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「高野さん、絶対ひとりじゃ暇だからって、僕らを呼んだんだ」

 赤いオープンカーで通勤する我が校の司書、高野さんの提案にまんまと乗ってしまった僕たちは、夏休みだというのに毎日毎日登校するはめになってしまった。

 学校の決まりで、お盆期間以外は夏休み中も図書室を開けなくてはならないらしい。図書室を利用する生徒はほとんどいない状況にも関わらず、だ。そのため、仕事中に暇を持て余すだろうと予想した高野さんは、勉強会と称して僕らを招集したというわけである。
 超優秀な講師というのは当然のごとく高野さんのことで、だけど実際に教わる場面はほとんどなかった。なぜなら、僕らには超優秀な莉桜というブレーンがいたからだ。

「こら石倉。人聞きの悪いこと言わないの! いいでしょ、仲間たちと図書室で勉強会なんて青春って感じじゃん」

 分厚い小説を読んでいた高野さんは、僕の言葉にフフンと笑う。
 たしかに、たしかにそれはそうなんだ。
 
 胡桃と莉桜がほぼ毎日予備校に行くと聞いたときは、夏休み中に頻繁に会うことを諦めかけたけれど、この勉強会のおかげで今までと変わらず四人で過ごすことができている。胡桃たちはこの時間に予備校の宿題や予習なんかをやっていて、僕と拓実はそれぞれなんらかのテキストを解いていた。

「三人は過去問で、石倉は学年まとめの問題集?」
「一応ね。この状況で、僕だけスマホでゲームするわけにもいかないし」

 高野さんは「意外と律儀だよねー」と笑う。
 律儀かどうかはわからないけど、僕はこの夏休み、ひとつだけ決めていることがあった。それは絶対に、三人の邪魔はしないということ。
 そうなると自然と、やることも集中力もない僕が高野さんと会話するという構図が出来上がる。まさに高野さんの狙い通りというわけだが、仕方ない。

「高野さんってさ、なんで司書になったの?」

 三人とは少し離れた司書席に座る高野さんのもとで、座りっぱなしで凝り固まった体を捻りながら僕は問う。
 この間、三人と将来のことを話したからか、一風変わった司書さんの歴史を聞いてみたくなったのだ。

「んー。なんだろう、とりあえず家業は継ぎたくなかったのよね。じゃあなにやる?ってなったとき、本が好きだから本屋か司書だなーと。それで結果、司書になってた」

 夢も希望もなくて申し訳ないけど、と高野さんは言葉の割には全く申し訳なくなさそうに話す。だけど僕はそれよりも、高野さんの家業というものに興味が湧いた。それを素直に尋ねれば、「旅館」という短い返答だけが返ってきた。

「高野さんは、なんで旅館やりたくないの?」
「なんでって……。なんかさぁ、やりたくなかったのよ。決められたレールを走るのは性に合わないし」
「それだけ?」
「まあ、それだけっちゃそれだけだね。いくらでもかっこよさそうな理由を後付けすることはできるけど、実際そんな複雑な話じゃない。自分の道は自分で決めたかったんだろうね、あの頃のあたしは」
「ご両親は高野さんに継いでほしかったんじゃない?」
「そりゃそうだろうね、あたしひとり娘だし」
「継いであげたらいいのに」
「まあ、あたしの人生だからさ」
「……そっか」

 高野さんの言っていることは、なんとなくわかるような気もした。だけどそれと同時に、なんだか心にしっくり来ないと感じたのも事実だった。