ふと周りの人間の視線が妙に突き刺さるのを感じた。やはり周りにはこのヒヨコの姿は見えないし声も聞こえていないらしい。とすれば周りから見れば私は大声で独り言を言っている怪しい人間だ。奇妙な生き物が見えるようになってからその奇妙な生き物とまともに会話をするのは初めてで、すっかりそのことを失念していた。
どこか人気のない所に場所を変えようと思ったけど、通りすがりにでもこんな場面を見られたら不審者扱いは免れない。私は少し考えて鞄の中を探り、スマホを取り出し耳に当てた。
「何だ、何をしている」
「人間は見えないものと話をしているとおかしく思われるの。それこそ精神科を紹介されるくらいにはね。まぁ勝手におかしく思われるくらいならいいんだけど通報とかされると困るし。これだと電話相手と話してるみたいでいいでしょ?」
「ふん、まぁわしらが見える人間なんて滅多といないからなぁ」
そう言うとヒヨコは鞄からバサッと羽ばたいて私の肩にとまった。可愛い。
「あ、飛べるんだ」
「飛べるに決まってる」
「さっきは飛ばなかったじゃない」
「飛ぶか飛ばないかはわしが決めることだ」
よく分からないけど鳥なりの矜持みたいなものだろうか。まさか鳥の矜持について考えることになるなんてと苦笑しながら、私は近くにあったベンチに腰かけた。
「それで、さっきの話の続きなんだけどそもそもあなた達って何?神様って言ってたけど本当?」
「嬢ちゃんが見たという手のひらサイズの小さな人間やら足の生えた壺やら目が三つある犬やら、あとなんだったか」
「尻尾が四つある狐と川で泳ぐ河童と空を飛ぶ天狗」
「それらは全てあやかしと呼ばれるものさ」
河童と天狗を見た時点でなんとなくそんなような気がしていたけど実際にそうだと言われると不思議だ。今まで十九年間生きてきてオカルト系の話しは信じてこなかった。神様とかはいそうだなというか、困ったときの神頼みくらいには存在を信じてはいたけど。
「あやかしと妖怪は別物?」
「同じだ」
「じゃああやかしと神様は別?」
「同じようなものだ」
「ようなもの?つまり厳密には違うの?」
「八百万の神と言うだろう。神にもいろいろいるが元々は全てあやかし。人間に崇められ神になったあやかしもいれば、長い間生きて神になったあやかしもいるし勝手に神を名乗るあやかしもいる」
「ヒヨコさん、それってヒヨコさんも自称神様ってこと?」
「失礼な。わしは自称も他称も神だ」
なるほど分かった。このあやかし(自称神)は悪いあやかしではなさそうだけど少し胡散臭い。大体、風貌からして全く神様ぽくないのだ。神様がどんな風貌かと問われればもちろん正確なところは知らないけど。
「それよりヒヨコさんって何だ」
「もちろんあなたの名前」
「わしの名前はそんなけったいなものじゃない」
「じゃあ名前教えてくれる?あ、私は山岡早苗。よろしくね」
「ふん、高貴な神の名をおいそれと知れると思うなよ」
風貌が可愛すぎて高貴さが微塵も感じられないのだけど、それを言うとなんとなく傷つけそうなのでやめておこう。
「じゃあやっぱりヒヨコさんで」
「せめて雀さんだろう!」
だがやはりヒヨコみのほうが強いのだ。
「ほら、ヒヨコのほうが呼びやすいし」
「……」
「嫌?」
「……」
「ヒヨコさんがその呼び方嫌だったらやめる」
「…………まぁいい。わしは心が広いからな」
と言いつつ今相当葛藤があったような。やぶ蛇になりそうだし触れないでおこう。
「じゃあ無事呼び名も決まったところで、見鬼の儀とやらの解説お願いします」
ヒヨコさん曰くあやかしが見える力のことを見鬼の才、そして見えない人間があやかしを見えるようにするための儀式のことを見鬼の儀と言う。見鬼の儀に必要なのは力が強いあやかしの血と自分の血。その儀式は互いの血を一滴ずつ交換することによって成立するんだとか。もちろん私はそんなことをした記憶はない。だけどもしやという心当たりならある。
「つまりお前を引っ掻いた猫はあやかしだったんだよ」
「引っ掻かれたときにお互いの血が体に入ったってこと!?確かに向こうも怪我してたけど……でもそれって儀式でもなんでもなくただの事故じゃない」
「そう言っても実際にこうなってしまっているんだから仕方ないだろう」
「でもそれだと矛盾してない?だってその猫のことは引っ掻かれる前から見えてたんだよ?」
「力の強いあやかしは稀に見鬼の才を持たない人間にも見えることがある」
「あんまり力が強いようには見えなかったんだけど。どちらかというと普通に可愛かったし。白い毛と紫の目だったんだよなぁ。珍しいなって思ったけどあやかしだったんだ」
「見た目と力の強さは必ずしも一致しないものだ」
「そうなんだ」
人間だと顔つきとか体格とかでなんとなく察しがつくときもある。そんな感じで一致してくれたほうが分かりやすいし警戒しやすかったのに。