「先生。準備が終わるまでに、先生も湯あみをしてきてください」
「シャワーでいいのか?」
「はい。それから、できるだけ金属がついていない服を着てください」
「わかった」
「それから、女性陣に、妹さんの身体を清めさせます。下着や服はできるだけのない方がいいので、タオルやシーツで身を隠します」
「・・・。そうか、わかった」
先生が頷いたのを見て、3人は準備を始める。
女性陣が、服を脱がして身を清め始めるタイミングで、ユウキは部屋を出た。
隣の部屋を借りて、持ってきた白い布に、魔法陣を書き始める。
魔法陣を書くのはユウキの役目だ。
部屋の広さが解らなかったので、現地で書くことにしたのだ。
大きな魔法陣が二つと小さな魔法陣が二つ。
それぞれを、繋げるように書く。
実際には、魔法陣は簡略化できるのだが、この儀式の神秘性を増す舞台装置となるために、ユウキがしっかりと書き込む。
読める者が居ないから、好き勝手に書いている所はある。
巨大な魔法陣の半分以上は演出に使われる文様だ。
「新城。こんな感じで大丈夫か?」
前田教諭がシャワーで身を清めてから、Tシャツと短パンを履いてきた。
「そうですね。短パンでもいいのですが、ジャージとかありますか?」
「ジャージでいいのか?」
「金属部分があると熱くなってしまいます。できるだけ、肌の露出を抑える服装をお願いします」
「わかった。着替えて来る」
「お願いします」
吉田教諭は、ユウキが書いている魔法陣を見てから部屋を出て行った。
女性陣は、吉田果歩の寝間着を脱がし終わっている。
身に着けている下着も脱がせて、全裸にしてから、低級ポーションで身体を拭き始める。床ずれが発生している箇所や、擦り傷や、肌荒れや、汗疹や、諸々の肌疾患を治していく、起きた時に肌が荒れていたら可哀そうだと考えた。
清め終わったら、今度はフィファーナから持ってきている魔物の蚕から作成した布で身体を包む。
少しでも、スキルの浸透を助けるために、フィファーナ由来の物だけにする。
「ユウキ!終わったよ」
「わかった」
ユウキは書き上がっている魔法陣を持って、部屋に戻った。
吉田教諭も着替えを済ませて部屋に戻ってきた。
「新城。こんな格好でいいのか?」
「はい。ありがとうございます。それでは、儀式を開始します。前田先生は、こっちの魔法陣の上に座ってください」
反対側には、シーツに包まっている果歩が座っているような格好になっている。マイがサポートとして果歩を支えている。
「これでいいか?」
前田教諭は胡坐をかくようにして座った。
後ろにはスキルを増幅するために、一人が魔法陣の上に立つ。
「先生」
「なんだ?」
「かなりの激痛が襲うと思います。そして、先生の嫌な記憶を呼び起します」
「あぁ」
「耐えてください。無茶を言いますが、できるだけ動かないでください。魔法陣から出ない様にして下さい。スキルは途中で止められません。中断は、失敗を意味します」
「わかった。俺は、耐えるだけでいいのか?魔法陣から出ない様に、押さえつけたりはできないのか?」
「はい。できません。先生は、耐えてください。声もできれば出さない様にしてください」
「わかった。俺は耐えるだけでいいのだな。それだけで、果歩は助かるのか?」
「必ずとは・・・」
「すまん。助けられる可能性があるのだな?」
「はい。最善を尽くします」
「ありがとう。新城。タオルを咥えるのは大丈夫か?」
「え?」
「声を抑えるのだろう?タオルを噛んでいれば・・・」
「ははは。タオルなら大丈夫です」
ユウキは、一人に目で合図をする。
フィファーナ産の布を渡す。
吉田教諭が布を咥えたのを確認してから、ユウキは最後の準備を行う。
布に書いた魔法陣に手を添えてから、スキルを発動する。
魔法陣が光りだす。
サポートについていた二人が、果歩と吉田教諭の頭に手を置いて、スキルを発動させる。
記憶を一気に駆け戻っている。
果歩の身体が記憶を拒否するように振るえる。マイが抱きしめる。
吉田教諭は、果歩と自分の記憶を逆再生で経験している。交互にではなく、同時に体験しているのだ。
記憶に伴う痛みや苦痛や哀しみを含めて、全ての感情を刹那の時間に心と身体に流し込まれる。
涙だけではない。
口から声にならない叫びが迸る。
それでも、スキルは止めない。
記憶を封印する為には、必要な儀式だ。
「ユウキ!」
フェリアが心を閉ざしている理由を見つけたようだ。
「どこだ?」
「・・・。ユウキ。家族に、迷惑をかけたと思って・・・」
「そうか、やはりな」
「ユウキは、気が付いていたの?」
「可能性の一つだとは思っていた。ニコレッタ。先生と繋げるぞ」
「任せて!」
ユウキが次のスキルを発動する。
吉田教諭と果歩の間に書かれた魔法陣が光りだす。
ここからは、吉田教諭の力が必要だ。
「先生!聞いてください。俺の言葉がわかったら、頷いてください」
吉田教諭が苦悶の表情を浮かべながら、頷いている。
「先生。今から、先生を果歩さんの記憶の中に送り込みます。先生には、果歩さんがこれから経験することを、果歩さんと一緒に追体験してもらいます。いいですか、果歩さんが何を考えているのか、先生にも解るようになっています。絶対に間違えないでください。一緒に楽になると思わないでください」
吉田教諭が頷いたのを確認して、ユウキとフェリアとニコレッタは最後のスキルを発動した。
先生の身体から力が抜けたのを感じて、第一段階は成功したと考えた。
「ここからは、俺たちには補助しかできない」
「そうね」
「家族って凄いね」
ニコレッタの言葉は、ユウキたちの皆が同じように考えていたことだ。
事情は違うが、皆が”家族”との縁が薄かった者たちだ。ユウキは母親だけが家族だった。他の者も、兄弟や姉妹だけ、または自分だけが全てだった者たちだ。
「そうだな。先生は、果歩さんだけではなく、ご両親も救おうとしている」
「そうね。その果歩さんも、先生とご両親を守る為に頑張っていたのよね」
「そうだな。先生は、今まさに過去と向き合って、傷を追って、痛みを受けて・・・」
「ユウキ。起きると思う?」
「正直な話・・・。7対3だと思っている。起きない方が7だ」
「そうね。ここまで、心が傷ついてしまっていると・・・。それも、記憶から考えれば、自分で心を傷つけてしまっている」
フェリアは、魔法陣の効果を確認しながら、ユウキの答えを肯定する。
「あぁ奇跡を見せてもらおう。多分、俺たちでは不可能なことも・・・。家族である先生なら可能にしてくれるだろう」
ユウキたちは、自分たちがおこなった事は、奇跡でもなんでもない。フィファーナで得た力だ。
本当の奇跡は、閉ざしてしまった心を抉じ開けて、そこから救い出す事だ。
心が攻撃される。
守るべき物がない状態で、ダイレクトにダメージを受けてしまう。先生が感じている痛みは・・・。今の先生の様子を見れば・・・。ここで先生が辞めてくれと叫んでも、誰も文句を言わないだろう。
「ユウキ。中級ポーションで大丈夫?」
「どうだろう?身体の傷だけなら、初級でも大丈夫だとは思うけど・・・」
前田教諭の身体は、心が受けたダメージの反映が始まっている。
鼻血はもちろん、鼓膜が破れたのか耳からも血が流れ出ている。
そして、噛み締めているのだろう。歯が折れる音が何度も聞こえている。
見開いた目は、どこにも焦点があっていない。
眼球が動く度に、目から涙に混じって血が流れ出ている。
ユウキたちもただ待っているわけではない。
スキルを切らさない様にしている。
マイをついてきたのはユウキたちにとっては都合がよかった。マイがサポートに徹しているので、ユウキたちはスキルにだけ注意をしていればいい。
前田教諭と果歩は、マイが限界をしっかりと見極める。
完了していなくても、マイがこれ以上は無理だと判断したら、スキルを強制的に停止させることになっている。
その為に、魔法陣を用意していると言ってもいい。
魔法陣は、セーフティーネットの役割を果たしているのだ。
前田教諭が果歩の記憶に入ってから、2時間が経過した。
マイに焦りの表情が見え始める。
ユウキだけが、大丈夫だと思っている。
2時間15分後
果歩の表情が変った。
2時間40分後
前田教諭の苦悶の表情が、穏やかな表情になり、ゆっくりと目を閉じた。
気を失った状態だ。
2時間45分後
マイから、二人が無事に分離したと宣言が出た。
ユウキとフェリアとニコレッタは、スキルを停止した。
前田教諭にポーションを飲ませる。身体の傷がなくなるのが解った。
3時間15分後
先に目を覚ましたのは前田教諭だった
それから、5分後に前田教諭が見守る中で、果歩が目を開けた。