クリスマスイブ当日、廉斗達は学園の前に集合した。こちらから誘おうと思っていたが、運良く天音から呼び出されたのだ。
プレゼントは無事に完成し、要の鞄に入っているはずだ。

「そういえば、今日ってクリスマスイブやんな?和哉と倖成、彼女は?」

砂那から聞いていた、二人に彼女がいるという情報。もし本当なら、クリスマスというイベントは、恋人と過ごしたいと思うのではないだろうか。

「冬休み入る前に別れた。」
「え?どうしてですか?」
「まぁ、いろいろあるんだよ。」

あまりにもサラッとした口ぶりなので、そこに愛があったのかが疑わしい。

「倖成がそんな遊び人とは思えんけどなぁ。」
「!……」

倖成は少し驚いたように目を見開いたが、やがて悲しそうな笑顔で廉斗の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
それについてのコメントはなし。和哉も黙ったままだった。
これ以上は聞いてはいけない気がして、廉斗は別の音に耳を傾ける。駆け足でこちらに向かう足音が聞こえたのだ。
みんな少し早めに来たので、そろそろ呼び出した本人が来る頃だ。

「お待たせ。」

やはり、足音の正体は天音だ。
私服姿の彼女を見るのは初めてで、廉斗は思わず見惚れてしまった。
いつもと違う髪型に、いつもと違う服装。なんだかデートをするみたいでドキドキする。

「急に呼び出してごめんなさい。みんな、忙しかったでしょ?」
「ううん。平気やよ。」
「何かあったのか?」
「今朝、手紙で依頼が届いたの。」

天音が取り出したのは、真っ白な封筒に入った手紙。[近藤天音様]と書かれているが、差出人の名前はない。
廉斗が手紙を受け取ると、倖成達もそれを覗き込んで来る。
中には、[宝を見つけて下さい。]と書かれた便箋とメッセージカードが入っていた。微かにする香りは、なんの匂いだったか、懐かしい感じがする。

「宝?」
「そっちのカードには何が書いてあるんだ?」

[空に輝く銀色の島から始めよう。
果物屋さんで林檎を買って、真ん中の子供にあげましょう。
七つの星の元、十五の鏡の上に舞う宝石。それが宝だよ。
メリークリスマス!]

なぞなぞのように書かれているメッセージに、細工されてる様子はない。メッセージカードに書かれた謎を解くと、宝に辿り着くようだ。依頼主は、それを見つけてほしいという事だろうか。

「訳がわからん。」
「んー…とりあえず、駅に行ったら分かるんと違う?」
「え、どうして?」
「空に輝く銀色は月の事。月の島で月島。確か、近くにそんな名前の駅あったやんな。」
「月島?…あぁ、なるほどな。あそこの駅のロッカーが、確か果物の模様だったか。」

廉斗が言うと、みんな驚いた顔をしていた。何かおかしな事を言ってしまったのではないかとドキドキしていると、天音が「偉い。」と笑って頭を撫でてくれた。
今はそれしか手掛かりがないため、廉斗達は月島駅を目指して歩き出した。

駅に近付くにつれて、廉斗の足取りはだんだん重くなって行く。
人が溢れる場所は、廉斗の苦手な場所の一つだった。今ではちゃんと能力を使いこなせるので昔よりはマシだが、汗や香水など沢山の匂いが混ざり、気分が悪くなる。
廉斗は思わず立ち止まってしまった。

「廉斗。」

近くで声がしたと思い振り返った。同時に、耳当てを付けられる。天音がしていたふわふわの耳当てだ。
瞬間、今まで聞こえていた大きな声が小さくなった。驚いた顔をすると、今度はマスクを手渡される。

「倖成達が昔言ってたの。一つ壁があるだけで、力は弱まるって。」
「倖成、達?」

詳しくは教えてくれなかったが、そのお陰で気分が楽になったのは事実だ。
力が宿る場所は主に手と目。他にも足や耳、そして身体全体に力が宿る者も居る。
インクリースタイプは、手には手袋、目には眼鏡など、何か障害があると力を抑える事が出来るのだという。

「これで平気でしょ?」

天音の笑顔が、昔の暦と被った。暦の事が好きになったのも、こんな人の集まる場所だった。
懐かしいあの頃の気持ちと同じく、廉斗の鼓動は高まった。

…ー…、楽しみやね。

「…?」

一瞬、暦との記憶を思い出した。しかし、いつの事だったか覚えていない。とても大切な記憶のはずなのに、何故だか思い出す事が出来ない。

「おい、早くしろよ。」

後ろから砂那に急かされて、やっと前に動き出した。



「あ、林檎のロッカーがありましたよ。」

月島駅の果物の模様のロッカー。“真ん中の子供”とされているので、そのロッカーの真ん中だと廉斗は考えた。
しかし、そこには四桁の暗証番号が必要だった。

「うーん…。」
「こういうのは大概、誰かの誕生日なんじゃないのか?」

和哉の一言に、一斉に天音を見た。今日、12月24日は天音の誕生日だ。この依頼が今日届いたのなら、もしかするとそれが関係しているのかもしれない。
要はロッカーの暗証番号に“1224”と入力する。すると、カチャッと小さな音が聞こえた。

「中に切符が七枚入ってます。電車に乗れって事ですかね。」

訳も分からず、廉斗達は指定された電車に乗った。
レトロな雰囲気漂う電車を見て、要が物珍しそうにしている。切符を通すところがないような変わった電車で、1時間に一本しか走っていないようだ。
廉斗の向かいの席に座った倖成は、携帯をずっと眺めている。倖成の肩を枕に眠っている純也を起こさないように、体制を一切変えずにいる倖成は、やはり器用なのかもしれない。

「…もしかして、降りる駅はここか…?」
「…七星山?」

携帯を開いた倖成が呟く。純也が目を覚まし駅名を言うと、天音は小さく驚いた。

「確かに、“七つの星の元”に当てはまりますね。」

七星山は、今は潰れてしまった屋外テーマパークの最寄駅だ。

「降りてみよう。」
「……」

やっと決まった目的地に安心する要達とは裏腹に、天音と倖成だけは、どこか心配そうだった。
廉斗もどこかモヤモヤが晴れないでいる。

ー七星山ー

「…寒っ。」

降りた瞬間、極寒かと思う程に気温が低くなった。こんな所に用のある人は流石にいないようで、降りたのも廉斗達だけだ。
古い駅のホームは、誰も居ない無人の空間だった。
ただひたすら静かで、少し不気味だ。

「れ、廉斗っ、なにか見える?」

この雰囲気が怖かったのだろう、天音が廉斗の服を掴み聞いて来た。少し胸がキュンとなるが、それはすぐに砂那に邪魔される。

「ぉぉおおいっ、おまっ、お前なんか見えんのか?!」
「ははっ、ビビリすぎや。」

砂那が自分以上に怖がっているので、他の面々も少し緊張が解れた。
辺りを見渡しても、みんなが怖がるような影は見えない。

「大丈夫。なんもおらんよ。」
「そう、良かった…。」
「…こんな所に鏡があるのか?」

次の謎は“十五の鏡の上に舞う宝石”だ。最後のメリークリスマスは謎があるとは思えないので、恐らくこれが宝なのだろう。

「天音、ここに来た事あるん?」
「…昔に、少しだけ。廉斗はないの?」
「ないよ。」

先程何か思い出しかけたのが気になるが、考えると気分も悪くなるので嘘を付いた。

「それにしても、十五の鏡って何でしょう。」

少し辺りを調べると、廉斗は窓口に人数分のカイロと地図を見つける。下の元屋外遊園地だった場所ではなく、山の上に印がしてある。
これは“山を登れ”という指示だと判断せざるを得ない。
まだ日が登っていて明るいが、鬱蒼と生茂る草木はまだ深い緑の色をしていて、少し不気味だ。薄っすら雪の積もった極寒の地に足を踏み入れるには、少し不安だと廉斗は感じた。
不安といえば、“自分達しかいない”その空間はどこか違和感を感じる。仮にも駅なのに、そこには車掌も駅員も見当たらない。それどころか、ここから出て山を歩くよう誘導されている。
依頼を出した人物は、この山のどこかに天音を向かわせたいのだ。しかも、それを天音がみんなに相談する事を分かった上で。
敵か味方か、廉斗にはまだ分からない。しかしずっとこうしている訳にもいかず、今はその依頼主に従うしかない。


天音と倖成が先頭を歩き、廉斗は後ろを歩く。二人の近過ぎず、遠過ぎずの距離がどこかもどかしい。

「…くしゅんっ。」

少し登り、道が安定して来た。厚着はしているが、太陽の当たらない山は風もあってかなり冷える。
天音が小さなくしゃみを溢すと、倖成がすぐに自分のマフラーを天音に巻いた。

「あ、ありがとう。」
「風邪引くなよ。」

そんな倖成を見て、廉斗は少しだけ胸が痛んだ気がした。隣には純也もいるというのに、二人の纏った空気はどこか特別に感じたからだ。

「…あの二人、付き合うてるん?」
「本人達は否定しますけどね。」

廉斗の質問は、要に即答される。
初めて会った時から、あの二人はどこか特別なような気がしていた廉斗。それは、天音の呼び方が一人だけ違うからかもしれない。彼が初代のメンバーだからかもしれない。しかし、それ以外の何かがあるように思う。
それはみんな思っているが、SS内では暗黙の了解となっているようだ。

「付き合ってない。その話はあまり本人達にするなよ。」

後ろから和哉が、割り込むように言う。
和哉が言うのだから、本当なのだろう。しかし、二人の昔馴染みの和哉が庇う事からこそ、どうしても何かある気がしてならない。

「何か隠してるやろ。」
「そんな事はない。」
「おいっ、寒ぃからお前らのカイロ寄越せ。」
「うわっ。」

一人後ろを歩いていた砂那が、和哉と廉斗のポケットに手を突っ込む形で間に入って来た。
和哉の顔が心なしか安心しているのは、きっと気のせいではないだろう。

「ったく…何でこんな寒ぃ中山登りなんかしねぇといけねぇんだよ。っつーか、これ道か?」
「今は天音も楽しそうだから、良いんじゃないか?」
「……」

そんな会話を聞き、廉斗は天音を見る。
始めこそ不安そうな天音だったが、今は純也と楽しそうに話しているので、廉斗も安心した。
彼女には笑っていてほしい。この気持ちは、暦への気持ちと少し似ていた。

(好きやなぁ…。)

廉斗は心の中で呟く。数年前は、ただただ暦に会いたくて、毎日あの河原に出かけていた。暦が男の人と歩いている所を見て嫉妬したり、無理言って一日中一緒に過ごした事もあった。

ー当日、楽しみやね。ー
ーうん!早くクリスマスにならないかなぁ。ー

「…あ、れ…。」
「どうした?」
「…思い、出した…。」
「は?何を?」

一度だけ、“みんな”と一夜を共にした事があった。と言っても、何があったかまでは思い出せないが。

「みんなって、誰…?」
「え?」

大事な事を忘れている気がする。しかし、どうしても思い出せない。頭の中が渦を巻いたようにぐるぐる回る。

「おい、大丈夫か?」

砂那が顔を覗き込み、廉斗は我に返る。前を歩いていたはずの天音達も戻って来てくれていた。

「どうしたの?大丈夫?」

優しい言葉に、何故だか目頭が熱くなる。ぽろぽろと止め処なく涙が流れて来て、廉斗自身もどうしていいか分からなかった。

「あれ…?ごめ…大丈夫、なんだけど…っ…。」

抑えられない涙を拭って答えようとしたが、言葉がうまく出て来ない。みんなが心配そうに廉斗を見る。
その時、倖成の手が廉斗の頭を優しく撫でた。

「一旦休憩しよう。…な?」


倖成の声色が、とても優しく胸に響いた。だけど、それが余計に苦しかった。
少し休憩したら気持ちも落ち着く。何故涙が出たのか自分でも分からないが、みんなはあえて何も聞かずにいてくれた。

しばらくしてまた登り始めた一行。少し進むと、道が二つに分かれている。電波の入らない山の中で、離れて行動するのは極めて危険だ。しかし、地図には一本しか描かれていない為、どの道が地図の道なのかは皆目見当もつかない。

「とりあえず別行動ね。和哉、廉斗、ユキは左。要、純也、砂那は右ね。」
「天音はどうする?」
「右に行く。何か見つけたら合図して。」

能力を上手く分散させた作戦をすぐに思いつく天音は、やはりリーダーとして流石だと思う。

「合図が早かった方へ進むから、出来れば早めにお願いね。」

先の見えないこの状態に、不安を抱いているのはみんな同じ。純也の服を掴んだ天音の手は、少しだけ震えていた。



「寒いな。」
「あ、オレのカイロあげる…って、さっき砂那に取られたんやった…。」

しばらく無言で歩いていたが、倖成の言葉で沈黙は破られた。
身長の高い倖成が草木を掻き分け、その後を廉斗と和哉が歩く。

「なぁ倖成…オレ達、前に会うた事ある?」
「会ってたら流石に覚えてるだろ。俺は、関西弁の知り合いは暦しか知らない。」
「そうだな。俺も記憶にない。」

倖成の言う通り、会っていればどちらかが覚えていそうなもの。いまいち思い出しきれていないので、廉斗もそれ以上は言えなかった。

「なんか、大切な事忘れてるような…あれ?あの木に何か…うわっ。」
「!廉斗っ!」

突然廉斗の歩いていた足場が崩れた。和哉が叫んだ時には、廉斗は足から滑り落ちていた。



「おい、本当にここ何も居ねぇんだろうなっ。」

砂那があまりに怖がるので、要と純也が少し先を見に行く事にした。その間天音は呆れながら、その場を動きたがらない砂那の面倒を見ていた。

「廉斗が居ないって言ってたから居ないわよ。」

初めこそ怖かった天音だが、それ以上に砂那が怖がるので、いつのまにか怖くなくなっていた。

「随分信用してるじゃねぇか。“また裏切る”とは思わないのか?」

座り込んだ砂那は天音を見上げた。怖いのは本当だろうが、天音と二人で話すためにわざとこの場を動かなかったのだろう。砂那は意外と頭の回転が速いのだ。

「意地悪な言い方ね。そもそも、廉斗が私達を裏切った事なんかないわ。」
「けどアイツ、何か思い出したんじゃねえか?」
「……」

天音が黙り込んでしまい、流石に言い過ぎたと思ったのだろう。砂那は天音の頭をくしゃりと撫でた。
口は悪いが、こう見えて心配性の砂那。天音の事も廉斗の事も心配しているのだろう。

「なんかあったとしても、アイツが良い奴なのは変わらねぇんだろ?」
「…うん。」

何かを決心したように、天音が頷いた。話が終わり砂那が立ち上がった、その時。

「廉斗っ!」
「?今、和哉の声が‥‥」

ガサガサガサーッ

「「!?」」



廉斗の手を右手で掴み、左手で木の枝を掴んで、なんとか持ち堪える倖成。
痛い程力の込められた手が、寒さと重さに震えている。痛みに耐えるような顔が、廉斗に違和感を感じさせた。

「倖成…?」

こんな時に思う事ではないのかもしれないが、彼の能力の一つは“怪力”のはず。どんな力なのかは見た事がないので分からないが、中学生の男子くらい片手で持ち上げられないのだろうか。

「くっ…悪い、無理…。」
「え?うわっ。」

倖成はそのまま、廉斗を抱きしめる形で落ちて行く。木の枝と葉が擦れ合う音が周囲に響いた。

「っ…痛…。」
「!ごめん、倖成っ。大丈夫?!」
「…これくらい平気だ。」

倖成に守られるように滑り落ちた為、廉斗は擦り傷程度で済んだ。しかし庇った倖成は、服も破けて身体中が傷だらけだった。
廉斗は胸がギュッと締め付けられる感覚に捕らわれる。仲間が傷付いたので当たり前と言えば当たり前なのだが、それとは違う。大事な何かを失ってしまう、恐怖にも似た感覚だった。
不安そうな顔をしていると、倖成はまた廉斗の頭を優しく撫でる。

「平気だから。そんな顔すんなって。」
「……」

廉斗の脳裏に、同じ情景が浮かぶ。しかし、鮮明には思い出せない。

「…なぁ、オレ、そんなに重かった?」

先程の疑問を投げかけてみた。
よく思い出してみると、倖成達と知り合って一ヶ月程が経つが、廉斗は未だに倖成が能力を使った所を見た事がない。
粉砕の力を使う依頼はなく、力仕事を必要とする依頼には、必ず砂那と和哉が付いて行っていた。

「いや、男にしては軽い方だと思う。…俺、左の肩痛めてんだ。だから、怪力の力はあんまり使えないんだ。」

万能な能力なので必要とされる事も多いのだが、実際は人並みの力しかないようだ。
今まで気にしていなかったが、彼が肩を痛めている事と、能力を使わない事は、何か関係しているのだろうか。

ー……ー。

「!?」

ズキリと頭に痛みが走った。来た時に思い出した記憶とは違う。まるで思い出すのを拒否するような、鋭い痛みだ。
廉斗が頭を抑えて蹲ったせいか、倖成の手が額に触れた。

「大丈夫か?」
「…うぅ…。」
「!おい廉斗っ。」
「どうしたの?!」

遠くの方で天音の声が聞こえた気がした。しかし、痛みでそれどころではなかった。
真っ黒な渦が頭の中を動いて、吐き気がする。何も聞こえなくて、声も出せなくて、目の前に暗闇が広がる。誰かに触れられている感覚すら曖昧で、五感全てが失われた気分だった。

「廉斗!しっかりしてっ!」
「…オレの、せいで…。」
「廉斗くんのせいじゃない!」

天音が廉斗の身体を支えた瞬間、緊張の糸がプツッと切れた。
先程の痛みが嘘のように軽くなる。視界が戻り、麻痺していた感覚も取り戻した後、天音の優しい香りがすぐ近くで香った。

「…天音、ちゃん…?」
「!」
「…あれ?オレ、今なんて…?」

その状況に頭が追いつかなかった。天音が泣きそうな顔でこちらを見ていて、砂那も倖成も心配してくれているのが分かる。
先程まで何かを思い出していたが、また忘れてしまった。

「ったく、お前ら何やってんだよっ!危ねぇだろっ。」
「まぁそんなカリカリするなって。」

砂那に怒られ、上を見ると中々の高さから落ちたのだと実感する。
倖成が苦笑いしながら砂那に謝り、廉斗も素直に謝った。心配されるというのは、悪い気はしない。

「廉斗、倖成っ。」

ちょうどその時、和哉が純也を連れてやってきた。全力で走ったらしく、かなり息を切らしている。

「ハァ、ハァ…無事、なのか?」
「お前こそ大丈夫か?」
「……」
「大したことない。心配かけて悪い。」

天音が傷を癒し、和哉は長い溜め息を溢して座り込んだ。よっぽど心配してくれたのだろう。

「…和哉、要がまだ追いついていない。」

和哉より余裕のある表情で、純也は言う。
そういえば、何故この二人は一緒に前の道から現れたのだろう。
廉斗達が進んだ道と、天音達が進んだ道は、登りと下りで差があったはずだ。

「なぁ、和哉この先から来たん?」
「あぁ。少し先にこの道と繋がっている階段を見つけたからな。」
「……」
「…この先には洞窟があった。」

その洞窟に何かが待っているのは明白だ。
用心しながら前へ進み、要と合流する。運動が得意ではない要は、追いつけないと思った時点で走るのをやめたそうだ。
辿り着いた洞窟は、いかにも何かがありそうな雰囲気が漂っている。
しかしここまで来て入らない訳にも行かず、和哉に灯りを付けてもらい、前へ進む事になった。

「あそこに何かあるわよ。」

少し進むと、大きめの箱が置いてある。その中には、毛布、上着、カイロ、絆創膏や、まだ暖かいお茶が置いてあった。

「俺達以外に、誰かいるのか?」
「かもしれないな。これはありがたく使わせて貰おう。」
「え?良いのかしら。」

不審に思う天音達をよそに、和哉が真っ先にお茶を開けて飲んで見せた。要達は和哉の身体を心配していたが、本当に怪しい物ではなく普通のお茶のようだ。
そんな和哉を見て、廉斗は確信した。

「やっぱり、この手紙出したん和哉やろ?」
「……」

廉斗達が落ちた時、普通なら一度元の道に戻ってこちらに来るか、何か合図を出すだろう。しかし、和哉は迷わず先の道に走り出した。その先にこちらの道に繋がる何かがあると知っていないと、そんな行動は取れないはずだ。
月島駅でロッカーの暗証番号のヒントをくれたのも和哉だ。

「こんな怪しい荷物を、一番慎重な和哉が疑がわんのも変やしな。」
「少し露骨過ぎたか。これは“俺達からのプレゼント”だ。」

上着を天音に着せて、暖かいお茶をみんなに渡す。
もうすぐそこは出口だ。
洞窟の最深部を過ぎ、肌寒いを通り越して最早極寒の出口を潜る。

「ー…。」

全員思わず言葉を失った。静かに降る雪、凍った泉、ダイヤモンドダスト、森の中の美しい装飾。全てが美しく輝いていた。

「綺麗…。」

みんなが心の中でそう呟いただろう。それくらい、美しい景色だった。
廉斗はその美しさに、思わず涙が溢れそうになる。
昔、この景色を見た事がある気がした。特別な日に、特別なみんなと、特別な景色を。

(暦ちゃん…。)

心の中で呟いた。寂しい気持ちになっていると、耳にふわりとした感触があった。背後から香る独特のタバコの匂いで、すぐに砂那だと気付く。

「これ、俺らからお前にな。」

要が提案して、純也が買いに行き、砂那が渡す。という廉斗へのクリスマスプレゼントだ。
自分は何も返すものを持っていないので、申し訳ない気がした。

「忘れんなよ。お前は俺達の仲間だ。」

天音、和哉、倖成に初代の仲間がいたように、要、純也、砂那、そして廉斗は二代目の仲間だ。天音達に深い絆があるなら、廉斗達もそれに負けない存在でありたい。
そう思った。

ダイヤモンドダストは、チリのように細かい氷の粒が太陽の光でキラキラ輝く自然現象。湿った空気が−15℃以下に冷え、風もないという条件が揃わないと見ることが出来ない。
洞窟を潜った先にある山の最深部は、花と木々に囲まれた幻想的な湖。故に風も起きず、且つ最深部である為寒さは随一だ。

「最後の謎“十五の鏡”は、15個の鏡ではなく、−15℃の氷という意味だ。この景色を、天音に見せたかった。」

ダイヤモンドダストを見て、廉斗達もプレゼントの存在を思い出した。

「実は、僕達からも天音へプレゼントがあるんです。」
「え?」
「メリークリスマス。そして、誕生日おめでとうございます。」

要が隠し持っていたプレゼントを天音に渡す。
綺麗に包装された包みを見て、プレゼントを持つのが要で良かったと思った。もし廉斗が持っていたら、今頃中身が壊れていたかもしれない。

「…綺麗。」
「スノーローズのハーバリウムです。新田さんが手伝ってくれたんですが、僕達みんなで考えて作ったんですよ。」

あの後みんなで買い出しに出かけ、新田がリボンをかけてくれた。なかなか素敵な物に仕上がったと思う。

「ありがとう、みんな。…とっても嬉しい。」

何故だが天音は、個人的なプレゼントは受け取らない。
それでも、綺麗な景色を見て嬉しそうな天音を見ていると、プレゼントしたくなる気持ちはよくわかる。
今まで見た事がないくらい可愛らしい笑顔の天音に、胸が大きく音を立てた。
今は少しでも、この美しい景色と愛しい人を目に焼き付けておきたいと思った、そんな廉斗だった。


天音が寮に帰ると、個包が届いていると言われて受け取る。中にはバッグと手紙が入っていた。
[Happy Birthday.My pretty girl.]から始まる少し長い英文に、心が温まる。読んでいるうちにすっかり時間が経ってしまっていた。
ふと電話が鳴る。相手を見ると、天音はすぐに携帯電話を開き、ボタンを押す。

「もしもし。」

『俺です。』

「分かってる。」

『誕生日、おめでとうございます。』

「…ありがとう…。」

『これだけ伝えておきたかったので…ー』

「待って。」

『?』

「私達、もうあの頃には戻れないの…?」

『…誰もが望む美しい星に手が届く程、俺の腕は長くないですから。』

「伸ばしてもいないのに、そんな事言わないでっ。」

『…あなたが築き上げて来たもの、全てを犠牲にしてまで…俺は星を手に入れたいとは思わない。』

「……」

『おやすみなさい。また明日。』

日付が変わる直前、天音の瞳から一粒涙が溢れた。




続く.