スマホのアラームの無機質な音が、眠りの世界からわたしを強制的に引きずり出す。直前まで見ていた夢の記憶が、あっという間にばらばらになって頭の後ろに砕ける。まだ眠い。五分だけスヌーズして、このまま眠ってしまいたい。まだ身体じゅうに眠気がびっしり詰まっていて、ベッドから這い出したくない。五分だけなら。そう、たったの五分。
スマホに伸ばした手を、思いっきり誰かにはたかれる。
「起きろよ! 花音! 遅刻するぞ!」
どこか楽しそうな声に眠気のせいで重たい身体をむくりと持ち上げると、枕元にシンバがいた。朝が来たことを心から喜んでいるかのように、顔全体が輝いている。
「さっさと起きて支度しろよ! 人間の子どもは、学校ってやつに行くんだろ?」
「うるさいから、朝から騒がないでよ……シンバ。耳がキンキンする」
シンバのはしゃぎ声が寝起きでまだ上手く働かない耳を容赦なくひっかく。小人の声帯って、いったいどうなってるんだろう。身体の割に、声が大きい。
ようやくベッドから身体を起こして、改めて枕元にちょこんと立っているシンバを見やる。まず間違いなく、小人だ。小さい頃童話の中で読んだ小人の姿と、そっくりそのまま。
夕べテーブルで麦茶を一緒に飲み、話したのは、夢じゃなかったんだ。
「花音、夢じゃなかった、って今思ってるだろ?」
「……なんでわかるの」
「顔でわかるよ。残念でしたー! 俺たち小人は、まぎれもなく現実にいるんだぜ! ほら、こんなちっちゃえ身体でもここまでジャンプできる!」
と、ぴょんぴょん、ベッドの上でトランポリンみたく撥ねてみせる。十回ぐらい跳ねたところで、バランスを崩してうぉ、と着地に失敗してお尻をついた。思わずぷ、と笑ってしまう。シンバが露骨に顔をしかめる。
「何笑ってんだよ、花音」
「ううん。話し相手ができて、嬉しいなって思っただけ」
こうして、わたしとシンバたちとの共同生活が始まった。
第三章親友は小人
「目が悪いわけでもないのにコンタクトレンズつけるなんて、人間も馬鹿げたこと考えるもんだよな」
「馬鹿げたことじゃないよ。カラコンつけると、目が大きく見えるんだもん。ほら、ちょっと違うでしょ?」
「まぁ、本当にちょっとだけだけどな。でも学校に行くために、なんで毎日化粧したり髪の毛巻いたり、そんなにおしゃれが必要なんだよ」
「わたしたちのグループでは、メイクも巻き髪も常識だから。すっぴんで学校に行ったら、女が見た目に手抜いちゃ駄目だよ、とか言われる」
「面倒臭いんだな。人間のグループって」
いつもは心の内側に隠してる本当の気持ちを、シンバはずばりと言い当てる。それはちょっとドキリとするけれど、でも共感してくれるのがほんのり嬉しい。
シンバと出会ってから、今日で四日目。わたしたちは朝のひと時や、学校に帰ってから、そして寝る前も、いろんなことを語り合う仲になった。
どうもシンバは初めて喋る人間の女の子に興味を示したようで、学校という場所はどういうところなのか、ここは田舎だけど都会と言われる場所はどんなところなのか、果てはこれから人類はどういう未来を歩むのかまで、いろんなことを知りたがる。わたしには難しい、答えられない質問もあった。でも難しい質問に頭を捻ることすら楽しいほど、わたしとシンバの時間は充実していた。
まだお互いいろいろ知らないことだらけだけど、まるでこれはわたしが自分にも欲しいと望んでいた、親友、と呼べるような関係に近い気がする――。
「ちょっとシンバ、家に帰ってよ。これから着替えるんだから」
「いいじゃん、別に。俺、あっち向いてるから」
「そう言っといて、こっそり振り返ったりするんでしょう」
「何だよ、今さら恥ずかしがるなよ。花音の裸なんて、出会う前から何度も見たから既に知ってるし」
「ばっちり覗いてるじゃない!! シンバのスケベ!」
ち、とシンバは舌打ちをして、すごすごと屋根裏に戻っていく。小人と人間、種族が違うとはいえ、人間の姿をしていて人間の言葉が通じるから、動物のようには思えない。シンバも、それは同じなのかもしれない。
「なぁ花音」
パジャマのボタンを二つ目まで外したところで、斜め上から声が振ってきた。ちょうど押し入れの天袋のところ。そこが、屋根裏への秘密通路に繋がっているらしい。
「帰ったらまた、学校の話聞かせてくれよ。この前花音が言ってた文化祭ってやつとか、すげぇ興味ある」
「いいよ。いくらでも話したげる」
シンバがに、と笑った。笑うとシンバは、猫に似ている。
「じゃ、またな、花音」
「またね、シンバ」
天袋が閉まる音が聞こえる。わたしは着替えを再開する。
こんな非日常な日常が、既に当たり前になりつつあった。
スマホに伸ばした手を、思いっきり誰かにはたかれる。
「起きろよ! 花音! 遅刻するぞ!」
どこか楽しそうな声に眠気のせいで重たい身体をむくりと持ち上げると、枕元にシンバがいた。朝が来たことを心から喜んでいるかのように、顔全体が輝いている。
「さっさと起きて支度しろよ! 人間の子どもは、学校ってやつに行くんだろ?」
「うるさいから、朝から騒がないでよ……シンバ。耳がキンキンする」
シンバのはしゃぎ声が寝起きでまだ上手く働かない耳を容赦なくひっかく。小人の声帯って、いったいどうなってるんだろう。身体の割に、声が大きい。
ようやくベッドから身体を起こして、改めて枕元にちょこんと立っているシンバを見やる。まず間違いなく、小人だ。小さい頃童話の中で読んだ小人の姿と、そっくりそのまま。
夕べテーブルで麦茶を一緒に飲み、話したのは、夢じゃなかったんだ。
「花音、夢じゃなかった、って今思ってるだろ?」
「……なんでわかるの」
「顔でわかるよ。残念でしたー! 俺たち小人は、まぎれもなく現実にいるんだぜ! ほら、こんなちっちゃえ身体でもここまでジャンプできる!」
と、ぴょんぴょん、ベッドの上でトランポリンみたく撥ねてみせる。十回ぐらい跳ねたところで、バランスを崩してうぉ、と着地に失敗してお尻をついた。思わずぷ、と笑ってしまう。シンバが露骨に顔をしかめる。
「何笑ってんだよ、花音」
「ううん。話し相手ができて、嬉しいなって思っただけ」
こうして、わたしとシンバたちとの共同生活が始まった。
第三章親友は小人
「目が悪いわけでもないのにコンタクトレンズつけるなんて、人間も馬鹿げたこと考えるもんだよな」
「馬鹿げたことじゃないよ。カラコンつけると、目が大きく見えるんだもん。ほら、ちょっと違うでしょ?」
「まぁ、本当にちょっとだけだけどな。でも学校に行くために、なんで毎日化粧したり髪の毛巻いたり、そんなにおしゃれが必要なんだよ」
「わたしたちのグループでは、メイクも巻き髪も常識だから。すっぴんで学校に行ったら、女が見た目に手抜いちゃ駄目だよ、とか言われる」
「面倒臭いんだな。人間のグループって」
いつもは心の内側に隠してる本当の気持ちを、シンバはずばりと言い当てる。それはちょっとドキリとするけれど、でも共感してくれるのがほんのり嬉しい。
シンバと出会ってから、今日で四日目。わたしたちは朝のひと時や、学校に帰ってから、そして寝る前も、いろんなことを語り合う仲になった。
どうもシンバは初めて喋る人間の女の子に興味を示したようで、学校という場所はどういうところなのか、ここは田舎だけど都会と言われる場所はどんなところなのか、果てはこれから人類はどういう未来を歩むのかまで、いろんなことを知りたがる。わたしには難しい、答えられない質問もあった。でも難しい質問に頭を捻ることすら楽しいほど、わたしとシンバの時間は充実していた。
まだお互いいろいろ知らないことだらけだけど、まるでこれはわたしが自分にも欲しいと望んでいた、親友、と呼べるような関係に近い気がする――。
「ちょっとシンバ、家に帰ってよ。これから着替えるんだから」
「いいじゃん、別に。俺、あっち向いてるから」
「そう言っといて、こっそり振り返ったりするんでしょう」
「何だよ、今さら恥ずかしがるなよ。花音の裸なんて、出会う前から何度も見たから既に知ってるし」
「ばっちり覗いてるじゃない!! シンバのスケベ!」
ち、とシンバは舌打ちをして、すごすごと屋根裏に戻っていく。小人と人間、種族が違うとはいえ、人間の姿をしていて人間の言葉が通じるから、動物のようには思えない。シンバも、それは同じなのかもしれない。
「なぁ花音」
パジャマのボタンを二つ目まで外したところで、斜め上から声が振ってきた。ちょうど押し入れの天袋のところ。そこが、屋根裏への秘密通路に繋がっているらしい。
「帰ったらまた、学校の話聞かせてくれよ。この前花音が言ってた文化祭ってやつとか、すげぇ興味ある」
「いいよ。いくらでも話したげる」
シンバがに、と笑った。笑うとシンバは、猫に似ている。
「じゃ、またな、花音」
「またね、シンバ」
天袋が閉まる音が聞こえる。わたしは着替えを再開する。
こんな非日常な日常が、既に当たり前になりつつあった。