ってみる。ダメだったら貰いに来る」
「わかった」
マイが、材料を取りに部屋を出る。
二人を残して、ロレッタの予定を確認する為に、拠点に戻る。
「レイヤ。ロレッタは?」
「買い物に行っている。もうすぐ帰ってくると思うぞ?」
「そうか・・・」
レイヤに伝言を頼んで、ロレッタが大丈夫なら、メッセージを残してもらうことにして、レナートに戻った。
タイミングよく、材料を持ったマイが戻ってきた。
「ユウキ。これで大丈夫?」
材料は揃っている。
「機材は、向こうで買える物で作ってみる」
「わかった」
材料を持って拠点に転移した。
ロレッタが戻って来るまで、残留組との情報交換を行う。
拠点でも、ポーションの作成を行っている。
効力が、1割程度は落ちているように感じているようだ。
ニコレッタのスキルで確認を行うと、ポーションとしては使えるようだが、飲む量を増やさなければならないようだ。
俺たちは、フィファーナで慣れているので、1割でも多く飲むと考えると、少しだけ億劫になるが、地球で初めてポーションを飲む人間には関係ない。
ただ、ポーションの種類によっては、拠点で作ったほうが、効力が高くなる物も存在している。
地球で作ったデバフ系のポーションは効力が高くなる傾向にある。
顕著だったのが、ヒナが試しに作った、”早世”のポーションだ。
名前は、サトシが命名したのだが、それで固着してしまった。簡単に言えば、”通常の10倍から20倍の速度で老いる”ポーションだ。これが、地球だと100倍から200倍の速度で老いることになってしまった。
作ったはいいが使いどころに困る。化粧水の様に使えば、肌の代謝が早まり、余計な老廃物が排出されて、怪我が治る効果がある。飲まなければ、問題にはならない。そんなポーションだ。そして、通常のヒール相当のポーションと色が全く同じなのだ。匂いが違うので、俺たちなら判断ができる。
何かに使えるかと考えて、俺のアイテムボックスに入っている。死蔵一直線だ。
「お待たせ!」
ロレッタが買い物から帰ってきた。
「おかえり。買い物は出来たのか?」
「うん。一応ね。でも、やっぱり、都会・・・。とは、言わないけど、街に行きたいかな?」
「わかった。わかった。話は聞いているよな?」
「大丈夫!」
「3人で静岡市内でも散策してくれ、問題がなければ、呼ばない。何処にいるのか解るようにしておいてくれれば、問題が発生したら迎えに行く」
3人のテンションが上がる。
やはり、買い物は楽しいようだ。
レナート組の二人も、ヒナから日本円を貰っている。
実際には、拠点での共有財産からの分配なので、二人にも受け取る権利がある現金だ。
「ユウキ!少しだけ待って!」
「いいぞ?」
「皆に、必要な物を聞いてくる!ニコレッタ!フェリア!行こう!」
3人は、マイの肩を軽く叩いてから部屋を出て行った。
「マイ」
「こっちは大丈夫よ。お母さんとお父さんも元気」
「よかった。何か言っていたか?」
「うーん。そうね。”ユウキに辞めるように言っても無駄だろうから、自分の心に嘘はつかないようにしなさい”と伝えて欲しいそうよ」
「ははは。わかった。本丸に手を付ける前に、母さんと父さんには会いに行く、あと、アイツにも・・・」
「そうね。そうして貰えると助かる」
マイは、そう言って部屋を出て行った。
俺も、自分に割り当てられている部屋に移動して、3人が帰ってくるのを待つことにした。
30分後に、3人が俺の部屋に来たので、そのまま移動を開始した。
転移で移動しても良かったのだが、ニコレッタとフェリアの希望で、フェリーを使うことになった。
3人はフェリーで移動して、そのまま清水と静岡を回るらしい。
俺は、家に戻ってハイ・ポーションを作ってから、前田教諭に連絡する。
お互いの予定を確認してから別れた。
これなら、3人が話を聞きに行く前に、予定の確認をしてしまえばよかった。
準備が出来たので、前田教諭に連絡をした。
留守電になってしまったので、一言だけ残してから、吉田教諭に連絡をして、状況を聞くことにした。
どうやら、前田教諭は、妹さんだけではなく、両親が事故で入院をしているらしい。それも、普通の事故ではないようだ。
吉田教諭から話せる範囲で、前田教諭が追い詰められている状況の説明を求めた。
やはりというか、クズが関係している可能性が高い。
証拠がないと言っているが、証拠が有っても関係がないのだろう。
吉田教諭と話をしていると、前田教諭から折り返しの連絡が入った。
「はい」
『前田です』
「新城です。こちらの準備が整いました。ご両親のことを聞きました。後ほど、ご相談させてください」
『わかった。いえ、わかりました』
「大丈夫ですよ。普段の通りで構わないですよ」
『そうか?』
「はい。どこに行けばいいですか?」
『安倍川駅まで来られるか?』
「大丈夫です。30分後くらいでいいですか?」
『あぁ』
「ロータリーに行きます」
『わかった』
しまった。
フェンリルとフォレストキャットだけではなく、空を飛べる眷属も作るべきだったな。
今度、レナートに行ったときに、マイに相談するか・・・。
それとも、こっちで・・・。
悩ましい所だな。
猛禽類は、さすがに・・・。
バイクに跨って、イチゴロードを用宗方面に向って、途中で右折すれば安倍川駅だ。
30分も掛からないが、150号は渋滞したら動かない。
渋滞はなかったが、道は混んでいた。しかし、予定よりも早く、20分で到着した。
「新城!」
前田教諭が既に来て待っていた。
「前田先生。早いですね」
「バイクで来ると思っていたからな。家の場所は知っていたから、早めれば15分くらいだろう?」
「そうですね。バイクを置いてきます」
安倍川駅の駐輪場にバイクを預ける。
この時の為に、鳥の眷属が居たらよかったと思える。今回は、しょうがない。防犯装置を作動させる。
ライダースーツは必要ないけど、目立つので着ている。
「こっちだ」
「わかりました」
背負う感じのカバンを持ってきている。必要ないのだが、余計な詮索を避けるためにも必要な処置だ。
前田教諭の案内で、教諭の家に向かう。
駅から5分くらいの場所にある。
一軒家が前田教諭の家の様だ。
「すまん。先に謝っておく」
「え?」
「両親が入院して、妹が寝た状態で、俺が掃除はしているが・・・」
「気にしませんよ」
「そうか・・・」
ドアを開けると、独特の匂いがする。
家族の匂いなのだろう。俺には無かったものだ。少しだけ羨ましい。
靴を脱いで、スリッパに履き替える。
お世辞にも綺麗だとは言わないけど、しっかりと掃除が行われているのが解る。
妹さんが寝ている場所は、奥だと言っていた。離れの部屋で寝ているようだ。
怪我は治ったと言われている。怪我の治療は終わって退院した。それでも目覚めないのは、心が死を受け入れている可能性が高い。
フィファーナでもよく目にした現象だ。
目の前で、両親を殺されて、自らも剣で突かれた。死の淵まで行って、俺たちが助けた。
しかし、両親が死んだことや、死の淵を覗いた事で、自分は死んだと考えてしまって、身体はポーションで治しても、起きてこない現象だ。他にも、類似の現象を見てきた。俺たちは、”心が死んでいる”と表現している。
本人の望みとしては、そのまま死を受け入れて、眠りたいのかもしれない。残された者が居ないのなら、俺たちもそのまま眠らせる方法を選んだかもしれない。しかし、他に待っている家族が居る場合が多い。その時には、心が死んだ状態の人を介護し続けなければならない。
現代日本なら、可能かもしれないが、フィファーナでは困難を極める。その為に、俺たちは、心が死んだ人間を呼び起す方法を模索した。
多少でも反応があれば、記憶を封印する。
困るのが、反応がない場合だ。
偽の記憶を植え付けると、どこかで記憶に齟齬が発生する。齟齬が小さくても、そこから封印した記憶が呼び起されてしまう。
俺たちがとった方法は、軽い封印と堅牢な封印を併用する方法だ。
今回は、軽い封印だけでは意味がなさそうだ。事情を聞いた限りでは、堅牢な封印が必要になる。
問題は、他人から記憶の鍵を刺激される事だが、それは前田教諭に頑張ってもらおう。
その為に、両親にも復活してもらう必要があるのだろう。相談しなければならない事が増えてしまうがしょうがない。
家族が居れば、支えてくれる人が居れば、辛い記憶を乗り越えられる可能性がある。ダメな時には、改めて、記憶を封印して、違う生活を送らせる方法を考えればいい。その時には、前田教諭やご両親には悪いけど、接触はしないようにしてもらう。
「ここだ」
「前田先生。学校でも説明した通り、ポーションで身体は治せます。今日、持ってきたのは内臓の損傷も治します。でも、心は治せません」
「解っている。目覚めてくれれば・・・。それだけで・・・」
「先生。それは、先生のエゴなのでは?」
「何?」
「妹さんは、目覚めるのを拒否する可能性があるのです」
「そんなことは・・・」
「”ない”と言えますか?妹さんではない先生が?」
「新城。果歩は、俺の妹で家族だ」
「そうです。家族という他人です。間違えないでください。このまま起きるのを待つのも、家族の愛情なのでは?」
「・・・。ちがう。ちがわない。違う。新城。俺は・・・」
前田教諭が頭を抱えて考え始める。
考えるきっかけがあれば、そのあとは、家族の問題だと割り切ることができる。俺たちが出来るのは、きっかけを与えることだ。
「先生。まずは、ポーションを使ってみてください。俺たちの実験では、点滴に混ぜると効果がでます。点滴の輸液と変えても大丈夫です」
「わかった」
カバンから出したポーションを受け取った前田教諭は、妹さんが受けている点滴の輸液にポーションを混ぜた。
法律的にダメなのかもしれないけど・・・。まぁポーションは、日本の法律の埒外だと・・・。思いたい。
5分ほど経過すると、変化が見られる。
肌の張りが戻ってきて、髪の毛に艶が戻る。
他にも、俺には解らないが、前田教諭が興奮するくらいに、劇的な変化が見られるようだ。
やはり・・・。
反応があるから、心は完全には死んでいない。
でも、起きてこない。
苦しい現実を受け入れられないのか?他の理由か?
やはり、必要になった・・・。
「先生。俺の仲間を呼んでいいですか?」
「何?」
「妹さんは、今、心が”何か”と戦っています」
「・・・」
「少しだけ手助けができると思います。しかし、そのあとは、前田先生やご家族のサポートが必要です」
「わかった。頼む。俺は・・・。果歩を守ってやれなかった。今度は、何が有っても守る」
「わかりました。10分くらい外に出ます」
「わかった。玄関は開けておく、勝手に入ってくれ、俺は果歩を見ている」
「はい」
外にでて、ニコレッタとフェリアとロレッタに連絡を入れる。
「買い物中に悪いな」
『大丈夫だよ。必要?』
電話に出たのは、フェリアのようだ。
「あぁレベルとしては、最悪ではない」
『それなら、ニコレッタとロレッタだけ?』
「そうだな。フェリアの用事がなければ、一緒に来てくれ、待機してくれると助かる」
『わかった』
買い物をしている場所を聞いて、パルコの横にある駐車場の屋上に移動する様に指示を出す。
3人をピックアップして、前田教諭の家に戻る。
買った物は、荷物になるので拠点に置いてきた。
「それでユウキ。どんな状況」
ハイ・ポーションを投入した事と、ポーションが効いて身体の損傷は修復された。
心は完全には死んでいない。今は、葛藤しているようだと伝えた。
「それなら、確かにまだ可能性がある」
「あぁ。ただ、時期が不明だから、ターゲットの兄の記憶から探っていく必要がある」
「わかった」
部屋に戻ると、前田教諭が妹さんの手を取って、名前を呼んでいた。
反応がある。
まだ、完全に心が死んでいない。
頑張っている人間に、頑張れと無責任にいうつもりはない。
助けて欲しいと言っているのは、妹さんではない。今、助けて欲しいと叫んでいるのは、前田教諭だ。
俺は、前田教諭を助けて、目的のために利用する。その為に、妹さんがさらに苦しむ可能性には目を瞑る。
「先生。今から、妹さんを起こす方法を説明します」
前田教諭は、黙って俺の手順を聞いている。
かなり・・・。違うな、傷口に塩を刷り込むような行為だ。認識している。
当初の予定とは違っている。
ポーションで治せるのは、身体の傷だ。脳神経も治せるのだが、心の傷は治せない。
心と記憶を分離する。
記憶が希薄になり、ドラマでも見たかのような感じになる。自分に発生したことだと認識は出来るのだが、どこか他人事のように感じるように分離を行う。この処置を行うために、前田教諭には苦痛を伴う記憶遡行を受けてもらう。妹さんが受けた身体と心の痛みを、全てを受け止めてもらわなければならない。スキルの制限で被験者の血縁者にしか遡行処理を行うことができない。
「現状。これが、妹さんを起こす為の手順です。どうしますか?」
俺をまっすぐに見ていた力強い視線を床に落として、眠っている妹さんを見つめる。
数秒だと思うが、前田教諭の中で何かと戦っているのだろう。
前田教諭が、視線を妹さんから俺に戻した。
「新城。一つだけ、確認していいか?」
これは、誰かに縋る視線ではない。負けを覚悟している目でもない。
フィファーナで何度も・・・。それこそ、嫌になるほどに、目撃してきた目だ。何かに挑むときの視線だ。自分はどうなってもいい・・・。自己犠牲を強く持っている人たちの視線だ。
自己犠牲だけでは何も解決しない。自己犠牲を贖罪だと考えると、危うい。
「なんでしょう?」
前田教諭が聞きたい内容は想像ができる。
家族の苦痛を考えれば当然の質問だと思っている。
「俺の記憶を呼び起すのは、俺が耐えればいい。果歩の苦痛に比べれば・・・。でも、果歩は、果歩が負った傷はどうなる?」
やはり・・・。
記憶の封印では、封印が解ける可能性がある。フラッシュバックが発生する可能性がある。
俺たちは、フラッシュバックが発生した時に、違う記憶に誘導するように、強固な封印を施す。何度も、フラッシュバックが発生すれば、俺たちが作った強固な封印でも破られてしまう可能性がある。
その時には、心が”生”を拒否する可能性が高い。そうなった場合には、記憶を消す処理を行う方法しか無くなってしまう。
「残ります。記憶を消すことも出来ます。完全に消してしまうことも出来ます」
傷は残さなければならない。
本当の意味での克服にはならないからだ。弱いレベルのトラウマなら消してしまえばいいのかもしれないが、”死”を望む程のトラウマだと、どこに関連しているのか解らない。トリガーが多数にわたっている可能性もある。
「それなら!」
記憶を消すのは簡単だ。
完全に消してしまうのは、俺でもできる。前田教諭が苦痛を味わう必要もない。ある意味・・・。おすすめだ。フィファーナではよく使っていた。ゴブリンに連れ攫われた人や、盗賊に連れ攫われた者たちの記憶を消し去った。家族もそうして欲しいと望む場合が多かった。
「その場合には、妹さん。果歩さんが経験した他の記憶も消されます。そして、副作用で関連している記憶が希薄になり、最悪は性格が著しく変化します。別人になってしまったと感じるかもしれません。それに、俺への対価になりません」
一つの記憶だけを消すのは不可能だ。関連した記憶を消していかなければならない。学校での行為なら、学校に関連する記憶を消す必要がある。消さないまでも希薄にして記憶として思い出さない状態にしなければならない。
記憶は人格や性格に密接に関連している。
消えた記憶が辛い物でも、楽しかったことや嬉しかったこと・・・。感じたことなどの記憶が消えたり、希薄になったり、呼び起こせなければ、性格や人格が変ってしまう。
「っ」
対価は別に考えてもいいと思っている。当初の計画が崩れた段階で、違う報酬を求めるのは筋としては正しいと思っている。
正直な話として、果歩さんの話は記事にしたいとは思うが、マストではない。
前田教諭から聞いている果歩さんの性格から”戦う”ことを選択してくれると思える。その場合には、先生以外に有効な手駒が増えることを意味する。
そして、俺が考えていた最初のターゲットに最も近い場所に行けるのが果歩さんだ。
果歩さんが無理なら、前田教諭に”あること”を話してもらうことになるだろう。十分ではないが、持っていき方次第では、相手を引っ張り出せるだろう。次善の策としては十分だろう。
「先生だけなら、この方法もいいでしょう。対価の交渉は後日の課題になってしまいますが・・・。しかし、ご両親は耐えられますか?」
「・・・。果歩の辛い記憶を・・・。記憶を俺が引き受ける事は、代わってやることは?俺に、何か出来ないのか?」
「それは、”記憶を消す”以外ですか?」
「そうだ」
「ありません。状況が、悪いです。今はまだ”心”が”生”を諦めていません。極端な事を言えば、果歩さんは・・・。夢で、追体験を繰り返しています」
「それは・・・。あの出来事か?」
「そうです。何が、おこなわれたのか、俺には解りません。先生も実際の所は、解らないでしょう?果歩さんは、同じ日の同じ時間を、何度も何度も何度もそれこそ、心が”死”を受け入れるまで経験しているのです。先生に耐えられますか?簡単に代わってやりたいとか言わないで下さい」
「・・・」
「夢なら、悪夢なら、醒めてしまえば、目覚めれば終わるかもしれない。でも、違うのです。本当の悪夢は、終わらないのです。果歩さんは、強い人です。どのくらいの時間が経過しているのか知りません。でも、その間・・・。永遠に思える時間を戦い続けているのです。先生が出来るのは、果歩さんが目覚めた後で戦う事を辞めさせることですか?それとも、一緒に戦う事ですか?」
ずるい言い方だ。
実際に、果歩さんが望んでいることは解らない。記憶を消して、別人に生まれ変わって生きる方法だってある。前田教諭の家族が”別人”になった果歩さんと出会えばいいだけの話だ。記憶の封印と違って、トリガーで目覚める事がない記憶だ。
「・・・。新城。俺は・・・」
「先生が決めてください。それから、果歩さんにポーションが必要ないようなので、ポーションは置いていきます」
「え?」
「ミドルポーションなら、脳神経の再生が出来ます。薬物依存症やアルコール依存症の依存症が完治しました。実証は出来ていませんが、アルツハイマーにも効く可能性があります。他にも・・・」
「新城!」
「なんでしょうか?」
「・・・・。覚悟が足りなかったのは、俺だと・・・。ふぅ・・・」
前田教諭が、眠っている果歩さんの頭を軽く撫でる。
俺をまた睨むように見て来る。
覚悟が決まったのか?
それとも・・・。
俺には、解らない。
俺は、この兄妹を俺の手駒に加える。そして、二人の人生が狂ってしまう可能性があるのに気が付いているのに、俺は俺の為に・・・。
「新城。果歩の記憶は消さない。記憶を切り離すだけでいい。身体の傷は完璧に治してくれ」
「わかりました。以前よりも肌だけではなく、髪も綺麗になるようにしてみせます」
「ははは。そりゃぁ困る。果歩がモテてしまう」
前田教諭は優し気な目で果歩さんを見つめる。
肌を優しくなでてから髪の毛を櫛でとかすように撫でる。
数秒間目を瞑ってから、俺をまっすぐに見る。
「新城。頼む」
深々と頭を下げる。
「お任せください」
待機して状況を見守っていた。ニコレッタとフェリアとフェリアに合図を出す。
「前田先生。彼女たちは、日本語がわかります。彼女たちの指示に従ってください」
「わかった。よろしく頼む」
3人は黙って、準備に入る。
日本語は解るが、話が出来ない設定のほうが楽だ。余計な質問を受けない。前田教諭を見れば、関係がない質問ができる余裕はなさそうだ。それに、これから、地獄の苦しみが待っている。
「先生。準備が終わるまでに、先生も湯あみをしてきてください」
「シャワーでいいのか?」
「はい。それから、できるだけ金属がついていない服を着てください」
「わかった」
「それから、女性陣に、妹さんの身体を清めさせます。下着や服はできるだけのない方がいいので、タオルやシーツで身を隠します」
「・・・。そうか、わかった」
先生が頷いたのを見て、3人は準備を始める。
女性陣が、服を脱がして身を清め始めるタイミングで、ユウキは部屋を出た。
隣の部屋を借りて、持ってきた白い布に、魔法陣を書き始める。
魔法陣を書くのはユウキの役目だ。
部屋の広さが解らなかったので、現地で書くことにしたのだ。
大きな魔法陣が二つと小さな魔法陣が二つ。
それぞれを、繋げるように書く。
実際には、魔法陣は簡略化できるのだが、この儀式の神秘性を増す舞台装置となるために、ユウキがしっかりと書き込む。
読める者が居ないから、好き勝手に書いている所はある。
巨大な魔法陣の半分以上は演出に使われる文様だ。
「新城。こんな感じで大丈夫か?」
前田教諭がシャワーで身を清めてから、Tシャツと短パンを履いてきた。
「そうですね。短パンでもいいのですが、ジャージとかありますか?」
「ジャージでいいのか?」
「金属部分があると熱くなってしまいます。できるだけ、肌の露出を抑える服装をお願いします」
「わかった。着替えて来る」
「お願いします」
吉田教諭は、ユウキが書いている魔法陣を見てから部屋を出て行った。
女性陣は、吉田果歩の寝間着を脱がし終わっている。
身に着けている下着も脱がせて、全裸にしてから、低級ポーションで身体を拭き始める。床ずれが発生している箇所や、擦り傷や、肌荒れや、汗疹や、諸々の肌疾患を治していく、起きた時に肌が荒れていたら可哀そうだと考えた。
清め終わったら、今度はフィファーナから持ってきている魔物の蚕から作成した布で身体を包む。
少しでも、スキルの浸透を助けるために、フィファーナ由来の物だけにする。
「ユウキ!終わったよ」
「わかった」
ユウキは書き上がっている魔法陣を持って、部屋に戻った。
吉田教諭も着替えを済ませて部屋に戻ってきた。
「新城。こんな格好でいいのか?」
「はい。ありがとうございます。それでは、儀式を開始します。前田先生は、こっちの魔法陣の上に座ってください」
反対側には、シーツに包まっている果歩が座っているような格好になっている。マイがサポートとして果歩を支えている。
「これでいいか?」
前田教諭は胡坐をかくようにして座った。
後ろにはスキルを増幅するために、一人が魔法陣の上に立つ。
「先生」
「なんだ?」
「かなりの激痛が襲うと思います。そして、先生の嫌な記憶を呼び起します」
「あぁ」
「耐えてください。無茶を言いますが、できるだけ動かないでください。魔法陣から出ない様にして下さい。スキルは途中で止められません。中断は、失敗を意味します」
「わかった。俺は、耐えるだけでいいのか?魔法陣から出ない様に、押さえつけたりはできないのか?」
「はい。できません。先生は、耐えてください。声もできれば出さない様にしてください」
「わかった。俺は耐えるだけでいいのだな。それだけで、果歩は助かるのか?」
「必ずとは・・・」
「すまん。助けられる可能性があるのだな?」
「はい。最善を尽くします」
「ありがとう。新城。タオルを咥えるのは大丈夫か?」
「え?」
「声を抑えるのだろう?タオルを噛んでいれば・・・」
「ははは。タオルなら大丈夫です」
ユウキは、一人に目で合図をする。
フィファーナ産の布を渡す。
吉田教諭が布を咥えたのを確認してから、ユウキは最後の準備を行う。
布に書いた魔法陣に手を添えてから、スキルを発動する。
魔法陣が光りだす。
サポートについていた二人が、果歩と吉田教諭の頭に手を置いて、スキルを発動させる。
記憶を一気に駆け戻っている。
果歩の身体が記憶を拒否するように振るえる。マイが抱きしめる。
吉田教諭は、果歩と自分の記憶を逆再生で経験している。交互にではなく、同時に体験しているのだ。
記憶に伴う痛みや苦痛や哀しみを含めて、全ての感情を刹那の時間に心と身体に流し込まれる。
涙だけではない。
口から声にならない叫びが迸る。
それでも、スキルは止めない。
記憶を封印する為には、必要な儀式だ。
「ユウキ!」
フェリアが心を閉ざしている理由を見つけたようだ。
「どこだ?」
「・・・。ユウキ。家族に、迷惑をかけたと思って・・・」
「そうか、やはりな」
「ユウキは、気が付いていたの?」
「可能性の一つだとは思っていた。ニコレッタ。先生と繋げるぞ」
「任せて!」
ユウキが次のスキルを発動する。
吉田教諭と果歩の間に書かれた魔法陣が光りだす。
ここからは、吉田教諭の力が必要だ。
「先生!聞いてください。俺の言葉がわかったら、頷いてください」
吉田教諭が苦悶の表情を浮かべながら、頷いている。
「先生。今から、先生を果歩さんの記憶の中に送り込みます。先生には、果歩さんがこれから経験することを、果歩さんと一緒に追体験してもらいます。いいですか、果歩さんが何を考えているのか、先生にも解るようになっています。絶対に間違えないでください。一緒に楽になると思わないでください」
吉田教諭が頷いたのを確認して、ユウキとフェリアとニコレッタは最後のスキルを発動した。
先生の身体から力が抜けたのを感じて、第一段階は成功したと考えた。
「ここからは、俺たちには補助しかできない」
「そうね」
「家族って凄いね」
ニコレッタの言葉は、ユウキたちの皆が同じように考えていたことだ。
事情は違うが、皆が”家族”との縁が薄かった者たちだ。ユウキは母親だけが家族だった。他の者も、兄弟や姉妹だけ、または自分だけが全てだった者たちだ。
「そうだな。先生は、果歩さんだけではなく、ご両親も救おうとしている」
「そうね。その果歩さんも、先生とご両親を守る為に頑張っていたのよね」
「そうだな。先生は、今まさに過去と向き合って、傷を追って、痛みを受けて・・・」
「ユウキ。起きると思う?」
「正直な話・・・。7対3だと思っている。起きない方が7だ」
「そうね。ここまで、心が傷ついてしまっていると・・・。それも、記憶から考えれば、自分で心を傷つけてしまっている」
フェリアは、魔法陣の効果を確認しながら、ユウキの答えを肯定する。
「あぁ奇跡を見せてもらおう。多分、俺たちでは不可能なことも・・・。家族である先生なら可能にしてくれるだろう」
ユウキたちは、自分たちがおこなった事は、奇跡でもなんでもない。フィファーナで得た力だ。
本当の奇跡は、閉ざしてしまった心を抉じ開けて、そこから救い出す事だ。
心が攻撃される。
守るべき物がない状態で、ダイレクトにダメージを受けてしまう。先生が感じている痛みは・・・。今の先生の様子を見れば・・・。ここで先生が辞めてくれと叫んでも、誰も文句を言わないだろう。
「ユウキ。中級ポーションで大丈夫?」
「どうだろう?身体の傷だけなら、初級でも大丈夫だとは思うけど・・・」
前田教諭の身体は、心が受けたダメージの反映が始まっている。
鼻血はもちろん、鼓膜が破れたのか耳からも血が流れ出ている。
そして、噛み締めているのだろう。歯が折れる音が何度も聞こえている。
見開いた目は、どこにも焦点があっていない。
眼球が動く度に、目から涙に混じって血が流れ出ている。
ユウキたちもただ待っているわけではない。
スキルを切らさない様にしている。
マイをついてきたのはユウキたちにとっては都合がよかった。マイがサポートに徹しているので、ユウキたちはスキルにだけ注意をしていればいい。
前田教諭と果歩は、マイが限界をしっかりと見極める。
完了していなくても、マイがこれ以上は無理だと判断したら、スキルを強制的に停止させることになっている。
その為に、魔法陣を用意していると言ってもいい。
魔法陣は、セーフティーネットの役割を果たしているのだ。
前田教諭が果歩の記憶に入ってから、2時間が経過した。
マイに焦りの表情が見え始める。
ユウキだけが、大丈夫だと思っている。
2時間15分後
果歩の表情が変った。
2時間40分後
前田教諭の苦悶の表情が、穏やかな表情になり、ゆっくりと目を閉じた。
気を失った状態だ。
2時間45分後
マイから、二人が無事に分離したと宣言が出た。
ユウキとフェリアとニコレッタは、スキルを停止した。
前田教諭にポーションを飲ませる。身体の傷がなくなるのが解った。
3時間15分後
先に目を覚ましたのは前田教諭だった
それから、5分後に前田教諭が見守る中で、果歩が目を開けた。
起き上がろうとして失敗した前田果歩(推定17歳)は、自分の状況を”ほぼ”正しく把握していた。
シーツをしっかりと身体に巻き付けて体勢を整える。
寝たきりの状態が長かったために、体力はもちろんだが筋力も低下している。
ポーションである程度の筋力は回復しているが、自分の身体を支えられるほどには回復していない。
シーツを握るのがやっとの状況なのは自分が解っているのだろう。
無理はしていない。
支えられている状態を受け入れている。
「アニキ。ゴメン」
小さな声だが、前田教諭の耳にはしっかりと届いた。
声を発していなかった声帯が弱っていたのだろう。前田果歩も自分の声が想像以上に弱弱しかったのに驚いている。
「果歩」
前田教諭は手を伸ばそうとしたが、自分が思っていた以上に身体が弱っていて、腕を持ち上げるのが辛かった。
そして、”果歩”と呼んだ声が恐ろしいほどに震えていた。
「お二人。疲れていると思います。事情は解っていらっしゃると思うので・・・。今は、お休みください。私たちは、次の準備に取り掛かります。2時間も寝れば、すっきりすると思います」
ユウキは、動揺する二人を無視して、スキルを発動する。
指を鳴らすという古典的なパフォーマンスを付与した。
音が部屋に吸い込まれていくと同時に、前田教諭と前田果歩は睡眠状態に陥った。
「ユウキ?準備なんてあるの?」
「ないよ」
「ユウキ。私たちは用済み?」
「うーん。あとは、前田先生にポーションを渡して、今後の話だからな」
「わかった。買い物の続きをしたいのだけど?」
「市内でいいのか?」
「うん」
「ヒナ。悪い。もう少しだけ付き合ってくれ」
「いいわよ」
ユウキは、3人を市内に送り届けてから、前田教諭の家に戻ってきた。
時間は、十分にあると解っているので、起きた二人が食べられる物を買ってきた。
前田果歩は、起きたばかりだ。
胃腸のダメージはポーションが回復してくれている。二人の記憶から、ワサビ漬けを家族で食べている内容が見て取れたことから、ユウキは市内でワサビ漬けを購入した。あとは、二人が食べていたお惣菜を何種類か購入して戻った。
ポーションを4本用意している。
二人の両親は、身体を壊している。
起きてこない果歩の治療費を稼ぐために無理をして身体を壊してしまっている。
前田果歩が起きなかった理由の一つだ。
その為に、ユウキは両親の怪我と壊れている身体を調整して、初めて”治療”の終了が宣言できると考えていた。
たっぷりと時間を潰してから、ユウキは前田教諭たちが寝ている部屋に戻った。
スキルで寝かしつけたので、起こすのもスキルを使ったほうが安全だ。
ユウキは、今度は過剰な演出は付与しないで、スキルを発動する。
先に、起こすのは前田教諭だ。
「先生。どうですか?」
「新城・・・。果歩は!」
「隣の部屋で寝ています」
「そうか・・・。新城。ありがとう」
「取引です。お礼を言われるような事ではありません。それに、頑張ったのは先生と果歩さんです。俺たちは手助けをしただけです」
「それでも、果歩が起きたのは、お前たちが手助けをしてくれたからだ。俺が感謝しているのは事実だ」
「わかりました。先生の気持ちは受け取ります」
「ありがとう」
「果歩さんの所に行きますか?体力も多少は戻っていると思います。ご自分で着替えができる位にはなっていると思います」
ユウキは、スキルを発動した。
今度は、指を鳴らすパフォーマンスを付与している。
「果歩!」
「あにき?」
「起きたか?」
「うん。頭がすっきりしている」
記憶は封印していない。
でも、記憶の上書きが成功している。辛い記憶を乗り越えた記憶になっている。
前田教諭が、果歩に着替えるように伝える。
もう服を着ていると言ってきたので、リビングで話をすることに決めた。
「新城。改めて、果歩だ」
「初めまして、果歩さん。貴女の後輩です。あっ科は違うので、正確には学年が下なだけです」
「そうですか・・・。それで、アニキ。状況はわかるけど、解らないことだらけだ」
---
前田教諭が、果歩さんに、状況の説明を始めた。
最初に、俺の事を紹介してから、困った表情をしたので、俺の事情を簡単に説明した。
果歩さんは、寝ていたので、俺たちが異世界帰りだと聞いて驚いたが、スキルを使って見せれば、興奮してくれた。いろいろ質問はあるだろうけど、今後の付き合いのなかで教えるというと引いてくれた。
自分に行われた事が、常識の範疇に収まっていない事は解っているのだろう。
スキルの説明を”魔法”だと考えればいいと思ってくれたようだ。
すんなりと、俺の事情を飲み込んでくれた。
先生が、果歩さんが倒れた辺りからの説明を始める。
最初は、ごまかそうとしていた先生も、果歩さんからの強い強い要望で、正確に伝えることにしたようだ。
スキルを使われている時の説明は必要がなかった。
自分たちが経験した事は解っているようだ。
追体験や前田教諭と果歩さんの行動は、俺が聞く必要がない情報だ。
二人だけ、ご両親が戻ってきてから、4人で話し合えばいい。
「アニキ。就職はダメだよな?」
「あぁ」
前田教諭が辛そうな表情をするが、これはしょうがないだろう。
「果歩さん。就職ですが、大学に行きながら、働くことができる職場の紹介ができますか?一度、責任者(のような人)に会ってみますか?」
「え?どんな所?嬉しい話だけど、私・・・」
「大丈夫です。その人の所は、いろいろ手広く事業を行っていて、人が足りないと言っています」
「へぇこの辺りの人?」
「そうですね。出身は、もう少しだけ西になるようですが、東京や大阪や名古屋にも・・・。あぁもちろん静岡にも働き口はあります。ご本人は、伊豆で隠居生活を送っています。俺たちの後援者的な立場の人です。馬込先生という方で、ご存じないかと思いますが」
「馬込・・・。馬込?馬込グループ?リゾート開発やホテル業だけでなく、飲食や映画やアニメにも・・・。あの馬込グループ?」
「どの馬込グループなのか解りませんが、多分、果歩さんが言っているのが、馬込先生の会社です。ご本人は、有限会社を一つだけの小さな会社だと言っています」
「アニキ。私は揶揄っているのか?」
「いや。新城が言っているのは本気だ。俺も、今の学校を辞めて・・・。実際には、首になる前に逃げるのだけど・・・。連れていかれた場所で、馬込グループの総帥と面談するとは思っていなかった。そのあとで、総帥の一言で、就職が決まった。馬込グループの学校に就職する。給料は今の2倍だぞ・・・。笑っちゃうだろう?」
「え?本当?新城君。貴方は何者?なんで、馬込グループの総帥に会えるの?なんで?」
「なんでと言われても・・・。まぁそれは、おいおいって事で・・・」
「わかった。恐れ多い気がするが、せっかくなので、お会いしたい。です」
「わかりました。後日・・・。果歩さんの予定をお聞きして、馬込先生にお伝えします」
「え?ちょっと待って、新城君。馬込総帥の都合のいい日に合わせるから、是非、そうさせて!私の為だと思うのなら、馬込総帥のご予定をずらさないで・・・」
「はぁわかりました。殆ど、拠点近くで釣りをして、子供たちに勉強を教えているだけなので大丈夫だとは思いますよ?時々、近所の人たちに頼まれて、整体をやったりしているだけですから・・・」
「アニキ。大丈夫なのか?」
「大丈夫だ・・・。と、思う。実際に、俺も総帥に会ったあとで、首がずれていると言われて、整体を受けた」
「え?それは、整体師だよな?」
「いや、総帥だ」
「アニキ?」
「果歩。断れるか?総帥が、言い出した事だぞ?俺には無理だ」
「え?嫌なら断ってくれて大丈夫ですよ?馬込先生は、そんな事では機嫌を損ねたりしませんよ?」
二人に盛大に”おかしい”と言われた。
果歩さんの就職も大丈夫だと思う。
ダメでも、拠点関係の仕事なら用意ができる。
本題に入るまでが長かったが、状況の把握ができて、将来への希望にも光が差し込んできた。
これで、やっと・・・。
また、一歩・・・。
前田果歩さんが起きてから、前田教諭はすぐに両親にポーションを使った。
最初に忠告をしておいたが、忠告は無駄になった。
神経系の問題である場合には、より上位のポーションが必要になる。
前田教諭の両親は、精神的な衰弱と怪我が原因だったために、ポーションと果歩さんが顔を出すことで治ってしまった。
そして、前田教諭は学校を辞めた。
学校を辞めた日に二人は、俺たちの拠点を訪ねてきた。
俺は、学校に行っていたために、ヒナが対応を行った。
すぐに今川さんが呼び出されて、取材を受けてもらう事になった。
全て実名での告白だ。
雑誌に乗るときには、実名のまま(仮名)となる予定だ。
知っている人が読めば、事実であることや、実名だとすぐにわかるだろう。
雑誌の発売に併せて雑誌に乗せられなかった内容がネットで公開されることになっている。
同じタイミングで、森田さんがいろいろな場所に似たような記事を投稿する。
俺と森田さんと今川さんで話し合って、きつめの内容は、雑誌では告白している感じにして、ネット上で憶測記事として流すことにした。
既に、複数のサイトに書き込みが行われて、情報が拡散されている。
そして、TV局が動く前に、ネットでは記事内の人物たちの特定が行われ始めた。すぐに、被害者と加害者が判明した。
雑誌には第二弾として、”兄”の話が掲載された。
こちらは、兄は実名報道だ。学校での不正行為や不正行為の強要などを告白した。
TV局は取り上げない方針のようだ。
前田教諭は、家族で伊豆に移動してもらった。いくつかの場所を、経由した。海外まで使って、足跡を消した。行政への手続きは行ったのだが、家の売却や処分はしていない。
前田教諭の家族が住んでいた家には、レナートからレオンとフェリアを連れてきて、住んでもらっている。別荘みたいな扱いだ。二人とも喜んでいるから問題はない。生活を行っている状況にしている。この家に凸ってくるマスコミはいるが、捕まえて、眠らせて、近くの公園に捨てている。まだ、ターゲットに繋がるような連中が現れないのが残念だ。行政に繋がる奴らなので、凸ってこない可能性も高いが、罠としては十分に機能すると思っている。
家族は、安全面を考慮して、拠点の近くに住んでもらうことになった。
そして、俺たちの父さんと母さんを手伝ってもらう事になった。
児童養護施設には、児童が増え続けている。犯罪被害者の子供だけではなく、事故で両親をなくした子供が施設には集められた。馬込先生や森田さんだけではなく、弁護士の森下さんも子供を連れて来る。
父さんと母さんだけでは、手が足りなくなってきていた。
前田教諭の両親は、快く協力を申し出てくれた。
そして、前田教諭が子供たちに勉強を教えてくれることになった。
雑誌発売から1週間も経てば、情報もしっかりと拡散されている。ネットで積極的に情報を収集してない人でも、情報に触れるくらいには有名な事件になりつつある。
学校には、TV局は来ていないが、週刊誌やネット系の記者から、取材を受けたという生徒が現れ始めた。
「吉田先生」
今日は、吉田教諭から呼び出された。
「新城。これが、明日の朝に流れる」
「え?」
吉田教諭から渡されたプリントには、生徒へのお願いという命令書だ。
マスコミの取材を受けた場合には、相手の所属と氏名をしっかりと聞いて、学校に報告する。できれば、取材は受けないようにする。
一人では行動しないで複数で行動する。
学校が調査を実施したが、ネットや雑誌で話題にされているような事実はなかった。
前田果歩という生徒は自己都合で学校を辞めている。
前田教諭は両親と果歩の療養のために学校を辞めている。
従って、ネットで流れているようなイジメが原因ではない。学校が、前田教諭に何かを強要した事実はない。
修飾された言葉で書かれているが、結局は”自分たち”には”非”はない。らしい。
調べたが問題は見つからなかった。だから、問題はない。
逆効果だと解らないようだ。
「吉田先生。このプリントを貰っていいですか?」
「現物はダメだ」
「複写は?」
「コピー機ではコピーできないぞ?」
「それは、大丈夫です」
スキルを発動して、転写する。
羊皮紙に転写した時には、難しかったが、転写先が紙だと簡単だ。
「おい」
「大丈夫です。スキルです」
「本当に、なんでも有りだな。それで、プリントはどうする?」
「え?反論を用意して、情報を流しますよ?」
「ははは。事前に用意するのか?」
「そうですね。それでは、面白くないので、少しだけ小細工しますよ」
「やりすぎるなよ?」
「大丈夫ですよ」
まずは、あの女だ。
前田果歩さんをイジメていたグループのリーダーの女。
まずは、今川さんが動いてからだ。
---
今川さんから連絡が来た。
予想通り、あの女は取材を受けようとしたが、家族が拒否してきた。虚栄心の塊のような女だ。あいつらと同類なだけある。自分が行った事を正当化する能力は素晴らしい。
家族もよくわかっている。
マスコミの取材を受けたら、間違いなく”悪者”にされてしまう。
散々、自分たちが行ってきた事だ。追われる立場になってやっとわかっただろう。
今川さんから貰ったデータでは、この辺りのはずだ。
あった。あった。
あの女の取り巻きの一人。まずは、こいつからだな。
家全体を結界で覆ってから、転移で侵入。
スマホを拝借して・・・。指紋認証は、本人の指を借りれば簡単だ。
そして、プリントをネット上に情報と一緒に投稿。
さて、取り巻き全員で同じ内容では飽きられてしまうから、微妙に変えつつ、情報を拡散していこう。
写真の捏造が簡単で嬉しい。こんな物に証拠能力を求めてしまうのがバカらしくも思えてしまう。拙い偽造のテクニックを使って、専門家が見ればすぐに偽造だとわかるようにして、あの女が関わっていないように偽装すれば・・・。
あの女が、取り巻きをスケープゴートにしようとして、取り巻きたちが裏切った様に見える。
あとは、あの情報を、あの女に流して・・・。
同じように違う情報筋からも似たような情報が流れるようにすればいい。
---
学校が行う予定にしていた、一連の出来事の説明が延期された。
用意していたプリントに間違いが見つかって、情報に齟齬が生じたというのが主な理由だ。
学校の周りには、マスコミを名乗る者たちが集まっている。
マスコに、学校が説明会を開くと連絡が有ったようだ。
正確には、マスコミ各社に”一連の出来事の説明を生徒に向って行う”とタレコミが有ったようだ。
不思議な事に、同じ内容だけど、差出人が違っている。
内容が同じだった為に、マスコミはお互いに確認してから学校に集まった。特ダネは拾えないかも状況だが、他のマスコミに出遅れるのは問題だと考えたようだ。
警察の介入を嫌った学校は、学校の理事に名を連なる人たちに頼み込んだ。
昼前には、ネット系のニュース記者以外は学校の前から姿を消した。
マスコミの矛先は、自分たちにガセネタを送ってきた者に向いた。ネットリテラシーやスマホの利用に関してやネット利用の悪影響など、事件とは全く関係がない事を報道している。
学校側が隠していた。
いじめの動画がマスコミに流れた。マスコミはすぐに反応した。偽造であるとして、またミスリードをさそう報道を開始した。
しかし、偽造でも証拠は証拠だ。警察が動きを見せるのには十分だ。
前田教諭が学区を辞めてから1か月後。渦中の一人が、昨晩から行方不明になった。
前田果歩さんの記事が雑誌に載ってから1週間。
前田教諭が学校を辞めてから2週間が経過した。
仕込みも終わっている。
手間はかかったが、状況は面白いほどに、想定していた方向に動いた。
俺は、拠点に作られた学校で働き始めた女性に話しかけた。今の所は、リハビリを兼ねた作業が多い。拠点の周りは、徐々に人が増え始めて、働き手が少ない状況になっている。今は、十分に回っているが、今後は人が足りない状況になると考えられている。
意思確認は既に済ませているのだが、最終確認だ。
「果歩さん」
まだ、俺と話すのは緊張するようだ。
馬込先生には慣れたと言っているのに・・・。理由が解らない。最初が悪かったのか?
「はい?」
手を止めて、俺をしっかりと見つめてから返事をしてくれる。
「俺の都合に合わせて頂いてもうしわけありません」
果歩さんにも、前田教諭と同じ内容の話をしている。
復讐相手も教えてある。方法だけは、教えていない。まだ決めかねている状況なのも、事実だが、それ以上に、前田家に問題があると困ると考えている。
「いえ、就職も出来ましたし、兄も前よりも楽しそうにしているので・・・」
起きたばかりの時には、”アニキ”と呼んでいたが、ここで仕事をするようになってから、”兄”と呼ぶようになった。
これから、違う場所で仕事をする場合もある。
果歩さんは、”記者”になる未来を考え始めている。俺たちが出した注文は、”中立”な記者になることだ。今川さんは、俺たちに浸かり切っている。馬込先生の関連企業にはマスコミがある。弱小だが、雑誌を販売している。身体のリハビリが終了してから、本人が望むのなら、雑誌社に就職できるように取り計らっている。
現在は、拠点にある学校で事務作業を手伝ってもらっている。
「疲れませんか?」
まずは、気になることを指摘しよう。
俺が疲れてしまう。
「え?」
果歩さんは、何を言われたのか解らないようだ。
「言葉です。俺は、気にしませんよ?それに、果歩さんの雇用主は、馬込先生です。俺ではない」
まずは、言葉遣いから変えてもらおう。
俺の方が年下になっている。敬語を使われるのは、気分的に良くない。それに、記者になるのなら、気にしなければならない人は少なくしておいた方がいいに決まっている。
果歩さんが就職予定の雑誌社は、馬込先生が出資して作った雑誌社だが、完全に独立している(らしい)。
「そうですが・・・。わかった。気にしない事にする」
果歩さんも、俺の話を聞いてくれた。
俺も、丁寧に話されるよりも、仕事の依頼がしやすい。まだ、俺たちに”恩義”を感じているのかもしれないが、十分に返してもらっている。
それに、復讐を俺に委ねてくれたことが嬉しい。
「ありがとうございます。それで、復讐ですが、本当にいいのですか?」
最終確認です。
必要はないことだとは解っています。果歩さんの中では既に終わっていることです。そして、俺が行うのは復讐でもなんでもない。
「あぁ奴らに思う事はあるけど、もう昔の話だ。それに、これから、奴らは死んだ方がましだと思うくらいのことが待っている。そうだろう?」
果歩さんが言っている通りだ。
既に仕込みは終わっている。
さて、復讐の幕を上げよう。
---
小池彩佳は自分の部屋で布団を被って震えていた。
最初の躓きは、高校受験に失敗したことだ。そのあとも、怠惰に過ごして学校での成績が、中学ほど上位ではなくなってしまった。
小学校では天災だと言われていた。勉強もスポーツもなんでも一度で覚えてしまった。クラスでも学校でも一番だった。
親から、先生から褒められるのが嬉しかった。同級生からの羨望のまなざしも凄く嬉しかった。
中学生になり、自分が”可愛い”と気が付いた。男子からちやほやされるのが楽しくなった。
親の職業を知った。地方では名前が知られている。祖父が、学校の偉い人にも繋がっていると知って、学校で我儘に振舞うようになった。学校の成績も落ちては来たが上位をキープしていた。
高校は、地元で難関校と言われる高校の受験を希望したが、基準を満たしていないのに、受けて受験に失敗した。入ったのは、祖父の勧めで、祖父や両親の会社と繋がりがある。議員が理事をやっている学校だ。
高校では、中学以上に男子からの視線を集めた。女子が少ない学校だったのも影響していた。
小池彩佳は、遊びを覚えた。学校外で覚えた遊びを学校の同級生にも行った。トイレだけではなく、更衣室に連れ込んだこともある。
遊びを覚えたことで、成績はみるみる落ちて行った。
しかし、親も教員も祖父母も彩佳を叱らない。
彩佳は、2年生に上がっても同じことを繰り返した。今度は、下級生にも手を出した。下級生の女子で、自分よりも可愛いと思える子を、自分の取り巻きに襲わせたこともある。親や学校(理事)の力で揉み消した事案は、両手では足りないくらいだ。
そんな傍若無人な彩佳だが、関わらないようにしている人物が二人居る。女帝と言われる生徒と、王子と呼ばれる生徒だ。二人は、いとこ同士だ。本当は、いとこではなく、腹違いの姉弟なのだが、本人も学校側も認識をしていながら、”いとこ”として通っている。
女帝と王子は、彩佳の両親や祖父母の上になる人物を親に持っている。
ある意味では、順風だった小池彩佳の人生において、初めて明確な”負け”を経験した。
小池彩佳が内定していた就職先を、前田果歩に奪われた。もちろん、奪われるだけの理由は有ったのだが、結果として小池彩佳は”前田果歩”に恥をかかされた格好になった。
学校側は、些細ないじめがあったと発表はしたのだが、イジメは、犯罪だ。恐喝であり、暴行であり、殺人未遂だ。
怪我が治って、意識を取り戻した前田果歩のインタビュー記事が掲載されると、小池彩佳の立場は一気に悪くなった。
いままで抑えていた物が噴出した。
最初は、周りに居た男子が居なくなった。そして、取り巻きにしていた女子が理由をつけて離れた。
前田教諭のインタビュー記事が出ると、一気に風が強くなった。
学校側の不手際だけではなく、”殺人未遂”と取れるような動画まで出回り始めた。雑な加工で、自分だけを消していたことも問題になった。
小池彩佳の取り巻きだった女子や男子にも、冷たい目が向けられるようになり、女子と男子は自分たちが悪くないと証明するために、小池彩佳の悪行の数々を語り始める。自分たちが行ったことも全て、小池彩佳に命令されたと言い出した。当然の流れだ。弱い立場の人間がスケープゴートになるのだ。
取り巻きだった女子の一人が、学校で怪我をした。
怪我は、偶然だったのだが、怪我が悪化して女子は学校を退学した。元々、周りの冷たい視線に耐えられなくなっていたことも影響している。
悪いことに、この女子は最後に学校に来てから、行方不明になった。
それから、小池彩佳の周りに居た女子と男子が順番に姿を消した。警察も動いたのだが、証拠どころか、行方も掴めていない。防犯カメラや監視カメラに一人で写っている状況を最後に忽然と姿を消している。
友達と一緒に遊びに行って、友達がトイレに行った間に居なくなってしまった男子も居る。商業施設の監視カメラを調べても、男子が友達以外の誰かと一緒に居る所や、商業施設から出る姿が確認されなかった。商業施設を警察と警備員が半日以上探したが見つからなかった。
小池彩佳は追い詰められていた。
警察だけではなく、マスコミも連日小池彩佳の下を訪れている。
自分が知らない間に、極悪事件の犯人にされている気分になっていた。両親も、祖父母も、世間体を気にして、彩佳を家から放り出すことを考え出している。彩佳も敏感に悟っている。今まで、味方だと思っていた両親と祖父母の裏切りを知った。世間では、誰一人として自分を助けてくれる人が居ないと知った。
そして、死のうと考えた。
死のうと手首を切ったが、死ねなかった。血が出て、気を失うが死ねない。睡眠薬を飲んでも、死ねない。海に飛び込んでも死ねなかった。車に刎ねられても死ななかった。事件を起こす度に、警察も両親も祖父母も彩佳に辛く当たる。
小池彩佳は、警察やマスコミが見ている前で、姿を消した。
マスコミに追いかけられている状況で、それこそ、角を曲がったら姿が見えなくなっていた。
(ゆるめ?の)性的表現が含まれています。
(ゆるめ?の)暴力表現が含まれています。
抵抗がある方は読み飛ばしてください。前回の話の結果を記載しているだけで、本編には(フラグ的な意味では)影響しません(多分)。
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サトシが珍しく執務室に居る。
ユウキが連れてきた者たちの処遇を確認して、次にユウキが来た時に報告する義務があるためだ。
「彼女たちは、どうしている?」
「実験に協力してもらっているわよ」
「そうか・・・」
29人は、それぞれにトラウマを抱えている。
普段から陽気にやらかすサトシも、小学生の時に盛大ないじめにあっている。いじめという言葉が裸足で逃げ出すような境遇にいた。それでも、現在のように振舞えるのは、サトシが手を差し伸べたからだ。そして、マイやレイヤやヒナから、ユウキの心の傷を聞いた。ユウキの境遇を聞いた。そして、ユウキとサトシに助けられた。
皆が、どこか壊れているのは、幼少期の出来事が影響している。
傷を舐め合っているのではない。傷を認め合っている関係が構築できたのが、29人が我を通しながら、尊重し合える関係が続けていられる。
皆に共通しているのは、理不尽な暴力を受けた過去があることだ。
簡単に言えば、ユウキが連れてきた者たちは、皆のトラウマを刺激するには十分なことをしていた。
そして、加害者だ。
皆は、自分たちが正義のヒーローでもヒロインでもないことは理解している。
自分のストレスになりそうな者を排除する自然な行動として、加害者たちを”人”として扱わない。
日本語を話す実験動物だと思っている。
腕と足を切り落として、スキルで欠損を治す。何度も、何度も、繰り返す。
これは、スキルの有効性を確認するために必要なことだ。ユウキの理論では、攻撃性のスキルも同じ敵には聞きにくくなっていくことが知られている。その為に、わかりやすく欠損状態を連続で治してみれば、”スキル”への耐性が得られて、回復が行われない状態になるのではないかと考えられていた。
詳しい話をまとめるために、マイは魔の森に作られた実験施設に向った。
「イェデア。どう?」
「マイ。そうね。ユウキの説だけど、立証は出来ていないけど、仮説で良ければ、新しいことがわかったわ」
「教えてもらえる?」
「煩いから、口は塞いでいるし、自殺ができない様に、歯は全部抜いている状態にしているけど、いいわよね?」
「好きにして、それで?」
「うん。小指で試すけど、爪の付け根を切り落として、ポーションをかけると、復活するでしょ?」
「そうね」
「でも、指先のこの部分」
「え?第一関節?」
「そうそう。もう少し厳密にいうと、第一関節の一本目の皺の部分ね」
「ここを切り落として、ポーションをかけても復活しない」
「え?でも」
「面白いでしょ。その状態で小指を切り落として、ポーションをかけると指先を含めて復活する。同じように、第一関節から切り落としても復活する」
「え?なんで?」
「まだ、仮説だけど、”同じ部位や場所は、連続では復活できない”のではないかと思っている。腕や足だと、まだうまくできなくて、試している最中なの」
「へぇ面白いわね。実験体は、気をつけてね。他でも使いたがっている場所があるからね」
「わかっている。しっかりと、壊れないようにしているよ」
実験動物としてしっかりと管理されている。
死ぬことが無いように、実験が繰り返されている。
結果に個体差が出ないように順番に行われている。
管理は、ユウキたちが捕えた勇者たちが行っている。勇者たちには、捕えている実験動物が死んだら、殺した者たちが代わりに実験動物になると告げている。
「他は?」
「多種族との交配はダメ。オークやゴブリンは喜んで犯しているけど、それだけ・・・」
「そう?まぁあれは、実験というよりも確認の意味が強かったけど、続けるのよね?」
「もちろん。精神が壊れないようにスキルを使っているけど、弱っている状態の方が、スキルを剥がせる可能性が上がるのよ」
「そう?そっちは、結果が出た?」
「ダメね。スキルを剥がしたら、穴という穴から液体を垂れ流して、精神が壊れてしまった。廃棄はしていないけど・・・。まぁ他のクズに与えたら喜んで使っていたから、それでいいでしょう?」
「そうね。でも、妊娠は困るわよ?」
「それは大丈夫。こちらの避妊薬が効くのは確認している」
「え?あれを使ったの?」
「問題がある?」
「うーん。別に、ないわね。そういえば・・・」
フィファーナの避妊薬は、罪を犯した貴族家に与えられる。一種の”罰”だ。繁殖能力を奪う。子孫が残せない貴族は、養子を取ってくることになる。ty苦節の血族がいなくなる。
ユウキたちは、捕えた勇者に避妊薬を投与して、子供が出来たら解放すると約束した。
捕えられた勇者たちは、相手を変えて3年間も続けたが、誰一人として子供が出来なかった。避妊薬は、地球にも持ち帰って、実験を行っている。成分を調べているが、何が影響しているのか解っていない。
実験動物が精神を壊したのは計算外だったが、しょうがないと諦めた。
「主犯は?」
「まだ何もしていないわよ?」
「そう、ユウキからは、好きにしていいと連絡が来たわよ」
「本当?家族も?」
「えぇ」
「まずは、煩いから。心を折るわね」
「任せる。自分たちがしてきた事を後悔させてあげて」
「わかった・・・。親は何をしたの?」
「揉み消しと、圧力だね。前田家を孤立させた」
「小心者がよくやる奴ね。揉み消しは?」
「想像通りよ。権力者に・・・。ユウキの獲物だから、そっちは手を出さないでね」
「もちろん!まだそんな事をしているのね。それで?」
「お決まりのパターン」
イェデアは、ロミルに声をかけて、許可が出たことを告げる。
まず行ったのは、両親の目の前で、魔物たちに犯させることだ。経験から、心を折るのには効果が高い方法だ。両親たちには、簡素な武器を渡して、魔物たちを全滅させられたら。娘と一緒に解放すると約束をしている。
マイたちの経験から、子供を権力で守った気になっていた奴らは、子供を命がけで守らない。怒鳴り散らすだけで、何もしない。自分たちだけが助かる方法を必死に考えるか、逃げ出そうとする。
「マスコミは?」
「まだ泳がせているみたい」
「珍しい」
「使い道があると言っていたわよ?」
「そうなの?」
「彼らは、自分が”正義”だと疑わない人が多いでしょ?」
「そうね」
「だから、その”正義”を揺さぶるらしいわよ?」
「”揺さぶる”?」
「うん。ほら、今回、起こしただけではなくて、怪我も治したでしょ?」
「うん。聞いている」
「そう。それとなく、”秘薬”が存在していると匂わすみたい。それで、異世界帰りが関係していると思わせる。それに、マスコミを使うみたい」
「大丈夫なの?」
「どうだろう?最良は、ユウキの想定範囲内で踊ってくれることだけど、ダメなら上を潰すと言っていたわよ?」
「潰す?会社を?」
「ううん。物理的に、上を脅すみたい」
「あぁ・・・。ユウキなら可能だね」
「そうね。やりすぎないか心配ね」
「ははは。そうね。でも、ユウキが敵じゃなくて、よかったよ。サトシに感謝だね」
「本人には自覚はないけどね」
「そうだね。サトシには言えないし、言わないわよ」
「うん。あっサトシが呼んでいる。行くわね。実験動物の対応をお願い」
「はい。はい。未来の王配様」
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小池彩佳は、自分がなぜこんな状況になっているのか理解が出来ていない。
夢だと考えていた。
友達だと思っていた取り巻きが順番に魔物に犯される。
腕を切り裂かれて、何かをかけられて、傷が治った所にまた同じように切られる。一日中、同じことが繰り返される。
知らない男に犯される状況を見せられ続ける。
切り落とされた腕を、他の取り巻きが食べる。
寝かせてもらえない。
寝ようとしても寝られない。
全裸にさせられて、髪の毛を剃られた。乳房や性器を隠せないように手は天井から吊るされている。排泄は、垂れ流しだ。
夢だと思いたかった。
痛みは、嫌でも夢でないことを物語っている。
取り巻きたちが、おかしくなっていくのを見続けている。
歯を抜かれて、目を潰されて、腕を切られて、足を切られて、犯され続ける。
次は、自分の番だと思えば恐怖が心と身体を襲う。
逃げられない。目の前に居る両親は助けてくれない。両親にはしっかりとした料理が渡されているが、自分には、粗末な物を口に詰め込まれるだけだ。
そして・・・
説明回です
読み飛ばしても大丈夫だと思います。
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企業系の提灯記事を掲載しているマスコミを標榜する者たちから、噂が流れ始めた。
少し前に記者会見を開いて、世間を驚かせた”召喚された勇者”たちが持っているポーションは、”欠損”を治せるのではないかと噂が流れ始める。それだけでも価値は天井知らずなのに、権力者としては見逃すことが出来ない効用があると思われている。
公表されていないがポーションの効用で期待ができる効果が”延命”だ。噂話の域を出ていない。帰還した勇者たちを囲っている者や、研究をしている者たちからの発表は、軽微な傷が治る程度という発表だ。
噂には、信頼に足りる根拠が提示されている。
ポーションは欠損を治せるという。実際に、欠損が治ったのではないかと思われる者が存在している。日本人ではないために、証拠としては弱いが経済界の情報網では”ほぼ”間違いないと言われている。そして、欠損が治せるのなら、飲み続ければ、肌だけではなく、壊れた内臓の欠損も治されるのではないか?飲み続ければ、”延命”ではなく不老不死も夢ではないと噂が流れている。
実際に、詐欺のネタとして、ポーションを売る者まで出始めている。
そして、とある宗教法人は、ポーションとは言わずに”神の雫”と銘打って”水”を売り出している。実際には、着色しただけの水だが、100mlで数十万の値段で売り出している。宗教法人では効能を謳っていない。神の奇跡があり、異世界帰りが売り出しているポーションの素になっていると書かれていた。ポーションの噂話にがっつりのっかる形で売り出したのだ。
権力者や経済的に成功をおさめた者たちが望むのは、人類が産まれてから変わっていない。
秦の始皇帝が水銀に効用を求めたように、不老不死の妙薬を求めるのは、何も変わっていない。
自称成功者や先生と呼ばれることで悦に入っている愚か者は、ポーションが不老不死の妙薬という噂を信じた。御用マスコミを総動員して、情報を集めさせている。
そして、集めた噂を精査して、新たな”都市伝説”になるように噂をバラまいている。ポーションは、一部の者だけが知っていればよく、ポーションの効用が”不老不死”に繋がる妙薬だと知っているのは自分たちだけでよいと考えている。
マスコミも、自分たちが”正義”であると勘違いをして、ポーションに群がる蟻の様に情報を求めた。
しかし、この頃になって動き出す羽蟻が得られる情報など既に他のマスコミも握っている。握ったうえで、それ以上の情報が拾えない情報になっている。権力者や経済的に豊かになっている成功者たちが躍起になって求めているポーションを得られれば、自分たちも成功者たちからのおこぼれにあずかれると考えて動いているが、求める情報には辿り着かない。それだけではなく、調べれば調べるほどに情報が反証となる情報が積み上がる。
ポーションが存在しているのは、記者会見で明らかになっている。
地球にある素材での再現を試みているが、ポーションの数も限られているために、研究は進んでいない。
公式に発表されている情報は、これだけだ。
そして、各国にも同じ内容が伝えられている。最初に、ユウキたちが用意したポーションは各国の研究所に売られた。そして、効果が確認されて、研究の素材として扱われている。
現在存在が確認されているポーションは存在しない。
全てが、研究所やそれに類する施設で厳重に管理されている。
解っている効能は、切り傷が消える程度だ。
単純骨折なら骨折から時間を置かなければ治る可能性がある。
単純骨折が治る可能性が言及されたことで、スポーツ界が騒ぎ出した。
それとは別に、動物にもポーションが効き目を発揮するという発表が行われた。
この二つの物事から動いたのは、やはり成功者だ。
競走馬を持っている者たちが、万が一のためにポーションを求めた。他にも、数億の契約金が発生するスポーツ選手たちも、噂を聞いてポーションを求めた。権力者と違うのは、分別があるのか、正式にユウキたちの所を訪れて、ポーションの売買を持ちかけたことだ。ユウキは拒絶を示したが、スポーツ選手たちは、ユウキたちとの繋がりを重視した。何もなければ問題にはならない。何か会った時に、助かる可能性が1%でもあるのなら、繋がりを維持しておく。そんな考えのようだ。
ユウキたちを探っているのは、御用マスコミが多くなっている。
各国の諜報部隊も動いているが、そちらはユウキたちが張った罠に悉く捕えられて、自国に送り返されている。国が不明な者たちは、日本の警察が対応しなければならない場所に放置している。
ポーションの有力な情報を得られないマスコミは、”正義”の下に過激な行動を取るようになっている。
同業者を出し抜いて、”不老不死”のポーションが得られれば、自分で使ってもいいし、誰かに売りつけて一生遊んで暮らしてもよい。そんな妄想を抱く者が多く群がってきている。
”不老不死”は都市伝説の範囲を出ていないが、スポーツ選手だけではなく、代理人を通して成功者たちが、ユウキたちを訪れている事が証拠だとマスコミの”取材”は熱を帯びている。
そんなマスコミに、階段から落ちて怪我をして意識を失っていた女子生徒が、怪我を治して学校に以前と変わらない姿で現れたという情報が流れてきた。
学校側は、すぐに復学の手続きを行おうとしたが、女子生徒は自分が懇意にしているマスコミを連れていて、学校側に”イジメ”という名前の、恐喝・暴行・侮辱に関する事実確認を求めた。学校が認めるわけもなく、女子生徒はその場で退学の手続きを行ってから教育委員会に渡りをつけた。教育委員会でも似たようなやり取りが行われた。女子生徒は、警察に駆け込んだが”民事不介入”という、女子生徒が受けた”イジメ”はお互いで解決しなければならない事だと言われた。
これらのやり取りが全て記事になって公開された。
ネット上の記事だが、一部のマスコミが取り上げたが、すぐに下火になった。
しかし、女子生徒が怪我を治したのは、誰がみても明らかだ。
そして、女子生徒が受けていた怪我は”治る”ような傷ではなかった。顔に大きな傷跡があり、凄腕の美容整形外科でも不可能だと思われていた。そのうえ、耳の一部が欠損していた。手術が難しい指や腕にも縫った跡が残されていたのだが、それらが綺麗に消えていた。
噂として流れていたポーションの効用が証明された。
一部のマスコミは、女子生徒を探し始めるが、最初に現れてから姿を見たという情報が無くなってしまった。
そして、ユウキに辿り着いたマスコミはユウキが住んでいる家に向かうが何故か辿り着けない。
自分たちとスポンサーの意向もあり情報を公開して探すことが出来ない。しかし、ユウキを探し出して、ポーションを貰えれば遊んで暮らせるだけの金銭を得る事ができる。
権力者たちがユウキを見つけても手出しが出来ない状況は、ユウキには想定されていた状況だ。
もともと、ユウキたちはアンタッチャブルな状況になっている。今、ユウキたちに目を付けたような者たちでは、ユウキたちを”見かけ上の権力”で従わせるしかない。そのような物は、ユウキたちには何も怖くない。日本という国に拘っているのは、ユウキの復讐相手が存在するからだ。
牽制しあっていたマスコミだが、周辺への”取材”ではこれ以上の情報が得られないと考えて、より過激で、より愚かな行動に走る者たちが出始めた。
マスコミの暴走こそが、ユウキが復讐の為に必要だと考えていたピースの一つだ。
そして、噂話を流すためにも必要で重要な役割を担っている。