砂夜もきっと、その時のことを想い出すのは辛いに違いない。
 俺はそう思っていたのだが、全てを伝えなくてはならないという強い意志が働いたのか、砂夜は一呼吸置いたあと、再び口を開いた。

「車に撥ねられたほんのわずかな間に、赤ちゃんの頃から今までの記憶が一気に駆け巡った。いわゆる、〈走馬灯〉ってやつね。その瞬間に、ああ、私はこのまま死んじゃうんだな、って改めて実感した……。
 ほんとは、まだまだやりたいことがあったし、生きていたかった。けど、これも私の運命なんだって思ったら、自分でも驚くほど、すんなりと受け入れてた」

 砂夜は手を伸ばし、俺の頬にそっと触れてきた。

「生きてるうちに、宮崎に私の想いを伝えられた。それだけでも最高に幸せだった。もし、何も出来ずに死んじゃってたら、今でもずっと、魂だけの存在になって、この世をさ迷い続けてたと思うから……」

 にこやかに語る砂夜に、俺は眉をひそめた。


 何故、幸せなんて言える?
 俺は、砂夜を傷付けてしまったのに。
 それなのに、どうして笑えるんだ……?


「――どこまでお人好しなんだよ……!」

 気付くと、俺は砂夜の華奢な両肩を力を籠めて掴んでいた。
 その拍子に、手に持っていたジッポーと手紙が箱ごと地面に落ちた。

「俺は、お前に酷いことをしたんだぞ? 俺があの時、自分の気持ちにちゃんと気付いていたら、お前は……、今でもここにいたかもしれないのに……!」

 肩を揺さぶられた砂夜は、俺の手を振り払うこともなく、ただ、哀しげに笑みながら首を横に振るだけだった。

「宮崎の気持ち、凄く嬉しいよ。けどね、決められた〈運命(さだめ)〉を覆すことは、例え神様であっても出来ないのよ。もちろん、時間を戻すことだって……。
 私が宮崎の前に現れたほんとの目的は、私のために、ずっと苦しみを抱えたまま生きてほしくない、って伝えたかったから……。
 宮崎が宮崎自身を恨み続けている姿は、見ているこっちが一番辛いもの……。ボケているようで、実は結構思い込みが激しいのも知ってるから……、ちょっとしたきっかけで、間違いを犯すんじゃないか、って、凄く心配だった……」

 砂夜の指摘に、俺の鼓動が強く波打った。