星影学園の少し変わった組織“Star Shadow”。通称、SS。
能力者を代表する彼らは、世の為人の為、そして自分の為に、日々活動を続ける。
新たな仲間も加わり、学園ではその噂で持ちきりだった。
ホームルームが始まる一時間程前。朝電話で呼び出された廉斗は、不機嫌そうに部屋の扉を開ける。
相変わらず無駄に重い。女性にはあまり優しくない扉だと廉斗は思う。
「おはよーございます。」
「おはよう。好きな所に座って。」
気付いていないのか、棘のある言い方をしても変わらぬ態度で接してくれる天音。
廉斗は朝は苦手で、いつもイライラしてしまう。昔、弟に別人のようだと言われた事があるが、辞めようと思って辞められるものでもないのだ。
「好きな飲み物、教えてくれる?」
そんなイライラも吹き飛ぶくらいの、美しい彼女の笑顔に少し心が落ち着いた。
「ココア」と答えると、要が奥の扉に向かう。要は昨日も奥の部屋から出てきた気がする。何があるのか気になっていると、天音が気付いて微笑んだ。
「奥にはキッチンがあるの。」
聞けば、この学園は星影家の敷地内で、星影率いる全グループ総動員で企画して建てたようだ。
学園に通う生徒には、貧しい生徒から裕福な生徒までいろんな生徒が存在する。学費は生徒のレベルによって違い、学生寮のマンションは朝夕食事付き。
普通の学生よりも贅沢かもしれないそれは、心に傷を持った多くの生徒達の“憩いの場”になるよう、星影一同で考えた工夫なのだそうだ。
「これだけ好条件の学校、普通の学生も通いたいんちゃう?」
「生徒になれる条件があるのよ。」
両親の居ない生徒や、周りに馴染めない生徒、学校では手の付けられない問題児、才能ある特待生、能力者など、ある種特殊な生徒を選択しているようだ。全国的に集められただけあって、かなりの人数が通っている。
「話を続けるわよ。」
廉斗はふかふかのソファに腰を下ろした。右を向けば、天音の顔がすぐ見える。目が合って微笑まれると、そのまま心が奪われそうだ。
「学園の説明は一通り受けただろうけど、念の為にもう一度おさらいするわね。」
「はーい。」
星影学園は幼等部、初等部、中等部、高等部、大学キャンパス、特別棟の六つの建物がある。
唯一プールは学園の外にあり、専用のバスが出る。このバスに乗り遅れると、授業は出られない事になる。
特別棟は中庭の中央に建てられている、二階建ての建物だ。
生徒の代表“生徒会”と能力者の代表“Star Shadow(通称SS)”、そして理事長室と保健室がある。特別棟の保健室は、不登校生徒などが通う特別教室になっている。
「次に、星レベルについて。」
今のSSでは、能力を制御出来ない星レベル一が要、少し力に慣れて来た星レベル二が純也、平均的にコントロール出来る星レベル三が和哉、更にコントロールが出来る星レベル四が天音・砂那・廉斗、能力コントロールにおいてトップレベルの星レベル五が倖成である。
「リーダーの天音センパイを差し置いて、倖成センパイが星レベル五か。」
「リーダーはレベル関係ないからな。ま、俺もギリ星五にしてもらったって感じだから、自慢出来る程じゃないけどな。」
頭をぽんぽんと撫でられる。少しだけ、その言葉に重みがある気がした。
能力測定は、学園に入る前に一度だけ受けさせられた。特別棟の右側には、体育館に近い広さの部屋がある。そこが能力測定室とされている。
そこに置かれた石を握って、測定がスタートする。
「倒れるまで我慢したら、後日計り直し。ランクを上げようと無理をしてもダメだからね。」
目線は廉斗に向いているが、誰か別の人に向けられた言葉のように思えた。それが誰かは分からないが、能力者の星レベルは成績に関わるので、誰かがズルをしようとしてもおかしくはないのかもしれない。
「それから、学園の代表は生徒会と私達SS。」
能力者と一般の生徒の入り混じるこの学園には、生徒会とSSの二つの代表が存在する。
選挙で選ばれた一般の生徒、初・中・高・大の代表者は生徒会。そして、能力者として集まった生徒の中で、先代のメンバーが選んだ者達がSSとなる。廉斗は理事長からの推薦で、このSSの一員となったのだ。
「私達の主な仕事は、各階に置いてあるBOXを回収して、依頼を受ける事。」
基本的にはどんな依頼も引き受けるが、“付き合って欲しい”や“テストの範囲”等の悪戯は無視しているのだとか。
「そんな依頼する人おるん?」
「…これ。あと、これも…。」
「これもだな。」
「つーか、まともな依頼あるか?」
純也がメモを次々と廉斗に見せる。その内容は先程の内容ばかりだった。
砂那達の見ている前に置かれたBOXには、まだメモが入っている。そのほとんどが悪戯で、まともな依頼が見つからない事もあるようだ。
「簡単な依頼の時は、出来るだけ能力は使わない事。」
それは体力の消費を抑えるためだ。自分達の体調を第一に考え、余程の事がない限り力は使わないように心掛けている。
「お待たせしました。」
話もひと段落ついたところで、要が七つのカップを乗せたトレイを持って来た。
甘い香りのアイスココアが目の前に置かれ、遠慮しつつもストローに口を付ける。濃厚な甘みが口に広がり、思わず「美味しい。」と口から出てしまった。
天音は「でしょ?」と返すと、嬉しそうにホットココアを飲んでいる。
どの店に行っても必ず頼む程、ココア好きな廉斗。いろんなお店で飲んで来たが、要の入れたココアはどこよりも美味しいと感じた。
「私、どこに行ってもココアを飲むのだけど、要の入れたココアが一番美味しいわ。」
今自分が思った事を口にする天音。なんだか親近感のような、温かい気持ちが胸に広がる。
幸せそうに飲んでいる天音を見て、思わず顔が綻んだ。
「天音センパイって、かわええな。」
「っ…な、何言ってるのよ。」
純粋な廉斗の発言に、驚いた天音の頬がどんどん赤くなっていくのが分かる。その途端に、男性陣の目付きが少し変わった。
普段から仲が良さそうな彼らだが、男性ばかりのこの場所には、紅一点の天音の存在は大きく目立つ。ここにいる全員、天音に惹かれていてもおかしくはない。
「先輩をからかわないの。」
照れているのか、マグカップで顔を隠す天音。どれだけ小さな顔でも、より小さなカップで隠れる事はなく、赤くなった頬が丸見えだった。
その可愛らしさに、廉斗の鼓動も早くなっている事に気が付いた。
「強敵だな。」
「…別に。」
和哉と倖成がこっそり話すが、耳の良い廉斗には全て聞こえている。やはり、彼らは天音が特別なのだ。
本人は聞こえていないようで、天音は気を紛らわせるように廉斗にカップを見せた。
「そうだ!廉斗くんはこの絵、何に見える?」
廉斗も少し気になっていた、マグカップの絵。お世辞にも上手いとは言えず、このお洒落な空間には不似合いなデザインだ。
「うーん、雲?」
「…花だよ。」
「花?どの辺が?」
その会話に天音と和哉が嬉しそうに笑う。吊られて要と砂那も笑うと、自然と廉斗も笑顔になった。
どうやらこの絵は倖成が書いたようだ。
「倖成センパイって、意外と不器用なんやな。」
倖成は照れているのか、無言で廉斗の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
天音はそんな二人を微笑ましそうに眺めて、話を戻した。
「私達、授業参加は自由なの。だから教室で勉強するのも良いけど、ずっとここにいても一応出席扱いになるわよ。」
「うちの問題集はレベルが高いから、分からない所があれば聞いてくれ。」
それぞれ得意分野を教え合っているのだとか。最低限の学力は身に付けておかないと、能力者とはいえ生徒の代表として示しがつかないからだ。
この学園では学力値を計るため、初等部〜高校生までの全校生徒で行うテストが年に一度だけあるのだという。
国・数・社・理・英の五科目で、問題は小学生レベルから大人でも難しいレベルまでが混ざった、前代未聞のテスト。
テストが終われば、各教科の20位までのランキングが掲示板に張り出される。
下位の生徒には罰。と言っても、宿題が増える程度だ。そして上位の生徒には褒美としてお小遣い程度の報酬がもらえる。テストやイベントも、やる気を起こさせるように学園側はいろんな手を使う。どこまでも常識外れの学園だ。
クラスの噂で聞いたが、SSや生徒会のメンバーは常にランクインする程の実力者なのだとか。
生徒達が彼女達に一目起き、憧れる理由も分かる気がする。
「改めて、よろしくお願いします。廉斗くん。」
天音の笑顔を見て、どこか懐かしい、暦の笑顔と重なった。廉斗の好きな人は、もうここにはいない。だけど、新しい出会いが待っている予感がしている。
「廉斗でええよ。オレも天音って呼ばせてもらうし。」
そう言うと、天音は少し驚いた。しかし、すぐに笑顔に戻り、廉斗に微笑みかける。
暦の好きだった“SS”という場所。不思議と、ここでなら楽しく過ごせる気がしていた。
「それじゃ、さっそく依頼を片付けましょうか。」
「こんな朝早うに依頼があんの?」
ホームルームまではまだ時間がある。生徒も来ていないようなこんな時間に、一体どんな依頼があるというのだろうか。
疑問に思っていると、倖成が自分の机のパソコンを開き何かを検索していく。
とても不器用な人とは思えない程、タイピングが早い。パソコンに向かう姿が美しいとさえ思う倖成の横顔を、見た事がある気がしてならなかった。
「依頼人の名前は、高等部二年の花園優花里。」
依頼内容は、〔嫌がらせをされているので、なんとかしてほしい。〕というもの。
机の中身が中庭の噴水に落とされているという嫌がらせ。その犯人と理由が分からないため、困っているという。
「噴水になぁ…。」
随分と幼稚な嫌がらせに、思わず溜め息を溢した。
悪戯する犯人を捕まえるのに大勢は目立ち過ぎるので、この件は倖成と砂那が行く事になった。廉斗は見学も兼ねて、二人に付いて行く。
学園の敷地の丁度中央にある特別棟。その周りを取り囲む中庭は、“楽園”をテーマに有名な庭師が作ったそうだ。数カ所には彩り豊かな花々が、ベンチとテーブルを囲んでいる。その東側に、小さな噴水があった。
一人の生徒が入って来て、抱えていた教科書を噴水の上へと掲げる。
「そこまでだ。」
砂那が冷静に声をかけると、その生徒は肩を震わせながら振り返った。
明るくなった空が照らすその顔に、廉斗は見覚えがあった。廉斗のクラスメイトの、瀬戸春樹だ。
瀬戸は廉斗の顔を見つけると、バツが悪そうに掲げていた教科書を抱き締める。その教科書には、“花園優花里”と書いていて、最早言い逃れは出来ない。彼が悪戯の犯人だ。
「なんでこんな事するん?」
廉斗の質問に、瀬戸は俯いたまま唇を噛み締める。
「優花里先輩が…好き、だから…。」
男が女に嫌がらせをする理由は単純なもので、瀬戸は見事にそうだった。彼は、花園の事が好きなのだ。
しかし、彼女は年上。いつも遠くから見ているだけだ。それがなんともはがゆくて、高等部校舎に侵入した。そして彼女の席から教科書を奪い、腹いせに噴水に投げたのが始まりだそうだ。
「お前、その気持ちを本人には伝えたのか?」
「フられるに決まってる。だから、言う価値ないだろ。」
瀬戸が当たり前のように語ると、砂那の拳が瀬戸の頭に振り下ろされた。ゴッという鈍い音と共に崩れ落ちる瀬戸を瞬時に支えた倖成も、少し驚いた顔をしていた。
手加減はしているだろうが、瀬戸は痛そうに頭を抱えている。
「答えを決めるのは相手だ、テメェじゃねぇ。何もしないでこんなガキみたいな事をしてるテメェは、価値を語る資格ねぇんだよ。」
なかなか正当な発言で、廉斗の中にあった砂那の不良のイメージは少し変わった。
倖成は殴られた瀬戸の頭を気遣いながら、苦笑いしていた。
「廉斗なら、こういう時になんて言う?」
「うーん…告白してみればええんと違う?それで振られたら、改めて話を聞いたる。」
廉斗の言葉に、瀬戸は跡が付きそうな程に教科書を抱き締める。
嫌がらせをしてしまっている上で告白をするなんて、なかなか出来る事ではない。
「告白なんて…。」
「こんな嫌がらせをするくらいだからな。告白する根性なんかないだろうな。」
「し、してやるよ!」
倖成はあえて瀬戸を挑発するように言う。案の定、瀬戸は堂々と言い放った。
教科書を抱きかかえ、真剣な面持ちで高等部の校舎に乗り込んでいく瀬戸。まだ早い時間なので、花園が教室に来るのはまだ先だ。少し心配になりなからも、廉斗はその背中を見守った。
「大丈夫かな?」
「嫌がらせした分、ちょっとは痛い目みないとな。」
「倖成、意外と厳しいなぁ。」
「何もしないでただ嫌われるよりマシだろ?」
悪戯っ子のような笑顔を向ける倖成を見ると、少し親近感が湧いた。彼も、廉斗が思っていた優等生像とは少し違った。
「じゃ、俺はこれで…」
「砂那、お前は次の依頼があるだろ。」
依頼はもう一つあったらしく、逃げるように去ろうとする砂那の肩に倖成の手が置かれる。それを合図に、砂那が心底嫌そうな顔をしている事は廉斗でも分かる。
しばらく考えるように黙り込んでいたが、やがて大きな溜め息を吐いた。
「どんな依頼なん?」
「男子生徒に手を出す教師がいるんだよ。」
なんでも反抗出来ないようで、襲われる事を怖がった数人の生徒からの依頼だった。警察沙汰にも出来る件だが、なんとその教師は能力者らしく、まずはSSでなんとかする事になったそうだ。
「この学校の先生みんな美人やし、砂那やったら喜んでしそうやけど…意外と硬派なんやね。」
「あー…女だったら、こいつも喜んで行ったかもな。」
苦笑いしながら、落ち込む砂那を慰める。
女だったら…という言葉から考えられるのは、セクハラをしているのは女教師ではないと言う事だ。女ではないという事は、相手は男。しかし、手を出されて困っているのは男子生徒。
これらの矛盾を繋ぎ合わせると、砂那が落ち込む理由も分かる。
「相手はホモか。」
「砂那、その先生に気に入られてるからな。」
どうやって解決するのかは分からないが、生徒達に居心地良い学生生活を送ってもらう為、文字通り身体を張る訳だ。
嫌がる砂那の背中を押して、廉斗達は部屋に戻った。
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下駄箱で靴を履き替え、倖成と廉斗は中央の螺旋階段を上る。
「砂那と好きな人の話ってする?」
「は?する訳ないだろ。」
実は、先程の依頼から少し気になっていた廉斗。あまりに直球過ぎたのか、倖成は若干呆れながら答える。
「…まぁ、仲良くてもそんな話しない方がいいぞ。相手も同じ奴好きだったらどうする?」
「それは…嫌やなぁ…。もしかして経験談?」
「どうだろうな。」
言葉を濁して、倖成が扉を開ける。
「任務完了…と。」
目の前で止まられたので、廉斗は倖成の背中に正面からぶつかった。
見ると、広い部屋では天音が机に突っ伏したまま寝ているだけで、他には誰も居なかった。
季節はもう冬。テストが近いのでみんな教室で勉強すると言っていたような気がする。もともと真面目な人の多いSSは、朝くらいしか全員が集まる事はない。部活をしている面子もいるので、放課後全員揃うのも週に二回程度なんだとか。
しかし、一番真面目そうな天音が授業に出ていないのは、少し驚いた。起こすのも悪いと思い、廉斗はこっそり寝顔を眺めてみる。
母親がアメリカ人だったという天音は、親譲りの金髪と青い瞳が一番の魅力だ。廉斗が少し撫でてみると、サラサラで柔らかい感触に、ドキドキした。
「寝んの遅かったんかな?」
「まぁ、昨日も遅くまで仕事してたからな。」
昨日はやり残した仕事が沢山あったようで、遅くまでここに残っていたという。
星影学園は21時になると全ての電気が自動で消灯する。そのため、遅く残る場合は倖成がセキュリティを弄ってあげるようだ。
「不器用やのに、頭良いんや。」
「セキュリティって言っても、オンとオフを切り替えるだけだから、誰でも出来る。」
それでも、全く知識がなければセキュリティ画面を開く事も出来ないだろうし、不器用な人なら間違った操作をしてしまうかもしれない。
廉斗なら、そこまでしてパソコンを覚えようとはしない。
「倖成って、天音の事好きなんやね。」
「…なんでそうなるんだよ。」
「だって、好きな人の事は助けてあげたいって思うもん。倖成、今そんな目してたで。」
「……」
倖成は少し驚いた顔をした。その後、フッと笑みを浮かべると、廉斗の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
言葉はなかった。ただ、少し懐かしい感じがした。
そう遠くない昔、こうやって頭を撫でられていた気がする。しかし、はっきりとは覚えていない。
ちょうどその時、タイミング良く予鈴が鳴る。
倖成は天音の肩を揺さぶって起こした。
「天音、そろそろ起きろよ。」
「ん…。」
ゆっくりと目を覚まし、焦点の合わない瞳に倖成の顔が映し出される。まだ寝惚けているのか、その顔は綻んでいる。
「っ…ケホッ…」
「!天音っ。」
天音が何かを言いかけた時、息が詰まるような音がした。喉を押さえて苦しそうに下を向いた天音に、倖成はすぐに駆け寄った。
「ごめ…大丈夫、だから…。」
「…水持って来ます。」
天音の頭を撫でてキッチンに向かう倖成。水を持って来ると言った言葉遣いが、さっきまでとは違った。
「天音、大丈夫?」
「えぇ。ありがとう。」
いつものように微笑まれ、廉斗は安心する。
廉斗が天音の席を見ると、昨日は気付かなかった写真立てが目に入った。
その写真を見て、何故だか頭が痛くなった。
「廉斗?」
「っ…なんでもない。なぁ、この写真って…?」
「あぁ、これは私達初代のSSメンバーよ。」
学園が出来たのは、六年程前の春。
センターに写っている暦の姿が、どこか懐かしい気がした。
暦の左側にいるのが天音で、その後ろに、倖成が二人写っている。
「なぁ、倖成って双子なん?」
廉斗が尋ねると、天音の肩が震えた。廉斗の視界に入っている写真に気付いた天音は、どこか悲しそうな面持ちで写真を見た。
「…そうよ。倖成は双子の兄の方。」
「暦ちゃんの言うてた双子のお兄さんって、倖成の事やったんや。」
廉斗の質問に、天音は無言で頷いた。
倖成の家族は、父親と弟だけ。母親は双子を産んで他界し、父親も後を追うように病気で亡くなってしまった。その時、父親と親しかったという譲に拾われたのだそうだ。
「弟さんは?一緒に学園入ったんやろ?」
「それは…」
「今はここにいない。」
いつの間にか倖成がキッチンから出て来ていた。天音の前に水を置いて、椅子に腰かけた。
「三年前、事件に巻き込まれてな…眠ってる。」
どちらともとれる言い方で誤魔化された気がした。しかし、悲しそうな顔をする倖成に、これ以上話は聞けそうになかった。
「…ごめん…。」
「いや。俺はあの時決めたんだ。…強くなるって…。」
「……」
廉斗も母を亡くしている。昔の記憶が曖昧な中、その時の悲しさや苦しさは今でも覚えている。
過去の話は空気を重くする。出来るだけ、心にしまっておきたいはずだ。二人に悲しい過去を思い出させたと思うと、少し胸が苦しくなった。
「この話は終わりにしましょう。ユキ、お水ありがとう。」
「…いえ…。」
静かに時計の音が聞こえた。気不味い空気が嫌で、倖成の方を向くと、頭に手が伸びて来る。
無意識に目をギュッと瞑ると、その手は優しく撫で下された。
その時、急にバタンッと大きな音がして肩が震える。
音の正体は、勢いよく扉を開けた砂那だった。
驚いたのは音だけではない。砂那は、この寒い時期に上半身裸で帰って来たのだ。汗だくで顔色も悪く、いつもセットされた髪も乱れている。
その様子を見て、何かがあったのだと廉斗でも分かる。
倖成は瞬時に自分の帽子を天音に深く被せた。
「お前、その格好でここまで来たのか?」
その後に、掛けてあったコートを砂那に投げる。しかし砂那はそれを受け取らず、色を失くした瞳をこちらに向けた。
「……」
「おい、大丈夫か?」
「っ…」
どこか様子がおかしく、心配して倖成は砂那の腕を取った。すると砂那は、倖成の懐に入って片腕を抱え、背中を向けて肩に乗せると、そのまま肩越しに投げた。
「っ痛…」
(一本背負い…。)
道場は畳なので衝撃は和らげてくれるはずだが、この部屋の床はフローリング。受け身ですら怪我をしそうな勢いだ。しかし倖成は、持たれた腕に力を込め勢いで砂那を蹴り倒す。そのまま覆い被さって砂那の動きを止める。端から見ると、見てはいけない光景のようだ。
「あいつに何された?!…っ!」
暴れる砂那の肘が、倖成の鳩尾に直撃した。
「ゲホッ…チッ…。」
「ねぇ、大丈夫?」
天音は帽子をずらして二人を見る。
半裸の砂那とそれを抑える倖成。天音にはあまり見せたくない光景だったが、自分よりも大きな二人を隠す事は、廉斗には出来なかった。
「天音‥‥」
「逃げろ。」
「え?」
倖成の言葉を遮り、砂那が逃げるよう助言し押し退ける。天音が驚いた声を上げたのは、ほぼ同時だと思う。
砂那が天音に掴みかかる前に、廉斗の足が動いた。砂那の腕を掴み、後ろに回り込んで捻り上げた。
「ぐっ…」
「なんか、砂那おかしない?」
「そのまま抑えてて。」
「え?」
砂那を抑えた手を緩めようとしたところ、天音に止められた。天音は砂那の顔を両手で包み、顔を近付ける。キスしそうなくらいに近付き、思わず目を逸らしてしまった。
胸がザワザワと騒いでいる。
「ごめんね、砂那…。」
天音の瞳が砂那を捉えた。その瞬間、意識を失った砂那を廉斗は何とか支える。
「廉斗強いのね。ビックリしちゃった。」
「一応、柔道と空手習ってるから。」
崩れ落ちた砂那の体は重くて冷たい。まるで、糸の切れた操り人形のようだ。
天音は心配そうに砂那の頬を撫でる。
「…警察行って来る。あの人なら、なんとかしてくれるだろ。」
「大丈夫?」
「平気。」
倖成は砂那を担いで連れて行った。
シンと静まり返った教室で、天音が「嘘付き…。」と呟いた。どういう意味かは分からないが、倖成の事だろうと察して黙った。
ポツンと残された廉斗に、天音が向き直る。
「今回のターゲットね、マリオネットの能力者だったの。つまり、人を操り人形にする力。」
「誰でも人形に出来るん?」
「いいえ。ユキの情報が確かなら、操れるのは口付けを受けた者だけなんだけど…。」
その情報がどこから仕入れたものなのかは分からないが、それが本当なら、砂那はキスされた事になる。
想像しただけでも鳥肌が立つ。天音も同じ事を考えたのか、苦笑いしていた。
「痛みを与えて気絶させたくらいじゃ、また暴れるかもしれないわね。」
「じゃあさっきのは、痛みの能力?」
「そうよ。癒しの力は触れた人間の傷を癒すけど、痛みの力は私が目を合わせた一人にしか通じないの。」
だから天音は、あの時砂那と目を合わせたのだ。
能力にはタイプが二つあり、身体能力を上げるタイプ“インクリース”と、他人に影響させるタイプ“ギブ”がある。
異例を除いて、インクリースは他人に使えず、逆にギブは自分に効かない。そして、直接人の命を奪う事は出来ない仕組みになっている。
その強さや与え方も、星レベルで変わると言われている。
「痛みの力って怖いなぁ。」
「廉斗もレベル四でしょ。五感のインクリースなんて、そっちの方が怖いわよ。」
「そ?地獄耳とはよく言われるけど。」
「やだやだ、内緒話なんて出来ないわねー。」
廉斗が笑うと、天音も明るく笑った。先程までの緊張した空気が少しだけ中和出来たので、とりあえずは良かった。
先代で辛い思いをしたのなら、今のメンバーでは笑っていてほしい。心からそう思った廉斗だった。
続く.
騒つく街中で、廉斗は蹲った。人々の声が、煩いくらいに聞こえるから。
蹲った廉斗に視線を合わせて、暦の手が伸びてくる。優しく耳を塞がれ、鼓動が速くなる。
その瞬間、周りの声は小さくなり、近くにいた暦の声だけが鮮明に聞こえた。
『これで平気やろ?』
廉斗が、その笑顔を守りたいと思った瞬間だった。
終業式も終わり、今日から冬休み。寮でうたた寝していた廉斗は、電話の着信音で目が覚める。
懐かしい夢を見ていたためか、寝起きでもイライラしなかった。
発信者を見ると、純也からだ。
「もしもーし。……え、今から?……わかった。」
電話を切って、廉斗は衣装棚から服を取り出した。
学園を出て右側の商店街を抜けた先に、薄茶色の綺麗な建物がある。ここは星影学園男子寮の一つだ。玄関は二階、一階に食堂と浴室、シャワールームがある。
廉斗の部屋は5階。そして、先程電話で呼び出された玄関へと向かう。
待っていたのは砂那と純也。午後を過ぎたというのに、純也は待合のソファに座ってそのまま眠ってしまいそうだった。
純也はSSにいる間もよく寝ていたが、今日も相変わらず眠そうだ。
「そんなんでちゃんとご飯とか食べれてんの?」
「コイツの同居人が世話焼きで、寝惚けた純也の世話をしてんだよ。ま、同居人つっても小学生だけどな。」
「小学生に世話してもらってんのか。」
「…海里はカッコイイ良い奴だ…。」
寝言のように言い机に突っ伏した純也を、砂那が襟首を掴んで起こす。
休日に会ってもいつも通りの雰囲気に、緊張していた廉斗の心は少し和んだ。
壁の名札を掛け替えて、三人で寮を出た。
「それで、どこ行くん?」
「とりあえず要ん家。」
沖田家は雑誌やテレビ等でよく取り上げられているので、廉斗でも見た事がある。
「薔薇の庭園がある所やんな。俺も行ってええの?」
「当たり前だろ。お前ももう俺達の仲間なんだからよ。」
仲間という言葉に、気持ちテンションが上がっている自分がいた。今まで自覚がなかった訳ではないが、改めて口にされると照れ臭い。
「ついでだからお前も手伝え。」
「何を?」
「…12月24日は、天音の誕生日なんだ。」
今日集まった一番の理由はそれだ。
なんでも、天音は個人的なプレゼントは受け取らないそうで、去年からみんなで一つのプレゼントを考えたのだそうだ。
「倖成と和哉は?」
だとすると、その二人は欠かせない存在なのではないだろうか。天音が大事にしていた写真に、あの二人が映っていたという事は、三人はその頃からずっとSSで一緒だったという事だ。みんなで一つのプレゼントというなら、彼等は必要な存在だ。
「…別行動。二人は毎年、この時期になると用事が出来る。」
「それって、彼女とか?」
「まぁ、二人共女いるみてぇだし?今年もいろいろ忙しいんじゃねぇの。」
砂那の当然のような発言に廉斗は驚いた。二人に恋人がいた事だ。SSは思春期の男が多いので、確かに彼女がいてもおかしくはない。しかし、それと同時にどこか違和感も覚えた。
「けど、それにしては‥‥」
「お、見えて来たぞ、玄関。」
廉斗が疑問を言う暇もなく、お洒落な門が見えてきた。
壁が横にずっと伸びていて、廉斗はそこが要の家だと全く気付けなかった。
廉斗は沖田の表札の下にあるインターホンに手を伸ばすが、かなり緊張する。こんなに大きな家に訪問した事がないからだ。
怒られる訳でもないのに、胸がドクンと跳ねる音が聞こえる。
「どちら様ですかな?」
聞こえてきたのは、要ではなくお爺さんの声。戸惑う廉斗の頭をぐしゃぐしゃと撫でながら、砂那が呆れながら言う。
「新田さん、こいつ始めてなんだから、からかうの辞めてもらえません?」
粗っぽいが、ちゃんと敬語で言う砂那に、“新田”と呼ばれたお爺さんは愉快そうに笑った。お爺さんは少し待つように言うと、すぐに門を開けてくれた。
白い眉と口髭で隠れた表情が穏やかに笑っているように見える。物語に出て来る、魔法使いのような雰囲気だ。
「失礼致しました。どうぞ中へ。」
お爺さんは魔法使いではなく、テレビでもよく見る燕尾服の執事だ。砂那と純也は何度か面識があるらしく、軽く挨拶を交わして玄関へ向かった。
廉斗は少しソワソワしながら辺りを見渡した。
「如何なさいましたか?」
「あ、いや、あったかい庭やなぁって思って。」
「左様でしたか。こちらには薔薇園がございます。年中咲かせる為に、部屋の温度を一定に保っておりますので、お庭もその影響で暖かいのですよ。」
要の祖母は花が大好きで、庭に薔薇園を建てた。友人が友人を呼び、ついにテレビで取り上げられるようになったという。沖田家自慢の薔薇園なのだそうだ。
「裏庭は少し違った印象を受けると思うので、また是非いらしてください。」
「違った印象?」
「廉斗、早く来い。」
「う、うん。」
家に入り、廉斗達が案内された客間は暖かみのあるシンプルな色合いの家具が多く、とても落ち着く空間だった。ちょうど薔薇園の窓から美しい薔薇が見える。
好きな場所にかけて良いと言われて、廉斗は庭の見えるソファに腰掛けた。思った以上にふかふかとした座り心地に驚いた。しばらくその感覚に感動していると、新田が飲み物を用意してくれる。
「要ん家って、お金持ちなんやなー。」
「星影程ではないですが、それなりに裕福な暮らしはしていますね。」
テレビでは薔薇園で有名な沖田財閥だが、実は主に医者の家系だ。要の父は総合病院の院長。二人の兄も医者。要も医療系の選択授業を受けているようだ。母は庭の薔薇の世話をしたり、紅茶や珈琲の豆を作ったりしているそうだ。
「総合病院って言えば、オレも紹介された。」
「僕が能力者という事もあってか、うちの病院は能力者に協力的な病院です。守秘義務は必ず守りますから、安心して頼ってください。」
「病院になんて、世話にならないに越した事ないだろ。それより早く本題に入れよ。」
砂那が廉斗の頭をぐしゃぐしゃ掻き回しながら、話を進めるよう促す。今日の砂那は、どこか廉斗を気にしてくれている気がした。口は悪いが、世話好きで面倒見の良い性格なんだろう。
「天音へのプレゼントやんな。去年は何あげたん?」
「…くま。」
「熊…木彫り?まさか、本物?!」
「ンな訳ねーだろっ。」
「ぬいぐるみでしたね。なかなか苦労しましたけど。」
高級品思考の要。プレゼントには無関心な純也。適当なものしか言わない砂那。そんな三人が真面目に考えた結果、“みんなで天音が好きそうな物を買いに行く”という事に至ったそうだ。
「あんな店、俺は二度と入らねぇぞ。」
「…同じく。」
要が調べ出した情報により、女性に人気の雑貨屋さんに入ったのは良かった。しかし、男三人が店に入って注目を浴びない訳がない。要が率先して店員さんに声をかけて、なんとか買えたのがくまのぬいぐるみ。砂那が心底嫌な顔をして店に入る姿が、容易に想像出来た。
「言っとくが、あんま高いもんは買えねぇぞ。」
「花束は流石に重いですかね…。」
「花か…なぁ、そういえば裏庭って何があるん?」
早速行き詰まったので、廉斗は新田の言葉を思い出して尋ねてみる。要の家の庭と言えば花。何かヒントがあるかもしれない。
「裏庭?あぁ、いいですね。それなら喜んでもらえそうです。」
「え?」
「行きましょう。」
一人で納得してしまった要に誘われて、廉斗達は裏庭にやって来た。暖かかった表の庭とは違い、今度は真冬の寒さを感じる。ジャンバーを着せてもらい、沖田家自慢の裏庭の冷凍室に入った。
「…うわぁ。」
冷凍室なんて一般家庭にはないものなので、廉斗はまるで冒険でもしているかのようにドキドキしていた。そしてその瞬間、あまりの美しさに思わず声を漏らす。
冷凍室の扉は二重。その二つ目の扉を開けると、真っ暗な中に、スポットライトを浴びるように青い薔薇が咲いていた。
「母が作った作品の一つ。我が家では、スノーローズと呼んでいます。」
「…本物の花なのか?」
「プリザーブドフラワーといって、本物の花を乾燥させて作った花なんです。この飾り方は母の趣味ですけど。」
花弁や葉に霜が付き、そこにダイヤモンドダストがキラキラと舞う。まさに雪の花と呼ぶのに相応しい、幻想的な光景だ。
「さみー…俺は先に戻ってっぞー。」
芸術とは縁遠そうな砂那は、寒さに堪えきれず真っ先に部屋を出てしまう。しかし、廉斗と純也はしばらくその美しい光景を楽しむ事にした。
「やっと終わったか。」
部屋に戻ると、ちょうど砂那はソファに寝っ転がっている。
「で、結局それにするのか?」
要が持っている青い薔薇を見て砂那が言う。芸術の中の一つは勝手に弄れないが、そこに飾る前の花を一輪分けてもらったのだ。
「これだけだと芸がないので、少し工夫しましょう。」
「工夫?」
母の芸術に触れて何かのスイッチが入った要は、やる気に満ちた声でそのアイデアを話し出す。
仲間として特別な空間にいるのが本当に楽しいと感じる。廉斗は、ずっとこんな仲間が欲しかったのだ。
しかし同時に、廉斗の中にある感情の一つが、ざわついた気がした。
.
クリスマスイブ当日、廉斗達は学園の前に集合した。こちらから誘おうと思っていたが、運良く天音から呼び出されたのだ。
プレゼントは無事に完成し、要の鞄に入っているはずだ。
「そういえば、今日ってクリスマスイブやんな?和哉と倖成、彼女は?」
砂那から聞いていた、二人に彼女がいるという情報。もし本当なら、クリスマスというイベントは、恋人と過ごしたいと思うのではないだろうか。
「冬休み入る前に別れた。」
「え?どうしてですか?」
「まぁ、いろいろあるんだよ。」
あまりにもサラッとした口ぶりなので、そこに愛があったのかが疑わしい。
「倖成がそんな遊び人とは思えんけどなぁ。」
「!……」
倖成は少し驚いたように目を見開いたが、やがて悲しそうな笑顔で廉斗の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
それについてのコメントはなし。和哉も黙ったままだった。
これ以上は聞いてはいけない気がして、廉斗は別の音に耳を傾ける。駆け足でこちらに向かう足音が聞こえたのだ。
みんな少し早めに来たので、そろそろ呼び出した本人が来る頃だ。
「お待たせ。」
やはり、足音の正体は天音だ。
私服姿の彼女を見るのは初めてで、廉斗は思わず見惚れてしまった。
いつもと違う髪型に、いつもと違う服装。なんだかデートをするみたいでドキドキする。
「急に呼び出してごめんなさい。みんな、忙しかったでしょ?」
「ううん。平気やよ。」
「何かあったのか?」
「今朝、手紙で依頼が届いたの。」
天音が取り出したのは、真っ白な封筒に入った手紙。[近藤天音様]と書かれているが、差出人の名前はない。
廉斗が手紙を受け取ると、倖成達もそれを覗き込んで来る。
中には、[宝を見つけて下さい。]と書かれた便箋とメッセージカードが入っていた。微かにする香りは、なんの匂いだったか、懐かしい感じがする。
「宝?」
「そっちのカードには何が書いてあるんだ?」
[空に輝く銀色の島から始めよう。
果物屋さんで林檎を買って、真ん中の子供にあげましょう。
七つの星の元、十五の鏡の上に舞う宝石。それが宝だよ。
メリークリスマス!]
なぞなぞのように書かれているメッセージに、細工されてる様子はない。メッセージカードに書かれた謎を解くと、宝に辿り着くようだ。依頼主は、それを見つけてほしいという事だろうか。
「訳がわからん。」
「んー…とりあえず、駅に行ったら分かるんと違う?」
「え、どうして?」
「空に輝く銀色は月の事。月の島で月島。確か、近くにそんな名前の駅あったやんな。」
「月島?…あぁ、なるほどな。あそこの駅のロッカーが、確か果物の模様だったか。」
廉斗が言うと、みんな驚いた顔をしていた。何かおかしな事を言ってしまったのではないかとドキドキしていると、天音が「偉い。」と笑って頭を撫でてくれた。
今はそれしか手掛かりがないため、廉斗達は月島駅を目指して歩き出した。
駅に近付くにつれて、廉斗の足取りはだんだん重くなって行く。
人が溢れる場所は、廉斗の苦手な場所の一つだった。今ではちゃんと能力を使いこなせるので昔よりはマシだが、汗や香水など沢山の匂いが混ざり、気分が悪くなる。
廉斗は思わず立ち止まってしまった。
「廉斗。」
近くで声がしたと思い振り返った。同時に、耳当てを付けられる。天音がしていたふわふわの耳当てだ。
瞬間、今まで聞こえていた大きな声が小さくなった。驚いた顔をすると、今度はマスクを手渡される。
「倖成達が昔言ってたの。一つ壁があるだけで、力は弱まるって。」
「倖成、達?」
詳しくは教えてくれなかったが、そのお陰で気分が楽になったのは事実だ。
力が宿る場所は主に手と目。他にも足や耳、そして身体全体に力が宿る者も居る。
インクリースタイプは、手には手袋、目には眼鏡など、何か障害があると力を抑える事が出来るのだという。
「これで平気でしょ?」
天音の笑顔が、昔の暦と被った。暦の事が好きになったのも、こんな人の集まる場所だった。
懐かしいあの頃の気持ちと同じく、廉斗の鼓動は高まった。
…ー…、楽しみやね。
「…?」
一瞬、暦との記憶を思い出した。しかし、いつの事だったか覚えていない。とても大切な記憶のはずなのに、何故だか思い出す事が出来ない。
「おい、早くしろよ。」
後ろから砂那に急かされて、やっと前に動き出した。
「あ、林檎のロッカーがありましたよ。」
月島駅の果物の模様のロッカー。“真ん中の子供”とされているので、そのロッカーの真ん中だと廉斗は考えた。
しかし、そこには四桁の暗証番号が必要だった。
「うーん…。」
「こういうのは大概、誰かの誕生日なんじゃないのか?」
和哉の一言に、一斉に天音を見た。今日、12月24日は天音の誕生日だ。この依頼が今日届いたのなら、もしかするとそれが関係しているのかもしれない。
要はロッカーの暗証番号に“1224”と入力する。すると、カチャッと小さな音が聞こえた。
「中に切符が七枚入ってます。電車に乗れって事ですかね。」
訳も分からず、廉斗達は指定された電車に乗った。
レトロな雰囲気漂う電車を見て、要が物珍しそうにしている。切符を通すところがないような変わった電車で、1時間に一本しか走っていないようだ。
廉斗の向かいの席に座った倖成は、携帯をずっと眺めている。倖成の肩を枕に眠っている純也を起こさないように、体制を一切変えずにいる倖成は、やはり器用なのかもしれない。
「…もしかして、降りる駅はここか…?」
「…七星山?」
携帯を開いた倖成が呟く。純也が目を覚まし駅名を言うと、天音は小さく驚いた。
「確かに、“七つの星の元”に当てはまりますね。」
七星山は、今は潰れてしまった屋外テーマパークの最寄駅だ。
「降りてみよう。」
「……」
やっと決まった目的地に安心する要達とは裏腹に、天音と倖成だけは、どこか心配そうだった。
廉斗もどこかモヤモヤが晴れないでいる。
ー七星山ー
「…寒っ。」
降りた瞬間、極寒かと思う程に気温が低くなった。こんな所に用のある人は流石にいないようで、降りたのも廉斗達だけだ。
古い駅のホームは、誰も居ない無人の空間だった。
ただひたすら静かで、少し不気味だ。
「れ、廉斗っ、なにか見える?」
この雰囲気が怖かったのだろう、天音が廉斗の服を掴み聞いて来た。少し胸がキュンとなるが、それはすぐに砂那に邪魔される。
「ぉぉおおいっ、おまっ、お前なんか見えんのか?!」
「ははっ、ビビリすぎや。」
砂那が自分以上に怖がっているので、他の面々も少し緊張が解れた。
辺りを見渡しても、みんなが怖がるような影は見えない。
「大丈夫。なんもおらんよ。」
「そう、良かった…。」
「…こんな所に鏡があるのか?」
次の謎は“十五の鏡の上に舞う宝石”だ。最後のメリークリスマスは謎があるとは思えないので、恐らくこれが宝なのだろう。
「天音、ここに来た事あるん?」
「…昔に、少しだけ。廉斗はないの?」
「ないよ。」
先程何か思い出しかけたのが気になるが、考えると気分も悪くなるので嘘を付いた。
「それにしても、十五の鏡って何でしょう。」
少し辺りを調べると、廉斗は窓口に人数分のカイロと地図を見つける。下の元屋外遊園地だった場所ではなく、山の上に印がしてある。
これは“山を登れ”という指示だと判断せざるを得ない。
まだ日が登っていて明るいが、鬱蒼と生茂る草木はまだ深い緑の色をしていて、少し不気味だ。薄っすら雪の積もった極寒の地に足を踏み入れるには、少し不安だと廉斗は感じた。
不安といえば、“自分達しかいない”その空間はどこか違和感を感じる。仮にも駅なのに、そこには車掌も駅員も見当たらない。それどころか、ここから出て山を歩くよう誘導されている。
依頼を出した人物は、この山のどこかに天音を向かわせたいのだ。しかも、それを天音がみんなに相談する事を分かった上で。
敵か味方か、廉斗にはまだ分からない。しかしずっとこうしている訳にもいかず、今はその依頼主に従うしかない。
天音と倖成が先頭を歩き、廉斗は後ろを歩く。二人の近過ぎず、遠過ぎずの距離がどこかもどかしい。
「…くしゅんっ。」
少し登り、道が安定して来た。厚着はしているが、太陽の当たらない山は風もあってかなり冷える。
天音が小さなくしゃみを溢すと、倖成がすぐに自分のマフラーを天音に巻いた。
「あ、ありがとう。」
「風邪引くなよ。」
そんな倖成を見て、廉斗は少しだけ胸が痛んだ気がした。隣には純也もいるというのに、二人の纏った空気はどこか特別に感じたからだ。
「…あの二人、付き合うてるん?」
「本人達は否定しますけどね。」
廉斗の質問は、要に即答される。
初めて会った時から、あの二人はどこか特別なような気がしていた廉斗。それは、天音の呼び方が一人だけ違うからかもしれない。彼が初代のメンバーだからかもしれない。しかし、それ以外の何かがあるように思う。
それはみんな思っているが、SS内では暗黙の了解となっているようだ。
「付き合ってない。その話はあまり本人達にするなよ。」
後ろから和哉が、割り込むように言う。
和哉が言うのだから、本当なのだろう。しかし、二人の昔馴染みの和哉が庇う事からこそ、どうしても何かある気がしてならない。
「何か隠してるやろ。」
「そんな事はない。」
「おいっ、寒ぃからお前らのカイロ寄越せ。」
「うわっ。」
一人後ろを歩いていた砂那が、和哉と廉斗のポケットに手を突っ込む形で間に入って来た。
和哉の顔が心なしか安心しているのは、きっと気のせいではないだろう。
「ったく…何でこんな寒ぃ中山登りなんかしねぇといけねぇんだよ。っつーか、これ道か?」
「今は天音も楽しそうだから、良いんじゃないか?」
「……」
そんな会話を聞き、廉斗は天音を見る。
始めこそ不安そうな天音だったが、今は純也と楽しそうに話しているので、廉斗も安心した。
彼女には笑っていてほしい。この気持ちは、暦への気持ちと少し似ていた。
(好きやなぁ…。)
廉斗は心の中で呟く。数年前は、ただただ暦に会いたくて、毎日あの河原に出かけていた。暦が男の人と歩いている所を見て嫉妬したり、無理言って一日中一緒に過ごした事もあった。
ー当日、楽しみやね。ー
ーうん!早くクリスマスにならないかなぁ。ー
「…あ、れ…。」
「どうした?」
「…思い、出した…。」
「は?何を?」
一度だけ、“みんな”と一夜を共にした事があった。と言っても、何があったかまでは思い出せないが。
「みんなって、誰…?」
「え?」
大事な事を忘れている気がする。しかし、どうしても思い出せない。頭の中が渦を巻いたようにぐるぐる回る。
「おい、大丈夫か?」
砂那が顔を覗き込み、廉斗は我に返る。前を歩いていたはずの天音達も戻って来てくれていた。
「どうしたの?大丈夫?」
優しい言葉に、何故だか目頭が熱くなる。ぽろぽろと止め処なく涙が流れて来て、廉斗自身もどうしていいか分からなかった。
「あれ…?ごめ…大丈夫、なんだけど…っ…。」
抑えられない涙を拭って答えようとしたが、言葉がうまく出て来ない。みんなが心配そうに廉斗を見る。
その時、倖成の手が廉斗の頭を優しく撫でた。
「一旦休憩しよう。…な?」
倖成の声色が、とても優しく胸に響いた。だけど、それが余計に苦しかった。
少し休憩したら気持ちも落ち着く。何故涙が出たのか自分でも分からないが、みんなはあえて何も聞かずにいてくれた。
しばらくしてまた登り始めた一行。少し進むと、道が二つに分かれている。電波の入らない山の中で、離れて行動するのは極めて危険だ。しかし、地図には一本しか描かれていない為、どの道が地図の道なのかは皆目見当もつかない。
「とりあえず別行動ね。和哉、廉斗、ユキは左。要、純也、砂那は右ね。」
「天音はどうする?」
「右に行く。何か見つけたら合図して。」
能力を上手く分散させた作戦をすぐに思いつく天音は、やはりリーダーとして流石だと思う。
「合図が早かった方へ進むから、出来れば早めにお願いね。」
先の見えないこの状態に、不安を抱いているのはみんな同じ。純也の服を掴んだ天音の手は、少しだけ震えていた。
「寒いな。」
「あ、オレのカイロあげる…って、さっき砂那に取られたんやった…。」
しばらく無言で歩いていたが、倖成の言葉で沈黙は破られた。
身長の高い倖成が草木を掻き分け、その後を廉斗と和哉が歩く。
「なぁ倖成…オレ達、前に会うた事ある?」
「会ってたら流石に覚えてるだろ。俺は、関西弁の知り合いは暦しか知らない。」
「そうだな。俺も記憶にない。」
倖成の言う通り、会っていればどちらかが覚えていそうなもの。いまいち思い出しきれていないので、廉斗もそれ以上は言えなかった。
「なんか、大切な事忘れてるような…あれ?あの木に何か…うわっ。」
「!廉斗っ!」
突然廉斗の歩いていた足場が崩れた。和哉が叫んだ時には、廉斗は足から滑り落ちていた。
「おい、本当にここ何も居ねぇんだろうなっ。」
砂那があまりに怖がるので、要と純也が少し先を見に行く事にした。その間天音は呆れながら、その場を動きたがらない砂那の面倒を見ていた。
「廉斗が居ないって言ってたから居ないわよ。」
初めこそ怖かった天音だが、それ以上に砂那が怖がるので、いつのまにか怖くなくなっていた。
「随分信用してるじゃねぇか。“また裏切る”とは思わないのか?」
座り込んだ砂那は天音を見上げた。怖いのは本当だろうが、天音と二人で話すためにわざとこの場を動かなかったのだろう。砂那は意外と頭の回転が速いのだ。
「意地悪な言い方ね。そもそも、廉斗が私達を裏切った事なんかないわ。」
「けどアイツ、何か思い出したんじゃねえか?」
「……」
天音が黙り込んでしまい、流石に言い過ぎたと思ったのだろう。砂那は天音の頭をくしゃりと撫でた。
口は悪いが、こう見えて心配性の砂那。天音の事も廉斗の事も心配しているのだろう。
「なんかあったとしても、アイツが良い奴なのは変わらねぇんだろ?」
「…うん。」
何かを決心したように、天音が頷いた。話が終わり砂那が立ち上がった、その時。
「廉斗っ!」
「?今、和哉の声が‥‥」
ガサガサガサーッ
「「!?」」
廉斗の手を右手で掴み、左手で木の枝を掴んで、なんとか持ち堪える倖成。
痛い程力の込められた手が、寒さと重さに震えている。痛みに耐えるような顔が、廉斗に違和感を感じさせた。
「倖成…?」
こんな時に思う事ではないのかもしれないが、彼の能力の一つは“怪力”のはず。どんな力なのかは見た事がないので分からないが、中学生の男子くらい片手で持ち上げられないのだろうか。
「くっ…悪い、無理…。」
「え?うわっ。」
倖成はそのまま、廉斗を抱きしめる形で落ちて行く。木の枝と葉が擦れ合う音が周囲に響いた。
「っ…痛…。」
「!ごめん、倖成っ。大丈夫?!」
「…これくらい平気だ。」
倖成に守られるように滑り落ちた為、廉斗は擦り傷程度で済んだ。しかし庇った倖成は、服も破けて身体中が傷だらけだった。
廉斗は胸がギュッと締め付けられる感覚に捕らわれる。仲間が傷付いたので当たり前と言えば当たり前なのだが、それとは違う。大事な何かを失ってしまう、恐怖にも似た感覚だった。
不安そうな顔をしていると、倖成はまた廉斗の頭を優しく撫でる。
「平気だから。そんな顔すんなって。」
「……」
廉斗の脳裏に、同じ情景が浮かぶ。しかし、鮮明には思い出せない。
「…なぁ、オレ、そんなに重かった?」
先程の疑問を投げかけてみた。
よく思い出してみると、倖成達と知り合って一ヶ月程が経つが、廉斗は未だに倖成が能力を使った所を見た事がない。
粉砕の力を使う依頼はなく、力仕事を必要とする依頼には、必ず砂那と和哉が付いて行っていた。
「いや、男にしては軽い方だと思う。…俺、左の肩痛めてんだ。だから、怪力の力はあんまり使えないんだ。」
万能な能力なので必要とされる事も多いのだが、実際は人並みの力しかないようだ。
今まで気にしていなかったが、彼が肩を痛めている事と、能力を使わない事は、何か関係しているのだろうか。
ー……ー。
「!?」
ズキリと頭に痛みが走った。来た時に思い出した記憶とは違う。まるで思い出すのを拒否するような、鋭い痛みだ。
廉斗が頭を抑えて蹲ったせいか、倖成の手が額に触れた。
「大丈夫か?」
「…うぅ…。」
「!おい廉斗っ。」
「どうしたの?!」
遠くの方で天音の声が聞こえた気がした。しかし、痛みでそれどころではなかった。
真っ黒な渦が頭の中を動いて、吐き気がする。何も聞こえなくて、声も出せなくて、目の前に暗闇が広がる。誰かに触れられている感覚すら曖昧で、五感全てが失われた気分だった。
「廉斗!しっかりしてっ!」
「…オレの、せいで…。」
「廉斗くんのせいじゃない!」
天音が廉斗の身体を支えた瞬間、緊張の糸がプツッと切れた。
先程の痛みが嘘のように軽くなる。視界が戻り、麻痺していた感覚も取り戻した後、天音の優しい香りがすぐ近くで香った。
「…天音、ちゃん…?」
「!」
「…あれ?オレ、今なんて…?」
その状況に頭が追いつかなかった。天音が泣きそうな顔でこちらを見ていて、砂那も倖成も心配してくれているのが分かる。
先程まで何かを思い出していたが、また忘れてしまった。
「ったく、お前ら何やってんだよっ!危ねぇだろっ。」
「まぁそんなカリカリするなって。」
砂那に怒られ、上を見ると中々の高さから落ちたのだと実感する。
倖成が苦笑いしながら砂那に謝り、廉斗も素直に謝った。心配されるというのは、悪い気はしない。
「廉斗、倖成っ。」
ちょうどその時、和哉が純也を連れてやってきた。全力で走ったらしく、かなり息を切らしている。
「ハァ、ハァ…無事、なのか?」
「お前こそ大丈夫か?」
「……」
「大したことない。心配かけて悪い。」
天音が傷を癒し、和哉は長い溜め息を溢して座り込んだ。よっぽど心配してくれたのだろう。
「…和哉、要がまだ追いついていない。」
和哉より余裕のある表情で、純也は言う。
そういえば、何故この二人は一緒に前の道から現れたのだろう。
廉斗達が進んだ道と、天音達が進んだ道は、登りと下りで差があったはずだ。
「なぁ、和哉この先から来たん?」
「あぁ。少し先にこの道と繋がっている階段を見つけたからな。」
「……」
「…この先には洞窟があった。」
その洞窟に何かが待っているのは明白だ。
用心しながら前へ進み、要と合流する。運動が得意ではない要は、追いつけないと思った時点で走るのをやめたそうだ。
辿り着いた洞窟は、いかにも何かがありそうな雰囲気が漂っている。
しかしここまで来て入らない訳にも行かず、和哉に灯りを付けてもらい、前へ進む事になった。
「あそこに何かあるわよ。」
少し進むと、大きめの箱が置いてある。その中には、毛布、上着、カイロ、絆創膏や、まだ暖かいお茶が置いてあった。
「俺達以外に、誰かいるのか?」
「かもしれないな。これはありがたく使わせて貰おう。」
「え?良いのかしら。」
不審に思う天音達をよそに、和哉が真っ先にお茶を開けて飲んで見せた。要達は和哉の身体を心配していたが、本当に怪しい物ではなく普通のお茶のようだ。
そんな和哉を見て、廉斗は確信した。
「やっぱり、この手紙出したん和哉やろ?」
「……」
廉斗達が落ちた時、普通なら一度元の道に戻ってこちらに来るか、何か合図を出すだろう。しかし、和哉は迷わず先の道に走り出した。その先にこちらの道に繋がる何かがあると知っていないと、そんな行動は取れないはずだ。
月島駅でロッカーの暗証番号のヒントをくれたのも和哉だ。
「こんな怪しい荷物を、一番慎重な和哉が疑がわんのも変やしな。」
「少し露骨過ぎたか。これは“俺達からのプレゼント”だ。」
上着を天音に着せて、暖かいお茶をみんなに渡す。
もうすぐそこは出口だ。
洞窟の最深部を過ぎ、肌寒いを通り越して最早極寒の出口を潜る。
「ー…。」
全員思わず言葉を失った。静かに降る雪、凍った泉、ダイヤモンドダスト、森の中の美しい装飾。全てが美しく輝いていた。
「綺麗…。」
みんなが心の中でそう呟いただろう。それくらい、美しい景色だった。
廉斗はその美しさに、思わず涙が溢れそうになる。
昔、この景色を見た事がある気がした。特別な日に、特別なみんなと、特別な景色を。
(暦ちゃん…。)
心の中で呟いた。寂しい気持ちになっていると、耳にふわりとした感触があった。背後から香る独特のタバコの匂いで、すぐに砂那だと気付く。
「これ、俺らからお前にな。」
要が提案して、純也が買いに行き、砂那が渡す。という廉斗へのクリスマスプレゼントだ。
自分は何も返すものを持っていないので、申し訳ない気がした。
「忘れんなよ。お前は俺達の仲間だ。」
天音、和哉、倖成に初代の仲間がいたように、要、純也、砂那、そして廉斗は二代目の仲間だ。天音達に深い絆があるなら、廉斗達もそれに負けない存在でありたい。
そう思った。
ダイヤモンドダストは、チリのように細かい氷の粒が太陽の光でキラキラ輝く自然現象。湿った空気が−15℃以下に冷え、風もないという条件が揃わないと見ることが出来ない。
洞窟を潜った先にある山の最深部は、花と木々に囲まれた幻想的な湖。故に風も起きず、且つ最深部である為寒さは随一だ。
「最後の謎“十五の鏡”は、15個の鏡ではなく、−15℃の氷という意味だ。この景色を、天音に見せたかった。」
ダイヤモンドダストを見て、廉斗達もプレゼントの存在を思い出した。
「実は、僕達からも天音へプレゼントがあるんです。」
「え?」
「メリークリスマス。そして、誕生日おめでとうございます。」
要が隠し持っていたプレゼントを天音に渡す。
綺麗に包装された包みを見て、プレゼントを持つのが要で良かったと思った。もし廉斗が持っていたら、今頃中身が壊れていたかもしれない。
「…綺麗。」
「スノーローズのハーバリウムです。新田さんが手伝ってくれたんですが、僕達みんなで考えて作ったんですよ。」
あの後みんなで買い出しに出かけ、新田がリボンをかけてくれた。なかなか素敵な物に仕上がったと思う。
「ありがとう、みんな。…とっても嬉しい。」
何故だが天音は、個人的なプレゼントは受け取らない。
それでも、綺麗な景色を見て嬉しそうな天音を見ていると、プレゼントしたくなる気持ちはよくわかる。
今まで見た事がないくらい可愛らしい笑顔の天音に、胸が大きく音を立てた。
今は少しでも、この美しい景色と愛しい人を目に焼き付けておきたいと思った、そんな廉斗だった。
天音が寮に帰ると、個包が届いていると言われて受け取る。中にはバッグと手紙が入っていた。
[Happy Birthday.My pretty girl.]から始まる少し長い英文に、心が温まる。読んでいるうちにすっかり時間が経ってしまっていた。
ふと電話が鳴る。相手を見ると、天音はすぐに携帯電話を開き、ボタンを押す。
「もしもし。」
『俺です。』
「分かってる。」
『誕生日、おめでとうございます。』
「…ありがとう…。」
『これだけ伝えておきたかったので…ー』
「待って。」
『?』
「私達、もうあの頃には戻れないの…?」
『…誰もが望む美しい星に手が届く程、俺の腕は長くないですから。』
「伸ばしてもいないのに、そんな事言わないでっ。」
『…あなたが築き上げて来たもの、全てを犠牲にしてまで…俺は星を手に入れたいとは思わない。』
「……」
『おやすみなさい。また明日。』
日付が変わる直前、天音の瞳から一粒涙が溢れた。
続く.