六章
「柚子! 柚子!」
どれだけ意識を失っていたのだろうか。
玲夜の焦りを感じる声が聞こえてくる。
柚子はゆっくりと目を開けた。
「柚子」
ほっとしたような玲夜の顔が近くにあり、柚子はそっと手を伸ばし頬に触れた。
「ごめんなさい、心配させて」
「いや、大丈夫なのか?」
「うん。平気」
玲夜に抱えられていた柚子は、ゆっくりと身を起こして立ち上がった。
「なにがあったんだ? どうして急に倒れたりして。具合が悪いんじゃないのか?」
矢継ぎ早に質問をしてくる玲夜は未だ心配そうにしている。
そんな玲夜を安心させるようににこりと微笑む。
「本当に大丈夫。少し夢を見てたの。見せられたって方が正しいのかもだけど」
柚子はちょっと困ったように眉を下げた。
「どういうことだ?」
「うーん、私もどこから説明したものか……。でも、上手くいけば透子を助けられるかも」
よく分かっていない様子の玲夜を見上げて柚子は問いかけた。
「玲夜、協力してくれる?」
「柚子がそれを望むなら。けれど、その前にちゃんと説明してくれ」
「僕にもねぇ」
と、横から千夜も入ってくる。
「うん。少し長くなるかもだけど」
場所を本家の家に移した柚子たちは、柚子の話に耳を傾けた。
信じられないと驚きの狭間にいる面々を見る。
けれど、そう感じるのは当然のことだった。
柚子もまだ少し信じられない思いでいるのだから。
中でも、龍の落ち込みようは際立っていた。
『なら、サクはずっと……』
責めているのだろうか。
自分のことを。
あの時力になれなかった自分のことを。
柚子は慰めるように龍をその手で抱きしめた。
「あなたのことを責めてなんていなかった。私が感じたのはあの男への怒りだけ」
『だが……』
「悪いと感じているなら力になってあげたらいいわ。今度こそ彼女の願いが叶うように。安心して眠れるように」
『うむ……。そうだな……』
ぽんぽんと背を叩いてから龍を解放した。
そして千夜に向き直る。
「千夜様、お願いがあります」
「分かってるよ~。ここに入れる許可がほしいんだね」
「はい。桜を移動させることはできないから、ここに連れてくるしかないんです」
「正直胸くそ悪くて仕方ないけど、他に方法がないからね。了解だよ~」
「ありがとうございます」
柚子は正座して丁寧にお辞儀をした。
「頭を上げてよ、柚子ちゃん。あれを放っておいて困るのは鬼龍院も同じだからね。協力は惜しまないよ。なにせ未来の娘のためでもあるんだから」
茶目っ気たっぷりにウィンクする千夜は、こんな時でもいつも態度は通り変わらない。
そのことが余計に柚子を安心させた。
そして玲夜も、変わらぬ強い眼差しに力をもらえる。
大丈夫だ。すべて上手くいくと。
そうこう話をしているうちに外は明るくなり朝になっていた。
玲夜の屋敷に帰る前に本家で朝食を食べていったらいいと言う千夜の言葉に甘えて朝食の席に向かうと、柚子たちが現れたことに素直にびっくりしている沙良がいた。
「おはようございます、沙良様」
「えっ、えっ、柚子ちゃん? 玲夜君も。どうして、どうして?」
「夜中にちょっと用があって来たんだよ~」
「だったら私にも教えてくれればいいのに、千夜君たら」
「ごめんねぇ。まっ、皆揃ったことだし朝ご飯にしようか」
それを合図とするように朝食が運ばれてくる。
「残念だわ。ふたりが来るならもっと豪華な朝食を用意してもらっておいたのに」
「いえ、じゅうぶんです!」
遠慮しているわけでなく、運ばれてきた朝食はじゅうぶんに豪華という言葉が当てはまるものだった。
毎日これなのかと疑問に思ったが、玲夜や千夜の様子を見ている限りでは全然驚いておらず、これが通常仕様なのだと察した。
さすが鬼龍院本家の食事。
毎日が特別待遇だ。
玲夜の屋敷でも食事は料亭かのような朝食が出てくるのだが、ここまでではない。
それはあまり玲夜が食への興味が薄いからというのもあるようだ。
なんでも、柚子が来るまでは仕事中心で食事もそこそこにすませていたと使用人頭から聞いていた。
柚子が住むようになったことで、一緒に食事を取るため、生活改善ができたと大喜びだとか。
特に料理人がやりがいを持って仕事に精が出ると一番喜んでいるらしい。
と、まあ、そんなこんなで沙良が主導権を握った会話は楽しく時間が過ぎ、食事を終えた柚子たちは帰宅の途に着くことにした。