ミケールがユウキとの会談を終わらせて、部屋を出た。
当初の予定通りと言っても、ユウキは契約が成立する可能性は、五分五分だと考えていた。実際に、ユウキが提案した内容は、荒唐無稽だと言われてしまうような内容だ。
「ユウキ!」
レイヤが部屋に駆け込んできた。
「レイヤ。落ち着きなさいよ」
カップを片付けながら、ヒナはあきれた表情をレイヤに向ける。親しい人にしか向けない表情だ。
「ヒナ。そういうけど・・・。作戦の可否が決まるのだぞ?」
「はぁ・・・。レイヤ。貴方まで、サトシと同レベルになってしまったの?」
「あ?」
レイヤは、ヒナから”サトシ”と同レベルだと言われて、傷ついたフリをして、怒ったフリをする。
ようするに、じゃれているだけだ。それがわかっているので、ユウキも気にしないで、新しく入れられたインスタントコーヒーを飲んでいる。
ヒナは、レイヤをあしらいながら、レイヤが持ってきた魔道具をテーブルの中央に設置した。
置かれた魔道具を、レイヤが設定する。お互いにじゃれつきながらも、作業を行う手は止めないのはさすがだ。
「そうでしょ。ユウキは、作戦の一つだと言っただけで、ダメならダメで、別の作戦があると言っていたわよね?」
「わ、わかっている。でも、難易度が上がるのだろう?」
「そうね。ユウキ?」
ユウキは、二人のやり取りを聞きながら、懐かしい気持ちになっている。これから、行う自分の復讐に巻き込んでいいのか?
何度も、何度も、何度も、繰り返して考えて、口に出して・・・。仲間たちに問いかけた。
皆が、ユウキの復讐を認めて、助けると宣言している。その過程で、死んでしまっても大丈夫と宣言をする者まで存在している。
そして、本来なら二人のやり取りをユウキだけが見るのではなく、そこには一人の少女が居たことを想像して、頭を降った。
「あぁ悪い。考えていた。レイヤ。最良の結果だ。それに、難易度が上がるのは、いつものことだろう?」
レイヤとヒナは、お互いの顔を見て、ユウキが言っている”いつものこと”を咀嚼している。
そして、目線が交差して笑い出した。
「そうだね。確かに、いつもの事だね」「あぁ無理難題。無茶ぶり。それに比べれば、多少の遠回りくらいかまわない。それに、今回は安全ではないが、楽なミッションだろう?」
「あぁ。楽勝とは言わないけど・・・。俺たちは、今までも・・・。多分、これからも、同じようにやっていくのだろう」
ユウキの言葉通りに、”俺たち”には仲間がいる。自分一人ではない。そして、まだまだ道半ばだ。越えなければならない山は高く、谷は深い。
ユウキの言葉で、ヒナとレイヤはじゃれ合いをやめて、ソファーに座る。テーブルの中央に置いた魔道具が5個の光を灯しているのを確認する。
「それで?」
「まずは、お姫様を国に送っていく」
「おぉ?」「レイヤ。本当に、サトシと呼ぶわよ?ニュースを見ていないわよね?」
レイヤは、首を傾けて、ユウキに説明を求める。
レイヤの態度に最初に反応をしたのは、ユウキではなく、正面に座っていたヒナだ。
「見ているし!サトシと一緒にするな!」
ヒナの言葉で、レイヤがむきになって反論する。
「夫婦漫才は後にしてくれ、他のメンバーは?」
ヒナは、レイヤの反論を封じるために、物理的な方法を用いた。
「大丈夫。聞いているわ」
ヒナは、テーブルの上でレイヤが設定した魔道具を指さしている。
光っているのを確認すると、ユウキは納得した表情をヒナに向ける。
ユウキは、魔道具に向かって話しかける。
主語が抜けているが、内容は説明が終わっているので、大丈夫だ。サトシも、作戦の内容はしっかりと把握している。
「近いのは、モデスタとイスベルか?」
魔道具が光る。
二人からの返事が表示される。
”是”
決められたパラメータを与える事で、簡単な返事がわかるようになっている。ユウキが、返事を確認して話を続ける。
「ニュースを見ていない。レイヤは別にして、状況は把握しているだろう。知らない者は、ヒナに聞いてくれ」
「ユウキ!」
ヒナが抗議の声を上げるが、ユウキは話を続ける。
夫婦漫才で貴重な時間を無駄にしたヒナとレイヤを揶揄う意味もあるが、実際にペアのどちらかは内容を把握しているだろうと考えていた。
レイヤが、ヒナの”暴力”から抜け出して、ソファーに座りなおして、ユウキに質問をする。
「それで、ユウキ。作戦は?」
ユウキへの質問というよりも、確認に近い。ヒナとレイヤ以外には、作戦案をまとめた資料が配布されている。
そして、皆がユウキの性格を正しく理解している。
「一番、難易度が高い物を選ぼうと思う」
ユウキは、ヒナとレイヤが座っているテーブルの上に資料を滑らせる。
「ん?お姫様を送るだけじゃないのか?」
「送るだけなら、自衛隊でもできる。俺たちには、俺たちにしかできないことをやろう」
実際に、自衛隊が行うのは不可能だが、レイヤ以外の皆はユウキが言おうとしている内容が理解できた。自衛隊が行うのには、越えなければならない壁が存在しているが、実力では問題はない。
だから、自分たちにしかできないことを行おうと考えている。
「俺たちにしかできない事?」
「あぁ」
「それは?」
「紛争を終わらせるぞ。お姫様の方に正義があるとか青臭いことは言わない。俺たちは、お姫様に味方する」
「傭兵か?」
「そうだ」
「移動は?」
「モデスタ。お前のポイントから、お姫様の国まで、1,000KMくらいだよな?」
魔道具が光る。
返事は、”是”だ。大凡、1,000KMで正解だ。
「ポイントから、ヴィルマのスキルで移動できるな?」
こちらも”是”なので問題はない。
「まずは、俺とモデスタでポイントを作る。ヴィルマとお姫様の国に移動する。その後で、転移で連れていく」
ユウキの転移には、”ポイント”が必要になる。
物理的な目印を置くわけではなく、認識できるたしかな場所が必要になる。便宜的な意味合いで、”ポイント”と呼んでいる。
「いいのか?」
「大丈夫だ。お姫様とミケールには、ギアスを刻んである。ギアスの内容は、先方にも伝えてある。破るとは思えない」
悪い方に解釈できるように言葉を選んで伝えてある。
実際には、破ったとしても、ペナルティーが発生するような事態にはならない。しかし、
「そうか?」
「あぁそれに、破られても困らない」
ユウキたちは、隠している情報はあるが、暴露されても困る類のものではない。困るのは、”異世界に初めて訪れるときにスキルが付与されてしまう”ことが知られてしまうことだ。しかし、これもユウキがいないと実行ができない。そのうえ、スキルの発動時に、タイミングを見計らって紛れ込んでも”地球からフィファーナ”の移動はユウキが認識しないと転移が行えない。
従って、ユウキたちに知られて困る情報は、存在しないと言い切っても差し支えない。
「そうだな。わかった。俺とヒナは実動部隊を組織すればいいのか?サトシたちを呼ぶのか?」
レイヤの提案に、ユウキは頷いていてから考え始めた。
答えが出るのに、それほどの時間は必要なかった。
「うーん。辞めておこう。奴らが来たら、派手になりすぎる」
レイヤは、ユウキの返答を聞いて、少しだけ”ぽかん”という表情をしたが、笑いそうになっているヒナを見て納得した。
「たしかに・・・。こっちのメンツだけで、対応は可能だ」
「そうだな。ニュースの内容だけだと、わからないことが多い。現地の状況次第で最終調整をしよう。ダメそうなら、最終兵器を投入しよう」
「わかった。情報収集が先だな」
「もちろんだ。レイヤ。大丈夫か?本当に、レイヤか?サトシじゃないよな?」
ユウキの戯言に、レイヤが大きく反応した事で、部屋が笑いに包まれる。
「ユウキ。作戦開始は?」
「お嬢様の状況次第だが、3日後を考えている」
ユウキが言っている。3日後には大きな意味はない。ユウキたちの準備はすぐに終わる。
覚悟を決めてもらうのに必要な時間が3日程度だと考えている。
俺は、サトシ。
地球から召喚された勇者の一人だ。そして、レナートの次期国王だ。と、なっている。だよな?
地球に居る時から一緒に居る。マイが今でも一緒に居てくれるのは嬉しい。
しかし、しかし、しかし、しかしだ!
ユウキやヒナやレイヤは、日本に帰った。俺と一緒にレナートに残ってくれると思っていた。
ディド。テレーザ。ヴァスコ。ニコレッタ。ロミル。イェデア。レオン。フェリア。パウリ。イターラ。オリビア。ヴェル。たちは、レナートに残ってくれた。俺を支えてくれる。
地球に戻った者たちも、やるべきことがあって地球に戻った。解っている。ユウキがやりたい事も話を聞いて納得している。俺も手伝うと言ったが、ユウキだけじゃなくて、マイにもヒナにもレイヤにも反対された。
俺は、レナートに残って、皆が帰ってくる場所を守るように依頼された。
俺にしかできないことだと言われた。
確かに、俺は次期国王だ。継承位一位を持つセシリアの婚約者だ。マイは、正室二位として一緒になる事が決まっている。日本に居たら認められなかった話だ。俺が、マイもセシリアも好きだと告げた事から、決まった事だ。後悔はしていない。
しかし、この決定で俺は日本に戻らない事も決まった。
国王として覚えなければならない事が多いからだ。最初は、セシリアが女王に即位することに決まりかけていたが、現国王が俺を指名したのだ。
「サトシ!」
「ん?オリビアとヴェル?どうした?」
「あぁユウキに呼ばれた。向こうで、リチャードとロレッタの件が動くようだ」
「わかった。お前たちだけか?」
「いや、マイも都合が良ければ連れてきて欲しいとメッセージが添えられていた」
「え?戦闘があるのか?それなら」
「あぁサトシは、セシリアの護衛として残ってくれたら嬉しいと書かれていた」
「え?護衛?なんで?」
「お前・・・。聞いていなかったのか?」
「ん・・・。あぁぁぁ。あの事ね。覚えているよ。あれだよな。そうだった。忘れていない。大丈夫」
「サトシ。お前。頼むぞ。最大戦力だから、お前がセシリアの横に居るだけでも十分な抑止力になるのだからな」
「解っている。解っている。ユウキとマイが話していた奴だろう?」
「はぁ・・・。違う。テレーザが持ってきた情報だ」
「え?」
「やっぱり。覚えていないな。教国の連中が暗躍しているだろう」
「・・・。ん?あぁぁぁ思い出した!あの暗殺とテロ行為しか行わない迷惑な自称宗教国家!」
「サトシ。頼むぞ。お前は、国王になるのだから・・・。その率直な所は、大切だけど、腹芸の一つでも覚えてくれよ」
「わかった。わかった。それなら、マイが地球に戻っている間、セシリアはどうする?」
「サトシ!だ・か・ら。お前に・・・。皆が、お前に頼んでいる」
「え?」
「国王にも、王妃にも、マイにも、当人のセシリアにも確認しろよ」
「え?は?」
「あぁマイには、ユウキが詫びのメッセージを送っていたから大丈夫だ。国王と王妃と当人には、お前から伝えろよ」
「ん?だから何を?」
「本当か?本気で?お前・・・。ユウキが心配するわけだ」
「ん?何を言っている。なぜ、ユウキが心配する?」
オリビアとヴェルはお互いの顔を見て、俺を呆れた表情で見つめて来る。
説明してくれればわかるぞ。
ユウキも心配をしすぎだと思う。これでも、国王になる為に、勉強もしているし、宰相から”筋”がいいとまで言ってもらえている。すぐには無理だけど、ユウキたちの”やりたい事”が終わるころには、国王になっても問題ないと言われている。
「サトシ。今、セシリアは誰が護衛している?表向きの話だ」
「ん?表向きは、ディドとテレーザが組織した近衛だろう?そのくらいは解っている」
「そうだな。それで、実際にセシリアを護衛しているのは?」
「マイだ。俺の婚約者同士で一緒に居た方が、近衛が守りやすいという理由をユウキが考えて、マイとセシリアは常に一緒に居る」
「そうだな。実際の護衛は、マイだ。守る力で言えば、マイはサトシ。お前、以上だ」
「そうだ!マイはすごいからな。俺の聖剣でも、全力の攻撃を正面から受けて防げるのは、マイだけだからな!」
「はい。はい。そうだな」
「なんだよ」
「そこまで、解っていて、なぜ解らない?マイの結界に相当するのは、聖剣による聖域の展開だろう?」
「だから”何”を?」
「マイが、ユウキを手伝うと言っている」
「うん。マイにも、関係がある事だから当然だよ。俺が行って、まとめて始末してもいいけど、ユウキは全部を奪いたいらしい・・・」
「ユウキの事は、今は関係ない。マイがレナートから日本に戻る。その間は、誰がセシリアを守る?」
「え?俺?」
「そうだな。ほら、答えまで後一歩だ」
「え?なんだよ。教えてくれてもいいだろう?」
「サトシ。お前、少しは考える癖を付けろよ」
「考えているよ!」
「・・・。あのな。サトシ。マイの結界は、確かに優秀だけど、弱点があるよな?」
「弱点?あったか?」
「なっ・・・」
「あぁぁぁ。ユウキが言っていた奴だよな。弱点ってよりも、制限だよな?」
「はぁ・・・。まぁそうだな。それは?」
「魔道具にできないのだろう。だから、マイはセシリアと一緒に居るのだろう?」
「そこまで解っていて、なんで考えられない?ユウキは、最初に指示してきたぞ?」
「ユウキが?そりゃぁすごいな。さすが、ユウキだな。どこまでも、深く、それでしっかりと考えてくれる。うん。さすがユウキだ。オリビア。結局・・・。それで?」
「おいおい。考えるのは、拒否か?」
「拒否はしない。でも、人には向き不向きがあるだろう?」
「そうだな。サトシには、サトシにしかできない事が沢山ある。今回も、その中の一つだ」
「そうだ!さすがは、オリビア。それで?」
「・・・。まぁいいか・・・。サトシ。マイは、セシリアと常に一緒だよな?」
「そうだね。昼間に、地球に行ったり、打ち合わせが入ったり、離れる事があるけど、その時には俺が側に行くよ?」
「そこまで、解っていながら、本当に、お前は鈍いな」
「”鈍い”は酷いと思うぞ?自覚は・・・。少しはあるけど・・・」
「自覚があるだけ”まし”か・・・。あのな。サトシ、マイが地球に行くのは、一日や二日じゃない」
「そうだろうね。ユウキが呼んだのなら、1ヶ月か2ヶ月くらい?」
「そうだな。その間、セシリアの護衛は実質的にはお前だけになる。ヴェルもテレーザも・・・。他の女性陣も、呼ばれている。全員で向かうことはないが、予定が不確かな状況になって、護衛に入る予定は組めない」
「うん。それは聞いているよ?え・・・。あっ!俺が、セシリアと四六時中一緒に居る?風呂は?我慢は無理だ。寝室は?あぁぁぁぁぁ」
「やっと気が付いたか?教国が暗躍しているから、セシリアを独りにするのはダメだ」
「わ、わ、解っている。ふへ」
「サトシ。気持ちが悪い。いいか、お前はセシリアを守り切れ。それがユウキのマイの俺たちの願いだ」
「わ、わかっている!大丈夫だ!守る!」
何か、オリビアとヴェルが言っていたが、俺の耳には届いていない。
セシリアと一緒。魅惑的な言葉だ。マイも一緒ならもっと嬉しかったが・・・。
「あっ!そうか、それで国王と王妃に・・・。マイには、ユウキが説明してくれている?そうなると、あとはセシリア本人?」
難題だ。
王妃は、大丈夫だ。早く孫を見せろと言っている。俺たちが広めた風呂も、俺とセシリアとマイで入るように進めるような人だ。問題は、国王とセシリア本人だけど、多分だけどマイがセシリアに説明をしているような気がする。突き放すような事をいいながら、ユウキもマイも事前交渉はしてくれている。俺がしっかりとセシリアに向き合って話をすれば大丈夫だと思える。
そうなると、最大の難関は国王だな。
あの・・・。娘溺愛国王が簡単に認めるとは思えない。
俺を国王にすると言い出したのも、ユウキからの説得が行われたという側面もあるが、セシリアが女王となると、暗殺に狙われる可能性が高まるという”娘”主体の理由だ。マイを第二正妃にするのを認めたのも、当時存在していた反発貴族たちへの牽制のためだ。”娘”の命が狙われないように・・・。だ。
国王の説得が俺にできるのか?
違う。違う。マイの作戦参加が必須なのだから、国王の説得が必須だ。ユウキの”やりたいこと”をサポートするために、失敗がゆるされないミッションだ。そして、ユウキから託された、俺の役目だ。それに、セシリアの命がかかっている。
認めてくれるはずだ。一緒に風呂に入る事や、一緒の寝室で寝る事を・・・。
ユウキたちは、アメリカに渡っていた。
皆で歩いているのは、よくある街並みだ。
街並みを歩く子どもたちは、人種もバラバラで統一しているのは、”子供”だと思える年齢だということだ。ユウキたちを見つめる視線は存在しない。
今回の作戦で最後に訪れる予定になっていた場所だ。
先頭を黙って歩いているのは、リチャードとロレッタだ。
ユウキだけは、リチャードとロレッタと一緒に来ているので、リチャードの態度は理解ができる。
「リチャード?」
たまらず、ディドが声をかけるが、ユウキがディドだけではなく、皆を手で制する。皆もユウキの態度から、事情を察した。
リチャードとロレッタは一度だけ後ろを振り向いたが、ユウキの視線を感じて、前を向いた。
直接目的地に移動しなかったのは、リチャードとロレッタから頼まれたことだ。
ユウキが事情を知っているとわかっていても、皆はユウキにもリチャードにもロレッタにも問いかけない。すでに、二人が向かっている場所がわかっている。そして、自分たちも場所は違えど、同じように思える場所が存在している。
ユウキが手を挙げる。
それに合わせて、後ろからついてきた者たちが立ち止まる。
後ろがついてきていないことを不審に思った、リチャードとロレッタが振り返る。
ユウキが、皆を足止めしているのに気がついて、軽く手を降ってから、また前を向いた。
そこには、誰もいなくなった教会がある。
教会の周りを覆っていただろう塀は壊されている。花々が咲き誇っていた花壇は、大きな足跡で踏み潰されている。キレイだった教会の壁には、スプレーで落書きがされている。
廃墟と成り果てた教会に、リチャードとロレッタは入っていく、笑い声と神父の怒鳴り声が聞こえていた教会は、静まり返っている。座って祈りを捧げた椅子は、破壊されている。祭壇も破壊され、神の像は跡形もなく破壊されている。
(なぜここまでできるのか?)
リチャードの声なき声に答える声はない。
破壊されているのは、祭壇だけではない。
「ユウキ」
「済んだか?」
「あぁ別れは終わっている。やってくれ」
「いいのか?俺たちなら」「ありがとう。でも、やってくれ。父も母も疲れただろう。眠らせてくれ」
「わかった。マイ!」
名前を呼ばれて、リチャードたちが居る場所まで移動する。ゆっくりとした歩調で移動する。
「いいの?」
最後の確認を、マイが行う。やらなければならない事だと、マイも認識しているが、リチャードやロレッタの感情を考えれば、確認をしておきたい。
「あぁやってくれ」
リチャードの宣言を聞いて、マイが、詠唱を始める。
歌うように、しっかりとした詠唱だ。普段は、無詠唱でスキルを行使するが、今日はしっかりとした詠唱がふさわしいと考えた。ユウキにも相談をして、3つのスキルを併用する。そのために、長めに詠唱を行う必要がある。
マイが詠唱を始めたと同時に、一緒に来ていた者たちは、各々が信じる神に祈りを捧げてから、教会の外に移動する。教会の中には、リチャードとロレッタとユウキと詠唱をしているマイだけが残った。
マイの歌うような詠唱が終わって、スキルが発動する。
この場で死んでしまった者たちが、現れては、リチャードとロレッタに抱きついてから消えていく、最後に神父らしき人が、リチャードとロレッタを抱きしめる。言葉は交わさなくてもわかる。
神父は、リチャードとロレッタを抱きしめてから、ユウキに頭を軽く下げてから、マイの前で跪いた。
「マイ」「マイ」
リチャードとロレッタも、神父の行動は予測していた。
自分たちを育てた人物であり、父親だ。
「マイ。皆の下に送ってやれ」
「うん」
マイが、先程よりも強力なスキルを発動する。
神父は、跪いたままの姿勢で、スキルを受けて、消えるようにいなくなった。
祈りを捧げていたリチャードとロレッタが立ち上がった。
「マイ。ありがとう」
「ううん」
マイは、ロレッタからのハグを受けながら、リチャードの礼を受け取る。
「ユウキ。頼む」
「いいのか?」
「あぁここから始めないと・・・。皆に顔向けできない」
「わかった。持ち出すものは?」
「ない」
「そうか・・・」
中に残っていた、4人が教会から出る。
ユウキは、周りに居た者たちに向かって手を上げてから、一つのスキルを展開する。
ユウキにしかできない。
巨大な結界だ。
教会を覆うように展開された結界の中で、皆のスキルが発動する。
ユウキの結界が発動されたのを確認してから、皆がトリガーにしていたスキルが発動する。
教会が徐々に破壊されていくのを、リチャードとロレッタはしっかりと目に焼き付けるように見つめている。
建物が破壊されるまで、5分とかからなかった。
「ユウキ。頼む!」
ユウキがスキルを発動する。
結界と同じ要領だが、今度は意味合いが違う。
教会の敷地内にある全ての物を異世界に転移させる。
土を含めてだ。30メートルに渡って地下を掘り下げるように土ごと異世界に転移した。
「ユウキ!俺たちも頼む」
フィファーナに戻る者たちだ。
大きな質量を転移するのに、ユウキ一人では魔力が足りないのはわかっていた。そのために、フィファーナに残っていた者たちが協力したのだ。本来、魔力だけならサトシがいれば十分だが、サトシの場合には”正義感”が強すぎて、リチャードとロレッタの故郷の様子を見て、暴走しかねない。ユウキたちは、マイに相談して、サトシを除いたメンバーで作戦を遂行することを選んだ。
リチャードとロレッタの故郷は、ハリケーンが襲った。避難できる者たちは、人づてで避難した。リチャードとロレッタは、神父の伝手で、弟や妹を連れて避難していた。
ハリケーンが襲った街に現れたのは、アメリカで勢力を伸ばしつつあった宗教組織だ。
宗教組織は、リチャードたちの教会を含む土地は、自分たちの物だと言い出した。
”神託”という曖昧な理由で、土地を譲り渡すように迫っていた。もちろん、リチャードとロレッタの父は拒否した。教会には、行き場がなくなった者たちが身を寄せていた。
そして、教会が襲撃されて、身を寄せていた住民と一緒に皆殺しにされてしまった。
街に残っていた者たちを含めて、誰一人として生きていなかった。襲撃した犯人たちも、街の中央でお互いを殺し合うように死んでいた。
ニュースを聞いて、避難先から教会に戻ってきたリチャードとロレッタが見たのは、廃墟となってしまった街だ。ハリケーンでの被害も甚大だったのが、自然災害を生き抜いた街を、”誰かわからない”者が襲撃した。
ゴーストタウンとなった街には、どこからか流れてきた者が住み着いて、スラムのような装いになっていた。
リチャードは、ロレッタと弟と妹たちを避難場所に帰して、自分が残って、真相を調べようとした。ロレッタに反対されて、二人で残ることにして、異世界に召喚されてしまった。
情報を得て、真実へ至る道筋を見つけたリチャードとロレッタが最初に行ったのは、街の浄化作業と、犯人と思われる宗教組織への嫌がらせだ。
ユウキたちは、1ヶ月以上の時間をかけて、街を浄化した。宗教組織が使った薬物の浄化から始まって、魂の浄化だ。
そして、仕上げとして教会に集まった魂の葬送を行った。
神父は、リチャードとロレッタの父であり、街の導き手だった。
嫌がらせは、奴らが欲しがっていた教会周辺を、更地にして、大きな穴を作成する。そして、リチャードのスキルで、穴にはトラップを仕掛けた。そして、宗教組織に自然な形で渡るように、情報を流した。
実際には、釣れなくても、釣れても、問題はない。
宗教組織が、教会の土地を欲した理由も判明している。
仕上げは、まだまだ先だが、ここまでは順調に進んでいる。
ユウキは、1ヶ月以上の作戦に協力してくれた者たちに礼を言いながら、異世界に送り届けた。
残ったのは、作戦を遂行するユウキとリチャードとロレッタと、サポートとしてマイを含む女性陣だ。地球に残っている、フェルテ、エリク、マリウス、モデスタは、伊豆にある拠点の防御に注力している。
リチャードたちの作戦をサポートするのは、マイとサンドラ、アリス、ヴィルマ、イスベル、テレーザ、ニコレッタ、イェデア、フェリア、イターラ、ヴェルだ。
ユウキとリチャードは、建物の入口で椅子に座っている。
建物の中では、マイとロレッタが準備を行っている。
これから、4人で次の作戦を実行する。骨子を考えたのは、ユウキだがいやがらせの部分で日本に居るメンバーも手伝ってくれている。
そして・・・。
ユウキが持っているスマホに着信がある。ユウキは、着信した番号を見て、”にやり”と子供に似合わない表情をする。リチャードは、この表情を見るのが好きだ。ユウキが活き活きとしているのがわかる。リチャードだけではなく、皆がユウキを頼りにして、ユウキを守ろうとして、ユウキに助けられている。
『ユウキ様』
「ベストタイミングだ」
『ありがとうございます。ご報告いたします』
「頼む」
ユウキは、スマホをスピーカー出力に変更して、リチャードにも聞かせる。
電話の相手は、交渉の結果、ユウキたちとの連絡係になっているミケールだ。少女エアリスを癒した件とは別に、ユウキたちは少女の父親と交渉を行って、地球に持ってくるとグレーな素材を取引として提供した。ユウキたちが得たのは、少女の父親が持つ人脈への接続だ。
ミケールからの報告は”簡潔”という言葉は、ミケールのためにあるのではないかと思えるほどに、簡単だ。しかし、必要な情報がユウキとリチャードに伝えられた。
『以上です。追加のご依頼は?』
「依頼の前に、奴らの集まっている場所は解るか?」
リチャードの問いかけに、ミケールは少しだけ考えてから、位置情報を送信してきた。
『本部の位置です。地下に神殿があります』
「わかった。助かる」
『明後日・・・。正確には、明日ですが、神殿で集まりがあるようです。例の物を持つ者への襲撃計画が立てられるようです』
「助かる。正確な時間は解るか?」
『もうしわけございません。直前に知らされる方式です』
ユウキは、首を傾げて、考える。
直前で知らせる方式だとしても、場所が”神殿”だと決まっているのなら、あまり意味があるとは思えない。多分、集まる者たちに権威を見せつけるためのデモンストレーションの意味しかないだろう。
襲撃を躱す目的なら、場所と日時を別々の方法で直前に知らせないと意味がない。
ユウキたちが重要な会議を行う時に、行っていた方法だ。
ミケールとの通話を切ってから、リチャードはユウキに頭を下げようとするが、ユウキが肩を押さえて頭を下げさせないようにする。
「リチャード。必要ない。俺の時にも手伝ってもらう」
「当然だ。でも・・・」
「”でも”じゃない。リチャード。まだまだ足りない。だから、手伝ってくれ」
「わかった」
「それに・・・」
「ん?」
「まだ作戦前だ」
ユウキの言葉で、リチャードは作戦の前だが、作戦が失敗するとは考えていない自分に驚いて、笑い出してしまった。
リチャードが笑い出したタイミングで、準備を終えたロレッタとヒナが姿を表す。
「ユウキ。リチャードが壊れているけど、何があったの?」
ロレッタの容赦のない言葉に、ユウキは少しだけ頬を引き攣らせさながら、ミケールから連絡があって、”作戦の結構日時が決定した”とだけ伝えた。
「ユウキ。リチャード。作戦も大事だけど、何かセリフを忘れていない?」
マイがニヤニヤしながら、ロレッタをリチャードの前に押し出す。自分も、同じような格好だが、リチャードからの言葉はロレッタが最初に受けるべきだと考えている。
ユウキとリチャードの二人は、お互いの顔を見てから頷いて、ロレッタの姿を褒める。
ユウキたちの作戦は、すごく簡単だ。
宗教団体の神殿を強襲する。
ミケールには、宗教団体が欲しがっていた物を掘り出した者が居るという情報を流してもらった。
主教団体が欲しがった物は、リチャードたちの教会の地下に黙って埋めた。住民から集めた資金や権利書や契約書だ。特に、土地の権利書を宗教団体は欲していた。権利書があれば、リチャードたちの故郷を、宗教団体の総本山に作り変えることができる。
リチャードたちの故郷は、東西と南北にそれぞれ街道が伸びていて、本来なら交通の要所になっていても不思議ではない場所だ。
ゴーストタウンになってしまっているために、誰も泊まることはなかったが、ここに宗教団体の総本山ができ、交通の要所としての機能が持たせられれば、資金的なメリットだけではなく、地域を押さえる事も夢ではない。
宗教団体は、教会を建築してから時間をかけて実効支配する方法もあったのだが、短絡的な方法を採用した。
ユウキとリチャードも服を着替える。
子供らしい服装に着替える。ロレッタとマイは、レナートの貴族が着るような服装をしている。簡単に言えば、ロレッタとマイが囮役だ。最初は、リチャードが囮役をやる予定だったが、囮役になりそうもないことや、その場で我慢ができなくなる可能性を考慮して、ロレッタが囮役となった。ロレッタだけでは、安心が出来なかったリチャードが、マイをロレッタと一緒に居るように頼んだ。
「移動しよう。マイ。ロレッタ。わざとらしい荷物を頼む」
二人は、リチャードからバッグを受け取った。
書類が入る大きさで、餌に使う予定にしている物だ。バッグの中身は、鍵がかかった書類ケースが入っている。書類ケースの中身はダミーだが、ケースには工夫がされている。ユウキたちが作った渾身のケースだ。
二人の情報は、すでに宗教団体も得ている。
ミケールから得た情報から、二人が出没するポイントに移動を行う。街はずれの寂れたモーテルだ。マイとロレッタは、そこで休んでから、州の定める場所に赴いて、所定の手続きをする予定になっている。と、いう情報を流している。二人が行う所定の手続きは、宗教団体としては絶対に阻止しなければならない物だ。
自分たちの不正の記録ではないが、土地を得ることを前提に、すでに資本家などに話をしてしまっている。
その土地が、他の人間が正式な手続きを行うのは、阻止しなければならない。
二人が、部屋に入ったことを確認して、ユウキはリチャードを連れて、二人の部屋に侵入する。
そして、二人を連れて、一度レナートに転移を行った。部屋には、無数のカメラを設置して、配信を行っている。有名動画サイトだけではなく、考えられるサイトすべてだ。配信開始は、ユウキのスキルで作成している。カメラも隠蔽を施している。部屋のテーブルには、書類ケースとバッグが置かれている。罠だと思っても確認しなければならないだろう。
ユウキたちが転移してから10分後に、部屋の灯りが消えた。
それから、さらに30分の時間が経過した時に、扉のある場所から大きな破裂音がした。
リチャードの予想通りの襲撃が行われた。
扉を破壊して入ってくる。その過程で、なぜかベッドが持ち上がって、反対側の壁に押しやられる。寝ていた二人は、ベッドの下敷きになってしまっている。丁寧に、血のような物まで床に流れ出ている。もちろん、ユウキたちが作ったフェイクだが、扉を破壊して入ってくるような輩は自分たちの成功を信じて疑わない。そのために、不自然に机の上に書類ケースがあっても疑いもせずに近づいて、開けようとする。
鍵がかかっている書類ケースを持ち上げようとするが、近くにあったバッグを見て、バッグに手を賭ける。
バッグには、1,000ドル程度の現金が入っている。襲撃者たちは、紙幣を乱暴に自分のポケットにねじり込んでから、書類ケースの解除に乗り出す。ここで行う必要は無いのが、書類ケースの中身を上層部が欲しがっているのを知っていて、中身を確認するという言い訳で、自らの手柄にしようと考えていた。また、バッグの中に1,000ドルもの現金が入っていたのだから、もっと重要な書類ケースには、それ以上のお宝があると勝手に想像している。
もちろん、その様子は動画で配信されている。
音声も流れている。音声には、宗教団体の名前がはっきりと入ってしまっていた。
ユウキたちは、襲撃を受けた事で、当局に拘束されている。正確には、拘束されているのは、マイとロレッタだ。ユウキとリチャードは、拘束された二人をまっている状況だ。
マイとロレッタは、”被害者”として当局の取り調べを受けている。マイが、日本からの観光客。ロレッタが現地の友達という設定になっている。
取り調べでは、マイとロレッタの身元調査が行われた。怪しい所が一切見当たらない偽造された身元だ。
ユウキとリチャードは、撮影した動画は、まだ公開していない。マイとロレッタの取り調べが終わって、もう一つの餌に食いついた後だと考えている。
「動画はどうする?」
動画は、SDカードに保存されている。リチャードは、ユウキが持っているSDカードを指さしながら質問を行った。
「マイとロレッタの事情聴取が終わってからだ。準備は進めてもらっている」
動画が思っていた以上に爆弾になりそうな物なので、即時公開を実行しなかった。
リチャードも納得はしているが、ユウキの考えを確認しておきたかった。
「わかった。資料は?」
リチャードが聞いた資料は、ダミーの資料だ。
当局が、”資料を調べている”という情報が欲しかった。ダミーと言っても、実際に調べられたら、”問題発生”だと認識させることが可能になる程度には問題のある資料だ。
身元を調べられて、ロレッタの出身は判明している。そのために、資料を持っていることも不思議には思われても、不自然な状況ではない。
「当局が調べている。どこで入手したのかを含めて説明を求められるだろう」
「マイが居て助かるよ」
リチャードが語尾をごまかしながら、”マイ”の存在が鍵になっている。
マイが取得しているスキルに由来している。
「そうだな。リチャードとロレッタだと、怪しすぎる」
「解っているよ。ユウキまで、マイと同じ事を指摘するな」
マイが作戦に参加すると言い出したのは、自分のスキルに”思考誘導”があるからだ。当局に調べられる時に、弱めにスキルを発動して、取り調べの時に思考を誘導しなければ、資料を持っていた意味を含めて、説明しなければならない。説明が多くなれば、その分だけ矛盾点が出やすくなる。矛盾点が見つかれば、資料の信憑性だけではなく、リチャードとロレッタにも疑いの目が向けられてしまう。当局を巻き込むのなら、初動で多少の違和感が合ってもリチャードとロレッタが疑われないだけの状態にしておく必要があった。
「悪い。どうする?今なら、教会の土地を含めて取得ができるぞ?」
ユウキは、似合いもしない”ニヤリ”顔で、リチャードを見つめる。もちろん、リチャードが土地を欲しがるとは思っていない。
「ユウキ?似合わないから止めろって言われなかったか?」
「・・・。それで、決めたのか?」
「あぁミケール殿に任せる。でも、いいのか?」
リチャードが気にしているのは、ユウキの手札として考えていた、ミケール・・・。その後ろに居る人物への”貸し”を使ってしまうことだ。ユウキは、気にするなと言っている。そもそも、土地をミケールに預けるのは、ユウキからリチャードに提案したことだ。ユウキは、自分のしたいことは、自分の手で行いたかった。皆の手を借りる場面も出てくるのだろうけど、外部の力や影響は外的要因にだけに留めておきたかった。ミケールへの貸しは、リチャードたちが使うべきだと思っていた。
「ユウキ!リチャード!」
マイとロレッタが、事情聴取が終わって、建物から出てきた。
二人を連れて、次に会う人が待つ場所に移動する。
約束の時間になって、ユウキが待っていた人物が姿を表した。
「ユウキ!」
ずんぐりした体系だが、しっかりとした足取りで、ユウキたちが待っている場所に駆け寄ってきた。
ユウキの前まで来てから、手を差し出す。
「森田さん。ご足労をおかけして申し訳ない。パスポートは大丈夫でしたか?」
ユウキは、日本に居る森田に頼み事をしていた。
アングラな物だが、森田ならなんとかしてくれるだろうと思っていた。実際に、森田の差し出された手の反対側には、アタッシュケースが握られている。
「無茶ぶりにも・・・。限界があるだろう?以前に、シンガポールに遊びに行っていなかったら・・・」
森田は、アングラに近い物品の調達は、それほど無茶だとは思っていない。無茶なのは、待ち合わせ場所だ。日本から、急いで移動しても1日以上の次巻が必要になる。そのうえに、パスポートが有ったから問題には鳴らなかったが、パスポートが無かったら来ることが出来なかった。
「ありがとうございます。それで、ブツは?」
「苦労したぞ」
森田は、ニヤリを笑ってから、アタッシュケースをユウキに投げる。
「おっ。これは?」
ユウキは受け取ったアタッシュケースは、森田が使っている物ではないのに違和感を覚える。わざわざ用意したような感じだ。
「中に入っている。惡の組織としては、様式美も大切だろう?」
「ハハハ。そうですね。でも、よく手に・・・。いや、持ち込めましたね」
「証明書が在るし、実際の改造はこっちに来てからやったからな」
「そうなのですね」
「ユウキ。一発勝負だぞ?いいのか?」
「大丈夫ですよ」
ユウキは、アタッシュケースを開けて中を確認する。
物を持ってから、リチャードに渡す。リチャードも何度か、確認してから、ズボンのベルトに挟んだ。
「森田さん。もう一つの方は?」
ユウキが森田に依頼したのは3つ。一つは、アタッシュケースの中身だ。アメリカでも手に入るのだが、森田が用意できると言うので、細工と合わせて依頼をした。本題の二件の一件は、すでに実行されている。
資料の一部と保管場所の情報が、複数の経路から、密告されるような形で渡るように依頼した。
「預かったデータは、トリガーをもらえたら、すぐに公開される」
森田が”公開される”と言い切った瞬間に、リチャードが持つスマホが振動した。
メッセージが届いたようだ。
「釣れた」
リチャードがメッセージを確認して呟いた。
「早いな」
リチャードからの短い報告を聞いて、ユウキも短い感想を漏らす。
1週間程度は時間が必要だと思っていたが、実質は2日で相手からのリアクションがあった。準備が終わっているので、問題は無いのだが、”拍子抜け”とはこういう時に使う言葉なのだろう。
「そうだな。早いのは嫌われると教えてやれよ」
ユウキとリチャードの言葉を聞いて、森田は何が発生したのか理解した。
そのうえで、ちょっとしたネタを差し込んできた。
「早い方が好まれる人も居ますが・・・。今回は、リチャードとロレッタが、教えてあげることになるでしょう。俺の役目は、早く終わってしまった後です」
森田の言葉が、ネタだと解ったうえで、ユウキは解釈を変えて、リチャードとロレッタの作戦を森田に伝える。
「そうだな。ユウキは行かないのか?」
森田は、作戦にはユウキも一緒に行くと思っていたので、少しだけ驚いた表情をユウキに向ける。
「俺は、マイと一緒に見守りです。森田さんは、どうします?」
「そうだな。少しだけこっちの知り合いに会ってから帰国する」
「わかりました。あとで連絡します」
「わかった。飛行機に乗っていたら、出られないけど、トリガーは教えた方法で発動してくれ」
トリガーの発動が行われたら、ユウキたちとミケールに依頼して得た情報が、いろいろなサイトに流れる仕組みになっている。
情報は、虚実が入り混じったように見えるが、実際には事実に沿った話になっている。読み物としても秀逸な情報もあり、フィクションに見える作りになっている場合もあった。そのために、事実を知らない物にはよくわからない”都市伝説”に見えるのだが、調べれば真実に辿り着くようになっている。
「はい。ありがとうございます」
用事が終わったとばかりに、ユウキたちに背を向けてから片手を上げる。
そのまま、近くに停めていたレンタカーに乗って、空港を目指した。実際に、アメリカに知り合いは居るのだが、アメリカは広い。移動時間を考えれば、日本に帰ったほうが楽だと判断している。ユウキたちから依頼された仕事を終えて、空港近くのホテルで一泊してから、帰国することにしている。
最初は、2-3日だけでも様子を見ようかと思ったが、日本でも動きがあり、帰国して情報を精査する必要が出てきている。
ユウキとリチャードは、森田を見送った。
ユウキとリチャードは、マイとロレッタと合流してから、移動を開始した。
「リチャード」
作戦の実行が近づいてきているのを感じて、リチャードから殺気が漏れ出す。
周りに人は居ないが、誰かに気が付かれては、これから何かがあると思われてしまう。
ユウキは、リチャードの名前を呼びながら、肩を軽く叩く。
ユウキにも、リチャードの気持ちは理解ができる。ユウキ自身も、目的を前にして、普段と同じで居られるとは考えていない。そのために、準備期間だけではなく、ターゲットの順番を考えているのだ。
「すまん」
リチャードは、ユウキを見て、自分の状況を把握する。
気が急いている。これでは、会った瞬間に殺してしまう。リチャードは、心配そうに見ているロレッタを見てから、ユウキとマイを見る。本当なら、ここに居るべき一人の少女を思い出して、ゆっくりと息を吐き出す。
「気にするな」
殺気が収まったことを認識して、ユウキは手を肩から離した。
ユウキたちが用意した罠は、それほど難しい物ではない。
罠だと解っていても、罠に飛び込まなければならないだけだ。そして、その罠が、成功しようが、失敗しようが、ユウキたちには、どうでもいいことだ。
「リチャード。それで、奴らは?」
「連絡をした。3日後に、”取引をしたい”と言ってきた」
リチャードは、ロレッタとマイに、やり取りを行ったスマホを見せた。やり取りを再生して聞かせた。
「3日後?」
「そうだ」
ユウキは、ロレッタの疑問を肯定した。
「ユウキ。まだ、一日しか経っていないわよね?」
ロレッタは、時計を指さして、ユウキに笑いながら指摘している。
作戦を聞いているので、状況の理解は出来ているが、それでもユウキとリチャードを揶揄っておきたいと考えた。ロレッタも、緊張しているし、自分の気持ちが押さえられるのか不安なのだ。だから、解り切っていることで、ユウキとリチャードを揶揄った。
「ん?あぁ正確には、時差もあるけど、21時間だな」
ユウキは、ロレッタの心情がわかるのだろう。
軽口を叩いて、揶揄いに対応をする。リチャードは、二人のやり取りを見て、大げさに驚いて見せる。
初めてではない、今までも同じような作戦を実行してきている。異世界で、同じように召喚された者たちを殺したこともある。気負いはない。
「ユウキ。マイ。俺たちは、先に行く」
「わかった。ここに来た連中は確保しておく」
「悪いな」
リチャードが差し出した手をユウキが握る。
作戦はいたって簡単だ。
ユウキとマイは、待機していて、待ち合わせ場所に罠を仕掛けに来た連中を確保する。
「あっ!これ!」
マイは思い出したかのように、持っていた袋からカメラを取り出す。
カメラは、森田にお願いして用意してもらった物で、日本に居る時に、マイが受け取っていた。ユウキも、カメラの存在を忘れていた。
「これは?」
カメラが付いた伊達メガネをリチャードが受け取った。
マイは、他にも”スパイカメラ”と呼ばれるような物を森田から受け取っていた。いくつかを取り出して、皆に見せる。
「そうだ。悪い。忘れていた。リチャードでも、ロレッタでも、どちらでもいいけど、これを身に着けておいてくれ」
ユウキは、マイが取り出した物を見て、カメラの存在を思い出した。
そして、リチャードたちが行う作戦には、証拠動画が必要になることも思い出したのだ。
「ん?カメラ?」
「そうだ」
「ん?」
「リチャード。忘れていないか?地球では、スキルを使った状況保存では、証拠にならないぞ?」
リチャードもロレッタも、緊張からなのか、それともこれから行うことへの高揚感なのか、大事なことを忘れていた。
「あっ!そうか、忘れていた」
マイが持っているカメラが仕込まれている物を、いくつか確認して、その中からスマホと連動するタイプを選択した。リチャードだけではなく、ロレッタもカメラを持っていくことに決めたようだ。証拠となる動画は多い方がいいに決まっている。
カメラの操作方法を確認する。
リチャードはボタン型のカメラを選んだ。ロレッタは、アクセサリ型のタイプだ。両方とも、スマホに動画を転送することができる様になっている。ユウキが作ったアイテム袋の中でも、動画が保存されるか確認してから、準備を進める。
「準備はよさそうだな」
ユウキは、リチャードとロレッタの様子を見て、もう大丈夫だろうと判断する。
「あぁ」
「少しだけ早いが行くか?」
実際に、開始時間は決めていない。相手次第ではあるが、リチャードとロレッタが安全に作戦の実行できる頃合いを考えていただけだ。
なんとなく皆が夕方くらいからだと思っていた。スマホで時間を確認すると、現地時間で15時を少しだけ回ったくらいだ。日の入りまで、2時間と少しだ。
「そうだな。ロレッタ。大丈夫か?残ってもいいぞ?」
リチャードは、ロレッタに残るようにいうつもりで居た。
カメラが有れば、一人でも作戦は完遂できる。
「・・・。ダメ。一緒に行くと決めた。リチャード、一人にいい恰好は・・・。ダメ。マイ。お願い」
ロレッタは、リチャードが言いたい事が解っているが、それでも一緒に行くと譲らない。リチャードがロレッタを置いていきたい理由と同じ事を、ロレッタも考えている。
ユウキとマイは、二人のやり取りが通過儀礼のように感じて居る。
「うん」
マイは、ロレッタに頼まれて、スキルを発動する。
トリガー型のスキルで、二人にイベントが発生すると、スキルが発動する。
「行くのか?」
「あぁ。ユウキ。頼む」
「解った」
ユウキは、スキルを発動した。
場所は解っている。ユウキは、リチャードたちと合流する前に、現地を確認している。目視さえ出来てしまえば、移動ができるのがユウキのスキルだ。転移の応用技だが、スキルのレベルが上がっていて、地図アプリで見た場所にでも移動が可能になっている。
これによって、ユウキが一人で移動するのなら、どこにでも移動ができる。誰かと一緒だと、目視した場所にしか移動ができない制限は変わらない。
リチャードとロレッタは、ユウキに連れられて、目的地に到着した・・・。わけではない。
わざと、目的地から1キロ近く離れた場所に移動をして、目的地まで徒歩で移動する。相手に、自分たちが襲ってきた思わせるためだ。子供の浅知恵だと思わせることが目的だが、目的が達成されなくても、構わないと考えている。
「ユウキ」
「送ってきた」
「そう・・・。それで?」
「俺よりも、マイの方が得意だろう?それとも、誰かを呼ぶか?ヒナとレイヤなら喜んで来ると思うぞ?」
「そうね。でも・・・。やめておく・・・。スキルを使う」
「任せた」
マイが、少しだけ詠唱を行う。
普段は、無詠唱で発動するのだが、範囲を広めにすることや、特定の人や物を見つけるのではなく、行動捕捉を行う為に、スキルを強めに発動するためだ。範囲内に居る人物の動きを把握して、待ち合わせ場所に指定した場所付近に近づこうとする者を把握するのだ。
狭い範囲なら、ユウキもできるのだが、数キロに渡る範囲で、対象のなる人物の数が多い場合には、マイの独壇場となる。
スキルを発動してから10分が経過して、マイはスキルを終わらせた。
「ユウキ!」
「見つけたか?」
「うん。全部で10。目的地を取り囲むように、待機している」
「え?まだ、時間じゃないよな?」
「うん。でも」
「マイが見つけたのなら間違いではないだろう。あぁ・・・。そうか、待ち合わせ場所でリチャードたちが先に現れて、罠を仕掛けるのを見張るためだろう」
「え?」
「相手も、罠があると思っているのだろう?ってことだ」
「・・・。そうね。どうする?」
「ん?やることは変わらない。捕縛するだけだ」
「わかった。それじゃ、さっさと捕縛して、リチャードたちに合流しましょう」
ユウキとマイは、ゆっくりとした歩調で待ち合わせ指定した場所に向かって歩き出した。
リチャードとロレッタは、一つの建物に向かって歩いている。建物と言っているが、実際には複合施設だ。いくつかの建物を厳重な塀で覆われた場所だ。
「ロレッタ」
「うん。大丈夫」
二人が今から行おうとしているのは、単純だ。
二人の故郷を破壊して、教会を破壊して、二人の親、兄や姉、弟や妹を殺した奴らに復讐する。殺すように命令した奴らを・・・。
異世界に召喚されて、ユウキに”絶対に地球に戻る”その意思を聞いた時から・・・。これからの・・・復讐の為に、スキルを求めた。
『異世界にいる間は、復讐を忘れよう』
サトシの言葉だ。サトシらしい言葉だ。皆が、サトシの頭を殴りながら、サトシの言葉に従った。
皆が、復讐を考えていたわけではない。しかし、皆の境遇が似通っていたのも偶然では済まされない。
「スキルの準備は?」
「終わっている」
「まだ早いぞ?」
「解っている。でも、やっと・・・」
復讐を忘れるのは難しい事だ。しかし、皆が、”自分だけ”が不幸だと思わないように、”アイツの方が”と比べないように、そして、目標を心に宿して、忘れないようにした。サトシが皆にお願いしたことだ。
「ロレッタ頼む」
二人は、10分くらい歩いて、広い敷地内に厳重な警備が行われている建物の前に来た。
周りには建物は存在していない。高い建物もない。中を見る事は不可能な場所だ。
二人の目的地だ。
近くに観光地があり、州の重要な施設もある。厳重な警備は、内側だけに行われている。
「わかった」
ロレッタのスキルが発動した。目の前にある厳重な塀で囲まれた場所を覆うような結界が発動する。ロレッタのスキルだ。異世界のスキルを地球で鍛え上げた。半径1キロに及ぶ結界の発動が可能になっている。全ての建物を覆うことができる結界。
ロレッタのスキルが成功したことを確認したリチャードは、自分が準備していたスキルを発動する。
まずは、結界の表面に手を添えた。地球に来てから調整したスキルだ。
監視を阻害する植物を這わせる。外からの監視がこれで不可能になる。軍事利用されている物は不明だが、民生利用されている監視情報からの遮断ができるのは確認している。這わせた植物は、幻惑を見せている。デジタル情報にも干渉している。”スキル発生時の”中の情報を、表現している。スキルを発動した状態が維持され、解除まで周りに幻惑を見せ続ける。
「よし次」
リチャードは、懐からスキルが付与された道具を取り出す。
ユウキが準備した物だ。異世界でも活躍した物だ。レナートを、他の国から隔離するために、皆で考えてスキルを付与した物だ。時間制限があり、使うのにはタイミングを考える必要がある。時間制限と言っても、1時間や2時間ではない。1か月程度は維持される。見えているのに、辿り着けなくするスキルが付与されている。迷っている感覚はないのに、辿り着けない。本来は、森などの地形を利用するのだが、開けた場所でも利用が可能だ。もちろん、効果は落ちる。しかし、リチャードとロレッタが行おうとしている復讐が終わるまでの時間、近づく者が減らせれば十分だと考えている。もし、誰かに見られても、知られても、問題はない。その時には、姿を変えて日本に居たことにすれば済む話だ。
スキルの発動を確認した二人は、中の様子を見ながら、雑談を行う。
サトシを中心としたグループの悪癖と表現してもいいのかもしれない。
「・・・」「・・・」
二人は、中の様子を索敵で調べながら、無言になってしまう。
これから行う復讐には不安はない。自分たちがここで殺されるとは思っていない。でも、復讐を遂げたあとで、自分たちはどうするのか?
ユウキにも相談した。地球に残る。正確に言えば、ユウキの手伝いをする。
それが終わったら?
不安はない。
仲間が居る。
そして、なによりもサトシが居る。
口には出さないが、二人もサトシに感謝だけではなく、信頼を寄せている。
現状も、異世界でも・・・。サトシが皆をまとめた。
比喩ではなく、皆はサトシに感謝をしている。他の集団のように内部分裂をしたり、仲間同士で足の引っ張り合いをしたり、殺し合いをしたり、サトシを中心にしたグループでは発生しなかった。
まとまったわけではない。
サトシを中心としたグループでも喧嘩は頻繁に発生した。サトシは、喧嘩の原因を聞いて、とことん話し合った。それこそ、ダンジョンの中に居ようが、戦場だろうが、敵陣の真ん前だろうが、関係がなかった。とことん、話し合って、それでも結論が出ない時には、サトシが全部を肩代わりすると約束した。皆が、サトシに甘えた。そんなサトシを支えたのが、マイとユウキだ。
異世界から地球に帰るのにも、沢山の問題があり、皆でとことん話し合った。それぞれのパートナーと殴り合いの喧嘩をした者たちも存在した。サトシは、全ての喧嘩に立ち合い、自分が居ないところでの喧嘩をしたら、”泣く”/”喚く”/”纏わりつく”と迷惑な宣言を行った。皆が笑いながら、サトシを殴った。
技術や知性は、ユウキ。慈愛や行動は、マイ。戦闘力なら、レイヤ。皆がそれぞれ他のグループならトップでもおかしくない技量を身に着けていた。
皆は、サトシが宣言した”異世界に居る間は復讐を忘れよう”を実践していた。そして、サトシが認めたユウキの言葉”地球に帰る”から”帰って復讐を行う”を心の芯にした。サトシは、復讐すべき相手が存在しない。正確に言えば、サトシの復讐心よりも大きな復讐心を持つユウキが存在していた。そして、ユウキの復讐をサトシは自分の復讐だと考えていた。マイも・・・。ユウキに自分たちの気持ちを託した。
「サトシには感謝だな」
「そうね。本人には、言わないけど」
「そうだな。怖い奥様に睨まれるからな」
「ハハハ。マイも素直になれば可愛いのに・・・」
「ロミルから聞いたが、マイもサトシの前では素直らしいぞ?」
「うそ?マイが?ツンデレ?マイ。属性を盛りすぎでしょ?」
二人は、異世界に居た時のことを思い出しながら、思いで話に浸っている。
歩いている場所が、草原や街中なら二人の話し方や仕草に、不自然な所はない。
しかし、二人が歩いている場所は、厳重に警備され、侵入者を暴力で排除する施設の中だ。周りには、武装した者たちが大量に現れている。同じ所属だと解るような衣装を身に着けている。通常では入手ができない武装を持っている者も存在している。
二人は、そんな中を、街中を歩く気楽さで、進んでいる。
静止する声だけではなく、実力行使に出て来る者も居る。
二人は、煩わしそうに手を振るって、襲ってきたものを排除しながら歩いている。
銃器を向けている者も存在するが、二人は気にしている様子はない。
実際に、豆鉄砲程度にしか考えていない。銃砲を避けるくらいのことは容易に実行できる。それだけではなく、命中したとしても、無力化が可能だ。取り囲んでいる者たちは、威嚇はするが発砲はしてこない。
相手が子供だということや、二人だけだということ、そして、取り囲んでいる状況で、発砲すれば、味方に被弾する可能性があるためだ。もう一つの懸案は、この場所を所有している団体が、最近になって当局からのチェックを受けている為に、発砲をして当局が踏み込む口実を与えるのが、まずいと考えていた。
実際には、ロレッタの結界があり、音が外に漏れることはないのだが、二人以外は、そんな状況になっているとは知らない。
二人の目的が解らないことや、今まで何人もの敵対者を殺してきた者たちが軽くあしらわれているのを見て、上からの指示を待つという保守的な行動になってしまっている。
二人は、周りを取り囲む暴力集団の反応が鈍い事や、状況がユウキから指摘されている”最良”の状況に近いと判断して、にこやかに笑いながら、歩く速度を変えずに進んでいる。
「それにしても、広いな」
「そうね。ヘリが降りられるようになっていると聞いたけど・・・」
「建物の屋上にもヘリポートがあるのだろう?」
「うん。あっちは、教団のトップが使うだけ見たいよ。ほら、下は下ってことでしょ?」
「ハハハ。フィファーナでも同じような国があったな。考えることは同じということか?」
二人は、レナートで使われている公用語で話をしながら、無人の野を行くように目的の建物に向かっている。
ユウキとマイが約束の場所で待っていると、リチャードとロレッタがいつもと変わらない雰囲気で戻ってきた。
「おかえり」
ユウキは、リチャードとロレッタに言葉をかける。
二人は、差し出された手を握ってから、感謝を伝える。
「ただいま」
ロレッタは、マイに抱きついて緊張を解すかのように身体の力を抜く。大丈夫だと解っていても、緊張はしていたのだろう。リチャードがやりすぎないか心配していた度合いが大きい。
ユウキは、リチャードの腰にあるべき物がないことに気が付いた。腰を指さしている。
「あぁ」
リチャードもユウキが言いたいことが解る。
「そうか・・・」
ユウキとリチャードは頷いて、何が発生したのか理解している。
使われた結果がどうなるのか理解して、準備をしたのだ。
「自業自得」
リチャードが少しだけ残念な表情をしているが、ロレッタは晴れやかな表情で、自業自得と言い切る。
確かに自業自得だ。リチャードは、忠告した。ロレッタは、お願いをした。それでも、実行したのは教祖だ。片腕と片足を無くして、右目を無くしている。顔の半分は焼け爛れている。それでいて死ねない。寿命までは・・・。これから、死ぬよりも辛い時間を過ごせばいいと思っている。
「頼んでいたことは?」
「使われたタイミングで、実行した。すごい勢いで拡散されている」
「そうか・・・」
「戻るか?」
「そうだな。俺たちの家に帰ろう」
ユウキは、近くに居るリチャードとロレッタとマイを範囲に留めて、転移を行う。
日本の新聞に、アメリカに本拠地を構える宗教団体が崩壊したというニュースが報じられる。
日本にも支部を持ち、政財界に信者を持つ巨大な宗教団体だ。
本拠地の地下から、人骨だけではなく、腕や足を切り取られた子供や、鎖に繋がれた状態で死んでいる遺体が発見された。当初、警察はこの情報を隠蔽しようとしたが、警察が発表する前に情報がネットに流出した。
警察発表は、状況を説明するには不十分だが、興味を引くだけのインパクトはあった。
夕方に、宗教団体は敵対宗教からの襲撃を受ける。相手は、100名を越える武装集団だ。
宗教団体は、地域住民の安全を確保するために、銃火器は使わずに武装集団の排除に乗り出した。銃火器を持った相手には抵抗が難しく、建物内への侵入を許す形になってしまった。それでも、宗教団体は100名の武装集団の排除を行った。
教祖が陣頭指揮をとり、最終的には武装集団を無力化した。
その過程で、教祖が片腕と片足を失い。顔と身体の半分に重度の火傷を負った。焼け爛れた顔側の目は失明に至った。頬に、何かの破片が刺さり、口の中にまで侵入し、舌を傷つけた。身体は栄養多寡な状態だが、これからの長い生を体中に管を繋がれた状態で過ごすことになる。口も聞けない。蓄えられた喜捨物は、武装集団に奪われた。
警察は、宗教団体からの発表をそのまま流した。
しかし、ネット上に流れる情報の真偽を巡って、動きがあったのはすぐだった。別の州にある同じ宗教団体が所有する建物から、武装集団が使ったと思われる銃火器が見つかった。それだけではなく、他の場所では違法薬物や各国の要人リスト。違法取引の帳簿が発見された。
実際に何が行われて、どんな状況だったのか知るのは、宗教団体の関係者を除けば二人だけだ。
ユウキも、マイも、待っていただけで、実際に何が行われて、何が合ったのか知らない。聞く必要もない。知らなくても影響はない。そして、事実を知る二人も、誰にも語る必要がないと考えている。
復讐を終えたリチャードとロレッタは、拠点での報告を終わらせると、レナートに向かった。
異世界で死んでしまった者たちに報告をするためだ。
想定していたが、想定通りの自体になってしまった。
「リチャード!ロレッタ!」
「サトシ・・・。マイは・・・。後始末で、まだ戻ってきていない。セシリアは、会議か・・・」
「どうした?」
「サトシ。俺たちは」「忙しくないよな?それで、どうやったの?ユウキもマイも断片的にしか教えてくれなくて、俺にも教えてよ」
面倒な状況だと、リチャードとロレッタはお互いの顔を見る。
サトシは、よくいえば純粋だ。マイとセシリアが居れば、止めてくれるだろう。しかし、二人がいない状況でサトシを止めることができる唯一の人間はユウキだ。そのユウキも居ない。簡単にいえば、サトシの好奇心を満たさない限り、二人が解放されることはない。
「ふぅ・・・。サトシ。俺たちは、ユウキと計画を立てて実行した。結果は知っているだろう?」
「うん。計画もマイに教えてもらった。概要は、知っている」
「それなら、話さなくても大丈夫だろう?」
「違う。リチャード。違うよ。俺は、なんで”あんな物”が必要だったのか知りたいの?」
「あんな物?」
「そう。武器としては、欠陥品だよね?」
「そうだな」
「撃つと必ず暴発する。イターラに取り付けられる魔道具を依頼していたよな?」
「あぁわかった。わかった」
リチャードは、サトシが気にしている内容が解った。
マイが、この場に居ないことを含めて、ユウキに嵌められた気持ちになっている。面倒な役目を押し付けられた。
覚悟を決めたリチャードが周りを見ると、味方であるはずのロレッタが居なくなっている。イターラに呼ばれて、移動したとサトシに教えられた。
「それで?」
サトシが使っている執務室という部屋で、サトシに向かい合わせにして座る。
侍女見習いが、飲み物を出してくれた。ユウキが送った、珈琲だ。本当は、炭酸飲料をサトシは求めたのだが、ユウキが却下した。ペットボトルをレナートに持ち込むのがダメだと説得していた。
「準備したのは、銃だ」
「それは知っている。暴発するようにしているよね?」
「あぁ撃つと暴発する。魔道具は、暴発を一定方向に誘導する。あと、証拠が残らないように、銃を分解して、破片を撃った者に浴びせかける」
「それが解らない。だって、銃はリチャードが持っていたのだよね?」
「そうだ。ユウキが、森田に依頼して作ってもらった物を、俺が受け取って腰に付けていた。魔道具はサイレンサーの形にしたから、違和感はなかったはずだ」
「それで、どうして教祖が負傷する?」
「それは簡単だ。俺とロレッタが、教団の施設を強襲しただろう?」
「うん」
「教祖の居場所は、最初から掴んでいたけど、全部の建物の入口と監視カメラを破壊した」
「うんうん。それで?」
「最後に、教祖たちが居る建物に正面から乗り込んで、教祖たちを追い詰めた」
「へぇ二人だけで、向こうは武装していたのだよね?」
「そうだな。殺さないようにするのが大変なだけで、簡単だったぞ。ゴブリンの上位種程度だから、コツが掴めるまで、手加減が難しかった。あぁ教祖は、オークを2倍した位に醜かった。ニコレッタ辺りが見たら発狂していたかもしれないな」
「ははは。リチャード。それは、オークが可哀そうだ。それで、殺さなかったの?」
「殺したら、アイツらと同じレベルになってしまう」
「そうか・・・。それで?」
「教祖の他にも、その場には居て、銃で武装していた」
「へぇ」
「俺たちを丸腰だと思って、取り囲んできたから、銃を取り出して、教祖に狙いを付けた」
「おっ!」
「教祖は笑って、撃てるなら撃てといったから、ロレッタが魔弾を弾いた。もちろん、銃砲と同じような音をわざと出してね」
「お!ロレッタとリチャードは、魔弾なら得意だよね。なら、銃は必要ないよね?」
「あぁ必要ない。俺とロレッタは、周りが驚いている間に、魔弾で取り囲んでいる連中の肩や足を撃ちぬいて、持っていた銃を破壊した」
「ん?あぁ教祖の周りに居た奴らの銃を破壊したの?そんなこと・・・。あぁ魔弾を当てればいいのか?」
「そうだな。サトシには無理だろうけど、ユウキなら簡単にできるだろう」
「俺だって、練習すれば、できるように、なる。可能性が、ない。わけでは、ない」
「ハハハ。そうだな。でも、サトシには、俺たちになり切り札があるだろう?」
「うん。そうだよ。あぁそれで?」
「計画通りに、一人だけ戦える状態にしておいた奴が居て、俺が銃を教祖に向けて歩き出した所で、後ろから襲わせた」
「・・・。あぁあの時と同じ作戦?」
「そうだ。相手が同程度のクズだったから、成功した」
「そうか、襲われたリチャードは、慌てて銃をそいつに向けるが、間に合わない。銃は、襲撃者の身体に当たって、教祖の前に転がる。襲撃者は横からロレッタの攻撃で意識を刈り取られる。振り向いた、リチャードとロレッタの前には、銃を拾い上げて、得意げに饒舌に話を始める教祖」
「そうだ。どこでも、クズはクズだな。自分が優位だと思うと、饒舌に話をしてくれる。恐怖を煽っているのだろう。無意味な」
「ロレッタが、”慌てて撃たないで”と、懇願する感じ?」
「あぁ前回のヒナの役割だな」
「似合わないな」
「そう思うけど、本人にはいうなよ」
「言わないよ。そのあとで、教祖は笑いながら、リチャードを撃った?」
「そうだ。それで、銃が暴発を起こした。サイレンサーに見立てていた魔道具が、銃の破片を教祖に向けて飛ばす。偶然腕と足に当たって、8割くらい切断された。そのあとで、銃に入っていた銃弾の火薬が、教祖に降りかかって、着火。オークの肉焼きの完成だ」
「リチャード。オークが可哀そうだ。体型が似ているかもしれないけど、オークは食べられるけど、そっちのオークは臭いだけで食べられない」
リチャードは、簡単に経緯を説明した。サトシは、話が聞けて満足したのか、礼を言ってから、リチャードを解放した。
リチャードが部屋から出ていくのを見て一言だけ漏らした。
「あとは、ユウキだけか・・・」
ユウキたちの拠点の近くには、人が増えた。
拠点は、今までと同じで、異世界から帰ってきた者たちしか住んでいない。
拠点以外の場所には、町ができ始めている。
主に、拠点に居る者の関係者だが、レナートに残った者たちの関係者も移り住んでいる。各国から、来日してきていることも、住民が増えている原因の一つだ。人が増えれば、その増えた人を目当てにした人が増える。
もう一つの原因が、ユウキたちが戯れで作った魔道具が原因になっている。
「ユウキ!」
「おかえりなさい。森田さん。何か、用事ですか?」
「あ?!ユウキ!俺がどれだけ苦労して、帰国したと思っている!」
「え?あっ。申し訳ない」
ユウキたちと別れた森田は、リチャードとロレッタの動きが早すぎて、森田が出国する前に、事件が発生してしまった。森田が疑われたわけではないが、とある宗教団体が壊滅したことや、違法薬物や人体実験を行っていた事実が世界中に衝撃を与えた。
その結果、森田だけではなく、宗教団体を基盤としたテロを警戒した国々が入国時のチェックを厳しくした。
それだけなら、森田には影響がなかったのだが、森田はユウキに会う前に、韓国→中国→欧州→中東→南米→北米に入国してから、米国に渡っている。どう考えても怪しい動きだ。どれもが、滞在1日未満で、痕跡を消していると思われてもしょうがない。
テロとの連絡員だと疑われた。
国籍が、日本なのも悪かった。パスポートの価値が高くて、各国に入国する手間が少ない日本国籍は、テロの要員として欲しがる場合が多い。
「まぁいい。途中で、ミケール殿に連絡がついて、無事に戻ってこられた」
「へぇ・・・。それで?」
「俺が苦労している時に、ユウキたちは楽しい事をしていたみたいだから、愚痴の一つも言いたくなっただけだ」
森田は、お土産とばかりに、手に持っていた、テンジンヤのおでんをユウキに差し出す。
どこで買ってきたのか、冷えていた。
「あっ。そうだ。森田さん!」
ユウキは、手渡されたおでんをスキルで温めながら、思い出したことを森田に聞くことにした。
「なんだ。テロに間違えられるのは、人生で一回だけでいいぞ?」
森田の言い方もおかしいが、確かにテロに間違われて、当局に拘束されるなんて出来事は、一生に一度でいいだろう。2回目は多すぎる。
「いや、そうではなくて、宿屋・・・。規模としては、民宿が10軒くらい束ねた規模ですが、主になってくれる人を知りませんか?未経験者でも」
ユウキの言い方が気になったが、森田はユウキが何を求めているのかしっかりと把握した。
「ん?宿の店主?」
「あっそうですね」
「それは、お前たちが面白半分で作った魔道具に関連するのか?」
ユウキたちが作ったのは、お湯が湧きだす魔道具だ。
それだけでも、十分過ぎるのに、”温泉の効能”を知ったマリウスやモデスタが暴走した。お湯に、ポーションと同等の効用が付けられないか実験して作ってしまった。レナートでも同じような物を作っていたので、地球で作ったら出来てしまったのだ。
素材の関係で、レナートと同じ効能にはならなかったが、効能としては、十分に実用に耐えられるレベルの物だ。
皮膚炎位なら治療ができる。骨折も治せてしまう。骨がくっついてしまうので、位置の調整は必要だ。
そんな、温泉が出来てしまった。
「まぁそうですね」
「佐川さんから聞いたぞ、とんでもない物を作ったな」
「そうですか?向こうでも使っていた物ですし、やっぱり欲しいですからね」
「まぁいい。それで、どうして”宿”に繋がる?」
「簡単に言うと、今川さんが口を滑らしてしまって・・・」
ユウキたちの窓口になっている今川は、マスコミの中では有名な存在になっている。ユウキたちの話を聞きたい者たちが押し寄せる。ユウキたちが未成年で、社会的にもいろいろ問題がある為に、マスコミが直接手を出すのには敷居が高い。
しかし、マスコミとしてはユウキたちを取り上げるのは、ネタとしては最高の素材だ。
ユウキも、マスコミに取り上げられるのは、最終的な目的を達成するのに必要なことだと理解しているが、準備が整っていない状況では逆効果だと解っている。そのために、今川にマスコミが集中することになってしまっている。
「はぁ?今川が?何を?」
「すごく効能がいい温泉に入った・・・。それを、少しだけ--自己申告--酔っていた佐川さんが認めてしまったみたいで・・・」
「ん?もしかして?」
「はい。頼まれて、園と皆の家には、引き入れています。もともと、温泉が引き込まれる仕組みになっていたので、難しくなかったですよ」
「・・・。効能は聞いていないけど、一般的な程度に収まっているのだろうな?」
「拠点と拠点近くの物以外は、一般的だと思える範囲です」
拠点と家族や関係者だけは使える温泉施設には、低級ポーションと同じ効用がある。
「それは?」
「低級ポーションの20%程度です。実験結果では、50時間連続で浸かった時に、低級ポーションと同じ効能でした。飲んでも、効能が無いようにしました」
ユウキは、20%と言っているが、薄めているわけではない。
スキルの向きを変えているだけだ。拠点で使っている温泉は、飲んでも効用が期待できるが、町の温泉は飲んでも効用は期待ができない。
「・・・。微妙だが、確かによく効くと言われる温泉よりは、よさそうだな」
「打身程度なら、2-3回で痛みは無くなり、軽めの捻挫なら治療ができると思います。あと今川さんが、肩こりと腰痛が治ったと言っています。佐川さんは、目から来る頭痛が治まると言っています」
「万病に効く感じだな。わかった。外の人間を使うのは、問題があるだろう。俺が、主になる。文句はないな」
森田は、温められたおでんを摘まんでいる。
「え?いいのですか?」
「あぁもともと、そのつもりなのだろう?」
食べ終わった串で、ユウキを指しながら、決められていたレールだと気が付いて、のっかることにした。
もともと、どこかに引きこもる事を考えていて、引きこもるのなら、ユウキの拠点の近くしかないと思っていた。
社会的な地位も手に入るし、大手を振って引きこもれるのなら、森田が断る理由はない。
ユウキの雰囲気から失敗しても文句は言われないだろうという打算も働いている。
後日、この選択を森田は後悔するのだが、今は忙しくならないだろうと気楽に考えていた。
「説得の方法を考えていました。あとは、空き家を改装して、今川さんが宣伝してくれるらしいです。先生も、賛成してくれています」
森田の串を奪い取って、ユウキは森田を当てにしていたとあっさりと認めた。
「はぁ先生を出されたら、俺に拒否権はない。わかった。それで、民宿にするのだろう?」
森田が懸念したのは、民宿にするのなら、料理の提供を考える必要がある事だ。
「うーん。鍵だけを管理して、貸別荘やペンションみたいに出来ませんか?掃除は、子供たちが担当って事で、ダメですか?」
ユウキがイメージしたのは、民宿ではなく、貸別荘の形態だ。
療養の温泉なのだから、長期滞在が基本になると思っている。貸別荘なら、料理の提供はない。掃除だけを徹底すればいいと思っていた。海も近いし、温泉もあるし、山もある。キャンプも出来れば、海に出てマリンスポーツを楽しむことができる。場所としては、それほど悪くない。
「そうだな。まぁ大丈夫だろう。値段は、近隣の温泉や民宿よりも、高めにするぞ」
森田は、自分が楽をするために、値段設定を高くすると宣言した。
周りの観光地よりも安くして、殺到しても忙しくなるだけだと思っている。
「お任せします。子供たちへの賃金を高めでお願いします」
ユウキも、儲けようとは思っていない。掃除を担当する者たちへの賃金さえ支払われれば問題はないと思っている。
「解っている。ここは、学校に通うのも大変だろう?」
「それは、なんとかなっている。でも、俺がそうだったように、学校では必要以上に金が必要だ」
「そうだな。本当に、無駄な金が必要だよな」
二人は、残っていたおでんに手を出しながら、詳細を詰め始める。