落ち着いたところで、下の階に向かうことにした。
 追っ手は気になるけど、それはそれとしてデートを楽しまなくちゃ!

 エスカレーターでのんびりとビルの中を降りていく。
 舞香は普段、売り場を見ることが無いらしい。
 きょろきょろして、物珍しそうだ。

「そんなに珍しいんだ?」

「うん。私、百貨店ってあまり好きじゃなかったんだ。だって、商品が並んでるわけでもなくて、ただただあんまり趣味の良くない部屋に通されて、そこにお店の人が商品を持ってくるだけなんだもの。みんなお祖父様やお父様やお母様に愛想笑いして」

 いつの時代の話だ……!

「でも、こういう百貨店なら楽しいね! すごくカラフルで、色々な物が並んでる! ねえ、ちょっと降りて歩いてみてもいい?」

 そうか、むしろ、まともに売り場を見たことがない舞香にとって、普通に店の中を歩くことが新鮮なんだ。

「ちょっと待って。ここ、あとひとつフロアを降りたら予定のコースだから!」

「予定のコース……?」

 不思議そうな舞香だが、エスカレーターが下っていくにつれて、その表情が驚きに染まっていく。

「えっ……嘘……。ここって……」

「そうだよ。おもちゃ売り場だ!」

「おもちゃ……売り場……!!」

 フロアに立つと、舞香が我慢できない、という風にふらふらと進み出た。

「現実にあったんだ、おもちゃ売り場……!」

 そりゃ、あるだろと思ったが、今はそんな冷めるような事を言うものじゃない。
 舞香はものすごく盛り上がっている。

「こっちこっち!」

 彼女を誘って、目的地へと向かう。
 そこは本来、男児向け玩具が展示されている場所だ。

「うわ、うわ、うわあー!」

 並べられた色とりどりのパッケージに、舞香の口から抑えきれない歓声が漏れる。
 彼女は俺を追い抜き、早足になってパッケージの前に。

「コダイジャーブレス!!」

「ああ、コダイジャー! まさか、テンションがあそこまで違うとは思わなかったよね、クール系の追加メンバー!」

「うんうん! 録画してね、何回も繰り返しちゃった。もう完璧」

 変身ポーズをマスター済みか……!
 恐るべし、米倉舞香。

「あっ! へんしんのにいちゃん!」

 そこへ声がかけられた。
 振り返ると、見覚えのある小さい子がいる。

「コダイジャーへんしんして!」

 俺が変身ポーズを見せた男の子だ。

「今日もおもちゃ売り場来てたのかー。見た? コダイジャー」

「みた!! かっこよかったー!」

 男の子が鼻息も荒く、両手をぶんぶんさせる。

「へんしん、コダイジャー!」

 変身ポーズをしてみせるけれど、男の子のそれは他のライスジャーとあまり変わらない。
 いきなり再現は無理だよなー。
 微笑ましく見ていると、後ろで舞香がプルプルと震えた。

 なんだ!?
 ああ、発作だ。
 特撮オタクとしての発作が彼女を襲っているのだ。

「米倉さん、あっちにお試し用のブレスがあるよ」

「ほんとう!?」

 舞香はお試し用のコダイブレスを手に取ると、躊躇なく腕に装着した。

「えっ、ねえちゃんへんしんするの!? セキハンジャーじゃないの!?」

「私が好きなのは、ハクマイジャー。でも、ライスジャーはみんな好き! だから君、見ててね。私の……変身!」

 おおっ、舞香のスイッチが入った!

「クックオーバー……」

 ブレスをつけた右腕を高く掲げるのではなく、手のひらで顔を覆う。
 指の間から鋭い目つきで前を見つめ……。

「コダイジャー!」

 ここからライスジャー定番の変身ポーズ。
 左腕と交差させ、右腕を高らかに掲げる!

 アクションとボイスに反応し、コダイブレスがピコピコ光りながらBGMを流す。

「うおー!!」

「うおー!!」

 俺と男の子が叫んだ。
 完コピだ!!
 今週登場したばかりのコダイジャーの変身ポーズを完コピしてる!

「す、すす、す、すげー!」

 男の子が両手をぶんぶん振り回しながら興奮する。
 君にも分かるか、舞香の凄さ。

 日舞で鍛え抜かれた体幹があるからこその、あの堂に入った変身アクション。

 だが、今日の舞香はこれで終わりではなかった。
 スイッチが入った彼女は一味違う。

 ゆっくりと腕を下ろし、足を開いて前を見据える。
 そして静からの……動!

「古代米の力を受け継ぐ戦士……コダイジャー!」

 大きく足を振り上げてから(ロングスカートなので何も見えない!)、大地を踏みしめて両腕を構えた!

 うおおおっ!
 コダイジャーの演舞から名乗りまで!!

「すげっ、すげっ、すげえーっ!! うわー! おれもやりたい! おれもやりたい! うわー!」

 男の子が興奮しすぎて大変なことになっている。
 これを見た、売り場に来ていた子どもたちが集まってくるぞ……!!

 舞香は、頬を紅潮させて鼻息を荒くしている。
 大変興奮しておられる。

 父兄の皆様から、ぱらぱらと拍手が起こる。
 そこで彼女、ハッと我に返ったらしい。
 頬どころか、耳まで真っ赤になった。

「ひえぇー」

 蚊の鳴くような声で悲鳴を上げると、俺の後ろに隠れた。

「かっこよかったよ。俺も負けてらんないなあ」

「あ、ありがとう……。でも、人前でやっちゃったあ」

「気持ちはわかる……! あと、お試し用のブレスは戻しておこう」

「あ、うんっ」

 ということで、ブレスを戻す舞香。

「ここで俺から、米倉さんにプレゼントがあるんだ」

「え……?」

 彼女がブレスを戻している間に、俺はレジで取っておいてもらった商品を手にしている。
 流石にDX版は高くて手が届かなかったが……。

「なりきりグッズ、ライスジャーブレスだ」

 ビニールに入ったそれは、電飾や音声機能こそ無いものの、サイズと造形はDX版に合わせた、いわばコスプレ用みたいなライスジャーブレスだった。
 本当なら、子供用のライスジャースーツ(パジャマ)と一緒に買うものらしい。
 ちなみに角が丸められたビニール製なので安全なのだ。

「こっ……これを私に!?」

「もちろん!」

「あっ、あっ、あっ」

「お財布取り出さなくていいから!! そんな高いものじゃないから! もらっておいて!」

「う、うん! うん、大事にするね!!」

 今になって、包装紙でパッケージングしてもらえば良かったかと思ったけど、ライスジャーブレスを嬉しそうに抱きしめる彼女を見ていたら、まあいいかと思ってきた。

「ライスジャーもこの一年弱のお付き合いだけどね」

「戦隊は一年で終わっちゃうけど、思い出はずっと残るでしょ? それに、思い出が形になったらもっと特別だよ」

 舞香、いいことを仰る。
 俺と彼女で、顔を見合わせて笑う。

 そこへ、スマホの振動がやって来た。
 我に返る俺。

 FINEアプリから、芹沢さんからのメッセージだ。

しゅんぎく『そのビルに追手が入った急いでにげろー!』

「やべえ! じゃあ米倉さん! 次に行こう!」

「次? 私、もう少しおもちゃ売り場を……」

「ヒーローショーまで捕まるわけにいかないでしょ!」

「そうだった!」

 ということで、無意識のうちに手に手を取って、俺達は階段を下り始めるのだ。