帰還した召喚勇者の憂鬱 ~ 復讐を嗜むには、俺は幼すぎるのか? ~


「どこでやる?」

 マイのスキルは、テイムではない。他に適切なスキル名がないので、召喚と言っているが、フィファーナにあった召喚スキルとも違う。
 魔力で、マイが思い描く”動物”や”昆虫”や”魔物”を作り出せる。魔力で作り出した物は、意識が有るわけではない。そのために、マイが動かすのだが、同時に動かすことができる物には限界がある。
 魔力で出来た”ゴーレムのような物”だが、魔力は譲渡できる特性を利用して、制御を他人に任せることができるのではないかと考えたのが、ユウキだ。
 マイとユウキで、”ゴーレムのような物”の制御を他人に譲る方法を確立した。
 制御は、スキルを持っているマイでも10体を同時に制御するのがやっとな状況だ。頭の中に、10個のモニターが並んでいる状況を制御しなければならない。慣れていないと、1体を動かすのも難しい。サトシは、一体の制御を行うだけで、酔って気持ち悪くなってしまった。

 慣れてくると、複数を制御できるようになる。
 サトシ以外は、無理をすれば4-5体の制御が可能になっている。

「裏の家を使おう。部屋数はあるよね?」

「そうだな」

 皆がパートナーを見る。
 元々は王族が使う”離れ”として作られた(屋敷)だ。部屋数は多い。パートナーとだけで部屋を使うようにすれば、”ゴーレムのような物”を制御するときに無防備になっても問題は無い。

 サトシは、皆が制御している最中に、家に近づく物が居ないように護衛することになった。

 マイは、皆にそれぞれの特性にあった”ゴーレムのような物”を作って、制御を渡した。総数80体だ。制御できる数にばらつきがある。大まかな偵察ができれば十分なので、それぞれが役割を分担するように、偵察する方向を決める。

 ”ゴーレムのような物”は、転移も可能だ。

 マイは、自分たちを召喚した国に転移させた。
 レナート王国から、遠く離れた国だったので、マイが担当した。

(ひどい・・・)

 マイは、最初に魔物が襲うだろうと思っていた都市に転移した。一番、勇者たちが残っている場所だ。小さな森に面していて、ダンジョンの存在も確認されている場所だったはずだ。

 ”ゴーレムのような物”から見えてくるのは、壊された城壁と破壊され尽くした建物だ。
 かろうじて、全滅はしていない。そう、全滅はしていないだけで、”生き残っている”という表現が正しい。城壁の近くや、東西に伸びる街道には夥しい魔物の死骸と人と思われる死体が積み重なっている。逃げたところを、魔物に襲われた形跡の死体や、戦ったような死体もある。
 マイは、死体の確認はしていない。どうせ、勇者たちは領主や聖職者たちを守っている。権力者たちが、自分の身の安全を第一にしないで、勇者たちを最前線に送り出すようなら、都市はここまで荒廃しない。魔力をたどると、都市の中心に近い場所に固まっているのが解る。

(本当に、変わらないのね)

 マイは、自分たちが警告しても無視されるのは解っていた。それでも、陛下や将軍を通して、各国に警告を発していた。
 その返答が、”それだけ心配するのなら、セシリアとアメリアを預かろう”だった。意味不明だ。どういう理論で、そういう見解を出したのか、説明を求めて、返答を何度も読み返したが、理解が出来なかった。

 そこに、ユウキたちが古い文献から、”魔物の王”が持っているスキルが”時空支配”で時間と空間を把握するスキルという記述を見つけた。当代の”魔物の王”は、魔物たちを、魔の森に留めるような施策を行っていた。レナート王国としては、当代の”魔物の王”との間に付箋協定が結ぶほうが現実的で、未来に繋がると考えた。しかし、人類連合に参加する各国は、レナート王国の提案を一蹴した。

 人類連合が選んだ結果が、マイの目の前で繰り広げられている。
 避けられた戦いだ。避けられた死だ。本来なら、守られるべき命が散らされている。

 マイは、領主の屋敷と思われる場所に”ゴーレムのような物”を集中させる。
 勇者たちが戦っているのが見える。

(弱い)

 戦いを見たマイの率直な感想だ。
 自分たちを虐げた勇者たちだが、マイたちが”魔の森”で駆逐した魔物に苦戦している。

(勇者たちや権力者が死ぬのは、困ってしまう。シナリオを変えなければ・・・)

 マイは、自分に言い聞かせるように呟いている。確かに、皆で決めた作戦では、勇者たちや権力者には苦しんでもらなければ意味がない。袂を別れた勇者たちが死のうが苦しもうが、マイたちは”関係がない”と、切り捨てるだろう。しかし、勇者たちでも権力者たちでも自称聖職者でもない。一般の民が死んでいくのは、本意ではない。
 民たちには、認識してほしかった。目を瞑って欲しくなかった。立ち上がって欲しかった。青臭い理想だと認識しているが、偽らざる気持ちなのだ。
 でも、勇者たちが行った非道な行為。権力者たちの自分勝手な振る舞い。自称聖職者たちの腐敗。自らが目を瞑って、口を塞いだことで、大切な者が奪われる現実が有ったのだと・・・。

 マイは、”ゴーレムのような物”に命令を出す。

(魔物を駆逐せよ)

 マイだけではない。他の26名の勇者も程度の差はあるが、民が死んでいくのを見て、我慢が出来なかった。

 ”ゴーレムのような物”が介入を始めると、戦いは劇的に変わった。
 経験が不足している勇者たちも、戦っている魔物の数が減ってくれば力技が通じる。勇者たちが魔物に対抗できるようになったのを見て、マイは”ゴーレムのような物”に帰還命令を出した。

「マイ?!」

 マイを心配するように、4つの目が見つめていた。マイは、自分を心配そうに見ているサトシとセシリアに笑顔を見せる。

「サトシ。セシリア。大丈夫。少しだけ疲れただけ・・・。それで、偵察の内容を話したほうがいい?」

「マイ様。今は、休んで・・・。情報は欲しいけど・・・。他の方々も、偵察から戻られるでしょう。それからでも、遅くはありません」

「そうね。セシリア。ありがとう。少しだけ休んでいい?ユウキが戻ってくる頃には、起きるから・・・」

 全部を言い切る前に、マイは目を閉じて眠ってしまった。
 体力も魔力も、まだ余裕があるが、精神が悲鳴を上げていた。自分たちの選んだ道で、呑み込むべき現実だと考えている。でも、実際に確認すると、心が疲弊する。マイたちは心に決めている。だから、パートナーたちと、仲間たちと立ち上がる。

「セシリア?」

「はぁ・・・。サトシ様。マイ様を、寝室に運んであげてください。起きるまで側に居てあげてください」

「あぁわかった。セシリアは?」

「私は、勇者さまたちを見てまいります。それから、ユウキ様が戻られるか見ております」

「わかった。助かる」

「いえ。私の役目だと思っております。ほら、サトシ様。マイ様をお願いします」

 セシリアは、マイをサトシに託して、自分は部屋を出る。
 サトシを巡ってはライバルだと思っているが、マイのことも大好きなのだ。

 マイが無理して偵察をしてくれたと感じているのだ。80体も召喚しているだけで、かなり無理をしている。その状態で、自らも”ゴーレムのような物”を制御しているのだ。外からはわからなかったが、戦いをしている様子も見られた。ショッキングな状況を見てしまったのだろう。

 セシリアは、勇者たちが使っている部屋を見て回ってから、庭に出た。

「ユウキ様。貴方たちは、私たちに多くの物を与えてくださった。私たちは、貴方たちに返せていますか?ほんの少しでも返せているのなら・・・。嬉しいです」

 セシリアの独白は、レナート王国に住む者たちの考えだ。
 勇者たちに命を・・・。生活を・・・。そして心を救われた。恩返しがしたい。

 セシリアの言葉が庭に消えた瞬間に、魔法陣が浮かび上がる。
 ユウキが地球から帰還してきたのだ。

「あれ?セシリア?どうした?」

「え?あっ・・・。その声は、ユウキ様?」

(さて、2時間が経過したようだな。これ以上、降りると人に見られる可能性があるな)

 ユウキは、浜石岳から降りてきている。途中にある小学校の跡地まで降りてきた。
 生命探知で人を避けてきたが、難しくなってきていると感じていた。目的だった廃棄されているペットボトルも確保できた。同時に、アルミ缶やスチール缶も確保出来た。レナート王国に居る鍛冶屋に見せて加工が可能なのか確認したいと思っていた。

(少しだけ時間をずらしてみるか?)

 ユウキは、元学校の道路から死角になっている場所で、スキルを発動する。
 レナート王国で発動した時と同じように、”天使の声”が聞こえた。

(こちらに戻る時間は指定出来ないようだ。俺が基点になっているのか?)

(検証は後だな・・・。戻らないと、サトシ辺りが問題を起こしているかもしれない)

 ユウキは、地球で2時間30分を過ごして、レナート王国の王城の裏にある家の庭にマーキングした場所に転移点を指定する。時間は、2時間以降なら指定できるようだ。

(よし!戻ろう!)

 ユウキは、自然とレナートに”戻ろう”と思えた。異世界に召喚されて、帰還してきた地球だったが、自分の居場所はレナート王国にあると考えている。
 地球はたしかに故郷で、心残りがある。
 しかし、それだけの場所だ。過去はあるが、未来はない。ユウキだけではなく、勇者たち(29名)には過去の場所になっている。

 魔法陣が現れる。

---

 ユウキは、レナート王国に戻ってきた。
 魔法陣の光が消えると、周りが見えてくる。

「あれ?セシリア?どうした?」

 ユウキは、自分を見つめる。セシリアに気がついた。

「え?あっ・・・。その声は、ユウキ様?」

 セシリアは、目の前に現れた人物が誰なのか判断が出来なかった。
 雰囲気は、たしかに”ユウキ”だ。自分のことを、”セシリア”と呼んだ声は、大人の声ではないが、”ユウキ”の声だ。今まで、何度も聞いた声で間違いようがない。
 しかし、小さくなっている。若返っているのだ。

「あ・・・。あぁそうか、俺は、15歳当時の身長になっているからな。声変わりの後だから、声はそれほど変わっていないようだな」

「え?あっ」

「すまん。セリシア。俺は、ユウキ・シンジョウだ」

 ユウキは、アイテムボックスから身分証明になっているカードを取り出して、魔力を流す。
 そこには、ユウキのステータスが表示される。

 カードを、セシリアに差し出す。セシリアは、カードを受け取って、自分の魔力を流す。カードが偽造されているのか確認するためだ。

「・・・。ユウキ様?」

「そうだ。説明は、後でするが、転移魔法の弊害だと思ってくれ、俺は今15歳当時の身体になっている」

「記憶は?」

「大丈夫だ。セリシアのことも覚えているぞ?なんなら、セシリアがサトシに隠していることを、2-3個、話そうか?」

「え・・・。いえ、大丈夫です。秘密なんてありませんが、大丈夫です。ユウキ様です。間違いありません。でも・・・」

「理由は、話をする時に説明する。それよりも、何か有ったのか?」

「え?なぜ?」

「セシリアが一人で庭に来ていれば、何か有ったと思うほうが自然だと思うぞ?」

「あっ・・・。そうですね。まだ、情報がまとまっていません。皆さまが起きてからの話になると思います」

「わかった。俺も少しだけ休むから、いつもの場所でいいか?」

「はい。皆さまにお伝えします」

「頼む」

 ユウキは、もらった家ではなく、王城に用意されている部屋に向かった。
 大きな鏡が用意されているので、しっかりと姿を確認するためだ。長距離の転移は、出来ないが短距離での転移はユウキもできる。部屋までの距離だったが、姿を城の人たちに見られるのは避けたいと考えて、転移で部屋に向かった。

(うーん。身長が縮んだ?あと、幼くなった感じだな。声は、大丈夫だな。身分証明に使えるカードを作っておいてよかったな)

 ユウキは姿をチェックして、着替えを済ませて、荷物の整理をしていると、ドアがノックされた。

「ユウキ様」

 セシリアが侍女を連れて来た。

「みんなが揃ったの?」

「はい。皆さまお待ちです」

 ユウキは、セシリアについていく形で”いつも”の会議室に向かった。

「!!」

 皆の視線が、ユウキに集中する。
 ユウキは、セシリアを見る。セシリアが皆に説明してくれていると思ったからだ。セシリアは、いたずらが成功した子供のような表情をして、いつものポジションに座った。ユウキは、勇者たちとセシリアだけかと思っていた。

「陛下!?それに将軍も・・・。暇なのですか?」

「ユウキで間違いはないな。その言い方は、間違いなくユウキだが・・・。ユウキ。おぬし・・・。可愛くなったな」

 陛下の言葉がきっかけになって、皆がユウキを見て笑い出した。

「ユウキ!なんで・・・・。縮んでいる?」

 皆の視線が、サトシに集中する。さすがは空気を読まない天才だけある。ユウキが説明を始める前に直球で自分が気になる部分を聞いた。

「あぁ時空転移の副作用だ。召喚された時の年齢に戻った。あっ記憶やステータスは大丈夫だ」

「スキルは?」

「ん?あぁ大丈夫だ」

 マイが、二人の会話が微妙に噛み合っていないように感じた。

「ユウキ。サトシは、スキルも記憶と同じで消えていないよな?の、意味で聞いていて、ユウキの答えは、”地球でもスキルは使えた”でしょ?」

「ん?」「あぁ」

 マイは、隣に座っているサトシを見る。セシリアもマイが説明した内容ですぐに解った。

「サトシ。ユウキは、地球に戻って帰ってきた」

「あぁ」

「時空転移のスキルは、最後の最後で入手している」

「そうだな」

「ユウキが帰ってきた時点で、スキルが消えていないことは当然のように認識できる」

「あっ」「・・・」

「それだけではなく、ユウキは”大丈夫だ”と答えた。これは、地球でもスキルの発動が出来たという意味だと思う」

 マイが、ユウキを見て同意を求めている。
 ユウキも、サトシの質問を誤解していたので、うなずくに留めた。

「それで、ユウキ。なんで、その姿に?説明はしてくれるのよね?」

 今度は、ヒナがユウキに質問をした。

「あぁ・・・。そうだな。まずは、時空転移のスキルについて、解ったことを説明するよ・・・」

 そこから、ユウキは、時空転移のスキルを説明した。地球で行った検証の説明と結果を説明した。

 セシリアだけではなく、国王も、将軍も、ユウキの説明を黙って聞いていた。

「これが、解ったことで、まだ検証しなければならないことは残っているとは思うが、実用には問題にはならない。問題はないと判断できる」

 ユウキが説明を終えたとばかりに、椅子に座って、前に置かれている飲み物を口にする。

「ユウキ。貴殿が持ち帰ったという物質を見せてもらいたい」

「わかりました」

 ユウキは、ペットボトルとアルミ缶とスチール缶を取り出して、質問をした将軍の前に置いた。

「これか?」

「はい」

 将軍は、ペットボトルを持ち上げて軽さに驚いた。アルミ缶の見た目は、鉄と同じなのに軽さや柔らかさに驚いている。スチール缶は、ある程度の硬さもあるので、またびっくりをしている。それだけではなく、缶の表面にかかれている色鮮やかな絵を見て驚愕している。

「ユウキ。これは、儂から鍛冶職に廻していいか?」

「将軍。お願いします。ペットボトルは、ポーションを入れようと思っています」

「そうだな。これなら、取り出すのも移送も楽にできそうだ」

 将軍が、軍で使えそうな話に先に食いついてしまったが、国王は別に気になっていることがある。

「ユウキ。それで、その姿は固定されたのか?」

「そうですね。うまく言えませんが、15歳になっていると思ってください。時空転移は、まだわからないことが多いです。未来には行けないことや、自分が存在している時間にはいけないことだけは解っています。なので、セシリアが地球に転移しても8歳になることはないと思います」

「わかった。異常はないのだな」

「はい。しかし、あとで・・・」

 ユウキは、鑑定を得意としている数名の診察を受けることにした。
 それで問題がなければ、勇者たちの帰還が行われることに決まった。

「(サトシ様とマイ様も、私と同じ年齢に?それは・・・)」

 セシリアだけが違う場所に食いついていた。
 声に出したつもりではなかったのだが、隣に居たユウキにはしっかりと聞こえていた。

 将軍が、ユウキが持ってきた物を預かることでユウキの話は終わった。

 休憩を挟んで、勇者たちがマイの召喚した”ゴーレムのような物”を使って偵察を行った内容の報告が始まる。

 マイから報告が始まって、2時間ほどの時間を使って偵察内容の報告が行われた。
 レナート王国にあるギルドが得ている情報は、将軍がある程度は引き出してきてくれていた。

 勇者や聖職者や権力者が多くいる場所が狙われたようだ。

「ユウキ。どう思う?」

 サトシが、皆の話を黙って聞いていたユウキに話を振る。

「なぁマイ。魔物たちの種類は?皆の話だと、低位から中位くらいだよな?いくら、アイツ(勇者)らがぼんくらでも、負けるとは思えない」

「それは、私も不思議に思ったけど・・・」

 マイは、不思議に思っていたが、権力者や聖職者を守るために、外に出てきていなくて、魔物に対応出来なかったのではと考えた。

「そうか・・・」

 ユウキは、どこかスッキリしない感じを覚えたが、マイだけではなく、偵察をしていた者たちが同じ感想を伝えてきたので、ベースの考えとして、勇者たちは魔物に対応できるという基本方針は変えないことにした。

 考え始めたユウキに皆の視線が集中する。

「サトシ。マイ。ディド。テレーザ。ヴァスコ。ニコレッタ。ロミル。イェデア。レオン。フェリア。パウリ。イターラ。オリビア。ヴェル」

 ユウキは、レナート王国に残留する者たちの名前を呼んだ。

「地球に、戻ろう。それから、レナートに戻ってきて、ギルドの救援要請で、勇者たちが居ない場所を優先して支援しよう。サトシ、頼めるか?」

「任せろ!でも、いいのか?」

「あぁ民衆が傷つくのは本意ではない。違うか?」

「そうだな」

 サトシが皆を代表するように呟く。
 レナート王国にいる勇者たちの心情としては、他の国の民衆が魔物に倒されても、自業自得という思いが多少は含まれている。しかし、魔物に対抗する力が無いものや、戦闘が不可能な者までが魔物に倒されるのは本意ではない。

「ユウキ。俺たちは?」

 地球に帰還するのを考えている者たちを代表して、レイヤがユウキに質問をする。

「今度は、帰ってくる時間を指定しないで転移してみる。2-3時間だと思うが、レイヤたちは、レナート王国内に魔物が出ていないか、将軍たちと協力して調べて欲しい。できるようなら、魔物の種類とステータスの確認を頼みたい」

「わかった」

「ユウキ。国内は、大丈夫じゃ。お主たちの作った情報網がある。魔物の出現は確認されていない」

「陛下。今は、大丈夫だと思いますが、それが5分後にはわかりません。他の国も一斉に湧いて出ていると報告が上がっていないと思います。多少の時間差は考えられます。それに、レナート王国は魔物の森に隣接しています。注意が必要な状況には変わりがありません」

 ユウキは、国王に向って一気に注意をした。

「おぉ。おお。解っておる。解っておる。な、セシリア」

 国王は、最初に将軍を見るが、視線を感じると将軍は国王から視線を外した。次に、サトシを見るが、すぐにあてに出来ないと視線をセシリアに移して、助けを求めた。

「はぁ・・・。ユウキ様。陛下は、場の空気を整えようとしただけです。そうですよね。陛下?」

「陛下・・・。そうだ、セシリアには解ってしまったようだな」

 国王のわざとらしい笑い声だけが、会議室に響き渡った。

「ふぅ・・・。まぁいいですよ。国内は、平穏だとしても、難民が現れると厄介なのは間違いありません。幸いなことに、連合国の中では、レナート王国は”最悪な状態”だという話が出回っているので、すぐには”難民”で溢れかえる心配は無いでしょう。しかし、難民に紛れて連合国が何かを仕掛けてくると考えておいたほうがいい」

 ユウキは、ここで言葉を切って皆を見る。
 真剣な表情でユウキを皆が見つめる。

「だから、まずは国内を安定させて、レナート王国に残る勇者たちで、ギルドからの救援要請に答えてほしい」

「ユウキ?聞きたいのだが?」

「なんだ?オリビア」

「お前の考えには賛成だ。だが、それなら俺たちが地球に帰る・・・。必要はないよな?」

「そうだな。でも、今のお前たちが、ギルドの救援要請に応じた場合に、”奴ら”が増長すると思わないか?」

「ん?」

「簡単に言えば、『辺境の勇者のくせに、価値のない村や街を救って、王都や教会をなぜ助けない』とかな・・・」

「あぁ・・・。すごく、言いそうだな。それに、あのバカ(勇者)たちが乗っかって、『自分たちも助けろ!同じ異世界人だろう!』とかも言いそうだな」

「そうだ。だから、お前たちには、地球に一度戻って、俺と同じように昔の姿になってもらえば、多少はごまかせると思う」

「あっ・・・」

「それだけでも十分にごまかせるだろう?」

「そうだな。わかった」

 オリビアが納得して、椅子に座り直した。

「ユウキ?」

「テレーザ。何か、質問か?」

「ん。眷属たちを、街に配置する?」

 テレーザは、少し説明が苦手なところがある。ユウキ以外では、パートナーであるディド以外には、説明が不足して聞こえてしまう。

「そうだな。魔力の心配があるから、帰ってきてから、連絡網が構築されるまでなら大丈夫か?セシリア。サトシを酷使した場合に、連絡網の構築には1年程度と考えて大丈夫か?」

「おい!ユウキ!」

「そうですね。サトシ様と、ロミル様とレオン様を酷使していいのなら、4ヶ月もあれば」

「よし、ロミオ。レオン。頼む。テレーザの為だ。そうだな。報酬は・・・」

 ユウキは、二人を見てニヤリと笑う。
 元小学校の跡地で懐かしい物を拾ってきたのを思い出した。アイテムボックスから、拾った物を取り出す。汚れているが、懐かしさを感じさせるには十分な物だ。

「お!」「え?!ユウキ!それは」

「俺たちが召喚された、前日に発売された、漫画雑誌だ。それも、日本語で書かれている物だから、お前たちが読むよりも、数週間は進んでいる。でも、今なら日本語も読めるだろう?」

 二人は、日本のマンガ/アニメ文化がすごく好きだ。少ない小遣いから、同好の士を募って、翻訳された週刊誌を買って読んでいた。

「あ!」「そうだ!今なら読める!ユウキ!」

「どうだ?」

「任せろ!セシリア。俺に任せろ!ユウキ。報酬は、それだけじゃないよな?」

「あぁ。向こうの現金が手に入ったら、定期的に送ろう。どうせ、将軍にペットボトルとかアルミ缶やらスチール缶や、他にもいろいろ送る必要があるだろう?」

 ユウキがニヤリと笑うと、子供が頑張って背伸びしている雰囲気になるが、皆は笑いをこらえる中で、将軍だけが指差して笑った。

 イラッとしたユウキが、指弾で紙を将軍の額にヒットさせる。

「ユウキ!」

「なんですか?」

 ユウキが将軍を睨むのを見て、何を言っても無駄なのは解ったので、将軍は黙って目の前にある飲み物に手をつける。

「ユウキ様。偵察の結果は、まとめたほうがいいですよね?」

「うーん。必要はないと思うぞ?簡単に言えば、レナート王国以外では、『”魔物の王”の抑えが効かなくなって、魔物が溢れている』ということだろう?俺たちは、俺たちの国以外に責任はない。情報は、ギルドがまとめるのが筋だろう?」

「でも、それでは後手に回りませんか?」

「ん?なんで?奴らが困るだけだろう?ギルドなら、最低限の情報をまとめてから依頼を出してくるだろう?まともな情報なないところに行って、仲間が危険に晒されるのは許容できない。違うか?」

「・・・。ユウキ様?」

「俺たちは、もう間違えない」

「・・・。はい」

 セシリアだけではなく、国王も、将軍も、ユウキのセリフを、奥歯で噛みしめる。
 ”もう間違えない”

 セシリアは、兄を、国王は、息子である皇太子と皇太子妃を、将軍は、本来なら次の国王の横に座るはずだった娘を、連合軍の無茶な作戦で亡くしている。
 優しかった兄を・・・。
 聡明だった息子を・・・。
 ただ一人の娘を・・・。

「それじゃ、地球に行って帰ってくるか!」

 サトシが場の空気が湿っぽくなったのを感じて、立ち上がった手をたたきながら、皆を鼓舞するように大きな声で宣言する。

「ハハハ。サトシだな」

 ユウキの声をきっかけに皆が笑いながらも立ち上がった。
 29名の勇者たちは、こうやって立ち上がってきた。29人になってしまった日に、仲間が傷ついた日に、勇者の中の勇者と言われる”サトシ”は皆を鼓舞してきた。ユウキには出来ない。だから、サトシがリーダーなのだ。

「陛下。将軍。作戦の詳細は、後日に決めましょう。まずは、国内が大丈夫だという陛下の言葉を信じて、俺たちは地球に行ってきます」

「わかった。行って来い」

「はい。ありがとうございます」

 ユウキは、素直に国王に頭を下げた。
 ”行ってきます”と素直に言える自分を、”行って来い”と受け入れてくれる国王に感謝を伝えた。

「ユウキ!」

「解っている!先に行って待っていろよ!」

「おぉ!お前が来ないと、”始まらない”のだぞ!」

「煩い!マイ!」

「はい。はい。サトシ。行くよ。ユウキは、陛下と将軍に話が有るみたいだからね」

 サトシは、マイに引きずられるように、部屋から連れ出されて、裏の庭に移動を始めた。
 部屋からでる時に、セシリアはユウキに会釈して出ていった。忘れてはいないけど、忘れたいことを、ユウキが覚えていてくれたことへの礼だ。

 部屋から、仲間たちとセシリアが退室したのを待って、ユウキは残った二人に話しかける。

「陛下。将軍」

「なんだ?アメリアを連れて行く気になったか?もう、年齢は言い訳に出来ないぞ?」

「わかっています。アメリアが、俺でいいと言うのなら・・・。でも、俺はアメリアを妹のように思っています」

「それも、理解できる。だが、5年後は?10年後は?それこそ、未来のことだぞ?今、決めなくても良い」

「陛下。それまで、待つつもりですか?」

「おかしなことを言う。儂は、お前を”家族”にするためなら・・・。アメリアが”待つ”と言っている間は、待つ。それが10年でも20年でも・・・。だ!覚悟しろよ。儂よりも、アメリアは強かで、強情で、待つことに慣れているぞ」

「はい。わかっています。そんなアメリアだから、俺は・・・」

「残念だ」

「・・・」

 ユウキは、今度は、将軍を見る。
 謁見の間では、ユウキを”養子”にする者はいないと言っていた。実際には、国王や将軍に遠慮したと言うのが正しい認識だろう。

「将軍。俺の父になってくれませんか?」

「お!俺でいいのか?」

「はい。しかし、最悪の場合には、将軍は陛下と親戚になってしまいますが、問題はないですか?陛下ですよ?」

「たしかに・・・」「おい!お前たち!」

「ハハハ。ユウキ。俺で良ければ、ユウキの親になろう。俺の妻も歓迎するだろう」

「ありがとうございます。向こうで、”けじめ”を付けてきたらお願いします」

「わかった」

 将軍は、ものすごく嬉しそうな表情で、子供に戻ったユウキの頭を撫でている。対照的に、国王は苦虫をまとめて噛み潰したような表情を浮かべている。

「陛下。そんな顔をしないで、俺たちに息子ができるのだぞ!」

「そ、そうだな。お前たちの言い方が気になってしまったが、将軍の言う通りだな。ユウキ!忘れるではないぞ!」

「はい。必ず、約束を守ります」

「よく言った!さすがは、俺の息子だ!」

 将軍がユウキの背中を叩く。前なら大丈夫だったのだが、身長が縮んだために、体重も減ってしまっている。ステータスの関係で痛さは感じないが、強く押されているように感じてしまっている。

「さて、ユウキ。皆が待っているだろう」

「そうですね。陛下と将軍は、どうされますか?」

「ん?息子たちの旅立ちだ。帰ってくるのが解っているが、見送りくらいいいだろう?」

「はぁわかりました。陛下も同じ考えですか?」

「そうだな。儂は、サトシとマイが居る。息子と娘を見送るのは当然だろう?」

 ユウキと将軍は、国王の”ニヤッ”と笑った顔に”イラッ”と来て、国王を無視して、庭に向かった。

 ユウキを先頭にして、庭にたどり着いた時には、残留組が待っていた。

「ん?マイ・・・。だけ・・・。じゃなくて、着替えてきたのか?」

「ユウキの姿を見れば、私たちも召喚されたときのサイズになるでしょ?」

「そうだな」

「そうなると、さっきまで着ていた服は、自動調整が付いていないから・・・。ね」

「あぁそうだな」

 ユウキが周りを確認すると、女性たちは、自動調整が付いている服に着替えている。男性陣も、着替えているが、全員分は用意されていない。

「いいか・・・」

「あれ?サトシはまだ準備をしているのか?」

「あ・・・。彼らを連れて行くって・・・」

「ん?あっ・・・。そうか、でも、それは・・・」

「サトシには、そう言ったのだけど・・・」

「解った。俺が行ってくる、サトシの部屋か?」

「うん」

 ユウキは、集まっている皆に事情を説明して、サトシの部屋に向かった。サトシは、他の者たちと違って、スキルが攻撃に偏っている。

「サトシ!入るぞ!」

「ユウキ!ちょうど良かった、手伝ってくれ」

「マイから、聞いたけど、連れて行くのか?」

「あぁ彼らは、地球に戻りたがっていたからな」

「そうだな」

「なら!ユウキ。手伝ってくれよ。アイテムボックスなら、入るだろう?」

「サトシ。今回は、諦めないか?」

「え?なんで?」

「彼らを故郷に帰したいのは、俺も同じだ」「なら!」

「聞けよ。サトシ。今回は、日本にしか行けない。この意味は解るよな?」

「あ」

「日本の・・・。正確に言えば、静岡の片田舎だ。お前が連れていきたい(勇者)たちの故郷じゃないよな?それに、俺たちは、地球ではなんの(権力)もない。だから、1年待ってくれ・・・。しっかりと認めさせる。俺が約束する。だから・・・。頼む。サトシ・・・。皆を、連れていきたいのは、お前だけじゃない・・・」

 ユウキの頬を一筋の涙が流れる。
 サトシが手に持っているのは、サトシとユウキとマイとヒナとレイヤが妹のように可愛がっていた2歳年下の女の子が死ぬ時に着ていた服だ。同じ召喚勇者の日本人に犯されて殺された。

「ユウキ・・・」

 ユウキは、荷物を持っているサトシの手の上に、自分の手を重ねる。

「それに、母さんと父さんにも会えない。会うのなら、ヒナとレイヤと一緒でないと駄目だ。皆で、母さんと父さんに謝ろう。サトシ!サトシ!」

「そうだな・・・。ユウキ。ありがとう。俺は、大事なことを忘れるところだった」

「いつものことだ。サトシ。皆が待っている。戻ろう」

「・・・。あぁ」

 サトシとユウキは、部屋を出て皆が待っている庭に向かった。
 庭では、マイとセシリアが、皆に指示を出しながら、庭を加工していた。

「ん?マイ?何をしている?」

「ん。サトシ。よかった。ありがとう。ユウキ」

「それは、いいのだけど・・・。本当に、何を作っている?」

「見て、わからない?」

「わからないから聞いているのだが?」

「うーん。雰囲気が大事だと思わない?」

 マイたちが作っているのは、魔法陣が生成される場所を石で彩っている。ストーンヘッジを小さくしたような感じで、エリクが言い出した。

「それで、完成なのか?」

「うん。あとは、レイヤとエリクが作る。私たちは、地球に行こう。あっ、ヒナが少しだけ日本円を持っていたから、ジュースとかお土産にしよう」

「いいけど、どこで買う?自販機は高いぞ?」

「うーん。しょうがないよね。ジャスコに行ければ・・・。ダメだよね」

「そうだな」

「それなら、今回は諦めようかな・・・」

「流石に、皆の分を買える予算は無いだろう?」

「そうだね。一口だけかな?」

「それなら、俺たちの作戦が動き始めてから、買って送るよ」

「わかった。マンガや雑誌もお願いね。あと、書籍もね」

「解っているよ」

「その時には、ユウキが持ってきてね」

「わかった。わかった。そろそろ、日本に向かうぞ!」

”おぉ!!”

 残留組の14人が作ったストーンヘッジのような場所に集まる。外側には、帰還組が居る。その近くには心配そうな表情をした、国王と将軍とセシリアが見守っている。
 ユウキが、中心に立ってスキルを発動させる。魔法陣が、ストーンヘッジのような場所に広がる。

「ユウキ!戻ってくる時間は?」

「設定しない。1-2時間だと思ってくれ!」

「わかった。行って来い!」

 レイアの声が響いたと同時に、魔法陣が光りだして、ユウキたちを光が包み込む。
 そして、ゆっくりと光が消えると、そこには、誰も立っていなかった。

「ふぅ・・・」

 ユウキは、前回と同じ浜石岳のキャンプ場に転移した。

 周りを見回すと、全員が揃っている。

(魔力は大丈夫だな。すぐの発動は無理だけど、ポーションを飲めば回復できる量だ)

「ユウキ!大丈夫?」

「マイ?すごく、可愛くなって・・・」

「ユウキには言われたくない!それよりも、魔力は大丈夫?14人、全員はきつかった?」

「大丈夫だ。魔力は3/5程度消費したから、全員は無理だな。14人が限界だと思う」

「そう・・・。どのくらいで回復しそう?」

「予想通り、1時間ってところだな」

「え?」

 よこから、テレーザが割り込んでくる。

「ユウキの魔力って、大台を越えていたよね?」

「あぁ100万を越えている」

「ということは、60万も使ったの?」

「そうだな」

「それが一時間?”魔の森”でも、8時間程度は必要だよね?」

「ん。あぁ俺は、魔力の変換が早いようで、”魔の森”では3-4時間だと思うぞ?」

「それでも、地球は3-4倍ってことにならないか?それとも、この場所はパワースポットなの?富士山(ふりやま)は古くから日本人のパワースポットだと聞いたぞ?」

「富士山に関しては、そうだけど、ここは富士山とは違う。龍脈が通っているかもしれないけど、それこそ調べて検証をしても、わからない。多分、ここは普通のキャンプ場だと思うぞ」

「そう・・・。サトシには、聞いても無駄だろうけど、マイ?」

「知らないわよ。そもそも、龍脈かどうかなら、私じゃなくて、ニコレッタかレオンの方が得意でしょ?」

 ユウキとマイとテレーザが二人を見るが、二人とも首を横に振る。

「ユウキ。龍脈の下では無いが、龍脈に近い感じはする。近くを通っているような感じだ」

「え?あっ・・・。ユウキ!久能山東照宮と富士山と日光東照宮!」

 マイは、遠足で行った久能山東照宮に向かうロープウェイの中で聞く話を思い出して、ニコレッタとレオンに話をする。

「徳川将軍が、龍脈を知っていたかわからないけど、富士山には”なに”かが、あるのだろう」

「あぁ全部が終わったら、富士山の周辺を調べよう。それにしても・・・。サトシ、お前・・・」

 皆の視線が、サトシに集中する。

「あ?」

「サトシ・・・。マイの話を聞いていたのか?」

「何を?」

自動(オート)調整(アジャスト)機能が付いた服を着ていくように言われただろう?」

「あ・・・」

 サトシは、連れて帰ることを考えていて、マイの話をすっかり、完全に、忘れていた。そして、いつもの服装で来てしまって、体が縮んだ。結果、ズボンはずれ落ちて、上着が大きかったために下着姿にはならなかったが、手で抑えていなければパンツもずれ落ちてくる。

「しょうがないわね」

 マイは、少しだけ嬉しそうな表情を見せる。

(久しぶりに見る表情だ)

 ユウキは、マイの表情が、昔からサトシの世話を焼くときの表情だと知っている。召喚される前から、マイはサトシのことが好きだった。

 近くにあるトイレまでサトシを連れて行くマイを皆が”生暖かい目線”で見送る。どうせ、マイのことだから、サトシの服装を見て、自動調整がかかっていないことくらいは見抜いていたいだろう。マイのアイテムボックスの中身は、仲間内でも不思議の宝庫と言われている。サトシに関係する物が次から次へと出てくる。サトシの中学時代に着ていた服くらいなら入っていても不思議ではない。もしかしたら、召喚された時の服が入っているかもしれない。
 ”乙女の秘密”と言っているが、そんな言葉で片付けられない。マイのアイテムボックスの中身を知っているのは、セシリアとヒナだけだ。それ以外の者には、教えられていない。

 マイとサトシを見送った一行は、ユウキを見る。

「どうした?」

「どうしたではない。この場所は、日本なのだろう?」

「そうだな。日本の静岡県だ」

「ユウキ。時々、サトシと同じで、ポンコツになるよな?」

「ん?あぁそうか、俺の魔力が溜まるまでの暇潰しか?」

「簡単に言えばそうだな」

「でも、夕方になっているから・・・。ここには、誰も来ないとは思うけど・・・。町には行けないな。俺たちの速度で、5分ほど降りれば、自販機はあるけど、種類は少ないぞ」

「おぉ!日本の自販機!」

「あっ・・・。ロミル。悪い。期待しているような物じゃないぞ?」

「え?」

 フィファーナに居る時にも、日本の変態的な自動販売機の話になったが、ユウキもサトシもマイもレイヤもヒナも、標準な物しか知らなかった。都会(東京)に行けばあるかもしれないが、田舎育ちの5人にはわからなかった。他の、勇者から聞いた話として、ロミルがユウキに聞いて判明したことだ。

「でも、ユウキ!お金を入れれば、夜中でも商品が出てくるのだろう?偽物じゃなくて?冷たい飲み物は、冷たくて、温かい飲み物は、温かくなっているのだろう?」

「あぁそうだな」

 キラキラした目で、ロミルはユウキに近づいてきた。ロミルのイェデアを見るが、”やれやれ”という雰囲気を出すだけだ。

「わかった。わかった。皆で行くのは、無理だぞ?目立ってしまうからな」

「ユウキ。俺たちは、ここで、サトシとマイを待ちながら、スキルの検証をしている」

 オリビアが、ロミルを見ながらユウキに提案をする。ロミルとイェデア以外にもユウキに付いていきたいと思っていたが、サトシとマイが心配なのも本当だ。皆も、スキルが実際に使えるのか気になっている。

「おぉ。転移だけは注意してくれよ。どんな影響が出るかわからないからな」

「わかった」

「ロミル。イェデア。どうする?マイから預かったのは、500円くらいだから、自販機でジュースくらいなら買えるぞ?」

「買うのは、今度でいい。俺は、日本の自販機を見たい!」

「わかった。それじゃ、行くか?そうだ、イェデアは、認識阻害が出来たよな?」

「できるよ?使う?」

「頼む。スキルを持たない人間にも、スキルが通用するかわからないけど・・・」

「わかった」

 ユウキとロミルとイェデアは、認識阻害を使った状態で、移動を開始した。
 スキルが、通用しているのか判断は出来なかったが、機械には通用しないことがわかった。自販機の前に移動した3人だったが、自販機は、明るくなった。誰かが近くづいた時の反応だ。

「ユウキ。俺たちに反応したのだよな?」

「そうだな」

「もしかしたら、認識阻害では機械は”騙せない”かもな」

「そうだな。そうなると、監視カメラもダメかもしれないな」

「うーん。でも、ユウキ。スマホのカメラは認識阻害では騙せたよ?」

「うーん。地球に居る時には、ダメなのかもしれないな」

 人にスキルが通用するかどかは、後日になるが、自販機はごまかせなかった。

 ユウキたちは、皆がスキルを検証している場所に戻った。

 スキルの状況は、マイがまとめていた。
 攻撃性のスキルは、サトシが的になって確認していた。聖剣使いの無駄使いだが、サトシが的になるのが、周りの影響を抑える方法なので、しょうがない。

「それで?」

「うん。超級とかは確かめていないけど、攻撃性のスキルは使える。攻撃力も、サトシが言うには、フィファーナよりも強くなっている」

「どのくらい?」

「サトシの言い方では、フィファーナでは”ズバン!”が、地球だと”ズドーン”になるらしい」

「マイ。翻訳を頼む」

「私にもわからないわよ。ディドが言うには、スキルの効率が2-3割上がっているらしいわよ」

「2-3割ってかなりだよな」

「そうね。それで、魔力の吸収なのでけど・・・。ユウキが言っていた通り、2-3割だけど、効率よくなっているわね」

「そうか、地球の方が、効率がいいのは、わかったけど・・・。理由がわからないのは気持ちが悪いな・・・。でも、これからのことを考えると、悪い事ではないな」

「えぇそうだね。でも、この浜石岳という場所だからという可能性は残るけどね」

「それは、帰還組が調べるよ。助かったよ」

「いいえ。それよりも、どう?」

「そうだな。今の感じだと、時空転移は発動するけど、余裕を持って、あと10分程度は欲しいかな」

「そう・・・。ユウキ。私・・・」

「いいよ。仏舎利塔だろう?行ってこいよ。サトシは、俺が見ているよ」

「ありがとう」

「ユウキ?マイは?」

「・・・。あぁそうか、サトシは、知らないのだったな。すぐに戻ってくるだろうから、マイに聞けよ。俺からは、それしか言えない」

「・・・。わかった・・・」

 サトシは、口では解ったと言っているが、納得していないのは表情を見れば解る。

「はぁ・・・。あとで、マイに聞けよ」

「あぁ」

「マイが、俺たちとは違うのは理解しているよな?」

「あぁ」

 サトシもユウキも片親だったが、サトシは親が病死して施設に入った。ユウキは、親が事故死して施設に入った。
 マイは、両親が揃って事件に巻き込まれる形で亡くなった。当時、マイが住んでいた家の近くにある一家に預けられることが多かった。その一家も事件に巻き込まれて、一人を残して亡くなってしまっている。一緒に遊んだことがある、年上の女の子が行方不明のままだったが、遺体で見つかったのが、浜石岳の山頂にある仏舎利塔の近くなのだ。

「そうか・・・」

「サトシ!」

「俺も、挨拶を・・・。ダメか?」

「時期が来れば、マイが誘ってくれるだろう。それまで待て!まだ、マイの中で消化出来ていないのだろう。いいか、サトシ。素直なのはお前の美点だけど、相手にそれをぶつけるな」

「・・・。わかった」

 ユウキは、サトシにマイの話をするのは初めてだが、サトシの性格に対する注意をするのは初めてではない。
 サトシは、口では”わかった”と言っているが、どこか釈然としていない。特に、今回のように”悪いことではない”場合にもユウキに止められる。ユウキとサトシは、ほぼ同時に施設に引き取られた。サトシは、親類も縁者も居ないと判断された。ユウキは、縁者は居るらしいのだが、養育を拒否された状況だ。詳しい話は、二人は知らない。しかし、サトシもユウキも、これで良かったと思っている。ユウキは、母親を知っている。サトシは、父親を知っている。

「ユウキ!サトシ!」

「ディド。どうした?」

「フェリアのスキルの発動だけど、見てもらっていいか?」

「わかった」

 サトシは、自分も呼ばれているが、ユウキが先に答えてしまったので、後からついていく形になった。

 ディドとフェリアは、後方支援が得意な者だ。

「どうした?」

「あっユウキ!スキルの発動は大丈夫だけど、効果が異常なの!」

「異常?」

「ユウキ。私のスキルは覚えている?」

「あぁ魔物や動物や昆虫を一時的に使役状態にするのだよな?」

「うん。テイマーと違って、使役状態を維持出来ないけど、数は無制限にできる」

「あぁ使役状態の維持に魔力を使うのだよな?それで?何が、異常だと思ったのだ?」

「見てもらったほうが早いよ」

 フェリアの足元には、数百匹のアリが固まっていた。

「あっフェリアは、全部のアリを使役状態にしたのか?確かにすごいな」

「違うの・・・。ユウキ。私は、一匹を使役状態にしただけなの・・・」

「え?ディド。どういうことだ?」

 ディドは、鑑定や探索系のスキルを複数所持している。

「俺が見ても、たしかに全部が使役状態になっている。フェリアと魔力の繋がりがある」

 ユウキは、ディドから視線をフェリアに戻した。

「フェリア。魔力はどうだ?1匹分か?」

「それがよくわからないの・・・。最初に使役状態にしたときには、”アリ”を使役したことは無いけど、フィファーナの昆虫よりは多くの魔力が必要だったけど、使役状態になってからは・・・」

「減っていないのか?」

「そう、回復の方が早いみたいで・・・。でも、たしかに、最初は一気に持っていかれたよ?」

「フェリア。全部が使役状態なことは、間違いではないのか?何か、指示を出してみてくれ」

「わかった」

 フェリアが、ユウキに背中を見せる状態で、しゃがんだ。必要がない行為なのだが、フェリアは”使役状態”にある者たちを見ながら実行したほうが、指示が伝わりやすいと考えている。座って、固まっている”アリ”に隊列を作って、10メートルほど離れろと指示を出す。言葉に出す必要は無いのだが、ユウキや周りで見ている仲間たちに、解るようにフェリアは指示を声に出した。

 ”アリ”たちは、フェリアの指示に従って、団子状態から10列(フェリアのイメージ)の隊列になって10メートル(フェリア的な距離)の場所で停まった。

「すごいな。ディド!」

「魔力は、1%未満だが減ってから、すぐに回復した」

「魔力が回復するのは、他のスキルでも同じことが発生しているよな?」

 状況を見ていた他の者も、ユウキの話にうなずいている。スキルを使うときに、威力が増すのは、確認されている。消費魔力は、スキルで違うことも解っている。魔力の回復も、地球のほうが早いのも確認された事象だ。

「あぁユウキの報告通りだ。皆の感覚だけで、検証は出来ていないが、間違いはないだろう」

「そうか・・・。そうなると、使役状態なのは、状況を見れば納得できる。問題は、数だな」

「フェリア。個別、指示、出せる?」

 ディドの後ろで話を聞いていた、テレーザが割り込んできた。皆の視線が集中すると、ディドの後ろにまた隠れてしまった。

「そうか!テレーザ。ありがとう!」

 ユウキは、テレーザが気になっている内容が、この現象の解明に役立つと考えた。

「フェリア。”アリ”に個別で、指示を出せるか?」

「できそうだよ?」

「使役は、意思も関係するよな?」

「うん。無理な指示には従わないよ?」

「それなら、”アリ”に、最初に使役状態になった”個体”だけに指示を出せるか?」

「うーん。やってみる」

 今度は、声に出さないで、指示を出す。
 しかし、何度実行しても、”個体”への指示は成功しなかった。

「ユウキ。ダメみたい」

「そうか・・・。そうなると、”アリ”だけに適用される状況なのかわからないけど、全体で使役しているのだろう」

 検証は、ここまでにした。
 フィファーナの昆虫と地球の昆虫の違いだと考えることにした。

 スキルの検証を続けようか、ユウキたちが悩んでいると、仏舎利塔に行っていた、マイが戻ってきた。

「マイ!」

 気がついて、サトシがマイに駆け寄る。

「ゴメン。みんな」

 マイは、皆に頭を下げるが、皆は気にするなとマイの行動を容認する。皆がそれぞれ事情を抱えている。

「それで、スキルの検証は?」

「一通りは、終わったと思う。あとは、まとめる作業だけど、それは、帰ってからでいいだろう?」

「そうね。それに、追加で検証が必要になったら、ユウキに連れてきてもらえば、いいよね?」

「そうだな。将軍の話や、状況的に俺はフィファーナと地球を往復する必要がありそうだからな」

「うん。うん。サトシの世話もあるよ?」

「それは、マイとセシリアに任せる」

 マイとユウキのやり取りは、いつもと変わらない。
 二人の話を聞いて、笑い声が聞こえる。

「さて、俺の魔力も溜まったし、帰るか?」

 ユウキは、周りを見回して確認する。
 ”否”と考えている者は一人も居ない。

 ユウキはスキルを発動する。
 こちらで流れた時間と、フィファーナで流れた時間を同一にする。発動時のイメージに追加したのだが、うまく作用するか不明だったが、スキルはしっかりと発動した。

 魔法陣が浮かび上がった。帰還組が、地球を懐かしむよりも、フィファーナに帰りたいと思っているのか、魔法陣に集まる。

「いくぞ!」

 ユウキの掛け声に反応する。

 帰還組は、地球に2時間10分ほど滞在して、フィファーナに戻った。
 姿は、ユウキと同じように、7年前の姿になっていた。

「おかえりなさい。ユウキ様。皆さま」

 魔法陣の光が消えて、周りがわかったユウキたちの前には、笑顔のセシリアが居た。セシリアは、ユウキたちが”戻ってくる”のは疑っていなかった。だが、やはり”心配”になってしまう気持ちを抑えられなかった。2時間という時間が近づいてから、庭が見える場所で待機していた。ユウキたちが帰ってきて、最初に出迎えようと思っていたからだ。

 セシリアの声と笑顔を見て、ユウキたちも”フィファーナ”が帰るべき場所だと認識した。

 残留組が地球で行った検証結果を聞いて、帰還組もスキルの検証を行ってから、今後の作戦を考えることになった。
 特に、アリスのスキルは、フィファーナの防衛に関わってくる部分だ。

 まずは、アリスとエリクをだけを連れて、地球に行くことになった。
 3人だけなら、すぐに戻ってこられると考えたからだ。残留組で、港に転移できる者が、アリスの眷属を見守る。

 アリスが、地球に戻ったことで、解除されないか調べるためだ。

「アリス。エリク。準備はいいか?」

 二人は、自動調整が付与された服に着替えた。サトシの話を聞いて、必須だと考えたのだ。

「それじゃ、頼むな」「よろしくね!」

「任せろ!”いざ”となったら、俺が止める」

「サトシ!僕の可愛い子たちを殺さないでよ!マイ。お願いね」

「解っているよ。アリス。先に、命令を出しておいてくれると嬉しいかな」

「どんな命令?」

「沖にある島に移動させておいて、そうしたら、港への被害は軽減できるでしょ?」

「そうだね・・・。出した。指示に従って、移動を開始したよ。転移の許可も出したから、すぐに移動できると思う」

「わかった。ありがとう」

「ユウキ。もう大丈夫!」

 マイと話をしていた、アリスがエリクとユウキの所に戻ってきた。

「すぐに戻ってくる。待っていてくれ」

 ユウキが、スキルを発動する。
 14人ではなく、2人だけなので、魔力の消費は少ないと考えていた。

 魔法陣の光が収まったフィファーナは緊張に包まれていた。

「アリスの眷属は!」

 サトシの言葉で、確認が行われたが、港に向かう者。沖の小島に向かう者が一斉に行動を開始した。

『確認してくる!』

 ユウキがいたら、解っていたのなら、”先に動けよ”とツッコミを入れる所だが、皆が動き出したのを見て、サトシは安堵の表情を浮かべた。セシリアは、そんなサトシを見ているだけだ。注意しなくても、周りがサポートを行えばよいと考えている。

 ユウキは、すぐに戻ってくると言っていたが、すぐには戻ってこない。
 魔法陣の光が消えた場所を、サトシとセシリアは見つめていた。

 1分後に、確認に行っていた皆が戻ってきた。

「港は、なんの問題もなかった。フェンリルが居たけど、おとなしい状態で、紋は消えていなかった。俺のことも覚えていた」

「小島も問題はなかった」

 問題はないという報告を聞いて、セシリアがホッとした表情を浮かべた。
 テイムのスキルは、テイムした者が死んだ場合に、紋が消えて眷属状態が解消される。

 ”死”は解るのだが、”転移”それも地球に移動してしまって、魔力的な繋がりが維持できるのかわからなかった。ユウキの検証や、残留組の検証でも、”念話”のスキルが繋がらないのは確認されている。
 ユウキたちは、”念話”が繋がらない理由を、魔力の繋がりが途絶えたからだと考えたのだ。

 テイムも、魔力的な繋がりを基礎として、眷属と繋がりを持つ。
 今回の検証で、もっとも大事な検証だと言っても良かった。そして、検証の結果によっては、根本部分の練り直しが必要になってしまう所だった。

 報告が集まった時に、庭に魔法陣が現れた。
 ユウキたちが帰ってきたのだ。

「マイ!」

 魔法陣の光が消えて、アリスがマイに駆け寄った。サトシではなく、マイがまとめていると思ったからだ。

「大丈夫だよ。アリスの友達は、皆、いい子にしていたわよ」

「よかった・・・」

「それで、アリス。地球でも、繋がりは保てたの?」

「うん。でも、いつも見たいに、意思が感じられるとは違って、繋がりを認識できるって感じだった。でも・・・」

「でも?」

「なんか、途中で強く感じられる時が有ったの・・・。だから、ユウキとエリクに言って、帰ってくるのを少しだけ待ってもらった」

「それで?」

「うん。慌てている感じだけが解った。けど、すぐに落ち着いて、繋がりが強くなった」

「そう・・・。ユウキ?」

 ユウキは、アリスが繋がりを維持出来た理由を考えていたのだが、繋がりを維持しているが、指示が投げられなかった。アリスに状況を聞きながら、地球で試してみたが、状況は改善しなかったが、帰ろうと思った瞬間に繋がりが強くなったと報告があった。
 理由は不明なのだが、アリスの眷属の下に、仲間たちが駆けつけたことが原因だと考えられる。暴走しなかったことで、”よかった”と手放しで喜べる状況ではない。

「マイ。眷属たちの様子は?」

「何も?いつもどおりだったらしいよ?」

「そうか、マイ。悪いけど、アリスを連れて、眷属を回ってもらえるか?」

「わかった。アリス。行こう!」

 マイに連れられて、アリスが転移していった。

「ユウキ?」

「あぁすまん。エリク。エリクに聞きたいことがあった」

「なんだ?」

 横から見ているセシリアは少しだけ不謹慎にも笑ってしまいそうになるのをこらえていた。
 7-8歳ほど年上だった者たちが、大人だった時の口調で”子供の姿”になった今でも難しい話や、真面目な話をしている。不思議な感覚になっている。今までは、大人たちが難しい顔をして話し込んでいた。そのために、輪に入るのを躊躇っていた。勇者の称号を持っていなくても、大人たちの会話に幼い自分が入っていいのかわからなかった。サトシやマイだけなく、ユウキも気にしないから、”意見が有るのなら話して欲しい”と言ってくれた。戸惑いながらも、会議に参加していた。
 しかし、今のユウキたちは自分と同世代の姿をしている。真面目な表情で、前と同じような話しをしていても、どこか背伸びをしている雰囲気が漂ってくる。

「どうした?セシリア?何かあるのか?」

「え?なんでもありません。ユウキ様。実際に、旅立つのは?」

「そうだな。予定と作戦を少しだけ変更したい」

「え?」

向こう(地球)こちら(フィファーナ)でスキルに違いが有りそうで、しっかりと検証をした方が良さそうだ。それに、一度、皆で戻った方が、インパクトが大きそうだ」

「・・・」

「そうなると・・・。あぁ心配しなくていい。帰還組は、長くても10日くらいだろう」

「わかりました。連絡が出来ないのが辛いですね」

「そうだな。今後のこともあるから、連絡の方法は何か考えたいのも、皆で地球に行く理由でもある」

「え?方法がありそうなのですか?」

「わからないけど、アリスの眷属が魔力の繋がりが切れなかったから、なにか方法があると思っている」

「そうなのですか・・・。出来たら、すごく嬉しいですね」

「そうだな。俺たちも安心できる。今度は、俺が毎日・・・。帰ってこようと思っている」

「ユウキ様の負担では?」

「大丈夫だと思う。それに、皆も、こちらの情報が欲しいと言い出すだろう」

「そうだと・・・。嬉しいです」

「セシリア。俺たちは、レナートを故郷だと思っている。それに、父や母になる人たちも居る。それこそ、大切な人も居るのだぞ?」

「え?あっ・・・。ありがとうございます」

「よし。セシリア。サトシが騒ぎ出す前に戻るぞ。これからのことを考える必要がある」

「はい!ユウキ様」

 先を歩いているユウキの後ろを、セシリアは背中を見ながらついていく、初めてユウキたちに会った時には、セシリアはユウキたちが怖かった。
 漠然とした恐怖を感じていた。流れ着いたユウキたちを、国王や将軍は歓迎した。しかし、一部の連合国に買収されていた貴族たちが、ユウキたちを売って連合国に取り入ろうとした。そのために、ユウキたちは気の休まる時間がなかった。

 ”ここ”でも同じなのかと、ユウキたちは、半ば諦めていた。
 しかし、国王や将軍や国王派の貴族たちが、ユウキたちを守る動きをした。ユウキたちは、守られることに慣れていなかった。しかし、守られていることが解ると、今度は国王や将軍に協力する形で、連合国派閥の貴族を駆逐し始めた。
 穏やかな空気が流れるようになったレナート王国で、初めてセシリアはユウキたちが同じ人間だと認識した。友を無くして、涙を流す。怪我を追った仲間を治すために、情報を集める。家族を失った民衆と共に、涙を流す。
 そして、沈んだ皆を鼓舞するサトシに惹かれた。サトシが、セシリアに最初に優しい声をかけたからという単純な理由だったのだが、王女として育ったセシリアには、自分から見て大人のサトシが、自分に向って”タメ口”で話しかけてくれたのは、惚れるには十分な理由だった。

 ユウキたちは、レナート王国の各地を回る者と、ユウキと一緒に地球に行って、スキルの検証を行う者に分かれた。

 皆も、スキルの検証には前向きだ。地球とレナートで連絡が取れる可能性が出てきたからだ。
 特に、残留組が積極的だ。偶然なのか、スキルの構成が残留組と帰還組に分散している。ユウキが帰還組なのを、残留組が気にしている(主にサトシ対策として・・・)。セシリアとマイからも、ユウキとの連絡方法の確立だけはお願いされていた。

 地球とフィファーナとのスキルを使った連絡は出来なかった。
 アリスが認識できる魔力の繋がりも、”繋がっている”だけを認識できるだけど、意思を伝えたり、意思を受け取ったり、連絡は出来なかった。

「ユウキ。どうする?」

「あ?あぁそうだな。サトシも何か考えてくれよ」

「俺が?そういうのを苦手なのは知っているだろう?」

「知っているが、サトシ。お前は、セシリアと結婚して、”国王”になる。苦手だから、”考えない”では、誰もお前に相談しなくなるぞ?」

「・・・。ユウキ?」

「俺か?俺は、地球での用事が終わったら、戻ってくる。でも、その後は、まだ決めていない」

「え?」

「この世界を回ってもいいだろうな。行っていない場所も多いからな」

「・・・」

「今は、無理でもいい。でも、でもな!サトシ。諦めるな。間違っても、大丈夫だ。マイも居る。セシリアも居る。今なら、陛下もボケるまでには時間がある。今のうちに学んでおけ」

「あぁ・・・。わかった」

 サトシが考え始めたが、ユウキは、サトシが何かを言い出す前に、マイを手招きしてサトシを頼んだ。

「セシリア」

「はい。ユウキ様」

「どうやら、念話を使った連絡は難しそうだ。即時の連絡は無理だと考えてくれ」

「はい。残念です」

 セシリアは、少しだけだが検証がうまく行って、何かしらの方法で、”念話”が繋がることを期待していた。

「そこで、取り決めをしておきたい」

「取り決め?」

「あぁ地球も、フィファーナと同じで、7日で一括になっている。フィファーナで言う。光の日が、日曜日と呼ばれている」

「はい?」

「その日曜日の、午前中・・・。レナートだと、2つ目の鐘が鳴った、後に魔法陣の中に有るものを受け取る。俺たち(帰還組)から、何か有るときにも、同じように転移する」

「よろしいのですか?」

「あぁ今の所、それしか方法が無いからな。帰還組同士なら、念話が使えるし、転移もできる。連絡は取れる。レナート側からの緊急対応が無理なのは、諦めてくれ、7日間隔で連絡が取れるようにはする。そのときに、緊急性が有るようなら、俺を呼び出してくれ」

「わかりました。ありがとうございます。十分です」

 セシリアとしは、十分な間隔だ。サトシたち(残留組)が居る状態で、7日間も持ちこたえられない状況は考えにくい。それに、将軍たちも鍛錬を繰り返している。相手が、魔王や勇者たちでなければ負けない。

 ユウキたちは、陛下や将軍と詳細な取り決めを行った。結果、ユウキの提案をブラッシュアップしたか形で落ち着いた。

 そして、検証の結果、面白いことがいくつか判明した。セシリアが抱きかかえている”猫”だ。将軍が連れているのは、”犬”だ。

「ユウキ様。猫という動物は、地球は沢山いるのですか?」

「あぁ犬も猫も・・・」

 フィファーナには、ファンタジー世界では定番の獣人族は存在しない。亜人族として、魔物や動物の因子を取り込んだ種族は存在するが、ファンタジー世界でよく居るような猫人族や犬人族は存在しない。

 検証の過程で、フィファーナの魔物を地球に連れて行った。結果は、地球でも生きられた。それ以上の検証はしていない。
 地球から、野良猫を連れて帰ってきたら、魔物化してしまった。同様に、野良犬も魔物化したが、元々の性質が穏やかなのか、テイマーのスキルを持っていない者でも、テイムしたのと同じような状況になった。
 それで、猫はセシリアが、犬は将軍がテイム状態にして、飼うことになった。マイやサトシの残留組もペット枠として猫や犬だけではなく、他の動物を地球から連れてくることを望んだ。すぐには出来ないが、確保して送ることに決まった。
 魔物化の影響がはっきりとしない為に、大量に確保して置くのは”止めておこう”と決められた。地球での基盤が出来たら、ユウキが日本の保護猫や保護犬をレナートに送る道筋を作るつもりで居る。殺処分されるのなら、レナートで第二の人生を歩ませたいと考えているのだ。

「ユウキ。それで、”いつ”旅立つ?」

「予定では、3日後です」

「そうか、送別会は開かないぞ?」

「長めの旅行に行くだけです。帰ってきます。ここは、俺たちの”家”です」

「ユウキ様。残留される人たちも、一度、行かれるのですよね?」

「はい。向こうでの、デモンストレーションが終わったら、帰ってきます」

「わかりました。予定では、1ヶ月くらいと聞きましたが?」

「そうですね。10日程度は、各地を転々とする予定です。その後、各国で、異世界の話をするつもりです」

「わかりました」

「その間、ユウキ様が、毎日のように戻られるのですよね?」

「そのつもりです。向こうの夜の時間に、こちらに来ます。どの程度の時間かわかりませんが、こちらには10分か15分程度の滞在になると考えてください」

「十分です」

「ユウキ!」

「はい。陛下?」

「・・・。いや、なんでもない。気をつけて行って来い」

「もちろんです。怪我や病気の時には、レナートに戻ってきます」

「ん?そうなのか?」

「はい。皆と話したのですが、俺たちが持つ、スキルの中で問題になりそうなのが、アイテムボックスとヒール系と転移のスキルです」

「そう言っていたな。確かに、転移は珍しいが、防ぐ方法が・・・。そうか、お主たちの故郷にはスキルがなかったのだ」

「はい。防ぐ方法を提供しても、俺たちが疑われるのは間違いありません」

「そうだな。アイテムボックスやヒール系のスキルも代替えが無いのか?」

「スキルの代替えができるのは、念話くらいです。他は、ほぼ無いと考えてください」

「そうか・・・」

 ユウキたちが心配したスキルは、それだけではないが、アイテムボックスは、”袋の内容量が大きくなる”と偽装することにして、ヒール系は”隠匿”することになった。転移も、”決められた場所”以外には行けないと偽装することにした。
 フィファーナにつれていくことも可能だが、300人以上の者たちを、召喚して、生き残ったのは”29名”だと宣言する。
 事実としては間違っているのだが、転移の成功する可能性が10%で、こちらに帰ってきて、生き残れるとも限らないと錯覚させることに決まった。

 29名で、地球に帰るが、その後で14名はレナート王国に帰る。
 この”帰る”行為を、地球の(権力者)たちに、”死んだ”と錯覚させるのだ。

 これらの道筋が考えられたのだが、権力者たちの出方が正直な所、わからない。ユウキたちが、地球に居た時間よりも、フィファーナで過ごした時間は濃密過ぎて、フィファーナの権力者の考えに染まりすぎていた。

「はい。わからないことが多いので、臨機応変と言えば聞こえはいいのですが・・・」

「ユウキたちなら、大丈夫だろう。儂たちも相談に乗ろう。権力者の考えは、儂たちの方が理解できる可能性がある」

「ありがとうございます。少しだけ不安ですが、宰相や王妃様もいらっしゃいますし、頼らせていただきます」

 ユウキたちは、袋から物を取り出す訓練やスキルをわかりにくくする訓練をしながら、出発に備えた。

 そして、今日の昼にユウキたち29名は、地球に帰還する。

 一度に転移すると、ユウキに負担がかかるので、効率がいい3名での転移を14回行うことになっている。

 最初は、ヒナとレイヤとユウキだ。そして・・・。

「セシリア。行ってくる」

「サトシ様。行ってらっしゃい。レナートは大丈夫です。ご安心ください」

「セシリア。行ってくるね。お土産を楽しみにしていてね!」

「はい。マイ様。お話に聞いている、甘味を楽しみにしています!それから、この()のおやつもお願いします」

「わかっている。将軍の()のおもちゃやペット用品も買ってくるよ!」

「はい!お願いします」

「いくぞ!」

 ユウキが、二人に声をかける。

「ユウキ。少しだけ待ってくれ」

「どうした、何か忘れ物か?」

 サトシが、魔法陣の外側に居るセシリアに近づいて、抱きしめた。耳元で、何かを呟いている。サトシが決めたことではなく、マイがして欲しいと思ったことを、サトシにやらせた結果だが、セシリアは喜んでいるので、間違ってはいない。

「ユウキ。ありがとう。陛下。セシリア。行ってくる!」

 ユウキがスキルを発動する。
 魔法陣の光が激しく明滅しだす。外側で、セシリアと国王が何やら言っているが、ユウキたちには聞こえない。

 光が消えるまで、セシリアと国王は、ユウキたちが立っていた場所を見つめていた。

 最後になったが、ユウキとサトシとマイが浜石岳のいつもの場所に転移してきた。

 魔法陣の周りには、先に地球に来ていた勇者たちが待っていた。

 勇者たちは、日本で10日ほど過ごすことにしている。
 世界中で、()()が消えたという報道は、されていない。消えたのが、孤児が中心のために、消えてから3ヶ月程度の時間が経過していても、騒いでいる国は少ない。

「さて、ひとまず10日後に、集まろう。念話はオープンにしておくけど、”時差”を考えてくれよ!」

 ユウキの宣言に、皆がうなずく。
 これから、辛い現実を告げなければならない。その事実は変わらない。しかし、自分たちで決めたことだ。フィファーナで、自分たち以外が死んだと告げなければならない。実際には、何名かの勇者は生きている。しかし、ユウキたちの中では、仲間以外の勇者たちは『”魔物”になってしまった』と考えている。人の心が死んでしまっている。ユウキたちも、敵を殺している。仲間を犯した奴を、感情に任せて殺したこともある。自分たちの手が綺麗だとは思っていない。

 だからこそ、”奴ら”とは違うと思っている。
 ”奴ら”は自らの快楽を優先した。性欲を優先した。捕虜とした人を、犯して殺した。殺したことを、犯したことを、奪ったことを、自慢した。
 ”奴ら”は、獣にも劣る。魔物と同じだ。

 ユウキは、フィファーナのスキルを考えていた。勇者たちは強力なスキルを持つ。これは、召喚されたときに教えられたことだ。そして、勇者たちが持つスキルは、唯一(オンリーワン)の物だと言われている。実際に、29名が、別々のスキルを持っている。汎用スキルと呼ばれる物も存在している。魔法系のスキルや、鑑定やアイテムボックスや転移が、汎用スキルに分類されて、鍛錬や他のスキルを磨くことで得られる。
 人が死んだ場合に、スキルオーブが現れる。そのオーブにも複数の種類が存在している。勇者が持つスキルはオンリーワンで、スキルオーブになっても一回で砕けてしまう。オンリーワンではないスキルは、砕けない。”魔物の王”や直接の眷属も、オンリーワンのスキルを持っていた。今は、ユウキが持っている時空転移のスキルは、”魔物の王”に受け継がれるオンリーワンのスキルだ。似たようなスキルが無いとは思わないが、ユウキたち以外の勇者が使えるとは思えない。

「ユウキ!」

 エリクがユウキを呼び止める。

「エリクとアリス?ドイツには帰らないのか?」

「マザーはもう居ない。墓も無い。だから、アリスと俺は、時が来るまで、馴染みがある日本に居ようと思う」

「そうか、どこかに・・・。そうか、無いから俺に声をかけたのだな」

「さすがは、ユウキだな。サトシでは・・・。それで?」

「正直、俺にもわからない。父さんと母さんなら、二人を気持ちよく迎え入れてくれるとは思うけど・・・」

「大丈夫だ。ダメなら、そのときに考える」

「わかった。ひとまず、ついてきてくれ」

「助かる。アリス!」「うん。ユウキ。ありがと」

 ユウキたちは、すぐには施設には向かわない。
 自分たちが消えてからの日数を確認した。4ヶ月が経過しているのが解った。

「ユウキ。どうする?」

「もう少しだけ情報が欲しいな。それに、移動だけなら、それほど時間はかからないだろう?」

 田舎町だ。
 夜中に移動すれば、人に見られる可能性は低い。夜中に移動して、施設内に潜り込んで、朝になったら、姿を表せばいいと思っていた。

「それで、どうする?学校にでも忍び込むか?」

「辞めておこう。前に、認識阻害を行った状態でも、自販機には見つけられてしまったから、監視カメラには写ってしまうと考えたほうがいいだろう」

「そうか、地球ならではの技術に関しての検証は出来ていないよな」

「あぁ」

「ユウキ。弥生のことは」

「俺が話す。俺が話さなければ・・・」

「わかった」

 サトシは、自分ではうまく説明が出来ない。でも、マイやヒナには・・・。サトシは、ユウキに”甘えている”と自覚している。このままではダメだという気持ちも強い。

「夜になるまで、適当に時間を潰すか?」

「そうだな。レイヤ!ヒナ!どうする?学校に行くか?」

 サトシが言っているのは、自分たちが通っていた学校ではなく、廃校になった、レイヤとヒナが通うはずだった学校だ。

「あ!そうだな。あの学校なら、家にも近いから都合がいい」

「たまには、サトシも、”まし”な提案をするのね」

「そうだろう!って、ヒナ!」

 皆のテンションが少しだけ普段と違っている。
 久しぶりに帰ることへの緊張なのだろう。そして、自分たちだけが帰ってきてしまったことへの負い目もある。

「ヒナ!サトシも、いい加減にして、移動するぞ?」

「ユウキ。転移するのか?」

「いや、山沿いに移動しよう。転移して、学校に誰かが居たら目立ってしまう」

「そうだな」

 エリクの問いかけに、ユウキが明確な返答をする。
 それから、山道を廃校に向けて移動した。ユウキたちから見たら、獣道でもあれば十分な道として認識できる。身体能力を上げるスキルを発動しなくても、地球に居た時の10倍から20倍ていどの速度で移動できる。

「俺たちが、オリンピックに出たら、全部の金メダルを獲得できるな」

「どうかな・・・。技術が居るような競技もあるからな」

「確かに!サトシは、陸上だけだろうな」

「ハハハ。違いない」

 皆が走りながら軽口を叩きあっているが、走っている場所は獣道ですらない場所だ。木々の間を縫って走っている。時速で言えば、3-40キロは出ている。右に左に木々を避けながら、軽口を叩いているのだ。身体能力では、通常の4-50倍だろう。身体能力を上げるスキルを併用すれば、100倍以上にはなるだろう。
 技術を凌駕できる身体能力だと言える。

「オリンピックは無理だろう?ドーピングを・・・。疑われても困らないな」

「だろう。レイヤは、何か出るか?」

「出るなら、サッカーだな。中学3年生の”天才”現れるとか・・・。柄じゃないな」

「意外と似合いそうだけどな。ヒナもそう思うだろう?」

「うーん。無理。レイヤじゃない」

 ヒナが、サトシの妄想を一刀両断する。
 表舞台が似合うのは、やはりサトシだ。皆が同じ気持ちだ。

「一度は、スキルの有用性を示す意味で、デモンストレーションはするけど、それ以降は隠すからな」

「大丈夫だ。ユウキ!それに、見せるスキルの検証も終わっているし、新しく作ったスキルなら大丈夫だろう」

 仲間の一人が持っているスキルが、低級のスキルを生み出す能力だ。
 それを使って、”制限を付けた”スキルを生み出した。一般人の4-5倍程度に力が制限されてしまうスキルだ。それを使えば、”少しだけ”力が強くなった少年や少女となる。魔法に関しては、初級から中級程度だけにしておけば問題はないだろうと結論が出ている。
 本命は、信頼できる人にだけ明かすことにしている。ユウキたちは、施設を仕切っている老夫婦だ。
 ユウキたちに取っては、母親であり、父親だ。本当の両親のように思っている。

「ここか?」

「そうだ」

 山道を、1時間ていど走ってついたのは、学校と言われたら学校だと思える程度の場所だ。
 グラウンドもあるが、使っていないのか荒れている。車が走った痕が残されている。

「ここで、夜中になるまで時間を潰そう」

「ユウキ。夕飯は?」

「持ってきたものを食べようと思っている」

「それなら、河原に行かない?確か、グラウンドの先に、川が流れていわよね?」

「そうか?覚えてない」

「流れているぞ」

 レイヤは、しっかりと覚えていた。
 河原に移動して、焚き火を行うことにした。効果が無いかもしれないが、結界を張っておくことにした。